●リプレイ本文
●20機の殿軍
「僕達はときどき無茶もするけど〜、いっちゃんジャンプで結果オーライ♪」
千歳上空にて、阿野次 のもじ(
ga5480)が、根拠のない自信でも大丈夫そうな歌声を響かせる。
「ハイ〜ベア隊長助け隊その1、阿野次のもじ。応援に来たよ☆」
「人形劇の次は戦争で顔合わせとはな。だが、助かる」
篠畑は苦笑しながら、頼もしい友軍達を迎えた。
「撤退戦か‥‥! またとんでもない時に居合わせたなあ」
二番目にあがってきた井出 一真(
ga6977)がそう言葉を漏らす。
「ああ。今回はしてやられたものだ」
冷静に言う榊兵衛(
ga0388)。
「グラナダに目を引きつけておいて今度は北海道。‥‥全く気が抜けないものですね」
戦争は世界規模。静かに言う南部 祐希(
ga4390)のように地球狭しと飛び回る傭兵も多い。その目的が戦いばかりになるのは、時代柄仕方が無いのだろうか。
「女神の剣か。確かに俺達は似たもの同士なのかもしれませんね、エルリッヒ‥‥」
やはりグラナダから飛んで来たソード(
ga6675)は、窓の外の空を見つめながらかの地での敵を思う。KVの速度で北上すれば、すぐに低空と地上を黒く埋めるキメラの群れが見えはじめた。
「しかしこの敵の規模は‥‥!」
確かに持ちそうに無い、と一真が息を呑む。比較的足が速いのだろう先遣隊でこれでは、後続の数は推して知るべしだ。
「ほんとうにうじゃうじゃ飛んでくるみたいですね」
鏑木 硯(
ga0280)はそうため息をつく。
「皆を無事に逃がすためにも、出来る限り‥‥」
「そうだな。貴重な時間を一分一秒でも多く稼ぎ出す事に専念する事にしようか」
ソードの言葉を、兵衛が力強く引き取った。
「持たせて見せましょう。其の為の雷電です」
新調した機体に、故郷の青森を守る気概を込めて。熊谷真帆(
ga3826)も敵群をにらむ。
緋沼 京夜(
ga6138)は、今では遠くなった過去を反芻していた。無力だった頃に守れなかった基地、戦友、‥‥そして恋人。その思いを誰かに繰り返させぬために、京夜はこの場にいた。能力者として得た力と、共に戦う事のできる伴侶と共に。
「藍紗、全力でやる。もしも堕ちたら頼むぜ♪」
「もし堕ちたらではない! 全力で必ず無事戻るのじゃ」
打てば響くように返った藍紗の幼な声に、京夜は機内で微笑する。
「‥‥ベア隊の皆や中尉も、一緒に生きて帰りましょう」
リゼット・ランドルフ(
ga5171)の声に、リュイン・カミーユ(
ga3871)の言葉が続いた。
「――という訳だからではないが、篠畑は後方から全体指揮をしろ。これまで幾度となく傭兵達と飛び、ベア隊の長でもある汝が適任だろう?」
手傷を負っている篠畑を気遣いつつも、リュインはそれを直接指摘はしない。常に自信に満ちた様子の彼女が見せる、それが思いやりだったろうか。
「確かに、下手に突っ込んだら足手まといか。‥‥前列は任せるぞ」
篠畑がそう言ってやや機体位置を後方へ下げる。後ろから見た部下3機は、以前よりもしっかりと編隊を組んでいるように思えた。敵までの距離が1kmを割り、対地班が下方へと機首を向ける。
「NEMOよりベア、部下の指揮権、貸してもらうぞ。‥‥無茶はするなよ」
覚醒時には珍しい毅の『無駄口』と共に、編隊は上下に別れた。
●前哨戦
キメラの上空直衛は、僅か6機の小型ワームだった。
「俺が偵察に出たときにはその5倍近くいた。残りが戻ってくるかもしれん、気をつけろ」
「目標時刻まで、あと3分30秒」
篠畑の声に、神撫のカウントが重なる。こちらの射程外から、敵のプロトン砲が太い怪光で大空に轍を刻んだ。
「この距離で当ててくるか‥‥」
命中弾を受けたリュインが舌打ちする。強固な防護にその多くを減殺されてはいたが、さすがに無傷とは行かない。だが、一撃で受ける手傷は、以前の交戦程ではなかった。祐希のディアブロがまず強力な砲火を叩き込む。リュインの援護で詰め寄った兵衛機も手近な敵にロケットを撃ち込んでいた。もう一組、硯と京夜のペアは連携をとりながら更に間合いを詰める。
「緋剣連舞――受けてみろっ!」
剣の翼が戦闘機の背を大きく切り裂いた。双方が集中攻撃を企図せず放った攻撃。ミサイルや光線が派手に交錯するも、落ち行く機体は無い。ワームがそのまま傭兵に喰らいつくように急旋回をかける。一気に突破を図ると踏んでいた傭兵達の予想と異なり、敵は6対6の交戦を継続するようだった。
「全弾ロックオン。派手なのをいかせてもらいますよ!」
やや接触が遅れたソードが、出足の遅れを取り戻そうとばかりにミサイルを斉射する。派手な爆発に紛れて高度を下げようとしていた敵機の上面を、祐希のK−01が叩いた。
「低空から突破、という訳では無さそうですが」
「‥‥掃討中の味方を狙おうとしていたみたいですね」
自身、隙あらば同様の攻撃を低空のキメラに向けて仕掛けようとしていた真帆が指摘する。
「‥‥ならば動きを切り替えるぞ。連携を密に、時間を稼ぐ」
リュインの声に、前衛の6機が頷いた。恐るべき事に、彼らは同数のヘルメットワームに対して優勢に戦いを進めている。6機づつといういよりは2対2が3組といった形の空中戦は、互いが互いの隙をカバーし合いながらの打撃戦だ。
「上から撃たれると、ちょっちきついね」
「大丈夫です。ヒョウエがいますから」
キメラを機銃掃射しつつ頭上へチラリと目を向けた百合歌に、クラリッサが自信ありげに告げた。経験豊富な彼女達の援護を受けて、地表近くの篠畑の部下達もいまだ深刻なダメージを受けずに飛んでいる。
「このままーって訳には行かないよね。前、出る?」
のもじの声に、篠畑が頭を振った。
「いや、脇を回ってくる新手がいる。すまないが当たって貰えるか」
別方面から突っ込んできたヘルメットワーム2機は当然無傷。だが、前衛各機はそう簡単に交戦から抜けられる状態ではない。
「分かりました。任せてください」
初めて篠畑と飛んだ時よりも幾分余裕を見せて、リゼットが笑う。そのうちの幾らかは心配をさせぬ気遣いかもしれないが、半ば以上は積んだ経験による物だった。
「そうと決まれば善は急げ。行くよ、ひっさつサンダークラーシュ!」
のもじのディアブロが先制のG放電装置を放った。リゼット機と交互にミサイルを繰り出し、敵を休ませない構えだ。
「あれを狙います!」
攻撃を加える少女たちへ向きかけた敵機へと、一真が愛機を向ける。突進しつつ放った対空ミサイルは過たず敵を捉えた。真帆機が後方から放つ狙撃が、敵同士の連携を巧みに阻害する。
「ソードウィング、アクティブ! 当たれば痛いぞ!!」
一真が得意とする近接戦闘。空に溶け込むような色の剣翼がワームを裂く。突っ込みを回避しきれなかった敵は、煙を吹きながらも即座に反転し、追撃の姿勢を取った。その後背へ真帆が機銃弾をぶちまける。
「ねえさまがFRを墜としたんならあたしだって!」
文字通り、尻に火がつきながら撃つ攻撃では、一真の阿修羅にかすりもしない。ヘルメットワームへ向けて、反転してきた一真が再びアプローチに入る。性能面ではワームに分があったが、ロッテに徹した4機は手数で敵を翻弄し、受ける被害を最小に抑えながらじわじわとダメージを蓄積させていった。
●潜む者
同時刻。千歳西方の支笏湖周辺にある施設の一室。
「‥‥ワームが反転した、か」
照明を抑えた室内で、報告を受けた大西は口の端をあげた。襟元に見える階級章は、彼がUPCの少将である事を示している。
「僥倖か? ‥‥いや、傭兵だな。やってくれる」
淡々と呟く大西。薄暗い室内の明かりが眼鏡に反射して、彼の真意を隠していた。
●有人機の脅威
応射前衛側の交戦が傭兵側の勝利で終わるよりやや早く、後方の4機は敵を駆逐した。元より前面で交戦する事を想定したペアで無かった分、受けた被害は大きいが、まだ戦える。僅かに遅れて、前衛各機の集中攻撃を受けた最後の小型ワームが爆散した。
「あと2分」
後方に控えた神撫のカウントが聞こえる。
「増援は、‥‥無いのか?」
不審そうに呟いた篠畑に、彼方から迫る赤い光が回答を与えた。数は6機。そのうちの数機は、もう少し前のタイミングから射程外で様子を窺っていた。各個撃破されるよりもある程度の数を揃えてから攻撃を仕掛けようという事だったのだろう。
「中型機2。小型機4だ。まずはこちらがあたる」
京夜の声にも、先ほどは無い緊張があった。中型機は明らかに小型機の指揮を取っている。
「行くぞ、忠勝」
短く愛機に呼びかけた兵衛に祐希と京夜が続く。前衛6機のうち過半の4機が、最初の攻撃を手ごわい中型に集めて叩くのが彼らの作戦だった。距離をとって後衛の4機が追随する。
『‥‥ハッ。余りダセェ事になると、こっちもまずいんでな』
回線越しの、僅かな笑い声。敵はわざわざ人類側の回線に割り込んでいるようだった。
「やはり、有人機ですか」
呟いたソード機が射撃位置へと進む。人類側の射程ぎりぎりで、中型機はプロトン砲を発射してきた。急静止した敵へ、リュインと兵衛、京夜が螺旋ミサイルを放つ。
「案外素早い。気をつけろ」
機体を傾けたワームはその半ばを回避した。祐希とソードのディアブロが、敵の正面を抑える様に前へ。その間を縫うように、不気味に発光した小型4機が突き進んでくる。
「今度は、突破!?」
弾幕を張る硯機の脇を一気に抜けて、小型4機は後方4機へと襲い掛かった。
『こちとら足が自慢のワーム様だ。弱そうな方からまず潰せってな!』
「うー、やるのはいいけどやられる側になると腹が立つ」
有人機に指揮された敵の動きに、のもじが口を尖らせる。
「‥‥時間は稼ぎます」
一真と共に後衛ロッテのフロントを務めたのもじが受けたダメージは少なくない。やや前に出た一真が、AAMで敵の注意を引きつつターンをかけた。釣られた敵を、真帆がスナイパーライフルで狙撃する。
「援護、よろしくっ」
「はい!」
隣ではのもじもリゼットと共に攻撃に回った。前半と違うのは、今度は敵も複数という事だ。効果的な支援機動を見せようとすると、待機していたもう1機がプロトン砲で阻害する。
「手早く片付けさせてもらう。行くぞ!」
京夜のソードウィングはすれ違いざま、中型ワームに重い一撃を見舞う。だが、連続攻撃を狙って反転した彼の周囲に敵の影は無かった。慣性制御機特有の胡散臭い動きで、敵は軸線をずらした位置へと移動している。
「ブーストの直線軌道‥‥。んんん、どうも動きが読まれてる?」
敵の動きを観察していたのもじの呟きに、敵の笑い声がかぶさった。
『御名答。そんなもんに付き合いきれるかよ‥‥!』
再び笑い声。近接戦は挑む側にも位置や速度、タイミング合わせが必要だ。慣性制御でもなくば、すぐにもう一度攻撃に入れるというものではない。あるいは、序盤で遠隔兵器をある程度使わせたがゆえだろうか。ワームは0距離での近接戦には付き合おうとせず、距離を置いての射撃戦を挑んできた。
「こうなると、雷電の兵装数は頼もしいな」
スナイパーライフルをリロードし、ミサイルの残りをばら撒くリュイン。榊機もG放電装置で反撃を加える。
「‥‥予期しなかったわけではありません」
両翼にミサイルを満載していた祐希も、まだ余力を残していた。だが、バディのソードの手数が減る。移動と攻撃を繰り返す機動戦になると、ミサイル発射機の重さが与える影響が馬鹿にならないのだ。中型2機は距離を盾に自らのダメージを抑えつつ、人類側の6機を相手にして明らかに時間を稼いでいた。後方の4機と小型ワームの交戦にケリがつくまで、だろうか。
●撤退
後衛側は、苦戦していた。
「くそ、俺も混ざるぞ。‥‥いないよりはましだろう」
篠畑機も加わり4対5と、数的には人類側が優位になったがそれでも。受けていたダメージは無視できない。
「‥‥あ、まずっ」
数度目の被弾で、のもじ機のエンジンが火を噴いた。高度を落とす彼女のディアブロと、もう1機。
「雷電で‥‥、耐え切れないなんて」
自らの操作に応えなくなった機内で、真帆が悔しげに歯噛みする。耐久に定評のある雷電に乗り換え、自機のダメージゲージへの注意が不足していたのかもしれない。高度を下げつつ、辛うじて戦域を離脱した2人をリアリア機がカバーする。
「このままでは‥‥」
すぐに一真とペアを組みなおしたリゼットも、ヒット&アウェイで被弾を抑えるのは限界になってきていた。
「あと1分20秒」
中型機と交戦に入ってからの神撫のカウントが、遅く感じられる。
「‥‥新手がレーダーに映りました。接敵まで、10秒」
祐希がそう告げた。篠畑隊の資郎には、その余裕がなくなっていた。
「Shit! また食らった」
「ダメージ、規定値を越えました。無念ですが、ベア隊は先に撤退します」
騒々しいボブの被弾報告を機に、サラがそう告げる。
「決して無理するでない、殿は生きて帰って初めて任務達成じゃ」
かくいう藍紗をはじめ、まだまだ継戦可能な傭兵達が地上のキメラに引き続き混乱を起こしていた。だが、上空部隊はこれ以上の増援を受ければ厳しい状況に追い込まれている。
「‥‥ここまでだ。全員、引き上げにかかってくれ」
篠畑の声が低い。新手の小型ワームを遠目に見ながら、空の戦士達は離脱を開始した。困難な敵前離脱を京夜、祐希と温存していたブーストを駆使した一真が支える。これまでにダメージを比較的抑えていた分、追撃を試みるワームの集中砲火を受けてもまだ余裕があったのだ。敵も、なお更に追いすがるほどの余裕は無かったのだろう。
「成果は十分だ。あの様子では千歳の撤退部隊を追うのは難しいだろうさ」
リュインが評するように、激しい地上攻撃を受けてキメラは混乱の極みにあった。今から秩序を取り戻すにはしばらくかかりそうだった。
「いつか必ずこの空に戻ってくる」
斜め後ろを見やり、兵衛が呟く。それから、吐き出すように言葉を続けた。
「そしてその時にはこの雪辱を果たしてみせる!」
殿軍が気を吐いたとはいえ、電撃戦による失地は大きく、北海道の戦線は後退を余儀なくされた。再びこの地を踏む時には、更に激しい戦いが待っているのだろう。
●ベッドの上で
苫小牧へ帰還した一行のうち、のもじと真帆はそのまま医療施設へ直行だった。数度の機動で傷口を悪化させた篠畑も同じである。
「美人ドクターの治療うけれるなんて役得だねー。ひゅひゅー」
ベッドの上でも元気なのもじが篠畑へ楽しそうに言葉を投げた。が、その肩にポンと手が置かれる。
「‥‥あら、あなたも受けれるのよ?」
リアリアがニッコリ微笑んでいた。そんな会話をぼんやりと聞きながら、真帆は枕を抱いて物思いにふける。敵の攻勢が故郷まで及ぶことは防げただろうか。彼女の姉が飛んだ空と同じく、北海道の空も高かった。