●リプレイ本文
●色男と淑女の旅行き
ラファイエットの遥か東北東をゆくB−2爆撃機。スピリッツ オブ サウスカロライナ、それが、その黒い機体の名前だった。漆黒の怪鳥は、彼女と比べれば遥かに小柄なKVに守られて、隠れる事もなく悠々とインディアナポリスへ向かっている。
‥‥そのように偽装していた。能力者達が戦地近くまでのエスコートを申し出たゆえに可能になった策だ。
「こちらレディC。一切合切準備良し、だ」
通信機から流れてくるのは南部なまりの野太い声。キャロラインの中の人はむくつけき米国軍人2名である。残念がった能力者がいたかどうかは定かではない。
「今日は俺達が一緒ですからね。バグアへの鬱憤、爆弾と一緒に吐き出しちゃって下さい」
不意の遭遇戦を警戒し、やや先行していた新条 拓那(
ga1294)が明るく言った。黒い十字架を額に当て、戦友の武運を祈っていたシュヴァルト・フランツ(
ga3833)が目を開け、薄く笑う。
「それにしても‥‥淑女をエスコートする『色男』‥‥ですか。彼らしいですね」
シュヴァルトの言う彼が誰を指すのか定かではない。今回のコールサインは全員がロメオと数字の組み合わせになっていた。
「ははは、ジュリエッタでなくてすまなかったな、ロメオ達」
自国の資産を爆撃するという任務内容の割に、米軍機からの声はあくまでも陽気だった。DoL作戦が発令されるまで、押され続けていた戦況を思えばハイになるのも当然かもしれない。そんなやり取りを聞き流しながら、ゴールドラッシュ(
ga3170)は微笑を浮かべていた。彼女の脳裏にあったのは目の前の地味な任務の事だけではない。任務をコツコツと達成する事で得られるクライアントの信頼こそが、次なる仕事を呼ぶと彼女は思っていた。
「この橋を落せば、その分犠牲は減るはず‥‥。例え足手まといと言われても、私は私に出来る事をやるしか、ありませんよね」
あくまでドライなゴールドラッシュとは対照的に、ナオ・タカナシ(
ga6440)は逃げ出したくなるような気持ちを抑えながら呟く。メンバー中最年少の少年は、まだ自分に自信が持てずにいた。
「そんなに心配しなくても大丈夫です。その為に仲間がいるのですから」
そんなナオの様子を感じたのだろう。鳳 湊(
ga0109)が声をかける。彼女の女性らしい気遣いに感謝しつつも、少し複雑な気分を感じてしまうナオは、やっぱり男の子だった。
「そろそろ、ですね」
篠崎 公司(
ga2413)の呟きと同時に、後方のB−2が翼端を僅かに振る。インディアナポリスへ向かう進路から逸れ、ラファイエットへと向かう合図だった。
「ではエスコートと参りましょうか」
鋼 蒼志(
ga0165)が自機を右へロールさせる。一糸乱れぬ動きで公司とシュヴァルト、ナオの3機が追随した。
「よし、我らも行くとしよう」
それと同時にシリウス・ガーランド(
ga5113)は左へと機を向ける。彼に続いたのはゴールドラッシュ、湊と拓那だった。2つの機群はちょうど対になるような構成だ。F−104とS−01を前縁に、2機のR−01は後ろに、綺麗な編隊を作ると、彼らは一気に加速した。
「それではまたお会いしましょう。お元気でキャロライン」
そんなナオの声を残して、2つの矢はみるみる遠ざかっていく。能力者達が手足のように自機を操る様に、爆撃機の乗員は思わず口笛を吹いた。
「ったく、あんな子供がなぁ。ウチのガキと同じくらいだぜ?」
「‥‥俺達も行くぞ。これからが忙しくなる」
寡黙だった機長の声に、副操縦士の目が鋭い物に変わる。高度を落としていく爆撃機はさながら、3本目の黒い矢だった。
●一撃離脱
北側へ向かった4機がラファイエットを視認したのは、南回りの味方よりも僅かに早かった。時間差攻撃という計画通りのことだ。飛行場上空には中型ワーム。北に2匹、南に1匹いるキメラとの間隔は狭い。敵の迎撃展開はいまだ完全な物ではなかった。バグアの精神構造に慌てると言うものがあるならば、ラファイエットのバグアの動きは明らかにそれを示している。もちろん、こちらの狙いがこの都市と察知した今頃は、インディアナポリスからの増援もこちらへと向かっているだろう。
「時間との勝負ときたか! いいだろう、徹底的に潰してやるさ!」
覚醒の高揚に身を委ねた蒼志が高らかに告げ、ブーストを起動する。編隊を解いた能力者達は各々が見定めた敵へ機首を転じた。
「ではミッション・スタート」
公司の落ち着いた声は、ブースト加速の影響を感じさせない。もっとも南側にいた翼竜キメラが向き直るのを照準に捉えながら、公司は遠間からホーミングミサイルを発射した。赤外線誘導の獰猛な狩人は狙いあやまたずキメラを捕らえる。並みのキメラならこれで終わりだが、爆炎の中からはお返しとばかりに火球が飛び出してきた。
「相当頑丈に作られているようですね」
教科書どおりのバレルロールで迎撃をかわしながら、公司は敵前を駆け抜けた。その間、手前にいたキメラへはシュヴァルトとナオが向かっている。
「こちらロメオ6。攻撃に入ります」
シュヴァルトの操作にあわせて、左右の翼下からミサイルが放たれた。その攻撃は公司のものと同様、堅牢な装甲に邪魔されて痛撃とはならない。しかし、もとより撃墜を狙った攻撃ではなく、敵の注意を引き付けるのが目的だ。狙い通りに翼竜キメラが怒りの咆哮をあげる。
シュヴァルト機が機首を引き上げた脇で、ナオ機が攻撃態勢に入った。彼の選んだ武器は命中率よりも打撃力を重視したロケットランチャーだが、命中率の不安はレーダー設備の強化で補っている。
「キメラ1捕捉。これくらいならっ‥‥」
発射の鈍い反動が機を僅かに揺らす。続いてもう1射。いかに頑丈なキメラとはいえ所詮はキメラ、圧倒的な火力の前には無力である。だが、キメラの撃墜をナオが確認した瞬間、横合いから激しい衝撃が襲ってきた。ターゲットから漏れたもう1匹のキメラの攻撃が、不運にもナオ機を捉えたのだ。
「くっ‥‥まだです!」
彼の言うとおり、KVのサバイバビリティは尋常ではない。ナオ機の動きにも損傷の影響は毛ほども見えなかった。
その間に、敵の中核たるワームへは、蒼志が攻撃に向かっている。牽制にと撃ち込んだたホーミングミサイルを常識外れの急降下で回避した直後、ワームは猛烈な勢いで反撃を開始した。赤い火線が矢継ぎ早に伸びる。初弾は避けた。だが、次弾の回避が間に合わない。蒼志機の表面を赤い炎が灼く。
「フン、この程度か、世界の異物!」
蒼志機はワームのプロトン砲の直撃を受けてなお、健在だった。
●奇襲は成功、しかし‥‥
第一次攻撃を終えて離脱した先陣と入れ替わるように、迂回して南へと回った第2隊が戦域に辿りつく。
「さて、我らの出番だな。‥‥ブレイク」
機体も主に似るのか、どこか悠然と飛ぶシリウス機の先導で4機のKVが散開、戦闘機動に入る。シリウス自身はナオ機に打撃を与えたキメラへと機首を向けた。キメラが細長い嘴を開くのを冷たい目で見据えながら、シリウスは更に自機を突っ込ませる。キメラの射撃が早い。至近弾の爆圧に機が揺さぶられるのを腕一本で押さえ込みながら、更に肉薄する。敵の目の輝きまで見えそうな、そんな距離まで踏み込んでから、ようやく彼はトリガーを引いた。
「まずは挨拶だ。受け取るがいい」
2発の大口径弾がキメラの外皮を撃ち抜く。血しぶきが掛かる錯覚を覚えるような近距離をすり抜けながら、シリウスは冷や汗1つかいていなかった。よたつきながらもまだ戦意の衰えぬキメラへ、ゴールドラッシュの放った追撃のミサイルが降り注ぐ。
「当たり前の仕事を当たり前にこなす。それがプロフェッショナルってものよね?」
回避を許さぬ精度で撃ち込まれた誘導ミサイルは、傷ついた翼竜を確実な死へと追い込んで行く。4つ目の爆光がキメラを彩った時には、その翼は飛ぶ力を失っていた。
F−104を駆る拓那は、蒼志同様にワームを相手取る事を選んだ。他の仲間がキメラを片付けるまで、という限定つきとはいえ、少数でワームの相手をするのは容易ではない。その意図を察した湊が援護にはいる。
「しばらく、忙しくしていてもらいましょう」
「‥‥だね!」
有効射程ギリギリで放たれたホーミングミサイルは、ワームの上で派手な爆炎を上げる。ワームがそれを隠れ蓑に後退しようとした所を、湊の長距離バルカンが叩いた。ダメージを期待していないとはいえ、間断無い攻撃はワームの動きを容易には許さない。赤い火線がいらただしげに数度閃くが、フライパスまで十分な距離を保った2機のKVに直撃を与えることはできなかった。
「それじゃ、もう一度行きましょうか!」
後陣の4機が北へ抜けた所でくるりと機首を翻す。KV以前の航空機には不可能なコンパクトな旋回だ。ブーストで南へ進んだ4機がぐるりとターンしてくるのと、ちょうどタイミングは一緒になった。
「残りは2つ。気を抜かずに片付けようか」
「あと60秒です」
拓那の声を、時計へ一瞬目をやった湊が補足する。その時、いまだ1機も欠けていないKV隊に挟み撃ちの形にされたワームは、誰も予期していなかった行動を試みた。手薄な側へと移動を始めたのだ。
「まさか、逃げる気か!?」
KVがいない西と東のうちで東を選んだのは、ただの不幸な偶然にすぎない。だが、それは爆撃機が進行してくる方角に近かった。置き去りにされる哀れなキメラが、ワームの撤退を援護しようと弾幕を張る。
「く、邪魔な!」
誰かの舌打ちが聞こえた。効果的な奇襲の代償として、初手でブーストを使っていた第一陣にはさほどの余力が無い。公司は自機の燃料計を一瞥してから冷静に判断を下した。
「あのキメラは私で抑えましょう。追撃は任せます」
キメラの斜め上からアプローチをかけ、ミサイルでの近距離戦を挑む。すぐにキメラは公司の相手に忙殺された。
「翼竜キメラ‥‥、『ワイバーン』を名乗る身としては、戦ってみたい相手でしたが」
湊はそう呟くと、小さく頭を振ってからワームへと進路を定める。続く声にはもう未練は無い。
「敵、B−2に向かってます。ロメオ1、フォローに向かいます」
ブーストを使用してワームへと追いすがる湊機に仲間達も続いた。
「駆けろバイコーン! 暴風となりて世界の異物を潰してやれ!」
蒼志が吠える。
「きっちり仕事はしないとね。ロメオ5も行くわよ」
「以下同文ってね!」
ゴールドラッシュの陽気な声。そして、更に明るい拓那の声が響いた。この間にも爆撃機はこちらに向かって飛行中。今度のタイムリミットはごく僅かだった。
●タイムアタック、そして
ワームから、迎撃の赤い怪光線が伸びる。どうやら砲座の動きが本体の進行方向から独立しているらしい。さっきまでと違って今度は本気の能力者達は、回避を最小限に止めて必殺の間合いへと追いすがって行く。
「この黒十字に誓って‥‥墜として見せます!」
照準機の向こう、ワームの背に向けてシュヴァルト機のガトリング砲が唸った。堅牢なワームの装甲が火花を上げるのが見える。
「おっと、お前の相手は一人ではないぞ」
シリウスが放った放電攻撃はワームに確実にヒットしたが、有効なダメージを与えるには至らない。敵はじわじわと逃走を続け、爆撃機の進路へと近づいて行く。
「硬いわね‥‥」
ゴールドラッシュと湊のホーミングミサイルも効いてはいるのだが、決定打にはならなかった。ダメージは相当蓄積しているのだが、まだ足りない。翼竜キメラ同様、拠点防衛用に装甲をあげたタイプのワームのようだった。その防御が大きく揺らいだのは、ナオの攻撃を受けた瞬間だった。内側から噴き出た炎はすぐに鎮火したものの、装甲にあいた大穴は隠せない。
「何とか、お役に立てたでしょうか‥‥」
「上出来だ」
蒼志が低空から機体を捻りこむようにして誘導ミサイルを撃ち込む。当たり所が悪かったのか、ワームが更にもう一条の炎を噴いた。その死角を縫って、拓那がするりと近間に滑り込む。高分子レーザーの輝きはワームの装甲をやすやすと切り裂いた。2度、小爆発が確認されてからワームの高度が落ち、そのまま地表へと墜落、四散する。爆撃機の姿が現われたのは、その僅か数秒後だった。
「いよう、揃ってお迎えにきてくれたのか? 余裕じゃないか」
そんな軽口を叩くB−2へ一同は苦笑を返す。機首を転じたところへ、ラファイエットから公司機が合流してきた。
「無事でしたか、よかった」
「そう簡単には落とされませんよ」
仲間からの声にそう答える公司機も、無傷ではない。能力者達へと、B−2から機長の声で謝意が送られた。
「ありがとう。君たちはよくやってくれた。‥‥この後は我々の番だな」
中部の片田舎に響く爆発音。その僅かに1分後、インディアナポリスからやってきたバグアは、襲撃者の尻尾も掴む事はできず、ただ、見る影も無く破壊された橋梁を目の当たりにすることとなった。