タイトル:黒い幕間マスター:紀藤トキ

シナリオ形態: ショート
難易度: 普通
参加人数: 10 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2008/09/19 02:44

●オープニング本文


「今回頼みたいのは、盲目の少女の護送任務だ。護送対象の名はリサ・ロッシュ。ゾディアックのカッシング教授による人体実験を受けた経歴がある。まぁ、知っている者は知っているだろう」
 美沙は無表情にそう告げる。彼女は広報部所属のはずだが、この半年というもの、古巣の諜報部の仕事ばかりしているようだ。

「任務に関係する情報として、最初に言っておく。レンズについては、相変わらずよく分からないらしい」
 少女の眼に埋め込まれていた、奇怪な鉱物。衝撃を与えると割れ、破片のそれぞれがレンズ様に変形する事から『レンズ』と呼ばれている。電磁波、音波などの波長に共振し、変調、収束、増幅するとされるが、変調される波長は不定、収束は気まぐれ、増幅されるエネルギーの出所は定かにあらず。解析さえ出来れば無限機関すら作れるやも知れない夢の鉱物だが、現状では制御法はおろか、発動の条件すら特定できていない。極端な話、放っておいても勝手に活性化して甚大な破壊作用をもたらす可能性もあるのだ。

 UPCのプロイセン准将の研究チームは、その危険性を重く見て海中投棄の決断を下したのだが‥‥。
「どうやら、カッシング教授はそれとは違う考えだったらしいな。どうにかして使い方を考えたかったのだろう」
 リサへの装着は、やはり彼の『実験』であったのだろう、と美沙たちが結論付けた理由は2つ。1つは、報告にもあったようなカッシングの監視体制。もう1つは、レンズと共にリサの眼球に仕込まれていたキメラの存在だ。
「おそらく、カッシングはああなる可能性を考慮していたのだろう」
 レンズからもたらされるであろう悪影響から、強化されたフォースフィールドで実験母体のリサを守る、その為にキメラは仕込まれていたのではないか、と美沙は言った。少女が周囲にもたらした破壊は、レンズによる生体電磁波の増幅による物だと分析班は結論付けている。レンズの特性から考えれば、正面だけではなく眼底側へも破壊効果が向けられていた可能性は高い、らしい。
「ただ、理解できないのは‥‥、何故、実験が必要なのか、だ」
 レンズについて、分からない事があるならばバグアに聞けばよい。それができない理由があるのか。
「‥‥今後のリサについては、分析も兼ねて電磁波関係の研究機関に身柄を預けられる事になった。引いては、その道中の護衛を君達に頼みたい‥‥と、そう言う事だ」
 と、美沙は告げてから軽く肩をすくめた。ようやく、表情が苦笑に変わる。
「まぁ、それが表向きの理由でね。実際は、彼女から得られるデータなど、もうないらしい。が、それでもしぶとく調査したがる連中からリサを引き離してあげたかったのでな。少々、搦め手を使った」
 行き先は、イタリア。美沙が言う搦め手、盲目の少女の引き取り手は、世界有数の富豪にして酔狂極まるあの伯爵だと言う。完治後のリサの引き取りに関しては、傭兵達からも手が上がっていたし、美沙自身も考慮していたと言う。が、調査だの何だのという煩い声を考えれば、大樹の陰という選択も必要だろう、と美沙は語った。
「護衛を手配したのは、彼女の心のケアもある。が、もう一つ」
 リサの暴走で死傷者を多数出した村の出身だった若い兵士が、先日に帰郷し、即日除隊していると彼女は言う。その後の消息は不明。優秀な兵士だったという少年は、事件で幼い弟と妹を失っていた。
「‥‥現地では、全てがリサの仕業になっている。まぁ、真実を触れて回るわけにもいかないから仕方が無いのだがな。こういう仕事をしていると、最悪を想定したくなるので君たちを呼んだ」
 少年の名は、アルベルト・ケルシャー。通称はアル。美沙から渡された写真では、茶色の髪に緑の眼の15歳くらいの少年が、幼い少年少女の肩に手を回して笑っていた。
「それと。伯爵自身は、悪意がある人物では無いと思うが、間違いなく変人だ。できれば、リサの事については君達からも幾らか口ぞえしてあげてほしい」
 美沙は苦笑をもう一度浮かべて、一同を送り出した。

●参加者一覧

大泰司 慈海(ga0173
47歳・♂・ER
黒川丈一朗(ga0776
31歳・♂・GP
須佐 武流(ga1461
20歳・♂・PN
ハンナ・ルーベンス(ga5138
23歳・♀・ER
神森 静(ga5165
25歳・♀・EL
リュス・リクス・リニク(ga6209
14歳・♀・SN
フォビア(ga6553
18歳・♀・PN
ルナフィリア・天剣(ga8313
14歳・♀・HD
シュブニグラス(ga9903
28歳・♀・ER
ミスティ・K・ブランド(gb2310
20歳・♀・DG

●リプレイ本文

●少女と守護騎士達
「久しぶりだな、リサ」
 以前の事件で同道し、その後も幾度か見舞いに訪れた黒川丈一朗(ga0776)の声を、少女は覚えていた。
「丈おじさん、こんにちは。今日はどこに行くの?」
 彼女は丈一朗の方へ手を振る。イタリア行きの飛行機に乗り、そこからカプロイアの屋敷へ向かう、と説明されたリサは嬉しそうに笑った。飛行機に乗るのはLHへ来た時に続いて二度目なのだとか。
「初めての時は、良く覚えてないの。ね、イタリアってどんな所? 湖、あるかしら」
 興奮した様子のリサは良く喋り、そして良く尋ねた。その質問は、そのうちカプロイア伯爵へと及ぶ。
「カプロイアっていうのは本物の伯爵で、そうだな‥‥おじさんたちの友達だよ。その人が‥‥」
 丈一朗の言葉が詰まった。親代わり、等と言えば父親の不在を思い出させてしまうかもしれない。
「おじさんのお友達だったら、いい人ね」
 リサはそんな丈一朗の葛藤をよそに、こねこのぬいぐるみを抱きしめてまた笑った。少しくすぐったそうにその様子を眺めるルナフィリア・天剣(ga8313)。そのぬいぐるみを匿名でリサへ届けたのは、彼女だった。
「ルナフィリア・天剣‥‥ルナだ」
 リサの正面へ回り、ゆっくりと語りかけるルナ。
「年はよく解らんがリサよりちょっと上、だろうか。よろしく」
 首を傾げたリサが、そっと手を伸ばしてくる。ルナの長い髪や細い肩へ触れ、少女は不思議そうに首を傾げた。
「髪、長いの。‥‥女の子?」
 喋り方だけを聞いて勘違いしたのだろう。そんなリサの手をリュス・リクス・リニク(ga6209)がそっと取る。
「そう。あたしもルナも女の子だよ。あたしはリクス」
 よろしく、と言うリクスにリサは少し頬を膨らませた。
「2人とも、女の子は綺麗な喋り方をしないとダメ! 男の子になっちゃうわ」
 横で聞いていた丈一朗が、思わず口元を押さえる。
「あたし、お菓子とか作るのが好きでさ。クッキー作ってみたんだ。食べるかい?」
 リクスが差し出したチョコチップクッキーを美味しそうに食べるリサ。イタリアに向かう機内で疲れて眠りに落ちるまで、少女は終始明るかった。

 ‥‥あるいは、そう見せていた。

 一方、ハンナ・ルーベンス(ga5138)はアルベルトについての資料を読み込んでいた。
「軍歴はおおむね優良。PN作戦では表彰も受けているようです」
 除隊に当たり紛失した物の調査は、原隊の強い抵抗にあったそうだ。調査の結果、少年は危険物に相当する物は持ち出していない事が判明した。
「村の人は‥‥、何も知らない、みたい」
 もしも、アルが復讐を告げていたら、同調する村人もいたであろう、とフォビア(ga6553)は思う。故郷の村でも少年の評判は良い物だった。
「‥‥両親は死亡。弟と妹には休暇の度に会いに帰っていたそうですね」
 神森 静(ga5165)が調査を依頼していたのは、アルの性格について。3人の調査で浮かび上がってきたのは、今時には珍しいくらいの真っ直ぐさと、脆さだった。
(‥‥今回は能力者に阻まれて引き下がったとしても、また復讐に来そうな気がする)
 あるいは、黒い力に囚われて。そんな嫌な予感を覚えた静は、ハンナの淹れてくれた紅茶を傾けて一息ついた。少年の調査が終われば、道中のルートを洗い直さねばならない。
「今回の移動は、知られているかしら。やっぱり、知られているわよね」
 最前線で生死を共にした絆と言うのは深い。彼が事情を話せば、今回のリサの移送ルートを流しそうな伝は大量に見つかった。
「警戒すべきは‥‥」
 襲撃側にとって選択肢の多い道中よりも、確実に通過せざるを得ない空港と、カプロイアの屋敷付近となるだろう。そんな会話を、シートに横になったまま、須佐 武流(ga1461)は黙って聞いていた。
「‥‥必要があれば、容赦はしない」
 誰にも聞こえないような小声で、己の拳を見つめる武流。不器用な彼には、言葉で思いを伝える自信も、相手を動かす自信も無かった。ただ想いだけを胸に、武流は静かに眼を閉じる。

 一足先に現地入りしていたシュブニグラス(ga9903)は、仲間達の愛車に細工の後が無いかをじっくり調べていた。
「仕掛けの形跡は無さそうね」
「ありがと。シュブちゃん。ジュース飲む?」
 地図を片手に道程を確認していた大泰司 慈海(ga0173)が笑顔を向ける。シュブがチェックを買って出てくれたので、慈海は、道中が落ち着ける空間になるようにとジュースやお菓子の用意に時間を割けていた。

 そして、同様にシュブに愛車のチェックを委ねたミスティ・K・ブランド(gb2310)は、アルベルトの目撃証言を足で集めていた。さすがにカプロイアの邸宅に先行するのは難しかったが、空港の中を歩く事は出来る。
「‥‥堂々たる物だ」
 アルはくたびれたカーキ色の上下に身を包み、人々の中に混じって座っていた。ミスティは慎重に様子を窺いながら、対処法を相談する為に仲間達へと連絡を取る。

●回避された危険、まだそこにある危機
 ミスティの知らせを受け、リサ達は出口を変えてアルをやり過ごし、慈海の車に乗り込んでいた。
「ふかふか、ね」
 高級車の内装にご満悦のリサの脇にハンナが座る。知らない相手にやや戸惑うリサを、ハンナは抱きしめた。
「‥‥? お姉さん、いい匂い」
 修道服の生地を不思議そうに撫でる少女の手を、ハンナがそっと取る。
「ジュースとお菓子もあるからね」
 そう一声かけてから、慈海は車内用に静かな音楽をセレクトした。リサをくつろがせるのは、後席の女性達に任せて運転に専念するつもりだ。
「こちらは準備よし、だよ」
 慈海のランドクラウンの後ろに位置したジーザリオは、静の車だった。静とシュブの2人は、緊急時の護衛として追随する事になっている。
「時間通りね‥‥行きましょうか」
 シュブが無線機へ声を返すと、慈海が愛車を静かに出した。

「さっきのクッキー、まだある?」
「私にもクッキーを貰おうか」
 もそもそと食べる少女達から、毀れた屑をフォビアが拾う。その気配に、リサは陰の無い笑顔で礼を告げた。盲目は、リサにとっては以前に戻っただけのようだ。バックミラー越しに様子を見ながら、慈海は微笑する。
「‥‥リサさんは、好きな人、いる?」
「うん。丈おじさんも好きだし、美沙さんも好き。リクスもルナも好きよ」
 父親の名も母親の名も、口に出さない少女。孤児として育ったハンナには、その気持ちが理解できる。ハンナは少女の肩を包むように抱いた。
「私には好きな人がいた‥‥」
 7つの少女にはまだ早いかもしれないが、フォビアが選んだ話題は恋話だった。むしろ、口にする事で自分が決意を新たにしたいという事だろうか。かつて出会い、荒んでいた自分の心を救ってくれた相手の事を、フォビアは遠い目で語る。
「お姉ちゃん、その人に会えなくなって寂しい?」
 見えない目で、リサはフォビアを見つめていた。そんな少女の手に、フォビアは自分の羽織っていたストールを触れさせる。
「このベレー帽とストールも‥‥。誕生日‥‥私と、あの人が出会った日に貰ったもの。とても、大切‥‥」
「‥‥そう」
 リサは、横においていたこねこのぬいぐるみをきゅっと抱きしめた。
「天国のお父さんが、くれたのかな‥‥、これ」
 そうだったらいいな、と囁くような声に、ルナは目を閉じる。
「‥‥きっと、そうだ」
 かけた言葉に、リサは嬉しそうな笑顔で答えた。

「このまま何も起きないかしら。そうだといいのだけれど」
 ハンドルを握る静がポツリとそう呟いた。ランドクラウンの少女達へチラリと目をやったシュブに、さっと秋の日差しが差し掛かる。
「‥‥眩しいわね」
 微笑しながらサングラスをかけた彼女に、静は何も言わなかった。

 アルベルトへの対処は、後に残る3人が引き受けていた。
「‥‥お前がアルベルト、だな」
 丈一朗の声は低い。
「あんた達、リサの護衛の能力者か?」
 ややかすれ声の少年には動じた様子は無かった。その代わり、何かのスイッチを握り締めた右手を見せる。
「知っているだろ。デッドマンスイッチ、だ」
 人の多い空港で仕掛けた爆弾を爆破されたくなければ、少女に会わせろと少年は続けた。子供じみて愚かにすら見える脅迫だが、笑う者はこの場にはいない。
「知っている。‥‥お前が爆薬など持ち出してはいない事をな」
 武流が淡々と答える。しばしの睨み合いの後に、アルは視線を落とした。
「少し、話を聞いてくれないか」
 丈一朗がアルの様子を窺いながら、そう声をかける。彼が、ロッシュ親子との関わりを語る間、少年は目を上げようとはしなかった。
「恨むならバグアを、なんて事は俺には言えん。ただ、あの子を恨んでくれるな。犠牲になった者同士で恨み合ってくれるな」
「‥‥そんな事だろうと思ったよ」
 アルベルトが呟く。妹からの最後の手紙には、友達が出来たと嬉しそうに書かれていた。弟は、パン焼きの手伝いをさせてもらったという写真を同封してきた。新しい隣人が2人を騙していたとは、アルには思えなかったのだと言う。
「でも、俺の弟も妹も死んだ。リサっていう子は生きているんだ。‥‥どうすればいいか、ずっと考えてた。その子を見たら決心がつくと思った」
 顔を上げた少年が胸のつかえを吐き出した。逆恨みなのはわかっている。それでも、胸のうちに出来た空洞が己を苛む。丈一朗にも覚えが無い感情ではなかった。ただ、相手がバグアであると納得できただけの事だ。
「復讐を達した後、お前はどう生きる? 何もかも失ったお前には、その瞬間に生きる意味が消え失せる。これから長い人生をそんな虚無感の中で生きるのか?」
 それは辛い事だ、と武流が告げる。
「私も元は少年兵でね。君程極端では無いが、似た様な憎しみを飼った覚えがある」
 それまで言葉を発していなかったミスティが、鏡のようなサングラスをずらして少年を見据えながら、言った。
「断言してやろう。君の憎悪は、娘一人殺した程度で癒える物ではない。‥‥決してだ」
 ミスティは再びその瞳を隠す。
「せっかくだ、俺たちと一緒に来るといい」
「だが、須佐。それは‥‥」
 武流の言葉に、丈一朗が眉を上げた。アル自身も躊躇いを見せる。
「‥‥俺は、その子に会って平静でいられる自信はない」
「正直な奴だな」
 嘘は苦手だ、と言う少年に、丈一朗は苦笑した。不快な感覚ではない。
「妙な気を起こされても困るので、俺の目の届くところにいてもらう」
 それならば構わないだろう、と武流は2人に向かって言う。
「君の敵の名前は、カッシングという。リサを実験台にした男の名だ」
 ミスティが小さく口元を歪めながらそう告げた。
「或いは、彼女を生かしておけば、成果を見に奴が現れるかもしれんぞ?」
 しばしの沈黙。
「‥‥あんた、ずりぃな」
 初めてアルが見せた笑みは、少年をようやく年相応に見せた。

●大団円とそれから
 伯爵の邸宅で合流した時には、当然ながら一悶着があった。
「身体検査はした。それに、危険はないと思う」
 実際に会って話してみて、少年は信じるに足るように丈一朗には思えた。それでも、武流が言い出さなければこの場につれてくる事は無かっただろう。
「俺が責任を持つ」
 一言、そう告げた武流をミスティは苦笑交じりに見た。揃いも揃って、不器用な男ばかり揃ったものだと。アルは、そんな傭兵達の会話をよそに、じっとリサを見つめていた。

 屋敷に着いたのは、そろそろ日も暮れようかと言う時刻だった。
「‥‥ここが、終点?」
 これから、どうなるのか。首を傾げたリサにハンナが優しく告げる。
「貴女に新しいお兄さんが出来て‥‥これからお兄さんの所で暮らすの」
「結構変わった人だけど‥‥悪い人じゃないからそこは安心してくれな?」
 やや心配げにリクスが言葉を添える。
「独自の美学を持ったお金持ち。えーと‥‥悪意の無い変わり者?」
「‥‥美学?」
 ルナに言われた言葉は、リサにはよく分からなかったようだ。
「心配するな、また会いに来る」
 不安げなリサの頭を丈一朗が撫でる。
「失礼、お待たせした」
 そんな微妙な評価が為される中、奥から現われたカプロイア伯爵はいつも通りだった。

「君がリサ嬢かな? はじめまして。カプロイアだ。聞いているかとは思うが、今日から君とは家族になる。君が嫌でなければ、ね」
 長身の伯爵はしゃがみこんでリサと高さをあわせる。
「‥‥はい」
 緊張した様子で頷くリサ。
「伯爵、頼みがある」
 所在無げにしていたアルの手をぐっと引張り、横合いから武流が声をかけた。
「リサの面倒を見させてやってほしいんで、コイツもここにおいて欲しいんだ」
 予想外の申し出に、仲間達が固まった。
「どなたかな?」
 問いかけた伯爵にではなく、少年はリサへと顔を向ける。
「ミリィとジェスの兄だ。‥‥リサの事は、2人から聞いてる」
「あ。アルベルトお兄さんね! お話は一杯聞いているわ」
 強張った表情の少年へ、何も知らぬ少女は花のような笑顔を向けた。
「‥‥ふむ」
 首を傾げつつ、伯爵は武流とアル、リサと傭兵達の様子を見る。
「訳有りのようだが、理由は後で伺おう」
 誰かが、ほっと息をついた。
「記念写真‥‥撮りたいの」
 フォビアの申し出に、リサが笑顔を見せる。
「今日の事、覚えていて。何があっても‥‥人の温かさ‥‥優しさを忘れないで」
 自分では見る事が出来なくとも、思い出が形になるのは嬉しいものだ。女性が前に、男性が後ろに。呼び止められた使用人が写真機を構える。
「素敵なレディに育ててね」
「変な事教えたら殴りに来るからな」
 楽しげな慈海と、仏頂面の丈一朗が左右から青年に囁いた。
「‥‥可能か解らんが、彼女の目を治す手段を調べてくれ」
 リサが位置取りをする間に、ルナも言う。
「カプロイアの名にかけて」
 その全てに伯爵は鷹揚に頷いた。カシャリ、とシャッター音が響く。もう一度の前に、リサが大きくあくびをした。
「おや、疲れているようだね。今日はこれまで、だ。寝室へ案内しよう」
「え、きゃ‥‥」
 言うや否や、伯爵は片手で少女を抱き上げる。
「ちょ、ちょっと待て」
「やっぱり、不安要素があるわね?」
 ルナと静の声に、伯爵は肩越しに振り返って微笑を浮かべた。
「君達は道中で十分会話を楽しんだのだろう? 今夜は、私に譲ってくれても良いのではないかな?」
 伯爵は伯爵なりに、少女の来訪を楽しみにしていたようだ。
「お、俺は‥‥」
「行けよ」
 戸惑ったように立ちすくむアルの背を、武流が押す。少年へ頷いてから、背を向ける伯爵。
「傭兵諸君も今日は泊まって行くといい。‥‥では、おやすみ」
 その腕の中の少女は、戸惑った様子ではあったが不快そうではなかった。
「今度の嫌な予感は、外れたのかしら」
「せっかくなら大団円を望みたいわね」
 クスリと微笑む静に、シュブが頷く。声には出さずとも、他の仲間達も同様の思いで3人を見送っていた。