●リプレイ本文
●事前準備は完璧に
どこにでもありそうなホテルから、一台のランドリムジンが走り去る。リラックスした雰囲気でハンドルを握りつつも、運転手の大泰司 慈海(
ga0173)がサングラス越しに左右へ向ける視線は油断無い。
「右折1回、左折2回‥‥ってとこかな?」
目的地のカプロイア支社まで、文字通りリムジンの送迎が選びそうな表通りを走る慈海。翌朝に備えての下見である。
『大泰司さん、表通りはどんな様子ですか?』
同じく、ルート確認をしていた鏑木 硯(
ga0280)の声が無線機から聞こえる。当日の計画では、表通りを行くランドリムジンが囮、硯のジーザリオが本命を担うはずだった。
「そろそろ着くよ。信号待ちが少しあるね」
1つ目が青だと、時間的に曲がった先の2つ目でひっかかるとか、何かそんな感じのタイミングのようだ。
『とすると、少し裏道の俺の方が早いですね』
もう現地ですから、と硯が笑う。支社の脇に止めた愛車の隣に立ち、少年は手を振っていた。艶やかな黒髪に女顔の彼が、スーツにサングラスをかけていると少しばかり可愛らしい。
「硯君の方が早かったか。‥‥飛ばしたわけじゃない、よね?」
たどり着いた慈海も、ランドクラウンの窓を開けて片手をあげる。高級車の運転席から覗く剃った頭のスーツ姿は、少し優しげな目がサングラスに隠れているせいで、本職にしか見えなかった。
「‥‥あの組み合わせは、怪しいよね」
そんな2台を路地から窺い、狭間 久志(
ga9021)が苦笑する。彼のファミラーゼの助手席には白衣の音影 一葉(
ga9077)が座っていた。前の2台にトラブルがあった時の最後の備えが彼の愛車となる。いわば万が一の保険だが、彼も実地確認を怠ってはいなかった。
「次はこの道で移動してみましょう」
一葉が地図上を指でなぞる。サイズ的に、ファミラーゼが一番ルートの融通が利く分、試さねばならないルートも多めだった。
一方、ホテル自体の周辺は空閑 ハバキ(
ga5172)が確認していた。お約束のようにサングラスとスーツ姿の青年は、まず非常口等を確認していく。
「あ、こんにちは!」
行き交う従業員に明るく挨拶する様子からすれば、間違ってもスパイやSPの類には見えなかった。
クラーク・エアハルト(
ga4961)はホテル1階のカフェに人待ち顔で座っていた。観光客を装い、チラチラと周囲を見回す彼の視野に、ロビーで立つ佐伽羅 黎紀(
ga8601)が入る。やはりサングラスにスーツの彼女が、クラークから見える限りでは一番の不審人物だ。
「不審な影はなし、ですか。そう簡単にはいきませんね」
ため息をついた所で、黎紀がカウンターへと動き出した。ちょうど、ワンピース姿のラウラ・ブレイク(
gb1395)がコンシェルジュっぽい男を捕まえたところだった。
「‥‥というわけなの」
ソーニャが誰かに狙われている事を聞いた当初は強張っていた男の表情も、ラウラが話を進めるにつれて理解の度合いを深めていた。あるいは、健康的な美人のラウラが目を伏せて悲しげな表情を作っていたのも効果があったのやも知れない。
「わかりました。上階のスィートをすぐにご用意いたします」
迷惑だから他所で泊まってくれ、などと言わない辺りが出来たホテルである。お客様に、最善のサービスを。そう言う青年に、ラウラは微笑む。
「実は、もう一つ相談したいことがあるの」
「こっちの方が、大事かもしれないわ〜」
いつの間にか横にいた黎紀が、大きく頷いてラウラを後押しした。
●お楽しみも完璧に
「フカフカだよ慈海くん‥‥!!!」
猫がまっしぐらな位の勢いで、豪華なベッドにダイブするハバキ。
「本当だ! これは凄いね!」
隣にどどーんと飛び込む慈海。
「子供じゃないでしょうに、まったく‥‥」
2人を眺めるソーニャは呆れたように笑う。顔見知りがほとんどのメンバーだけに、遠慮が無い。
「安心してください。俺たちが無事に送り届けますから」
硯が己が胸を叩く。彼は、ソーニャの考えすぎの危惧をすっかり間に受けていた。
「けど、そんなに妨害に遭うなんてTシステムってそれほどすごいんですね」
少年の言葉に、ソーニャがニコリと笑う。
「‥‥ベッドルームは女性専用ですから。堪能したら出て行ってくださいね」
ソーニャに喋らせたら長くなりそうだ。そう感じた一葉に、ダイニングへ追い出された男達の表情がサッと引き締まる。
「残念、専用フロアじゃなかったね」
慈海が言うように一流ホテルならば、スイート専用フロアがあるのだが、ソーニャが元々手配していたホテルは中程度。スィートと言っても普通の新婚さんが記念に泊まれる程度の物だ。2ベットの寝室とダイニング、バスルームという間取りである。
「ん、その分俺達で頑張らないと」
「ですね」
ハバキと硯は窓の外の様子や、室内の調度などをしっかりと見て回っている。一方、追い出された男達が真面目になっていた頃。
「いよいよ、ターコイズも現実味が出てきたみたいですね。発展型としても、色々と見込めると思うのですが‥‥」
室内のお堅い女性達は固い話に花を咲かせていた。
「その話もいいけど、少し外に出ない?」
翌日の護衛計画の都合上、恐らくいるだろう監視に一緒の所を見せておこう、とラウラが告げる。ついでに、地味な服を着替えた方がいい、とも。
「そうですね。話は後でもできますし」
「私の行動は全て皆さんに委ねますから、指示には従いますわ」
ラウラと一葉の息の合った様子に目を瞬きつつも、ソーニャは頷いた。
「そういや、ソーニャちゃん、その「運び屋」って名刺は?」
ハバキと室内を見て回っていた慈海が、出かけるソーニャにそんな疑問を投げる。
「ああ、ここにありますわ。では、行って来ますね」
直前に接触していた部外者故に、怪しんだだけの事だったのだが、ソーニャが置いていった名刺を見た硯が首を傾げた。
「俺、この人たち知ってる、かも‥‥」
「‥‥すっかり遊んでしまったわね。アーネスト君のお財布だから構わないけど」
ラウラに続いてエレベーターから降りたソーニャの衣装は赤のロングドレス。髪をアップにまとめた姿は見違えるようだ。ブツブツ言いながらも、そこは女性という事か、彼女は部屋に残る護衛の傭兵達の反応が楽しみだと笑う。
「戻りまし‥‥」
俯き加減の小柄なホテルマンが開けた扉をくぐったソーニャの正面から、パン! という乾いた音がした。
「ソーニャ、誕生日おめでとう♪」
慈海の用意したクラッカーを引き、ハバキが笑う。続いて、鳴り響く拍手。
「8日が誕生日だったそうで、おめでとうございます」
穏かに言う久志が手渡したのは、胃薬だった。何とも言えない表情で眼鏡のブリッジを押さえるソーニャ。
「この年になって誕生日を祝うとは思わなかったわ‥‥」
「女の子は誕生日を喜ばないことも多いけど‥‥年上って、イイヨネっ☆」
ハバキに促された先にあるケーキの蝋燭は30本。彼からのプレゼントは研究のお供にとキリマンジャロコーヒーだ。
「最近、嫌な事ばっかりだったみたいだから、吹き飛ばしちゃいましょう」
発案者のラウラが彼女の背中を押した。テーブル中央には、彼女の用意したサンダーソニアの花束が飾ってある。ダイニングを使ったのは、出入りのある店よりは部屋でするのが安全だろうとホテル側に言われた為だ。別室を取る事も考えたが、これはこれで良い雰囲気だった。意を決して吹き消した後、一同にグラスが回る。
「自分はジュースで」
護衛に徹するクラークは、まだ表情に困っているようなソーニャの所作をじっと観察していた。
「また誕生日が迎えられますように! そしてTシステムの完成を願って! Salute!」
柄じゃない、と首を振ったソーニャに変わってラウラが乾杯の音頭を取る。
●お仕事だって完璧に
パーティも楽しく進み、慣れない様子のソーニャにも苦笑以外の笑顔が出るようになった頃。ロシア料理も頼もう、と言う慈海の言葉でルームサービスが頼まれた。とはいえ、これは襲撃者への罠だ。
「引っ掛かってくれると、いいんですけど〜」
無理を言ってホテルマンの制服を借りた黎紀がワゴンを押す。果たして、従業員用エレベータに入った所で獲物は針に掛かった。
「あんたに恨みはないが、少し協力してくれ」
押し殺した低い声が背中からかかる。と同時に黎紀は振り返っていた。
「はやっ‥‥、能力者か!?」
銃を片手の若い男が目を丸くしている。彼が引き金を引く前に、黎紀はその手首を捉えていた。『強力下剤』とこれ見よがしにかかれた薬瓶がポトリと落ちる。
「現行犯、確保です〜」
「アーネストさんとうまくいってる?」
ポロッと出たそんな質問に、関わりのあった面々の視線がソーニャに集中した。
「うまく行ってたら、一緒に来てるのかな?」
そんなハバキの声と、首を傾げる慈海。
「んー、苦手と思われているのは間違いありませんわね」
ほんのり朱に染まった頬に指を当ててソーニャは頷く。
「いっそ、くっついちゃえばいいじゃないですか」
等とはやす一葉は、珍しく年齢相応の様子を見せていた。
「冗談でしょう? あんな場所で一生過ごすのは御免です」
ため息をついてから、ソーニャが愚痴を吐き始める。マイペースに見える彼女だが、実は結構ストレスもあるらしい。
「アーネストくんがまだハミルとの違いに戸惑っている感じかと思ったけど‥‥」
慈海の予想とは違い、むしろ周辺との温度差が彼女の苛立ちの原因のようだった。長年仕えてきた面々を押しのけて割り込んだ余所者への防衛反応といった所だろう。
「アーネスト君、って呼ぶとコツコツ床を叩いて注意する、その為だけにメイドが1人ついてくるのよ。信じられるかしら?」
雇用者を君付けで呼ぶのとどっちが非常識なのかはあえて問うまい。
「本当にあの時の‥‥」
入り口側で警護していた硯が、黎紀の戦利品を見て驚いた。それは、丁寧に拘束されたジェフも同じだったらしい。
「お、お前! ULTだろ、何でこんな女に手を貸しもがもごもご」
こんな女呼ばわりされた黎紀が、お口もしっかりと塞いだ。
「あの、悪い人じゃないと思うんで‥‥」
手加減してあげてください、と言う硯にイイ笑顔を向けてから、黎紀は羽箒を取り出す。
「もごがっもごごもごー!?」
楽しげに笑いさざめくダイニングからの声を背景に、玄関では恐るべき拷問が始められようとしていた。
そして、翌朝。交替で見張りに立った傭兵達の前に、新手の妨害者は現われなかった。
「はぁ‥‥私が、カプロイア伯爵の昔の女ですか。審美眼は凄いらしいし、冗談でもそういうネタになったのは光栄ですけれど」
ソーニャが盛大にため息をつく。一晩明けて、誤解の解けたジェフは素直に口を割っていた。しかし、役に立つかというとそうでもない。
「‥‥依頼人との連絡手段は」
「ない」
仲介先を通じてしか接点が無いと胸を張るジェフ。お金を取りはぐれる危険など欠片も考慮していないすがすがしさだった。
「‥‥まさかアレが妨害者じゃないですよね」
一葉が呆れたように言う。
「もう一人、バリーっていう人がいたはずですが」
そんな硯の声に、ジェフの顔色が青くなった。返してもらった携帯電話を慌ててプッシュするも、返事は無い。
「‥‥やべえ、あいつマジだ」
●最後まで完璧にっ
「女装なんて、子供の時に親が悪ふざけでやって以来ですよ」
「私も、高校のダンスパーティ以来ですわ」
お互いの予備の衣装を交換し、カツラやサングラスなどで容姿も調えたクラークとソーニャは、パッと見では取り間違えそうなほどに変貌していた。化粧を施したラウラが満足げに頷く。
「‥‥自分はソーニャ。ソーニャ・アントノワ。口調はやや険しめ、目つきは鋭く、癖は眼鏡に触る事。年齢は30歳‥‥」
鏡を前に、イメージ作成に入ったクラーク。呟きの内容を聞いたソーニャは脇で微妙な顔をしている。時計はじわじわと進み、待ち合わせの時間が刻々と迫っていた。
「朝食は、洋食でお願いしておきました」
「「ありがとうございます。助かりましたわ」」
久志の言葉に、2人のソーニャがそう答える。周囲が一瞬固まってから、笑い声に包まれた。
「うわ‥‥、凄いね、あれは」
どこか楽しげに呟く慈海。正々堂々、正面通りから出発した彼のランドクラウンの後方に躍り出たのは、ジーザリオ以前の不整地車両の王者だった某国の軍用車両の民生品だ。
「おい、止めろバリー! 作戦は中止だ!」
などと後部座席からジェフが言うが、聞こえた様子は無い。
「こちら黎紀ー。食いつかれました〜」
楽しそうに無線機へと言う黎紀。側面でチラチラと後ろを窺っているのはソーニャ‥‥、ではなく変装したクラークだった。
「ここは1つ、カーチェイスを楽しもうかな」
悪戯っぽく笑い、前方車を追い越す慈海。後方からは、ハマーが重厚に加速を開始していた。周囲の一般車がとばっちりを避けるように脇へよる。レースだと思って参加してくる強者もいた。道行く人が陽気に声援を送ったりするあたりがイタリアっぽい、のかもしれない。
「僕らの出番は無かったかな?」
その後ろを久志のファミラーゼが行く。助手席の一葉は少し心配そうに路地の方を見た。その向こうを、本命の硯車が裏道を伝って移動しているはずだ。
「‥‥大丈夫でしょうか、あちらは」
男装したソーニャが後ろを向く。
「慈海くんなら大丈夫。それよりソーニャは伯爵との面会を考えないとね」
そう言うハバキが怖れていたほどには硯の運転は荒くなかった。
「こう見えても怪我人の輸送だってしてるんですよ。安心してください」
表通りで熾烈なチェイスが行われている間に、硯の車は無事に目的地へと到着した。そのままの格好で会談に臨んだソーニャが『実に個性的なセンスだね』と評されたとか。さすがに重い腰を上げたイタリア警察に仲良く捕まったチェイス組が、伯爵のお声がかりで放免されたとか、ドタバタしつつも数時間後。
「お疲れ様です、ソーニャさん」
久志が手を上げてソーニャを迎える。
「‥‥どうでした?」
一葉が尋ねた声は、少し小さくなっていた。
「手ごたえ、ありですわ」
ぐっと握りこぶしなど作ってから、ソーニャは待っていた能力者達に感謝を込めて一礼する。企画段階ではダメかと思っていたが、何とかここまでこぎつけた、と。
「伯爵かぁ‥‥俺も一度、会ってみたいな」
ハバキがそんな事を呟くと、黎紀も残念そうに頷いた。
「ごめんなさい。少し、喋りすぎましたわね」
ソーニャが苦笑する。前日にラウラや一葉からアイデアを貰った分、Tシステムの売り込みに力が入りすぎ、持ち時間を盛大にオーバーしてしまったのだとか。
「‥‥でも、会ったら会ったで疲れる方ですわよ」
ため息をついてから、彼女は仕事を終えた傭兵達をお茶に誘う。内輪だけ、ケーキとお茶だけの、小さな小さな祝勝会が始まった。