タイトル:故郷の海で合宿をマスター:紀藤トキ
シナリオ形態: イベント |
難易度: 普通 |
参加人数: 52 人 |
サポート人数: 0 人 |
リプレイ完成日時: 2008/08/15 00:25 |
●オープニング本文
大きな民家の軒先で、篠畑が額に手を当てて遠くをうかがう。
「‥‥お、来たな。こっちだ、こっち」
観光バスが丁度カーブを曲がってきていた。乗客は、ラストホープの傭兵達だ。以前から世話になっていた傭兵達に何か、と考えた篠畑に寄せられた、海へ行きたいと言う声。それは、篠畑にとっては少しばかり足遠い場所だった郷里へ戻るきっかけになったようだ。バスを迎える篠畑は、口元が綻ぶのを感じていた。
「良く来たな。何も無いところだが、まぁのんびりしていってくれ」
篠畑の実家から坂を下れば、そこはすぐに人気の無い海岸だ。篠畑の幼少時には見かけられた遊ぶ地元の子の姿も、ましてや観光で訪れる者も見当たらない。戦争のせい、というだけではない過疎の行き着く先は、郷愁と寂寥の混じる景色だった。
「そこの‥‥海の家は着替えとか私物置きに使ってもらって構わんぞ。許可は貰ってきたからな」
使われなくなって何年になるのか分からないが、それでも最低限の手入れをされていたらしい建物は篠畑の家同様に綺麗な物だ。シャワーも砂詰まりを取ればそのまま使えるようだった。潮風にすっかり色あせた建物の中には、男用、女用に加えて家族用の3つの更衣室がある。
「‥‥あー、覗きとかそういう問題は起こさないようにな。言うまでもないが」
泳ぐのもよし、ビーチバレーだとか砂遊びをしようというならそれも可能だ。海は太平洋の荒海だから、それ以外の遊びもできるだろう。それに、手漕ぎのボートを借り出せば遠くに小さく見える小島に向かう事もできるはずだ。子供の頃は、良くあそこまで泳いだものだ、と篠畑は懐かしげに笑った。
「ラストホープにも海水浴場はあるだろうがな。こんなど田舎で泳ぐ機会はあんまり無いだろうし」
しっかり、楽しんで行ってくれ、と篠畑は一同に告げる。
陽が傾き、暗くなりかけてからも、港町には別の楽しみが待っていた。夕食は、取れたばかりの魚を磯焼きだという。
「まぁ、お客人に料理とかできる人がいれば任せたい所だがなぁ」
取れる魚もその日にならねば分からない。天候が荒れていなくてよかった、と漁に出ていた篠畑の叔父は笑った。その場合は干物三昧になったらしい。飲み物やそれ以外のつまみなどは、持込み歓迎。
「畑で取れた野菜とかもあるからな。適当に喰うがええさ」
人が減った町に、残された畑はこの叔父や町の人々が手分けして最低限の管理をしているらしい。
「田んぼはさすがに、片手間だと面倒見切れないがな。野菜は放っていてもまぁ、なんとかなる」
「後の準備もしっかりしないとね」
傭兵達と一緒に昼過ぎから合流した加奈がバケツを用意する。篠畑の郷里には始めて来た筈だが、キャンプの類は慣れているという少女はすっかり馴染んでいた。花火を楽しむならそれも良し、あるいは屋敷の広間に布団を敷いて、寝るまでの間話し続けるのも悪くは無い。
「広間は随分広いから、雑魚寝でよければそこで寝てくれ。夜はそれなりに涼しいが、ホテルみたいな快適さは期待せんでくれよ」
一応、それ以外にもいくつも部屋はあるので、着替えや荷物置き場に使ってもらったり、雑魚寝はちょっとと言う面々や水入らずを楽しみたい人々はそちらを使ってくれ、と篠畑は言う。ただ、音は筒抜けなので内緒話とかは外の方が良い、とも付け足した。
「風呂は交替で使ってくれ。一度に3人くらいは入れるが‥‥」
「町の施設の風呂使えば良いじゃないか。わしが町長にかけあってくるぞ」
鄙びた港町には場違いな公民館のシャワールームは、こんな事でもなければ使うことも無い、と篠畑の叔父は言う。
「ま、それが楽かもしれんなぁ。その辺は好きにしてくれ」
基本的に、世話役などには向いていない篠畑はかなり投げやりだった。外出も自由だが、余り外の人向けの店などはない町だ。海岸を歩く位しかする事も無いだろうか。
「くれぐれも、お互いの迷惑にはならんようにな」
一通り説明してから、言わずもがなの一言を篠畑は言う。
「おかえり。良く戻ってきたな、タテ坊」
その表情を見ていた叔父がそう、つぶやいた。
●リプレイ本文
●田舎の朝
天気は快晴。しかし、所により波乱警報。
「昨日はお疲れ様。今日はさらに大変なことになりそうね!」
バスから降りる一行を出迎えた篠畑の背後から、ケイがくすくす笑った。それと同時に殺気が迫る。覚えのある気配に振り返ると、ロジーが笑顔でピコハンを構えていた。
「相変わらず見事なパリィですわっ、ベア隊長!」
「篠畑さん、北海道ぶりだな」
その向こうにはニッと笑う千影。
「久々に釣りを楽しませて貰います」
フォルは釣り道具も持参でやる気満々だ。
「よろしくお願いします」
「や、こちらこそ」
篠畑とは初対面のクラウと真琴が頭を下げる。
「うしッ、遊び倒してやるから覚悟しろーッ!」
賢之が海へと大声を上げた。その脇から、奏良が含み笑いを向けている。
「今日はおおきにな。色々しっと団で計画してるから楽しみにしとき」
「ん? 悪寒が‥‥」
瞬きする篠畑。
「初めまして、紫東 織です。妹共々、お世話になります」
そんな彼に、織と雪の兄妹が礼儀正しく挨拶した。
「朝食が出来てますわよ」
家の方から、おたま片手のラピスが声を上げる。朝一番で着いた一行には何よりの出迎えだ。
「厨房があるんですね‥‥。そうだ、プリン! プリンを作っていいですか」
目をキラキラさせたヨグは、返事が聞こえる前に材料の物色を始めている。
「よいしょ、っと」
そんな少年の横に立った昼寝が、壁に何やら掲示していった。彼女が長を勤める兵舎の合宿メニューらしい。
「‥‥に、逃げよう」
早速水着に着替えていた硯が呟いた所に、ジュエルが通りがかる。
「あ、ジュエルさん。すみません、見逃して‥‥!」
お願い、と片手拝みの硯は少女と見紛う容貌だ。しかし、その身に纏うはトランクス。
「改めて見ると‥‥分かっていてもショックだぜ‥‥」
ジュエルががくりと肩を落とす隙に、硯はこっそり退場した。
「フフフ、実に昼寝さんらしいですね」
張り紙を見た一千風の笑顔に、アグがこくりと頷く。
「着替えはしましたけど、‥‥少し休んでから伺いますね」
低血圧のエメラルドは、実はこの後お昼までぐっすりだった。
「お、皆可愛いな! エメラルドちゃんは名前通りの緑、か。アグちゃんも実は着痩せするタイプなのな。いっちーは飾り気のない競泳用か。だがそれがいい!」
一瞬で立ち直ったジュエルがニコニコと仲間の水着姿を褒めちぎる。
「着痩せ‥‥」
自分の二の腕などを眺めて複雑そうなアグ。そんな一行からやや間を置いて。
「こんな一銭にもならない合宿、参加する訳にはいかないわね」
クールに呟くゴールディの脳裏には、既に海の家でぼろ儲け計画が練られていた。
一方、荷物の始末が一段落したら、すぐに町へと出た面々もいる。
「夕食を、海岸でしようと思うんです。宜しければ町の皆さんも如何ですか?」
「いや、これはご丁寧に」
国谷 真彼の誘いに、公民館の老人は満面の笑みで答えた。アルヴァイムが用意した菓子折りを置くと、事務方の女性が頭を下げる。町民への周知にマイクを借りようとした黎紀は、そのまま公民館奥の有線放送局スタジオへと案内された。
『町民の皆さん〜、私達は、篠畑中尉のお招きで‥‥』
黎紀ののんびりした声が町内の家々に響く。
朝食後、午前の合宿メニューは島までの遠泳10本だった。
「っし、勝負よ起太。負けた方がごはんおごりだからね!」
抜き手を切り、ものすごい速さで昼寝が沖を目指す。が、太平洋の波はクロールの息継ぎにやや辛い。
「ふはははは! バカめ。それならボクはバタフライだ!」
ざんぶざんぶと飛び魚のように後を追う起太。波間を見切って飛び出すのはスナイパーの勘ゆえだろうか。
「よっしゃ、オッキー勝負だぜ」
ジュエルも二人の後を追う。3人を見送ったアグは、淡々と自分のペースで泳ぎだした。一千風も、ゆっくりと泳ぎだす。
「遠泳、か」
潮風に誘われて、海辺で素振りしていた百白がその様子を仰ぎ見た。
「客、来ないわねぇ」
蝉の音が遠く聞こえる中、ゴールディはぐったりしていた。
「っと、パラソル借りれないか? あとビニールシート」
亜夜の声に、しゃきっと目覚めるゴールディ。目が$になっているのは気のせいではない。
「‥‥ちょっと高くない?」
「嫌なら他に行ってもいいわ。他に店はないけど」
足元を見た言葉に、亜夜が舌打ちをする。妻のキョーコが着替えてくるまでに準備を整えるのが甲斐性というものだ。
「毎度あり〜」
ゴールディに見送られ、亜夜は離れた辺りにパラソルを設置する。準備は、キョーコがやって来る少し前に完了した。
「亜夜に見せようと思って水着買ったけど‥‥気に入ってくれるかな‥‥?」
同じ色で揃えたビキニとサンダル。情熱的な赤がキョーコの豊かな肢体を彩っていた。
「に、似合ってるぜ! すごい綺麗だよ」
ちょっとどもる亜夜にクスリと笑うキョーコ。日焼け止めを塗る彼女が、手の届かない場所を連れ合いに頼む。
「本当に肌綺麗だよな。触り心地もいいし」
「え‥‥ちょ、そんなところ触っちゃ」
「さて、獲れるかな‥‥」
ユーリは銛を手に素潜りで漁を試みようとしていた。全身を覆うダイバースーツは自前だが、別に経験豊富というわけではない。
「勝負開始、だね」
「男のロマンと獲物を探しに海へ」
ユーリから借りたダイバースーツに身を包み、織も水中を行く。狙うは大物のみ。
仲睦まじい夫婦の攻守はいつの間にやら逆転していた。
「代わりにマッサージしてあげるよ〜」
馬のりになったキョーコが笑いながら夫を攻める。
「どう? 気持ち良い?」
「あ、そこ、そこはダメ〜、そこ弱いんだからー」
ご馳走様。
●猛暑を吹き飛ばせっ
お昼ご飯は、自由行動だ。
「美味しい焼きそばー、えー美味しいやきそばだよー」
しかしゴールディの海の家が賑わうか、といえばそんな事は無かった。
「ってこの扱いはどういうこと」
「いや、さすがにその値段はきつくないか」
看板には、コーラ1000円を始めとした観光地価格も真っ青な値段が書かれていた。通りすがりの篠畑の突っ込みに、クワガタ計画のほうが良かったかと悩み始めるゴールディ。彼女はまだ上り始めたばかりだ。この金儲け坂をな‥‥!
「が、がんばれよ‥‥」
そう言葉を投げた篠畑を、横合いから紫翠が手招きした。
「お久し振りです‥‥。海で遊ばないんですか? 彼女でも誘って」
紫翠の視線の先には、ちょっと背伸びした黒いビキニ姿の加奈がいた。ちょうど篠畑に気づいたらしく、手を振って駆けてくる。
「ボートなど、いかがですか‥‥。フフフ、ごゆっくり」
「お、おい?」
すっと身を引く紫翠に首を傾げる篠畑の両手を、加奈が取った。
「篠畑さん、久しぶり。ここ、いい所ですね」
「そうか?」
嬉しそうに笑う加奈に釣られたように、篠畑も歯を見せる。
「色々、案内してください」
腕を取って引っ張る少女に、篠畑は苦笑しつつも引かれていった。
ユーリと織は、昼食を挟んでもう一度潜りだしていた。慣れてくれば、能力者の身体能力はその辺の魚介類の敵ではない。
「‥‥随分、獲れたね」
「ですね」
「ふぅー、頑張ったわね〜」
そんな2人の前にプカリと白い水着の黎紀が浮かんできた。町への挨拶を終えて、彼女も素潜りにチャレンジしていたらしい。突然の闖入者に目を白黒する2人へ幾つかの貝を押し付けてから、彼女は沖へ目を向ける。そこが、彼女の次の戦場だった。
「抜け駆け、しちゃったかな‥‥?」
胸元を飾る赤いビーズのネックレスを弄りながら、海岸へ目をむけて加奈が呟く。
「何か言ったか?」
「何でもなーい」
紫翠の誘導にまんまと乗った形で、篠畑は加奈とボートを漕いでいた。
「この辺は何年ぶ‥‥ん?」
言いかけた篠畑の腕に、加奈がさっと身を寄せる。その視線は海上に向いていた。
「‥‥あのヒレっ」
水を切る三角のヒレ。映画でもおなじみ、人食いサメのシンボルがまっすぐ彼らの船へ向かって来る。
「まさか。この辺にあんなのが」
いるわけが無い、という篠畑の記憶も十数年前のものだ。あるいは、キメラ。舌打ちして篠畑が船上に立ち上がる。
『フフフ、まさかボクだとは思うまいっ』
サメのヒレは、白虎自作の物だった。そのまま水中を迫る少年の横を、黎紀が行く。一瞬のアイコンタクトで2人は意志を確認した。目標は、篠畑だ。
「伏せてろ!」
加奈に言い置いてから、オールを構える篠畑。だが、不意に船がぐらりと揺れる。船底についた黎紀の攻撃だ。そこに、サメ‥‥のフリをした白虎が踊りかかった。
「うわっ‥‥」
どぼーん、と大きな水音。
「よし、作戦成‥‥」
言いかけた少年の周囲に小さな水柱が立つ。乾いた銃声が立て続けに響いた。水の色が変わったところを見ると、ペイント弾だろう。
「勘弁してくれ‥‥」
白虎に巻き込まれてこの場に来てしまった賢之が、天を仰ぐ。その横を、颯爽と進むボートのこぎ手は透だ。
「大丈夫か、ベア隊長」
船上から、小銃片手のルナが手を伸ばした。
「加奈さんも、お久しぶりです」
身軽にボートへ飛び移った透に、目をぱちくりさせる加奈。
「話は後だ。まずは離脱するぞ」
オールに持ち替えたルナの号令で、2隻のボートはぐるりと向きを変えた。船首は沖の小島へと向いている。
「邪魔が入ったなんて‥‥っ」
悔しがる白虎を、少しほっとしたような表情で見た賢之の表情がこわばった。少年の背後に迫る、波とサーファー。
「あ、あぶな‥‥」
「な、なんでサメがいるんだよ、ここに!?」
叫んだ武流がサーフボードから転げ落ちた。
「わ、ボクは偽者だよ!?」
「目に水が入ってー、よく見えてないようね〜」
冷静に論評する黎紀。
「って、1匹じゃねぇ!? こうなりゃとことんやってやる!」
楽しく遊ぶ仲間達のため、身を張る覚悟を決めた武流。
「勘弁してくれ‥‥」
本日二度目のため息をつく賢之。
「‥‥何をしているんだ、須佐は」
沖合いを双眼鏡で覗いていたリクスが小さく笑った。
「この辺に人食いサメ、出るんですか?」
ヘクトが竿を見ながら聞く。彼が暮らしていた沖縄では、サメは比較的身近な生き物だ。
「んにゃ。この辺のサメはドチくらいだなぁ」
慣れた操作で船の位置をしっかりキープしながら、篠畑の叔父は答える。
「お、引いとるぞ、兄ちゃん」
慌てたように竿を引くヘクトを、海の男はどこか嬉しそうに見ていた。
釣りといえば、堤防にも大勢が集まっている。面倒見のいいフォルは自身が楽しむ傍らで、初心者の真琴にもサビキの仕掛けを作っていた。
「引いてますよ?」
「お、おう」
クラークに生返事を返しつつ、アスは日差しの下の真琴に見とれている。
「皆さんも、麦茶をどうぞ〜」
「アイスやジュースもあるからね」
釣りの合間にはラルスと慈海が冷たい物を振舞った。その横で、ルフトは、網を仕掛けて昼寝を決め込んでいる。
「釣れてる?」
日傘を手に、ケイとロジーが訪れた時には、皆のクーラーボックスは獲物でずしりと重くなっていた。
「‥‥あれ?」
何度目かの投擲を試みたフォルが、手ごたえに首を傾げる。重い。
「大物か?」
「手伝いますよ」
周囲の面々が慌しく動いた。重量こそあれど、引く手に抵抗はほとんど無い。
「マンボウか何かだったら楽しいですわねっ」
「まさか。自転車とかじゃない?」
夢がありすぎる言葉と、冷静な言葉がギャラリーから漏れる。暫時の後に引き上げられたのは。
「む、どうやら転寝してしまったようだ」
岩場で昼寝していて海に落ちた百白だった。
●そろそろ午後
波乱万丈なアクアリウム合宿もそろそろ後半。
「フフフ、その様子では、もうボクには追いつけないだろう?」
前半戦に飛ばしすぎたのか、ペースの落ちた昼寝を起太が追い越していく。
「ま、まだまだっ」
昼寝が再び差し返した。実は起太は周回遅れなのだが、目の前の勝負に拘る2人には関係ないようだ。アグと、昼から加わったエメラルドの2人はやはり自分のペースで泳ぎ続けている。いつの間にか、一千風がいない事に気づいてアグは目を細めた。思い思いに懸命に楽しめるこの場所がたまらなく居心地が良い、と。
「‥‥暑い、でしょう?」
掛けられたなつきの声に、ハバキは我に返って微笑んだ。彼女と付き合い、初めて訪れる日本の夏は、物珍しい事ばかりだと言うのに、なぜか懐かしく彼を迎える。
「ん、そうだね」
言葉少なに歩く2人の周りを包む喧騒。
「蝉、ですね」
飛び立った蝉に粗相をされても、笑顔。それも2人の思い出の1ページ、だ。
「セシー、こっち!」
海辺へ向かったハバキが大きく手を振る。少し所在無げに歩いていたセシリアが顔を上げた。飾り気の無い水色のビキニは、水に浸かった様子も無い。
「この人が、俺の大切な…特別な人」
「‥‥なつき、と申します」
笑顔で告げるハバキと、ふわりと笑むなつき。セシリアに彼女を紹介する約束を果たしたハバキは、嬉しげで誇らしげで。そんな2人を見つめるセシリアの表情は動かない。
「‥‥はじめまして‥‥」
いつもより少し長い凝視の後、少女は2度瞬きをしてからそう告げた。
海岸では、日中の暑さにうだるるなが眺める前で、リュドが砂の城を作成していた。
「それ、何ですかぁ‥‥」
声を出すのもだるそうな少女に、リュドは力作を説明する。彼が作っていたのは、2mサイズの精巧な名古屋城だ。完成は近い。
「よぉ、克! よかったら一緒に遊ぼうぜー!」
千影の声に克が振り返る。以前に知り合った篠畑の部下達と、彼は一緒だった。
「せっかくだから‥‥皆で‥‥」
何をしよう、と言う様に首を傾げた所に、白虎の声が聞こえる。
「ビーチバレー、始まるよー!」
ビーチバレーボール。略してBVB。2人1組で競うそれは、過酷な競技だ。
「軍曹はフロント。私が拾う。資郎は指示」
参謀役までいる部下チームの相手は、勝つためには手段を選ばぬ白虎チームだった。
「皆が本気なら、ボクも全力でいくよ」
AU−KVを着込み、颯爽と海辺に立つ雪と、高速を武器にする白虎。だが、その速度が悲劇を生むとは誰が想像しただろう。
「覚醒したしっ闘士のスピードを甘‥‥って、わわわー!?」
レシーブに走った白虎が、バランスを崩して盛大に滑る。滑って、小山のような物に突っ込んだ。
「‥‥ぁ」
完成目前のリュドの傑作は、日の目を見ることなく消える。
「あ、‥‥事故。これは事故だから、ね」
「西瓜と一緒に割られて下さいね‥‥」
可愛く言う白虎を捕まえたリュドの目はマジだった。
「遊びの覚醒は危険ね‥‥」
遠い目で、連行される主催を見送ったシャロンとロジーペアの相手は、硯とルンバの少年チームだ。
「行きますわよッ、シャロン!」
「OK、ロジー!」
連携の取れた女性ペアに比べ、男性陣の動きは今一だった。
「行ったよ、拾って!」
ルンバの声も空しく、硯の初動は遅れる。
「調子悪いの? 手加減しないわよ、硯!」
青のビキニ姿のシャロンが跳躍する度に、硯の目は球以外にふらふらと。
「わわ、動いてよー!」
左右に駆けるルンバ少年には、硯の煩悩はまだ理解できないようだった。
「皆さん元気ですね」
観戦を決め込んだ鴉の横で、シャッター音が響く。撮影班を買って出た煉だ。カメラが主に女性陣へ向くのはご愛嬌。
「自前でお持ちでしたか。では、これは必要ありませんでしたね」
ふむ、と頷く葬儀屋に、煉は『お前も撮れ』とハンドサインを送る。
「くー、惜しかったな!」
「‥‥でも、楽しかった‥‥」
決勝で敗れた千影と克の声にも悔いは無い。BVB優勝は、一千風と奏良の凸凹チームだった。何が凸凹かといえば。
「‥‥胸が少し邪魔でしたね」
「くっ、チームメイトや無かったら海に沈めてる所や‥‥っ」
あえて言うまい。
「に、兄さん‥‥。助けてー!」
怒れるリュドの手でスイカの隣に埋められた雪が悲鳴を上げる。元凶の白虎は要領よくさっさと姿を消していた。
「行きますわよー!」
えいっ、とロジーが振り下ろしたのはトレードマークのピコハン。
「ひゃうう‥‥」
思わず目をつぶった雪の真横でぴこっと音がする。
「残念、外してしまいましたわ。‥‥あら?」
雪は目を回していた。ちょっと羨ましそうに彼女を見ていた二番手のソラが、慌てて彼女を掘り出す。
「初めてなんで、ドキドキしますね」
右や左という声に誘われて、ソラが棍棒を振り下ろす。ごつん、といい音がしたがスイカは健在だった。
「むむ。思ったより堅いですね」
次のチャレンジャーは準備役だったクラウ。交代したソラは、何故かスイカの隣で楽しそうに埋まっている。
「ちゃんと狙ってくださいよー!」
「大丈夫、大丈夫。‥‥多分ね」
ちょっぴり不安な一言を口にしつつも、クラウは見事にスイカを撃破した。
「海水で洗って食べると美味しいですよ」
「あ、本当だ」
割れたスイカを食べながら、ほややんとする少年少女。その間に、戦いの年齢層が徐々に上がっている。それと共に、大人気ない本気っぷりも上昇していた。
「企業ファイターの底力を見せてやる‥‥!!」
三人組や克の声援を受けながら、気合を込める千影。振り下ろした手応えは万全だ。
「いよっし! 俺だってやる時はやるぜ?」
粉々になったスイカの前で千影は胸を張る。食べるのがちょっぴり大変そうだがそれはさておき。
「俺は過程を楽しむ派、勝敗は気にしない男だ。だが叢雲、てめぇとは別だ!」
びしっと突きつけられたアスの指に、叢雲は微笑で応えた。惚れた相手を巡る微妙なトライアングルの一方を前に、アスの心は奮い立つ。メガホンを両手に持ったロジーが元気な声援を飛ばした。
「波の音がこっち‥‥風向きはこっちから‥‥と、いうことは。そこだぁぁぁぁぁぁッ!!」
ハリセンが空を裂き、鋭い打撃音を響かせる。
「‥‥いや、ある意味当たりなんですが、外れです」
必殺の一撃は、苦笑する叢雲に見事に命中していた。
「日本の海‥‥、楽しい?」
プカプカと浮かんだり泳いだり。克の問いに、篠畑の部下は三者三様の笑顔を返した。
「スイカ、食わないかー?」
岸からの千影の声に、きょとんとするボブとサラ。資郎がスイカ割を説明する間に、克は岸へと上がる。
「食べてみれば‥‥わかる、よ」
日に当たって疲労した体には、程よい甘みが心地よい。しゃくしゃく食べる面々の横を、海へと向かう男女が通り過ぎた。
「さぁ、合宿に戻りましょう。硯さんも」
「え、ええー!?」
一千風に手を捕まれた硯が悲鳴を上げる。夏の太陽は、いつの間にか低くなっていた。
●夕食は豪華に、お楽しみも同じく
「これは凄いわね。調理のし甲斐があるわ」
ケイの賛嘆に、フォルが頷く。今日は釣り人専業だった彼を筆頭に、ずっと堤防にいた慈海やクラーク達は十分な釣果を残していた。
「解体は私にお任せ、ですよ?」
ナイフを片手に笑顔のるなへ、海から上がっていたユーリも戦果を手渡していく。ちなみに、織はスイカ割の恐怖に怯えた妹に捕まっていた。
「調理班は昨日とよく似た顔ですわね。お世話好きが集まったのかしら」
「のようですね〜」
笑うラピスに、ラルスが間延びした口調で同意する。
「よし自分も、料理の準備、しますか」
沖縄料理を振舞おうと腕まくりするヘクトの肩を、篠畑の叔父がポンポンと叩いていった。
「や、こりゃ豪勢ですなぁ。うちのかかぁも呼ぶか」
お土産を手に沖から帰った漁船の漁師たちも、辺りに漂う美味しそうな匂いに笑顔を見せる。
「皆さんも、どうぞこちらへ」
配膳係を買って出た面々が町の人や仲間たちを案内した。まずは飲み物、とハバキやなつきがお酌に回る。慈海も主に女性陣相手にもてなし側へ参戦した。しかし、さすがに3人では手が足りない。と見えた頃に、なつきが増援を召喚する。
「風華、と申します」
色気のある仕草で席を渡る美女は、実は叢雲の女装だ。
「え! ‥‥まさか」
その声に振り返った真彼へ、『風華』は嫣然と微笑んだ。
「お久しぶりです、国谷さん」
青年の胸が、ざわめく。鼓動が高くなるのを自覚しながら、真彼は『彼女』へ会釈を返した。そんな様子を横目に、人知れず胸を抑えるソラ。
「むぅ、何だか頭にきちゃうくらい綺麗です」
メイクセット片手に、クラウがため息をついて第二の『美女』を舞台へ送り出す。
「‥‥に、似合います。素敵です、よ」
真琴から太鼓判を押されて複雑な気分のアス。クラウにはぶかぶかのワンピースが、身長こそ高いが線の細い彼に良く似合う。
「あ、こっち。お酒注いでくださいな」
「あー、くそ。こうなりゃやってやるぜ」
早速かかった声に、青年は昂然と顔を上げた。既成概念への挑戦はロッカーの本懐のはず、だ。
「ふふ‥‥お2人共お似合いですこと!」
きゃっきゃと喜ぶロジーへさりげなく無言のままサーブしていたのは黒の喪服姿の第三の『美女』アルだった。
「ん、美味しいよ。懐かしい味だね。いっぺーまーさん♪」
立ち寄った慈海の言葉に、ヘクトが嬉しそうに笑う。
「ふむ、旨い」
一日汗を流していた百白も、獲れたての魚に舌鼓を打った。
「どんどん食べて、飲んでくださいね。兄さん」
雪に勧められつつも、織は警戒を緩めてはいない。妹に酔いつぶされたら最後、どのような目にあうかを思うと自然と箸が止まるようだった。
「随分焼けた。こんな所も」
「甘いな、ボクはこんな所まで焼けてるぞ」
「色々な料理があるんだな‥‥ってどこの話!?」
のんびりと食事を楽しむジュエルの目が、会話を聞いて丸くなる。ちなみに、兄妹が見せ合ってるのは腕と背中です。
「一体、どこに抜かりがあったのかしら‥‥」
ぶつぶつと電卓を叩くゴールディや、一日の運動に満足げなエメラルド。横で穏やかに笑う一千風と、それを見つめるアグ。
「これで6品食べたわ」
「フ、ボクはこれで7品目だ」
起太の言葉に、即座に昼寝がお代わりに立った。
「まうるだ‥‥なんだって?」
「マウルタッシェンズッペですよ?」
何度聞き返しても料理の名前が言えない篠畑を、作り主のるなは面白そうにいじっている。
「これが、ゴーヤーチャンプルーでこれがソーミンチャンプルー 、あとラフテー、それとサーターアンダギー」
「う、うおお!?」
篠畑の少ない脳みそでは、ヘクトの披露した沖縄料理の数々は把握し切れなかったようだ。
「やっぱり大勢で食べるって良いよな‥‥」
昔を思い出して、ルンバの声が少し沈む。周囲の目が自分に向いた事に気づいて、彼はすぐに笑顔に戻った。
「プリン、いかがですか?」
少年の虚勢に気づいたわけではないだろうが、ヨグの柔らかい笑顔はルンバの胸に暖かく染みる。
「ありがと。もらうよ」
「あ、それは‥‥」
甘いのが苦手な人向けの、辛いプリンを頬張ったルンバがむせた。
「もっと食べや、クラーク。食える時に食わなアカン!」
「奏良さん。口元、汚れてますよ」
クラークがハンカチで奏良の口元を拭った。
「む。‥‥何か気恥ずかしいなぁ。あ、アレも食べよ!」
照れつつも、色気より食い気の少女。
「‥‥うし、落ち着こう。アレは同志だ。同志」
呟く賢之の視界がパッとふさがれた。柔らかくしっとりした感触は、紛うことなく女性の手。
「‥‥だ、だっだだ誰!?」
「グラたん呑んでます〜?」
抱きつくように絡んできたラピスに賢之は目を白黒させる。
「はい、あ〜んしてくださいませ」
「あ〜ん‥‥、って! ルフトさんは何処なんですか」
こんな所を見られたら殺される。さようなら、俺、等と後ろ向きな賢之にクスクス笑いながらも、ラピスは首を傾げる。
「そういえば、ルフトはどこかしら」
「少し、一緒に歩きませんか」
沈みがちな煉を見かねて、ソラが浜辺へと誘う。その様子を見た真彼は、心中にある決意を秘めていた。年少の友人が、誰かの相談に乗るというならば、邪魔はさせない。例え、自分の身に変えても。‥‥あるいは、それ以外の何かを犠牲としても。
「風華君、少し付き合ってくれないか。実は‥‥」
いちゃつくかのように、2人は海へ。会場にいた不穏分子の黒い視線が、吸い込まれるようにそちらを向いた。
「降るような星空、ね!」
テトラポッドに腰掛けて、ケイが頭上を仰いだ。セシリアも釣られた様に上を見る。満天の星。きらめく輝きの間には無数の闇。
「‥‥」
故郷とも、LHとも違う夜空。息を止めて見上げる少女の耳に、ケイの澄んだ声とギターが聞こえてきた。歌声を聴きながら、霧島夫妻が堤防の先へと歩いていく。
「あ。‥‥こんばんは、です」
「透も天体観測かしら?」
声に誘われてやってきた透と言葉を交わすケイ。セシリアが無言で会釈する。
「リニク、ルナ。何処に行ったんだ?」
武流の声が、だんだん遠くなる。名を呼ばれていた2人は岩陰でクスリと笑った。ここからは、2人の休日だ。
「何をしよう?」
「何でもいい」
少し陰のある笑顔の少女を、ルナは水辺へ誘う。泳げないルナは浮き輪を準備。パーカーを脱ぎ、カバンへと仕舞いかけたリクスの手が止まった。
「ん? どうした」
手元を覗き込んだルナは、一片の紙片を見る。『許す』とだけ書かれたそれを手に、リクスはその日初めて嬉しそうに笑った。
●夜を飾る想いと恋と花火と
「駄目ですよ、大事にしないと」
「いいんだ。今日くらいはな」
亡き妹の思い出のバンダナを外し、傷跡を夜風にさらしたまま歩く煉は、ソラの注意に笑って答えた。少年の自分への気遣いが嬉しく、そして切ない。夜の浜辺は2人で歩くには広すぎる。
「そうだ、写真見るか? 今日の」
沈黙が続けば余計なことを言いそうで、煉は話題を作った。堤防に腰掛け、隣の砂をパッパッと払う。懐から取り出した懐中電灯しか明かりはないが、2人の手元を照らすには十分だ。
「あ、見ます。‥‥あ、あの時の? うわぁ」
煉の気持ちには気づかず、ソラは笑顔で写真をめくる。その横顔を静かに見つめる煉。
「‥‥俺には何も出来ないけど、元気‥‥出してくださいね」
いつの間にか項垂れていた煉の頭を、背伸びしたソラがそっと撫でる。
「ええと、な‥‥今日は有難うな。そ、そんだけな、言いたかった。楽しかったからよ。それから‥‥二人きりになれて、嬉しかった」
危険だと地元の者の言う岬へ、真彼と『風華』は追い詰められていた。いや、ソラの邪魔をさせない為に真彼が誘い込んだのだ。
「巻き込んで、すまない」
「素敵な男性に頼られるのも、存外悪くない気分よ?」
謝罪の言葉を告げた真彼に、美女が微笑む。殺気だったしっとの鬼から『彼女』を庇うように、真彼は立ちふさがった。
「おっと、手が滑りました」
紫翠の点火した花火が岬を彩る。が、真彼は海を背にして、強烈な海風を味方につけていた。
「ちょうど火が欲しかったんだ‥‥ありがとよぉッ!」
やや手前で爆発する凶悪花火。それを突っ切って賢之が切りかかるが、真彼のハリセンがその一撃を食い止めた。
「美人さんの貞操は死守ー!」
奏良渾身のピコハンスイングを、真彼は身を沈めて回避する。
「ぶべっ!」
賢之が身代わりに海へと散っていった。
「君は僕が守る」
後ろへ目も向けずに真彼は言う。友の為に、そしてただ1人の女性の為に立つ今の彼は、身も心も騎士だった。
「あのー、盛り上がってるとこ申し訳ないんですが」
その耳に入ったのは、少し響きの変わった『風華』の声。
「え、ちょ‥‥」
正面の生き残り闘士の目が点になる。いや、慈海だけは面白そうにクスクスと笑っていた。
「私、こんな格好してますけど お と こ ですよ?」
衝撃の台詞に思わず振り返る真彼。『風華』のいた場所で、付け毛を外し、口紅を拭った叢雲が悪びれない笑顔を向けていた。
「え、あ」
がくり、と真彼の膝が崩れ、崖へと体が泳ぐ。崩れた体勢を立て直す力は、今の青年には無い。
「おと‥‥こぉぉぉぉ‥‥」
微妙に尾を引いた物悲しい声の後で、小さな水音が聞こえた。
「やばっ‥‥やりすぎましたかね」
慌てて岬の先端へ走る叢雲。まだ唖然とした奏良。気を取り直した紫翠が、慈海と一緒に救助活動に転じる。戦いはこうして人知れず終わった。
くるり、くるり。満天の星を見あげながら、片足を軸に浜辺を舞うクラウ。ふらりとバランスを崩してそのまま仰向けに倒れた。
「こんな星空みるの久しぶり‥‥」
手を伸ばすと届きそうに思えて、そっと腕を上げてみる。そんな少女の耳に、花火を楽しむ仲間たちの声が聞こえてきた。
「夏はやっぱり‥‥浴衣‥‥だよね‥‥」
浴衣「蛍」を着た克は、いつもよりも嬉しそうに言う。町の人に借りたらしい三人組も、お互いの格好をやいのやいの言いながら日本の夏を楽しんでいるようだった。
「花火は一つづつ持つんじゃぞ。使い終わったら水に漬けるのを忘れんようにな」
「はーい、ですわ」
ルフトの声にロジーが元気良く返事をする。と、空に大輪の華が咲いた。
「さすがロッタ‥‥派手だな‥‥」
ユーリが感心したように呟く。向こうでは、ロジーが楽しそうに手持ち花火で円を描いていた。眺めていたクラウも真似をする。そんな笑顔の少女達から少し離れて、透がぼんやりと花火を眺めていた。
「透、楽しんでらして?」
そんな少年を、ロジーが輪に誘う。
「こんばんは、透君」
加奈が笑顔で手を振っていた。
「‥‥あ、こんばんは。篠畑さんは?」
透の声に、加奈は苦笑して浜辺を見る。宴会場と化した一角で、篠畑は地元の人々に捕まっているようだった。
「今日は‥‥、楽しかった、ですか?」
尋ねる少年に、加奈は照れたように頷いた。透とルナは、篠畑と加奈を拉致した後で沖の島に向かったのだ。久しぶりに色々と話が出来た、と加奈は微笑む。
「篠畑さん、今日は楽しそうだった」
ありがとう、と誰にともなく言う少女に、透もロジーも笑顔を返した。
「ここにいましたのね? ルフト」
高台に座り、皆の叔父さん然と眺めるルフトの横にラピスが腰を下ろす。
「‥‥あれ? 俺の指輪? ‥‥じゃない、か。でも、そっくり‥‥」
そんな花火ゾーンの片隅で。足元に落ちていた小さな指輪を、ユーリが拾い上げて首を傾げていた。
「その時、首無しのKVが起き上がって言ったんだ。『お前の落としたのはこの雪村かー?』って」
車座の中央で、別の意味で恐ろしい怪談を披露する白虎。これから肝試しとあって、聞く側も語る側も身が入っている。
「あの」
聞き役に回っていたリュドに、ユーリが声をかけた。さっき拾った指輪の持ち主を探していて、リュドが良く似た指輪を持っていたと聞いたのだという。
「‥‥確かに、俺のです。気がつきませんでした」
青年の声からは、丁寧な口調の中にも安堵と喜びが感じられた。
「俺のと同じだから、俺が落としたかと思った」
呟くユーリの方へと、顔を向けるリュド。天の両親が引き合わせたのか、生き別れの兄弟が出会った瞬間だった。
肝試しの舞台は、海岸沿いの浅瀬を渡った先の小さな祠だった。
「うー‥‥、ボク、こういうの苦手なんや」
「そうですね。こんな夜は昔を思い出します。アレは陸軍時代の夏でした‥‥」
背中に縋る奏良を庇いつつも、ちょっと怖い過去話を語る意地悪なクラーク。
「そ、そういう話はやめ。怒るで!?」
などと言う奏良の横に、ぬーっと影が現れる。奏良を脅かそうとてぐすね引いていた鴉だった。
「うーらーめー」
「わきゃぁ!?」
腰の入った一撃が、鴉の台詞を途中で刈り取る。奏良の手加減抜きな一撃は、青年を海へと吹き飛ばしていた。
「‥‥っ」
一緒に落ちかけた奏良を、鴉が陸へ押し戻す。彼女が危ない目にあわないように、という気遣いだったが。
「ど、どこ触‥‥っ。もう嫌やー!」
涙声で、胸元を押さえて走り去る奏良の様子からすれば、次に会った時に聞けるのが感謝の言葉とは限らない。
「いい脅かし役でした」
敬礼で英霊を見送り、少女の後を追うクラーク。
「‥‥さっきから、俺ばかり狙われてないか」
「あ、あそこっ」
どこからか飛んで来る蒟蒻や海藻まみれになり、憮然と呟く篠畑の隣から、加奈は左右を窺っていた。
「ご主人様〜ステナイデ〜」
白虎が糸で操るてんたくるす人形に、少女が悲鳴を上げて篠畑にしがみつく。
「い、今なんか悲鳴が聞こえませんでした?」
「何かあるのかしら。行くわよ、硯」
腰の引けた硯の手を引いてずんずん進むシャロン達が第3組。
「うわぁ!?」
硯の顔に、ひんやり冷たい蒟蒻がヒットする。
「ただの蒟蒻じゃない」
「い、いや、なんか驚かないといけないような気分にな‥‥わわっ!」
言ったところへ今度は海藻がべちゃり。
「フフフ、女の子には手出ししないよ」
楽しそうに岩陰から投擲を繰り返す慈海は、ドーランで作ったフランケンスタイルだった。暗がりの中、弾道を見切ったシャロンが岩へと駆け上る。
「見つけたわよっ!」
「しまった。遊びすぎたかな?」
お祭り大好きな慈海は、退治される時までどこか楽しそうだった。
「さ、先に進むわよ」
「‥‥俺の立場って‥‥」
しょんぼりする硯の手を引き、意気揚々と先を行くシャロン。ざぱーん、と波が打ち寄せる。
「一体何が‥‥いや、なんか、聞いちゃいけない気が‥‥」
4組目のアスは、波間から飛び出したモノを見下ろして、慄然とした表情を浮かべていた。彼に庇われた真琴が、意外と広い青年の背中から顔を出し、同様に驚愕の表情を浮かべる。ソレは、死装束と同じ色の衣を纏い、弧月の映る硝子の向こうから濡れた目で2人を見つめ返していた。海水の滴る姿とは真逆の潤いのない乾いた口調で、壊れたレコードの如くソレは繰り返し同じ言葉を紡ぐ。
「オトコ、ダッタ、ナンテ」
‥‥と。2人は変わり果てた真彼の姿に落涙を禁じえなかった。
「さぁ〜夏の夜の風物詩です。肝試しです!」
最終組のるなは、何故かナイフを片手ににこにこしていた。病院勤務時代に本物を見飽きたという黎紀とペアを組み、嫌がらせのように仕掛けを壊していく。
「やはりありましたね、この仕掛けが」
「ああ!? ボクのてんたくるすがー!」
ナイフが一閃し、紐を切断。どぼーんと水音が響く。
「‥‥夜の海も、綺麗ですね〜」
人形を慌てて取り戻しに行く白虎を見ながら呟く黎紀。いつの間にか、楽しみ方が変わっていた。
●それぞれの夜、それぞれの朝
篠畑邸の庭のテントの中でリュドがさびしく丸くなっていたころ。
「いきなり兄とか言われてもなぁ‥‥」
室内では、ユーリが指輪を見つめて呟いていた。感動のあまり抱きついてきたリュドと違い、幼かった彼には家族の記憶は無く、戸惑いが先にたつ。
「‥‥まぁ、いいか」
何やら思い出し、ほんの少しだけ笑った彼の手には、兄と交換した連絡先が握られていた。
夜も更け、夜空を見上げるルナ。
「月は‥‥、ないか」
その言葉に、浜辺で動く気配があった。振り向けば、葬儀屋がいつもの微笑で少女を見つめている。
「あなたも、月を探しに? フフフ、今日は月が細かったようです」
ままならないものですね、と再び空を見上げる葬儀屋。それでも、過去を思うには夜の浜辺は良い場所だった。繰り返し繰り返し、果てぬ波音と永劫を渡った星の光に囲まれて、葬儀屋はただ微笑を湛えている。ルナもそれ以上言葉を交わさずに、天へ視線を向けた。
眠れぬ夜をすごしていたのは、真琴もだった。脳裏に浮かぶのは、金髪の青年の笑顔。そして、二度と繰り返したくない遠い過去の記憶。誰かを特別に想えない自分が、誰かの特別でいる不自然さ。やがて何かが壊れていく、その恐れと、不安。寄せては返す波音に、今日の楽しかった記憶がふと思い出される。浮かんだ微笑はすぐにこわばった。
「困ったな‥‥」
呟いた声が、風に消える。特別ではなくても、彼の笑顔は無くしたくない。だから。でも。思いは巡り、時は往く。
「俺のバカやろー!」
遠くで、透の吼える声が聞こえた。少し、間を置いて。
「うちの、臆病者ー!」
無理に張り上げた大声は、海の彼方へと吸い込まれて消えていった。
使い古された言葉だが、明けない夜は無い。若者達の想いを無言で受け止めていた夜空は、やがて朝の光に塗り替えられていく。堤防の先にあった灯台の上で夜を明かしていた霧島夫妻は、昇る朝日を並んで眺めていた。
「朝日‥‥綺麗だね〜」
キョーコの声に頷きながらも、亜夜の視線はそれよりももっと綺麗な愛する人へと向く。ぴったりと身を寄せていた二人の距離が、もう少し狭まった。
「うー‥‥」
飲み過ぎか、顔を顰めながら浜辺を歩く織。時折落ちているゴミを拾い、まだ寝ている傭兵を波打ち際から離す。酔い潰せこそしなかったが、結局朝まで兄と一緒だった雪もご機嫌で彼を手伝っていた。
「うーん‥‥、地道にいきますかっ」
賢之が、苦笑しながら歩き出す。他にも、早起きだったユーリや透、セシリアが片付けに動いていた。
「悪いな、皆」
朝まで飲んでいたらしい篠畑は、応えた様子も無く動き回っている。叔父達の姿は無い。客人に、手土産の一つとでも思ったのだろう。
「さて、皆でさっと片付けるとするか」
傭兵達を引き連れて戻ってきたルフトが腕まくりをする。朝食を作る間に、全部片付けていくのに十分な人数だ。そんな傭兵達の様子を、堤防の上から老人が楽しげに眺めていた。この町に、一時だけでも活気が戻って来たことを喜ぶように。