タイトル:来年の今頃は? マスター:紀藤トキ

シナリオ形態: ショート
難易度: やや易
参加人数: 6 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2008/02/17 02:27

●オープニング本文


 春の訪れが近い。卒業へ向けて上級生がそれぞれの進路へと動き出すこの時期、残された後輩も翌年のために行動を開始しなければならない。
「タカシは進学でキャリーは実家の手伝い、ね」
「うーん、俺はどーすっかなぁ」
 寄ると触るとその話題になる仲間達を見ながら、少年はなんとなく廊下のポスターへ目をやった。綺麗なお姉さんがにっこり微笑むポスターには、大きな字でこう書かれている。
『能力者適性検査はおすみですか?』

「良く来てくれた。今回の任務は少々特殊になる」
 説明に当たる広報担当は長い黒髪に小さめな眼鏡の似合う女性だったが、まるで男のような口調でそう語りだした。
「この地域では、少しばかり情報が行き届いていなくてね。エミタ移植が実際以上に危険なものだとか、能力者は強制的に戦場へ駆りだされるとかいう話が少し前まで鵜呑みにされていたようなんだ」
 ここ数年で随分変わってきたが、それでもまだ適性検査を受ける比率は最低クラス。周囲の大人たちにも能力者がいないとあって、幼い子どもたちが描く将来の夢にも能力者と言う名前はなかなか上らないという。
「というわけで、我々は地道に活動を続けている。今回、君たちに依頼したいのはこの高校での広報任務だ」
 広報担当官が示したのは、地域内のとある私立高校だった。一学年は三クラスで、あわせて百人程度の少人数らしい。可もなく不可もない成績と、取り立てて言うほどでもない運動部の実績をもつ、ごく普通の高校だ。少し違う所といえば、東洋系の顔立ちが多いと言う辺りだろう。もともと日本からの滞在者向けに作られた学校だったという事によるものらしい。
「ここの体育館を、放課後に借りてある。彼らに能力者の実際について思うところを伝えてほしいのだ」
 何のために戦うか、といった理念でもいい。実体験でも構わないし、あるいはエミタがどういうものなのかを説明するのも立派な広報活動になるだろう。無論、生徒のほとんどは適性がないはずだから、非能力者達の手助けがどれだけありがたいか、というような事を話すのも、将来のために良いはずだ。
「それと、繰り返すようだが借りている時間は放課後だ。帰宅前の彼らが興味を持って立ち寄ってくれるように、何らかの勧誘も行った方がいいかもしれないな」
 構内への立ち入り許可は得ているが、当然ながら授業中に立ち入る事は許されていない。生徒へのアピールはそれ以外の時間になんとか頑張って欲しい、と広報官は告げた。
「なお、UPCは新卒採用を行っていない。大人になる前に、私や君たちの事を少しだけ理解して欲しい‥‥、というのが今回のテーマだからな。もしも私達の後輩になりたい生徒がいたとしたら、そのように伝えてやってくれ」
 そう最後に付け足した広報担当の表情は、少しだけ寂しそうだった。

●参加者一覧

大曽根櫻(ga0005
16歳・♀・AA
ドクター・ウェスト(ga0241
40歳・♂・ER
セシリア・D・篠畑(ga0475
20歳・♀・ER
ホアキン・デ・ラ・ロサ(ga2416
20歳・♂・FT
寿 源次(ga3427
30歳・♂・ST
佐竹 優理(ga4607
31歳・♂・GD

●リプレイ本文

●謎のスポーツおじさんとクマ仮面、参上
 青春の血をスポーツで燃やす高校生には早朝の寒さも関係ない。とはいえ、その日のジムのように、つい寝過ごしてしまう事だってある。
「すんません! 遅れま‥‥ぇえ!?」
 慌ててグラウンドに駆け込んできた彼の目に飛び込んできたのは、黄色でモコモコした愛らしいクマのマスク‥‥、をかぶったスーツ姿の不審者だった。つんのめった彼に無言で手を差し伸べてくるそのクマ男、中身が寿 源次(ga3427)という能力者だとは、彼に知る術もない。思わず絶句した彼の頭を、監督のアイアン・クローがわしづかみにした。
「馬鹿者!」
 そのまま首をひねられた先、キャッチャーマスクをかぶった見知らぬ青年が視界に入る。ズバン、と小気味良い音がミットから響いた。
「よーし、いい球だ」
 背番号1をつけた少年へボールを投げ返したところで、ホアキン・デ・ラ・ロサ(ga2416)はジムの姿に気付いた。
「やぁ、本物のキャッチャー君だね。彼が暇そうだったので、少し相手をさせて貰っていたよ」
「あ、どうも‥‥」
 マスクとミットを外しながら何気なく言うホアキンに、少年は気のない礼を返してから相棒の元へと走った。
「あの人、誰だ? うちのOB?」
 ジムが小声で問う。
「いや、違うだろ。なんか野球はあんまり知らないみたいだったし」
 きわどいボール球とストライクの見分けがついているようには見えない、と続けるピッチャーにジムは目をぱちくりさせた。
「そんな奴がお前の球を受けてたって? 手を抜いてたのか?」
 そういいつつも、先ほどの捕球音を思い返せばそんなはずもない。
「いや。全力全力。監督が平気だって言うから受けてもらってたんだけどさ? 他のスポーツやってたのかもな」
 首を傾げる少年達へ、ホアキンが声をかけた。
「俺たちは能力者だ。放課後、体育館で話をするよ」
「能力者‥‥?」
 問い返したジムの前に、クマ男がサッとチラシを差し出す。思わず受け取った少年へ、源次は小粋に親指を立てた。どうやら、頭部のみとはいえ着ぐるみ着用者の心がけとして声は出さない方針らしい。
「ああ、そろそろ次へ行かないといけないな。楽しかったよ、ありがとう」
 ホアキンが、チラシを読んでいた二人へと爽やかに言う。
「え、どこへ?」
 少年の質問に、ホアキンは腕組みをしてから答えた。
「残っているのはサッカーにバスケットにバレーにハンドにテニスに卓球‥‥、なんだが。どの順番がいいと思う?」

●勧誘活動は楽しげに?
 同時刻、校門前では更に大勢の生徒が困惑に直面していた。
「おはよう、ヤング諸君!」
 ちょっと作った口調でにこやかに笑う佐竹 優理(ga4607)。彼の顔は別に奇妙ではない。しかし、看板を体の前後に下げた、いわゆるサンドイッチマンの風体は、朝の学校にはこの上なく異質だった。優理の背丈には少し大きすぎる看板には、そこからはみ出るような大きな文字で『能力者来る!』の文字。
(能力者って誰?)
 と思った女生徒が視線を少し上げる。彼女の疑問に答えるかのように、優理がかぶった紙製の帽子には『能力者』と大書されていた。
「おや、朝の挨拶はどうしたのかな?」
 そんな台詞を朗らかに発する優理の脇では、週番の教師が笑いをかみ殺した微妙な表情をして立っている。怪しい人物と教師が並んでいることは、登校する生徒たちに少しの安心感と更なる不審の念を同時に呼び起こしていた。
「お、おはようございます」
 優理へと愛想笑いなど返しつつ、そのまま通り過ぎようとした女生徒の行く手に、セシリア・ディールス(ga0475)が現れる。
「‥‥宜しければ、来て下さい‥‥」
 女生徒から見れば年頃は同じくらいなのだろうが、無表情にチラシを差し出してくるのは少し怖い。
(来てってどこへ!?)
 再び内心で思った少女への答えは、そのチラシの中にあった。
『本日放課後、講堂にて。能力者による講演会』
 大き目のフォントで書かれたそれ以外にも、エミタ移植の安全性についてや適性検査の概要が生真面目な文体で書かれている。チラシに目を落としながら、少女は早足で歩き去った。後ろ姿を目で追ったセシリアの視界に、笑顔でチラシ配りに励む大曽根櫻(ga0005)が入る。
「おはようございます! 今日は放課後に、私達能力者についての説明をします」
 櫻からチラシを受け取った生徒達は、まるで彼女につられた様に自然と笑顔になっていた。
「‥‥ふぅ」
 セシリアは小さく息をついて考え込む。そこへ、男子生徒が勢いよく駆けてきた。
「すみません、一枚ください!」
「‥‥はい、どうぞ」
 手渡されたチラシをもったまま、生徒は駆け足で戻って行った。再び目で追ったその行く手には、同学年とおぼしき男子が数人で待っている。
「‥‥な、怖ぇだろ?」
「可愛いのに‥‥」
 一般人よりも増幅された知覚は、聞こえない方がいい声まで拾ってしまった。
「ん? セシリアさん、どうかしましたか?」
 その名の通り、優しげな優理の声を耳にしたセシリアの表情はいつもと変わらない。
「‥‥こういう場合、笑顔で宣伝した方が良いでしょうか‥‥」
 だが、声のトーンは微妙に下がっているようだった。

●それもまた一面の真理
「それでは、色々とお騒がせするかと思いますが、今日はよろしくお願いします」
 そう言って、女は丁寧に職員室へと頭を下げた。扉を閉めてから振り返り、ぎくりとしたように固まる。チッ、と舌打ちをしつつ、今回の任務の依頼主は何かを取り繕うように言葉を続けた。
「ウェスト氏、だったな。私に何か用か?」
 彼女に向けられたドクター・ウェスト(ga0241)の視線は、何気ないと言うには強すぎた。
「うむ。端的に言えば、我輩は君に忠告しに来たのだよ〜」
「伺おう」
 短く返した女へと、ウェストは人差し指をつきつける。
「本当に『能力者』などというものが夢のあるものだと思っているのかね〜?」
 能力者は人間から外れてしまった存在だと、彼は思っていた。それゆえに、今回の任務内容について忠告しに来たのだと、彼は言う。それはあくまでも彼個人の持論に過ぎないが、それ故にこそ、借り物の演説には無い生の説得力を持っていた。
「‥‥適性検査を受けるのはいいとしても、未来の地球を託す若者に人間以外の存在になる道を勧めるのは不本意だね〜」
 ウェストの話が終わったと見て、女がゆっくりと唇を開く。
「言いたい事は良く分かった。見かけによらず、あなたが実に真面目な人物であることもな。ただ、一つ理解できないのは、だ。何故それを私に言う?」
「何故、とはどういうことかな〜?」
 女の返答の意味を、ウェストは考慮した。が、続いた言葉はいずれにせよ、彼の想定の外にあった。
「その言葉は学生達へこそ伝えるべきじゃないのか? 私としては是非頼みたい」
 広報というのは、都合の良い作り事を広める任務ではない、と彼女は言う。幼子ならば無邪気にヒーローに憧れる事も良いだろうが、これから大人になる者はそうはいかない。
「おやおや、思ったよりも度量が広いんだね〜? それとも、君の独断かな〜?」
 探るようなウェストの言葉に、女は肩を竦めて答えた。
「我々は無理に能力者を作り出したいわけではない。能力者という可能性がある事を、リスクも含めて正しく知らせておきたいというのがこの任務の趣旨なのだ。あなたが言うように、その道を選べば変化は大きいのだからな」
 構内禁煙、の文字を恨めしげに見ながら、女は胸元に行きかけた手を下ろして窓の外を見下ろした。2階からはちょうど、校門のあたりでチラシを配る優理とセシリア、櫻の姿が見える。
「まぁ、適性が無ければ望んでも能力者にはなれん。何に変えても力が欲しいと思ったその時に、選択肢があることは私から見れば羨ましいよ」
 予鈴がなった。眼下をのんびり歩いていた学生達が、慌てて駆け出す。フン、と鼻を鳴らす音に女が振り返った時には、ウェストは既に背を向けていた。

●能力者を語ろう
 休み時間、こまめに各クラスに出没したセシリアと怪人クマ男は、放課後までにはすっかり有名人になっていた。お昼の放送で小粋なトークを披露した優理は、講演直前まで下駄箱へチラシを投げ込んでいた所をにわかファンに確保されかけた。同じく講演直前に運動部へ向かったホアキンは、もう一勝負とせがむ体操着姿の学生達に囲まれて戻ってきた。

 その結果として行き着くのはつまり。

「盛況ですね」
 舞台袖からちらりと覗いた櫻がそう呟く。全学年が収容できるはずの講堂は見るからに窮屈だった。
「‥‥皆さん、お静かに。これから、能力者についての講演を始めます‥‥」
 司会のセシリアが淡々と説明を始める。彼女の紹介にあがったのは櫻、ホアキン、そして優理と源次だった。演台に立つのもその順だ。
「こんにちは、私は能力者ですが、皆さんと同じ高校生です」
 語りだした櫻に、彼氏いるの? などと言うお決まりの声が飛ぶ。言葉に詰まった様子に、今度は同性からの応援がかけられた。気を取り直して、櫻は話を続ける。
「多分、私も皆さんと同じような事を思い、同じような事で悩んでいると思います」
 学生の悩みといえば、学業の事、そして恋愛。彼女は自分の体験や聞き知った話を元に、それについて懸命に語った。
「以上です」
 一礼し、戻って行く櫻に生徒から拍手が送られる。少しばかり男子側の音が大きいのはまぁ、そういう事だろう。

「次は‥‥、ホアキンさん、ホアキンさん?」
 マイク越しに聞こえるセシリアの声に微妙な焦りが混じる。聴衆が固唾を呑んで舞台袖の奥を見つめていると。
「すまん、寝ていた」
 頭をかきながら、ホアキンが姿を現した。生徒たちの間に生まれた苦笑が消え去る前に、ホアキンは語りだす。
「今日は色々な運動部の練習に飛び入り参加させてもらったが、エミタに適合した俺は誰にも負けなかった」
 なんだよ、自慢かよ? という声が制服姿の生徒の中から届く。ホアキンは、その声がした方に目を向けてから、淡々と言葉を続けた。
「言いたい事は、俺たちの運動能力はとても高い、と言う事だ。だが、何でもできる訳では無い」
 そこで言葉を切る。実際に彼に接した運動部員の幾人かは小さく頷いていた。例えばフォークボールには意表を突かれたようだったし、サッカー部員のフェイントにも時々はひっかかった。やり過ぎないように、ワザと見せた隙かもしれない。だが、見えたのがそれくらいの差だからこそ、生徒たちも何度も食いついて来たのだろう。
「俺は勉強が出来たわけでも、女の子にモテたわけでもない。‥‥取り柄を活かして生きているだけだ」
 低音の良く響く語り口でそう付け加えると、ホアキンは軽く肩を竦め、学生達に微笑みかける。
「実は‥‥つい最近、俺にも彼女ができた。能力者には、意外と美男美女が多かったりする」
 いきなり転じた話の行方に、ざわつく声が大きくなった。
「‥‥以上」

●未来を語ろう
 サッと身を翻したホアキンに入れ代わり、真面目な顔をした優理が演台にあがる。
「先日、橋の建設現場に現れた怪物みたいなモンを退治する任務があったんだけど‥‥」
 優理の話は、自分の経験談だった。作業員は橋を作ることができるが、それは優理たちには出来ない事だ、と彼は感じたと言う。
「お昼にお世話になったそこの君は、放送機材を上手に扱っていたね。他の皆も、勉強、スポーツ、花を育てる事、人を思いやる事‥‥色んな能力を持ってると思う」
 生徒に向かって笑いかけながら、優理は話を短めに纏めた。
「能力者と呼ばれる私らだけが頑張るんじゃ無くて、全人類と、それぞれの能力で一緒に戦えれば良いね」

 最後に袖から現われた源次を見て、場内が静まる。
「‥‥クマ男だ‥‥」
 一体、彼は何を喋るのか。期待が高まった所で、源次はおもむろにクマの被り物を脱いだ。ざわめきが復活する。どうやら、中身がいい男かどうかでも議論が分かれていたらしい。
「最初に言う事がある。能力者といってもタダの人間なんだ。腹も減れば眠くもなるし、怪我をすれば血だって出る」
 エミタについての説明、それから能力者達の戦う理由についてを源次は語る。
「一つ確かに言える事、それは自らの信念に基いた戦いだと言う事だ。信じたモノの為に、信頼する仲間と共に」
 それぞれの理由で、それぞれの為に戦う。彼ら能力者達が歯車でも道具でもない事を、源次はゆっくりとした口調で告げる。
「‥‥しっかり前を、自分の道を見ていて欲しい。きみ達の未来は自分達が守り、拓いてみせる」
 そう言って演台を降りた彼へ、生徒たちは大きな拍手を送った。

「ふん、『タダの人間』ね〜‥‥」
 講堂の入り口でその話を聞くウェストは、苦虫を噛み潰したような表情をしている。人間と言う概念と能力者と言う概念の差異について自問すれば、結局の所、自らが信念に反する存在だという結論に行き着くのだ。ウェストにとって、その論理帰結は決して快い物ではない。いらただしげに唸ると、ウェストは演台を見た。拍手を受けている源次と視線が合う。何故か、彼が小さく頷いたようにも見えた。
「‥‥しょうがない、今日のところは乗せられておいてやるね〜」
 ただ依頼主へ忠告するだけならばここに来る必要は無い。それなのに足を運んだということは、やはり気に掛かっていたと言うことなのだろう。ウェストは意を決して演台へ向かって歩き出した。セシリアがそつなく彼を紹介する。
「我が輩がドクター・ウェストである〜。今日の特別講義は能力者を生きることの意味についてだね〜」
 能力者になると言う事は、人間から変質する事だ、とウェストは言う。細胞や遺伝子といったレベルで不可逆な変化がある、という彼の予想を裏付けるにはまだデータが足りないが、変化の存在を否定する者はいないだろう。個人の体験で言えば、人間であるのか否か自問せねばならぬ存在に転じた事は、決して快い変化ではなかったと彼は告げる。
「故に、我が輩は、諸君ら未来ある若者に能力者になる道を勧めるつもりは毛頭無いのである〜」
 仲間達の幾人かは小さく頷いた。考え方の幅は一つではないし、それもまた事実だと。
 生徒達も彼らの気持ちを受け止めたのだろう。質問時間も盛況だった。講演者達だけでなくセシリアの周囲にも、生徒の人だかりは出来ている。彼女は、ほとんど見えない手術痕を見せながら淡々と移植手術について説明していた。

 結局その日、能力者達が家路についたのは予定よりも幾分遅い時刻だった。この講演で世界は何も変わらなかったかもしれない。だが、子供たちの未来の道が少しだけ広くなったのは確かな事だ。後日、生徒の連名で届いた礼状を読みながら、広報部の女は実にうまそうに煙草を吸っていた。