タイトル:掃除要員募集中マスター:紀藤トキ

シナリオ形態: ショート
難易度: 易しい
参加人数: 8 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2008/08/04 23:26

●オープニング本文


 降り注ぐ夏の日差し。港町から少しだけ山に入った所に、一軒の広い家があった。がらがら、と立て付けの悪い戸を開ける。庭側に面した戸を全て開くと、少しだけ湿った空気が漂った。だだっ広い部屋が1つといくつかの小部屋からなる古い木造の平屋は、昔は何かあると親族が集っていたと言う。篠畑にとっては生れる前の話、だ。
「‥‥思ったよりも綺麗だなぁ」
「そりゃお前、いつタテ坊がもどってもいいように、時々は風通してやっとったからなぁ」
 日に焼けた海の男が笑う。篠畑の幼少時から、彼はずっと海の男だった。多分、これからも。久しぶりに戻った故郷は、変わらない空気で篠畑を迎えていた。
「さて、残りの連中が来る前に少し掃除しないといかんからなぁ」
 その為に、幾人かの傭兵が先行で呼び集められていた。報酬なんて言う物は子供のお小遣いレベルだが、それでも集まった面々は実に物好きと言わざるを得ない。
「じゃあ、わしはお客人の為に漁に出てくるか。期待して待っとれよ、タテ坊」
 篠畑の叔父はそう言って坂道を下っていく。その後姿が記憶よりも少し小さくなった気がした。

 篠畑の依頼は、数年来人の住んでいなかった生家の掃除だった。何故、急に掃除しなければならないのか、と言えば、急に使うことになったから、という答えが返るだろう。
「‥‥海に行きたい、って言われても当てがあるわけじゃないし、金も無いからな」
 ため息をつく篠畑。何年も帰っていなかった故郷に戻った理由は、世話になった傭兵達に礼をすることだった。とりあえず、希望を聞いてみたら海へという希望が耳に入ったのである。確かに、海で遊ぶのには良い季節だ。その為の宿泊施設として、家を掃除しなおそうと考えた篠畑だが、彼は決して生活能力が高いわけではなく。何人かの傭兵達に先に来てもらい、手伝ってもらうことにしたという訳だ。やらねばならない事は別に難しくは無い。
「‥‥というわけで、寝床はこの広間で雑魚寝。気になる向きはそっちの部屋を男女別に使ってもらえば大丈夫だが、全員分の場所があるかどうかは保証できん」
 叔父たちが時折干してくれていたのだろう、膨大な数の客用布団の類は時を経てもまだ問題なく使えるようだった。しかし、さすがに埃は諸所に目に付く。時折隅を這うのはムカデか、あるいは蛇か。幸い、今日は晴れているので干すのは容易のはずだ。
「そういえば、ただいまも言って無かったか」
 向けた視線の先には、久しぶりに開いた仏壇。その上には、篠畑とどこか似た中年の男と少し線の太い女が、モノクロ写真の中、日に焼けた肌色で笑っている。その横に、引き伸ばした感じの若い女性の写真がかかっていた。
「‥‥いつの間に撮ったんだ、親父だな、多分」
 驚いたように、しかし懐かしむように篠畑は言う。写真へ手を伸ばしかけてから、彼は思い直したように首を振った。
「壊れて困る物は、そこの仏壇くらいだが。寝てる間に虫に驚きたくなければ、掃除は気を入れてやってくれよ?」
 何が出てきても知らんからな、と脅す篠畑はすっかり失念していた。‥‥この家のどこかには若き篠畑少年の痕跡が残っている事を。
「フロはそっちの奥。トイレは‥‥あ、そういえば洋式に変わってたんだったか」
 そういえば、両親の葬儀の時にも驚いた記憶がある。古い家だが、彼の知っている間にも知らない間にも、少しづつ時代に合わせて変わっていた様だ。
「台所は昔のままか。‥‥あれ?」
 家電製品などは知人に譲ったり処分したりしたはずだが、そこには白い大きな冷蔵庫が鎮座していた。『使え』と大きく書かれた文字は、おそらくは叔父の物だろう。良く見れば、ガスコンロやポット、やかんにお茶道具なども置いてあった。

「勝手口から裏庭には、八朔があるから。良ければ取って食ってくれ。せっかくだから、冷やした方がうまいかもな」
 樹生りのままだから、虫や鳥が食っていないのを選らねばならないが、手もかけていない割には美味しいと彼は言う。ひょっとしたら、これも叔父達が手入れしているのかもしれなかった。
「‥‥ここが嫌で、都会に飛び出したんだがな。まさかこんなに大勢連れて戻ってくる事になるとは思いもしなかったよ」
 そう言う篠畑の声には、様々な思いが篭っている。だが、一番大きいのはやはり懐かしさ、だろうか。
「さ、他の連中が来るまでに、さっさと片付けておくか」
 大声で、篠畑は号令をかける。夏の小さな思い出は、こうして始まろうとしていた。

●参加者一覧

柚井 ソラ(ga0187
18歳・♂・JG
幡多野 克(ga0444
24歳・♂・AA
セシリア・D・篠畑(ga0475
20歳・♀・ER
ケイ・リヒャルト(ga0598
20歳・♀・JG
ラルス・フェルセン(ga5133
30歳・♂・PN
鐘依 透(ga6282
22歳・♂・PN
ルフト・サンドマン(ga7712
38歳・♂・FT
ラピス・ヴェーラ(ga8928
17歳・♀・ST

●リプレイ本文

●ようこそ、田舎の家へ
「此処がベア隊長の育った所‥‥何だか不思議な感じ!」
 ケイ・リヒャルト(ga0598)の声が歌うように跳ねる。篠畑の生家を訪れた先発お掃除隊の面々は、あるものは珍しそうに、あるものは淡々とその輪郭を眺めていた。
「よう、来たな。まぁ、上がってくれ」
 篠畑が玄関口から声をかける。
「どこか‥‥懐かしい感じが‥‥する。不思議‥‥」
 玄関をくぐった幡多野 克(ga0444)が左右を見ながら呟いた。ルフト・サンドマン(ga7712)は外から大雑把に家の造りを確認していく。大柄なルフトを見上げたラピス・ヴェーラ(ga8928)は、空の眩しさに目を細めた。
「せっかくの旅行ですもの。準備からしっかりできるのは嬉しいですわ」
「うむ。そうじゃな」
 いかつい大男のルフトも、笑顔は実に愛嬌がある。
「お世話にー、なります〜。‥‥と、します?」
 篠畑へそう言ってから、ラルス・フェルセン(ga5133)がニコニコと笑った。
「うわぁ、随分広いですね。がんばるぞーっ!」
 先にあがっていた柚井 ソラ(ga0187)の楽しそうな声が聞こえる。
「あ、履物はここで脱ぐんです」
「‥‥はい」
 日本家屋に上がるのも初めてというセシリア・ディールス(ga0475)は、鐘依 透(ga6282)に説明を受けていた。そんな会話の合間に、透も珍しげに周囲を見る。篠畑の生家、そして故郷。そう言う目で見ると、少年にはここに何か格別の意味があるように思えた。

 広間に上がると、隅にある仏壇が目を引く。
「先ずは、ご挨拶させて頂きたいのですがー、生憎作法を存じませんで〜」
「や、俺も正式なのは分からんのだが」
 篠畑がしどろもどろに説明しはじめた所で、ラピスが仏壇に向かう。着物を普段着にする彼女の正座は、掃除用の服装でも随分と絵になった。
「お邪魔いたします、よろしくお願いいたしますわね」
 彼女に続いて透が拝んでいく。
「篠畑さんに会わせてくれてありがとう、です‥‥」
 少年のそんな言葉が聞こえたのか、篠畑は照れくさそうに鼻の横をかいた。
「お世話になります〜」
 篠畑の説明よりは、2人の様子から学習したラルスも綺麗な所作で線香を上げる。
「おや〜? この写真の裏、何かありますか〜?」
 ラルスがそんな声をあげた。仏篠畑の両親の遺影の横に小さく掛けられた女性の写真。寄って来た篠畑が確認すると、出てきたのは一通の手紙と通帳だった。
「‥‥親父め。響子の写真の裏に、か。葬式の時にも気付かなかったぞ」
 いや、葬式の時にはこの写真が並ぶわけは無いから、叔父の仕業か、と篠畑は苦笑する。
『今度、誰か大事な相手が出来たら使え。父』
 肉太な字で書かれた手紙にはそうあった。
「‥‥その、写真の方、は?」
 じっと遺影を眺めていたセシリアが問う。篠畑は僅かに目を閉じてから、微笑した。
「俺が千歳に居る時、親父が一度だけ覗きに来たらしい。多分、その時に撮った写真なんだろう」
 懐かしさだけではない遠い目をして、篠畑は言葉を続ける。
「‥‥俺が結婚を申し込んだ相手さ。もう、5年‥‥、いや、もっとになるかな」
 ほんの少し前のようで、随分昔にも思える日。昇進したら結婚して欲しい、と告げた篠畑に、彼女は首を振った。仕事と愛情の良くあるすれ違い。だが翌日、ワームに撃墜された旅客機の残骸から、唯一見つかった彼女の遺品は判の押された婚姻届だったという。
「‥‥何だろうな、俺は多分、色々と大事な事に気付かなかったんだと思う」
 鈍いからな、と言ってから、篠畑は通帳の中身を確かめた。父の言葉を心にとめて目を上げれば、今の彼にとって大事な戦友達の姿が見える。
「今日の礼、と。明日はこれをパーっと使わせてもらおうか。ありがとう、親父」
 父の遺影に微笑を向ける篠畑に、セシリアは黙って目を向けていた。

●お掃除、開始
 傭兵達は、掃除に関しても綿密な計画と役割分担であたっていた。まずは、日のあるうちに布団干しだ。
「わ、わわっ」
「お、ソラ殿、大丈夫か?」
 よろめくソラの手から、ルフトが軽々と布団を持ち上げる。押入れから、リレー方式で庭へと流れていく布団は、継ぎが当たっていたり染みが残っていたり。長い間大事に使われていた様子が窺える。
「さ、まだまだ行きますわよ♪」
「‥‥ふふ」
 楽しげに布団を送るラピスの様子が伝染したように、透も微笑んだ。
「‥‥旅館、開けそう‥‥だね」
 庭先に張ったロープにずらりと並んだ布団の群れを見て、克が目を丸くする。
「随分昔は、旅人も泊めてたらしいからなぁ」
 そんな話をしている間に、布団リレーは終了した。
「ではー、ここからは分担作業ですね〜」
 掃除役を買って出ただけあり、参加者は皆てきぱきと動いていく。
「お、俺は‥‥?」
 例によって空以外では無能の篠畑は、足手纏いの気配が濃厚だった。
「あ、ベア隊長にお願いがあるんだけど‥‥?」
「だからベア隊長はやめろと」
 台所からのケイの声に、ぶつぶつ言いながら篠畑は足を向ける。重そうな冷蔵庫を少しずらす、とか蛍光灯の傘を拭くとか。
「『奥から、上から』、掃除の定石よ」
「なるほど‥‥」
 篠畑でもできそうな事をケイはにっこり指示していった。
「では、私は食器を洗いますわね」
 食器の類も数だけは多い。やりがいがありますわ、と腕まくりするラピス。
「隅々まで綺麗にしちゃいましょう」
「はい、‥‥頑張ります」
 トイレとお風呂を担当したソラ、透の2人も気合十分だった。上から下へ、丁寧に汚れを落とす透と、一生懸命カビを擦り落とすソラ。誰も使う事のない水周りは、思ったほど汚れてはいなかった。
「終わりましたーっ。手伝える場所、ありますか?」
「おお、じゃあわしと一緒に家捜し‥‥ではなく、部屋の掃除をせんかね」
 周りは皆年上とあって、元気さの中にも丁寧口調のソラはルフトの元へ。透は、庭先のラルスとセシリアの手伝いに入った。
「助かります〜。力仕事は、なるべく引き受けようと思ったんですが〜」
 さすがに、数十枚の布団を返していくのは大変だったようだ。陽光降り注ぐ庭で、男2人が汗を流す間にセシリアが広間を掃いていく。
「‥‥虫、ですか」
 我が物顔に這っていた大ムカデ、隅に巣を張っていた蜘蛛、いずれも彼女の蝿叩きの前には敵ではない。にょろりと這う蛇も捕まえて、外の茂みに投げ捨てた。
「埃たたきもしておきましょうね〜」
「はい」
 ラルスと透が叩く布団の音が、ぱんぱん、ぱんぱん、と響いていく。

 玄関と外周りを担当した克は、少しの打ち水の後に掃きはじめていた。祖母の教えと言う工夫は、いらぬ埃が散るのを防いでいる。
「‥‥あとは、窓‥‥拭かないと」
 雑巾を手に、家の側面に回った克の足が止まる。水道脇にあった小さなバケツと小さな釣竿、網。柄には小さく『たてお』と書いてあった。
「‥‥篠畑さんの、かな。かわいい‥‥」
 小さく呟いてから克はバケツを取り上げた。

「さて、探し物は‥‥」
 ぎい、と軋み音と共に扉が開く。暗い部屋の中は箪笥が幾竿か置かれていた。差し込んだ新鮮な空気に慌てた何かがカサカサ這いずる音がする。
「むっ、ハズレか‥‥次は向こうを」
「駄目ですよルフトさん。ちゃんと掃除もしないと」
 家具を隅にのければ、更衣室に使えそうだ。そんな事を思って部屋に入ったソラがパッと顔を綻ばせる。
「あ、柱の傷‥‥。篠畑さんもしてたんだ」
「ん? おお、ベアた‥‥篠畑殿にもこんな頃があったんじゃなぁ」
 よく見れば、相当に古い傷もまざっている。この家で育った父祖のものだろうか。
「お父さんやお爺さんと比べてたのかな‥‥」
 その情景を思い浮かべたのだろう、優しげに笑むソラ。ルフトは部屋の隅から虫を追い出しはじめている。
「薬でも使った方が早かったかな‥‥。いや、すぐ戻ってくるし、潰しておいた方がいいな」
 自問自答に頷きつつ、ルフトは部屋の制圧を開始した。

●八朔ティータイム
「いやはや、何とかなるもんだなぁ」
 篠畑が声をあげる。僅かな間に、埃っぽかった家は古びてこそいるが人の住まいとしての形を取り戻していた。
「まだ布団を入れるのは早いですね〜」
 ラルスが空を仰ぐ。
「じゃあ、八朔食べんか、八朔。わし、大好物なんじゃよ」
「あ、俺も取りに行きたいです。篠畑さんも来て下さいねっ」
 身を屈めながら歩くルフトの後を、ソラが楽しそうについていく。
「じゃあ、私は用意をしてようかしら。お茶とか」
「ですわね、私はお皿を出しておきますわ」
「‥‥塩をつけると‥‥美味しい、かも」
 最後の克の申し出に、少し驚く台所組。とはいえ、料理上手な2人には納得の話だったようだ。ケイの後姿を微笑で見送ってから、透がふと横を向く。
「楽しい?」
「‥‥はい」
 声をかけたセシリアの返事は、いつものように無表情だったけれども、しっかりとしていた。
「うん、そっか…」
 透は嬉しそうに微笑む。裏庭の方からは、はしゃぐルフトとソラの声が聞こえてきた。
「篠畑さん、肩車してもらってもいいです?」
 高い枝を見上げてから、上目遣いで篠畑におねだりするソラ。篠畑は僅かに躊躇ったようだが、何かを振り払うように一つ首を振ってから頷いた。
「‥‥そうだな。ソラなら軽そうだ。落とす事もないだろう」
 もう少し右、とか左、とか。嬉しそうに指示をするソラの声。鳥に食われている物も多いが、それでも美味しそうな無傷の実が一杯だ。
「お茶、入りましたわよ」
「取ったのはこっちで剥くから、持ってきて頂戴」
 ラピスとケイが台所の窓から声をあげる。剥いたら氷水に。
「この程よい苦味、水分も十分で文句なしじゃな」
 満面の笑顔を見せるルフトに釣られた様に、仲間達の手も八朔へ伸びた。
「セシリアと透も。いらっしゃいよ」
「はい。‥‥行こう、セシリアさん」
 パッと立ち上がってから、透はセシリアへと手を差し出した。

●お掃除完了と夜
 朝と同じく、リレーで布団を取り込む。残る大広間や廊下の拭き掃除は、何人かで手分けをすればあっという間に終わりそうだった。
「買出しと、公民館に挨拶に行っておきたいのじゃが」
「あ、僕も行きます」
 ルフトと透が玄関へと向かいかけると、その背に2人の声が追いついてきた。
「あ、私も行きますわ」
「そうね。夕食の買出しを男の人に任せておくのは少し不安よね」
 楽しそうに言うラピスと、笑うケイ。
「まぁ、俺も挨拶しておかないとな」
 篠畑を加えて、5人が町中へ。まずは、スーパーで買い物だ。そこだけは都市と変わらないような雰囲気だったが、営業時間は6時までしかない。公民館では、シーツや枕カバーの洗濯も引き受けてくれていたので、挨拶方々受け取りに回った。
「明日も、騒がしくすると思うのじゃが、よろしく頼みたい」
「構わん構わん。最近とんと騒々しい事も無かったでの」
 豪快な笑顔のルフトの挨拶に、応対に出てきた老人が楽しそうな笑顔を返す。
「で、タテ坊。どっちがコレなんよ?」
「‥‥残念だが。2人ともちゃんと似合いの相手がいるんでな」
 情け無い、ワシの若い頃は‥‥などと始める館長を他所に、中年の女性がシーツを並べた。
「ありがとうございます」
「これだけの量、大変でしたでしょう?」
 ケイとラピスに控えめな笑みを返し、女性は首を振る。
「町内で手分けしましたし。大した事はないですよ」
 もう一度丁重に礼を言ってから、大荷物を手に一行は帰路へついた。

 残りの4人は仕上げ担当だ。セシリアに引き続き掃き掃除を任せて、克とラルス、ソラは雑巾掛け。水拭きの後に乾拭きを重ねると、畳表が見違えるように輝く。
「お、お客さんにこんな事させてすまんなぁ」
 魚篭を下げた中年男性が玄関口に立っていた。篠畑の叔父だ。夕食に使ってくれ、と差し出したのは獲れたての近海魚。礼を言う傭兵達に、彼は鼻の頭を掻いた。
「んにゃ、タテ坊が世話になっとるっちゅうに、これくらいしか無くって済まんなぁ。明日も多分、似たようなもんしか出せんが」
 笑う海の男に、セシリアが瞬きする。
「健郎さん‥‥タテ坊、ですか‥‥」
「ああ。昔のタテ坊はそりゃあ悪ガキでなぁ。良く兄貴と2人で捕まえに行ったもんだ」
 水を向ければ、出てくる篠畑少年の過去の悪行。悪戯と言うのが似合いの、微笑ましいエピソードに居残り組がしばし聞き入る。
「叔父さん、勘弁してくれよ‥‥」
 篠畑が帰ってきた時、サーフィン映画にあこがれた幼い篠畑少年が、板切れ1つで大波に挑んで敗れるまでを、叔父は全身を使って熱演中だった。

 ラピス達が腕を揮った夕食の後、一行は夜の海を見に出ていた。潮が満ち加減の海、そしてラストホープとはまた違う星空。昼間にはしゃぎ疲れたのか、ソラは眠そうな目を擦り擦りの様子だ。
「篠畑さん家の掃除‥‥手伝えて、良かった‥‥。明日‥‥楽しみ‥‥」
 克が夜空を見上げながら言う。
「ベア隊長の小さい頃ってどんなコだった?」
 不意に、ケイが問い掛ける。居残り組がクスリと笑った。
「そうだなぁ。良くいる悪ガキだったよ。暇さえあれば親父や叔父貴の後をついて回ってな。あの頃は、船に乗りたくてね」
 一人前と思われようと、色々悪戯をしかけたりやんちゃしたものだという。そんな少年が、この町から出て行きたくなったのはいつ頃だったか、本人にも確たる記憶は無かった。
「若者は刺激を好むものですがー、私はー、静かな故郷が好きです〜」
 ラルスが水平線へ目を向けながら、言う。篠畑の故郷も、長閑で良い所だ、と微笑する青年に、篠畑は小さく、俺もそう思う、と答えた。
「素敵な場所ですね‥‥。連れてきてくれて、ありがとうです‥‥」
 透も、ラルスのように遠くへ目を向けながら言う。セシリアは普段どおり言葉こそ少ないが、初めての体験に一心に目を開き、耳を傾けているようだった。いつの間にか、ケイがギターを手に弾き語りを始めている。
「シャワーの砂詰まり、直しておいたぞ」
「お、すまんな。気付かなかった」
 いい笑顔で胸を張るルフトに、篠畑が礼を言った。堤防の上で、静かに波音と歌声に耳を傾けていたラピスが嬉しそうに振り返る。
「あまり、遅くならないようにな」
 そう言って篠畑は踵を返す。遠くの星が落ちてきそうな空の、山間の低い所に細い月がかかっていた。

●新しい、朝
 翌朝。広間で雑魚寝していた傭兵の中、セシリアがパチリと目をあける。所謂枕が替わった事による物だろうか。むくっと身を起こし左右を見たが、誰も目覚める様子は無い。
「‥‥」
 静かな、何も聞こえないような早朝。ようやく東の方が白み始めた。堤防へ上がった少女の視界に、数隻の漁船が出て行くのが霞んで見える。
「皆、お客にいい魚を食わしちゃろうと思って気張っとるんじゃよ。滅多に無いことだからなぁ」
 いつの間にかやってきていた篠畑の叔父に、セシリアは会釈を返す。日が昇り、セミが騒々しく騒ぎ出した。今日も、暑くなりそうだ。