タイトル:森のイタチマスター:紀藤トキ

シナリオ形態: ショート
難易度: 普通
参加人数: 8 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2008/08/01 03:28

●オープニング本文


「嫉妬だチャリティだと、世間では何かと騒がしいようだが‥‥」
 分析科所属のウォルト=マイヤーは猫背気味の背を伸ばすようにして、机へ両手をついた。
「俺の依頼は普段と変わらん。キメラが出たから倒して欲しい」
 場所はイタリア北東部。アルプスを北に望む平野部だ。おそらくは先の作戦で討ち漏らした敵だろう、とマイヤーは言う。
「どこぞに潜んで怪我を治して出てきて見れば、戦は終わっていた、と言う所だな」
 今まで発見されなかっただけあって図体は大きくないのだが、相当にすばしっこい。また、異様に長いしっぽの振り回しは鋼すら断ち切るといい、遠距離へは衝撃波を放ったという報告もある。撮影された映像はいずれもピンボケやフレームアウトばかりだったが、苦労して継ぎ合わせた結果は、可愛らしい小動物風の外見だった。イタチのような細長い胴に、ワイヤーのような細く長い尾。
「出てくる場所を大幅に間違えているが、カマイタチ‥‥と言ったか。日本の民話の。あれがイメージに近いだろうな」
 今の所は周囲の町や村へ向かう素振りは見せていないが、だからと言って放置するわけにも行かない。このキメラの為に主要幹線道路が一本封鎖の憂き目にあっているのだ。討伐に向かった現地の駐留部隊は先制攻撃を受け、徒に被害を増やすだけだったとか。
「おそらくは嗅覚あたりを強化されているのだろう‥‥と言う所までは判明している。犬相手に香水のような手が使えれば楽だったんだが、そうもいかなかった」
 自然界の動物と異なり、強化されている部分が弱点になるとは限らないのがキメラの面倒な所だ。
「ああ、言い忘れていた。敵は恐らく1匹。幹線道路の左右に茂る森林のどちらかに潜んでいるはずだ」
 どちらにいるかまではわからない。実際に交戦した兵士の証言からすると、森林に溶け込むような体色からかなり発見が困難だったという。
「相手のサイズや特徴からして、早期発見は難しかろうが‥‥、まずは相手を交戦の場に引きずり出すこと。そして逃がさない事が必要だな」
 形状や行動から、元は強行偵察用に作られたキメラだったのだろう、とマイヤーは推測を述べる。
「好奇心旺盛な性格だろう。何か囮を用意して、敵の気を引くことが出来れば釣れるかもしれんが」
 そう呟いた分析官の腹が小さく鳴った。
「失敬、昼食がまだだった。食欲と言うのは厄介だな。‥‥そうそう諸君が失敗した場合、最後の手段として森林へナパームを打ち込む事になっている」
 延焼の危険もあるし、罪も無い小動物も多くいる森だ。可能ならば傭兵の手で事件を終わらせて欲しい、とマイヤーは陰気な口調で付け足した。

●参加者一覧

鏑木 硯(ga0280
21歳・♂・PN
シャロン・エイヴァリー(ga1843
23歳・♀・AA
ゴールドラッシュ(ga3170
27歳・♀・AA
ソード(ga6675
20歳・♂・JG
優(ga8480
23歳・♀・DF
守原有希(ga8582
20歳・♂・AA
鴉(gb0616
22歳・♂・PN
フィオナ・シュトリエ(gb0790
19歳・♀・GD

●リプレイ本文

●お楽しみ準備中
「ウォルトさん、キメラ殲滅に必要な品をリストにしたわ」
「‥‥ほう」
 ウォルトのじと目に、シャロン・エイヴァリー(ga1843)は口笛を吹きそうな表情で横を向く。記載されていたのは、どう見てもレジャー用途なキャンプ・野外調理道具一式に新鮮な食材一揃いだった。
「匂いで釣るんだったら美味しい食材を用意しないとダメですよね」
 領収書を用意していた鏑木 硯(ga0280)も説得に加わる。
「余ったらお土産にしますから」
 といいつつ、守原有希(ga8582)が追加申請した内容を見て、ウォルトは口をへの字に歪めた。釣竿ケース一式にクーラーボックス、とそこには書かれている。
「現場は森だが‥‥」
「あ、武器を隠すのに使うんよ。警戒されんようにね」
 考えてるのは遊び一辺倒ではない、とここぞとばかりにアピールする有希。食材の経費扱いが通るかどうかを案じてか、微妙にお国訛りが漏れる。陰気な白衣の男は眼鏡越しに3人を見据えて、裁定を下した。
「キャンプ道具と釣道具位は貸してやる。俺や知り合いの私物からだがな。食材については、頭割りで報酬からさっぴくぞ」
 若い傭兵達が任務にかこつけて楽しい思い出を作りたいのも理解はできる。が、それが癖になっても困る、とウォルトは苦笑いした。彼の提示した一人当たり2000crは、用意した高級食材からすれば結構安い。
「ま、お嬢さん方の料理の腕前に期待して、俺も少しは出そう」
 残りは経費かと思えば、ウォルトのおごりだったようだ。しかし、彼は書類の大事な部分を見落としていたらしい。交渉に訪れた3人の傭兵は外見こそ麗しい女性のようだったが、実はシャロン以外男性であった。誤解を解くのが良いのか、あえて誤解させたままのほうが得か。微妙な面持ちで悩む2人と、ちょっと面白そうな顔をする1人。
「その代わり、任務の方はしっかり仕上げてくれ。間違っても最後は森ごとバーベキューなんて事にならんようにな」
 面白くも無い事を面白く無さそうに呟いて、ウォルトは3人を送り出した。

●路上BBQ!
「けち臭いわね。それくらい、全部出してくれればいいのに」
 懐から出る金は1crでも少なくしたいゴールドラッシュ(ga3170)が口を尖らせる。場所は、現地を東より臨む路上。左右前方に奥深い森が広がる四車線道路の中央で、一同は調理道具を広げていた。こんな機会でもなければ、まず味わえないロケーションである。
「はいはーい、じゃあテント建てるわよー。硯、そっちお願い」
 シャロンと硯がテントを設営している場所は、優(ga8480)の提案した場所だった。バーベキュー地点から少し手前の見通しの良い位置だ。お楽しみの所までの距離は30m程。これは、実際にその場に潜む狙撃役のソード(ga6675)の指示による。
「ありがとう。俺の方の下準備も終わりました」
 スナイパーとして、ソードは狙撃位置を森の中に確保しようとしていた。交戦開始後、敵が逃げるであろう森林方向に先回りしたいソードだったが、待ち伏せ位置の都合上、その意図を通すには全力移動をしないとならない。それが吉とでるか凶とでるかは、蓋を開けるまで分からなかった。
「本格的ですね」
「長女が魚河岸、三女が肉屋勤務で母が洋菓子屋なんです」
 姉が四人居るという女家族の有希が、ゴリゴリと松の実やニンニク、バジルを潰してオリーブオイルとパルミジャーノチーズと共にペースト状にしていく。少し鼻をつく刺激的な匂いと共に、ジェノベーゼソースが出来上がっていた。
「ジェノベーゼソースなら、まずはパスタね。それから‥‥♪」
 うきうきと用意を始めるシャロン。その横では、硯が焼き串へと肉とねぎを刺している。
「料理の類は出来ないし、火加減でも見てますか」
 少し赤みがかった顔でそう言う鴉(gb0616)は、武器を隠す為のジャケットを羽織った状態で炭の風上側に回った。熱いのが苦手だと言う彼には適所とは言えないが、何もしないでいるのも気が引けるのだろう。そんな彼の鼻に、少し甘い匂いが届いた。
「この後を楽しむ為にも、まずはキメラに出てきてもらわないとね」
 フィオナ・シュトリエ(gb0790)が明るく笑う。健康的な小麦色の肌の少女が手にしたタッパーには、大雑把に切られたトルテが満載されていた。
「さて、俺はそろそろ具合が悪くなりますよ」
 芳しい香りが漂いだした辺りで、ソードが立ち上がる。残りの面々が本格的な調理を始める前に、彼はテントに潜んで射撃体勢に入ることになっていた。射撃開始のタイミングは、協議の結果、彼に一任されている。
「後で差し入れもっていきますから」
 朗らかに笑った有希に手をあげてから、ソードはテントへと向かった。

「カマイタチか。どんなキメラなんですかね?」
 小動物好きゆえに、それも気になると言う鴉。優は青年を一瞥すると森へと視線を戻した。
「森林を焼け野原にはできませんね。本当の小動物達を守る為にも」
 彼女とて動物達には気を配っている。が、バグアを憎むに十分な理由のある優にとって、どのような外見をしていようともキメラはキメラだ。無論、鴉もそれは十分に理解している。
「そう作られるのも、悲劇ですよね」
 ポツリと漏らした有希の声に、優がちらりと視線を向けた。いや、有希の言葉に反応した訳ではないようだ。
「来ましたね」
 小さく呟く優。覚醒しても外見に目立った変化の無い優は、少し前から覚醒を行っていた。それが故の、先手。保護色で見えにくいが、胴の長さは1m弱と言った所か。報告どおりなら尾は10m近くまで伸びるはずだ。彼女の静かな警告を耳にしたシャロンがソードへと連絡を入れる。相手の警戒心を甘く見てはいないゴールドラッシュは、極力そちらに目を向けずに知らん振りを通していた。

●バトルはオードブル
 森の端近く、下生えの中から様子を伺うキメラは注意深かった。優がその姿に気付いてからも、10分ほどはじっと観察に止めている。恐らくは、すぐに逃げられるような態勢だったのだろう。
「‥‥っ」
 動きは一瞬だった。物凄い速さで中央分離帯に生えた茂みへと移動し、再びその場で様子を窺うキメラ。いや、今度はじわじわと間を詰めはじめている。傭兵達はその動きを察知しつつも、気付かぬ素振りを見せていた。ただ、自分の得物の周囲からは動かない。鴉の頬を汗が伝うのは、緊張ゆえかそれとも昼の日差しゆえか。

「小動物に使うのは気が引けるんですがね‥‥」
 戦車の装甲板すら貫く対物ライフルをテントに据付けたソードが呟く。照準は、しばらく前からキメラを捕らえていた。後は、可能な限り引き付けてから攻撃に入るのみ。と、スコープの向こうのキメラが立ち止まった。ピクリと動かした耳がこれまでと違う方角を向く。
「気付かれた、かな?」
 自問の答えを出すよりも早く、ソードは引き金を絞っていた。反動と共に薬莢が撥ねる。すぐに照準を戻してもう1射。2発のうちどちらが当たったのかは定かではないが、キメラの胴部にべっとりと赤い塗料が付着していた。

 銃声と共に、能力者達は動き出す。まずは、釣竿ケースやボックスの中から武器を、そしてお盆や皿に紛れていた盾を。
「フィオナとはお揃いね、お先に!」
 同じくイアリスとバックラー装備のフィオナに声をかけてから、シャロンが敵へ向き直る。熟練の傭兵は出足が早い。
「まずは退路を塞ぎましょう、鴉さん」
「了解」
 既に敵への間を詰めていた硯と、同じくグラップラーの鴉が瞬天速で敵の裏側へ回る。突然の奇襲攻撃に混乱しつつも、キメラは鞭のような尻尾で2人を迎え撃った。
「うぉっ!」
 キメラ本体とは別の生き物のように縦横無尽に振るわれる尾の速さは、鴉の予想を超えていた。回避は間に合わずに手傷が増えていく。相当に身の軽い硯ですら、全てを避け切れてはいない。しかし、彼らが傷だらけで稼いだ一瞬の間に、残りの仲間達は身支度を終えていた。
『キィッ!』
 2人が最初の攻撃で倒れなかったのが予想外だったのだろう。慌てて逃げに転じようとするキメラ。速さに優れた2人が牽制の銃撃を織り交ぜ、巧みに進路を塞ぐ。ペイント弾が更にしぶき、キメラの体表を赤く彩った。
「随分見えやすくなったわね!」
 だが、キメラの生来の素早さだけをとっても相当のものだ。斬り付けたシャロンのイアリスは虚しく空を裂く。だが、そこまでが彼女の予想通りだった。
「速い! ‥‥けど隙のなかわけじゃなかね!」
 一瞬動きが止まった隙に有希が踏み込む。突きこまれた2本目のイアリスを飛び退って避けた所で、優の月詠が閃いた。
「‥‥浅い、ですね」
 体勢は十分だったが、全力で振り回せば仲間へ斬り付ける事になる。まずは逃がさぬ事を第一に狙っていた傭兵達は、かなり狭い範囲に殺到していた。せいぜい3m以内の近接距離にひしめく傭兵達の姿に、キメラが身を僅かにたわめる。
「森の為にも、逃がしはしないよ!」
 頭上を跳躍して飛び越えようとしたキメラの挙動は、フィオナに見切られていた。小柄な少女が伸び上がるようにして掲げたバックラーに正面衝突しかけたキメラが驚いたようにそれを蹴り、再び傭兵達の重包囲下へと。腹立ち紛れに振り回した尾は、周囲の傭兵達をズタズタに切り裂いた。
「これじゃお互いが邪魔ね‥‥。引かせてもらう」
 ソニックブームという手札を用意していたゴールドラッシュが身を引く。敵の攻撃をしばし受け止めていた鴉も、第2線を形成する側に加わった。敵にとって絶好の機会を遮ったフィオナもそのままの位置をキープ。
「硯、まだ平気?」
「これくらいなら、まだ」
 答える少年には、強がりではなくまだまだ余裕が有るようだった。傭兵達の中で、敵の攻撃に身ごなしが追いついているのは彼くらいであろうか。
「長期戦は面倒です。攻めましょう」
 冷静に敵の動きを見ていた優の提案に、傭兵達も頷いた。仲間を庇うように立ち回り、尾の斬撃の過半を刀で弾いていた優、それに盾で身を庇っていたシャロンも細かい傷を多数受けている。小柄なキメラの手数は尋常でない上に、複数を同時に切り裂いて行くのが厄介だ。
「あの尾と動きを止めないと、決め手にならないわね‥‥」
 だが、シャロンが狙っていたように剣で制圧するにはあの尾の長さ、何よりも速度がうっとおしい。
「今度はうちが隙を作るけん。続いてや!」
 有希が振り回した刀は、キメラの速度には追いつかない。
「流石に強い! けど仲間のおるけん、うちらは!」
 うっとおしそうに繰り出された尾は、彼を捉える軌跡を描く。その軌道はまさに予想通り。割って入ったシャロンがバックラーで弾き、イアリスを絡める。サイズからは意外なほどの力ですぐに引き離されたが、その一瞬、本体は地面に四肢を踏ん張らなければならない。
「足が止まった!」
 低い位置から、硯の蛍火が細長いキメラを打ち上げる。宙に浮いた所へ、今度は存分に振るわれた優の一撃。
『グギイッ』
 初めて入ったクリーンヒットに、キメラが苦しげな声を上げる。そこへ、鴉が再び間合いを詰め、強く上へと薙ぎ上げた。更に高く飛ばされたキメラが尻尾を振り回して何とか降りようとするが、物理法則は無情だ。
「やっぱり、体力は大して無いようね」
 宙に浮き、射線が通った敵へとゴールドラッシュのソニックブームが飛ぶ。反対側からは、ソードの対物ライフルが撃ちこまれた。続いて剣が、刀が。地に足さえついていれば回避できたであろう攻撃がキメラを裂き、貫く。跳ね回っていた尾が急に力を失った。

●ゴールドラッシュ先生の次回の金策にご期待下さい。
 実際の戦いに要したのは僅かな時間だったが、敵が本格的に動き出すまでの待機や終わってからの後始末を含めば、それなりに時が流れていた。
「さって、無事済んだんだから後は存分に楽しもう」
 そんなフィオナの声と共に、事後処理という名のバーベキュー大会が再開される。
「うん、美味しいです」
 有希のジェノベーゼソースは香りだけでなく味の方も満点だった。こってりしたのがダメな向きには、香草と塩だけで蒸し焼きにした魚の切り身。トウモロコシのバター焼きの香ばしい匂いも食欲を刺激する。
「成長期のはずなのに、身長が伸びないんですよ‥‥。あと10cmくらい欲しいのに」
 少々のお焦げも何のその、肉類主体で詰め込んでいく硯の視線の先には、少年より少しばかり背の高い女性の姿があった。
「成長期って何歳までなんでしたっけね」
 硯同様に小柄なソードの年齢は20歳と、そろそろ微妙なお年頃ではある。スナイパーとしては、小柄な方が都合がいい事も多いのだろうが、それはそれだ。
「野菜もバランスよく食べないと駄目よ」
 などと硯に言うゴールドラッシュだが、自分の食べるのは肉が4割魚が4割。残りが野菜、という偏食振りである。それも、ホタテのバター焼きのように微妙に原価の高そうなものから狙っているようだ。気のせいかもしれないが。
「分かった。バランスよく、だね」
 元気に頷くフィオナの場合、バランスは甘いものとそれ以外で取っているようだった。手作りのトルテは周囲に振舞われてもいるが、本人消費が一番多い。
「さて、これからが本番よ」
 食事も後半に入って、ゴールドラッシュが立ち上がる。その手には持参した虫取り網。目は爛々と森を見つめている。
「ど、どちらへ?」
 聞いた硯を見下ろしつつ、彼女は遠大な野望を語りだした。この時期の森にはクワガタがいる。それを捕まえてラストホープの子供たちに売りつけるのだ、と。確かに、ヨーロッパミヤマと言えば見事な角で昆虫好きの子供達の人気の的だ。‥‥天然記念物クラスのレア物だが。彼女を見送った優の視線が、やや翳る。
「‥‥大丈夫ならば良いのですが」
 彼女が気にしていたのは、キメラに荒らされた森の生態だった。匂いにつられてくる野生動物の姿はまだ無い。警戒しているだけならば良いが、と森へ向けていた目を、鴉に戻した優が尋ねる。
「鴉さんは、大丈夫ですか?」
「‥‥暑い」
 暑さにぐったりした鴉が天を仰ぐ。この時期、天気は快晴。イタリア北部の気温は実に30度に達する日もあった。ありていに言えば、クワガタが見かけられる時期は外れている。
「さぁ。クワガタはどこかしら‥‥」
 森の中をゆくゴールドラッシュの戦いは、始まったばかりだった。