タイトル:アーネストとTシステムマスター:紀藤トキ

シナリオ形態: ショート
難易度: 普通
参加人数: 10 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2008/07/25 04:54

●オープニング本文


「簡単な事でしょう? そこのT−65BモドキにTをインストールするだけなんですから」
 電話を片手に、ソーニャは目尻を釣り上げていた。電話口の向こうの青年がこれまで約束を破る事が無かっただけに、安心していたのだが、予定期日を2週間も過ぎて音沙汰が無いとあれば怒りたくもなる。
『すみません、それはとても申し訳なかったと思ってます』
 すまなそうに、アーネストは電話口の向こうで謝罪の言葉を繰り返す。恐らく、頭も下げているのだろう。プチノフの一研究員と欧州の企業社長の会話ではなく、ノリとしては大学院の先輩後輩のままの会話であった。
「‥‥本社はAKに予算執行するから帰ってこなくていいとか言うし。『太平洋でバカンスしてきたまえ、ハッハッハ』とかふざけるんじゃないってものですわ」
『そ、それは僕に言われましても‥‥』
 弱々しい抗議は柳に風と受け流される。
「と・に・か・く! 今必要なのは実績です。現状でテスト機が1揃いあるのですからまずは実データのシミュレートでデータを蓄積する必要があります」
 バンバン、と机を叩いているのは単なる景気付けだろうか。あるいは上司の頭辺りに見立てている可能性も否定できない。
「パイロットと子機用のKVはこちらで手配しますから、あなたはそこで埃かぶってる梟を使えるようにして頂戴。いいですわね?」
 言い放ってから、相手の返事も聞かずに通話を切るソーニャ女史。実は追い込まれ、劣勢になった方が燃えるタイプなのやも知れなかった。

「やれやれ、僕1人でも、もう少し何とかなると思っていたんだけど」
 受話器を置いて、アーネストがため息をつく。会合などで出社している時はいざ知らず、ひとたび研究室に篭ると今日が何日目かすら分からなくなるタイプの青年にとって、身近でサポートしていた執事、ハミルの死は痛手だった。
「って、思い出すたびに沈んでちゃ駄目だよな。ハミル」
 そんな事を宙に呟く辺り、精神的なダメージは言うに及ばずだ。とりあえず、気分転換に部屋を出ると、外で待っていたメイドが頭を下げる。
「今日は何日目だったっけ?」
「研究室に篭ってから8日目です」
 研究所つきのメイドにしろ、機械にしろちゃんと答えてはくれるのだ。スイッチの入ってしまった彼は周囲を完全に無視して研究を続行するだけで。
「殴ってでも正気に戻してくれ、と言ってもそうはいかないんだろうし。困ったな‥‥」
 遠慮も会釈も無い人間といえば、いっそソーニャを引き抜こうか。そんな事を考えてから、青年は誰もいない場所で頭を振った。それは間違いなく最終手段だ。
「‥‥多分、傭兵さん達が来てくれるんだろうし。これも相談しよう」
 そうだそうだ、それがいい。思いつきに納得すると、アーネストはそれを頭の隅へ押しやった。とりあえず、色々と考えねばならない事があるのだ。オデットの制御プログラム、クルメタルのプロジェクトへのモルゲンの出資比率見直し、それに‥‥。
「先輩の頼み事、か。今度は忘れないようにしないとなぁ‥‥」


 その数時間後、ラストホープの本部掲示板に、新たな依頼が現われた。

【Tシステムの実機テストパイロット募集。KVも持参の事:ソーニャ・アントノワ】
 開発中のウーフーにシステム母機を、残り7機のKVには子機を積み込み8機で1チームを構成。実機をシミュレータに接続し、用意した敵と交戦、データ収集。模擬戦闘は2度を予定しています。

微チューンされたウーフー(1)
 G−01ホーミングミサイルと高分子レーザーを装備しています。AKシステムはオミットされ、代わりにTシステム母機が組み込まれています。

改良型Tシステム概要
 コンセプト
 親機、及びデータリンクされた子機間で照準機能を共有する。空戦時専用。
 攻撃の際は『目標機への距離が一番少ない味方機』を基準に敵機までの距離による減算修正を算出する。
※ 親機は行動1を消費する事でリンクに参加する子機を任意に切り替えることができる。
※ 同一ターン内、同一目標への攻撃時に限り、機体の命中を『+10×その機までに攻撃に参加した機数』向上。
(※部分が前回の依頼による改善点です)

  親機 重量80 命中・回避−40 周囲3スクエアで事前ナンバリングされた4機の子機と同調、データリンクを構成。
  子機 重量30 命中−20    自機から2スクエア以内にいる機体にデータリンク範囲の延長可能。

●参加者一覧

大泰司 慈海(ga0173
47歳・♂・ER
シャロン・エイヴァリー(ga1843
23歳・♀・AA
嶋田 啓吾(ga4282
37歳・♂・ST
藤宮紅緒(ga5157
21歳・♀・EL
空閑 ハバキ(ga5172
25歳・♂・HA
ルナフィリア・天剣(ga8313
14歳・♀・HD
エレノア・ハーベスト(ga8856
19歳・♀・DF
狭間 久志(ga9021
31歳・♂・PN
音影 一葉(ga9077
18歳・♀・ER
ラウラ・ブレイク(gb1395
20歳・♀・DF

●リプレイ本文

●研究所、再び
 地中海に程近い研究所。大泰司 慈海(ga0173)や空閑 ハバキ(ga5172)に苦い思いを残したあの日とは多少様相が変わっていた。滑走路隅にあるテストカラーのウーフーはそのままだが、オデット関係の機材がごっそりとなくなっている。前は6機で一杯だった駐機スペースは、10機のKVを迎えてなお、余裕がある状態だった。
「やぁ、いらっしゃい」
 相変わらずの白衣に長髪、度の強そうな眼鏡。一同を笑顔で迎えたアーネストの表情は、以前と変わらないように見えた。少なくとも表面上は。
「よく来てくれました。助かりますわ」
 研究所の主と同様の白衣姿でソーニャが手をあげた。早速、傭兵達のKVへケーブルを繋ぎ始める彼女に、アーネストが慌てて手を貸しに走る。
「俺も手伝おうかな? その方が早いだろうし、面白そうだしね」
「あ、私も手伝います」
 サイエンティストの慈海と音影 一葉(ga9077)が2人の元へと向かった。慈海がアーネスト、一葉がソーニャの補助につく形だ。
「何をしたらいいですか?」
 問い掛ける一葉に、ソーニャは顔も上げぬままてきぱきと指示を出す。問い返しもせず、さっと作業にかかる少女の姿をチラ見して、ソーニャは合点の言ったように頷いた。
「あなた、音影さんね。先の報告、興味深かったわ」
「はい。‥‥ありがとうございます。短い期間で大分実用的になったみたいですし、楽しみですね」
 そんな短い会話の向こう側で、慈海とアーネストも作業にかかる。てきぱきと、という感じが女性陣より少ないのは、能力ではなく個性の点に依るところが大きいだろう。
「すみません、準備まで手伝わせちゃって」
 苦笑する青年へ、慈海はにこにこと笑みを返す。

「うーん、アーネストの手伝いはしたいけど、俺じゃ邪魔になるだろうし‥‥」
 しょんぼりと肩を落とすハバキ。アーネストから大事な相手を失わせたことに責任を感じていた彼は、アーネストの力になる機会とあってできる限りの下準備をしていた。しかし、分厚い報告書を読んだところで門外漢には分からない物は分からないのだ。
「出来る事はいくらでもありそうに思うがね。とりあえず、私はアレの様子を見る」
 彼の様子を横目に、ルナフィリア・天剣(ga8313)はウーフーへと足を向けた。ある意味、今日のテストの主役になる機体だ。準備ができるまで、実機の様子を見ておこうという事だろう。
「皆様はこちらへどうぞ。ごゆっくりくつろいで下さい」
 残りの面々は、事務的な風情のメイドがハンガー脇の待機所へと促した。その様子に、エレノア・ハーベスト(ga8856)は何故か京都の匂いを感じる。
「‥‥うちら、あまり歓迎されてないんやろか」
「僕とハヤブサでどこまでやれるかな‥‥。楽しみだね」
 エレノアの小声は耳に入らなかった様子の狭間 久志(ga9021)。模擬と言えど彼の意気込みは本物だ。
「シミュレーションとはいえ、テストパイロットなんて滅多に経験できないわよね」
 淡々とした口調の中にも静かな熱意を込めてラウラ・ブレイク(gb1395)も頷く。
「さやね。折角の機会、いい結果を残したいものやわ」
 仕草はあくまでたおやかに、エレノアも同意した。どことなくちぐはぐな印象を受けるのは、身に付いた上品さとは裏腹な服装のせいだろう。
「そ、そうですね‥‥。頑張り、ます」
 見るからに緊張しきった様子の藤宮紅緒(ga5157)の手にしたメモは、汗でじっとり濡れていた。今日の模擬戦での自分の動きや作戦を、ぎりぎりまで確認していたらしい。
「そんなに緊張しないでもいいわよ。今日は勝ち負けよりもシステムの有効性を確認する事が重要なんだから。でしょ?」
 そんな言葉を投げるシャロン・エイヴァリー(ga1843)。
「ええ、製品化するには実用性が問題なんですよ」
 使い方も使う相手も選ぶような物を作る辺りが先輩らしい、などとアーネストは笑う。ソーニャとアーネストは、電子工学系の研究機関で一時期共に過ごした事があるのだそうだ。
「まともに飛ばすのも難しいおもちゃを作ってるアーネスト君には言われたくないわね」
 作業の片手間にそんな事を言ってよこすソーニャを見ながら、ハバキは彼女がアーネストの補佐に着くのは悪くないな、などと思っていた。立場を超えて、アーネストに遠慮なく意見を投げれる存在と言うのは貴重なはずだ。

●テスト開始
「皆さん、シミュレータの調子は良いかしら?」
 ソーニャの声が機内に響く。機体の反応も、コクピット周囲に映し出される仮初の空も、まるで本物のような感触だった。
「おお‥‥シミュレーションって、こんなにリアルなんですね‥‥」
 思わず感嘆の声を漏らす紅緒。
「実機の開発用ですから、訓練用シミュレータよりは本物っぽいでしょう?」
 少し得意げにアーネストが言う。っぽいも何も、傭兵達が乗っているのは彼らの愛機なのだから当然だ。
「さて、では一つ目の試験に入りますわよ」
 操作を担当するソーニャが、敵機のデータを表示させていく。中型ワームが1、その周囲に小型ワームが3という編成のようだ。傭兵の機体が新旧入り混じった編成であるのを考慮して、敵機もそこまで強力にチューンされたものではない。
「よし、行くぞ。データリンク‥‥開始だ」
 ルナの声と共に、部隊主力の4機へとTシステムの網が張られていく。久志のハヤブサと一葉のディスタン、紅緒のワイバーンとシャロンのナイチンゲール改がリンク対象だ。ハバキのK−111改とエレノアのS−01、ラウラのR−01はルナのウーフーの直衛として動く事になっていた。
「ターコイズシステム、名前の通り私達の守護石になってくれるといいわね」
 ラウラが呟き、近づいてきた小型ワームを牽制するようにガトリング砲で弾幕を張る。前に出ていた主力隊に中型と小型2機が回っていた為、彼女達が相手にするのは小型1機だ。

「‥‥」
 やや離れて、実験を見守るアーネストと慈海にメイドがコーヒーをサーブしていく。慈海に対しては礼儀正しいがどこかよそよそしい。
「アーネスト君、無理してないかな?」
「‥‥そう、見えますか? やっぱり」
 そっとかけられた声に、青年は頬を掻いた。子供の頃から見知っていた顔がいない、という喪失感は大きいのだろう。慈海はアーネストに穏やかな表情を向けて、言葉を続ける。
「忘れようとしなくても、いいんだよ。っていうか忘れられないよね」
 笑顔や、自分を呼ぶ声、それに共に過ごした思い出。もう会えないなんて信じられないよね、と静かに言う慈海に、アーネストは小さく頷いた。
「そうですね‥‥。まだ、どこかで僕を見てくれているような。そんな気がしてしまうんです。情けないですけど」
「そんな事ないよ。もっと思い出して、悲しい時は我慢せずに‥‥」
 思いっきり泣いていい。そう言う慈海の言葉を、アーネストは寂しさの篭った微笑で聞く。
「落ち込んで、泣き疲れるまで泣いたら‥‥、後は時が解決してくれるよ。そうやって立ち直らないとね」
「そう、ですよね。いつまでもこれじゃいけない、とはわかってるんです」
 今度、思い切り泣く事にします、と告げた青年の横顔を、慈海はその名の通りに慈愛の篭った目で見つめていた。

「‥‥なるほど」
 戦況を見守っていたソーニャの表情は、浮かないものだった。戦闘自体は危なげなく進んでいるのだが、それはTシステムの力というよりは各機の個体戦力によるものだ。
「相手の回避がこちらの命中より高い状況でもない限り、枷にしかなりませんか」
 少なくとも、旧式のワーム相手であれば現行新鋭機の火器管制システムが追い切れなくなる事はない。むしろ、ウーフーの直衛に戦力を割いた分だけ編成上の柔軟さが消えてしまうという欠点が際立つ結果となった形だ。

●ファームライド!
「では、後半戦に入りましょう。搭載兵器は無誘導のロケットとソードウイング。マルチロックミサイルと光学迷彩はカットしておきますわ」
 事前説明の間に、ラウラが提案したファームライドの機能制限は、妥当なものとしてソーニャの同意を得られていた。今回のテストの意図からして、広域殲滅兵器やら光学迷彩への対策を練るのが主眼ではない。
「それじゃあ、行って来るね」
 アーネストへそう告げて自機へ向かった慈海と入れ替わりにエレノアが見守る側に加わる。システム自体の評価レポートの作成を考えていた彼女は、外から全体を見る機会にも積極的だった。

「シミュレーションとはいえFR相手‥‥どこまでやれるかな‥‥」
 先と違い、呟く久志のレーダー上に出現した敵影は僅かに1。だが、その威圧感は先刻の比ではない。
「打ち合わせ通り、落ち着いていきましょう」
 ラウラの落ち着いた声。
『では、始めますわね』
 ソーニャの声と共に、画面上のブリップが急速に移動を始める。縦にやや長い傭兵達の編成の正面を撃つように。
「‥‥敵が実弾兵器のみとわかっていれば‥‥」
 微かな笑みを浮かべながら一葉機がその進路を塞ぐ。ロケットの着弾、そして剣翼が一葉のコクピットを警告灯で赤く染めたが、強化されたディスタンの装甲は、FRの攻撃にも耐え切った。
「カウント‥‥!」
 彼女の指示で、慈海、ラウラ、ハバキが連続攻撃をかける。ブーストを織り交ぜ、敵のお株を奪うような短期決戦シフトだ。異様な機動で全てをかわしていくFR。その回避データがルナ機に蓄積されていく。四番目に一葉機が撃ち込んだレーザーも命中を見込んだものではない。
「‥‥切り替えるぞ、備えろ」
 言葉少なく言いながら、ルナの細い指がコンソール上で踊る。
「行くよ!」
 殺人的な軌道を描き、久志のハヤブサが敵を回りこむ。レーザーの発射音が2度。
「‥‥あ、1つあたったんやない?」
 エレノアの声に、ソーニャが無言で頷く。偶然か、あるいはデータ上のFRの機動に追いつきかけているのか。
「お願いします‥‥、当たって‥‥ください‥‥!」
 急加速で紅緒機がFRの上を取る。集積砲の照準がFRを捉えた。1撃や2撃で落ちる敵ではない、が。
「次は私ね。Here we go!」
 シャロン機が紅緒機に続き、英国お家芸の二段ブーストを披露しながら突っ込む。急旋回で逃れようとするFRを、レーザーの光条が正確に追尾した。2発、命中。だが‥‥。
「‥‥ここまで、ですわね」
 画面上のFRが赤く光芒を放つ。物理法則を無視した機動で前線を突破し‥‥、直後にルナのウーフーが画面上から消えた。

「コレでお役に立ったならいいんですけどね‥‥いいデータ取れました?」
 首を捻りつつ、降りてくる久志。迎えるソーニャは満足げだった。
「もう少し防御性能の高い機体に載せれないのか」
 ルナの苦情に、ソーニャは頷く。
「Tの強みは、機体に依存しない所です。今日の結果を見ていると電子支援機に積むのは却ってまずいかもしれませんね」
 いっそAKデータリンクとシステム的に共通させてしまえば、というエレノアの提案は難しいようだった。フェーズドアレイレーダーと言うハードに依存するAKとTでは思想が違うのだとソーニャは言う。同様の理由で、自動操縦のKVと言う物ができたとしてもそれと組み合わせるのは難しい、とも。
「複雑な操作に対応しない事でアクセサイズにまとめていますから。体当たり兵器の最終誘導には使えるかもしれません」
 とはいえ、子機の価格を考えると厳しい、とソーニャは苦笑する。
「空戦特化ならば、いっそ連続攻撃に特化した方がよいかもしれませんね」
 一葉の発言には、ソーニャは苦い顔をしつつも頷いた。機材開発は結果が全てだ。今日の結果を見れば、後半の攻撃は近接が主である。長射程武器のラインナップに決定力が欠け気味である現状では、距離による命中逓減の打ち消しには意味が無いのやも知れない。
「‥‥柔軟に、対応させていただきますわ」
 とりあえず、通常機動ですら一般機で捉えるのが困難だったFRに、追いつく可能性は見えたのだ。データ上の物であれ、有意義な試験だった、と彼女は言った。

●おまけ?
「時間管理、ねぇ‥‥」
 明かりの入る天窓をつけたらどうか、というシャロンや消灯時間を作ればいい、というラウラの提案には青年は首を振る。似たような事は試したのだが、研究没頭中は無意識にその辺りを処理してしまうらしい。
「いっそ、タイマーでパンチを喰らわす目覚ましもどきでも作るか」
 それくらいの工作ならお手の物だ、というルナ。
「だからさっさとあのX翼‥‥じゃなかったウーフーを出せ」
「や、それとこれとは。そもそもうちの製品じゃないし」
 ずり落ちた眼鏡を指で押さえながら青年は弱々しく抗弁する。
「今居るメイドはんに、ハミルはんと同じ権限を与えてサポートしてもらうのはどうやろか」
 エレノアの提案で話題に上がったメイドが慌てたように首を振った。
「もしくは伴侶を得るとかやねぇ。シッカリ者の奥さんが出来れば人生も華やぐし! お見合いしたらええんよ」
 冗談めかして言うエレノア。どんな相手がいいのか、本人そっちのけで話に花が咲く。
「えと‥‥遠慮なく生活リズムを正してくれる人が側に居てくれると‥‥良いのではと‥‥」
 紅緒の呟き、特に『遠慮なく』のあたりで一同の視線がソーニャへと向いた。
「‥‥なるほど、悪くないわね」
「え。ええ!?」
 あっさりと言うソーニャにアーネストが悲鳴を上げる。
「あなたは資金と人脈。私は企画と管理。開発は両方。損はない役割分担でしてよ」
「確かに、ソーニャの秘書は悪くない、かも」
 ただ、たまに聞き役にも回ってやって欲しい、というハバキにソーニャは肩をすくめた。
「保証はしかねますけれど。役に立たないようでは困りますからその程度のケアはいたしますわ」
 そんな会話をにこやかに聞いていた慈海の表情が少し強張る。どこからか感じた一瞬の敵意。殺気とも見まがうそれは、慈海が気付いたと同時に一瞬で霧散した。

「ここはアーネストの戦場、でしょ」
 真面目な表情になったシャロンが、別れ際に青年へと言う。青年が戦いの場に背を向ける間にも、戦っている者が居る、と。すぐにでなくとも構わないが、なるべく早く戦いに戻って欲しい、と告げたシャロンの言葉に青年は小さく頷いた。
「話をしよう。メールでも、電話でもいいからさ」
 青年を気にかけているのはそう言うハバキだけではない。自分で不足な時は此処に居る皆、今日は来れなかった子もいる。
「いつでも、呼んでくれればかけつけるよ」
「‥‥ありがとう、空閑さん」
 他の面々にも、1人づつ頭を下げていく青年。
「また呼んでくださいね。いつでも協力します」
 ラウラの声は、彼だけでなくソーニャにも向いていた。
「そうね。いずれまた、お願いする事もあると思うわ」
 そんな言葉を背に、一同はアーネストの研究所を後にする。訪れた時には高かった太陽が、今は西の空を真っ赤に染めていた。