●リプレイ本文
●ただいまイベント準備中!
「目指すは売り上げナンバーワン、伝説を立てるわよっ」
シャロン・エイヴァリー(
ga1843)の威勢のいい掛け声に、屋台各所から声が返る。
「看板、ここでいいか?」
天幕の柱に『出張CAFE:UVA+四葉亭』の看板を据えつけた煉威(
ga7589)。道端に設置されたテーブルを飾り付けていたシエラ・フルフレンド(
ga5622)が振り向いた。
「矢印、逆向きなのですよっ」
「あ、やべっ」
慌てて直した矢印の根元には、『ジャンヌさん演説会場はこちら』と書かれている。夕刻に予定された演説は、屋台脇のオープンスペースを利用する事になっていた。
「通行の邪魔にならないように配置しないと」
鏑木 硯(
ga0280)達男性がテーブル位置を調整し、女性陣がクロスを掛けたり見栄えを良くしていく。
「皆様、今日はありがとうございます」
本日の依頼主のエレンは背筋をびしっと伸ばした姿勢で、準備作業にいそしむ傭兵へ上品に挨拶していた。斜め後ろで清楚に微笑むハンナ・ルーベンス(
ga5138)とお揃いの服装‥‥、というかサイズがほぼ同じだったハンナの修道服をエレンが借りている。一部ぶかぶかなのはこの際触れてはならない秘密だ。そんなエレンの今日の役回りは偽ジャンヌ。
「‥‥長い道のりでした」
ここまで作法や振る舞いを仕込む、もとい手ほどきするまでの事を思い、ハンナの笑みが深くなる。
(偽ジャンヌねぇ‥‥前回といい、エレンって面白いやつなんだな)
自作のクッキーを並べながら、緋沼 京夜(
ga6138)が苦笑した。彼の横で、水回りの準備をしていたラシード・アル・ラハル(
ga6190)が大きく手を振る。
「あ‥‥エレン。今日は、よろしく、ね。‥‥今日は、軍服じゃないんだね」
似合わぬ微笑を浮かべたまま、ぎぎぎっと首を回すエレン。屋台準備中の面々の中から失笑が漏れる。
「‥‥ん? どうしたの? エレン」
「わー、違うって! どっから見てもジャンヌだろ! 年齢離れ過ぎとか、聖女っぽさゼロでも、ジャンヌったらジャンヌなんだよ」 京夜のフォローに、何とか堪えていた一同も噴きだした。
「もう‥‥! そこまで笑わなくてもいいじゃない!?」
等と言ったエレンにハンナが静かな微笑みを向ける。何かのスイッチが再び入った。
「‥‥聖女として私が至らないばかりに、皆様には御心痛をおかけしています」
ダメだこいつ‥‥はやくなんとかしないと。
「ジャンヌさんが来れなかったのはとても残念です‥‥」
炊飯器の御飯をかき混ぜながら、ルクレツィア(
ga9000)が呟く。ハンナも深く頷いた。欧州の聖女と言われる少女との邂逅を心待ちにしていた点では、彼女は人後に落ちない。その落胆のエネルギーは捌け口を求めて静かな微笑の裏側で渦を巻いている、かもしれなかった。
「午後の演説要旨はこのような物でいかがでしょうか」
そんなハンナに、自作の案内チラシを抱えた犬の着ぐるみがぬっとメモを差し出してくる。
「ああ、失礼。私です」
かぽっと外した着ぐるみ頭部の下にはアルヴァイム(
ga5051)の黒子姿があった。最近のジャンヌの言動などを収集し、骨子を数パターン挙げてきたのだと言う。
「ありがとうございます」
今のエレンはただの偽聖女。しかし、そこにジャンヌ本人の癖などを取り込めばより完成度が上がる、‥‥かもしれなかった。
「少しよろしいですか、ジャンヌ様」
エレンを手招きするハンナ。飽くなき追求は更に続く。
●チャリティイベント始まるよっ
「はい、しろくまです。冷たいから気をつけて」
硯の言葉に頷き、リュス・リクス・リニク(
ga6209)は両手でカップを受け取った。
「急に食べるとキーンッてなるわよ?」
リーゼロッテ・御剣(
ga5669)の助言も一瞬遅く。早速パクッと口に入れたリニクは、肩をすぼめて声にならない悲鳴をあげていた。が、嬉しそうな所を見るとダメージよりも美味しさの方が勝っていたらしい。
「いらっしゃいませ、リーゼちゃん。メニューはこちらになります♪」
和洋中のお勧めメニューもある、とラピス・ヴェーラ(
ga8928)が説明しかけた所で、リーゼはにっこりとその言葉を遮った。
「せっかくだから、お勧めを全部頂くわ」
宇宙飛行士を夢見るリーゼの脳裏からは、既にウエイトコントロールなどと言う単語は抜け落ちている。
「飲み物はどちらになさいますか〜っ?」
「私は紅茶‥‥と、リニクには水出し玉露をお願いね」
テーブルで待つことしばし、練りきりとレアチーズケーキ、胡麻団子とお茶を載せたトレイを煉威が運んできた。キラキラした目でそれを見つめていたリーゼが、不意に周囲を伺う。
「‥‥だれかがあたしを見てる気がしたけど‥‥気のせいかな♪」
その声に、リニクの目も鋭さを増した。少女が今日この場にいるのはリーゼと楽しく休日を過ごすためだけではない。彼女を狙う影から大事な姉を守る為だった。
「‥‥お姉さま‥‥いつ見ても幸せそう‥‥」
そんな2人を見つめ、切なそうに呟いたエミリア・リーベル(
ga7258)。居場所は芝生のベンチだった。リーゼの双子の妹だという彼女は、会う事も無かった姉へ愛憎入り乱れる感情を抱いている。
「ほんとに羨ましい‥‥」
その思いはリーゼの義妹、リニクの楽しそうな笑顔にも向けられていた。
「誘ってくれてありがとう。自由時間って言っても知り合いもいないし‥‥、どうしようか困ってたの」
そう笑う加奈へ、セシリア・ディールス(
ga0475)が頷く。セシリアにしてみれば忙しさに断られると思った誘いだったが、加奈の返事は休憩時間まで待って欲しい、だった。
「では‥‥一緒に買い物、いかがでしょうか」
セシリアのその一言で、2人はフリーマーケットの一角に来ていた。
「お! 久し振りだぜ。覚えてる‥‥かな? また会えて、そして元気そうで嬉しいぜ」
ベーオウルフ(
ga3640)へとティーセットを手渡しながら、蓮沼千影(
ga4090)が笑いかける。
「あ、あの時の。北海道ではお世話になりました」
少し頬を染めながら、加奈は軽く会釈した。
「あ、よかったら無料クッキー召し上がれ!」
隣の喫茶店でも販売中、と付け足す辺りがさすがの商売人だ。他にも古着やアクセなどを流れるような口上で薦める千影につられるように、加奈はアクセ売り場の前でしゃがみこんだ。セシリアも落ち着いた銀のアクセを手にとっている。
「お揃いの物購入‥‥は、私なんかとお揃いでも仕方ないですね‥‥」
「え? 駄目ですか? これなんていいかなと思ったんだけどな」
女の子と買い物に来るのが久しぶりだから、と加奈が手に取っていたのはラシード製作のビーズのネックレスだった。赤と青の二種類を眺めてから、セシリアに青い方を差し出す。
「セシリアさんにはこっちがいいかな。透君、どう思う?」
近づいたはいいが声をかけるタイミングを計りかねていた鐘依 透(
ga6282)に、加奈がポンっと声を投げた。
「‥‥え、あ。似合う‥‥と思いますけど」
「よし、決まり。お兄さん、これ下さい」
シェスチ(
ga7729)が担当する射的場。そこは男達の戦場となっていた。
「がんばってね、お兄ちゃん」
にこにこと言う不知火真琴(
ga7201)に親指を立てると、アンドレアス・ラーセン(
ga6523)がライフルを構える。狙う先には『タンタンドゥー』と大書された巨大フリスビーなどの難敵もいたが、彼の狙いはそれではなかった。
「6つ全部当てたら‥‥、ぬいぐるみ、だよ」
「よし。サイエンティストの命中精度を甘く見んなよ!」
1つ、2つ、3つ。立て続けにマトリョーシカを倒すアス。しかし4つ目のコルクが命中する前に、横合いからの銃弾が的を倒していた。
「そう簡単にいいとこは見させないっ」
楽しそうに笑い、拳銃を構える空閑 ハバキ(
ga5172)。ちなみにハバキと真琴の本日のお財布は、たった今、華麗に邪魔をされたアスだ。
「残念、1つ外れだね」
淡々とシェスチが言う。
「お兄ちゃん、順番守ってねっ。次はボクの番だよ」
ぬいぐるみ獲得に執念を燃やす白虎(
ga9191)もまた、戦場に立つ漢の1人だった。銃を手に台に上る戦士の服装がネコミミメイドなのはこの際些細な問題だ。
「死ねっ☆」
命中数、1つ、2つ‥‥。
「あ!?」
熱意が空回りしているのはご愛嬌、といったところだろう。
「次は俺だな‥‥」
自然体で立つベーオウルフも狙いは皆中のみ。しかし、世間はそう甘くは無かった。
「よし、次は俺だな。ハバキは座っててくれ、頼むから」
再挑戦のアスにじと目で念を押され、コクコク頷くハバキ。しかし、世間は(略。
「次はボクだね!」
その日の射的の売上げの、かなりの割合を彼らが占めていたのは言うまでも無い。
●お昼時!
「この前はどうも、です。‥‥何か、お手伝いできることありますか?」
改めて挨拶する透に、加奈は首を振った。むしろ、今のままチラシを配ったり案内をしてくれるのがありがたいという。
「私も案内係だったんだけど、私たちだけじゃ手が回りきらないから。助かってます」
ぺこりと頭を下げる加奈。
「あ、その‥‥。ところてん、どうですか」
瞬きしてから、そんな返しをする透に、加奈はクスリと笑った。
「‥‥またお金、取って無いのですね。透さん、売上げ貢献ゼロ、ですか‥‥」
セシリアも透手製のところてんをつまみつつ、そんな事を言う。
「あ、セシーに透! お友達も一緒、かな。楽しんでる?」
3人に気がついたハバキが人波の向こうで手を振った。どうやら男達の戦いからは早々に脱落してのんびりしていたらしい
「よし、可愛いセシー達には何か奢っちゃおう!」
にこにこと言うハバキ。自分の物は全てアス持ちだが、セシリアや透の奢りは自分の財布から、というのが彼のポリシーのようだ。
「え、私もですか?」
「もちろんっ」
言われた加奈もいそいそとついていく。
「いらっしゃい。沖縄風の塩焼きソバどう? タコの入ってないたこ焼きもあるよ」
タコス焼き、なんだけどね、と種明かしをしながらも大泰司 慈海(
ga0173)は手を休めない。
「沖縄風? 食べた事無いから私はそれで!」
「タコの無い‥‥たこ焼き‥‥。焼き、ですか」
食べ物へのと言うよりは哲学的な興味が先に立つらしいセシリアと、透も同じものを注文した。
「繁盛してるみたいだねっ」
「お陰さまでねっ」
ハバキと慈海がにこっと視線を交わす。
「カ、カレーが切れそうだから行ってきます〜」
横を駆け抜ける佐伽羅 黎紀(
ga8601)を、慈海が手を振って見送った。現時刻までに黎紀が呼び戻された回数、実に4回。作り置けるカレーなら容易と思いきや、そんな事は無い。
「‥‥ん。これおかわり。あと3杯欲しい」
淡々と最上 憐 (
gb0002)が手を差し出す。彼女の中ではカレーは流し込むものだそうで、その小さな体のどこに入るのか分からない量が既に彼女1人の為に失われていた。
「おにぎりの分の御飯も‥‥回します」
ルクレツィアの声が聞こえたのか、憐は小さく首を振った。
「‥‥ん、大丈夫。ナンでも構わない。おにぎりも全部食べる」
ここもまた、戦場だった。
「ごきげんよう、皆様」
さわやかなエレンの挨拶が、澄みきった公園の空にこだまする。少し間違った方向に進化したエレンだが、その立ち居振る舞いは見事なものだった。人々に微笑を向けながら、エレンは公園の人ごみの中を歩いていく。ハンナの教育の成果もあり、普通の人には偽聖女だとはわからなかったかもしれない。が、幸か不幸かエレンの知人は意外と多かった。
「やっほ♪ エレ‥‥ゲフンゲフン‥‥ジャンヌ様♪ いつ見てもお美しいですわね…♪」
テーブルからリーゼが声をあげる。横で幸せそうに口を動かすリニクも小さく手を振った。
「憶えてますでしょうか‥‥透です」
声と共に、遠慮がちに何かを差し出す少年の姿。幸運を呼ぶと言う四つ葉のクローバーを栞にしたものだ。
「ジャンヌさんお綺麗ですね。ガンバ! ですよ」
礼を言うエレンを元気付けるように微笑して、透は再び友人達の待つ席へ。バレバレなのにあえてエレンの名を呼ばぬ少年の気遣いが胸に痛い。
「こんにちは、ジャン‥‥ヌ‥‥?」
振り向けば、エレンばかりかジャンヌとも面識のあるベーオウルフが微妙な表情で口ごもっていた。野心あふれる射的戦線で、彼も敗退してきたらしい。
「俺の知っているジャンヌとは別人だね。どちらかと言うとエレーナさんにそっくりです」
「な、なんで知り合いにばかり行き会うわけ‥‥」
100mも行かないうちに待機所に引き返したくなったエレンが振り向くと、そこにいた愛紗・ブランネル(
ga1001)がにこっと笑った。思わず釣られて笑顔を浮かべたエレンに、愛紗は手にしていたお気に入りのパンダぬい、はっちーを差し出す。
「あら、修道服を着ているのね? 可愛い」
笑みが深くなったエレンに、少女も輝くような笑顔を返した。
「それはともかく、チラシに書いてあった演説の方期待してますよ」
からかうように言ったベーオウルフの一言に、エレンの顔が少し暗くなる。ここまで会う人にことごとく突っ込まれるという事は、エレンの偽装はやはり身の丈にあっていなかったのだろう、と。
「それに、仕方が無いといっても騙すのってやっぱり気が進まないわよね」
ため息1つ。そんなエレンに青年が言葉を投げる。
「偽物と本物の違いってなんでしょうね」
「‥‥え?」
「平和を願う心が本物だったらそれが誰であっても、それを偽物とは言えないと思うんです」
頑張ってください、等と言った青年は、やや背筋の伸びたエレンを見送ってから苦笑する。その場しのぎの適当な彼の一言でやる気になってしまう程に、彼女は単純だった。
そうこうする間に、じわじわとフリーマーケットに訪れる客は増えていく。
「こんにちは。売れ行きはいかがですか?」
立ち寄ったジェイ・ガーランド(
ga9899)も、その1人だった。
「見てのとおり、大盛況だぜ!」
等と言いつつ古着やCDを薦める千影。できればティーセットが欲しいというジェイに、千影は額に手を当てて首を振った。
「う、さっき売れちまったんだよなぁ‥‥」
「お店で使っている物ですから、後で別なのをお持ちできるのですっ」
そんな所にシエラがドーナツ片手で、にゅっと顔を出す。どうやら、休憩で出歩いていたらしい。
「お、それでいいか?」
安くしておくから、と言う千影にジェイも頷く。
「丁度自宅に欲しいと思っていたところで御座いまして、良い買い物になりました」
余り表情には出ていないが、ほくほくとしているらしい。
「蓮沼ちゃんの粘土細工頂けますかしら?」
「はい毎度! 可愛い子にはサービスしちゃうよ?」
応対中に掛かったラピスの声に、さっと手伝いに入った慈海が笑顔で応対する。
「お、そのまましばらく代わってくれないかな。お昼食べる暇もなくって困ってたんだ」
慈海に千影が懐っこい笑みを向けた。そんな笑顔に抗せるわけもなく。
「‥‥黎紀ちゃん、ごめん。後は任せた」
「私一人では〜」
焼きソバ担当の黎紀はちらりと横を見た。男性恐怖症の従姉妹の怯えたような瞳が目に入る。
「女の子相手の接客なら、大丈夫よね?」
これも修行、などと自らに言い聞かせながら、黎紀は心を鬼にした。
●お昼過ぎ!
午後を迎えて忙しかったのはフリマだけではない。射的に人生を賭けた男達以外にも、普通のカップルや子供達が訪れる射的場をシェスチ一人で切り盛りするのは限界だった。手伝ってもらおうと思える知り合いも余りいなかったシェスチを見かねて、更に言えばアスの奮戦を待つ間手持ち無沙汰だったせいもあり。
「‥‥ごめん、手伝ってもらって。多分、忙しいのはもう少しの間だけ‥‥、だから」
「いいですよ。うち、こういうのも嫌いじゃないですから」
真琴はいつの間にか屋台の内側に入っていた。ばたばたと働く事30分弱。
「っしゃ! 取ったぞ!」
年甲斐もなくガッツポーズを連発するアスへ、周囲からの暖かい拍手が送られる。
「ありがとう、お兄ちゃん。これ、景品のぬいぐるみです」
笑顔で真琴が手渡したないちんげーるのぬいぐるみが、アスの手から再び真琴へと返る。ぎゅっと大事そうに抱きしめる真琴の背後で何やら猫科の猛獣の如き漆黒のオーラが立ち上った。
「‥‥空気を読む闘士はこのどす黒い力を前向きに変えるのだっ」
言い放った白虎の射撃も見事に皆中。再び周囲が沸いた。
「ハァイ♪ お久しぶり」
同僚への差し入れにと列に並んだ加奈へ、シャロンが手早くサンドイッチを作っていく。パンと具を別に用意してその場で挟む方式は、作り置きよりも断然美味しい。
「あ、ご無沙汰しています」
等と加奈が頭を下げる間にも、スペシャルサンドが5つ出来上がっていた。
「これ、良かったら食べてちょうだい。ボランティアの人たちと一緒なんでしょ、多めに入れておいたわ」
「あ、お支払いは‥‥」
返事をする間もなく、春一番のような勢いでシャロンは通り過ぎる。軽食部門は大忙しのようだった。
「貰っとけばいいですよ。大丈夫ですから」
笑いながら言う硯も、以前加奈を助けた傭兵の1人だ。もしや、と思って見回せば、射的の景品を子供へ手渡していたシェスチと目があった。少女が手を振ると、表情の薄いまま振り返すシェスチ。
「あの時の皆さんが大勢。縁、ならば大事にしたいです」
そんな事を言いながら、少女は嬉しそうに笑った。
「ラピスちゃん、シエラちゃん、来たよー!」
こぼれるような笑顔のプルナ(
ga8961)に、ラピスもにっこり応対する。
「秘密のケーキと紅茶をくれますか」
2人の店へ良く出向く少年には常連補正がついているらしい。おやぢ、いつものをくれ、という食通へ向けられるような羨望の眼差しが周囲から向く。
「お待たせしました。どうぞなのですっ」
そんな事には頓着せず、シエラがトレイを差し出した。
「紅茶にコーヒー、和菓子に洋菓子‥‥色々と勉強になるわ」
中東式コーヒーを傾けつつ静かに言うリン=アスターナ(
ga4615)。喫茶部門は交替で休憩を取っている。
「ここ、空いてるか?」
リンの首肯を待ってから、どさっと座る千影。彼の手にしたカレーは、本日最後の一品だ。
「‥‥ん。次の屋台を食べに行く。ごちそうさま」
すたすたと歩き去る憐の次の目標はいずこか。まだケーキを追加しているリーゼと目標が被れば恐ろしい事になりそうだ。
「ドーナツも美味しかったわ。もう少し貰おうかな。リニクはどうする?」
「ん‥‥姉さまと、一緒‥‥」
青空の下、程よい活気に心地よい空気はリーゼの食欲回路を存分に活性化していた。そんな姉の皿から少しづつお裾分けしてもらっていたリニクも幸せそうだ。
「う、食べ過ぎましたわ‥‥」
そんな様子をずっと監視しつつ。つられて食を進めすぎたエミリアの顔色は青かった。甘い物好きまでは同じでも、許容量は幾分差があったらしい。
「どうかしましたか。具合悪そうですよ?」
隣りからの声にエミリアが我に返る。神無月 るな(
ga9580)が心配げに覗き込んでいた。
「い、いえ。大丈夫‥‥ですわ」
よろよろと席を立つエミリア。その視線だけは鋭く。
「わたくし達の運命が交わる時まで、幸せに浸っていてくださいまし‥‥最愛のリーゼお姉様♪」
ぞくりと震えたリーゼとリニクが見回したときには、エミリアは既に家路へついていた。
屋台の奥にこじんまりと作られた待機所に、汗だくでハンナ作成の原稿を一心に見るエレンの姿があった。暑いのだが、偽聖女の姿を外から見られない場所などあまり無い。
「あー、緊張するわね‥‥」
そんな彼女の頭を愛紗の手が撫でる。エレンと目が合うと、にこぱっ、と笑い返した。にぎやかな屋台も、エレンの様子も気になる様子の少女は、エレンがここに腰を据えてからは中と外を行ったり来たりしている。
「‥‥ま、これも一つの経験だと思って、いっそ完璧に演じるくらいの意気込みで行けばいいと思うわよ、エレ‥‥じゃない、ジャンヌ、様?」
焼きあがったナンを取り出しながら、リンが笑いかけた。おやつの時間も過ぎ、屋台全体が落ち着いてきたようだ。
「ジャンヌさま、お疲れ様です。ちょっと甘いものなどいかがですか?」
「お疲れさま、『ジャンヌ様』♪ ジャンヌ様は買い食いなんかしちゃいけないかもしれないから、差し入れよ」
硯とシャロンがカキ氷を手渡すと、エレンはサッと立ち上がり綺麗なお辞儀をしてから受け取る。何かが脊髄反射の域に達しているようだった。
「昔は修道女が看護婦の様な仕事をしてたって話も聞きます。まあ、いつも通りにやりゃなんとかなるんじゃねェかと。ファイトであります」
いつもの帽子に腕章をつけた稲葉 徹二(
ga0163)が悪戯坊主のような笑顔で一声投げていく。祭りにはつきものの迷子や失せ物、案内などを買って出た徹二は朝から働きづめだった。まだまだ元気なのは若さゆえか、それとも。
「少尉と一緒だと鍛えられますからな。‥‥っと、アバさんばかりに働かせてると後で倍返しさせられかねねェ」
子供たちに風船を配って回る犬ぐるみを目にした少年はパッと立ち上がる。その横でやはり顔を輝かせた愛紗。
「愛紗も行ってくるねっ」
「行ってらっしゃい」
和んだ視線で見送るエレンを後に、少年少女はそれぞれの理由でアルヴァイムめがけて駆け出していった。
●昼下がりー
目の回るような忙しさは、まだ身体も出来上がっていない少年のラスにとって結構堪える。休憩時間、奥で休んでいた少年を、悪戯っぽい笑みで覗き込んだ京夜がツンツンとつついた。
「ラス、アーンしてみ」
きょとん、としながらあけた口元に、そっとクッキーを押し込む。
「‥‥はむ」
反射的に閉じた口は京夜の指にちくりと痛みを走らせた。
「美味しい‥‥やっぱり、京夜のお菓子は、世界一‥‥だよ」
うっとりした表情で見上げるラス。指先の痛みが甘美さに変わる。
「お返し‥‥あーん、して?」
「や、やられるのはちょっと‥‥」
言いながら、周囲を見回す京夜。幸い、人影はない。
「くっ、ぁっ、あーん」
パクリ。口に含んだクッキーは、少年その物のように爽やかな香りのミントだった。
「‥‥ふふ、照れてる‥‥?」
微笑しながら、もう一つ摘むラス。
「もう一度!? もっ、もう好きにしていいよ‥‥あーん」
これまでの盛況は無論偶然では無い。屋台周辺でも、人集めの為の努力は行われていた。
「姫の危機! だがその時、ベア隊長必殺のパリィがほとばしるー!」
ぬいぐるみをゲットしてウキウキの白虎は自作の紙芝居で子供達の視線を集めていた。
「かな姫はこねこ王子と隊長のどっちが好きなのかなー?」
「すげぇ、メカ戦だ!」
どこかで見たような観衆もいる。
「私と同じ名前のお姫様なのね‥‥」
おみやげのサンドイッチを手にした加奈が恥ずかしそうに笑った。
「でも、あの隊長。かっこ悪いけどどこか憎めないわ」
クスクス笑いながら、少女は透達のテーブルに座る。
「あ。何となくだけど、遠慮とかされてますか? 私」
誘っても来ないかも、とかお揃いはいらないかも、とか。そういう事は無しにして欲しい、と加奈は言う。
「セシリアさんも、透君も友達、でしょ? 友達が遊びに誘ってくれたら、少々無理してでも頑張ります」
「え、僕も? ‥‥あ、はい。友達、です」
穏かな微笑で頷く透。そう何度も会った訳ではないが、少なくとも加奈の中では、先日の公園で話しこんだ3人には友人認定がされていたらしい。少し打ち解けた様子でお互いの近況とかを話したり、聞いたり。しばしの談笑の後で、加奈は立ち上がった。
「さて、そろそろ行かないと。また誘ってね?」
「僕も、配りに行かないと。栞」
柔らかい笑みを浮かべた透も、ごちそうさま、と言ってから席を立った。2人を見送って、セシリアも屋台を後にする。
「音楽聴く? このアンドレアスのCD! レアだぜー」
そんな売込みで道行く人の足を止めていた千影を見つけ、ハバキが突進する。
「ちーちゃぁぁぁあああああんっ」
ニパッと笑顔にニッと返した千影の手元をハバキが興味津々で覗き込んだ。
「アスのCD? 欲しいっ。でも高いっ」
まずは半額から、と吹っかけるハバキ。笑顔で8割と切り返す千影。ちなみに支払いはここでもアスらしい。
「自分で出したものを自分で買うのか‥‥!?」
その様子を、出品者のアスは複雑な気分で眺めていた。
「これ、何ですか? 実にシュール‥‥」
隣りでは、千影製作の粘土細工をためつすがめつしながら真琴が言う。手元にはラス手製の青いブレスレットが確保済みだった。彼女もやはり、支払う気は毛頭ない。
「セットで買ったら割引してくれますよね。それじゃあ、そこのシルバーも‥‥」
千影の銀細工は粘土と同じ人間の手になる物とは思えぬほどにセンスが良かった。
「シンプルなものばかりだけどな。各種サイズ揃ってるぜ?」
ずらっと並んだ指輪の中から一つ選んで陽にかざす真琴。角度を変えると、指輪も彼女も表情を変える。
「気に入ったの、あったか?」
アスの声に笑顔で振り向いてから、真琴がハッと何かに気付いて固まった。告白されて、まだ返事をしていない男性へ、指輪をねだる、という意味。
「‥‥あ」
自分で払おうにも、財布は持ってきていなかった。指輪を、そっと陳列の中に戻す彼女。その頭をアスが軽く撫でる。
「‥‥あんな顔見ちまったら買わない訳にはいかないぜ。真琴のお兄ちゃんとしてはな」
今日の所は、指に嵌めるのは自分でやってくれ、と頬を掻きつつ小声で言うアス。
「よし、全部纏めて12000cってとこかな」
「うっ、ちょっと高‥‥。千影ヘルプ!」
真琴の視線の先で、アスが悲鳴を上げていた。
●日は沈み、祈りの時
夕刻。ある意味でメインイベントの瞬間が間近に迫る。
「祈りの時は思い浮かべましょう‥‥部隊の皆を。大切な人達の事を」
そんなハンナの声を背に、偽ジャンヌは深呼吸を1つ。踏み出した先で観衆の注視に瞬きする。偽物乱立のこの日の終盤に企画したイベントとあって、わざわざ足を運んだ物好きは実際には3〜40人といった所だったろうが、エレンにはその十倍にも感じられた。
「愛紗さんはこちらで、ね」
後ろについていきかけた少女をハンナが止める。
「ひと段落ですっ♪」
「これで、後は片付けくらいだな。一休みさせてもらうかー」
直前まで、客を誘導していたシエラの隣に、くつろいだ様子の煉威が腰を下ろした。
「あれ、誰?」
観客席から早速飛ぶ、ハバキの突っ込み。ジャンヌ本人を知っている彼にしてみればバレバレの偽物だ。
「案外‥‥しっかりしてるっつうか‥‥ほんとに10代か?」
「以前にも見た様な感じの顔だけど、気のせいかな‥‥?」
連れの2人も首を傾げる。
「‥‥えーっと。私の気が確かなら、あれは‥‥」
微妙に間違った日本語を披露しながら呟くジェイ。そんな疑問符を浮かべる観衆を前に、エレンが口を開く。
「今日この日を皆さんと過ごせる奇跡を、主に感謝致します」
胸に手を当てて語りだしたエレンの声に震えは無かった。偽物を演じていても、そこで語る言葉は自分の本心だ。ハンナの作成した原稿は、エレンが思っている事そのものだったから、恥じる事は何も無い。‥‥多分。
「最後の希望に集う皆さんが、新たなる希望である事を信じています。辛い戦いの日々に、どうか負けないで」
短い言葉に、気を込めて。会った事も無いジャンヌもまた、同じ事を思っているに違いない、とエレンは目を青空へ向ける。再び目線を降ろした時、聴衆はそこまで圧迫感を与える存在ではなくなっていた。
「皆さんを信じている名も無き人々の為に。‥‥父と子と精霊の御名において、Amen」
子供の頃に幾度も切った十字は、自然に手が動く。頭を垂れたエレンに、るなが真っ先に拍手を送った。すぐに、周囲からも手を叩く音が加わる。半ばは無理を通したエレンへの労いで、残る半ばは語られた言葉へのものだった。
「も、もう2度とやらないからっ」
恥ずかしさが戻ってきたのか、半泣きになりつつ修道服を脱ぐエレン。
「お疲れ様でした。素敵でしたわよ」
ラピスがクスリと笑う。ハンナの微笑みも、今ばかりは厳しさより優しさが勝っていた。
「お疲れ様で御座います。‥‥大変でいらっしゃいますようで」
そんな一言を投げていくジェイをはじめ、労い半分、からかい半分の顔見知りの挨拶は祭りが幕を下ろす時間になっても途切れない。
「最後に打ち上げを致しましょう」
そう言うラピスとシエラはすっかりその気のようだ。
「煉威さん、しっかり働かないと御褒美ナシですよっ」
叱咤激励を受けて動きだす煉威。御褒美が一体何かはさておいて。
「悪くありませんな。その為にも片付けは急ぎませんとね」
見慣れた黒子姿に戻ったアルヴァイムが、ここを見せ場とばかりに作業の手を早める。それでも指揮を取らない辺りが彼らしい。
「さ、乾杯の音頭は取ってもらわないとね、聖女様」
リンがエレンにグラスを渡す。1日働いた傭兵達にとっては、祭りはまだはじまったばかりだった。
本日の売上げ372,174円。集まった人々の善意、Priceless。