●リプレイ本文
●研究施設へ
内陸から南へ。海を目指し6機のKVが飛ぶ。
「ともかく現地に着いてからが勝負になりますわね」
そう言いつつも、クラリッサ・メディスン(
ga0853)は準備に抜かりは無かった。空閑 ハバキ(
ga5172)と共に、ハミルが疑わしい理由を依頼主に問い合わせていたのである。
「状況証拠‥‥ですわね」
第一秘書という立場上、漏洩情報を全て知りうる立場にあった事。イタリア解放作戦と時期を等しくする不可解な休暇。その間、彼らしき人物がイベリア半島で数度目撃されているという。そして、モルゲンの別邸にジャンヌが匿われた時。彼はキメラの襲撃に際して銃で応戦していたのだと言う。能力者と同等か、それ以上の速度で。
「十分気を引き締めて行く事にしましょう、ルクレツィアさん」
クラリッサは後席の少女へと声をかける。
「そう、ですね」
窓外を眺めていたルクレツィア(
ga9000)は、細い声でそう返した。6機の機体に搭乗者は8名。もう1機、後席に傭兵を積んでいたのはハバキ機だ。駆るのはK−111。カプロイアの誇る尖った性能の少数生産機を、ハバキは見事に乗りこなしていた。
「どう? 俺の耶晃ちゃん」
「そうですね、滅多に乗れる機体ではない。楽しませてもらっていますよ」
そう言いながらも、後席の秋月 祐介(
ga6378)の心は先へと飛んでいるようだった。クルメタルの試作偵察機、ウーフー。今回はそのマニアの振りをしてアーネストに接近するのが彼の作戦だった。
「これは、‥‥凄いわね」
リーゼロッテ・御剣(
ga5669)の感想に、一同は同意した。傾斜のついた滑走路の長さは短く、地下の駐機スペースへとそのまま繋がっている。明らかにKV以外の運用は想定していない設計だ。
「ようこそ、僕の城へ」
アーネストの第一声はそれだった。作業衣を身に、長い金髪を無造作に後ろで纏め、手には大きなレンチ。社長というよりは工場の兄ちゃんのような出で立ちだ。
「前はあまり話もできなかったし、今回はゆっくりお話したいね」
そういう大泰司 慈海(
ga0173)やリーゼ、ルクレツィアと犀川 章一(
ga0498)の顔は覚えていたのだろう。
「そうですね、今回は危ない事もないでしょうし」
何も知らず、青年が嬉しそうに笑う。それは、自慢の白鳥を見る傭兵達の視線ゆえでもあった。
「すごい! 4枚羽だわ。この子で飛んだらどんな感じなんだろう〜」
うっとりと言うリーゼ。実はあまり乗り心地は良くないです、と青年は苦笑した。
「一応後部座席はありますが、女性をエスコートするならあちらの方がましでしょうね」
彼の示した先には、2機のウーフーが並んでいた。小型4発の主機を胴に集め、主翼はX型という野心的なデザインは、傭兵達の多様な機体に囲まれてもなお異彩を放っている。
「というか、僕らは挨拶がまだでしたね。はじめまして」
初対面の4名を代表するように、嶋田 啓吾(
ga4282)が一歩前へ出た。その視線は、アーネストとその後ろに控えるハミルに等分に向けられている。啓吾よりも少し年長のハミルは小さく会釈して答えた。
「実は、前回の事件で不審な点がありましてね。その調査‥‥という目的もあるんですよ」
「不審‥‥ですか」
啓吾の言葉に、アーネストは首をかしげる。
「スコルピオ――って言ってたかな。ジャンヌを追い掛け回してた奴」
この間は来なかったようだが、自分とは縁がある相手だ、とハバキが言った。感情を隠すように、ハミルが目を伏せる。
「実はあの変質者に娘が目をつけられましてねえ。少しそちらの彼からも話を伺いたく。良いでしょうか?」
啓吾がハミルを見据えながら言う口調は少し鋭い。『お父さん』は大変だ、とハバキが小さく笑った。
「そうですか‥‥。わかりました。技術関係以外なら僕よりハミルの方が詳しいですし」
問われたハミルは、主のその返答を待ってから頷く。
「彼を‥‥疑っているんですか」
ハミルへと油断無く構えるリーゼを見て、青年が呟いた。
「ファームライドの情報も、どこかから漏れてたらしいしね。アーネストはどう思う?」
ハバキが小声で水を向ける。周囲に無関係な人の影は無い。
「彼は‥‥、僕にとっては年かさの兄のような存在です」
ゆっくりと首を振る青年の目線の先には、静かに羽を休める白い機体があった。
「オデットも、ハミルと2人で作ったようなものです。彼がいなければ、無理でした」
大会社のオーナーが文字通り地下に篭って趣味に没頭する、などというのは普通ではない。今でこそ誰も文句をいわないが、アーネストが亡父の後を継いだばかりの頃には反対も多かった。
「‥‥この会社にしろ、機密にしろ、何であれ持ち出すならその時にしているでしょう。僕を押しのけて傀儡を立てる事もできたはずだ」
そう言う動きは幾つもあり、その対応もハミルがしていたのだと言う。
「白黒をつける為にも調査に協力してくれないかな?」
人を疑うのは、疲れるし嫌だろう。そう告げるハバキに、アーネストは頷いた。
「アーネスト様がそう言われるのでしたら、私に否はありません」
話ができる場所を、と言う啓吾をハミルは奥の待機スペースへ誘う。リーゼもその後に続いた。
「では、彼の私室や他の場所の調査も許可願いたい」
章一の言葉に、アーネストは少し考える様子を見せる。
「機密事項には触れない。約束するよ」
調査を担当する訳ではないが、ハバキがそう言って逡巡するアーネストの決断を促した。保安要員の同行を条件に、青年は申し出を受け入れる。
「‥‥」
クラリッサと章一の後姿を、心配そうに見送るアーネストの胸中を察してか、残る面々はかける言葉に迷った。僅かな沈黙を、慈海は穏やかな口調で破る。
「そのオデットというのは、戦争のためではなく、趣味で作った機体なのかな?」
慈海は値踏みするように白い機体を眺めた。量産したらコレクターに売れるだろうか、と続けた彼に、アーネストは首を振る。
「この機体は世界で唯一つ。それでいいんです」
「羽がたくさんついているのは、何か意味があるのかな? 何かから、解放されたい表れ‥‥とか」
首をかしげる慈海。
「さぁ‥‥。僕に不満はないですよ。戦争から僕らを解放するにはこの子は力不足ですし、ね」
「‥‥戦争の、役に立たない‥‥。このコは何が得意なのかな‥‥」
独り言のようにルクレツィアが呟く。その視界には、戦う為に生み出されたKV達と、そうではないオデットが共に入っていた。
「オデットは飛ぶ事しかできません。不器用に。それが魅力なんですけれどね」
興味があるようならば、一緒に飛びますか? 何気なしにそう聞いたアーネストに、ルクレツィアは顔色を変えて首を振った。
「‥‥ごめん、なさい。男の人‥‥怖いんです」
驚いた様子のアーネストに、少女は幾分申し訳無さそうにそう告げる。行きにクラリッサの後席を希望したのも、その為だ。
「4枚の羽は全部独立稼動、ですか」
仔細に眺めていた祐介が驚く。
「ウーフーとも違うんですね。これは確かに珍しい」
「あれは軍用機だからね。事故は許されない。オデットはその意味でも趣味の機体だよ」
テスト飛行でストールや錐揉みに陥る事はしょっちゅうだ、とアーネストは笑った。ウーフーを飛ばした事もあるという祐介は更に技術的な話を持ちかける。その間に、ルクレツィアがオデットやウーフーに物理的な細工の痕跡が無いかを調べていた。
●調査と、追求と
「随分、几帳面な人なんですね」
クラリッサが呟く。踏み込んだハミルの私室は、あらゆる物が整頓されていた。
「不審なものは無い」
章一は、部屋の様子に違和感を感じてはいる。だが、それが上手く言葉にはできない。別行動の仲間達へ報告をしようとした彼は、通じない無線にため息をついた。
「すみません。電磁波対策している建造物なので」
内線で連絡を取ってくれ、と同行者が言う。次はどこに行くか、と問われた章一は即答した。
「所内の通信記録が見たい」
内部同士で通信するのが容易ではないとあれば、ハミルがバグアと接触を取る場合も個人の携帯装置では難しかっただろう。研究所の通信設備を使ったのならば記録があるはずだ。
「じゃあ、私はここの人に話を聞きにいきたいですね。案内、お願いしますわ」
クラリッサが丁寧に同行者へと頼む。調査に関する2人の思惑はほぼ一致していた。であれば、手分けして進めたほうが早い。
「‥‥何を話せばよろしいですか?」
「僕個人は、あなたを疑っている訳じゃないんですがね」
そう相手の緊張感を削いで、啓吾はハミルに世間話のように語り掛けた。実は足止めが彼らの主目的なのだ。
「さっきも言ったように、僕には娘がいましてね。実を言えば、家族は大勢いるんですが」
血の繋がりがあるわけではないが、家族と呼んでいる。そう告げた啓吾に、ハミルは頷いた。
「ところであなたは家族は?」
「いません。が、もしもこう言って許されるのならば」
アーネストのことは、家族のように思っている、とハミルは言う。僅かに微笑んだ様子に、啓吾は立場を超えて共感した。それと共に、内心でため息をつく。敵が目の前の男を利用する為に狙ったのが何か、理解できたから。
「前の仕事の時、私がキメラを見つけなかったら大変でしたよね」
リーゼがかけた声に、ハミルは無言で頷く。
「あの時ハミルさんはなにを?
何気なく問い掛けたリーゼの言葉に、ハミルは微笑を返した。
「いつもの場所におりました。アーネスト様の斜め後ろが、私の居場所ですから」
再び格納庫に集った一行は、それぞれの感情を表情に浮かべていた。懸念と心配を抱くアーネスト、厳しい面持ちの章一とクラリッサ、そしてハミルは諦念を込めた笑み。
「この通話記録は貴方の物ですね」
饒舌に語るよりも一つの事実を。章一が差し出したのは、外部からの通信履歴だった。相手の居場所は、いずれもバグアの支配地域だ。データを消そうとした後があったが、いずれも保安要員の手で旧に復せるような杜撰な物だった。
「先日の休暇以外にも、幾度かここを出ておられたそうですね」
クラリッサが続ける。主人が研究に没頭している間の短い外出は所内の人間には知られていた。以前からあった事だと言う。だが、その回数はこの半年で以前の数倍になっていた。
「‥‥まさか。いや、何故‥‥?」
目を見開く青年。その、一瞬。
「ならば、私はこう言わねばなりません『舞え、白鳥』と」
ハミルの声は小さく、それでいて格納庫内に冷え冷えと響いた。無人のオデットのコクピットに灯がともる。そして、駆動音。
「自動制御だって? まさか、そんな事ができるわけがない」
アーネストの声には祐介も同感だった。機載コンピュータでは機体のバランスを維持する事すら困難なはずだ。‥‥それに。
「‥‥このコは、飛べない」
ルクレツィアの声を聞いたかのようなタイミングで、エンジン音が止まる。祐介と彼女が、念のためとアーネストを説得して燃料を抜いていたのだ。
「ハハ、ハハハハ。お見事です。オデットが彼方へ飛び立たないのも、運命でしょう」
自失したのはほんの一瞬。能力者が身構えるよりも素早く、男は飛び退る。人間の身体能力ではありえない跳躍距離だった。
「近づかないで頂きたい。こうなった時に備えて、自分を始末する方法を所持しております」
追おうとしたアーネストの肩を、ハバキが抑える。
「‥‥感謝いたします、傭兵。あなた方は確かに最後の希望の使者だった」
「あなたに問いたい。何故バグアに与するのです?」
問う啓吾には答えはわかっている。あえて尋ねたのは、青年の為だった。執事は感謝を込めて優雅に一礼する。
「アーネスト様、貴方に御仕えできた年月は実に幸いでした。そして能力者の皆様、願わくばアーネスト様を、どうかお願いします」
静かにそう告げた直後、ハミルの身体は内側から爆発した。
●白鳥の空
「自動飛行プログラムは、単純なものでした」
ハミルの凄絶な死後、憑かれたようにオデットのプログラムチェックをしていたアーネストがそう告げた。離陸したが最後、ひたすら南へ向かうだけだった、と。着陸シークエンスは存在しなかった。夏に南へと渡る白鳥は、安住の地へ導かれる事は無かったのだ。
「ハミルの件については、僕の方でも調査して伯へ報告します」
淡々と告げる青年に、慈海が言葉をかけようとして詰まる。今のアーネストに言うべき言葉は、人生経験豊富な彼にもすぐに浮かばなかった。
「‥‥オデットに興味があると言ってましたね。乗ってみますか?」
ふと、アーネストがそんな事を言った。言われたルクレツィアが驚いたように立ち止まる。
「今の僕では、この子を飛ばせそうもない。でも、彼女に空を舞わせたいんです。今日、この時に」
機体のOSにもう問題はない、と青年は保証した。この研究施設の周囲までは、いかにファームライドと言えども隠密接近は不可能だろう、とも。それでも、安全かどうかは分からない。反対をしていた傭兵達が最後に折れたのは、『ならば、傭兵達が帰ってから1人で飛ぶ』という一言の為だった。
「仕事は終わった。後は勝手にすればいい‥‥、という程、割り切った面々じゃなかったようですね」
そう言う啓吾の言葉には、彼自身も含まれているのだろう。ルクレツィアも小さく頷き、青年の手からキーを受け取った。
「ありがとう。できれば、僕を後席に‥‥。いえ」
さっと顔色を変えた少女の様子に、先のやり取りを思い出したアーネストが言葉を止める。『短い時間ならば大丈夫』などと彼女が嘘をつこうとしたかどうか。アーネストは自ら一歩下がって首を振った。
「せめて一緒に飛んで、近くから見る?」
ハバキが自機の後席を指す。もう、敵の襲撃はないだろうが、万一を思えば彼の後席は地上で見上げるよりも安全かもしれない。
「‥‥ありがとう」
アーネストは小さく微笑み、礼を言った。
「こうして、自由に空を飛べるのが一番よね」
先発したリーゼがそう漏らす。
「IRSTに感無し。ハーブ、上は確保した」
ワイバーンの章一が、一周りしてからハバキへとそう告げた。実際の所、IRSTは照準補助装置であり、探知にはさほど役に立たないが、気休めでもないよりはましだ。
「こちらにも見えていませんね。電波状態はクリア。いくら赤い悪魔でもこの辺りに隠れてはいないでしょう」
テストカラーのウーフーで空へと上がった祐介もそう告げる。
「白い鳥みたい! ジャンヌちゃんが乗ったら似合いそうだね」
離陸し、オデットの上方に機位を確保したハバキの第一声。
「そう、ですね」
後席から答えた声は、湿っていた。
「すみません、見苦しい所を見せてしまって‥‥」
それには返事をせず、ハバキは後席の外部通信を切る。青年の嗚咽を、同乗の彼だけが聞いていた。その眼下でオデットがゆっくりと円を描く。