●リプレイ本文
●北を行く荒鷲達
千歳をあがってから現場空域まで、かかるのはそう長い時間ではない。
「さて、と。無理を言ってすまなかったな」
篠畑は、自機に続いて緊急出撃をしてきた傭兵達に、まずはそう切り出した。
「帰省気分でしたが、とんだスクランブルです」
苦笑する南部 祐希(
ga4390)だが、迷惑がると言うよりは面白がっているような声の響きだ。
「ベア隊長が次に会ったらほんとに隊長になってるとは思いませんでしたよ」
「‥‥っ、お、お前もいたのか」
ほんのすこし前、幼稚園での慰安任務の人形劇で一緒になった鏑木 硯(
ga0280)の笑い声を聞いて、篠畑が言葉に詰まる。ベア隊長というのは、硯の薦めで篠畑が担当した役だった。
「ワームに襲われる輸送機の心細さは知っている。昔の僕がそうだったからね」
淡々と告げながら、篠畑同様に元は空自のパイロットだったという伊藤 毅(
ga2610)は時折後方の様子を気にしている。後輩の三枝 雄二(
ga9107)はこのフライトがまだ二度目の依頼だ。雄二とて、隊時代に実機にふれた経験はあるのだが、KVの操作は通常機のそれとはまた別物だと言う事も、同様の経歴を経た毅は理解している。
「輸送機には、知り合いが乗ってるっす。墜させるわけにはいかないっす!」
それでも、雄二は威勢良くそう言った。雄二と毅は、隊時代の知り合いに会いに来ていて篠畑の呼集を聞いたのだという。
「そうか。知り合いがいるのか。‥‥俺の部下か、あるいは別の隊かは分からんが」
呟きつつ、篠畑は部下の履歴を思い出していた。北米からの移籍者2名と、日本人の少年兵だったはずだ。
「‥‥輸送機の中か。よっしゃ、ワシが代わりに射てもたる!」
そんな会話を耳にして、何故か広島弁で旺盛な戦意を見せていた三島玲奈(
ga3848)が1つ頷いた。パイロットなら空で死ぬのは覚悟の上とはいえ、自分で操縦桿を握らずにというのでは無念極まりないはずだ。ところで、操縦桿といえば。玲奈は機体を軽く左右に振ってみた。やはり、反応が鈍い。
「‥‥あ、あかん。しもたわ‥‥」
計器を確認した玲奈が盛大にため息をついた。緊急出撃ゆえ、武装の重量計算を誤ったらしい。
「い、勢いで出て来てしまいましたが‥‥」
やや遅れてあがってきた藤宮紅緒(
ga5157)もワイバーンの機中で大きく深呼吸していた。幾度経験しても、KVでの出撃は緊張する。彼女の斜め後ろにつけていたリゼット・ランドルフ(
ga5171)も、同型機のコクピット内で同じように気を落ち着けていた。緊急事態とあって飛び出してきたが、大規模作戦以外では初のKV依頼だ。
「‥‥皆さんの足を引っ張らない様、精一杯がんばります」
そう言うランドルフ機の合流を待ってから、岩龍の緋霧 絢(
ga3668)が全機をコールする。
「お、管制機がいてくれたのか、ありがたい」
10機に満たない編成とはいえ、近接空戦で入り乱れる互いの位置把握は困難だ。特に、今回のような突破を防ぐ作戦では全体を俯瞰する管制機の存在はきわめて大きい。
「これから隊長になるんですから、仲間の状況を把握したり、指示を出すのも篠畑さんの役割になるんですよ」
そういうのも考えて飛べば、いい経験になりますよね、と笑う硯に、篠畑は苦笑を返す。確かに、もしも管制機がいなければ指示は隊長機が出さねばならない。
「そうだな、せっかくだから歴戦の傭兵の指揮って奴を学ばせてもらおう」
「恐れ入ります」
機内で居住まいを正した篠畑にそう断ってから、絢は作戦案を提案した。敵は中型1と小型3。エンゲージ直後の一斉攻撃で小型を1機屠り、残る3機に2機づつであたる。機動力のある紅緒とランドルフ機はイザと言うときの備え。更に最後列では絢自身の岩龍が最後の壁として控える布陣だ。敵が少数である事を考えに入れた、堅実な策といえる。
「‥‥なるほど、いい作戦だな」
次いで提起された隊編成も、機体の能力を鑑みた物だった。まずは強力なディアブロ2機を組ませ中型の抑えとして正面へ。
「肩慣らしにちょうどいい。付き合ってもらいます」
「お手柔らかにお願いしますよ」
やや前方に出た南部機に、鏑木機が続く。ノーマルカラーの南部機と違い、硯は機体を黒と白のツートンカラーに仕上げていた。ベースは黒で機体下側前面とコクピット両脇に白を配した姿はシャチの如く。
「では、三島様と三枝様で編成をお願いしますね」
「え!?」
絢の声に驚いたような声をあげたのは雄二だった。先輩の毅が同じ隊にいた為、その組み合わせだと思い込んでいたのだ。
「雄二、管制の指示に従おう」
そういう毅も、実の所雄二が気に掛かってはいる。ただ、彼のような生粋のパイロットからしてみれば、管制指示に『ネガティブ』と返すには『やりにくい』程度ではない理由が必要だ。
「‥‥いや、まだ編成は指示じゃなく提案なんだろう? 三島機も不調のようだし、俺が前を張った方がいい」
硯に言われ、彼なりに考える事もあったのだろうか。篠畑がそう口を挟んだ。
「‥‥そうですね。では、篠畑様と三島様でブラボー1と2を。伊藤様と三枝様はチャーリー1、2でお願いします」
絢が情報を手際よく修正していく。退避する輸送機とすれ違い、敵影がレーダーレンジに映る。編隊は絢の岩龍と祐希のディアブロを前に立て、僅かに遅れて残りの7機が追随する形に変わっていた。
●エンゲージ・ラン・スプラッシュ
傭兵達の機影には、ワームも気付いていたらしい。機数は9、基地航空隊の戦力であれば、護衛の小型ワームで対抗可能な戦力だ。それゆえに、実戦力を見誤ったのだろうか。小型機を前面に出す以外にバグアは動きを見せず、直線ルートをとったまま接近していた。
「プラン通り、右端の敵に集弾して下さい」
緋霧機の指示に、傭兵達の編隊がやや右に寄る。
「‥‥悪魔の仕事、させて頂くッ!」
祐希が気合を込めてトリガーを引いた。アグレッシブフォースを上乗せしたK−01ミサイルは小型機2機を巻き込み、多大な損害を与えていた。更に、集中攻撃の目標となった機体には僚機からの追撃が及ぶ。小型ワームは一瞬で爆散した。
「やっぱり、やりすぎでしたか」
硯が苦笑する。
「ドラグーン1NEMO、FOX2」
生き残った1機には伊藤機がそのまま間合いを詰めていた。追撃のミサイルが傷ついた外装を爆発光で彩る。三枝機は距離をとって支援に務めていた。
「そのままそのまま‥‥ビンゴ!!」
彼の放った短距離ミサイルも狙い過たず、敵を捉える。実況中継さながらに騒々しく喋りながらも、毅との息のあった連携はワームの傷をじわじわ広げていた。
「こちらブラボー1。ブラボー2、こちらで追い込む。そのでかいのでしっかり狙っとけよ?」
もう1機には篠畑のハヤブサが近接戦を挑んでいる。フェザー砲をバンクして回避しつつ、ワームの後ろを取るように篠畑は機首を翻した。ワームが急旋回をかけた瞬間、玲奈がにんまりと笑う。
「名づけて、あっち向いてホイ戦法ね」
「勝手に名づけるな!」
後方からリニアキャノンの直撃を受けたワームが、ゆらりと蒼い輝きを放つ。
「ここで仕留めないとあかんわな?」
空戦スタビライザーが機体を安定させる間に再装填。だが、玲奈が放った2射目は、ワームの物理法則を無視した機動で回避された。篠畑が斜め後ろから敵を再び追う。
奥の手を使ってきたのは、毅が相手をしていたワームもだった。カクカクと小刻みに進路を変える敵機は、KVの機動でも容易には追えない。
「先輩、そっちにいったっすよ!」
「チェック」
短く答えつつ、機首を強引に引き起こす。被弾、2発。だが、長年つきあった愛機は彼の操縦によく答えてくれた。今度は伊藤機がワームの頭上から攻撃を仕掛ける番だ。
「エネミーガンレンジ、FOX3」
毅の自衛官特有のコールと共に、ワームの装甲にバルカンが綺麗なミシン目を穿つ。青い光芒を失ったワームは石ころのように落下していった。
3機の小型ワームを生贄に、中型ワームは初手から全速で突破を図っていた。しかし、交戦空域を大きく迂回してから一直線に後ろへ抜けようとしたワームの正面を、フリーだった緋霧機が塞ぐ。
「ただの岩龍ではありません。一部の性能は最新鋭機にも劣りませんよ」
彼女の言葉どおり、元来は電子管制機のはずの岩龍だが、相当の調整を施されているようだ。だが、絶対的な推力不足は如何ともし難い。例えブーストを使おうとも、全速で逃げる中型を再び捉えるのは不可能だ。
‥‥ならば。機首を僅かに振って避けようとしたワームの進路へ、緋霧機は滑らかな機動で追随した。
『!?』
交差の一瞬、バグアの異質なAIが驚愕する。岩龍の黒い翼がギラリと輝き、中型ワームの堅牢な装甲をざっくりと切り裂いた。
「ただの岩龍ではない、と申しあげたはずです」
薄い表情の中に満足げな色を込めて、絢が呟く。絢の機体に引かれた赤いラインはまるで返り血の如く。だが、煙をたなびかせながらも、まだワームは速度を緩めず一直線に空を裂いた。
「い、今です。リゼットさん」
紅緒の声に、リゼットが頷く。燃料を注ぎ込むべき時はこの時を於いてない。
「ブースト‥‥、およびマイクロブースト、作動します」
青い燐光に包まれて飛ぶワームに蒼き2頭の猟犬がピタリと追随し、追い抜いた。
「お、追いつきましたよ‥‥! そ、それっ‥‥!」
藤宮機に頭を抑えられたワームが機首を振ろうとする。だが、その方角にはランドルフ機が回り込んでいた。何度もは使えぬ大技だが、瞬間的な加速力は群を抜いている。
「抜かせませんっ」
「うぅ、えと…こういう時は、こうして…ここで、レーザー…!」
二条のレーザーに焼かれたワームは一瞬ぐらついたがすぐに姿勢を立て直した。しかし、その蒼い光は失われている。
「‥‥あちらではもう少し手強かった気もしましたが、脆い。いや‥‥タイプが違うのか」
ブースト加速で追いすがった祐希は射程ギリギリでミサイルを放つ。追いつけるうちに止めを刺しておくべきだった。
「新しい部下の前でいいとこみせたいでしょうし、トドメ譲ろうかと思ったんですけど」
「馬鹿いってないでとっとと潰せ」
追撃に回る硯の軽口に、篠畑が言い返す。三島機とペアで担当していた小型ワームは既に四散していた。赤い物の混じる煙を吹きつつも、まだ飛行能力を失ってはいない敵を視界に捉え、硯の目が真剣さを増す。ワイバーン2機の封鎖を脱しかけたワームに、破壊力を上乗せされたミサイルが横から突き刺さった。内側から装甲が裂け、真っ赤な炎があがる。地面に激突する前に、再度の内部爆発がワームを粉々に破壊した。
「敵、全機撃墜を確認しました。お疲れ様です」
絢の声が回線を流れる。
「ラジャ、ミッションオーバー、RTB」
「了解、ミッションコンプリート、RTB!」
ほとんど同時に毅と雄二がそう返した。傭兵達と篠畑は翼を傾け、千歳への帰路へつく。短いが激しい空戦は、人類側の圧勝に終わった。
●空を見上げて
「‥‥遅いな」
一足先に帰投した篠畑は輸送機の到着を待っていた。空を見上げる彼のもとへ、傭兵達が歩いてくる。
「えと、あの‥‥昇進おめでとうございます‥‥」
話を聞いてきたのだろう、紅緒が小さく拍手をしながらそう告げた。
「昇進おめでとう。今度も貴方の指揮下で戦いたいな〜。それまでお元気で」
どちらが素なのか、空戦中とは打って変わった丁寧な口調で玲奈が言う。
「ああ、ありがとうな。あんまし個人的にはめでたくないんだが‥‥」
「あ、そうそう。突っ込むのは漫才だけにしといてね!」
調子が狂ったように篠畑が苦笑した。雄二と一緒に土産物屋を覗いてきたという毅も、ふらふらと近づいてくる。
「ところで中尉、僕は退役するとき一等空尉だったのだけれど」
「ほう、三ツ星とは立派なもんじゃないか」
元は上官、と聞いても敬礼1つしない篠畑。毅も別にそれを期待していたわけでもないだろう。
「‥‥年もあまり離れていない君が、何で中尉なのさ?」
「簡単な事さ。昇進試験を全部すっぽかした。戦争でもなければ、クビだったかもな」
真顔で答える篠畑。そのまま、何とは無しに並んで空を見上げる2人の耳に、輸送機のターボブロップエンジンの音が聞こえてくる。
「‥‥星なんてのは邪魔なだけさ」
そんな言葉が、風に乗って消えた。