タイトル:【HD】北の国へマスター:紀藤トキ

シナリオ形態: ショート
難易度: 普通
参加人数: 8 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2008/06/11 22:38

●オープニング本文


「いつものようにキメラ退治の任務、だ」
 白衣の男はそう言いながら、日本列島の地図を表示した。ズームされたのは北海道。バグアの侵攻を受けつつも、辛うじて抵抗を続けている地域だ。
「ここに、千歳と言う名の基地がある。ここへは南の苫小牧からルートが通ってはいるのだが‥‥」
 人類側が押されている戦況の中、それも磐石と言うものではない。苫小牧に上陸した輸送部隊が立ち往生している、その支援が今回の依頼だ。
「どうやら、道央から大型キメラが迷い込んでいるらしくてな。クマのようなキメラが3頭、ルート上の森林にいるらしい」
 基本的にバラバラに行動しているようだが、何かあればすぐに駆けつけられる100〜200m程度の距離しか空けてはいない。速度は相当に早く、20秒もあれば集まってくるだろう。あくまでもクマのようなキメラ、だと男は念を押す。
「‥‥普通のクマは電撃パンチとかしてこないし、電撃も吐かない」
 どうやら2匹は帯電体質のようだ。一番大きいクマには特殊能力はないが、その分肉体的に頑丈で、実力的には最も警戒が必要らしい。
「まぁ、お前たちに確実に頼みたいのは、この3匹の処理だな」
 大雑把に言えば、先行して敵を倒す作戦と、輸送部隊に随伴して襲ってきたのを倒す作戦が考えられる。クマ以外の有象無象な小型キメラに関しては、輸送部隊の護衛だけで突破可能なはずだ、と男は言った。ならば、先行して倒す選択肢だけでいいんじゃないか、と傭兵達が当然の疑問を呈すると、男は難しい顔で腕を組んだ。
「‥‥普段なら、それで問題なしなんだがな」
 少し面倒なのは、その輸送部隊に民間のボランティアが同道している点だ。自衛能力のない彼らの車両をキメラが襲えば、要らぬ犠牲者が出ることも予想される。
「確かに、この地域では怪我人も多いし若い手は欲しい。が、危険は見てのとおりてんこ盛りだ」
 それでも行く、という気構えはありがたいんだがな、と男は眼鏡の向こうの目をつぶった。
「ま、出来れば無事に連れてってやってくれ。道中の無事を祈る」

 中高年から若者まで混じる雑多な構成のボランティア。危険があるので排除されるまで待機、とUPCの軍人が告げに来たのは1時間ほど前だろうか。戦地行に慣れている剛の者は早々と仮眠を取ったりしているが、緊張の色が濃い顔もある。呼びやすいようにと言う理由と、決して口に出されない理由で彼らの胸元には名札がついていた。
「‥‥お父さん、怒るかな? それに‥‥」
 本田、と名札のついた少女は緊張した表情で北を見る。幼い頃、父親と共に暮らした町へ、彼女は戻ろうとしていた。懐旧の念と、そして家で待つだけだった自分にも、何か出来る事があるのではないか、という想いを胸に。

●参加者一覧

鏑木 硯(ga0280
21歳・♂・PN
セシリア・D・篠畑(ga0475
20歳・♀・ER
シャロン・エイヴァリー(ga1843
23歳・♀・AA
寿 源次(ga3427
30歳・♂・ST
熊谷真帆(ga3826
16歳・♀・FT
蓮沼千影(ga4090
28歳・♂・FT
九条院つばめ(ga6530
16歳・♀・AA
シェスチ(ga7729
22歳・♂・SN

●リプレイ本文

●黒い髪の少女・前
 バスが幾度目かの停止をする。最初のうちはこまめにアナウンスをしていた車内の軍人も、いちいち告げる事はしなくなっていた。理由も、それに時間の見通しが無い事も同じだから。本田加奈、という名の少女は窓から外を見る。この春まで加奈も着ていたようなセーラー服姿で、熊谷真帆(ga3826)がジープの後席から油断無く辺りを見回していた。バスを挟んで反対側では、セシリア・ディールス(ga0475)が同じように警戒している。
「‥‥能力者、かぁ」
 出発前、ボランティアや軍人に声をかけていた年配の男性二人はリーダー格だったのだろうか。それ以外は自分とさほど歳が変わらないように見える。8名の傭兵のうち、5名が若い女性というのは加奈にとって驚きだった。少女がカウントしている『女の子』の数は1名ほど誤解があるのだが、この時の加奈には知る由もない。
『どうか安心してくれな。皆を無事に送り届けるからよ』
 バスに乗り込む前、彼女達に笑顔でそう告げた蓮沼千影(ga4090)の姿を思い出し、加奈は微笑む。彼女のよく知る軍人の能力者も、多分似たような年齢のはずだ。
「‥‥篠畑さんは、もっとかっこ悪いけど」
 かっこ悪いなりに、どこかでそんな事を言っているのかもしれない。そう思いながら少女は微笑を深くした。

●熊さんに出会った!
 能力者達のうち6名は、隊列から先行して警戒に当たっていた。ジープに乗れる人数的な問題で3人づつに分乗しているが、発見したら即、集中攻撃を叩き込む作戦の為に2台の間隔は近い。
「北海道で熊退治‥‥気分はマタギですね。私は武器が槍だから、余計に」
 等と言う九条院つばめ(ga6530)は本隊護衛の真帆同様、セーラー服も愛らしい女子高生だった。
「森の熊さん‥‥だね」
 隣に座るシェスチ(ga7729)が真面目な口調で言う。確かに、つばめは熊狩りのマタギというよりは迷い込んだお嬢さんという雰囲気だった。
「落としたイヤリングでも届けに来てくれるんなら良いんだけど‥‥」
 至って真面目な表情で続けるシェスチに、目をぱちくりさせていたつばめが吹きだす。
「‥‥つばめちゃんなら、似合うかもな」
 そんな光景を想像してみた運転席の千影も小さく笑った。冷たいイメージの千影だが、笑うと案外子供っぽい。目的地まではまだしばし、緊張をいい感じにほぐす冗談だった。

「そろそろ、か。案外生え方は密なんだな」
 いくつめかのゴルフ場を通り過ぎる。ハンドルを握る寿 源次(ga3427)が言うように、左右に広がる森は深い。飛ばしていては探せる物も探せない、とややスピードを落とす事にした。
 双眼鏡を手に左右を確認しながら、小声で森のくまさんにまつわるアメリカ民謡を歌う鏑木 硯(ga0280)。いつの間にか、源次も鼻歌で加わっている。
「なかなか出会い‥‥ませんね」
 1コーラスの間にはそれらしき姿を見つける事が出来ず、硯が苦笑した。そう簡単には見つからないようだ。
「さっさと見つけて手早く行きたかったんだけど、そうはうまく行かないわね」
 シャロン・エイヴァリー(ga1843)が呟いたまさにその時、電撃が立て続けにジープを襲った。ハンドルを切る源次。とっさに隣席のシャロンの腕を引く硯。そして、激しい衝撃。

 ジープは停車すると同時に炎をあげ、慌てて3人が飛び出した直後に勢いよく爆発する。そんな脱出アクションの後では緩慢に見える動きで、電撃に焼かれた森の木々がメキメキと音を立てて倒れてきた。
「っ!?」
 後続の千影が樹を避けて急停車する。曲がる方向は、熊が攻撃を仕掛けてきた側だ。
「熊と交戦‥‥開始。突破は無理そう、だね」
 少なくとも電撃を放つキメラを排除するまでは無理だ、と輸送本隊へ待機指示を出すシェスチ。彼とつばめが仕掛けやすいように、千影は木々に突っ込む寸前で急ブレーキを踏んだ。

 動く車上から森に潜む熊を目視するよりも、キメラが傭兵達を捕捉する方がやや早かったということだ。仲間と息を合わせて奇襲、などという知恵が働かない辺りが救いといえば救いだろう。
「大丈夫か?」
 自身、流れる血を拭いながら同乗者に声をかける源次。
「ええ、私は平気‥‥、だけど」
 そう答えるシャロンも無傷とはいえないが、彼女を庇った硯に比べれば軽傷だった。
「‥‥良かった」
 言いながら、硯は蛍火を抜き放つ。その顔に残る痣と、肩辺りから滲む朱。覚醒効果で痛覚が鈍った彼は自覚していないのか、それとも強がりだろうか。だが、応急手当てをしようにも、かさばる道具は燃える車の中‥‥、だった。
「俺は平気です。行きましょう」
「そうか。わかった」
 そう言う硯の怪我の様子を気に留めつつも、源次は木々に分け入って熊への視線を確保する。先に交戦に入った仲間を、練成弱体で援護する為だ。襲ってきたのは一体。即戦即決、という作戦はまだ生きていた。
「‥‥OK、急いで始末をつけましょう」
 それだけを口に、残りは胸中に。並べばまだ少しだけ小さな少年と共にシャロンは走り出す。

●属性の壁に泣く熊さん
 先頭車の面々が合流するまでの間に、残りの3人は善戦していた。むしろ、圧倒していたと言っても構わないだろう。
「面白いように‥‥引っかかるね」
 シェスチの放った銃弾は、フェイントと言うには力が篭っていた。思わずガードを上げた熊を、駆け寄ったつばめの槍先が突き上げる。狙うは胸の急所。心臓部はそれたものの、思わぬ痛手に熊が吠える。だが、そこで終わりではない。
「派手に戦わせていただくぜ‥‥!」
 遅れて飛び込んできた千影が紅蓮の衝撃を叩きつけた。体表を走る紫電を貫いて、赤い剣筋が熊の身体を走る。怒りに燃えた熊の凶爪が千影を捕えたが、それに備えて炎属の防具を用意していた彼に、熊の持つ電撃効果は半減していた。
「遅いっ!!」
 一陣のつむじ風の如く走りこんだ硯が熊の足を裂き、返す刀で腰の辺りを断つ。怒りの目で熊が自分に向き直るのを見た硯は、狙い通りの展開に笑みを浮かべた。
「後悔‥‥しなさい!」
 駆け寄っていたシャロンの大剣が紅の炎気を帯びて叩きつけられる。半回転するように斜めに切り下げ、低い体勢から彼女は気を吐いた。真紅の輝きが、再び剣を彩る。
「まだ‥‥終わりじゃないわよっ!」
 そのまま、垂直に近い角度で薙ぎ上げた。受け止めようとした熊の腕を断ち割り、顎下から入った剣先は熊キメラの頭蓋を砕く。熊キメラはよろめき、そのまま仰向けに倒れた。
「次の熊は‥‥どこかな」
 辺りへ目を配るシェスチの言葉が終わらぬうちに、左と正面から大きな咆哮が轟いた。雷撃が射線上の木々を巻き込みながら飛んでくる。
「きゃっ」
「つばめちゃん、大丈夫か」
 思わず悲鳴をあげたつばめに、千影が声をかけた。
「‥‥平気、です」
 千影をはじめ、シャロンと硯は防具で雷対策を施していた為か、ダメージはほとんど無い。つばめにしても、言うほどの怪我は負っていなかった。とはいえ、対車両の破壊力に関しては先刻証明済みだ。進路も倒木で塞がれている今、本隊へは引き続き待機を願いつつ、傭兵達は残りの敵へ向く。
「‥‥まずはあっちから叩くぞ」
 向かうは正面。雷撃熊めがけて地を蹴った千影に、つばめが続く。物凄い勢いで突進してきた大熊は、源次の治療でやや血色を取り戻した硯とシャロンが引き受けた。双方を射界に収めつつ、シェスチが牽制弾をばら撒いて敵の注意を散らす。

 一方、待機中の本隊。

 熊が出ると言う森林は、小型のキメラからも襲撃を受ける地点だ。指揮官は、多少なりとも視界の開けた場所を選んでいた。とは言っても、傭兵からの指示通りに数キロ手前での待機とあっては周囲の森は深い。
「内地の人は、北海道の森を知らんわなぁ」
 傭兵達でルートをチェックしていたものはいなかった。平地を走る国道周辺ならば大きな森はなかったのだが、代わりにバグアの勢力も強い。それがゆえ、今回の輸送路にはやや西、森林を切り開いた道央自動車道が使われていた。
「‥‥もう少し、ここで停車を、‥‥お願いします」
 無線機に耳を当てていたセシリアの言葉に頷きつつも、運転席の軍曹は彼の娘くらいの年頃の少女が『傭兵』である事に違和感を拭えなかった。通信機越しに聞こえる様子では、もう1台のジープの若い運転手はそこまで堅苦しくなかったらしい。姓に熊がつくせいで小さい頃は虐められた、などと話す真帆と会話も弾んでいるようだった。そんな待機がしばらく続き。
「出たぞ、キメラだ!」
 前後の装甲車が車載の機関銃で弾幕を張ると、火線の中に時折赤い光が弾けて消える。フォースフィールドで軽減しても、小型のキメラでは耐え切れないのだ。しかし、足を止めて動けないとあれば普段ならば戦う必要のない敵とも戦わねばならない。
「アレに見つかったって事は、すぐに別のが来るぞ。真帆ちゃん、大丈‥‥」
「ありがとう。任せといて!」
 運転手が横を見て目を丸くする。ジープから飛び降り、覚醒した真帆は筋骨隆々、今までの線の細さはすっかり影を潜めていた。

●さらば、熊さん
 電撃熊に、炎の力を乗せたヴィアで千影が攻める。
『ぐるぁあ!』
「どうしたどうした!」
 熊が振るう豪腕は、やはり本来の破壊力は発揮できていない。刀を斜めに敵の打撃を受け流した千影が、背後へと声をかける。
「シェスチ、今だっ!」
 攻撃直後、ガード出来ぬ熊の顔面を、シェスチが見据える。蛍光色にきらめく瞳が、身体を巡るSESの力に呼応するように一際輝きを増した。響く銃声。そして視界を失った熊が苦鳴をあげる。
「止めはつばめちゃん、頼んだぜ‥‥!」
 千影に頷きつつ、その横を駆け抜ける穂先。つばめは気合と共に、熊の喉笛を突きぬいた。これで、2体。最初に比べれば時間がかかったが、その間を硯とシャロンはなんとか耐えていた。
「‥‥くっ」
 左右から薙ぐ爪を素早い動きで避ける硯。だが、シェスチの援護射撃もあるとはいえ、さすがに全てを回避するのは難しい。
「硯、無理はしないで。手ごわいわよ!」
 硯の逆側から、シャロンが果敢に攻め立て、源次の超機械が唸りを上げる。実体の無い攻撃には弱いのか、熊が低く唸った。が、それだけではまだ力不足だ。
「さすがに、厳しいな‥‥!」
 源次がすかさず、手傷を受けた硯を癒した。しかし、敵への弱体化に加えて味方の強化までを行っていた源次の練力にも限りがある。このままの打撃戦になれば早晩押し切られただろう、が。
「待たせたな! あっちは片付けた」
 千影の声。前衛の2人はほっと息をつく。
「魅せてくれるか、色男!」
 源次が、温存していた練力を使って熊の防御を弱体化させた。つばめと千影を加えて前衛は4名。熊はまとめてなぎ払うように腕を振り回す。
「大振りの隙の見極め、出来るはずだ」
 掛けられた声に頷き、踏み込むつばめ。硯とシャロンもここが先途とばかりに畳み掛け、源次の超機械も追い討ちをかける。一匹になった熊はそれでもよく粘ったが、ついに息絶えた。
「手ごわい‥‥敵だった」
 シェスチが本隊へ連絡を入れる間に、能力者達は道路を塞ぐ木々をのける。シャロンが豪力発現を用意していた事もあり、処理はさほど時間もかからずに終わった。

 真帆とセシリアの奮闘のお陰で本隊の被害は軽微だったが、奇襲を迎え撃つには不利な森の側という事もあり、皆無と言う訳には行かなかった。補修困難なダメージを受けたトラックを放棄し、輸送隊は再び千歳を目指す。
「まだ、他のキメラが出て来ないとも限らないけど‥‥」
 残りの行程は安全であって欲しい、とボランティアのバスへ視線を向けるシェスチ。彼の願いが届いたのか、以後はさしたる妨害も受けず、輸送隊は千歳へとたどり着いた。

●黒い髪の少女・後
「皆さんの活動は必ずや希望の光となる。どうか頑張って欲しい」
 バスから降りる人々に、源次が声をかける。はい、と頷いた少女へと、セシリアがそっと近づいた。
「‥‥本田、加奈さん‥‥?」
「はい? 本田は私ですが?」
 名を呼ばれて驚いたように振り向く少女に、セシリアは小さく頷く。
「‥‥ええと、少尉‥‥、中尉、‥‥健郎さん、の知人です」
 階級ではピンと来なかったらしい加奈も、名前を出した所で理解の表情を浮かべた。やや残る怪訝そうな雰囲気は、こんな場所で篠畑のファーストネームを聞いたゆえのようだ。
「ホンダ、さん‥‥? お父さんはUPCの軍人さんで‥‥んん?」
 その時、ちょうどすぐ側で硯と何やら話していたシャロンも驚いたように口を挟む。
「‥‥そうですか、父が。それに篠畑さんもお仕事でお世話になっているんですね」
 2人から話を聞いた加奈は深く頭を下げた。話している様子に興味をもったらしいつばめも交えて、傭兵達と少女は少しばかりの雑談を交わす。
「北海道に来るのは初めてなんです」
 観光でならば良かったのに、というつばめに一同が同意したり。
「ええ!? 男の‥‥方だったんですか」
 硯の性別を知って驚く加奈に、笑いが漏れたり。セシリアが、父親や篠畑へも連絡をとると良い、と口にした時には、加奈は少し考えるような素振りを見せた。
「そうね。落ち着いたらお父さんには連絡しないと。‥‥篠畑さん、うるさく思わない、かな?」
「‥‥声、聞いたら喜ぶ‥‥、と思います」
「そうかな。じゃあ、後でしてみます」
 おーい、とボランティア仲間が呼ぶ声がする。傭兵達へもう一度頭を下げ、背を向けかけてから。加奈はさっと振り向くとセシリアへ右手を差し出した。
「握手、して貰っていいですか?」
 握った手の力は何かの意志を伝えるように少しだけ強く。少し離れて煙草に火をつけながら、千影は面白そうな目で2人の少女の様子を眺めていた。