●リプレイ本文
●ソーニャと篠畑、あるいは教官とレポート提出の学生
「不思議ですね」
手にした薄いレポートを手に、ソーニャは軽く首をかしげる。その表情は笑顔だが、目は欠片も笑っていない。
「‥‥何が、でしょうか、博士」
「あなたが士官学校を御卒業できた事が、です」
ため息をつき、ご丁寧にこめかみを手で揉む仕草まで見せて、彼女は自身の心中を示して見せた。
「私は評価レポートと今後の対応策を求めたはずですわ。報告はもう少し簡潔に、そして結論から書いてください」
ハイ、次の学生、とでも言いそうな女史。ここが大学の研究室ならば、篠畑の留年決定、と言った所か。
「‥‥とはいえ、提案された内容には見るべき物が多いようね」
いや、首の皮一枚で繋がったようだ。ソーニャは赤ペンを手に、篠畑をちらりと見上げる。
「座ってください。これから疑問点を聞いていきます。あ、余計な事は答えないで結構ですわ。私の時間は貴重ですから」
指差された椅子は、微妙にすわり心地の悪そうなパイプ椅子だった。
「まずは、我が社の出したプロトへの評価から伺います」
淡々と言うソーニャに、篠畑は目を泳がせる。
「あー、その。着眼点は悪くないけれど性能が今ひとつって言うか‥‥」
議論の様子を篠畑は思い返した。
●会議室 〜篠畑の回想1〜
「これは‥‥、現状ではただの錘でしかないのでは‥‥」
アキト=柿崎(
ga7330)の声は、一同の総意を表していた。
「システム自体の発想はいいのだがこれではお荷物だな」
データを手に、阿木・慧慈(
ga8366)が難しい顔をする。岩龍乗りとして管制周りのシステムに興味がある、と言っていたアンジェリカ 楊(
ga7681)も、彼の手元を覗き込んで首を振った。だが、同じデータを見ていた音影 一葉(
ga9077)は目をきらきらさせて言う。
「穴は多いようですけど、発想としては面白いですね」
そう。これもまた一同の意見を端的に表していた。
「まず第一に、命中と回避が下がるのを改善して欲しいわ」
命中はまだしも、回避の低下は受け入れ難い、というアンジェの意見は概ね全員に頷かれるものだった。傭兵にとって、生存性が重要な事は言うまでも無いだろう。
「ドッグファイトをさせるのに回避が下がるのは致命的だね〜」
ドクター・ウェスト(
ga0241)の意見も同様のようだ。
「俺もマイナスは無い方が嬉しいしな、空中ではやっぱマイナス部分が大きすぎる気がする」
何となくこの任務に参加してみた、という九条・縁(
ga8248)の声も同じである。分析こそ得手ではないようだが、意見を言うという意味では立派に役目を果たしていた。
「これは狙撃支援のシステムのはずだ。回避が下がるなら命中、あるいは命中も下がるなら射程あたりが伸びでもしない限り、誰も使わないんじゃないか?」
慧慈の言葉は辛辣だが、的を射ているものでもある。
「命中と回避が下がるのは、KV制御に使用しているAIでTシステムも使用する事で起こるのでしょうから、それを別のAIで補えば何とかならないでしょうか?」
アキトが子機のデータを指差しつつ、そう提起した。彼の意見は、それ以外にもデータを送受信、処理する上で必要そうな基本は踏まえた堅実な物である。それを受けて、一葉が思案気に口を開いた。
「そうですね。考えられる重量の増加は、積載量の多い機体を選ぶ事で許容できるとして‥‥」
「ちょっと待った。しかし、積載30を更に増やすのは別の問題にならないか? それだけの重量は決して軽視できない」
そこで慧慈が口を挟む。武器一つ外して積載するに足るものかどうか、と言う彼の言葉にも説得力があった。
「別に取り付けるよりも、AI自体を強化するのはどうだろう? 台数じゃなく」
ヒューイ・焔(
ga8434)がおずおずと言ったのは、AI自体の演算能力強化と、余剰熱発生に伴う冷却効率強化案だ。それならば、重量増加は抑えられるかもしれない。
●ソーニャと篠畑、あるいは劣等生の質疑応答
「‥‥なるほど。面白い着想ね」
ソーニャが漏らした言葉で、篠畑は説明を一時中断した。
「けれども、彼らは少し勘違いをしているわ。KVの制御に使っているAI‥‥、能力者の持つエミタを上回る処理システムは現行では存在しません。もちろん、現時点での性能向上も難しい所ですし」
同業として認めたくは無いけれど、と苦笑しつつ、彼女にはスチムソン博士のAIに匹敵する物を作る事すら不可能だと言う。あるいは、他の誰にも。
「って事は、どういう事なんだ‥‥、でしょうか?」
「無理に敬語を使わなくても結構よ。‥‥つまり、傭兵さん達が望む事を実現しようとすれば、副座のKVを作らないといけないってことになりますね」
それはそれで挑戦し甲斐のあるテーマだけれど、今すぐには無理そうだ、とソーニャは言った。だが、このシステムの先を考えれば、専用搭載機の開発を狙うのも悪くないのかもしれない、とも。
「で、それ以外は? もう少し話を聞かせてもらおうかしら」
●会議室 〜篠畑の回想2〜
「効果範囲が200mと言うのは空中戦を行う場合短いので、延長してほしいな」
ヒューイの意見には、一座のほぼ全員が同意していた。
「そうですね、親機が編隊中央に常駐する事を考えると‥‥」
現状の如き性能低下がある場合は即、撃墜の危険に繋がる、と一葉は危惧している。
「空で200mは一瞬だからな。できればミサイルの射程、400mくらいは確保したいよな」
討論が激しくなった一同のために持参の飲み物類を準備しながら、縁も頷いた。
「‥‥実現可能かはわかりませんが、こういうのはどうでしょう」
それまでじっと考え込んでいたミンティア・タブレット(
ga6672)がプチロフの出してきたデータをざっくりと書き換える。重量が倍以上に増え、その代わり効果半径が300mに増えた親機のデータに、一同が首を振りかけたところで、ミンティアはもう一つの性能向上を書き足した。7機の子機と同調、と。
「‥‥『姫と7人の騎士』と名づけてみました。若干、浪漫兵器入ってますけど」
相手が相手だけに、極端にしてみた、と淡々と言うミンティアは、あまり夢見る少女のイメージではなかった。一同の驚きの半ばはそのネーミングにあったかもしれない。
「自分が姫を搭載したいかといえば‥‥」
ミンティアはそこで言葉を切る。性能的に不安を感じたのか、それとも姫という語感に照れたのか。『隻眼の女豹』という二つ名をもつ傭兵の様子からは判別できなかった。
「そうだな、最低でも親機入れて5機以上が理想かな」
一通り飲み物を準備し終えた縁はそう言うが、彼の中では機数増加の優先順位はさして高くない。一座の中では最も重量効果を気にしていた慧慈も、親機の重量増に比して得られる効果との兼ね合いを熟考している。
「普段任務に行く時を考えると、確かに数は増やしたいな」
アンジェの希望はできれば10機。それは難しくとも、4機からは増やしていって欲しい、と彼女は言う。その手にあるのは縁の淹れたカフェオレ。牛乳がやや多目なのはお察しください。
「‥‥確かに、配備数や距離さえ伸びるならば、親機の性能劣化も許容できます」
一葉が我が意を得たというように2度頷いた。
「効果範囲増加には子機を中継器と考えてみたらどうかね〜」
紅茶を優雅に傾けながらのドクターの言葉に、慧慈が頷いた。子機から子機へ、データ送信を中継していけば、擬似的な効果範囲の増加が可能なはずだ、と彼はいう。
「どこかで聞いたような方式だが、それだけに実用的なはずだね〜」
目的のために手段を選ばぬドクターの倫理観的には、この程度のアイデア借用は全く問題ない事例のようだ。ただし、この案も親機の負担増に繋がるのは間違いない。
「親機は管制下に置く機体の切り替え機能も有したい所です」
「そうだね、そうすればAIの負担軽減にもなるはずだし」
一葉の意見を補うように、アキトが2度頷いた。
●ソーニャと篠畑、あるいは教官と落第生
「総合すると、親機に管制業務を集中させる事、子機は性能低下を最小限に抑える事ね。優先順位的に言えば、命中精度を犠牲にしても回避の低下を抑えたい、と」
「ああ。俺もそれは当然だと思う。現場の意見って奴だな」
遠慮なく素に戻った篠畑の言葉が耳に入っているのかどうか、ソーニャは口元に手を当てて考え込んでいる。
「ネーミングはともかく、広範囲と多数を管制させるなら、タブレットさんと言ったかしら? 彼女のいう親機の性能は概ね妥当な辺りです」
ただ、編隊パターンの入力、設定についてはソーニャは否定的だった。20世紀後半、長射程ミサイル全盛期のように、編隊位置をパターン化できるならばそれもいいが、バグア相手の空戦では近接で入り乱れた状況が多い。
「ただ、他の誰も踏み込んでいなかった運用上の欠点をあげてくれているのはありがたかったですわ」
乱戦、高速戦闘になれば、少々効果範囲が広がろうとも防御の脆弱な親機が敵の攻撃に晒される機会は増える。そして、この編成の弱点は親機が失われた時の弱体化。
「言われるまで気付きませんでしたけれど、このシステムを導入する事で、現地での臨機応変な対応能力が減る、というのは新鮮な指摘でした」
良くも悪くも、システム運用時はそれを前提とした編隊配置を取らざるを得ない。例えば側面の攻撃に通常以上の脆さを示す可能性もあるだろう。
「それに、ウェスト博士と阿木氏のおっしゃる子機による中継も面白い着眼点ね。その場合は多少の重量増加が否めないけれど。コンペに残す価値はある提案ですわ」
ソーニャの感心したような声に、篠畑は我が事のように破顔した。
「音影さんと柿崎氏による、親機側で制御する子機の任意切り替えについては、実装可能だと思います。ただ、自動でと言う訳には行かないので、親機の操縦者が手動で行う事になりますけれども」
その操作の代償として、親機からは攻撃や移動の機会が失われる事になるだろう。
「他にも、面白そうな提案はいくつかあったぜ?」
篠畑が別途まとめていたらしい数枚のレポートを差し出すと、ソーニャは最初の投げ遣りぶりが嘘のようにそれを熟読し始める。彼女の中の傭兵への評価は随分と上がったようだ。
「ウェスト博士のフォースフィールド探知機‥‥。うーん、悪いけれど私では専門外ですね、これは」
ただ、もしも本気で考えるならば、そもそもフォースフィールドが電磁波を出すであろうというウェストの仮定から検証しなおさなければならない、と彼女はいう。
「フォースフィールドをはじめ、怪光線や慣性制御など、バグアの科学は私達の仮定を一切許さないほど異質ですから。無論、実戦でデータを収集するためのテスト機を開発したいと言う熱意も理解は出来ますけれど、それよりも確実に分かっているこちら側の技術による物を、私は提供するつもりです」
よく言えば堅実さであり、悪く言えば鈍重さ、となるだろうか。彼女の本質は科学者と言うよりは技術者なのだろう。
「‥‥それと、こちらの楊さんの提案。親機と子機を多数にするのではなく一対一にするという物については‥‥、必要な物かどうかを検討してみます」
同一目標を複数機で狙い、最終的な効果をあげる作戦は既に能力者たちが実戦で行っていることだ、と彼女はいう。名古屋で黒い影を追い詰めたのもそうだし、シカゴでステアーを撃つのに使われてもいた。この例からすれば、単一目標への同時攻撃は、管制機のデータ補正を待つよりも、即応力を重視して能力者自身の制御AIに委ねた方が良い場合もある。
「もっとも、この点は私の私見です。この着想が全く見落としていた点なのは否定しないわ」
次にめくったレポートで、ソーニャは小さく唸った。
「‥‥別に機密でもないのですけれど、子機のみの運用は次期開発計画には含まれています。この九条氏の提案はそれと似ているわね」
親機を搭載した制御機を敵地に飛ばし、子機を搭載した地上からの対空ミサイルを自律誘導させる案、それに長射程の巡航ミサイルを制御機が地上目標へ最終誘導する案などが考えられていたと彼女はいう。
「Tシステムの子機は高価な物になるから、そうそう失うわけにもいかないのですけれども」
そう言いながら、もう一度彼女はレポートを最初から読み出した。篠畑が書いた物に、それに倍するほどの朱が入ったそれは読み難そうだが、彼女にとっては苦にならないらしい。
「そういえば、音影さんがあんたに会って直接色々提案したいって言ってたぜ」
まぁ、止めとけって伝えたけれど、物凄く残念そうだった、と篠畑が告げると、ソーニャはじろりと彼の顔を睨めあげた。
「‥‥どうしてその提案を受けなかったのですか」
「え、いや」
さすがに、『うるさいソーニャに直接会って難癖とかつけられるのが可哀想だと思った』等と言う本音を口にする訳にも行かず、篠畑は口ごもる。
「そうですね。よく考えれば間にメッセンジャーを挟む事なんて無い訳ですし」
彼女はポンと手を打ってから篠畑を横目で見た。
「次回からは、私が直接皆さんにお会いします。あ、少尉はもう帰って下さって結構ですわ。今回はお疲れ様でした」
篠畑は苦笑しながら軽く頭を下げる。彼は、手ひどくお払い箱を受けた事を自分が納得している事に気付いた。能力的なものは勿論の事、気分的にもこうなって当然だ、という思いがある。ソーニャが傭兵達の能力を不当に見誤る事が無かったのが意外だったせいだろう、と彼は自分の心中を分析した。
「そうか、相手を上っ面でしか見てなかった俺の方が失礼だった‥‥、か。悪い事をしたな、博士」
「‥‥何か仰いまして?」
篠畑は、顔を上げたソーニャへ素早く敬礼を送ってから、そのまま会議室を後にした。この先は、きっと能力者たちと彼女でうまくやっていけるだろう。