●リプレイ本文
●荷台の中と運転席
ガタガタと揺れるトラックの中、続いていた会話がふと途切れる。原因は単純だ。水を向けられていた者が返事を返さない、それだけのこと。フォル=アヴィン(
ga6258)がもう一度、前席へ停車を促す。
「っと、すまん。考え込んじまってたようだ」
ハンドルを握る篠畑がそう答えた。ほっと誰かが息をつく。傭兵達の多くは篠畑の状態を気遣っていた。
「おやっさんが‥‥強い人だという事‥‥、篠畑さんの口ぶりから‥‥分かる‥‥」
幡多野 克(
ga0444)が言葉を選ぶように告げる間に、篠畑はトラックを停める。
「大切な‥‥人は‥‥助け、たい‥‥よね‥‥」
言いながら、リュス・リクス・リニク(
ga6209)がメモを篠畑に差し出した。
「ん? これは‥‥?」
首を傾げた篠畑が中を見て苦笑する。克と共に先の依頼で篠畑を助けてくれた少年、如月からの伝言だった。『突撃は絶対に禁止、感情に流されてはいけない』と書かれたメモは、折りたたまれて篠畑の胸ポケットへ。
「俺って、やっぱり頭に血が上りやすいって思われてるのか?」
問いかけられたセシリア・ディールス(
ga0475)も、篠畑と任務で組むのは2度目だ。故に、篠畑の性格もおおむね理解していた。少女は短い沈黙の末に僅かに眉根を寄せる。
「‥‥いや、その顔でよくわかった。皆には心配をかけてすまん」
やや落ち込んだ様子で、周囲へと謝る篠畑。
「篠畑少尉、これを。少尉には捜索をお願いします。セシリアさんの指示に従って頂けますか?」
1台余分に持ってきたと言うフォルから、篠畑は頷いて無線機を受け取る。セシリアは少し首を傾げていた。その顔でわかった、と言われた事はこの島に来る前にはあまり記憶になかったから、やはり自分は変わってきたのかもしれない、と。
「万が一、隊長がどんな状態であったとしても、敵に突っ込む事だけは‥‥するな」
ヨシュア(
ga8462)がそう小声で告げる。年齢より若く聞こえる声質とは裏腹に、どこか乾いた口調だった。篠畑は首肯を返しつつ、トラックから降りる。
「任せておけ。俺達がちゃんとお前が教官と無事再会出来るようにしてやるからな」
ザン・エフティング(
ga5141)が親指を立てつつ小粋に笑う。その様子は一昔前のテレビのヒーローのように見えた。ひょっとしたら普段から角度やポーズを研究しているのやもしれない。
「‥‥ドラゴン型キメラの実力には興味があるからな」
もう篠畑を気遣う素振りは見せないヨシュアの声に、最年長のジェット 桐生(
ga2463)も同意するように頷く。
「OK、じゃあ『Dragon Slayer』といきましょうか」
シャロン・エイヴァリー(
ga1843)の声で、一同は行動を開始した。
●龍との遭遇
ドラゴンキメラはすぐに見つかった。そして、撃墜された輸送機の残骸も。原型を止めないほど破壊した輸送機の破片の上に、キメラはとぐろを巻いている。寝ていてくれれば都合が良かったのだが、キメラは頭をもたげて傭兵達のいる方角を眺めていた。おそらく、自動車のエンジン音を聞きつけたのだろう。
「あれがドラゴンね‥‥」
思ったよりも大きくない、報告を聞いた時にはそう思っていた傭兵達だが、実物を目の当たりにするとそれなりに怖い。
「と、弱気にならないっ。ただの大きいトカゲじゃない」
鼓舞するように呟くシャロン。だが、前肢の太さは彼女の胴回りを優に上回り、剣呑な大顎に頭上から噛み付かれれば腰まである自慢の金髪が全て、軽く一飲みにされそうだ。
「私の実家の庭にだってあれぐらいのトカゲの2匹や3匹‥‥」
「‥‥いる、の?」
きょとん、としたようなリニクの声が絶妙なタイミングの合いの手になる。
「いない、かな」
照れたように言うシャロンに、フォルが元気付けるように笑いかけた。彼らが、ドラゴンの正面を押さえる役回りだ。龍の目線を避け、オリーブの木々の影を縫うように3人は歩を進める。接近するだけは接近して即応体制をとりつつ、探索に回ったセシリア達がパイロット達を見つけるか、あるいは龍に気付かれるまでは交戦を控えたい所だ。
探索開始にあたり、篠畑がまず提案したのは見通しの良い場所への移動だった。キメラから見つかる危険もあるが、救助者からも見える位置、ということだ。
「こういう場合‥‥何処に避難するのが、一般的でしょう?」
セシリアの言葉に、篠畑は鼻の頭に人差し指の第二関節を当てて考え込む。不時着地点から徒歩で動いたとして、なおかつ怪我人もいる場合だと仮定すれば、それほど選択肢は多くない。
「ここか、あそこか‥‥、あるいはそこだな」
篠畑が指し示した場所は、セシリアが距離を基準に考えていた物と同じだった。キメラからの距離は等しく2〜300m程だが、綺麗に散っていて全部を回るのは大変そうだ。
「では、手分けして‥‥」
言いかけたセシリアの視界で何かがキラリと輝いた。
「なんだ、おやっさんが先にこっちを見つけたようだな」
篠畑が苦笑する。セシリアが向けた双眼鏡の先で、シグナルミラーが数度瞬いた。さっき選んだうちの一箇所からだ。篠畑が持参していたミラーで1度だけ返事を送ると、小屋からの信号はおさまった。昔のパイロットならばモールス信号も必修だったろうが、残念ながら篠畑ではSOS程度しかわからない。
「‥‥とりあえず居場所はわかった。他の皆に連絡してもらえるか?」
ほっとした様子の篠畑に言われるより前に、セシリアは無線機を手にしていた。彼女から双眼鏡を受け取り、篠畑は小屋を見る。その口元が小さく綻んだ。
キメラの背後へと回り込んだジェットと克は言葉少なく、龍の後姿を見ていた。2人ともが警戒している尾は、こうしてみると実に長い。それに、広げれば尾の長さと同じくらいありそうな翼。今回の敵に空へと逃げられる事を危惧した傭兵達は、第一目標に翼をあげていた。
「‥‥あ、隊長さん、見つかったみたいです。早かった、な」
金髪に変じた克の語調はやや語気の弱さが減っている。無線機のセシリアからの朗報を伝える克に、ジェットはやはり口を開かぬまま小さく頷いた。
「お、あっちには何か連絡があったのか? 動き出したぞ」
前方班の3名と後方班の2名が位置を微妙に変えるのを見て、ザンが呟く。側面攻撃を担当する予定のザンとヨシュアの手元には無線機が行き渡らなかったゆえ、少し動きにタイムラグが生じていた。隊形が微妙に崩れたこの瞬間にキメラが動き出したなら、包囲攻撃の利点が減じたやも知れない。しかし、幸いな事にドラゴンキメラはさほど鋭い感覚を持っているわけではなかった。
「準備にぬかりは無い‥‥いつでも行けるぜ」
長い髪を結わえ直すヨシュアの口元を、薄い笑みが彩った。瞬間、キメラが、吠える。誰かの気配を察したようだ。包囲をしかける班同士の間隔は既に50mを下回っている。
「さて、ダンディに行きたい所だな?」
ザンは小銃を手に不敵に笑った。
●戦闘開始!
「始まったか!」
戦いが始まったなら、もう身を伏せて移動することもない。篠畑は身を起こして駆けはじめる。速度はセシリアに合わせているが、それでも戦地までへはそうかかるまい。
「‥‥本当に、行かなくても‥‥?」
「ああ、危険な戦いを君らだけに任せて来たなんていったら、おやっさんに俺がボコられる」
答える篠畑の眉間からは、ずっと取れなかった皺が消えていた。
キメラの鼻面へ、フォルの放った貫通弾が打ち込まれた。青い体液が赤い鱗を染める。しかし、そこまでだ。
「‥‥随分硬いですね」
だが、ダメージがさほど通らずとも最低限の狙いは果たしている。敵の注意がそれた隙を縫うように、足元へとシャロンが駆け込んでいた。ぬらりとキメラが首を向けた先にはフォルはもういない。銃で痛手を与えるのは厳しいと見た彼も、キメラへの間合いを詰める事を選んでいた。
「‥‥のーろ、まー!」
覚醒したリニクの弾頭矢がキメラの顔面を襲う。が、その爆発は赤い外皮の表面を撫でるに留まった。二の矢を番え、放つ。雷を伴って飛ぶ矢は、やはりこの龍の表皮を貫く事は難しいようだった。
「ぐるるるる‥‥」
立て続けの爆発に視界を塞がれた龍が首を一振りする間に、フォルもキメラの間近に駆け寄っている。
「さぁ、ハッスルタイムだ!」
ザンの威勢のいい掛け声と共に、キメラを側面からの銃撃が襲った。大口径のショットガンから放たれた弾丸に、龍がはじめて怒りの声をあげる。ザンの狙いは図体の割りに薄べったい翼。例え丸ごと失ったとしても生死に関わるようなものではないだろうが、飛行機能に不可欠な器官を狙われたのは不快だったようだ。
「‥‥合わせ、ます」
克が月詠を上段に構えた位置は、キメラの尻尾すら届かぬ後方。しかし、克の周囲で空気が揺らぐ。振り下ろした剣が生み出した空気の刃は、既に穴だらけだったキメラの翼の薄い皮膜をザックリと切り裂いた。
銃を手にしたザンや衝撃波を使える克と違い、大剣を得物にするヨシュアには翼狙いは難しい。相手が伏せていれば高さ的には届くのだが、攻撃姿勢を取ったドラゴンキメラは上体を起こしていた。
「ならば‥‥足を狙わせてもらう!」
取り回しの困難な両手剣のヨシュアだったが、大きく鈍重な敵は当てるに容易だ。駆け寄って、側面からの流し切り。鉄を叩いたような感触が腕を痺れさせるが、剣先は確かに鱗の内側へと届いている。
●龍を倒す、文字通り
それだけの猛攻を受けつつも、キメラはまだ戦意旺盛だった。ボロボロの翼はともかく、足や尾に受けていた軽傷はじわじわと塞がっていく。
「‥‥手強いが、精神は1つだろう。注意を散らせて行くか」
ジェットが白く濁った呼気を吐き、尻尾へと踏み込んだ。同様に克とザンも間合いを詰めている。相手の厚い装甲に対するに遠隔武器はやや力不足だと見たのだろう。
「うわっ!」
その瞬間、後ろ側をキメラの尾が鞭のように薙ぐ。武器を盾に衝撃の半ばを逃がしたが、今度は頭上から打ち下ろされた。克とジェットが敵の打撃をひきつけた間に、前面ではシャロンとフォルが切り込んでいく。タイミングを合わせた前後の連携は、確かに相手の防護をくぐるには有効だ。2人の斬撃に胸部を青い血で染めた邪竜は、前面を脅威と認めたようだった。
「ちっ‥‥!」
振り回される最初の爪は回避、しかし逆の爪は避け切れない。受け止めたフォルが衝撃に顔をしかめる。そこへ振り下ろされる顎。間一髪身を伏せる。
「どういう手数よ!」
爪を大剣で受け流しつつ、シャロンが舌打ちした。敵は、薙ぎ払うことで2人を同時に攻撃している。もしも固まって戦ったならば、3人くらいは巻き込まれたやも知れない。受けていた痛みがやや軽くなる。
「‥‥遅く、なりました」
超機械を手に、セシリアが立っていた。肩で息をしている割に表情は平静だ。
「少尉、援護をお願いします」
立ち上がったフォルが声をかける。
「おうよ!」
篠畑が弓を構えたリニクと並ぶようにキメラへと小銃を向けた。篠畑の射撃も外皮に阻まれるが、敵の注意を逸らす程度の役には立っているようだ。側背からの間断ない攻撃がさらに龍を混乱させる。だが、異常な堅さと回復力を備えた敵を押し切るにはもう一押しが必要だった。
「‥‥私が隙を作るわ」
「ですね。では俺は牽制に」
狙うは前足、という部分まで前衛の2人の思考は一致している。敵の攻撃を捌き、崩すにはシャロンの得物の方が向いていた。
「‥‥危ない、牙が‥‥来る」
後ろから敵の様子を見ていた克が、声をあげて警告する。龍の顎は虚しく空を噛んだが、即座に左右の爪が振ってきた。左の爪はフォルが弾く。右爪の下に身を滑らせたシャロンは、頭上に掲げた大剣で龍の一撃を受け止めた。受け流すでもなく、打ち落とすでもない姿勢ではダメージを逃がす術は無い。
「くっ‥‥、流石に‥‥」
彼女の腕で電流が青い火花を散らす。悲鳴をあげていたのはエミタだけではない。シャロン自身の肉体も、軋み音をあげていた。だが、華奢に見える肢体は崩れない。彼女の狙いは、敵の打撃を受けきった後にあった。
「マジかよ‥‥」
誰かが呟く。誰よりもそれが信じられなかったのは、キメラ自身だっただろう。がくりと彼女の膝が曲がり‥‥、すぐに伸び上がった。
<証言>
「その時、どりゃああ! って掛け声がしてな。何事かと思ったんだよ。俺は目を疑ったね」
「もう少し、女性らしくなかったですか?」
「‥‥たぁぁあ、だと‥‥思う」
掛け声はともかく、この瞬間のシャロンはドラゴン相手に純然たる力で勝っていた。斬り返された龍の上体が泳ぐ。その隙を、傭兵達は見逃しはしない。
「‥‥必殺の一撃は、凌がれれば脆いと知れ。そして‥‥」
ジェットの静かな批評は、暴風の如き一撃を伴っていた。
「これはまだ、俺の必殺技ではない」
紅蓮の斬撃がキメラの尻尾を裂く。
「これで終われ!」
ザンの刀が紅く輝き、腹を深々と切り裂いた。止めとばかりにセシリアの超機械が放つ怪光線が二条、のたうつ巨龍の身体を貫く。
「今です、少尉!」
フォルの声。苦悶の表情で身をそらしたキメラへと、篠畑が大剣を振り下ろした。
●素直じゃない野郎ども
セシリアの治療や仲間達の応急手当で、パイロット達はすぐに歩ける程度まで回復した。
「何でお前がこんなとこにいるんだ?」
雷声が響く。
「へへ、鬼が雲から落っこちたっていうんで、泣きっ面を見にな?」
篠畑の声は、やけに陽気だった。
「いい気になるなよ? 若造が」
「年寄りは家で隠居がお似合いだぜ、おやっさん」
「篠畑さんと隊長さん‥‥。なんか‥‥親子みたい‥‥」
克がクスリと笑う。
「「誰がだ!」」
突っ込みは、ほとんど同時だった。口を尖らせてプイッと離れる2人に苦笑しつつ、ザンは青空を見上げる。
「あの人は今頃どうしているかな?」
彼にとっての恩人を想い、ザンは目を細めた。
「引き上げましょう。ここを奪い返すのは大規模作戦までお預けね」
シャロンが一同へと声をかける。応、と返る声の中に、最年少の少女の物がなかった。敵の死体を前に、思いつめたようなリニク。篠畑は、かけようとした言葉を思わず飲み込んだ。
「‥‥駒じゃ、ない‥‥駒じゃ‥‥ない‥‥」
呟き続ける少女の背を、篠畑はわざとらしい荒っぽさで叩く。
「さ、行くぜ、ちびすけ。基地に帰ったら、何でも奢ってやるから、急げ!」
驚いたように瞬いて、それからリニクは小さく頷いた。
「あんた、良い部下を持ったな。‥‥いや‥‥仲間、か?」
ヨシュアの言葉に思わず頷いてから、本田隊長は小さく唸る。
「絶対、あいつには言うんじゃねぇぞ?」
付け上がるといかん、と言う本田隊長の目尻は少しだけ下がっていた。