●オープニング本文

　イベリア半島を巡る情勢は、僅か１日余りで急変していた。東部の都市バルセロナ、バレンシアは半日を置かずして陥落。交戦初期に脱出した一部の住人や部隊からの情報によれば、海上からの奇襲による電撃的な制圧だったと言う。
　この事態に対し、スペイン在留陸軍は南方に備えていた部隊の集結、再編を試みていたが、バグアに対して明らかに後手に回っていた。また、空軍によって行われた２都市への偵察作戦は数次に渡って全滅、あまりの被害の甚大さに偵察の続行が不可能となっている。
　手詰まりの状況の中、またもや傭兵達に白羽の矢が立つのであった。

「とりあえず先に言っておこう。傭兵諸君、状況は最悪のようだ」
　マドリード駐留隊の空軍司令は、フランス人らしい気取った仕草で首を振った。だが、その説明には誇張が無いようだ。トレードマークの鷲鼻は心なしか下がり、禿頭はやや艶を失っている。
「状況説明は俺からしよう。まず、この２４時間の推移からだ」
　作戦課の大尉が収まりの悪い髪をかきながらそう言うと、背後の画面に戦域地図が表示された。
「バルセロナ、バレンシアの２都市からの連絡が完全に途絶えたのが１４時間前のことだ。その少し前から、戦域規模でのジャミングが確認されている」
　おそらく、２つの都市への強襲は海上から短時間で行われた物だ、と大尉は付け足す。両都市の沿岸部隊が消息を絶ったのが２６時間前。僅か１２時間での都市攻略は、敵ながら手際が良い。
「南へこっちの注意も引き付けられていたが‥‥、それも利用されたと言うことか」
　陸上部隊の指揮官が舌打ちをする。彼の指揮下の戦力は多くが中南部の都市ハエンに駐留していた。撤収を急いでいるが、間に合うかどうかは微妙な所だ。
「さて、傭兵諸君にお願いしたいのは、偵察任務だ」
　空軍司令は画面上の都市、バルセロナを指差した。
「我々には、圧倒的に情報が不足している。今後の作戦を練り直すには敵情の理解が不可欠だが‥‥」
　この２つの都市を偵察に飛んだ機は、全機未帰還となったという。
「しかも、都市周辺は今までにない濃密なジャミングをかけられている」
　偵察機がただ撃墜されるだけならばまだしも、その前後の状況すらわからないそうだ。全く何もわからない状況への偵察任務を依頼するのは心苦しい、と言いながら、大尉は唇を曲げた。
「キャスター准将からの連絡によれば、撃墜寸前の味方機から送られた情報に未確認機に関する物があったようだ」
　敵制圧圏内には多数の正立方体ブロック状の浮遊物体が確認されており、どうやらそれらのワームが電波撹乱源である可能性が高い。そして、このワームのジャミングに紛れて近づいた謎の敵機が偵察隊を一瞬で葬った‥‥ということのようだ。敵機の数は１桁程度であろうとも、分析結果には明示してある。
「情報どおりだとすれば、待ち構えているのは化け物だろう。が、俺達には選択の余地が無い。このままではイベリア半島を放棄する可能性も視野に入れねばならん」
　犠牲を厭わず、敵の情報を収集すること。これが今回の最大目的である。

「君達への依頼は、バルセロナ地区への偵察部隊の支援行動、だ」
　ずらりと並んだＫＶパイロットに対して、大尉はそう告げた。空からの偵察は困難であるとの点から、ここへの強行偵察は陸路で行われるらしい。その為に特殊機サンドリヨンが北米から回されているのだと言う。
「本命が偵察に赴く間、予想される敵の警戒部隊の注意を可能な限り引きつけてくれ。まぁ、余計なところに眼を向けられないように忙しくするって所が狙いだな」
　サンドリヨンの活動の間中、撹乱するのはＫＶの継戦能力的に限界がある。求められているのは、最も必要な時を選んで急襲し、相手に手痛い思いをさせる事のみだ。
「当日は、現地の戦闘機隊も離れたあたりを飛び回って連中をうるさがらせてやる予定だ。化け物はともかく、ヘルメットワーム辺りにいきなり出くわして遭遇戦、なんて言う心配はないようにしておこう」
　大尉の声に、空軍司令が頷く。
「あちらとのスイッチも考えて、切り札であるお前達の出撃タイミングはこちらで指示する。まぁ、夜明けの時刻になるだろうから、睡眠はしっかりとっとけよ」
　言いながら、大尉はバルセロナ周辺に、おおざっぱな円を描いた。１００ｋｍ以下、およそ７５ｋｍといった辺りだろうか。
「敵部隊の防空圏は恐らくこの辺りだろう。というか、ここより先に突っ込んだ偵察機は全滅している」
　先にも言ったように、そこに何が待ち構えているのかはわからない。心してかかって欲しい、と大尉は告げた。
「そうそう、お前達には必要ないかもしれんが、申請すれば偵察用の特殊カメラを装備する事が出来る」
　都市の上空まで到達するのが主任務ではないが、それでも得られる物はあるかもしれない。可能ならば考慮しても良いだろう。
「イベリア半島の維持は諸君らの奮闘に掛かっているといって過言ではない。健闘を祈る」
　大尉は居住まいをただし、見事な敬礼で傭兵達を見送った。

●参加者一覧

●リプレイ本文

●‥‥Day　After
「今回の責は、状況を読めなかった俺たちにある。諸君の代替機に関しては同等機をこちらで手配するから心配するな」
　作戦課の大尉はそう言って、傭兵達に頭を下げた。そんな彼を、白衣の天使というにはやや年かさの看護婦がねめつける。
「いくら能力者が頑丈といっても、安静は必要なんですからね」
　敵の陸上戦力の配備が滞っていた事が幸いしたのだろう。撃墜されたパイロット達は全員、人類側の勢力圏まで帰還していた。幸いな事に誰も生命に別状はない。
「‥‥ああ、すまなかった。ゆっくり休んでくれ。お前たちが持ち帰った敵のデータは無駄にはしない」
　それだけを告げると、大尉は部屋を後にした。

●出撃前
　伊藤　毅（ga2610）とアルヴァイム（ga5051）の両名は、空軍司令に作戦条件の確認を行っていた。全く先が見えない状況へ突っ込む危険任務であり、交戦開始後に後方の指揮者と連絡が通じる状況とは限らない。部隊が危険にさらされた場合、現場の判断で退却決定を下す許可を、彼らは要求するつもりだった。
「‥‥私は君達をスペシャリストとして扱っているつもりだ。無論、必要と判断した場合は命令を下す事もあるだろうが、今回委任した任務については君たちの裁量を信じている」
　事前に傭兵達が設定していた退路の立案や細かい撤収条件など、司令が納得するだけの材料を揃えていた事にもよるだろう。現地部隊の展開を考えて幾ばくかのルート修正を指示してきた以外は、彼らの計画は拍子抜けするほどにあっさりと承認された。
「上手に使われている気もしますが‥‥、うまい言い方をしますね」
　軍事組織にいた経験のある毅にしてみれば、指揮系統に組み込むよりは独立で扱う方がずっと楽な事は理解できる。角の立たない言い方をするあたりが年の功だろう。
「ですが、動きやすくはなりました。それで十分です」
　アルヴァイムの言葉に、毅も大きく頷いた。

　一方、仲間達は待機所にて思い思いの体勢で出撃の時を待っていた。
「やれやれ、何も分からない所に突っ込んで陽動しろとはねェー」
　そう言いながらも、獄門・Ｙ・グナイゼナウ（ga1166）は別段任務内容に不満があるわけではなさそうだ。むしろ、理由さえ妥当な物ならば危地に向かうこそ本懐だ、と笑う。
「俺達の役目はサンドリヨンが偵察し易い様、敵さんの目を引き付けるコト　‥‥ってか」
　威勢良く言うノビル・ラグ（ga3704）は年頃ゆえか、屈託無く元気一杯だった。年少の二人の様子を微笑ましげに見ながら、霞澄　セラフィエル（ga0495）が静かに口を開く。
「この空域には敵の未確認機もいるとの事ですし、文字通り何が出てくるか判りませんので、油断せずに注意して行動しましょう」
「ＯＫＯＫ、ササッと行ってパパッと片付けちまおうぜ！」
　２つほど年上の少女の言葉に、少年はニカッといい笑顔を見せた。
「目的は陽動‥‥」
　ミンティア・タブレット（ga6672）がぼそりと呟くと、ノビルも分かっていると言うように頷く。彼とて言うほどに任務を楽観視しているわけではない。だが、それでも事態を前向きに捉えられると言うのが少年の特権と言うものだろう。
「最も必要な時に、最もいい場所に、最大の一撃を。んん、実に解りやすくて結構ですね」
　鈴葉・シロウ（ga4772）が言うように、今回の任務は単純明快だ。だからこそ、個々の技量や僚機との連携による部分がどうしても多くなる。霞澄と共に新型機の相手を担当するソード（ga6675）は、突入時の彼女との位置関係を再度確認していた。
　今回の作戦に際して、傭兵達が取った編隊案は２機ペアのいわゆるロッテ編成を３組づつという組合せで、チームを２つ組むと言うものだ。チーム内の各ロッテ同士の連携は、岩龍を含む指揮ユニットがそれぞれ行う形だった。
「うちの慣らし運転は万全やで。燃えるぜ！」
　あふれるエネルギーを持て余し、軽くランニングで身体を動かしていた三島玲奈（ga3848）が待機所へ戻ってくる。
「うむ。もういつ要請がかかってもおかしくはない時間だのう。わしも身体をほぐしておくか」
　彼女に触発されたか、バディを組む醐醍　与一（ga2916）も長身ながら締った身体を左右に捻る。そんな中、南部　祐希（ga4390）は、静かに作戦案とそれに従った自機の行動パターンを反芻していた。
「‥‥岩龍を直接狙われる可能性も考慮しないといけませんか。そうすると‥‥」
　フォル＝アヴィン（ga6258）もまた考え込んでいたが、彼が想起していたのは自機の動きよりも敵の動きだった。どのように攻められるか、そしてどのように対応すべきか。自身の予想が当たっていれば対処も早くできるだろうが、想定外の事態に遭遇した場合は、むしろ何も予期せずに事前の作戦に従う方が良い場合もあるやもしれない。今回は一体どちらになるだろうか。
『傭兵諸君、偵察隊が出立してから規定の時間が過ぎた。その他のシークエンスも全て予定通りに経過している。諸君達の出番だ』
　スピーカーから、フランス空軍司令の声が流れる。それが終わらないうちに、傭兵達は席を立っていた。

●そして、僅か１０秒の悪夢
『ほほう？　高空からまっすぐ、か。見つけてくれといわんばかりのこれはどう見ても陽動ではないか？　嘆かわしい』
　年配の男の声は、内容と裏腹に楽しそうに響く。
『傭兵とやらを随分評価する方もおられるようですが、やはり野良は野良。‥‥フフフ、正規軍の方がまだ歯ごたえがありそうでしたよ』
　それに若い男の声が答えた。通信機越しのいずれの声にもノイズは全く乗っていない。
『奴らを甘く見るなよ、スコルピオ。‥‥意外としぶとい。俺はもう何度かやり合ってるからな』
　２人の声に、中年の男の渋い声がかぶさった。一瞬の間が置かれてから、通信機が幾通りかの反応を吐き出す。その多くは嘲笑だった。
『では、あなたが手こずったと言う連中のお手並み拝見、と行きましょう。‥‥おっと雪辱に燃えておられるんでしたね。あなたもご一緒にいらっしゃいますか？』
　若い男の笑い声を最後に、通信は途切れる。コクピットの中、鉄仮面の下から歯軋りの音が聞こえた。

「こちらF−eye。ジャミングが‥‥酷い」
　ボソリと呟いたミンティアは隻眼を空へと向ける。キャノピー越しに広がる青空は、電子妨害で埋め尽くされていた。おかげで発信源のキューブの居場所以外ほとんど見える状態ではない。２機の岩龍を擁していなければ、２手に分かれた部隊同士の連絡など不可能だっただろう。
「サイコロだけに出たとこ勝負？　いいや、今度も真剣勝負や」
　遠望できるキューブワームの姿に、玲奈が軽口を叩く。彼女の属するデルタフライトからの距離は既にｋｍのオーダーを切ったが、敵からの反撃の様子はまだ見えなかった。青っぽく輝く正立方体は、互い違いの２列で、３００ｍほどの間隔を保って並んでいる。
「ファイフライト、各自‥‥、攻撃を開始」
　ミンティアからの連絡に、毅も管制下の２ペアへと攻撃を指示した。毅機の直衛であるフォルも、友軍へ援護射撃が可能な位置まで前進する。長射程の武器でキューブへと射撃を試みる仲間を、やはり長射程で援護する位置。キューブからは８００ｍ程と言うのが、フォルと毅のロッテが選んだ位置だった。
「‥‥っ！？」
「なんや、これ？」
　途端、醐醍と玲奈を奇妙な頭痛が襲う。眩暈、そして動揺。僅かにぶれる照準を合わせなおしてから、玲奈は引き金を引いた。１発、それから翼下のミサイルを追撃に送り出す。宙に漂うキューブは回避らしい回避をする様子も見せず、全弾が目標へと吸込まれた。爆発と共に、頭痛も消える。隣では、醐醍も別の敵を落としていた。
「今のけったいな‥‥」
　言いかけた玲奈機のコクピットに警報がなる。
「ロックオンアラート！？　んな、アホな！？」
　バグア相手に聞くはずのない警報音に驚く間もなく、衝撃が立て続けに襲った。玲奈は機体を何とか立て直し、不時着態勢に持っていく。堅牢な作りのバイパーの左翼は半ばから吹き飛ばされていた。
「何だと！？」
　一瞬で僚機を喰われた醐醍が驚愕の声をあげる。
「‥‥Ｄ３、ダウン。Ｄ１、Ｄ２？　フォロー可能か？」
　毅の声に答える余裕は、霞澄とソードにもない。敵は各ロッテに同時に奇襲をかけてきていた。キューブの並ぶ辺りに姿を現した赤い敵機は瞬時に１ｋｍ程の間合いをつめてくる。疾駆する姿は人類側のブースト加速に酷似していた。
「っ！？」
　前を飛ぶソード機が一瞬で爆炎に包まれるのを見て、霞澄は悲鳴を漏らす。岩龍の支援範囲下にある事に僅かな安心があったのだろうか、敵の接近への反応が遅れたのだ。
「気を張って下さい、霞澄さん！」
　そんな彼女の耳朶を、ソードの声が打った。複数の直撃を受けてなお、彼の青きディアブロはまだ生きている。傷だらけのソード機にも油断を見せず、赤い輝きを纏ったまま追撃の構えを取る敵機。この敵の殺気に、ソードは微かな既視感があった。思い浮かぶのは、バグアのエース、海峡、そして迷彩。
「‥‥この敵！　“彼”ならば、無策ではいないはずです！　警戒を！」
　ソード機の援護に入った霞澄は、その声と同時に感じた殺気にゾクリと背筋を震わせた。機首を翻した斜め下方、予想外に近い距離に別の敵機が現われている。綺麗に回避できるような距離ではない。ならば、いっそのこと。
「ミサイルとレーザー、両方試させて頂きます‥‥！」
　落下の加速度を加え、ロール気味にコースを捻りながら敵機へと間合いを詰める霞澄機。だが、敵の動きはその上手を行った。掛け違った敵は無傷。霞澄機は白く煙を引きながら墜ちていく。

「光学迷彩‥‥、か」
　レーダーで目を潰され、視覚的にも潜む敵。フォルが混乱に陥らなかったのは事前にその可能性を予測していたからだ。その彼の視野の中で、青空の一角を赤が割く。敵が占めた位置は、毅機への絶好の射撃位置だった。
「危ない！？」
　咄嗟に飛び込んで、岩龍を庇う。フォルの選んだ行動は敵も予想していなかったのだろう。そして、フォルが予測していなかったのは敵機の凶悪なまでの攻撃力だった。深紅の輝きを増した機体から放たれた無誘導弾は、フォルの機体を爆圧で蹂躙する。堅牢さにおいては定評のあるディスタンといえど４度目の直撃には耐え切れなかった。黒煙を引きながら、地へと向かうフォル機。
『‥‥自己犠牲、という奴かね？　下らんな。実に』
　機内で老人がそう呟く。一手を耐え忍ばれたとはいえ、その赤い機体の顎から逃れるには、岩龍はあまりに非力に見えた。

「なんだ、こいつ‥‥！？」
　キューブへの攻撃開始後、ノビルの正面に降って湧いたように現われた機体は、彼の髪の色と同じく深紅。その赤が更に禍々しく輝きを増す。本能的に、少年はこれが強敵だと理解した。ライフルではなくＧ放電装置を選んで引き金を引く。しかし、絶対の命中精度を誇る電撃を、謎の機体は余裕を持って回避した。否、ただ回避しただけではない。抉りこむように側面を取った敵機の真っ赤な残像が目蓋に映る。
「‥‥とにかく時間を稼‥‥ぐっ！」
　何とか軸線をあわせたノビル機がソードウィングを使う寸前。沈み込むように敵は高度を下げた。真下の死角から突き上げるような衝撃が襲い掛かる。
「一瞬‥‥かよッ！」
　ノビルの機体はその生命とバランスを失い、一気に高度を落とした。墜ちゆくディアブロを見下ろして、バグアの赤き悪魔はその深紅を更に輝かせる。
『フフフ、やはりこの程度ですか』
　別機の中で若者が嘲笑った。その顔はエレガントな仮面で一部を覆われている。彼に絡まれていたアルヴァイムは、ノビルの援護に回る事もできなかった。アルヴァイムが奥歯を噛み締めたタイミングでけたたましく警報が鳴る。ミサイルの衝撃は、４度。
「‥‥持ちこたえた、のか？」
　コンソールの表示は赤一色。しかし、彼のディスタンはまだ飛ぶ力を失ってはいなかった。
「これは‥‥出鱈目な強さだねェ‥‥」
　７機目の敵機は、獄門機を撃墜していた。警戒中は敵への距離を取っていたが、キューブへの攻撃に際しては果敢に近接戦を挑んでしまったのが裏目に出た形である。傭兵達が最初の１０秒で実に５機を失い、２機が痛撃を受ける一方、戦場に配されていたキューブは１０機のうち５機が破壊されていた。

●微かな勝利
　凶悪な敵新鋭機を多数ここにおびき出した事で、陽動任務は成功したのかもしれない。だが、これは勝利といえるのか？
「‥‥キューブの半数を破壊確認。撤収」
　顔を伏せたまま、後方に控えていたミンティアが合図の照明弾を射出する。その横で、味方機が一方的に蹂躙されていく様を黙って撮影していたシロウが小さく息をついた。ずっと噛み締めていた口元からは、赤い血が流れて彼の白い毛並みを汚している。恐るべき新型の性能の情報を持ち帰ることこそが、勝利の条件だと彼は認識していた。
「‥‥ただで返してくれるとは思えないですけどね」
　照明弾は、敵機からも見えている。シロウのディスタンとミンティアの岩龍がこのまま機首を翻したとしても、追いつかれる可能性は高かった。
『臆病な小蠅がいたようですね？　叩き落して差し上げま‥‥』
「この位置からでは我は逃げれまいが‥‥、ただで返すわけには！」
　背を向けた仮面の青年機を、アルヴァイムがミサイルで狙撃する。当たりこそしなかったが、敵の初動を妨害するにはそれで十分だった。
「元々、新型機の担当は、俺ですからね」
『‥‥下らん真似を‥‥、死に損ないが』
　吐き捨てるように言った敵が、回避のために機体を滑らせる。深紅の輝きがその機体を彩った。放ったミサイルの爆発光が視界を埋めた隙に、ソードは自機を急降下させる。周囲を敵に囲まれたあの状態で助かる道は、不時着して愛機を捨てる他に無い。
「‥‥敵の回避機動を良く観察して下さい」
　南部機からも、ミサイルのシャワーが撃ちだされる。ＫＶ以上の機動にワームのような動きを交えながら、赤き魔星の如く輝く敵機は数百のミサイルを軽々と避けきっていた。
『‥‥邪魔をするか、この雑魚めが！？』
「ＤＥＹＥよりＦ５、ＦＥＹＥ。何とか逃げて下さいね！」
　ラージフレアを惜しげもなく使っても、動きの鈍い岩龍では焼け石に水。だが、敵機の行動を身をもって阻害するには十分だった。逃走困難な位置にいた仲間達が身を持って時間を稼ぐ中、辛うじて逃れられそうな位置にいた醐醍機がブーストで２機の直衛に向かう。その３機を強いて追撃する様子は、敵には見られなかった。
「追撃はしない？　どういう事かねェ？」
　大破した機体から脱出し、上空を見上げる獄門。彼女達の緒戦はこうして終わりを告げた。