タイトル:エレンの食べ歩きツアーマスター:紀藤トキ

シナリオ形態: イベント
難易度: 普通
参加人数: 19 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2008/04/25 04:15

●オープニング本文


 数日前。マドリード基地。
「‥‥グラナダ周辺の戦闘、先の塹壕戦における経過を見ても、傭兵の皆さんの実力は明らかです」
「認めよう。それで?」
 短く答えた司令に、エレーナ・シュミッツ少尉は咳払いを1つ返した。
「より円滑、確実な情報共有を皆さんとの間に取るために、提案があるのですが‥‥」

 ラストホープ。人類の希望を担う人工島。その地へと降り立ったエレンは、手元の地図へと赤いペンを走らせる。今回の彼女の目的は、ここに傭兵達との連絡拠点を構築する事だ。いわゆる、兵舎である。
「予算的に確保できそうなのは‥‥ここと、ここと‥‥。あ、ここは隣が傭兵さんの兵舎区画か。うん、丁度いいわ」
 幾度かの作戦で言葉を交わした傭兵達の顔を思い、エレンは微笑した。年齢もタイプもバラバラな彼ら、彼女らはこの戦争の希望の光だ。戦力的な意味だけではない。彼らの笑顔、そして言葉が、年単位で続くこの戦争もいずれ終わるという事を思い出させてくれる。時間があれば、彼らとも会えるかもしれない。
「‥‥さて、と。そのためにもまずはお仕事をすまさないと、ね」
 やや大きめの建物に入ったエレンは周囲を見渡した。どうやら、ここがUPCの本部にあたるようだ。明るい笑顔を向けてくるオペレーターの女性に会釈を返した途端、エレンのおなかが小さく音を立てた。
「う‥‥」
 単純に予算の不足によるものか、それとも陸軍と言う組織の伝統だろうか。あるいはお国柄か。いや、ありていに言ってしまえば、上官がイモとソーセージに黒パンさえあれば満足なタイプであるのが諸悪の根源であろう。彼女の所属隊の食糧事情は劣悪だった。陸路がキメラに襲撃を受け、確実な輸送ルートが少なくなっている最前線では、手元に届く食事の内容に文句をいえようはずは無いのだが、それでも‥‥。
「何かお困りですか? 少尉さん」
 ふと気付くと、先ほど目のあったオペレーターが小首を傾げていた。
「あ、お困りって程じゃないですけど。美味しい食事できる所を紹介してもらえますか?」
「はい。じゃあお名前と所属をこちらにお願いしますね」
 何故そんなことを聞かれるのだろう、と疑問に思わなかった田舎者のエレンが悪いのか。それともそのオペレーターが天然だったのか。数分後、依頼一覧の中に場違いな項目が現われる。

『美味しい料理やお菓子を食べたいです。 依頼者:エレーナ・シュミッツ少尉』

「せめて、基地から離れた間くらい‥‥、自由に過ごしてもいいわよね。あ、せっかくだし、みんなのお土産とかも選んじゃおうっと」
 そんな事とは露知らず、エレンは本部隅の椅子にのんびりと座っていた。

●参加者一覧

/ アルフレッド・ランド(ga0082) / 稲葉 徹二(ga0163) / 藤田あやこ(ga0204) / シャロン・エイヴァリー(ga1843) / リン=アスターナ(ga4615) / アルヴァイム(ga5051) / シエラ・フルフレンド(ga5622) / 絢文 桜子(ga6137) / 緋沼 京夜(ga6138) / 夜柴 歩(ga6172) / ラシード・アル・ラハル(ga6190) / ノエル・イル・風花(ga6259) / マーガレット・ラランド(ga6439) / 不知火真琴(ga7201) / 美海(ga7630) / 水流 薫(ga8626) / 御崎 緋音(ga8646) / 霧雨仙人(ga8696) / ループ・ザ・ループ(ga8729

●リプレイ本文

 喧騒に包まれた本部の隅にある待合用の椅子で、エレンはぼけーっと座っていた。
「腹が減ってはなんとか‥‥、って、日本の人はいいこと言うわよね」
 自分を納得させるように呟いたエレンの前に、1人の少女が現われる。
「おはようございますっ♪」
 シエラ・フルフレンド(ga5622)のその言葉が、長く楽しい祝宴の日の始まりだった。
「は、はい。おはよう、ゴザイマス」
 スカートの端をつまみ、軽く膝を曲げるシエラの姿に、エレンが目をぱちくりさせる。わかってはいても、うら若い傭兵の姿を見ると少し落ち着かないらしい。
「ラスト・ホープへようこそ。歓迎するわ♪」
 シエラの脇に立ったシャロン・エイヴァリー(ga1843)の姿にエレンは懐かしげに笑った。
「貴女はエイヴァリーさん? 覚えてますよ、もちろん! 着いて早々に知ってる人に会えるなんてびっくりしちゃった」
「シャロンでいいわよ。私もエレンって呼ばせてもらうから」
 再会を一通り喜んだ後で、シエラとも自己紹介をするエレン。その背後に、またもや小柄な影が立つ。
「おぬしがシエラとやらか‥‥果たして我の胃袋に着いて来れるかのう?」
 不敵な笑みを浮かべる夜柴 歩(ga6172)へと、シエラが邪気のない笑顔を返した。
「実はお腹空いて困ってたのよ。受付の人にもさっき聞いたんだけど、なんか忙しそうだし。良かったら、どこかお勧めの‥‥」
 言いかけたエレンの前に、にゅっとマイクが突き出される。撮影用のカメラ、録画用のPCなどを携帯、というよりはむしろ機材に埋もれるような風情のメイド姿で、ノエル・イル・風花(ga6259)が立っていた。
「人工島内に在籍している‥‥多数の方々の生活の潤いになればと思い‥‥非才ながら今回の企画を立ち上げたのであります‥‥是非少尉の御協力を‥‥」
「この時勢に、何ともほんわかとした依頼じゃが、我も便乗して楽しませてもらうぞ」
 歩も少し偉そうに腕組みをしたままで頷いている。
「え、ちょ、ちょっと。依頼って何のこと? っていうかカメラ向けないで!?」
 慌てるエレンの肩を、笑いをこらえながらシャロンがつついた。彼女が指し示した先、依頼掲示板を見たエレンは、そのまま数秒間硬直する。


「わかった。OKよ。こうなったらとことん案内してもらって食べてやるんだから」
 事情を理解したエレンは案外立ち直りが早かった。むしろ、望むところだ、といわんばかりの笑みは歩のそれに良く似ている。
「じゃあ、まずは私のお店で遅めの朝食をいかがですか?」
 シエラの先導で、女ばかりの小集団は兵舎区画を歩きだした。
「前に会った時は赤十字の腕章だったのに、今は少尉さんなのね」
「私、元々は衛生兵なんだ。だから、あれも制服みたいなものなの」
 ほんの二ヶ月ほど前の事だが、シャロン達との一件が無ければエレンが傭兵担当の交渉役に任じられる事などなかっただろう。そんな思い出話に同行者が相槌を入れている間に、一行は目的地についていた。看板には『CAFE:UVA』とある。
「わぁ。普通の家を改装してるのね?」
 促されるままに中へ入ったエレンは、漂う紅茶の香りを味わうように大きく息を吸う。店内には、既に幾人かの先客が座っていた。その面々の表情が面白がるような微笑に変わる。
「皆様こんにちわ‥‥LHのフレッシュな情報をお茶の間にお届けするレポーターのノエルであります‥‥」
 重装備の1人放送局、ノエルはそのような好奇の視線に一切頓着しなかった。
「えええ! ちょっと、まずは落ち着いて食べようよ?」
 慌てるエレンをよそに、堂々たる態度で席を占める歩。
「はいっ、こちらがモーニングになりますっ♪」
 いつの間にか奥へと消えていたシエラがプレートを持って出てきた。その上に乗っているのは、トースト、オムレツ、ソーセージにポテトサラダと何の変哲もない、それでいて愛情たっぷりの朝食メニューだ。店名と同じUVA紅茶を出す辺りが店主のこだわりだろう。
「厨房、借りるわね?」
 シャロンはシエラに一言断ってから綺麗な長い金髪を後ろに纏める。それを少し羨ましげに見送るエレンへ、ウィンク1つを残してシャロンは厨房へと入っていった。入れ替わりに、アルフレッド・ランド(ga0082)がコロッケサンドを持ってフロアに現われる。
「え、そんなに食べれるかな? ははは」
 カメラを気にしてか、少しわざとらしく笑うエレン。
「‥‥ほれ、遠慮せずにどんどん食べると良い。さもないと我が全部食べてしまうぞ?」
 そんな彼女を気遣うように、歩がトーストに手を伸ばした。
「ああ! それは私の!」
「とても美味しそうな食事風景であります‥‥」
 ノエルの実況の最中、アルフレッドがプレートの空いた場所にコロッケサンドを置く。
「あ、美味しい。さくさくしててほくほくだわ」
 一口食べてから、エレンは幸せそうに笑う。
「シエラ君の朝食もそうだと思いますが、限られた食材でもなんとかなるものですよ」
 スペイン方面軍の食料事情を伝え聞き、現地で取れるようなものを選んで作ったのだと言うアルフレッドの言葉に、エレンは驚き半分感謝半分、といった様子だ。
「よろしければ、これをどうぞ」
 彼が差し出した手作りの小冊子の表紙には『軍用の限られた食材でも可能な料理レシピ集』と書かれていた。
「一手間で楽しく美味しく、アクセントも大事ですよっ。なーんて、ちょっと偉そうです?」
 元気にフロアを動き回りながら、シエラも言葉をかけていく。

「ふー、美味しかった」
 満足そうにお腹をさするエレン。彼女と同じ量を食べたはずの歩はけろりとしている。
「では、そろそろ次の場所にご案内しますね〜っ」
 そう元気良く言うシエラから案内役をバトンタッチしたのは御崎緋音(ga8646)だった。彼女が最近見つけたと言うトンカツ屋は、昼時とあって出来上がりまでに多少時間が掛かるらしい。
「私の地元の名物です。本当は、三重っていう別の場所が発祥なんですよ」
「うちの郷土料理はハンバーグかなあ。ドイツではフリカデレって言うんだけどね?」
 待っている間も食べ物の会話である。
「へい、お待ち!」
 それほど待たずに出されたカツをつまんでから、エレンは不思議そうに首を傾げた。
「少し不思議な香りのソースね? ソユ?」
「ミソですよ」
 味噌カツの味の濃さを受け入れるかどうか多少心配げな緋音に、エレンがやや物足りなさそうな表情を向ける。
「あの、お口に合いませんでしたか?」
「いや、美味しかったんだけどね、その、あの‥‥」
 こってりしたカツと一緒に、アルコールも欲しくなったが、未成年にはちょっと言いづらい駄目大人であった。
「お酒を飲むのは、次の場所でも大丈夫ですよ」
 そんなエレンに助け舟を出したのは、ループ・ザ・ループ(ga8729)。彼が次の案内人のようだ。
「この辺りは賑やかでしょう?」
 彼が案内したのは各国の様々な料理店がしのぎを削る屋台村。昼には軽食から、夜になれば少し重めの物まで出てくるような雰囲気だ。入り口近くには『ここでは人間はイモとソーセージの奴隷ではない』という誰かの落書き風看板が立ててある。
「うわー。凄いわねぇ」
「ここに来る時は、これが必須なんですよ」
 ループが差し出したのは、人数分の小皿だった。左右に目移りする様子のエレンに笑いながら、彼が連れてきたのは『歌う鯨亭』という店だ。周辺の海で取れる魚介を新鮮なまま提供する、と言う事で評判らしい。
「入れ替わりが激しそうな一角です‥‥。ここで番組を見ている方のみに、店主からのお得メニューが‥‥」
「よっしゃ、この胡瓜サラダを50c引きでどうよ?」
 ノエルの振りに即興で答える辺りがこの辺りの店主のたくましさだろう。お勧めメニューをゲットして、周囲を見渡すエレンと歩。だが、昼時に席が空いているはずは‥‥。
「フォフォフォフォフォ、こっちじゃ、こっち。席はとってあるぞい」
 面妖な老人の笑い声が耳に入った。
「依頼を受けた人は、まだまだ一杯いますから」
 驚くエレンに、ループがそう告げる。
「お主がエレーナちゃんか、なかなかの好みのタイプじゃ」
「あはは、どうも‥‥」
 手招きする霧雨仙人(ga8696)の向かい側に腰を下ろし、エレンは食事に箸をつける。意外と器用なのは、祖父の影響で隠れ日本マニアだから、らしい。
「お昼のお食事中で悪いが取って置きの酒を持ってきたぞ。良ければいただいてくれい」
「え、でも一応、この後は仕事‥‥。ええい、明日でもいいか!」
 躊躇はほんの半瞬。漂う芳醇な香りにあっさりとエレンの理性は敗北した。
「え、俺もですか? しょうがないな」
 観念したようなループとエレン、霧雨仙人の3人で昼から飲酒。自ら飲みこそしないが、誰かのお猪口が空く時には緋音がさっと注いで回っていた。
「ええ!? お酒って強化できるんですか?」
「あそこの人間は若いものが多いがわかっておる。酒のまろ味が増すんじゃよ、まろ味が」
 嘘か本当かわからない仙人の話と屋台料理を肴に、酒はぐんぐん減っていく。
「ふー、美味しかったわねー」
 そう言ったエレンの前に、どすんとティーポットが置かれた。
「この茶葉は鉄観音といってな。青茶に分類されるのじゃ。脂っこい料理の後に良いぞ」
 歩が得意げに薀蓄を語る間に、琥珀色のお茶が一堂の前に注がれる。
「うー、一気に目が醒めた感じ」
「さっぱりしたか? ‥‥まだまだ先は長いし、次はほろ酔いでは困る場所じゃ」
 ニヤリ、と笑う歩にエレンも笑い返す。そんな様子をノエルのカメラはしっかりと捕らえ続けていた。

 ぞろぞろと増えた一行の次の目的地は水流 薫(ga8626)の自室だった。自室とはいえ、兼用で茶室にもなっている交流用兵舎らしい。凛と背筋を伸ばして正座の薫が、迷彩服をまとっているのが不思議な光景だ。
「‥‥侘び寂びは難しい、です」
 慣れない正座に四苦八苦のエレン。部屋の空気に負けたのか10歳も年下の相手に敬語である。
「皆さん、楽にして下さい」
 そんな彼の言葉に、エレンは助かったように脚を崩した。まだ頑張る様子の者、ごく自然に正座を続ける猛者など様々だ。
「正座って慣れてないと意外とキツイ、ですよね?」
 ニヤッと笑いかけてから、薫は茶と菓子を勧める。会話の端から僅かに漂う嫌味っぽさに口元を尖らせていたエレンだったが、抹茶を口にしてから認識を改めたようだ。抹茶は慣れない人の為に薄めに、春の陽気の中を歩いてきた一行に合わせてお茶菓子も清涼感のあるものだった。
「本当ならば、和食の後にお淹れしようと思っていたんですが‥‥」
「カツは和食ですよ? ‥‥多分」
 緋音が自信なさげに付け加えたのは、トンカツの後に抹茶、という組合せを考えてみた結果だろう。ともあれ、さっぱりした一行は先を目指す。


 戻ってきたCAFE:UVAの店内にはエレンにとって旧知の少年が待っていた。
「エレン、久しぶり‥‥ってほどでも、ないか」
「ラシード君? 君も依頼見て来てくれたのね。ちょっと恥ずかしいけど、ありがとう」
 少し照れくさげに頬をかいたエレンは、ラシード・アル・ラハル(ga6190)の視線が素早く歩と交わされるのに気付く。
「あれ? 歩ちゃんとはお知り‥‥」
 聞きかけて、エレンはにんまりと笑った。ラシードの頬が少し赤くなっているので何かを察したらしい。
「大事な‥‥女の子」
 目線を逸らしつつぼそっと呟くラシードに、歩の頬もほんのりと赤くなった。
「うんうん、いいわねぇ。初々しくって」
 何となく食の道で負けていたのを取り返した気分のようだ。そんなエレンに、スッと大きな影が差した。
「あんまり可愛い弟分をからかわないでやってくれよな?」
「‥‥えっと‥‥京夜だよ。僕の‥‥兄さんみたいな、人‥‥お菓子作りが、すごく上手なんだ‥‥」
 長身の緋沼 京夜(ga6138)はエレンよりも頭1つくらいは高い。先ほどのアルフレッドといい、ここの店員は背が高い人ばかりなのか、と言うエレン。
「彼も俺も、別に店員じゃないぜ? エレンさんにはラスが世話になっているって聞いてたし、それに‥‥可愛い弟から『京夜のケーキを食べさせてあげたいんだ』なんて言われたら張り切るしかないだろう? なぁ?」
 同意を求められたエレンは流されるようにこくこくと頷く。京夜は長居せずにさっと厨房へと引っ込んだ。ラシードも一緒に奥へと戻り、すぐに桜色のケーキをお盆に載せて戻ってくる。結構大人数に膨れ上がっていた一行への給仕は1人では手が回りそうもなかったが、店主のシエラもフォローに回っていた。
「かっこいいわねぇ、今の人。日本の人であんなに背が高い人、珍しいわ」
「ほほう? じゃがあやつには既に‥‥」
 歩が言うのにエレンはあっさり笑い返す。
「や、そういう意味ではもうちょっと渋めのマスクじゃないと。私、年上趣味なのよ」
 だから、年下は範囲外。なーんにも心配は要らないからね? などと囁いて歩を更にいじる悪い大人。
「フォフォフォ、それはいいことを聞いたのう」
 甘味相手でも平気で酒を傾ける霧雨仙人がニカッと笑う。
「あ、年上過ぎても駄目ですよ? 当然」
 切り返すエレンは、随分緊張が取れたようだった。出されたケーキを一口含んでから、目を丸くする。
「これ、本当に緋沼さんが作ったの?」
 京夜は元々、戦争がはじまらなければ菓子職人になっていたという。
「おかえり、エレン。私もおやつを作っておいたの。良かったら食べていってね」
 本職には負けちゃうかもだけど、等と謙遜するシャロンが用意していたのはカスタードプディング。簡単そうでいて、意外と手の掛け甲斐があるお菓子だ。
「私の故郷、イギリスは料理の評価はいまいちなのよね。あんまり料理に手をかけないお国柄って感じで、代わりにお菓子の方なら意外な料理のルーツがあったりするのよ」
「ええ! シャロンってイギリスの人だったの?」
 明るいし、はきはきしてるからアメリカの人だと思っていた、とスプーンを口に運びながら申告するエレンに、シャロンが苦笑する。やはり、国柄のイメージと言うのは当てにならないものだ。
「プリンのルーツはイギリスのプティング、カスタードを使うようになったのはフランスの改良だけど、今じゃ世界中にあるわね」
 そんな話を聞いていると、UVAの玄関からまた1人、エレンの旧知が入ってくる。
「久しぶりー」
 スパッツ、タンクトップというラフな服装の藤田あやこ(ga0204)は汗だくだった。
「藤田さん。どうしたんですか? その格好」
 エレンの質問にはちょっと言葉を濁しつつ、あやこは席に着く。やはり、顔見知りが揃えば話題はグラナダの事だ。作戦についてもさることながら、基地の貧困な食生活へと話が及ぶとエレンは済まなさそうに頭を下げる。
「でも、次回はきっと大丈夫。安心してね」
 含み笑いと共に、あやこは意味ありげなウィンクを残していった。どうやら、急ぎの用事の合間に顔だけ出したらしい。
「そうそう、シャロンさんと私から、お土産があるのですよ」
 同じような物を贈ろうとしていた2人が、厨房に居た間に相談したのだろう。シエラが差し出したのは、朝食でも淹れていたセイロンティーの茶葉だった。
「戦地じゃ気の休まらないことが多いでしょ、飲むと落ち着くわよ」
 手間も掛からないしね、とシャロンが微笑む。そんな所はやっぱりイギリスの人ね、とエレンも笑い返した。

「次は‥‥、多分懐かしい‥‥人が増えるよ‥‥」
 見送るラスの言葉を背に、エレン達は再びラストホープ漫遊の旅に出る。次の目的地は、『街外れの一軒家』。
「‥‥って、ここから近そうな名前よね?」
 外れにある建物同士だから近いと言うものでもないだろうが、程なくして目指す場所が見えてきた。名前の通りの一軒家の入り口に、リン=アスターナ(ga4615)が立っている。
「アスターナさん。お久し‥‥!?」
 たったった! と走りよってきた小型犬。エレンもサッとしゃがんでわんこ迎撃態勢に入った。

 わしゃわしゃ、わふわふ、ぺろぺろ、もしゃもしゃ。

「久しぶりね、エレン」
 思う存分戯れ掛かるエレンへと、リンが声をかける。
「はっ!? ‥‥犬と遊ぶのは久しぶりだったから、つい」
 名残惜しげに身を起こしつつ、エレンはリンへと会釈した。後に続く来客達にも尻尾と愛想を振り撒いているコーギーの名は、ユーリと言うらしい。
「あはは、番犬にはならなさそうね? コーギーって賢いらしいし、相手を見てるのかしら」
 そんな事を言いながら中にはいると、ふんわりとした匂いがエレンを包んだ。厨房に見える大鍋の中には、鮮やかな紅色のシチュー。
「あ、これは分かる。ボルシチね!」
「ええ。それとソバの実のカーシャを用意したわ。お口に合えばいいんだけど」
 膨れ上がっている人数にも動じず、リンはボルシチをよそいはじめた。白いサワークリームが彩りと酸味を添える。
「カーシャもどうぞ」
「ありがとう。‥‥ってアルヴァイムさん!? 一体何してるんですか?」
 物凄く自然に手伝いに入っていたアルヴァイム(ga5051)もエレンとはグラナダで旧知の間柄だ。
「何をしているように見えますか?」
 そう言う間にも、青年は手慣れた様子で大勢の客たちにサーブしていく。周囲の会話の邪魔にならぬよう、出張らずそれでいて細やかに気配りをする様子は。
「‥‥アスターナさんの執事さん‥‥とか?」
 恐る恐る呟いてみたエレンの言葉は、アルヴァイムの手をほんの一瞬だけ止める力を持っていたようだ。微妙な気まずさを払拭するように、エレンはボルシチを口にする。と、その表情がぱぁっと明るくなった。
「‥‥貴女、本当に美味しそうに食べるのね。作った甲斐があるというものだわ」
「我ながら子供っぽくって嫌なんだけどね。美味しいとつい嬉しくなっちゃって」
 クスリと笑うリンに、エレンが恥ずかしそうに頬を染めた。
「あの‥‥、リンさん。ちょっといいでしょうか?」
 いつの間にか厨房へ立っていた緋音が、困りきった表情でリンを呼ぶ。トンカツに引き続いて郷里名物天むすを提供しようと意気込んだのだが、自作には苦戦しているようだ。
「万能超人エクセレンターは何でもそつなくこなせる憎いやつ〜♪」
 その横では、鼻歌交じりの美海(ga7630)が見事なお重を完成させつつある。
「‥‥これは‥‥、物凄い量です」
 ややカメラを引き気味で撮影するノエル。空腹と栄養失調で死にそうなエレン少尉の為に頑張りました、と笑顔で言う美海だが、話が大きくなりすぎているようだ。主に、美海の脳内で。
「さぁさぁ、お腹一杯になるまで遠慮なく食べて欲しいのですよ」
「え? ちょ、ちょっと‥‥美海サン?」
 どかん、と積み上げられた量にやや引きつるエレン。
「皆さんの分もあるのです」
「私1人分の方が多いように見えるんですけど!?」
 エレンの前は3セット、かたや他の同行者のテーブルにあるのは2セットだった。
「良いではないか。1人で食べきれぬようなら我が手伝ってやろう」
 僅か1人の援軍で、戦局を覆せそうな気がしてくるから不思議である。冷めても美味しいお弁当だったのも功を奏した。無尽蔵にも思えた敵軍も、歓談しつつ箸を進めればいつしか底を見せている。
「LHは如何ですかしら」
「美味しかったです!」
 食後のコーヒーを淹れてくれた絢文 桜子(ga6137)に、身も蓋もない感想を述べるエレン。
「あ、美味しい。コーヒーってこんなに美味しかったんだ‥‥」
 豆も違う上に、紙ではなくネルドリップと言う手間のかけ方である。基地の軍用コーヒーとは比べるべくもなかった。一緒に添えられたヨーグルトムースも彼女のお手製だと言う。さっぱりした食あたりがデザートには程よい風合いだ。
「桜子のコーヒーは美味しいじゃろ?」
 ミルクと砂糖を好きなだけ入れたカップを手に、ご満悦の歩。と、その懐で携帯電話が控えめな呼び音を鳴らした。
「む‥‥首尾はどうじゃ? ‥‥ふむ、そうか‥‥わかった」
 二言三言、電話とやり取りをしてから歩は電話を切る。
「では最後に心の底から薦める最高の場所に案内してやろう」
 彼女の声を聞いた傭兵達は、皆心得た様子で身支度を始める。その手には、シエラが作っていた『しおり』があった。
「え? まだ何かあるの?」
 一人分からぬ様子のまま、エレンは店を出る。外は一面の星空で、桜子が貸してくれた上衣が暖かい。
「エスコートは紳士の嗜み、ですからな」
 アルヴァイムの先導で、エレンは夜道を歩きだす。


 歩く事しばし、緩やかな右曲がりを続ける坂道を上りきった所で、エレンの足が止まった。星空を背景に、ほのかに白い桜の樹が浮かび上がる。
「うわぁ‥‥」
 絶句するエレン。はらはらと舞う白い花びらの中、傭兵達が笑顔で並んでいた。そして、ずらりと並ぶ食材と飲料の列、列、列‥‥。
「お久しぶりであります、少尉殿」
 その先頭で、作業衣姿でビシリと敬礼する稲葉 徹二(ga0163)を見たエレンは、何かをこらえきれぬように笑い出した。
「あは‥‥あははは。もう‥‥、何これ‥‥」
 笑い出したら止まらない。エレンは徹二の肩を気安くバシバシと叩く。彼も、彼女とはグラナダで作戦を共にした仲だった。
「これが、我‥‥いや、我々にとっての最高の場所じゃ‥‥仲間の輪という名の、な」
 歩の声に、エレンは息をつく。深呼吸、もう一つ深呼吸。目元を拭ってから、エレンは晴れやかに笑った。
「落ち着いたでありますか? では、乾杯の音頭などどうぞ」
 徹二の表情は変わらぬようだが、やや面白がっているようにも見える。
「やっぱりビールですか? 日本酒や洋酒、焼酎もありますし、カクテルだって作りますよ? 未成年の方にはソフトドリンクね」
 不知火真琴(ga7201)の背後には下手なバーよりも豊富な飲料が用意されていた。シエラや緋音、アルヴァイムが手分けをして一同に注いで回る。一通りグラスが行き渡ったタイミングで、エレンは杯を掲げた。
「皆さん、今日はどうもありがとう。何度か会った事がある人も、初めての人もいるけれど、とても‥‥」
 言葉に詰まったように口ごもるエレン。
「とても楽しかったし、嬉しかったわ。‥‥ごめん、もう言うことが思いつかないや」

「乾杯!」
「「乾杯!!!」」

 待ちかねた、と言わんばかりに飲みだす霧雨仙人。中央では、あやこが仰々しい足取りで現われる。
「さぁさ、お立会い。ここに用意した大量のビール、一体何に使うものでしょうー?」
 大鍋やら食材やらの詰まれた野外厨房の一角で、あやこが周囲に問いかける。その後ろで、マーガレット・ラランド(ga6439)が『日独伊三国調理ショウ』と書かれた横断幕を設置していた。正面のいい場所を確保したノエルが早速カメラを回している。
「カルボナードね? 懐かしいー!」
 嬉しそうに言ったのは、早くも飲み食いに忙しそうなエレンだった。にこやかに笑ったままのあやこの表情が固まる。
「‥‥あれ、ええと‥‥違った?」
 目をぱちくりさせるエレンに周囲から冷たい視線が飛んだ。
「もう少しさ、引きって言うか‥‥」
「番組的には、‥‥何回かは間違うのがお約束‥‥です」
「もういいわ‥‥。今日のところは私の負けよ」
 あやこは作り泣きなどしてみせながらも手際よく準備を進めていく。出題中よりも実はそちらの方が、一部の女性陣の羨ましげな視線を集めていた。周囲には、様々な料理の匂いが漂いだす。
「ええ!? これって‥‥」
「そう。キメラの肉なんですよ」
 アルフレッドが作っていたのは、巨大猪キメラと牛キメラの肉を食材にした鍋とステーキだった。彼らは人類の敵だが、死んでしまえばその肉には罪がない。‥‥多分。
「残留化学物質とかはないと思います。安心して食べて下さい」
 怖い物見たさの傭兵達も、意外と美味しいキメラ肉に驚きの声をあげている。
「シエラさんも、働いてばかりじゃなくって少しは食べてね?」
 ラシードの隣で焼肉を焼いていた真琴が顔見知りを手招きした。依頼を通じての縁だと言う。
「スパイスが効いていて美味しい、ですっ」
 彼女の感想に、真琴はラシードと嬉しそうに笑った。

「そういえば、少尉殿の故郷はどちらでありますか?」
 出汁から作った本格派のけんちんとおにぎりを振舞いながら、徹二が問う。
「ハンブルグの外れよ。でも大学は西のほうだったから、ベルギー料理も身近だったの」
 ごめんね、とあやこに頭を下げるエレン。
「去年までは大学生だったのよ、私も」
 シャロンが懐かしげに言う。戦争が終わればやりたい事がある、そう素直に言える彼女をエレンは眩しげに見た。

 出だしに滑った三国料理ショウ、次のメニューはマーガレットのミックスモダン焼きだった。ノリノリで焼かれていくお好み焼きは野外の花見にマッチしている。いつの間にか、一般客のギャラリーまでついていた。
「あはは、縁日みたい」
 手拍子などしながら焼き上がりを待っていたエレンはホクホクと舌鼓を打つ。その視線がジト目に変わった。
「薫君? 熱いうちに食べないと駄目じゃない」
「いえ、その‥‥、熱いの苦手なんで」
 酔っ払い少尉に絡まれる不幸な少年。
「あんまり子供をいじめてやるなよ。ほら、これは冷たいぞ」
 苦笑しつつ、京夜が2人へドンドルマを差し出した。トルコアイスとも呼ばれるもちもちした独特の食感は、ラシードの好物なのだと言う。
「珍しいわね? はじめてみるわ」
 でも美味しい、とエレンが目を輝かせた。
「冷たいけれど温かい物、もどうですか?」
 ループが揚げたアイスクリームを配っている。さすがに本式のフライヤーは野外に持ち出せないので衣が薄めなのはご愛嬌だ。

 そんな中、2名の若人がこっそりと席を外している事に気付いた者は幾名いただろう。
「エレン‥‥いい人、だよね? すごく、優しくて‥‥」
 ラシードの視線の先では、エレンがいい感じで出来上がっていた。クスリと笑った少年の袖を、歩はきゅっとつかむ。
「あ、でも‥‥い、一番は‥‥歩だから、ね‥‥」
 安心させるように、そう呟くラシードを歩が上目遣いに見上げた。
「のうラス‥‥今度、二人で何処かに行かんか? 今日みたいな事‥‥おぬしと一緒にやりたいと思ってな」
 そんな2人の素敵な表情を、離れた場所から優しく見つめていた真琴。その肩を、老人の指がちょんちょんと突付く。
「もうなくなってしまった。悪いが追加で買ってきてくれんか」
 真琴が返答するよりも早く、給仕役に徹していたアルヴァイムが反応する。
「なに予算が厳しい? わかった、ワシが有り金すべてくれてやるからそれで頼むぞ。お願いじゃ」
「いえ、まだそれほどには。そうですか? ならばお心遣いはありがたく」
 酔客の面子も潰さず適当に。あしらいが手慣れた様子なのは、かつての企業戦士の面目躍如といったところだろうか。
「桜の下で道明寺というのも風流なのです」
 ぽーっとお茶を手に息をつく美海。一角では、彼女の持ってきた桜餅をお茶請けに薫が野点を立てていた。
「私もご相伴に預かってもよいですか?」
 お茶よりむしろ和菓子に目を輝かせる緋音へ、少年はそっと座を勧める。
「では、代わりにどうぞ。不恰好で恥ずかしいですけど」
 さっと緋音が差し出したのは、リンの助力で完成した天むすだ。少しごつっとした見た目に相違して、海老天は冷えてもさくっと美味しい。
「実は、天むすも三重発祥なんですよ」
 幸せそうに桜餅を食べながら、緋音が雑学を披露する。反対側の一角では、旅行好きの藤田がマーガレットと2人で各国の民謡などを歌っていた。桜の木にもたれながらアルフレッドが伴奏している。
「これをこうして‥‥ほっ! あ、返った返った」
 歌う合間に藤田が伝授したお好み焼きの製法をエレンは何とか物にしつつあった。


 楽しい夜は更けゆく。まだ騒ぎ足りぬ様子の者もいれば、うとうとしだした顔もあった。そんな様子を見つつ、エレンは大きく伸びをする。時刻は、そろそろ12時になろうとしていた。
「もう時間?」
 シャロンの声に、エレンは少し残念そうに頷いた。
「そうか。これは我からじゃ」
 歩が可愛らしい紙袋をエレンへ差し出す。中身は、手製のクッキーだった。
「ありがとう。夜食に頂くわね」
「少尉のお話を伺ったところ‥‥、新鮮な野菜やフルーツが不足しているように思えるのであります‥‥」
 ノエルの指摘にドキリとするエレン。確かに、今日も不足気味である。
「今日のお礼も兼ねまして、宿泊施設に届くよう‥‥手配済みであります」
 ノエルの気配りに、エレンは笑顔で礼を述べた。
「‥‥エレン様は楽しんでおられました?」
 桜子の声に、エレンはにっこりと答える。その横に、咥え煙草のリンも見送りに現われた。
「次に貴女と会うのは‥‥グラナダで、かしら? 私たちの力が必要な時は、いつでも呼んで頂戴。すぐに駆けつけるわよ」
「その通りであります」
 故郷語りをしたせいか、日本の奪回にも思いを馳せていた徹二が力強く頷く。
(今はグラナダだ。‥‥キッチリ始末つけねェと)
 自分に言い聞かすようにもう一度頷いてから、少年ははたと手を打った。
「そうそう、これは爺様直伝の梅干であります。土産にどうぞ」
 一口食べてみたエレンが、なんとも言えない表情をするのを見て徹二は年相応に笑う。
「私からは、これを」
 アルヴァイムが差し出したのは、兵舎運営に関する皆からのアドバイスを纏めたメモだった。最後まで大人の気配りを見せる彼が自分と同年な事に複雑な思いを抱くエレン。
「せっかくだし、記念撮影しましょうか」
 真琴の提案で、一同は桜を背景に集まった。今宵この時の楽しさと喜びを思い出に、一同は再び明日からの日常へ帰る。エレンはその事を思いながら、傭兵達への想いを新たにしていた。