タイトル:【AW】カプロイアの遭難マスター:紀藤トキ

シナリオ形態: ショート
難易度: 普通
参加人数: 10 人
サポート人数: 1 人
リプレイ完成日時:
2013/04/08 03:57

●オープニング本文


●宇宙巡洋艦「トリアイナ」艦内
「思えば、ずいぶん遠くに来たものだ。そう思わないかね」
「そうですね」
 カプロイア伯爵の言葉に、護衛の青年は短く返した。移動中の巡洋艦「トレアイナ」艦内の上下を決めているのは緩やかな回転による遠心力のみであり、慣れぬ一般人の身にはいささか居心地が悪い。ともすれば漂ってしまいそうな様子の義兄を、床に座ったリサが楽しそうに『見て』いる。
「そんな様子だと、会談の時には護衛が務まらないんじゃないかしら?」
 この十年に、様々な技術が進歩した。その恩恵を、盲目だった少女は数年前に受け取っている。以前ほどの視力ではなく、多少の違和感はあるのだそうだが。バグア系のクローン技術の医療への転用方法を確立したのは、メガコーポや未来科学研究所ではない中小企業だったという話を聞いて、伯爵は楽しげに笑ったものだ。
 戦時には必要だったとはいえ、数少ない天才や大企業による寡占は、いつまでもは続かない。次代を担うのはそう言った野心的な者かもしれない、と。

『カプロイア主席、バグア側の指定宙域まであと3時間です』
 艦橋から、柔らかい女性の声がする。連邦政府の主席と言えば聞こえはいいが、「バグア当番」的な名誉職に過ぎなかった歳月が、今日で変わる。伯爵は瞑目してから、微笑した。
「‥‥そうか。今から向かおう」
 バグア側からの交渉再開の申し出があったのはほんの数日前だ。気長に「統一意志」が出来上がるのを待っていた彼らの気が変わったのは、おそらく彼らの中で人類への理解が進んだ故だろう。人間は多数派を形成する事こそできるとしても、バグアのような形で意志が統一される事は無い、とバグアが理解するまでの時間を長いとみるか短いとみるかはさておき。
「今回の仕掛けが、うまく世論を動かしてくれればいいのだがね」
 バグアと人類、双方の主席の会話を、伯爵は連邦議会経由で世界へ中継するつもりだ。伯爵とその協力者たちは、バグアとの交渉についての一連の議題の審議を、この日に行われるよう調整してきた。戦後の歳月、人々はバグアという巨大な隣人を、かつての恐怖から忌避し意識から放逐している。それは当初は必要な事だったのだろうが、バグア側から交渉の意志が示された以上、見ぬふりを続ける事は困難だ。当事者として、人々が意識せねばならないと伯爵は考えていた。
「そのビジョンを示すところまでが、私の仕事だろう。次代の主席は私やミユ君のような在り様ではないのが、望ましいな」
 未来を示すのならば、個人の持つ力でメガコーポやUPCと対抗するのではなく、民意を背景に立つ者が必要なのだ、と。その為に必要な衆目を集める手段として、伯爵は今回の遭遇を利用するつもりだった。

●宇宙巡洋艦「トリアイナ」艦内某所
「時間か」
 ぼそり、と呟いた男は狭い棺桶から滑り出した。緊急時以外には使用されない筈の脱出ポッドの中から、ぞろぞろと降り立つ怪しげな面々を、少尉の階級章をつけた軍人が出迎える。艦内の案内図とコードを受け取った男達は、音を立てずに駆け出した。
「ん? おい、何者‥‥だっ!?」
 投げつけられたナイフが歩哨の喉を抉る。突撃銃を手にした兵士が開錠装置の前に屈みこみ、冷たく笑った。
「‥‥開いた」
 ミサイル保管庫、と表示のある室内へなだれ込んだのは4名。抵抗の間も与えずに周囲を制圧する。それ以外の彼らの同志も、艦内に散ってそれぞれの任務を果たしている筈だ。

「カプロイアはまだ私室にいるか、或いは艦橋に向かっていると思われます」
 やりますか、と殺気を立ち上らせる同志を制して、リーダー格の曲者は首を振った。
「殺すだけなら簡単だ。しかし、奴をカリスマと見る向きもある。殺すのは我々に都合のいい声明を出させてからでいい。バグアへの宣戦布告とか、な。いや、エアマーニェとやらいうバグアの首魁を殺させるべきか。どっちが死んでも我らの大義にとっては有意義だ。‥‥回線を」
「はっ」
 軍人が差し出したマイクを手に、リーダーは笑みを浮かべる。優先コードの割り込みで、通話先は艦内全域に繋がっているはずだ。
『‥‥我々は救国戦線である。栄誉あるUPC士官、並びに乗り組みの傭兵諸氏へ告げる。地球を侵略した異星人との交渉は、散って行った我らの同志への背信であり、戦いに捧げた我ら自身の生きざまをも裏切るものだ。我らはそのような愚挙を阻まんと立ち上がる多くの英霊の代理であり、人が人としてあらんと欲する民意の代弁者である。抵抗は無意味だ。我々は本艦のG弾頭の起爆装置を掌握している』
 一拍おいてから、リーダーは言葉をつづけた。
『本艦の艦長、並びに売国奴カプロイアは第二艦橋へ出頭しろ。志を同じくする同志よ、我らに続け』
「何が起きたのだ‥‥?」
 狼狽した様子でスピーカーを見上げる艦長。いつの間にか銃を手にした副長が艦橋内を睨む。
「あんな戯言に耳を貸す奴はいないだろうな? よろしい。艦長、指示を」
「あ。ああ。カプロイア伯‥‥いや、主席はどこだ。自室か? まあいい。奴らより先に安全を確保しろ。陸戦隊と連絡は取れないのか?」
 ブリッジからの通信は妨害されているらしい。復旧は可能だが少し時間がかかるという返事に、艦長は眉をしかめた。
「くそ、奴らなら勝手に動くだろう。KV隊の動きは如何か?」
 バグアへの警戒と航路の安全確保の為に、艦載KVは先行していた。艦内で暴れられることを考えれば、外に出ていた方がマシではあるが。
「艦内の動きと同調した者がいるようです。交戦中」
「くそったれめが」
 最悪の想像が現実のものと知り、艦長は盛大にため息を吐いた。

●地上、連邦議会
 通常の進行が一段落し、休憩を宣言された連邦議会。スタッフの幾人かがひどく慌てて言葉を交わしている。
「主席との連絡が途絶した‥‥だと? どういう事だ」
 愕然とした様子のスタッフ。通信妨害や、主要な設備からの観測の阻害など、『敵』は手を打つべきところに手を打っているようだ。
「くそ、バグアは何と言ってきているんだ」
「ったく、生放送じゃなくてよかったよ。危なかったな」
「‥‥まずいな、反対派が妙な動きを見せている」
「中継が回復するか、状況が確認できるまで時間を稼げ。延期‥‥いや、民間の放送局が誤魔化しきれん。誰か演説でもして間を持たせろ」
 錯綜する状況の中、残された面々もまた、最善を掴むべく動き出した。

●参加者一覧

鋼 蒼志(ga0165
27歳・♂・GD
煉条トヲイ(ga0236
21歳・♂・AA
鯨井昼寝(ga0488
23歳・♀・PN
北柴 航三郎(ga4410
33歳・♂・ER
勇姫 凛(ga5063
18歳・♂・BM
ラシード・アル・ラハル(ga6190
19歳・♂・JG
秋月 祐介(ga6378
29歳・♂・ER
錦織・長郎(ga8268
35歳・♂・DF
佐伽羅 黎紀(ga8601
27歳・♀・AA
天野 天魔(gc4365
23歳・♂・ER

●リプレイ本文


「――は、また随分と勝手なこと」
 突然の館内放送に、愛妻との遠距離通話を中断された鋼 蒼志(ga0165)は忌々しげに吐き捨てた。モニターを乱暴に切って自室を飛び出し、狭い廊下を駆けだす。

 伯爵の私室にも、艦内放送は届いていた。
「今の放送‥‥やっと掴んだ平和なのに、凛、彼奴の行ってる事が理解できない」
 勇姫 凛(ga5063)が柳眉を逆立てる。地球には愛する妻との間に二人の子がいた。その当たり前の幸せを掴む為に失われた命の為にこそ、この平和を守るべきだと考える凛。彼にとってテロリストたちの言葉こそ死者への冒涜だ。
「艦内に鼠が複数紛れ込んでいた、か。――警備がザルなのか、それとも‥‥」
 煉条トヲイ(ga0236)は不審に思う。内通者は確実にいる。だが、それにしても迂闊に過ぎる。そも、UPC内部でも危険分子として知られている筈の鯨井昼寝(ga0488)を艦長に据えるという事すら、怪しい。
「――伯爵。救国戦線の動き、掴んだ上で泳がせましたね?」
「まさか。私はそこまで万能ではないよ」
 長身の男は、首を振った。
「救国戦線を矢面に立たせる事で問題提起し、人々に当事者として決断させる為‥‥ですか」
 半ば確信しているようなトヲイの言葉に、伯爵は今一度首を振る。
「彼らもまた、人々の中の声、当事者の一端だ。その声は少数であるが故に掻き消されてよいというものではない」
 どのような思いがあるかは判らない故に、表に出てきやすい舞台を作り上げる必要があったと言う伯爵。
「誰? 不審者は凛、通さないんだからな!」
「俺です。遅れてすみません」
 扉の方から、誰何にこたえる蒼志の声がした。駈け込んで来た彼はパイロットスーツの着用を提案する。それは、最悪の事態に備える覚悟を迫る物だった。頷く伯爵たちの動きに迷いはない。今後の方針は、と問われれば第二艦橋へ出頭する、と当然のように答えた。
「彼らは語るべき言葉を持って壇上へ上がった。ならば、私は自身の信念にて対峙するのみ、だ」
「‥‥ならば。俺は用意された舞台の上で自分の使命を果たす迄‥‥!」
 トヲイもまた、決意を新たにする。「人類とバグアの未来の為に身命を尽くす」と誓った日から、危険は覚悟の上だった。


 艦橋では、技官の北柴 航三郎(ga4410)の努力の甲斐あって、一時ダウンしていたシステムが復旧しつつある。
「‥‥ん、メール着信? いや、時限連絡か?」
 自分のコンソールへ目を落とした昼寝がきゅ、と鼻の下に皺を寄せた。笑っている、と気づいた航三郎の背筋が寒くなる。UPC正規軍の士官として転戦していた昼寝が、その実その火種との関係を持っていたと噂されている事は彼も知っていた。その噂を昼寝が否定しない事も。
(第二次バグア大戦なぞ起こさせんちゃ‥‥絶対に!)
 ギリ、と歯を噛みしめた航三郎へ、昼寝はつと視線を向ける。
「副長、後は頼むわ。北柴技官も、復旧よろしく」
「‥‥は? そいはどげん‥‥」
 背中を向けた昼寝は、「第二艦橋。あっちの所望でしょ」とだけ返す。呆気にとられた彼の手元に、艦長席からメールが転送されてきた。
『こんな事もあろうかと、対抗プログラムを仕込んでおいた。予想される対処については添付の資料を参照してくれたまえよ』
 差出人の名は情報部、錦織・長郎(ga8268)。艦内の状況と予想のルート、及びそれへの対処法などが記されている。しかし、テロリストに掌握されたシステムの解放は、現場の人間の仕事のようだ。
「‥‥何ね、しょんなか」
 再び操作卓に回る航三郎だが、表情に落ちていた影は少し量を減じていた。


「では、ここは同志天魔に任せる。諸君の前途に栄光あれ」
 大仰なセリフを残して、第二艦橋に向かうリーダーを、天野 天魔(gc4365)は軽く頭を下げて見送った。彼の狙いは、バグアと人類の交戦のみではない。天魔はこの10年の間に、能力者と一般人の間の対立を陰ながら煽ってきた。例え全てが潰えたとしても、『危険思想の能力者である自身がテロを起した事』は残る。人類の間に生じた亀裂は溝となり、やがては騒乱を生むだろう、と。
「‥‥次の戦争は、先の戦争より大きくなり、素晴らしい劇を生むだろう」
「はい。バグアに死を!」
 頷く下位構成員は、天魔の真意を知らない。
(‥‥実質のリーダーは間違いなく此方、ですね)
 佐伽羅 黎紀(ga8601)は冷静にその状況を眺めている。目立たず、必要な役割を淡々とこなしてきた物静かな能力者、というのが、身分を偽り参加したテロ組織で築いた彼女の立場だった。
「同志、G5弾頭が操作を受け付けません」
 操作卓についていたメンバーの言葉に、天魔が動く。彼は手早く状態を確認し、苦笑を浮かべた。
「なるほど、物理的に信管を殺している、か。周到な者がいたようだな」
 極秘裏に航三郎が執っていた処置だった。
「ミサイルそのものをダミーに変えている訳ではない。これは俺達の動きを察した誰かが打った小手先の策だな。面白い」
 天魔は楽しげに言い、同志達の一部をミサイルの修復へ向かわせた。


 トリアイナの通信途絶の知らせは、連邦議会が一時閉会していた間に届いていた。
「イブリースに弾、入れといて。いや、持ち込めないのは知ってるよ。入れといてくれるだけで、いいんだ」
 ラシード・アル・ラハル(ga6190)は秘書へそう告げてから、議会へと向かう。それは、困難に挑む際には常に共にあった愛銃。悪魔の名を関する銃を選んだ所に、決意が知れる。定刻通りに入室した時には、既にざわつきと口論が始まっていた。
「艦からの連絡はないのなら、最悪の事態を想定すべきだ」
「UPCは何をしている!」
 飛び交う言葉は、困惑と動揺に満ちていた。そこを圧して、いつの間にか壇上に上がった秋月 祐介(ga6378)の声が飛ぶ。
「静まれ、バグア交渉会議の秋月祐介だ。此より本件でのバグアとの交渉に関してのみ主席代行として仕切らせて貰う」
 バグア交渉会議地球側全権大使、というのが崑崙などでの小規模、あるいは偶発的な接触の対応にあたっていた際の、彼の肩書だ。全権などと言っても実際の権能と言う意味では、伯爵の地球連邦主席と同程度の空虚さではあるが、ハッタリは効く。
「では‥‥私は、主席が交渉を行う予定であったバグアに対する、交渉の代行を提案する」
 会場のざわめきが、静まった。

「秋月君、あとで奢りを頼むね」
 報道班のいるブースで、長郎が薄く笑った。反対派の議員には、彼が把握しているコネクションと情報を総動員して警告を発している。切ってしまった札は大きいが、今回の事態収拾には必要なカードだったと納得はしている。
「もしも問題になればこの首をバグアの元に持って行き、暴走という事にして収めろ」
 静まった議場から、大きな反対の声は上がらない。だが、ラシードが立ち上がると、視線はそちらに集まる。
「ふむ、後は秋月君の器量に期待、だねぇ」
 全ての要素を抑えるほどの時間の余裕はなかった。掴むべき弱みや利害関係が薄い相手は、長郎にしてみればやりにくい相手だ。
「‥‥他に賭ける首と策が有るのか?」
 ラシードを、冷たい目で見下ろす祐介。ラシードは彼ではなく周囲の議場へと声を向けた。
「我々ができる事は、任せる事です。ここではなく、あそこにいる人たちに」
 その意に動いたのは、反対派というよりも交渉推進派の空気だ。
「‥‥では、事態収拾の間、『彼女』に到着を遅らせて貰えるよう、議会の名において交渉する事を提案する。反対は?」
 祐介は涼しい口調でそう言った。ラシードの言葉を、あたかも自分の意に沿う物であったかのように方針を纏める。
「この会談は、僕らが血で購ったものだ。邪魔などさせるものか。トリアイナの中で暴れてる連中にも‥‥地上の誰かにも。だから、信じるんです」
 それだけを告げて、着座するラシード。良い所を取られてしまったね、と長郎がくつくつ笑う。


「ようやく、終わり?」
 長々と続いた長広舌は、昼寝のあくび交じりのため息で締められる。
「貴様!」
 隣の男が振るった拳を、リーダーは止めなかった。そういう手合いか、と昼寝は値踏みする。
「鯨井艦長、君は我々に近しい思想の持ち主の筈だ。手を組めないかね」
 確かに、彼女は騒乱を求めた。それは自身が魂を燃やせる闘争の場としてだ。目の前のリーダーからは、それが感じられない。
(‥‥凡夫は凡夫なりに使い道はある、か。或いは他に頭がいるのかもね)
 昼寝が今しばらく成り行きを見守ろうと決めた瞬間、銃声が響いた。
「な、何事だ。隔壁は‥‥」
「ロックが解けたようね」
 艦橋側がシステムの一部を掌握したのだろう。奪った物は奪い返される事もあると、このリーダーは考えていなかったらしい。航三郎からG5弾頭ミサイルの状態を知らされた伯爵達は、強引な手段を選んだようだ。
「何が、英霊の代理だ。何が、民意の代弁者だ」
 蒼志の怒気の籠った言葉。襲撃者の中には能力者もいたようだが、彼らの銃撃は掲げた盾を貫けない。
「チェラルと、子供達の為にも凛、再び戦争の世の中になんてさせないんだからなっ!」
 大鎌を振るいながら凛が駆け抜ければ、うめき声をあげて銃を取り落す。能力者としての格が、違い過ぎた。
「お前達の自分勝手な欲望で、他者の『想い』と『未来』を踏みにじるというのであれば――」
 閉ざされた第二艦橋の扉に、蒼志のドリルが叩きつけられる。
「‥‥お招きにより参上した。扉を開けてはくれないかな?」
 伯爵の慇懃な言葉が、リーダーのプライドを刺激したらしい。入れ、という声に入室すれば、銃を昼寝に向けた男の姿があった。
「このような出合い方で残念だ。おそらく、私も貴方も共に死ぬ。戦いの未来の礎として」
 狂信的な高揚が見て取れる男の様子に、昼寝がもう一つため息を吐く。
「亡くなった仲間達が永遠に戦争の続く世界を望んでいたはずがない、その人達を裏切っているのはお前達の方だっ!」
「ならば彼らは私の仲間ではない。私の仲間はバグアを許さない。決してだ」
 凛の怒声にも男は動じず、笑みさえ浮かべて見せた。だが、それは去勢だとわかる。
「ここまでのようね」
 三度目のため息。リーダーが反応するよりも早く、昼寝は脚を一閃させた。右の手首が折れ、銃が宙を飛ぶ。逆の肩がピクリと動いたが、トヲイが剣を振りぬいた。情けも容赦もない一撃は男の左腕を文字通り吹き飛ばす。
「‥‥起爆装置か。残念だが、無意味だったな」
 左手から落ちた装置を拾い上げる蒼志。ヒューヒューと息を吐く男の顔には既に死相が浮かんでいる。
「君達の声は、世界に届くだろう。直接か間接かは判らないが、必ず。そして世界が道を選ぶ一助になる。もう眠るといい」
 伯爵は立ったまま、死に行く者へそう告げた。


 事態収拾まで、何らかの理由での到着遅延をと願う祐介に、エアマーニェは静かに、回線越しに耳を傾けている。
「エアマーニェ、貴女は自分がどういう人間か間接的に視て理解している筈だ。互いに利益を取れる決断を期待しますよ」
 カルサイトとの短い邂逅を思いながら付け足した言葉へ、エアマーニェは初めて言葉を返した。
『私達が約束に重きを置く事も、貴方達には理解できていると信じます、人間。エアマーニェは交渉の名の元に約した場に正しく姿を現さねばならない。それは、一時の危険よりもエアマーニェにとっては重要な事なのです』
 祐介の脳裏に、ある過去の事が鮮明に思い出された。交戦中の要塞で傭兵に突如銃撃を加えられても、一切反撃をせず佇んでいた姿。あの行動もその後の彼女の死も、エアマーニェがどのような思考をするのか解釈する材料にできた筈だが、この10年、人類はバグアを知ろうとはしていない。
「‥‥わかりました。事態の早期収拾を、約します」
『期待しています。人間。交渉の場にてまた会いましょう』
 エアマーニェの乗るビッグフィッシュは速度を緩めることなく、そしてあげることも無く地球圏へ向かいつつあった。


「ミサイルの発射操作室は制圧したんじゃが、生き残りは格納庫奥へ立てこもっとる」
 陸戦隊長の言葉に、航三郎は表情を曇らせた。ミサイルが実際にある場所へ向かったテロリストがいるという事は、彼の細工に気づかれたという事だ。稼げた時間が十分だったかどうか。第二艦橋を制圧した面々が駆け付けたのは、最後の扉が破壊された瞬間だった。天魔を狙った銃弾から庇うように、黎紀が割って入る。閃光手榴弾が宙に舞い、続いて抜刀した能力者たちが突入した。
「ククク、ここまでか。だが君達も共に死んでもらう!」
 ちぎれたコードを左右の手に握って天魔は笑う。その笑みのまま、両手を合わせようとした。
「ハハハ! 俺の勝ちだ! これで人と能力者の溝は‥‥」
 ドオン、と衝撃音が奔る。天魔の右ひじから先が飛んでいた。吹き飛ばされた天魔の身体が、G5弾頭上の作業台から壁面へぶつかり、緩い遠心力によって床面に落下した。
「‥‥君か」
 至近距離から、懐のアーミーナイフを一閃させた黎紀へ、伯爵は僅かに驚きの表情を見せ。
「お久しぶりです、伯爵」
 抵抗の意志はない、と言うように武器を手放して手を挙げた彼女を、陸戦隊の兵士が素早く取り押さえた。

『こちら篠畑、外部の事態は鎮圧した』
 幾分疲れた声の報告。彼の加勢に回っていた東野 灯吾(ga4411)のKVが艦外前方を飛んだ。ミサイルが発射されれば、撃ち落とすつもりだったようだ。
「新しい戦争が始まる! フハハハ! 見えるぞ! 素晴らしい劇だ!! これを俺は見たかったのだ! アハハハハハハ!!」
 天魔の目は、既に現実から離れていた。或いは自身が吐き出す真紅に酔っていたのかもしれない。野心敗れた男に、昼寝だけが僅かな共感を覚えていた。


 地上の議会では、ラシードが犯人たちの厳罰を主張していた。
「平和は血で維持される。今までも、これからも」
 そして、その血で手を濡らし、あるいは自らが流す事が力ある者の責務だ、と。祐介らの意見もあり、事件は広く公開される事こそなかったが、闇に葬られる事もなかった。

 拘束された黎紀は、伯爵へ自身の希望を伝えていた。死後にヨリシロとなりたいという事を。一人身であるから心を決めるのは楽だった、という彼女へ伯爵は沈鬱な表情を向ける。
「‥‥最後に翻意したとはいえ、君はテロリストとして捕縛された。その希望は叶わないだろう」
 どうでもいい、というように頷く黎紀。伯爵はハンカチを机に置いた。かつて彼女が送った物ではなく、彼自身の物だろう。
「良ければ、これを受け取ってほしい。私は、この胸に留めよう。君と言う同志がいたことを」
 返事を聞かず、彼は席を立った。

 関わった者は、やがて家路へ着いた。帰るべき場所や人の元へ。あるいは戦いを知らぬ世代へ語る事があるのかもしれない。平和という物を巡る知られぬ事件が一つ、あった事を。