タイトル:【RR】陸上戦艦を追えマスター:紀藤トキ

シナリオ形態: イベント
難易度: 難しい
参加人数: 38 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2013/03/27 06:07

●オープニング本文


●2013年1月、バグア陸上戦艦
「死に損なったのか‥‥」
 男が意識を取り戻したとき、最初に思い浮かべたのはその事だった。ブリッジに一体化した彼の肉体の平衡感覚によれば、床は僅かに傾いている。それはすなわち、彼の乗艦たる陸上戦艦がいまだ損傷している事を示しているのだろう。
『目を覚ましたかね、ジャロフ君。正直、もうダメかと思ったが』
 流暢な母国語はスクリーンの中から聞こえた。ナメクジに手足が生えたような異形。見た事が無い顔というか生き物だが、バグアに奇怪な外見の者が多々いる事は知っている。ログフ自身の艦よりもやや小型の陸上戦艦が、その通信の発信源のようだ。
「貴君の好意に対して感謝しよう。例え望むものではなくともな。ところで、同志ジリノフスキーはどうしたのか」
『死んだよ。銃を頭に向けてね。人間と言うのは衝動的な生き物だな』
 バグアの言葉には、奇妙なことに悼むような響きが感じられた。ジャロフはさしたる感慨もなく、その知らせを受け取る。かつて、士官学校で教鞭をとっていたソコロフ中将の檄に応じて人類を裏切った将校の、自分が最後の一人という事か。祖国を思い、その為に人類を裏切った筈だったが、現実は彼らの想像の外にあった。まさか、頭上の赤い星が人類の手で破壊されるとは、誰も思いもしなかっただろう。
 今の生は、彼にとって蛇足だった。生きているのは、単に意地があるだけだ。今となっては虚しい、意味の無い意地でしかない事は自分でも承知している。同志は少しだけ自分に正直になれたのだろう。
「‥‥今後の方針は、あるのかね。バグア殿」
『ユールと呼んでくれたまえ、ジャロフ君。方針、と言うほどではないが考えはある。その為に危険を冒して君の艦を救助したのだ』

●2013年2月、バグア陸上戦艦
 北上の最中に人類側の空爆を受けた艦の損害は大きかった。後方に積まれていたキメラプラントは過半が作動不能。艦載の無人ヘルメットワームに至っては8割が撃墜されたらしい。自分が意識を失っていた1か月ほどにある程度は再生産されているようだが、戦力としては4割程度の評価だろう。対空兵装の多くも損傷しており、満身創痍という言葉が良く似合う。
「だが、動力は無事。か」
『そうだ。あとは手薄な東へ移動し、ラインホールドを奪取する。それでもう一度夢は見られるだろう』
 再び人類を打ち破る夢。バグアが勝利する夢。その夢に釣られて、ロシアの大地に潜伏していた生き残り達が集まりだしていた。万に一つの夢、ということなのだろう。しかし成功する筈がない八方破れの作戦だ。そもそも、ウダチヌイに放棄されているラインホールドが動く状態である保証などない。内部調査が行われ、解体なり破壊なり、手は打たれていると考えるのが普通だ。
「‥‥一つ、聞きたい。なぜこのような事を?」
 このバグアが自分の想像以上に愚かであれば、そこに賭けるというのも理解できる。しかし、ジャロフはユールと名乗るこのナメクジの語り口に好意を抱き始めていた。できれば、馬鹿者であって欲しくは無い、と。
『私は、先の本星防衛戦に参加していたのだ。地上に落下した破片に巻き込まれ、地球に落ちた』
 文字通りに理解すれば、死に損なったということなのだろうか。
「意味が分からないな」
『ああ、すまない。前提を告げていなかった。私はあの時エアマーニェの示した夢に同意しているのだ』
 エアマーニェ、とはブライトンを裏切ったバグアだったか。地球人を一方的に搾取せず、共存できる関係を交渉によって模索すべき、と主張しているらしいと、聞いてはいる。それに同意するバグアが地球を離れた事も。
『共存を語る為には、戦いを過去のものにせねばならない。わかるね?』
 戦意を秘めて潜伏したゲリラ程始末に負えない物は無い。それは根を張り、長く長く続く戦いの温床となる。ジャロフは祖国の歴史でそれをよく知っていた。
『それに、彼らにとっても悪い話ではない。このまま土地に埋もれて隠れ潜み狩られるのを待つよりも、夢を追って逝けるのだから』
「‥‥なるほど、理解したよ。同志ユール」

●2013年3月、アストレイジア
 3月、衛星軌道上からの観察により、二隻の陸上戦艦の移動が確認される。バイコヌールの接収を優先した布陣のロシア軍は初動で出遅れた。進路を東に取った先には、何もない。そのまま、遥か東に目を転じれば、飛行空母『アストレイジア』艦上のミハイル・ツォイコフ大佐にとって記憶に深い地名が目に入った。
「‥‥あそこに何がある?」
 ツォイコフはかつての激戦に思いを馳せた。ブラットの弐番艦と、彼自身のユニヴァースナイトの砲撃を造作もなく耐えた敵。
「まさか、ラインホールドの残骸を狙っているのか?」
「‥‥アフリカのバリウス中将は未完成のギガワームに融合して動かした、とか‥‥。もしかしたら、もしかすると思いますわ」
 艦長の龍堂院聖那の言葉に、ツォイコフは唸り声をあげた。
「至急、極東ロシア軍へ警戒連絡を。ウダチヌイに防衛配置が整うまでは時間がかかる筈だ。KV戦力を伴い、高速の本艦で単独で敵に先回りして仕掛ける」
「はい。ここまで来て、妙な事はされたくありませんね」
 アストレイジアにとっては危険な提案だが、聖那は頷いて賛意を示した。敵戦力は質はともかく数だけは多く、広範囲に展開しているようだ。その網を突破し、戦力の中核であろう小型戦艦に対して陸戦部隊が攻撃を仕掛ける。対空能力を奪えばG5弾頭ミサイルの使い所も出来るだろうが、足止めを図るだけでも何とかなると、ツォイコフは踏んでいた。
 
「おそらく、敵はアルタイ山脈を北に迂回する。交戦地点は旧ノヴォクズネツク南方の丘陵地帯を想定する」
 バグアの侵略を受けて以後、同地周辺は十年以上に渡って放棄されていた。一般市民の巻き添えの心配だけはしなくてもよさそうだ。破壊してしまえば回復まで時間を要するタイガも、その辺りには進出していない。空挺降下に容易な地形ではあるが、それは即ち、遮蔽を取るのが困難という事も意味している。考える事は多く、時間はそれほどに余裕は無かった。
「アストレイジア、前進! 傭兵の皆さんとは途中で合流します」
 白い巨鳥がゆっくりと旋回し、加速を開始する。

●参加者一覧

/ 里見・さやか(ga0153) / 白鐘剣一郎(ga0184) / 煉条トヲイ(ga0236) / 鏑木 硯(ga0280) / 鯨井昼寝(ga0488) / 霞澄 セラフィエル(ga0495) / ケイ・リヒャルト(ga0598) / 須佐 武流(ga1461) / シャロン・エイヴァリー(ga1843) / 新居・やすかず(ga1891) / 西島 百白(ga2123) / キョーコ・クルック(ga4770) / アルヴァイム(ga5051) / ルナフィリア・天剣(ga8313) / ユーリ・ヴェルトライゼン(ga8751) / 時枝・悠(ga8810) / 里見・あやか(ga8835) / 狭間 久志(ga9021) / 赤崎羽矢子(gb2140) / 嘉雅土(gb2174) / 狐月 銀子(gb2552) / エルファブラ・A・A(gb3451) / アンジェラ・D.S.(gb3967) / リュウナ・セルフィン(gb4746) / 東青 龍牙(gb5019) / クレミア・ストレイカー(gb7450) / 神楽 菖蒲(gb8448) / 湊 獅子鷹(gc0233) / 美具・ザム・ツバイ(gc0857) / レインウォーカー(gc2524) / ミリハナク(gc4008) / リック・オルコット(gc4548) / ラーン=テゴス(gc4981) / ニーオス・コルガイ(gc5043) / BLADE(gc6335) / エヴァ・アグレル(gc7155) / 村雨 紫狼(gc7632) / クローカ・ルイシコフ(gc7747

●リプレイ本文


 メトロニウム鋼の鳥が、ロシアの空を舞う。色も形もまちまちな30機程の制空、および対地攻撃隊がやや前に。その後に降下態勢を取る30機ほどの機影が続いた。残りは飛行空母アストレイジアの直衛や管制補助を意図していたり、決定的な局面まで待機している面々だ。先ほどまで景気づけにと流れていたクローカ・ルイシコフ(gc7747)の歌声も、戦闘を間近に控えた今は止んでいた。
「前回は物量で苦戦したがまだ生きておったとはな。今度こそ引導渡してくれるわ」
 航空戦力の過半を沈め、大型戦艦を撤退に追い込んだ先の作戦に参加していた美具・ザム・ツバイ(gc0857)の意気は高い。
「あれが例の陸上戦艦ね‥‥」
 空中からであれば既に、敵の巨体は目視できる。クレミア・ストレイカー(gb7450)が思わず漏らした声に応えるように、陸上戦艦に動きが見えた。
「こちらの狙いにようやく気付いたようだ。迎撃が上がってくるぞ」
 後方、索敵に従事しているエルファブラ・A・A(gb3451)が駆るのは骸龍の「フェルシェンレーレ」。久しぶりのシートの感触に思う所もあったが、敵味方の表示が近づくにつれて感傷は影をひそめる。敵は戦艦の制空圏よりも広くまばらに展開しているらしく、眼下から不意に野良タートルワームの砲撃が上がってくる事も一度や二度ではない。
「この空には何度上がったでしょうか‥‥」
 ふと、そんな言葉が霞澄 セラフィエル(ga0495)から漏れた。ロシアの空をあるいは守り、あるいは攻めた幾度もの戦いは、全て「セラフィエル・ウイング」と共に。今までありがとうという感謝の念が素直に浮かぶ。
(長きに渡った戦いもこれで最後になるよう頑張ろうね)
 そう念じれば、操縦桿が僅かに揺れたような気がした。
「実戦はちょっと久しぶりかな‥‥気を入れていくか」
「まあいつも通りの仕事だな、うん」
 そう声を発したのは霞澄のアンジェリカよりもなお古い2機のパイロットだ。「紫電」と名付けたハヤブサのパイロットは狭間 久志(ga9021)。R−01「ディース」のユーリ・ヴェルトライゼン(ga8751)も同様に、今では旧式に属する機体を乗り続けている。拘りは愛情と誇りを伴い、彼らの愛機を甘く見た者を驚嘆させてきた。
「ロシアにこんなのがまだ動いていたのは聞いていたが‥‥」
 BLADE(gc6335)がぼそり、と呟く。彼の愛機はクルーエルの「アンジェリカ」。名称こそ紛らわしいが、先の2人とは違い新鋭機だ。
 ――もっとも、今回の敵はその違いにも思う所はないだろう。眼下に存在するキメラは言うに及ばず、3機の三角編隊を3つ、9機の編隊を全く崩さずに近づいてくる無人機にも感情は見えない。幾人かの傭兵は実際に交戦した経験もある、陸上戦艦に統率された無人機の集団だ。無人機と甘く見て無理に進めば、思わぬ被害を受ける、というBLADEの警告に、知っているとばかりにルナフィリア・天剣(ga8313)は頷いた。
「まぁ遠慮も油断も容赦も躊躇も逡巡も無く敵を撃滅しよう」
「要するにいつも通り、かね。気張らず行こうか、ルナ」
 ルナフィリアの独言に、時枝・悠(ga8810)がそう返す。ディアブロと見まがうような真紅の外装を施された悠の愛機「デアボリカ」もまた、旧式に属する機体だ。ユーリや久志、それに彼女達のような歴戦の傭兵は、大なり小なり戦いに慣れていた。少なくとも戦いの日々を「いつも通り」の一言で片づけられる程度には。
「好い加減そろそろ本業に集中すべきかなあ」
 だからだろうか、喫茶店経営が傭兵稼業よりも性に合う事を最近実感しつつある悠は、ため息交じりにそう告げる。簡単に、「はいやめた」という訳にはいかないのが世界の現状なのは、判っているけれど。
「‥‥征くぞ、フィンスタニス」
 ただでさえ大型のパピルサグに更に追加装甲を積載しながらも、ルナフィリアの愛機の動きは悪くない。彼女にそれを提供した「義父」は降下組にいる筈だ。その安全を確保――は必要ないかもしれないが、面倒を減らす為にも、制空戦闘にしくじる訳にはいかない。彼への信頼と敬意に見合う何か良い愛称が浮かべばと思ったが、そればかりは閃きを待つしかなさそうだ。あるいは、ダディなどと甘えてみるのも面白いのかもしれないが。


 目の前に展開しているバグアの数、そして周辺に広がった戦力すべてを集めても、大局は覆らないと狐月 銀子(gb2552)は感じていた。そして、それは何よりも敵自身が判っている事だろう、とも。それでも譲れない何かがあるならば、それに報いてやろう、と思うのは彼女なりの敬意の表れだった。
「全力で行くわよ。あたしらなりの正義の旗の下に、ね」
 そう告げた相棒に、神楽 菖蒲(gb8448)はいわく言い難い表情を一瞬だけ浮かべる。彼女の意志を否定はしないが、同意もできない。とはいえ、その程度の意志の相違は、相互の信頼の前では無に等しかった。そして、愛機たる「レイナ・デ・ラ・グルージャ」への信頼もまた、バグアに後れを取るものではない。
「先手必勝、ってね。無人機やキメラごときじゃ、スワンのトップ2の相手にゃ役不足だ」
 濃紺と澄んだ青色で塗られた菖蒲のサイファーが加速を開始、そこに並ぶように銀子の「SilverFox」が追随する。「SilverFox」は正確には、彼女の銀色のオウガの「機体名」というわけではない。銀子が駆る機体、車、あるいはAU−KVなどにつける「総称」だ。そんな小さな拘りの差は幾つも抱えていると理解している。否、飲んだうえで成り立っているペアだった。
「単独だったらやめようかと思ってたんだけど、助かった」
 先行した2機の後方から、嘉雅土(gb2174)のオウガが追い付いてきた。3機とも、対多数用の多弾頭ミサイルを装備している。狙うは初手での数減らし。敵もそれは同じと見え、先手を打ったのはバグアのプロトン砲だった。精緻な連携による逃げ道を塞ぐ飽和射撃。とはいえ余裕があれば当たり所を選ぶ事もできる。
「そんなもん、この距離で効くか!」
 太い光柱の中央を避けるように機動したKVが、相次いで射撃を開始した。無人機に積まれた迎撃兵器に破壊された物もあるようだが、ミサイルの過半は目標へ到達。正面の2編隊とキメラの群れを半壊させる。
「降下予定まであと20秒。降下の邪魔はさせるな」
 エルファブラの指示が回線を飛んだ。降下前に制空、対地戦闘を行うという提案を受け、ツォイコフ大佐は交戦開始距離に多少の余裕を設けるように指示していた。理由は単純で、遅いとはいえ敵が移動能力を持っている事による。制空戦闘中に移動してきた敵の防空圏に囚われれば、思わぬ打撃を受けぬとも限らない。
「昼寝、お先に行かせてもらうわね! トヲイも昼寝のこと、よろしくっ」
 降下隊に属するシャロン・エイヴァリー(ga1843)が、旧知の小隊仲間にそう挨拶を投げた。ピュアホワイトの「ケートゥス」で管制に回った鯨井昼寝(ga0488)がむう、と口を尖らせる。自身の目的のためにもこれが必要な役割と割り切って後方にいるのだが、それはそれとして前線に回る仲間を見るとバトルマニアとしてはうらやましさを感じずにはいられない。
(ここまで粘った陸上戦艦も、喰らい甲斐のある極上の獲物‥‥。でも二兎を追う物は一兎も得ず、諦めるとしますか)
 自分に言い聞かせるように彼女が思考を巡らせる間にも、状況は動く。空戦隊は近接戦闘に移行していた。

「始まりましたか。各機、降下準備を」
 アルヴァイム(ga5051)が事前に選定したポイントへ向かう降下隊を、数機のKVが追い越していく。
「アールマティ‥‥、最後の戦争です。あなたの力、どうか最後までっ」
 愛機へそう語りかけるのは【里見隊】と称する4機のリーダー格、里見・さやか(ga0153)だ。奪還、決戦、幾多の戦場を飛んだ電子戦機のウーフー2には、4色のペイントが描き込まれている。決戦に向けての意気を示す「Z旗」は、海という自身のルーツを示すささやかな拘りだった。
「戦争も終わったってのに、こんな物騒なものを残しておけないからねっ」
 さやかと共に地上の様子を確認するキョーコ・クルック(ga4770)の機体は、黒色のアンジェリカ「修羅皇」だ。機動性を重視しつつ、汎用を意識した機体には複数の多弾頭ミサイルが詰み込まれている。狙うは、降下地点付近の掃射。低空に上がっている飛行キメラ群は手ごろな獲物だ。
「爆撃コース、転送します。続いてください」
「あいよ! ‥‥姉さんと一緒に仕事たぁ、この5年で初めてかあ」
 さやかを姉と呼ぶ里見・あやか(ga8835)が「Rakete Orchester」と名付けた機体はその名の如く、ミサイルとロケットを満載している。姉の仕事の仕上げを自分がする、というのはくすぐったいような面はゆいような、しかし嫌な気分ではない。これまで彼女を見守ってきた補助席の「くまのぬいぐるみ」が、少し微笑んだように思えた。
「さて、最後の稼ぎ時かね?」
 同じく爆装したリック・オルコット(gc4548)のグロームは、あやか機よりも更に前へ。理由は単純で、ロングボウの如き射程を持たぬが故だ。グロームの武器は射程ではなく、正確さにある。対空砲を背負ったタートルワームが視界に入り、リックはニヤッと笑った。
「ここで稼いで、これからの生活の足しにするさね‥‥一人暮らしってわけでもないんでね?」
 ロケット弾が狙いあやまたず敵をとらえ、炎に包んだ。撃ち返してくるプロトン砲を回避、追撃を加える。
「どーんと、焼き払うよ!」
 リックが敵をひきつけた間に、爆撃態勢に入っていたキョーコの「修羅皇」がプラズマ弾を放つと、周囲が閃光に染まった。要請を受けたユーリと霞澄が、左右にずれた場所にフレア弾とプラズマ弾を投下する。咄嗟に遮蔽をとったキメラもいたのだろうが、ほとんどの敵は消滅したようだ。生き残った敵のほとんどはゴーレムかタートルワームだろう。立ち上がってくる砲火の柱を観察し、アルヴァイムは冷静に告げる。
「降下地点はプランCとFを採用します」
「了解です。安全を確保します」
 旋回中のさやかが、僚機へ更なる攻撃目標を指示した。
「VTOL機はあたしに着いてきて。後続が降下するポイントを確保するため先に斬り込むよ!」
 赤崎羽矢子(gb2140)の声に、続く機体はそれだけで橋頭堡を築ける程に多くはない。正規軍アストレイジアの艦載機も宇宙戦からの転用ゆえに、VTOL機は不在だった。敵の動きが鈍いうちに、降下を急がんとする傭兵達。
「降下を支援します」
 ミサイルを抱える新居・やすかず(ga1891)のS−01HSCは無銘。機種はともかく機体にはこだわりを持たない、という彼のこだわり故だ。英国製のミサイルが低空を漂うキメラに直撃、悲鳴も上げずに敵は落ちた。クローカのラスヴィエート「モルニヤ」が後に続いてリニア砲を発射、ガトリング砲で掃射する。しかし、場所は敵中。1匹や2匹を削った所で、稼げるのは一瞬だ。ともすれば、強引な切り込みも止むを得ない。
「‥‥全く、戦争終わっても事後処理と言う名のデスマーチか。これ、大丈夫か?」
 湊 獅子鷹(gc0233)のヴァダーナフ「鬼斬丸」が、アルヴァイムのNロジーナ「字」の援護を受けつつ着陸、そのままキメラを弾き飛ばす。操縦系をオミットした「鬼斬丸」の動きは機械的だ。ヴァダーナフの開発者は嘆くやもしれないが、操縦者自身にとってのベストの調整を施された機体は信頼にこたえる。
「どこも壊れちゃいないな? 上等だ」
 人型に変形し、拳を固める鬼斬丸の背後に、西島 百白(ga2123)機が降下してきた。火球を吐こうと口をあけるキメラの片方が鬼斬丸に殴り飛ばされる。もう1体のキメラに目もくれず、百白は無言のまま着陸を続行した。「虎白」は慎重にランディング、そのまま四足獣の形に変形する。銀河重工の阿修羅は今では乗り手も少なくなった。
「‥‥」
 自身の変形中にもう1匹のキメラを叩き潰した獅子鷹に無言のまま礼を告げ、百白は周囲を確認した。散らばりつつあった敵は集結しかけており、味方がまとまって降下中の2箇所へ向かっているようだ。
「‥‥行くぞ、カマエル。焼き払う!」
 須佐 武流(ga1461)のフィーニクス「カマエル」が低空へ降下。余剰エネルギーを紅の羽の如く散らしつつ、プロトディメントレーザーを撃ち放つ。降下に専念する機がある一方で、初手では味方の支援に回った者もおり、結果的に状況は人類側に優位に進んでいた。最初に降りた羽矢子や獅子鷹らに続いて、確保された着陸地点へ後続が降下していく。メトロニウムシャベルを振るって着陸用のスペースを確保していたクローカの仕事は、そう長くは必要とされなかった。
「降下は成功。引き続き上空支援を頼む」
「‥‥了解、引き受けた」
 前線にいるのはキメラか無人機ばかり。無人機の精密な連携は脅威ではあるが、歯ごたえはない。敵に余裕があるがゆえに有人機を出し惜しみしているという訳ではなく、むしろ逆だろうことは、容易に把握できた。
「こんな状態でもなお戦いに臨むか。だがそれを許す訳にはいかないな」
 菖蒲や銀子らと共に白鐘剣一郎(ga0184)の「流星皇」が切り込む。駆け上がる天馬の紋章を刻まれた機体は、シュテルンG。灰銀の塗装の下には無数の戦歴を刻み、数多の空を飛んできたこの機体は、あるいは剣一郎自身よりもバグアに知られているやもしれない。
「マリアン、着陸します!」
 元気よく宣言したリュウナ・セルフィン(gb4746)機が、陸戦班の最後の降下機だった。大型のマリアンデールが、クローカの確保した着陸スペースに降り立つ間、東青 龍牙(gb5019)のミカガミ「青竜機」が周囲を警戒する。
「敵、後退‥‥。引き際は悪くないわね」
 エルファブラと共に後方管制に回っていた昼寝がそう評する。強襲降下の妨害に失敗した以上、戦艦の制空圏の外での空中戦に利はないと見切ったのだろう。無人機、キメラの損害は多く傭兵側は多少の被弾こそあれど撃墜は零。降下の安全を確保できるだけでなく、対艦戦闘前に敵戦力を削る事ができたと言う面でも良策だったようだ。


「この先は敵の制空圏、ということは敵艦の対空能力を破壊するまで上空支援は受けられないわけね」
 状況を確認するように、アンジェラ・D.S.(gb3967)が呟く。この先は、敵群を突破して敵艦へ切り込むフェイズだ。
「それじゃ行くわよ、Nyx」
 愛機にそう語り掛け、エヴァ・アグレル(gc7155)がプロトディメントレーザーを撃ち込めば、正面のキメラ群が一掃される。中には耐え切ったものもいたが、群れで無くなったキメラなど、この場に集った能力者の敵足り得ない。
「では、いきます。そろそろ終わりにしましょう」
 切り開かれた道に向かって先陣を切った鏑木 硯(ga0280)のディアブロに続き、
「いくぞ、ダイバード! 地球を護る天下無敵のスーパーロボット、ここに見参!!」
 大仰な村雨 紫狼(gc7632)の啖呵と共にKVが地を蹴った。二刀を携えてキメラの只中に切り込み、蹴散らしていく機体の正式名称は「超魔導合神ブレイブダイバード」という。タマモとは言っても、もう一機の愛機「ガンドラゴン」からパーツ取りを行った関係で、随分外見は変わっていた。むしろこの形状に何とか纏めた整備兵の腕を褒め称えるべきかもしれない。
「右、タートルワームが2機、対地攻撃を生き延びています。警戒を」
 アルヴァイムの警告が耳に入り、紫狼はすばやく周囲を警戒。
「そこか‥‥!」
 砲口を向けていたワームへと突き進む。先陣の役割はあくまで敵艦への進路を切り開く事。時間を掛けるのは悪手。敵からすれば、無視しにくい戦力をバラバラに配置するのも遅滞戦術の一種だ。それらが能力者を引き付け、その場所に‥‥。
「主砲、発砲を確認した。陸戦班は警戒を」
 空中より、敵艦砲の動きに留意していたBLADEの声が、一瞬だけ早く警戒を促す。眼前の敵との交戦に入っていた陸戦班各機が視界の外からの脅威に身構えた直後、散弾が広域を抉った。降り注ぐ砲弾の直撃だけは避けつつ、態勢を立て直す各機。百白は小柄な機体サイズを活かして、倒したばかりのワームの影に身を沈めた。
「砲撃を指示してる指揮官がいるよ! 気をつけて」
 敵の動きからそう察した羽矢子が警告を発する。2機のゴーレムを随伴したタロスが低い丘の上にいた。事前爆撃で被害を受けたのか、傷だらけだが引くつもりはないようだ。プロトン砲が地を舐め、咄嗟に防御態勢をとったKVを巻き込む。キメラと距離を盾に、射撃戦を挑もうと言う腹積もりらしい、が。
「キメラはこっちで。奥の連中のトドメはみんなに任せるわよっ!」
 プロトン砲をブースト機動で回避したクレミアのニェーバ「Spector−III」が、その勢いのままに敵前へ突進。盛大に銃弾をばらまく。機銃弾といえども耐久力の低いキメラにとっては致命の攻撃だ。進路を塞いでいた敵が、消える。

(悪足掻きも最後にして欲しいわね)
 ラーン=テゴス(gc4981)のラスヴィエート「輝4号」が装輪走行で滑り出すや、ニーオス・コルガイ(gc5043)の「輝5号」が追随した。名前からもわかるように、2機は小隊僚機だ。森林迷彩風のカラーリングの機体はぱっと見では見分けがつかず、迎え撃つゴーレムはどちらへ槍を向けるか、僅かに迷った。
「ラーンちゃん 連携宜しく頼むぜ」
 ニーオスが声をかけつつ機銃弾をばら撒き、その隙にラーンが滑空砲を撃ち込む。2発、3発。立ち直る間を与えず、二方向からの砲撃がゴーレムの戦闘力を奪った。焦げた外装のもう1機のゴーレムが、ぎこちない動きで斧を構えるも、間合いを詰めた虎白のストライクファングに腕を噛み割かれる。
「なぜ停戦を受け入れれないのさ!?」
 後退しかけたタロスへ、それを上回る速度で羽矢子が突進した。両手に構えた大型プロトン砲を機盾で跳ね上げ、ディフェンダーを一閃させる。
『我らがバグアであるからだ。餌との共生など、笑止‥‥ぐぼっ』
 くぐもった声を最期に、タロスが動作を停止する。馬鹿野郎、と心中で吐き出しつつ、羽矢子は歯軋りした。幼いエヴァは、割り切った風情で冷たく言う。
「どんな理由があれ武力を振りかざすテロリストは絶対悪よ」
 死ぬならば自分達だけで死ねば良い。無関係の人を巻き込むのならば、それは何としても終わらせねばならない、と。


 一方、前進を続ける硯や武流の前にも、有人機が現れていた。そうせざるを得なかった、と言うのが正確だ。左右に展開した兵力を呼び戻すよりも人類の進行が速いとあれば、止めるには指揮官クラスを出すしかない。バグアの戦術は変わらず、最終的には個体の性能頼みだ。とはいえ‥‥、
「遅い!」
 振るわれたゴーレムの長剣を、残像を残して回避した武流が言う。そのままエナジーウイングで切りつけたが、盾で防がれた。
「さぁ、死神の舞台の開幕だ。一緒に踊ってくれるのは誰かなぁ?」
 斧槍を手にしたタロスに対するのは、レインウォーカー(gc2524)のペインブラッド「リストレイン」だった。残る1機のゴーレムへは、硯が切り込んだ。
「こちらは俺が引き受けます」
 かつては個体性能差で圧倒し、戦闘の局面を左右してきたバグアの有人機も今ではKVが一対一で戦える程度になっている。戦いに勝てるようになれば、戦争は終わる物だと思っていた頃もあったが。
(この残り火はいつまで燻り続けるんだろう)
 そんな事を思いつつハイ・ディフェンダーを横薙ぎにもう一撃。受け止めた勢いのまま、機体を滑らせて逃げたゴーレムのパイロットは、いい腕をしている。と、その姿が不意にぐらついた。
「硯、こっちで注意を引くから横からズガンと喰らわせてやって! トドメで合わせるわよ!」
 シャロンの声は砲撃の後で届き、それを耳にするより前に硯は動いていた。どのような形でかは判らないが、彼女が隙を作ってくれると期待していたから。ハイ・ディフェンダーの上段からの一撃を、ゴーレムは受け止めきれずに膝を屈する。

 随伴の2機が押されている事に、タロスのパイロットは動揺していなかった。敗北や死に動じない敵が、望んでいるのは戦いそのものか、あるいは滅びなのかもしれない。レインウォーカーはそう察しつつ、口だけで笑う。彼とこのバグアは同類だったのかもしれない。名も無き道化が失って得た物を、このバグアは持たぬままだった、ただそれだけの違い。
「戦いしか知らない者同士、存分に戦おう」
『クカカカカ‥‥』
  返ったのは、笑い声とも歌とつかぬ鳴き声だった。人間のヨリシロをもっていないバグアなのだろう。なれど、交錯する攻撃と防御の舞が何よりも雄弁な対話手段だった。大振りの斧槍の一撃を外し、突っ込む。予想していたかのように、フェザー砲がばら撒かれた。ダメージを無視して突っ切り、練気爪を突き立て、横に裂く。
「嗤え」
 その言葉は相手に届いたか否か、判らぬままに敵機は爆発に飲まれた。
「当該区域の指揮官はその2体であろうと推測されます。左右から新手が到着する予測時刻は、最短で5分」
 後方と連絡を取ったアルヴァイムがそう告げる。
「OK、次に行きましょ!」
 地平に聳え立つ巨大戦艦の姿は、もうのしかからんばかりに大きくなっていた。艦からの攻撃も精度があがりつつある。直衛のキメラや無人機との交戦中を狙って飛んでくる砲火を回避しきることは難しく、最後の5kmが、これまで以上に遠い。
「扱いの荒いパイロットで悪いけど、もう少し付き合ってよ」
 シャロンが愛機のロビン「B・D」へ語れば、応えるようにエンジン音が高まった。長年連れ添ったこの機体は自分の手足のようにも思える。人馬一体、などという日本語が思い浮かぶまで愛着のある相棒に乗るのも、これが最後か、次が最後か。戦いが終わるのは喜ばしい事なのだが、そこに一抹の寂しさが無いともいえない。


「上空、敵の新手が移動中。警戒せよ」
 エルファブラが前線へとそう伝える。敵の制空圏の奥での交戦ゆえに、空戦班が手出しできないのが歯がゆい状況だ。かといって、敵艦の対空能力を減らす前に迂闊に突っ込むのは愚策だ。
「本星型が単機、来ます」
 上空からのプロトン砲の斉射に対して、咄嗟にマルコキアスで反撃したやすかず。どちらも有効打撃にはならなかったようだが、敵の攻撃は広範囲にわたって降り注ぐだけに、厄介だ。
「ふむ、対地攻撃は厄介です。こちらでも引き受けましょう」
 再度の砲撃に対して、やすかずと共にアルヴァイムの「字」がブリューナクで迎え撃つ。本星型は真紅のフィールドを展開、その打撃を受け流したが、面食らったのか高空へ退避した。
「敵、一時後退を確認。キメラとHWを招集して、出直すつもりでしょう」
「時間を稼げた、という事ですかね」
 ほっと息をつくやすかずに、アルヴァイムが頷く。戦艦の艦載HWは空対空戦に特化しているらしく、陸戦班にとって空の脅威はそう多くはない。

 残り3km。敵艦は足を止めたようだが、いまだ後退はしていない。
「今更、こんな戦闘! 何の意味が有るんですか!」
 龍牙の声に答える物は無い。突っ込んできたゴーレムが、リュウナの狙撃で足を折った。プロトン砲を放とうとしたところを、獰猛な牙が噛み裂く。
「‥‥無事か?」
「西島さん!」
 言葉を交わす合間にも、新手の敵が襲い掛かってきた。虎白へ向かっていた中型キメラが、血反吐を吐いて潰れる。もう一体のキメラへは、青龍機がウインドナイフを突き立てた。
「ひゃくにぃ! 大丈夫ですか!」
 リュウナの声に無言で頷き、百白は機体を跳ねるように前進させる。傭兵達は敵艦を指呼の距離に捉えていた。
「コールサイン『Dame Angel』、狙撃を開始するわよ」
 1kmを切った辺りで、アンジェラがそう宣言する。狙うは対空砲。空戦隊の為だけではなく、水平射撃で飛んでくる攻撃は、陸戦部隊にとっても無視しえない。それとほぼ同時に、もう1機のKVが動き出す。
「さ、そろそろ行きますわよ」
 ミリハナク(gc4008)の竜牙「ぎゃおちゃん」が、その黒い体をくねらせ、突進を開始した。陸戦班でトップクラスの破壊力を秘めたミリハナクは、ここまで交戦を避け、戦闘力を温存してきている。戦い甲斐のある大物を喰らう事に集中したいが故だ。
『‥‥ぬ。止めきれぬ、か』
 小型艦の指揮を執るナメクジ型バグアのユールは、諦めの吐息を漏らした。直衛戦力にこの凶暴な新手に回す余裕はない。キメラと艦砲では、ここまで無傷のこの敵を阻むことは難しいだろう。
「これで3つ目‥‥。さすがに案外頑丈なようね」
 アンジェラの狙撃が、ミリハナクの進行ルートの妨害に適した砲塔を潰している。突進するミリハナクに追随し、彼女が注意を払っていない小物を叩いてフォローに回る者もいた。
「数は多くても雑魚は雑魚だぜ」
 キメラの群れを掃射しつつ、ニーオスが言い放つ。地を滑るように続くラーンが、ミリハナクを狙っていたタートルワームの頭部を撃ち抜いた。
「敵艦への攻撃がしやすい様にしないとな」
「‥‥ああ、そうだ、な」
 獅子鷹は応えながら、動きの鈍いゴーレムへ間合いを詰め、最後の「な」と同時に得物を蹴り落とす。無手になったゴーレムの中央を、ラーン、ニーオスの砲撃が撃ち抜いた。
「ルートの確保を優先、後方は任せます」
 アルヴァイムが獅子鷹に続き、前進を開始する。戦場は既に艦のすぐそばまで迫っていた。


『同志ユール、空中の敵もそろそろ動き出しそうな様子だ』
『ふむ。ここまで、かな。では先に行かせて貰おう』
 淡々というと、バグアは艦橋から移動を開始した。外部では、半壊しつつも艦体に取り付いたぎゃおちゃんが、主砲塔への直接攻撃を開始している。艦側面のハッチが開き、ティターンとその直衛機が姿を現したのはそのタイミングだった。
「よう、どうせあの戦艦が落とされんのは目に見えてんだ、このまま死ぬには勿体無いだろ? 相手してやるよ」
 不敵に言う獅子鷹の機体は、決して無傷ではない。戦場中央にいたアルヴァイムがフォローに回る。
『我々の目標は一刻でも長くこの艦を生き延びさせる事である。障害なれば排除する』
 獅子鷹の言葉に、ユールは律儀に応答し、武装を構えた。

「射出口は‥‥あそこ、か」
 ティターンとその直衛が飛び出して来たのを目にして、Nyxはほくそ笑んだ。百白や龍牙らが派手に目を引く中、身を低くしていたリュウナも、同じ光景を目にしている。
「龍ちゃん! ひゃくにぃ! 護衛お願い! マリアンの一発撃ち込むよ!」
「あら、考える事は同じね」
 ようやく気付いたらしい敵が、遅ればせながら向かってくるが、銀河重工の小型機2機が行く手を阻む。
「射線上の味方機は、退避してください!」
 警告を聞いたミリハナクのぎゃおちゃんが、破砕した主砲から牙を離し、名残惜しげに鎌首をもたげた。そのまま艦上を駆け上がり、艦橋と思しき構造物へと大口を開ける。狂暴な顎の中を白い閃光が埋めていた。
「ごきげんよう。満足していただけると嬉しいわ」
 荷電粒子砲「九頭竜」が小型艦の最上層を吹き飛ばす。既に主が退去していたとはいえ、制御中枢を失った小型艦の反撃は統制を失いつつあった。
「はっしゃー!」
 マリアン、Nyxの砲撃が艦側面を抉り、内部破壊を誘発する。
「ふふ、上出来よNyx」
 声を掛けつつ、エヴァは後退を開始した。数百メートルサイズの巨艦は衝撃に打ち震えたが、まだ砲火は止まっていない。周囲の無人機やキメラの動きも大きな乱れはなかった。後方の大型艦が制御を代替したのだろう。防御性能の落ちた2機は後方へ下がり、やすかずとクローカが構築していた防御陣地へ。自然の地形に敵の残骸を積み上げただけの簡素な物だが、効果がある。
「菖蒲殿、敵艦能力の過半は喪失したわよ」
 アンジェラが気軽な口調で言った頃、空戦部隊は前進を開始していた。本星型ワーム、および有人HWを中核にした混成部隊がそれを迎撃している。既に、戦艦の艦載機部隊はその過半が撃墜されていた。ユーリが牽制したHWが、横合いから霞澄が放った88mmの光弾に粉砕される。ルナフィリアのレーザーライフル「プレスリー」を回避した所へ、ミサイルをばらまきながら悠が突っ込み、高分子レーザーで装甲を抉った。
「これより攻撃を開始する」
 煉条トヲイ(ga0236)が多弾頭ミサイルを発射、敵指揮官周辺の密集地帯に多数の火球が生まれる。
「ペガサス、エンゲージオフェンシブ!」
 直衛がはがれた所で、剣一郎が一気に攻撃を仕掛け、本隊から切り離す。そこへ、ミサイルの軌跡を追うような形でトヲイが切り込んでいた。既にフィールドを発生できなくなっているようだが、覚悟を決めたのか、回避行動もとらずに正面から向かってくる。
「――上等だ。貴様の相手は俺がする。一手お相手願おうか‥‥!」
 後半になって出撃してきた彼の機体は無傷。正面からの撃ち合いでも後れを取る事はない。リニア砲弾とプロトン砲の光条が交差し、巨大な衝角と鋭利な剣翼が馳せ違う。失速して白い大地に落ちていく、敵。
「このまま制圧する」
 指揮官を討たれた敵の混乱に乗じて、能力者達は敵機へ切り込んだ。一方、里見隊4機は陸戦部隊の支援に回り、キメラやゴーレム、タートルワームの群れに火箭を降らしていく。
「少しでも撃破して、報酬を上乗せしてもらわないとな?」
「こいつはデザートだ、持ってけ!」
 リックがロケット砲でワームを狙い撃ち、あやか機がツングースカを掃射する。
「ミサイル、来るよ!」
 キョーコの警報が回線に響く。小型艦の対空能力はほぼ喪失していたようだが、残余のミサイルポッドからキメラミサイルが射出されたらしい。大型戦艦もそれに追随したようだ。残余の敵空戦部隊も乗じて一斉砲撃を開始する。
「回避に注力を。隙を見せると喰らいついてきます」
 このミサイルとの戦闘経験がある霞澄の声。空中を無数の赤い光線と爆発が彩った。ミリハナクが発射装置を抉りとり、エヴァが3発目のフィーニクス・レイを放って焼き焦がす。大型艦がさらにもう一射、ミサイルを追加した。ミサイルを振り切ろうとKVが思い思いに機動の限りをつくし、冷たい空に幾つもの軌跡を描く。追尾する狩人の一部は目標をとらえたが、追い切れなかったミサイルの多くは空中で分解した。


 側面から、アルヴァイムの砲撃が装甲を抉った。
『ふむ』
 短く言って、左腕をパージするユール。距離を取っていた獅子鷹が、ブーストで近接する。隻腕のティターンはレーザーを手の甲から射出した。ジグザグに動きながら接近する鬼斬丸に、2発、3発と直撃する。
「ちっ‥‥、しゃあねぇ」
 獅子鷹は彼我の実力差を考え、即断した。あるいはアルヴァイムと2機で削れば倒せるだろうが、時間が掛かりすぎる。
「拾ってくれよ」
 ジグザグ軌道を止め、突貫する鬼斬丸を、ティターンはフェザー砲で迎え撃つ。細い紫の光線が外装を切り裂き、ダメージを蓄積していくのを、獅子鷹は感じていた。愛着が無い訳ではないこの機体は死に向かっている。制限を解除された強大な出力は各所を駆け巡り、約束された死と引き換えに短時間の輝きを約束する。
「最後の仕事だ、鬼斬丸。気張れぇ!」
 左足が吹き飛んだ。残る片足とブーストのみで近接。剣の如く振るわれたレーザーを肩で受けつつ、右腕の獅子刀を突っ込む。堅牢な装甲に阻まれ、刀が敵機に食い込む感触。自機が抉られる感触。
「‥‥くっ」
 相打ち。その単語が脳裏をよぎった瞬間、衝撃が襲った。コクピットブロックが射出されたのだと理解したのは、一瞬後。アルヴァイムに救助された獅子鷹の目の前で愛機は炎に包まれた。中央まで断たれたティターンと共に。


 混迷の空から、ぬけだした機影が4つ。先行するのは銀子と菖蒲だった。少し離れて久志、そして美具が続く。残る面々は、敵の残存空戦部隊を追い討っていた。アストレイジアのG5弾頭ミサイルの進路の妨げになりそうな敵は、残さぬに越した事は無い。
「それじゃ行ってくる。銀子、後ろよろしく」
「振り向く必要なんて無いわよ、全部あたしとSilverFoxにまっかせなさい♪」
 先行の2機を迎え撃つ中には、既に有人機の姿はない。せいぜいが飛行キメラと地上のタートルワーム程度だ。目に入るそれを、菖蒲は無視しつつ進む。進路に掛かる敵機は、銀子に任せておけば十分、と見ていた。舞い上がってきたキメラがあっという間にカモに変わる脇を、速度も落とさずに行きすぎる鶴。
「支援に回るよ。こちらは任せて」
 久志の紫電が、低空へ。ロケット弾を食らったタートルが近接用のフェザー砲をまき散らす頃には、鋭い衝撃音と共に駆け抜けていく、一羽の隼。同じ低高度を、美具機が追随する。



 ロシアの大地を、瀕死の巨大な獣が行く。随所から黒煙をあげ、速度は既に歩行形態のKVですら追いつける程に低下していた。やや小ぶりな僚艦は機能を停止し、その指揮官たるバグアも既に亡い。
「‥‥力は尽くした。だが、我らにはこれが限界か」
 未だ外部を映しているカメラの一つが、ミサイルの発射態勢に入る白い飛行空母を捉える。
「サポートするわ。ここで決めましょう、完全に完璧に完膚なきまでに!」
 前線のアルヴァイムらが集めた敵艦の情報を元に、昼寝のケートゥスが最終補正を加え、G5弾頭弾の飛行ルートが策定された。もはや傭兵のKV戦力のみでも時間さえ掛ければ撃沈可能な状況に見えたが、昼寝はG5弾頭で止めを刺すことが必要だと考えている。
(アストレイジアの手で戦艦にトドメを刺す‥‥、その事が目的)
 話し合いではなく戦いが対立を収める手段となる未来を、彼女は望んでいたから。最大の軍事組織であるUPCの弱体化は望むところではない。黒煙を上げる巨艦へ、空中部隊各機が空爆を開始する。
「ほら、食いつけ」
 低空を95mm対空砲をばら撒きながら駆け抜けた菖蒲機が最後に放ったミサイルは、大型艦の舷側に狙いあやまたず直撃した。引き起こした機体の後方が白く輝き、コクピットの中まで差し込んでくる。
「‥‥狙う目標が残ってないな」
 やれやれ、とばかりに笑ってから久志がアプローチを解除する。先に掃除しておいたからね、などと言う妻のキョーコが、彼の狙っていた内容を知ったなら苦笑ではすまなかったかもしれない。もしも対空砲が残存していたら、久志はソードウイングで切り込もうと考えていたのだから。
「そして一つの時代が終わりを告げ、新たなる刻を刻み始めるのじゃなー」
 美具が言う。小型艦は既に動力を喪失したらしく、対空兵器の作動はとまっていた。内部にまだ生きているらしいプラントから吐き出されるキメラと、周辺でしぶとく交戦を続ける直衛機が抵抗力の全てだ。大型艦にはまだ動力があるようだが、砲座はもう半分も残っていないらしい。
「敵周辺戦力、散開していくぞ。どうやら諦めたようだな」
 エルファブラの声に、ブリッジの聖那が頷いた。残余のバグアは自身が生き延びる手段を模索し始めたのだろう。
「ある意味では纏めて片付けるチャンスだったんだな、これ」
 ユーリの言葉にも、一理ある。両翼に分かれていたタロスが数機、諦めて逃げに転じた。それは即ち、戦いしか望まぬ有力なバグアがこの極寒の地に残ると言う事だ。
「‥‥言い遺す事があるのなら――聞こう」
 トヲイが大型戦艦へ通信を送る。返答は期待していなかったが、音声のみでの応答があった。
『我々は人類と、バグアの未来の為に全力で戦った。それを乗り越えた貴君達に期待する』
 雑音も無く、意外とクリアな通信は、そこで途絶えた。大型艦の舷側に盛大な爆煙が上がる。多弾頭ミサイルに、一部は煙幕も混じっていたようだ。残っていた砲火が集中する中、翡翠色の装甲を傷だらけにした「スカラムーシュ・Ω・ブースト」が急速に大型艦へ迫る。
「これにて美具の役目は仕舞じゃ。死神の手がついにお前らに届くのじゃ、さらば」
 電磁加速砲「ラース・ブリューナク」の巻き起こした爆発は、遅れて着弾したG5弾頭の巨大な白光に飲まれた。十分な余裕を持って退避していた陸戦隊のKVが見守る中、白い光球が4つ、ロシアの大地を照らす。
「――承知した。積み上げた屍の分、人類とバグアの未来の為に身命を尽くすと約束しよう」
 トヲイは、眩しさに目を細めつつそう告げた。