タイトル:カシハラ隊の解散マスター:紀藤トキ
シナリオ形態: イベント |
難易度: 普通 |
参加人数: 29 人 |
サポート人数: 0 人 |
リプレイ完成日時: 2012/01/20 03:19 |
●オープニング本文
練習艦「カシハラ」は最後の任務を終え、一応の母港のトゥーロン港へ戻っていた。一応の、とつけたのはほとんど居つかなかったからであるが、こんな艦名のカシハラは欧州軍地中海艦隊所属である。あった、というのが正しいかもしれない。この後は再度の改装を受け、主に後方での輸送艦となる予定だ。もともと旧式の揚陸艦を改装して使っていた艦だが、数度の大規模作戦で受けた被害などが寿命を短くしたのだろう。既に一部の工事は始まっているようで、壁や柱がむき出しの場所も多い。
「あけましておめでとうございます、篠畑大尉」
お茶でも飲もうと立ち寄った食堂で、金髪碧眼の同僚に日本語で挨拶をされた篠畑は奇妙な気分になった。これが島国根性か、などと自嘲しつつ軽く会釈を返す。
「今年もよろしく、シュミッツ中尉。‥‥そちらは?」
「シアン・マクニールだ。はじめまして、篠畑大尉」
立ち上がり、折り目正しい挨拶をする青年士官の目つきに首を傾げつつ、篠畑は普段座っていた席に向かった。別に占有権があるというわけではないが、長い事乗っている艦であれば、どこに座るなどの癖が案外ついてしまう。
「アケマシテオメデトーゴザイマス」
微妙なイントネーションで敬礼するボブ。その横では少尉に昇進したサラが微笑している。
「おかえりなさい、大尉」
ああ、と頷きつつ、2人も最初に会った時とは随分変わったものだ、と思った。ボブはあまり変わらないが、少なくともサラはだいぶ柔らかくなった。これから待機に入ると言う2人に、また後でと挨拶してから座る。
●
「失礼、少し良いだろうか」
掛けられた声に、振り向いた。先ほど紹介された青年だ。
「ああ、構わないが‥‥」
「‥‥任務などとは関係ないこと、なのだが‥‥」
戸惑う様子に何の話だろう、と首を傾げる篠畑。シアンはやけに神妙な顔で切り出した。
「大尉は、任務で知り合った10歳ほど年下で当時未成年の傭兵女性と、男女の仲であったと聞く」
ブホッ、と篠畑は茶を吹きかけた。周囲を見回した視界に、こそこそと出て行くエレンの後姿が見える。犯人は判ったが、状況は好転しなかった。
「た、確かに結果としてそうだったが、別にやましい事はしていない」
やましく聞こえるにしても事実がそうなのだが、場所は衆目の有る食堂。それで開き直れるほど篠畑の心臓は強くなかった。実際にそういう仲になったのはあちらが成人した後だ、などと言い訳を続けるが、墓穴を掘っているだけなのに当人は気づいていないようだ。
「疚しい話をしているわけではない‥‥いや、聞き方が悪かったか。では質問を変えよう‥‥軍務の傍ら順調に交際を続け、その後結婚もしたと。それは間違いないだろうか」
「‥‥」
そして、そんな篠畑の表情にも言葉にも気づかず、シアンは喋り続けていた。
「不躾ですまないが、秘訣を教えていただきたい」
「‥‥いや、その」
付き合い方の秘訣などこの男に聞くのは間違っている、とおそらく篠畑夫妻について知る者は思うだろう。単に、相手の忍耐力に掛かっているのではなかろうか。助けてくれ、という彼の視線を受けた同僚は皆、視線を逸らした。
●
その頃。
「格納庫の使用を許可する。学生や傭兵も呼んで盛大にやれ」
エレンにカシハラの解散パーティの企画を持ち込まれたベイツ少将はそう即答していた。バグアとの戦争が終わるまでは軍を引かない、といっていた彼だが、戦傷で車椅子でなければ動くのが難しい身。さすがに前線勤務からは外される事となったようだ。以後は本部勤務に回るのだろう。他の面々も、散らばることになる。柏木達学生はグリーンランドやカンパネラへ。エレンの配属先は決まっていないが、篠畑らのKV隊は宇宙へあがる事になるようだ。
「これまで、この艦も大勢に世話になった。まあ、それは俺もだが」
カシハラの名と共に大勢の人名が刻まれた金属製のプレートへ、ベイツは目をやった。この艦をKV搭載艦として改修した際に、艦の掃除や整理などを手伝った傭兵たちがおいていったものだ。食堂にあったものだが、外してもっていくつもりらしい。艦の名前も変わるだろうから残していっても困るだろう、というのは自身の感傷を誤魔化す言葉だ。
「じゃあ、盛大にやります。あ、お酒はシアンさんの実家につけとこうっと」
フフ、と笑って身を翻したエレンを見送って、異動前に、スペインへ立ち寄ってみようかともベイツは考える。あの地に眠る戦友に、また土産話も増えた。もっと大きな土産話ができるころまで、生き延びていられるかどうかは判らないが。あの赤い星も、案外手が届く場所に近づいた気がした。
●リプレイ本文
●
「あけましておめでとう。今年も宜しく頼む」
トヲイの挨拶に、同じ日本語で返す昼寝。ドレスの昼寝の手を、和装のトヲイが引く。これが新年最初のデートだった。とはいえ、やってきたのは少し早い時間帯。
「では少し準備を手伝ってくる」
「ん」
トヲイを見送って、昼寝は艦内を見て回る。カシハラが退役するのは、戦場が地球から宇宙へと上がりつつある事の象徴に思えた。それはすなわち、勝利へ近づいているという事だ。その実感は、ある。見渡せば、彼女たち同様に訪れた傭兵の姿が見えた。彼女と同じ事を考えていた者が、どれ程いたかは判らないが。
「カシハラ‥‥もっと一緒に戦いたかったな」
感慨深げに周囲を見回す涼へ、美汐が会釈する。2人とも最初の大掃除に参加して以後、この艦との縁が無かったのだが。
「掃除したり料理したのが懐かしいなぁ‥‥」
神撫の呟きを聞くまでもなく、涼や美汐の頭にもその頃が思い起こされていた。
「甲板上でモップレースしたのがついこないだみたいな気がしてたんですが、月日のたつのは早いですね」
ダークスーツ姿で人待ち顔の硯は、今回は掃除に加わる気はなさそうだったが、
「この艦の門出に立ち会った俺が、その最後に立ち会う事になるのも何かの因縁だろうな。協力させて貰う事にしよう」
と笑顔を見せる兵衛はやる気満々。そういうことなら、と乗組の学生達も集まってくる。
「料理だなんだってのは手が出せんけぇ、ちょうど良かったわい」
と笑う柏木。多分クッキーの事は忘れているのだろう。と、そこに襲い掛かる白い影。
「リア充番長、隙ありだにゃあー!」
「おう、久しいのう」
ピコピコハンマーを振り回し強襲する白虎に、片手を挙げて挨拶する柏木。彼の舎弟も慣れた様子だ。メイド女装姿のまま演説をぶち始めるのへは、拍手まで飛んでいる。
「柏木先輩だけがリア充って理不尽だと思うのにゃ。きっと日頃の鬱憤とかしっと心とかが溜まってる筈!」
粛清の鉄槌を! と叫ぶ彼に、舎弟達が悩ましげな表情を浮かべた。
「いやあ、最近連絡とかもご無沙汰らしいし」
「思い出だけで生きてるみたいッス。不憫ッス‥‥」
それは悪い事をしただろうか、と思ってしまう程度に素直な白虎。耳元で、それはそれこれはこれだよね、と慈海が囁くが。
「それより、この船の出発の時に、総帥に春が来たとか聞いた気もするんじゃがのう」
と、柏木が牽制。
「ま、待て。話せば解る。というかそんなもの来ていないのにゃあ!」
「邪魔にならない所でやるんだぞ」
冤罪を主張する白虎に、灯吾が声を掛けた。止める気はあまりなさそうだった。
●
パーティ会場に指定された格納庫でも、色々と動き出している。
「昇進おめでとう。気がつけば士官殿か? もう偉そうに物も言えなくなるかな?」
「いや、必要ならば言ってもらって構わない。先任軍曹が新米少尉に意見するのはよく有る話だからな」
神撫からの祝辞に、サラは生真面目に答える。
「オウ、なら俺も」
「お前は例外だ、バカ」
横から口を挟んだボブは、あっさりと撃墜された。
「ボブは相変わらずだな」
笑いながらも、それがお前のいい所だ、と分厚い肩を軽く小突く神撫。
「資郎のためにもあと少し、がんばろうぜ」
「イエス。あと、多分、きっと、もう少しネ」
ニッと笑みを返すボブへ頷いてから、そういえば、と彼は篠畑の居場所を尋ねた。せっかくだから、挨拶でもと言う事らしい。
「食堂にいたが。後でこっちにも来るとは思う」
と、サラ。神撫が礼を言って立ち上がると、リゼットがやってきた。
「サラさん少尉になったんですね。おめでとうございます」
「い、いや。その、改めてそういわれると‥‥いや、ありがとう」
リゼットからの祝辞には、サラは照れた表情を見せる。まだ、男性の前で少し肩肘を張る癖は抜けていないのだろう。
「りぜ姉様、僕は少し辺りを探検してきたいんですけど、いいですか?」
そんな様子を見て、積もる話もあるのかなと気を利かせたセツナがそう声を掛けた。厨房で冷蔵庫に入れさせてもらってね、とクーラーボックスを手渡すリゼット。中にはレモンカード入りのクレームダンジュが収まっている。
「貴女の弟さんか?」
疑問符を浮かべたサラに、リゼットが2人の関係を説明した。簡単に言えば、知り合いから面倒を見るために預かった、ということらしい。
「なるほど、確かに余り似てはいないな。遠慮深い辺りとか」
珍しくサラは冗談を口にした。実際にはリゼットは十分遠慮深い女性なのだが、他人の恋路に関わる時だけ箍が外れるのだ。まあ、サラも含めて不幸になった人は余りいないようだし、問題はないだろう。多分。
●
「むう、どこに消えたか‥‥」
甲板上では、柏木がきょろきょろと周囲を見回していた。不自然に置かれたダンボールが怪しげにその前を動いていくが‥‥。
「これもダミーじゃろうしのう」
ひょい、と持ち上げるとその中にはおもちゃが入っている。どことなくスカイスクレイパーに似たミニで四輪駆動のアレだ。どうやら白虎が持ち込んだらしい。ダンボールを組み立てていたのは慈海だろう。
「‥‥あのおっさんも付き合いがいいのう‥‥」
柏木が腕組みするのと同じ寒空の下、兵衛や不良達がデッキブラシを手に集合していた。
「傭兵は薄情者だと言われるのもなんだしな。一宿一飯の恩義くらいは返させて貰おう」
「まあ、なんだかんだで愛着もあるし、区切りにはいい機会ッスね」
などと頷く不良、田中。なぜか混じっているロジー。
「負けませんわ!」
きりっと言い放ってだだーっと走りだし‥‥あ、こけた。助けに入ろうとした不良も次々とすべる。
「これは‥‥、石鹸水?」
「にゅふふ、こんな事もあろうかと滑りやすくしておいたのだー!」
得意げに白虎の声が響いた瞬間。そこか、と駆け寄った柏木がダンボールを蹴り飛ばした。
「フフフ、もう逃がさんぞ、総帥」
などと凄む柏木の前に、白い手が伸びる。
「2人とも、遊ぶのはお仕事が終わってからですわ。さ、これをどうぞ☆」
ブラシを手に、ロジーが笑みを向けていた。
●
「甲板に取られちまって、あんま道具も人もないのな。まあ、そんなに汚れちゃいないけど」
先に着いた涼が中心になって、まずは会場掃除。作業の傍ら、エレンの周囲に顔見知りが挨拶に訪れている。
「Hi,エレン。任務お疲れさま、ひとまずは一区切りね」
「元気だとは思っていたけれど、顔を合わせると安心するわね」
シャロンとリン、ハンナは、エレンにとって付き合いの深い親友達だ。
「どうしたの、そのドレス。ずいぶんお洒落してきたじゃない? フフフ」
「殺風景な場所なんだし、カラフルなのが居ても良いでしょ」
青いドレスはシャロンのイメージカラー。良く似合っていると周囲も頷く。真っ先に褒め言葉を述べた青年は、今は篠畑に挨拶に行っている。エレンとの出会いの頃の事を懐かしげに語るハンナに、他の2人も頷き。
「一つ、気が付いたんです。参加した依頼でエレンさんと会う時‥‥大体何か食べてらっしゃる様な‥‥」
「え、そんなこと‥‥!?」
微笑するハンナに、あわてて首を振るエレンだが、背後から抱きついてきた少女が、その言葉を切る。
「エレンさんお久しぶりっ! そしていったんのお疲れ様!」
満面の笑みを浮かべたのぞみは、そのままの姿勢で首をかしげた。今しがたのハンナの言葉を考え。
「そういえば‥‥エレンさんに会うときはいつも料理つくってるなー?」
エレンの依頼といえば料理が作れると思っている、とまで言われてしまう辺り、よほどその印象が強いらしい。
「まあ、言われてもしょうがないわよね。さて、今日はピザでも焼こうかしら?」
さらっと言って、厨房へ向かうリン。今回は普段得意のロシア料理ではなく、手軽なものをと言う意図だ。
「せっかくだから、最初のときに作ったカレーをもう一度作ります。楽しみにしててくださいね!」
のぞみもその後を追い、格納庫の面々は再び準備に勤しみだした。ドレス姿のシャロンはさすがに脇に避ける。
「会える機会は減ったけど‥‥変わらず応援してるから」
「ありがとう。そっちも頑張って、ね!」
女性2名がエールを投げあう間に、テーブルや椅子を並べる力仕事は、男性陣が主体、飾り付けは女性、という分担が自然と決まっていく。
「人数も来るようだし、立食にするのが良いだろう」
というトヲイの提案通り、基本は立食形式で、くつろぎたい人の為に椅子も並べておく、という感じになるらしい。ここまで余り働いていないが一応責任者のエレンが、ようやく開始の合図を出す。
「さぁ、ちゃちゃっと準備しちまおうぜ」
掃除道具を片付けて、涼が腕まくりした。彼が運んだ机の上に、リゼットが綺麗にクロスを掛けていく。
「すみませ〜ん、これはどちらに置けばいいですか?」
花飾りを手に声を上げた美汐へは、セッティングを終えたばかりの机からリゼットが手を振った。涼は、黙々と椅子を並べていく 透の手伝いに回った。
「う〜ん、これで一通り終わりましたかね?」
ゴシックなメイド風の装いの美汐が、腰に手を当てて周囲を見回した。手際がいいのは、投げっぱなしなこういう依頼に慣れている面子が結構多いから、だろうか。
●
甲板では掃除が終わり‥‥、あれこれと片付けられた後で、なぜか歓声が響いていた。白虎が持ち込んだ車のおもちゃで、即席のレースが行われていたのだ。
『おおっと、ここでまさかのアクシデント! 柏木の雷斗忍愚・恕羅魂が第三コーナー魔のカーブを曲がりきれずコースアウトだぁ!』
エアマイク片手に、実況を続けるのは灯吾。片手を高々と挙げてコース脇を駆けるのは舎弟・田中だった。
『第四レースのチャンピオンフラッグを受けるのは‥‥! 田中!』
わー、とかひゅーひゅー、とかいう効果音は、マメな慈海が担当している。
「柏木さん、勝負の世界は非情ッスよ」
フッ、と勝ち誇る脇役の足元で、白虎が地に拳を打ち付けていた。
「何故なのにゃあ。僕が一番雷神具バードをうまく操れるはずなのにゃあ!」
文句は乱数の神に言ってください。などという間にも、慈海の指示で第五レースの準備をささっと進める不良達。
「やってみると案外楽しいもんじゃのう」
「勝ったと思うのはまだ早い! 次のレースで負けた方が粛清だぁ! いいにゃぁ!!」
地団太を踏む少年に、柏木はニヤリと笑い返す。ちなみに、彼らが演じているのは優勝争いではありません。
●
厨房に向かう通路で、のぞみは顔見知りを見つけていた。
「お久しぶりだよっ! ケーキ作ったとき以来だねっ!」
声を掛けられた加奈は、ちょっとびっくりしてから、
「こんにちは。そうか、学園で会う人って傭兵さんだから、何処で会ってもおかしくないですよね」
うんうんと頷き、角を曲がってきた一団を見て、のぞみは顔を綻ばせた。同じ依頼のときに見かけた顔だ。
「ほらね」
という声に振り向いてみれば、加奈には旧知のセシリアが小走りに駆けてくる。
「加奈さんお久し振りです‥‥」
ぐ、と抱きしめられてから、加奈はまじまじとセシリアを見た。
「少し、痩せた?」
「‥‥そんな、事はないです。‥‥多分」
自信なさそうに付け足し、加奈は今後どうするのか、と尋ねる。
「私は多分、宇宙へ行くかな。子供の頃は夢だった場所ですし」
行ける間に行ってきたいと言う加奈に、ケイがため息をついた。
「ベア隊長も、宇宙に行くって聞いたけど‥‥」
「え、それって決まった事なんですか?」
どうやら初耳だったらしい加奈へ2人が説明するのを、横で聞いていたのぞみが首を傾げる。
「どうも又聞きみたいですし、本人に聞いてみたらいいんじゃないですか?」
さっき食堂の前を通ったときに見かけた、という情報を聞いて立ち去るケイとセシリア。見送ったのぞみと加奈は、厨房へと歩き出す。
●
そして、食堂。
「ひ、秘訣‥‥」
「ああ、あるならば教えて欲しい」
あくまでも真摯に問うシアンは、威圧感すら見せていた。たらり、と汗を流しつつ周囲へ目を泳がせる篠畑。
(篠畑さんの今までの様子から秘訣なんていうのがあるとは思えないんですが‥‥)
などと思いつつも、硯は助けを求める篠畑から視線を逸らして耳を向けた。十中八九は無いだろうが、もしも秘訣があるのなら聞きたい、という男心のなせる業だ。
「時節行事には顔を出す、相手を過度に束縛せずに交友を促進させる。こんな所か」
助け舟を出したのは、アルだった。隣にいる細君の悠季へ視線を投げると、
「まあ、年の差よりも相性が全てだと思うわよ」
と彼女も言う。シアンも感じる所があったのだろう。
「相性‥‥。相性か。俺は、彼女といる時には心が安らぐ。これからの人生を共にする相手を選ぶなら、彼女以外考えられない。問題は、リゼットもそう感じてくれているかだが」
聞いていると恥ずかしいことをさらっと言ってのけるのが、篠畑との違いだ。あるいは民族的な差なのかもしれないが、そういうセリフを口にして似合うかどうかというビジュアル面の差もある。責任を取ってくれるなら、未成年でも子持ちになって問題ないわよ、などと言う悠季の言葉にはなぜか篠畑が先に反応した。
「しかし俺達は、いつ帰れるかも判らん身だ。そんな状況で子供というのは高望みが過ぎないだろうか」
「まあ、肩肘張らなくても大丈夫。ここに円満に過ごす仕事中毒が居る」
しれっと言ってから、アルヴァイムはごそごそと懐から分厚い書類袋を取り出した。
「‥‥なんだ、これは」
と問う篠畑に、宇宙戦のノウハウだ、と答えるアルヴァイム。篠畑の戦闘スタイルに合わせた機体の選定から、宇宙での懸念点などをまとめたものだ、という。以前にもそんなことがあったな、などと思い返しつつ篠畑はそれを受け取った。
「ああ。感謝する。しかし、俺はまだ宇宙に行くとは」
「宇宙へ行くんですって? 俺はもうしばらく地上ですが‥‥」
フォルが考え込む様子を見せる。いずれは、宇宙に自分も出ねばならないと考えているのだろう。
「機体はやっぱりハヤテでしょうか?」
と、話に混ざってきたのは透だ。いや、まだ何も考えていない、という歯切れの悪い返事に何かを察したらしい。気を利かせた透は話の方向を変え。
「そういえば、篠畑さんは男の子と女の子どちらが欲しいですか?」
多分、気を利かせたのだろう。ぶほ、とかむせだした篠畑を心配げに見る透。
「さっきそんな話が聞こえてきていたのでてっきり‥‥。すみません、でも2人の子供の顔を見せて貰うのは僕の夢の一つなので‥‥」
「あ、ああ。うむ」
意味不明な返事を返す篠畑。居心地の悪さを共有しようとさっきまで隣にいたシアンを探して視線をめぐらせた。
「で、先達に秘訣を聞きに来ていたと? ほ〜〜それは興味があるな! 誰にだ?」
「ああ、あちらの篠畑大尉にだが」
なぜか物凄く前のめりに質問をしていた神撫のテンションが、目に見えて落ちる。
「‥‥篠畑大尉にか」
「あはは、そういうのはもっと得意な人が居るんじゃないですか?」
フォルがあくまでも陽気に、ダメ出しをした。得意な人間の心当たりが無いので彼に聞いている、と生真面目に返すシアン。
「お前らな‥‥」
ため息混じりに言うも、それ以上の言葉が出てこないのは、篠畑も恋愛相談など柄ではないという自覚が有るからだろう。
「人と人の関係なんてそれぞれだろ? 自分たちに合った方法を模索するのも恋愛じゃね?」
偉そうにシアンへ言う神撫だが、
「まあ、それが難しいんだけどな。俺も出来ねぇしな」
「出来なかった時の対処法なら、篠畑大尉がご存知かもしれませんよ」
しれっと言い足すフォルに、頷く辺り友達甲斐があるというべきなのか。シアンともども振り返った神撫が見たものは、空の座席だった。話しこんでいる間に逃げたな、と神撫が苦笑する。
(あの人は確か‥‥)
そんな様子を見かけたセツナ。リゼットの部屋で写真を見た事があるから、シアンのことは知っていた。2人がなかなか会う機会がない、ということも。
(ならば、ここは普段の恩返しです)
即決。少年はシアンへと歩み寄り、自分が迷子になってしまった、と訴える。
「パーティ会場がどこか教えてください!」
「今日、どこかでパーティがあるのか?」
シアンに問われたフォルは、そうみたいですね、と曖昧な返事を返し、
「‥‥え、ええと。格納庫であるみたいなんです」
「そうか、篠畑大尉もそちらにいるかもしれないな」
セツナの返事にシアンは頷き、立ち上がった。
●
料理人達は出来上がった料理の味見だとか、最終の仕込みだとかに余念が無い。
「‥‥うん、美味しいんじゃない?」
トヲイが作った天ぷらとお握りを摘んで、昼寝が頷く。別につまみ食いしたわけではなく、トヲイが小分けに持っていったものだ。
「そうか。それは良かった」
自信はあるのだろうが、それでも嬉しそうに頷くトヲイに、硯と一緒に挨拶に来たシャロンが片目をつぶった。
「昼寝のことよろしく、トヲイぐらいタフさが無いとね」
「だって」
と、笑みを見せつつ昼寝が言う。
「あ、ああ‥‥」
そう挨拶されるということは、他人からはやはり恋人に見えるのだろう、とトヲイは思った。照れもせずにさらっと返す昼寝が強いのか、悩んでしまう自分が弱いのだろうか。悩みつつ、やりかけの仕事を片付けに厨房へ戻る後姿へ、昼寝はひらひらと手を振った。
「まあ相手が謹厳居士だと苦労させられるのはどこも一緒よね」
シャロンと顔を見合わせて笑うその表情に、聞いていた硯が微妙な表情をする。
トヲイが戻った厨房では。
「カレー、そろそろいい感じだと思うんですけど」
味見してください、とのぞみが差し出したおたまから、悠季が一口。
「うん、いい味ね」
任せて正解、と頷く悠季は、バーベキュー用の大皿の準備に忙しい。パエリア、炒飯とあれこれ準備していては倒れてしまいかねなかった。任されたのぞみも、手が少しでも空いたらフライやらから揚げ、サラダなど時間の掛からない物を幾品も用意していく。同時にいくつも、というのはお手の物だ。
「野菜の下拵えとかなら、自信があるから」
などという加奈も、手伝いに入っている。
「‥‥まあ、ただ食べるのも気がひけますし」
これまで特にカシハラに縁が無かった身としては、と淡々と言う遥は、お菓子類を手がけていた。悠季が用意していた材料が、プリンや杏仁豆腐といったそれほど手間の掛からないものだったのもあり、彼女のパートも危なげはまったく無い。
「こちらも最初のが焼けたよ。多分美味しいとは思うんだけど」
と、香ばしい匂いと共に言ったのはユーリだ。生地に南瓜やホウレン草、人参を練りこんだパンは、どれも焼き立てだけあって美味しい。空いたばかりのオーブンは、今度はリンがピザを焼くのに使う。
「カレーに、ピッツァ、お菓子‥‥。色々あるものだな」
OKの出たてんぷらとおにぎりを手早く増産しながら、トヲイが感嘆の声を漏らす。料理上手な傭兵は案外多い。
「こんなのも作ってみたわ」
せっかく新年だから作ってみた、と雑煮を配膳にまわすリン。いつもの光景だが、実に多国籍な空間だ。
「これはパーティの開幕が楽しみで‥‥おや? なんでしょう?」
遥の言葉が、思わず止まった。彼女の記憶には無い「新しい香り」だった。危険な、というべきだろうか。
「何をって、鯛のアクアパッツァですわ☆」
にこやかに、自信満々にそう返されるので、思わず自分の常識を疑いかける。鯛の中に香草を入れるのは正しい。しかし、間違ってもドリアンは詰めないだろう。いやいや、肉を詰めるとかもありえない。さらにありえないのは、作っているロジーに悪意がなさそうな所だった。
「‥‥その。私は、南欧の料理は専門外なのですが‥‥」
「まあ、じゃあ出来上がったら是非食べてくださいませ☆」
おそるおそる、遥が振り絞った勇気は、無駄だった。
「さ、後はパンへ入れて‥‥」
恐る恐る見たフライパンの中のソースは、まともに見えた。赤いイチゴが浮いていなければ。
「‥‥頑張ってくださいね」
言葉はまだ見ぬ、誰かに向けて。遠くで金髪ロッカーと黒髪の青年がくしゃみした。
●
デッキへと、篠畑は逃げてきていた。あの質問攻めでは気疲れしそうだったし、少し考えたいこともあった。そんな彼へ、歩み寄る祐介。今日は教授としてではない、とわざわざ断ってから談笑しばし。
「あぁ、ちょっと唐突ですみませんが篠畑さんは、何の為に戦っているんですか?」
「‥‥何の為に、か。そういうそっちはどうなんだ?」
「自分の場合は居場所だけは作っておきたいという所でしょうかね」
即答した祐介に、哲学的だなと笑う篠畑。自分は、顔見知りの為にだと篠畑は言う。人類が、地球がというような話はわからん、と。
「なるほど、それが貴方の意思ですか」
祐介は頷き、しばらく話してから席を立った。1人になった所へ、厨房で一仕事終えてきたユーリが声を掛ける。
「健郎、久しぶり。なんかシアンが探してたけど、知り合いだったっけ?」
デッキの反対側に行ったみたいだけど、と言って様子を見るユーリ。
「ん、ああ」
まあちょっとな、などと誤魔化す篠畑に、ふーん、と返してから。
「俺こないだディースで宇宙行って来たんだ。練力もだけど、アクセサリスロットにフレーム突っ込むから装備に苦労したね」
地上機で宇宙へ上がった経験を話し出す。お前も聞いたのか、と返せば、何を? と首をかしげてみせた。
「俺が宇宙へ行く、という話さ。実際、そういう声が掛かってはいるんだがな」
まだ決めてはいない、という篠畑にまたもふーん、と返し。
「‥‥で、シアンと何話してたんだ?」
話題、リターン。何度も誤魔化すのも苦しいと感じたのだろう篠畑も苦笑交じりに経緯を話す。
「そか。シアン‥‥リゼットとはちゃんと進展してるのかなー」
「何? 彼の恋人というのはリゼットなのか。‥‥あの2人なら並んで立っていてもお似合いだろうに、俺なんぞに付き合い方を聞きに来るとは‥‥」
首を傾げる篠畑の横顔を見て、ユーリが笑う。
「シアン、そんな事で悩んでるんだ。去年の健郎を見てるみたいだ」
「‥‥去年の、俺みたいか」
苦笑して立ち上がる篠畑。どこへ? と聞くユーリだが、答えは判っていた。
「少しマクニール大尉に、話をしてこようかとな」
「それもいいけど、セシリアも来てるの、知ってる?」
前言撤回。人の恋愛にあれこれ言うのは、自分の家庭内の事情を解決してからだ、と篠畑は苦笑する。
「やっぱ知らなかったのか。仲良くやらないとダメだよ」
微笑んでから、ユーリはいってらっしゃい、と手を振り、自分は再び厨房のほうへ向かった。
かくしてうろつきだした篠畑だが、探してみるとこれが、なかなか会えないらしい。
「篠畑じゃねぇか! 久しぶりだなあ!」
うろついて最初に会えたのはヤケにテンションの高いアスだった。
「いつぞやうちの実家で埋められてた時以来、か? 健勝なようで何よりだ」
なに堅苦しいこと言ってるんだと返してから、ところで、と声を潜めるアス。
「ロジーを見なかったか? さっきまで一緒だったんだが‥‥」
目を少し離した間にいなくなった、と深刻そうに言う。早く見つけないと、と冷や汗をにじませるのはこれまでの経験によるものだ。こういったパーティの席で、ロジー製作のアバンギャルドでデコラティブなメニューの被害を最も多く受けてきたのは間違いなく彼だろう。彼の奮闘むなしく、今日も既にお約束の歯車は回り始めているが、この場の誰も、それは知らない。
「いや‥‥今日はまだ会っていないが。見かけたら伝えよう」
頼む、と手を合わせてから立ち去った長身の後姿を見送る間、篠畑は急ぐ足をしばし止めた。
「何かあったのか?」
初めて会った頃から影がある男だった。陽気さの仮面が、今日はやけにわざとらしい。久しぶり故の違和感かもしれないが。
「いや、俺が踏み込む事ではない、か」
篠畑はため息をついて、懸念を振り払った。と、そこに別の相手が声を掛けてくる。
「よお、大尉殿。可愛い嫁さんはこの間の重傷を負った事について愚痴の一つも零していなかったのか?」
「いや、まだ会えていない」
それは始末に終えん、と天を仰ぐ兵衛。そこへ、横から更に別の声が掛かる。
「篠畑さん、大役お疲れさま」
艶やかな青いドレス姿に、一瞬戸惑ってから、
「‥‥ああ、シャロンか。ありがとう」
その失礼な様子に気づいたのかどうか、シャロンは首を傾げ。
「セシリアも一緒だと思ったんだけど、来ていないんだった?」
「いや、来ているとは聞いたのだが、まだ会えてない」
この辺りにいると思うんだが、と尋ねると、2人は会っていないと返し、。
「ありがとう。という事はどこか別の場所、か」
慌しく立ち去ろうとする背中に、兵衛が声を投げる。
「ああ、次の落ち着き先が決まったら、俺にも声を掛けてくれよ」
篠畑がまだ心を決めていないと知っていたのか、否か。兵衛の様子は普段と変わらず、飄々と。
「汚名返上の為にも、これからも最善を尽くして、皆の為に働かせて貰う事としよう」
「‥‥決まったら、な」
挨拶はいいから急がないととシャロンも背中を押す。
「帰りを待つのは飛ぶのにも負けないぐらい勇気がいるんだから。篠畑さん、セシリアのこと大事にしてあげてね」
「ああ、努力する」
頷いて、篠畑は会場を後にした。
●
「ええい、カップルはまだかー。この桃色退散札を貼ってやるのにゃー!」
甲板は寒くなったようで勝負は終了。大人気ない雑魚不良のせいで負け越しの白虎が憤然とやってくるのに目を向け、涼は苦笑する。
「ま、賑やかなのは良いが羽目を外しすぎても良くないしな。どうだお嬢ちゃん、カードでもやらないか?」
負けが込んでいた白虎は挑戦を受けて立ち‥‥、そのまま本題を忘れるほどに勝負にのめり込んだとか。セツナとシアンがやってきたのはそのタイミングだった。
「リゼ姉様! 艦のなかで迷っていたらシアンさんに会って案内してもらってきました」
「え、ええ!?」
リゼットは目を大きく見開く。もう笑いを隠さない感じで、フォルがシアンへ挨拶した。
「ああ、貴方が。うちの隊長がお世話になってます」
「え、ああ。隊長と言うのは傭兵隊の長の事だな。すまない、何時の作戦の事か少し記憶に無い、が‥‥」
まで言ってから、隊長=リゼットと脳内でつながる程度に、シアンもびっくりしていた。
「‥‥いや、状況は把握した。こちらこそリゼットを支えてくれて感謝している」
などと取り繕ってシアンが挨拶する間に、リゼットも態勢を立て直したようだ。
「ええと、どうしてここに‥‥?」
会えたのは嬉しいのですけれど、と控えめに付け足す様子に、食堂での彼の様子を知る同行者は思い思いの表情を浮かべる。ニヤニヤとか、やれやれとか。
「そうそう、この場にいないのであれだが、必要なら仲人は受け付ける、と嫁が言っていたぞ」
アルが付け足した一言でまた赤面、凝固するリゼット。逃げ場があれば逃げ出しそうな様子だが、逃走経路は見当たらなかった。
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「あ、ベア隊長! いた!」
獲物を見つけた狩人のような目と声で篠畑を指差すケイ。という事は、と篠畑は思い、
「‥‥健郎さん。やっと会えた」
予想通りに、セシリアが後ろから顔を出した。
自分も探していたが、廊下で立ち話でもないだろうと篠畑が言い、篠畑の私室へ場所を移す。2年前と同じような殺風景な部屋だ。
「健郎さん‥‥、宇宙へ、行くんですか? 宇宙‥‥宇宙‥‥」
二度、宇宙と繰り返してから、遠いですねとセシリアは付け足した。気遣わしげに彼女を見てから、ケイが強い目で篠畑を睨む。
「‥‥ええと、だな。宇宙へは行かないつもりだ」
行くにしても、最低でもセシリアに話をしてからだ、と言う篠畑は、少し憮然としているように見えた。
「え? 何それ‥‥」
張り詰めていたケイの怒気は、風船から空気が抜けるような感じで弱くなっていく。
「‥‥軍務はそりゃ大事だけどな。昔のことも有るし、嫁さんを置いてけぼりで道を選ぶような真似はもうしない。いや、俺が勝手にそう決めただけで、伝わってない事はしょうがないんだが‥‥その‥‥」
弱々しく語尾を落としてから、篠畑は、心配かけてすまない、と付け足した。ケイが何の為に昂ぶっていたのかは、察しの悪い彼でも理解は出来る。ケイは、一つ深呼吸してから、
「判ったわ。じゃあ、2人で話して決めるようにね」
邪魔が入らないよう部屋の外で見張ってる、と言うケイに、セシリアは頷いた。何を言葉や表情に出せばいいのか、出せているのか、いつものように戸惑っているのだろう。感謝、そして心配をかけた事への謝罪。その仕草だけでも十分に伝わった。
「それじゃあ、ね」
後ろ手に扉を閉じる。閉じた瞼の裏、会えない自分の恋人の姿が浮かんだ。
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「随分賑やかですよね」
「まま、湿っぽいよりゃ余程いいんじゃないか?」
遥の呟きに、居合わせた涼が答える。それもそうか、と頷くが、即席パーティとしては豪華だった。主に食事関係が。
「さて、美味しい物が沢山。美味しく頂きましょうか」
食事もそうだが、甘味にも目が向く遥。任務で疲れた心の栄養補給に、彼女は今日を存分に楽しむつもりだった。
「お待たせいたしました。お熱いですので気をつけてくださいね」
美汐が今では珍しくなったキリマンジャロのコーヒーを持ち込み、振舞っている。デザートタイムを今から始めても、問題なさそうだった。隅の方ではセツナの奮闘と周囲の気遣いによってようやく2人になれたリゼットとシアンが会話している。このまま弄っていたら何も進展しなさそうだ、と思った為かもしれないが。
「仕事中、ではなかったんです? 何か困ってる事とかあるなら直接相談とかして欲しい、です」
「今日は、休暇だ。確かに困ってはいる、が‥‥」
リゼットの目が心配に曇り、シアンの逃げ道を断っていく。
「‥‥こちらに女性との付き合い方について熟達した先達がいると聞いて、アドバイスを貰おうと思った」
ぼそり、と。誰か聞いている者がいれば、吹き出したかもしれない。
「付き合い方、ですか‥‥」
「君が俺に幸せをくれるように、俺はそうしてあげられているか自信がなくて」
深刻な顔で、そんな台詞を吐くシアン。赤面と硬直、そして仏頂面の2人の間に流れる時間は、意外と柔らかかった。周囲の喧騒に消えそうなほど、小さな声でリゼットが言う。
「あの、あんまり言った事なくて、不安にさせてたりするかもですが。会えなくても、ちゃんと好きですので‥‥っ」
引き結ばれた軍人の口が少し緩み。俺もだ、と囁いた。
「あー、失礼」
そんな空間結界をこじ開けて、祐介が声を掛ける。今日は教授としてではありません、と言うより先、シアンとリゼットは立ち上がっていた。両方がナイト役の位置に立とうとし、
「どうやら、悩み事は解決したようですね。いや、良かった」
そんな警戒を前にしれっとそういい、あまつさえアドバイスが必要なら答えますよ、と笑う。これがリア充の余裕か。
「冗談はさておき――」
祐介が聞いたのは、篠畑への問いと同じものだった。シアンの戦う理由。シアンはそれにあっさりと答えた。
「自分の大切な人の為だ」
一拍置いてから、大切なのは家族や赤枝の仲間、それに共に戦う傭兵達もだ、などと付け足すのが白々しい。かなり白々しい。
「‥‥ま、聞くだけ野暮でしたかね。このタイミングでは」
当てられた様子も無く、祐介は苦笑を返した。
会場の隅では、いつもの展開で結局ロジーの料理を食べさせられたアスが悶絶していた。
「‥‥またやらかしたわね」
苦笑するケイ。挨拶などで忙しそうな篠畑と離れて、セシリアが隣にいる。表情は変わらずとも、前のような不安は見えなかった。
「Hi,久しぶり! 今年も派手に頑張りましょう」
そう声を掛けたシャロンに、アスは言葉を返せないようだ。それを見てコロコロと笑うロジー。
(いつも通りで、安心したけどな)
アスは内心で少しだけ安堵していた。
「‥‥今回は逃げ切ったか」
遠くで、神撫も安堵と共に胸を撫で下ろしていた。それほど、ロジー製作の料理は破壊的なのだ。
「お久し振りですね、加奈さん? 元気でしたか」
白い制服姿のクラークに、振り向いた加奈は絶句した。
「その目‥‥」
ジハイド相手に無茶をした、と苦笑するクラーク。共に空を飛んだ頃から、随分時間が過ぎた、と思う。その間に起こった変化といえば、
「娘が出来ましてね? 養女として迎えました」
めでたい事の方が、話題としてはいいだろうと言う。祝辞を口にしつつ、話題はやはり昔へ。
「シャスール時代が懐かしいですね」
「あの頃は、お世話になりました」
加奈が始めて所属した傭兵小隊。そこで学んだ事も、笑った事も、懐かしい。その頃からのそれぞれの話題、そして近況。話題はしばらく尽きそうに無かった。
「最近はこういう機会でもないと一緒にお酒を飲む機会もなくなっちゃったから。悪いけど、付きあってもらえる?」
1人、グラスを手にしていたリンへ頷くエレン。手が空いているのに気がついた美汐が声を掛ける。
「お飲み物はいかがですか?」
「ありがと。じゃあ白ワインを貰えるかな」
メイド姿の美汐に遠慮無く頼んでしばし、軽くグラスを合わせて周りを見れば、宴も酣だ。
「全ては心の中に‥‥ですね‥‥」
思い思いに時を過ごす人々を目に、ハンナがそっと呟く。この艦が姿を変えようとも、過ごした時と思い出は変わらない、と。
●
人が多い所は苦手と漏らしたセシリアとケイは2人で甲板に出ていた。
「良かったわね」
「‥‥はい」
祝福の言葉は心からの物で、返る言葉もそうだった。それ以上言葉を交わさず、2人で夜空を見上げる。親友から親友へ送る澄んだ歌声が、港町の夜景を背景に漂った。
――その、同じ夜空の下で。
「ちょっと、寒いわね」
肩口を抑えるようにして、シャロンは言ってみる。トゥーロンの灯が遠くに見え、ざわめきも遠く、誰かの歌声も遠くから聞こえる夜。
「そうですか? じゃあ」
さらっと衣擦れの音がして、シャロンは落胆した。コートを掛けるとかの紳士な対応よりも、とダメだしを仕掛けた首にふわっとマフラーが巻かれ。
「こうすれば、寒くない‥‥ですかね」
少し照れたように横を向きつつ、肩に手を回してくる硯。背伸びの仕方が彼らしく、不意を衝かれた事も少し嬉しい。それを言葉には表さずに、ただこつん、と頭をもたせかけた。
「昼寝辺りがすぐに見つけにきそうだけど、それまでゆっくりしてましょ」
「‥‥そうですね」
ちょっと、当てが外れたような一瞬の間のあとで、硯も頷く。寒い夜、そして暖かい夜。
「風が気持ちいいな、酔い覚ましにゃ丁度いいや」
甲板に出た涼がそう漏らす。方々にいる先客からは適度に距離を取って、手すりに手をあてた。最初と最後だけになったが、これが最後となると少し名残惜しい。
「私達を‥‥置いていかないで‥‥」
船尾側、同じ夜風に頬を撫でられながら、ロジーは静かに涙を流していた。突然に別れを告げられたアスは、一言では言い表せない繋がりを感じていた相手で。その喪失を受け入れられない、と。
「‥‥わからねぇ‥‥」
追うとは無しに甲板に出たアスは、そんなロジーを見てしまった。自分がいなくなれば、幸せになれる人の涙。自分がいなくなる事が、誰かを傷つける事があるのだろうか。自分だけが痛みを背負い、姿を消そう、そう決めた意思は心の砂丘に深く刺さって揺るがない。けれど、その足元を波が浸していく。静かに、ゆっくりと。
デッキを見下ろすアイランドの外。戦闘配備中であれば上れるはずも無い場所に、昼寝とトヲイがいた。2人になれる場所へ誘ったのはトヲイ。場所を選んだのは昼寝だ。笑いさざめく仲間達へ向いていた彼女の視線が、ふっと上がる。釣られて同じ方を見たトヲイの目に、赤い星。
「ふふ、もう少しかな。楽しみね」
囁いた昼寝の声が、いまだ見ぬ強敵との戦いを夢見ての物とトヲイは理解した。そう判る程度には、彼女の事を知っている。その程度にしか、知らない。見上げていた時と同じ微笑みを浮かべつつ、その視線は再び眼下へ。シャロンと硯を見つけて、また微笑んだ。そんな横顔との関係も、恋人と言うには違和感が有る。いつの間にかこうなっていた、としか語れぬ彼だが。
「傍に居てくれるだけで穏やかになれたり、気が付くと会いたいと想う事を『恋』と言うのだろうか?」
呟いた声に昼寝が反応する。首だけ回して見上げる彼女を抱き寄せると、しなやかな身体は流れのままに寄り添った。今は今できることを楽しみましょう、と言うかのように。
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数日後、ベイツはワインを手土産にマドリード郊外の慰霊碑の前にいた。それを託した灯吾が告げたのは、知らない日本の地名だ。
「俺は味はわからんが味わって飲めよ。連中が――俺達が、取り返した土地の、今年の酒らしいからな」
旨いはずだと言い、それを注ぐ。
しばし後、祈りを捧げに訪れたハンナは、空いた瓶と濡れた碑面を見て先客を知り、微笑した。