タイトル:【AS】海賊の出撃マスター:紀藤トキ

シナリオ形態: ショート
難易度: 難しい
参加人数: 11 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2011/11/09 22:15

●オープニング本文


「リリア・ベルナールが死んだだと? そりゃあマジネタか?」
『間違いないらしい』
 返事を聞き、ビッグフィッシュの艦橋で、男は忌々しげに床に唾を吐き捨てた。彼はバグアではあるが、ヨリシロの癖は身に染み付いているらしい。ここは大西洋の海中深く。損傷の修復を兼ねて潜む彼らにとって、話し相手は同様の艦のみだ。スクリーンの向こうに映る甲殻類じみたバグアが隠れているのは、500kmほど西の海山付近らしい。不確かな情報を寄越す事は無い、程度の事はこれまでのつきあいで判っていた。
『‥‥いよいよ、厳しくなってきたようだな』
「ああ」
『どうする。戦力は不十分だが』
 一時は大西洋を制していた無敵のバグア海中艦隊も、チューレでの戦いで(主にこのバグアの心の中での)盟友イェスペリを失い、またこの間のブライトン強襲の際に更に戦力をすり減らした。ワームだのキメラだのの製造プラントは深海に残っているが、戦闘用のビッグフィッシュを作るには時間も設備も足りない。連絡のつかない味方がまだまだ潜伏しているのも間違いないが、その全てを糾合しても往時の勢力を取り戻すのは夢だと、彼らもわかっていた。
「チッ、いい乳‥‥じゃねぇ。いい女ほど早く死にやがる。しょうがねぇ、線香上げにいくぞ」
 重ねて言うが、彼はバグアである。バグアにとっていい乳がどういう価値を持つのか不明だが、多分その辺はヨリシロの影響だろう。
『しかし、たった二隻で何が出来る』
 妙に冷静に、エビは髭をくゆらせていた。男は再び唾を吐く。艦橋の床の上を、掃除用の小型キメラがカサカサと這っていた。
「馬鹿野郎。今動かねぇで、いつまで待つんだ。俺はリリアの部下じゃねぇが、あの女には補給やらで世話になった。俺ァ1人でもいくぞ」
『誰も行かないとは言っていないだろう。落ち着け』
 エビが鋏をかちゃかちゃと慣らす。地球のエビと違うのは、それが背中から出ていることと、3本あることくらいだろうか。
『稼動しているキメラプラントが、かなり大型のキメラを作っていたはずだ。戦闘力もそこそこある。アレを使おう』
「‥‥あ?」
『囮だ。その間に我々が動けば、あのラストホープという島に届くかもしれない。ブライトン様が攻撃を仕掛ける前は隙が無かったが、今は哨戒も甘いようだからな』
 ラストホープ駐留の戦略軍は、ブライトンとの交戦で大きく数を減らしている。確かに、そう言われるとやれそうな気がしてくるから不思議だった。
「よしよし、じゃあそれで行くか。野郎ども、帆を張れ! 碇を上げろ!」
 言うまでも無いが、ビッグフィッシュに碇や帆はない。だが、艦長の趣味を知っている部下は特に突っ込みもせず、指示に従っている。
『では、後ほど』
 エビも男の物言いに突っ込みもせず、スクリーンから姿を消した。


 ラストホープに停泊していた練習艦カシハラに出撃が命じられたのは、その数日後だった。アメリカ方面へ戦略軍を移動させたタイミングを狙ったかのように、バグアが攻撃を仕掛けてきたのだ。
「やれやれ、空から来てくれればいいのにな。海か‥‥」
 長々と溜息をつく篠畑・健郎大尉。理由は2つある。1つは彼が空が好きで好きでたまらない空戦馬鹿である事。もう1つは、部下がシラヌイしかもっていない事だ。つまり、サラとボブの両名は水中戦では戦力外である。
「他所から飛んで来ないように見張っとくヨ、ボス」
「哨戒は空中の方がいいでしょうし。グリフォンでもあれば良かったのですが、無いものは仕方がありません」
 サラは溜息を一つついて、あいたハンガーをみた。
「せめて柏木や間垣、本田達が水中でもモノになっていれば良かったのですが‥‥」
「いや、そもそも連中を呼び戻すのは間に合わんさ」
 カシハラに本来所属している筈の学生達は、ちょうどカンパネラからの荷物積み下ろしに掛かりきりの筈だ。仕方が無く、篠畑は傭兵へ依頼を出す事とした。

 ――有力なバグア海中部隊に遭遇したのは、その数日後である。


 既にキメラは陽動の為に放たれた頃だ。深海に潜んでいる筈の仲間へ向けては、作戦の概要と大まかな日時だけを送りつけた。返事は無いが、動く気のある者は動くだろう。
「さて‥‥そろそろ俺も行くかね」
 ごぼり、とビッグフィッシュが浮上を開始する。積荷はほとんどがキメラだが、まだ残っていたワームが4機いる。母艦のビッグフィッシュの戦闘力と併せれば、人類側の防衛線を抜く事は出来るだろう。もとより、男は戻る事は考えていない。部下たちも同様だ。
「ま、この星の連中は良くやった。こうまで手こずらせやがるとはなぁ」
 イェスペリ、バークレー、リリアが死んだ。ゼオン・ジハイドも半分近くが逝ったという。驚くべき事だ。自力で宇宙へ出るかでないかという文明レベルからすれば、奇跡に近い。自分も、間もなく死ぬだろう。だが、不思議とその事に腹は立っていなかった。侵略者として星を蹂躙し、いつかは戦いの中で死ぬというのこそ、バグアらしい生き方だ。
「死ぬにはいい星だ。なぁ、イェスペリ」
 男はニヤリと笑って、床に唾を吐いた。

●参加者一覧

榊 兵衛(ga0388
31歳・♂・PN
鯨井昼寝(ga0488
23歳・♀・PN
櫻小路・なでしこ(ga3607
18歳・♀・SN
美海(ga7630
13歳・♀・HD
ラウラ・ブレイク(gb1395
20歳・♀・DF
マグローン(gb3046
32歳・♂・BM
レイミア(gb4209
20歳・♀・ER
天原大地(gb5927
24歳・♂・AA
イーリス・立花(gb6709
23歳・♀・GD
オルカ・スパイホップ(gc1882
11歳・♂・AA
一ヶ瀬 蒼子(gc4104
20歳・♀・GD

●リプレイ本文


 灰色の巨体が海を往く。やがてその前方に展開したKVに気づいたのか、ビッグフィッシュは進路を僅かに変えた。迂回するわけではない。正面からぶつかるコースへだ。
「あいつ、アメリカの方で姿を見ないと思ったらこんなところにいたのね‥‥。まったく、傍迷惑な奴!」
 静かな機内で、一ヶ瀬 蒼子(gc4104)が言う。大規模作戦で数度、見かけた事が有る相手だった。
「リリアに釣られてバグアの残党どもが騒ぐのですよ。飛んで火に入るなんとやら、今日はバグアの海軍の命日にしてやるのです」
 意気揚々と言う美海(ga7630)の自信は、根拠が無いものではない。大規模作戦でも海戦部隊専任で動いていた彼女の経験は豊富だ。もちろん、この敵を初めて目にする者もいたが、彼らとて自信があってこの場にいる。
「噂に聞いておりました巨大シュモクザメ‥‥。ようやくお会い出来ましたね」
 マグローン(gb3046)が微笑する。何よりもその形状にライバル意識をくすぐられるらしい。

「動きはいい。足の速そうなのもいやがるな。フフン‥‥、こいつらが俺達のお迎えか?」
 髭面の男は艦長席を立つ。部下の数人がその後に続いた。
「‥‥イェスペリとの戦で何度か見た奴らもいるネェ」
「ジブラルタルで沈んだ人間の‥‥、亡霊部隊、ですか。あれをやった奴も混じっているようです」
 あくまでも楽しげに言う部下の中には1人、女性も混じっていた。ヨリシロを着替えるバグアにとって性別などは意味が無いのだが。
「楽しめそうだな」
 誰かが呟いた言葉に、4人は獰猛な笑みを浮かべる。

「敵、艦載機を放出。総数4。‥‥左舷側に1、右舷に3機」
 シラヌイで哨戒に回っていた篠畑の部下二名の報告を、オロチを駆るレイミア(gb4209)が中継した。
「‥‥やる気のようね。手薄とはいえ一隻で何を企んでるのかしら」
 ラウラ・ブレイク(gb1395)が不審げに呟いた一言は、仲間の多くが懸念する所だ。
「単独とはいえ、本部の分析によれば阻止の難易度は『難』だ。手ごわい敵らしい。気をつけろよ」
 への字口で言う篠畑。空戦であればともかく、海中は得手ではないのだ。
「ああ。デカブツをラストホープに近付けるわけにはいかないからな。手間取るかもしれないが、なるべく早い排除を目指すことにしよう」
 榊 兵衛(ga0388)がそう、僚機へと声をかける。陽動があったとはいえ、ラストホープは人類最大の拠点。予備隊も含めればすぐに数十、あるいは百に及ぶ部隊すら動員できるのだが。
「にも関わらず、『グレイハンマーヘッド』一隻での強襲‥‥。ほとんどカミカゼですね」
 イーリス・立花(gb6709)が眉をしかめた。あえて傭兵に依頼を出したのは、軍の一般部隊で相手すれば被害が甚大すぎる、と判断したからだろうか。敵の意図が読めぬ不安をかき消すように、コツンとディスプレイを拳で小突く。何時もどおりの感触に、少し気分が落ち着く気がした。
「――策があるのか? そうでないなら‥‥」
 重傷の身ながら戦場に出た天原大地(gb5927)は、敵にも「為したい事」があるのだろうかと、ふと思う。それが何なのかまでは判らないにせよ、その気持ちは解らないでもない。
「あるいは、増援か伏兵、もありえるやもしれないな」
 覚醒し、口調が凛々しく変化した櫻小路・なでしこ(ga3607)は、油断なく計器に目を配っているようだ。現在の敵戦力では、自分達に勝てはしないと判断した彼女にしてみれば、そのまま前進してくる敵の意図が読めない。ちらり、と大地はレーダー上のレイミア機を見やった。
「バージョンアップしたオロチの性能試させてもらうわね‥‥」
 彼女に気負う様子は無い。そして、その様子からすれば敵の不審な動きは見つかってもいないのだろう。

「――違う」
 仲間の無線を耳にしつつ、鯨井昼寝(ga0488)は、歯噛みした。彼女には、このバグアの思考が判る気がしたのだ。ここを死に場所と定めた、といえば聞こえがいい。それとも、満足したから、か。自分自身を使い切って、最期の花道を飾ろうとしているのだろう。
「‥‥そうやってすぐ覚悟を決めてッ、マシな奴からいなくなっていくんだから!」
 悔しげに吐き捨てる。更に上を、更に先をどうして求めようとしないのか、と。その横を、オルカ・スパイホップ(gc1882)がするすると前進した。
「やる事はいつもと変わらないですよ〜。敵を倒して終わり! 頑張っていきましょ〜!!」
 少年は気分良く戦場へ向かっていた。周囲を固めるのは、傭兵の海中戦力の中でも精鋭と言える面々だ。肩を並べて戦う、それだけで気分は高揚する。
「私を倒したければ、まず漁師暦30年は必須ですよ?」
 マグローンもまた、自信に満ちた口調で言った。バグアとの戦闘が本格化してからせいぜい10年程度。人類はそれ以前からずっと、地球の青い海での戦いを続けているのだから、と。


 初手を取ったのは、ラウラだった。敵の正面から低空飛行で接近し、そのままビッグフィッシュの側面へ着水する。狙いは敵艦首の突起だ。水中に突っ込んだグリフォンの視界を、灰色ののっぺりした艦体が埋めた。
「‥‥こうして見ると、随分大きいわね」
 様子見に軽く一当てしてから、転進する。さすがに戦闘用の艦だ。艦首の突起が何であれ、さすがにガウスガンで一撃した程度でどうこうなるようなモノではないらしい。
「本当に、正面からやる気ですね。そういうのは、嫌いではありませんが‥‥」
 止めます、と呟いたイーリスのパピルサグ『Randgriz Nacht』が逆側から攻撃を開始する。艦の側面装甲の一角がスライドし、返礼とばかりにミサイルが水中を走った。
「‥‥艦首のあれは、武器ではないのかな?」
 観察していたが、その部分に奇妙な動きはない。ならば、と発射直後のプロトン砲を狙って射撃。
「幾つあるのか判らないけど、1つづつ壊していけば‥‥!」
 言いながら、イーリスは自機を艦底側へ回した。ラウラと逆の位置に自分をおくことで、敵の注意を分散させようという意図だ。

「私は右へ向かいます」
「わかった。俺は左へ回り込もう」
 敵を射程距離に捕らえた蒼子の言葉に、兵衛が頷く。相手の1機が本星型とわかった時点で、傭兵は主力の5機で叩く事を決めた。包囲した上で射撃と格闘を織り交ぜ、早々に叩く目算だ。
(早めにバリアを使い切らせたいところだが‥‥)
 本星型の特殊なフォースフィールドについての情報も、対処法も傭兵達は知っている。距離をおいて、傭兵たちは魚雷やガウスガンを撃ち込んだ。その中をオルカの『レブンカムイ』が突っ込む。ブーストをかけ、一気に自分の間合いへと持ち込んだ。
「突っ込んだままブーストかけてやったらどうなるんだろ?」
 本星が頑丈なのは知っている。一撃で沈む筈はないが、『レブンカムイ』の攻撃を受けて無傷とも思えない。それは過信ではなく、愛機への信頼だった。
『ハッ、思い切りはいい。お前さんがアタッカーか。周りとの呼吸もあってる。だが――』
 直撃を与えた瞬間、敵の声が聞こえた。フィールドはあえて張らなかったようだ。受けた本星型の装甲が溶けるようにざっくりと裂けている。
『俺が付き合ってやる必要はねぇよなぁ』
 本星型は激突の反動を利用して、母艦から離れるように横へ流れた。オルカの一撃こそ受けたが、距離をおいた仲間の射撃は半ば以上を回避しているようだ。援護射撃の中を、オルカのレブンカムイが追う。どこまでやれるか、自分と機体を試すつもりだった。
「限界の限界まで使って、そこからさらに‥‥」
 言いかけた瞬間、背後から強烈な衝撃が立て続けに襲った。いかに強力な装甲を持とうとも、意識の外からの攻撃は防げない。
「オルカ君!」
 蒼子の声が耳朶を打つ。ビッグフィッシュからの砲撃が割り込む事を、彼女は警戒していた。それでも、受けたダメージは大きい。前のみを見ていたオルカはいかほどか。
「うわぁぁ!」
 予想すらしなかった事態に混乱しつつも、オルカは更に前へ。痛打を受けた愛機は少年の操縦に応え、レブンカムイの腕が練剣を振るう。
『残念だな』
 今度は、赤いフィールドがその一撃を逸らした。泳いだ上体に真紅のプロトン砲が刺さる。
「こいつら――」
 兵衛が真紅の目で灰色の艦を睨んだ。本星型を追う事に集中していた面々はその瞬間、『グレイハンマーヘッド』に側背を晒していた。無論彼らも歴戦の傭兵。無防備に――、という程ではないが、隙は隙だ。僅かの隙が命取りとなる相手が世の中にいる事を、彼は知っている。
「――達人、と思うべきか」
 崩れた包囲を立て直すべく、体が勝手に動いた。


「‥‥甘かったわ」
 ラウラは唇を噛む。距離を取った彼女の牽制を、『グレイハンマーヘッド』は一顧だにしなかった。突っ込んだイーリスの『Randgriz Nacht』の動きも、今はしっかり見ているのだろう。2方向に注意を分散させたつもりだったが、艦の砲座はどうやら、複数を相手取る事を想定して作られていた。
「せめて、砲座を狙えれば‥‥!」
 さっきと同じ手は食わないとばかりに、イーリスが回りこむ先の発射管を装甲の下へ隠す。

 初手で『グレイハンマーヘッド』から想定外の横撃を受けたのは、本星型に回った面々だけではなかった。ゴーレムへ向かった3機も、手痛く叩かれている。
「考えてみれば、半分以下の数で挑んでくる。自信が無ければ出来る事ではないのであります」
 目の前の敵を甘く見ていた事を、美海は認めざるを得なかった。『グレイハンマーヘッド』の火力を考慮に入れなかった分、初手は譲ったが、操縦者も含めた機体性能は五分、といった所。
「ふふん。ここからがチキンレース開始なのです」
 自機の損傷状況を告げる計器を睨みつつ、美海は気丈に言う。
「随分やられたけど、下がるわけには行かないわ‥‥ね」
 美海同様に中距離戦闘を仕掛けていたなでしこの『蒼騎士』も、『グレイハンマーヘッド』の攻撃を受けていた。損傷は大きいが、本星型を相手している味方のほうへゴーレムを向かわせる訳にはいかない。篠畑のリヴァイアサンも状況は大差ないようだ。

「‥‥転進、しましょう」
 めまぐるしい状況を確認していたレイミアが、護衛についていた大地へ静かに言う。彼女の『アムリタ』は水中支援機のオロチだ。その特殊能力を活かして本星型対応へ支援に回ろうとしていたのだが、本星側よりも先に、ゴーレム班が崩れそうだった。
「しゃあねぇ。無茶はすんなよ?」
 傷の痛みを表情に出さず、大地は自分の機体を前へ出す。少しばかり動きが鈍くとも、彼の『紅蓮天』は十分に前線を張れるはずだ。
『ククク、面白くなってきたネェ』
 母艦と自分たちで能力者たちの機体を挟み込むように、ゴーレム3機は位置を変える。


 状況は時と共に悪化していく。本星型は距離を保ちながらのらりくらりと包囲を外していた。不用意に追えば、その位置を予測しているかのような水中ミサイルとプロトン砲に抉られる。かといって、動かなければ包囲を抜けた本星型が母艦と交差射撃を喰らわしてきた。
「‥‥ッ。サメ如きに敗れるとは、屈辱です‥‥」
 積み重なったダメージに、マグローンがまず戦線を離脱する。
「八方塞がり、か。ならば!」
 兵衛が間合いを詰め、ベヒモスで一撃。本星型は外装甲でその攻撃を受け止めた。昼寝と蒼子が射撃で追い撃つが、その装甲は赤い輝きを見せはしない。
『一発や二発なら、喰らってやっても問題はないんでな』
 足を止めて切り合うならばともかく、間合いを詰める瞬間は動きの分だけ手数がどうしても減る。再び敵は間合いを外しつつプロトン砲を発射。『興覇』がついに沈む。本星型も相応のダメージを負っている筈だが、切り札の強化フォースフィールドを温存している分だけ、余裕があった。

 強化型ゴーレムとの戦闘は、レイミアの支援を受けた傭兵側が僅かに持ち直していた。彼女が母艦を含む敵との位置関係を警告しているお陰で、初手に受けたような無防備状況への痛打は回避できている。それでも、じわじわとダメージは蓄積していた。攻撃能力もさる事ながら、敵の命中精度が異常なほどに高い。
「被弾2。‥‥まずいな」
 なでしこの『蒼騎士』は既に満身創痍だ。本星型の側の戦況も、むしろ悪化している。
「敵艦から水中ミサイルが発射されました。美海さんへゴーレムが近接中です」
 レイミアの警告。ミサイルを突進する事で外す。ゴーレムが槍で突き入れてきたのは回避できない。装甲で受け止めつつ、美海は機体を捻った。
「それはこっちの間合いなのですよ!」
 自分から踏み込み、レーザークローで切りつける。盾で受けられるが、構わずもう一撃。しかし、相手の反撃も食らう。せめて他の機体と連携が取れれば良かったのだろうが、篠畑にもなでしこにもその余裕は無かった。
「ケガ人と旧式だと思ってナめてもらっちゃ困るぜ?」
 レイミアのカバーに入っていた大地の支援射撃が飛ぶ。ゴーレムの盾が砕けた。まるで背後に目があるような反応を見せるゴーレムだったが、さすがに機体の限界はあるようだ。嵩にかかって攻めようとした大地だが――。
「なでしこさんが撃墜されました。カバーに入ってください」
 レイミアの静かな声に、慌てて機を翻す。
「――すまない」
 脱出ポッドの中で、なでしこが沈痛そうに言った。拮抗していた戦いの帰趨は、1機落ちれば動くのは間違いない。


 どうしてこうなったのだろうか。イェスペリを殺し、リリアを殺した事に期待しすぎたのか。人間達は、自分達の思い通りに戦いが進むと考えていたらしい。5対1ならあっさり自分を倒せると思ったのだろうか。バグアも随分甘く見られたものだ。
 ――そういえば、この星に来たばかりの頃には、甘く見ていたのは自分達の側だった。そう思うと、何やら皮肉なめぐり合わせを感じずにはいられない。

『やめだ、人間。こんな戦いで死ぬのは詰らん』
 男は、回線ごしに言った。出撃前までは惜しくも無かった生命が、今は惜しい。
「むぐ‥‥」
 唸りつつも、美海が攻撃の手を止める。目の前のゴーレムは道連れに出来るかもしれないが、彼女の機体も限界に近い。
「この場の指揮官は篠畑大尉よ。大尉に判断を仰ぐべきでしょうね」
 海兵隊士官だったラウラが言う。
『‥‥悪い話じゃないだろう? イエスと言いにくいなら‥‥』
 その辺の脱出ポッドを撃つ、とでも脅せばいいか、と男は笑った。

「判った。攻撃を停止しよう。‥‥各自、敵機から離れてくれ」
 責任は自分が取ると篠畑は言った。彼の機体も含め、味方の機体で撃破寸前の物が4機。首尾よく艦載機全てを倒せたとしても、残る味方の戦力で恐ろしい攻撃力を見せているビッグフィッシュを仕留める、というのは絶望的だ。

『次に会う時は、がっかりさせないで欲しい物だ』
 母艦を先に離脱させた敵の指揮官機は、乾いた口調でそういって戦場を後にした。