タイトル:【AS】女王の下へマスター:紀藤トキ

シナリオ形態: ショート
難易度: やや難
参加人数: 8 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2011/10/24 03:09

●オープニング本文


 ぶつぶつと、後部座席から女の声が聞こえる。喋るのに合わせて手が動いているのだろう。声だけではなく、きつい香水の匂いも漂ってきた。人類的基準で見て、明らかに不快なほどの濃さだ。当人にそれとなく言った事もあるのだが、黙殺されて今に至る。あるいは、年齢のせいで感覚が麻痺しているのだろうか。
「あの間抜けな男のせいで、こちらまで身動きが取れなくなったのよ。ええ、ええ。分かっているわ。大丈夫」
 ハンドルを握る男は、この日何度目かのため息をついた。人類と言うのはヨリシロとしては貧弱な種だが、感情を示す為にあるこの機能は悪くない。
「返す返すも、あの小娘め‥‥。私たちがお情けで生かしておいてやったのに」
 話題はビル・ストリングスからミユ・ベルナールに戻ったようだ。この後は、出来もしない復讐を思い描く事で心の平衡を保つ作業を繰り返すのだろう。まあいい。自分はリリア様に命じられた任務を遂行するまでだ。話が途切れた所で、気は進まないが口を挟む。
「別荘まであと30分ほどです。ただし、UPCからの追撃が予想されます」
「貴方、安全って言ってたじゃないの」
 後部座席から、ハンドバックが飛んできた。避けようと思えば容易だが、あえて即頭部で受け止める。薄く鮮やかな紅の輝きが、車内を照らした。
「先ほどまでは安全でしたが、その通話はUPCにマークされていると予想されます。この車の位置を割り出し、追跡部隊を手配、追いつかれるのが30分後、と推測しました」
「‥‥な‥‥何ですって!?」
 絶句する女をバックミラー越しに眺めたバグアは、沈黙で答える。厚化粧で皺を消し、シミを消した女がポカンと口を開けていると、人間の枠外の生き物に見えた。かつての部下、そして同志へひっきりなしに連絡を取り続ける行為が、自分の身を危うくするとは気づいていなかったのだろうか。リリア様が要所へ配置した者だけに、愚かではないと思っていたが、買い被りだったらしい。
「問題はありません。別荘に着けば自衛用の戦力があります」
「問題は無い、って? 冗談じゃない。軍隊が追ってくるのよ。それとも別荘に戦車でも用意してあるの?」
 おそらく、ノーという返事を予想していたのだろう。だが、男は短くイエス、と答えた。正確に言えば戦艦ではないが、プールの底に隠してある機体は戦車より強力だろう。リリア様がこの女の護衛としての任務を与えている以上、彼は最善を尽くすつもりだった。
 ――別荘の門をくぐって駐車場へ入った瞬間までは。

「‥‥失礼。リリア様からの緊急指示が入りました」
「リリア様から? ――ああ、何てことでしょう。リリア様自ら私を助けに来てくださるとは‥‥。リリア様、私の忠誠はこの困難の中でも揺らいでは居りません」
 女は陶然とした表情で言う。演技ではない。この自己愛の塊のような女ですら、リリアへの忠誠は絶対だった。重要な駒への操作に、落ち度などあるはずが無いのだから。それゆえに、話は簡単だった。あるいは、簡単だと思えた。
「リリア様より最優先の命令が入りました。私はあの方の救援に向かわねばなりません。つまり‥‥」
 貴方の護衛はここまでです、と。半瞬の後、女の目に理解の色が浮かぶ。思っていたよりも馬鹿ではなかったらしい。あるいは、それまでが演技だったのか。その『演技力』は自分は所持していない技能だった。
「つまり、貴女には死んでもらうしかない。残念です」
 半ば本心で付け加えつつ、男は銃を抜く。彼女は喜んで死ぬだろう。リリアの為なのだから。疑いもせずにそう思っていた彼の前で。
「‥‥ひっ」
 女は、意外なほどの身軽さで後席の扉を蹴りあけた。外へ転がり出た女を、瞬きひとつの間を空けてから彼は追う。銃弾を3発。その後で丁寧に、頭と心臓へも。開放感が無かった、と言うのは正確ではないだろう。その耳に、遠く航空機のエンジン音が聞こえてきた。
「‥‥最後まで、足を引っ張られたか」
 この僅かなタイムロスのせいで、追っ手と一戦交えねばリリアの元へ逃走する事は不可能となっていた。

●参加者一覧

鋼 蒼志(ga0165
27歳・♂・GD
榊 兵衛(ga0388
31歳・♂・PN
時任 絃也(ga0983
27歳・♂・FC
イレーネ・V・ノイエ(ga4317
23歳・♀・JG
リン=アスターナ(ga4615
24歳・♀・PN
守原有希(ga8582
20歳・♂・AA
ラウラ・ブレイク(gb1395
20歳・♀・DF
夢守 ルキア(gb9436
15歳・♀・SF

●リプレイ本文

●出撃! 本星型ヘルメットワーム
 全速で向かってきた傭兵たちが見たのは、プールが二つに割れ、中からヘルメットワームの影が現れる姿だった。
「地下にヘルメットワームが隠してあるとぐらい言って――というわけか」
 鋼 蒼志(ga0165)が苦笑する。残念なのは、出てくるのが子供たちのヒーローではなくバグアであることか。
「ならばこちらは、此処で逃がしてなるものか、と言う奴だな」
 淡々と、笑みすら見せずに言う時任 絃也(ga0983)もまた、『R−1改』を加速させる。ヘルメットワームを高空に上げてしまえば、振り切られる危険が増大する故、彼ら2人はまず敵機の頭上を押さえるつもりだった。
「‥‥にしてもプールからマシンが出撃って、人類の秘密基地の仕掛けの専売特許だと思ってたけど。まさかヤシの木が左右に倒れて滑走路が出来たり、離れの建物のど真ん中から出撃とか、そんな隠し玉はないわよね‥‥?」
 リン=アスターナ(ga4615)が呆れたように囁く。どうやら、蒼志よりも幾分、会話の守備範囲が古いようだ。
「空から来たんだ、バレてるよね」
 若さゆえか異常事態にも動じず、夢守 ルキア(gb9436)は逆探知を開始する。目の前にいる本星型ワーム以外にも敵がいると見越しての事だろう。近距離の反応は拾えないが、増援の有無が分かるのはありがたい。

「逃走のための逃走か、闘争のための逃走か‥‥ま、撃破殲滅に変わりはないが、な」
 皮肉っぽく笑いながら、警句めいた独白をつぶやくイレーネ・V・ノイエ(ga4317)。地球上の生物について言えば、大きなストレスに晒された場合には本能的に闘争か逃走の二者択一を強いられるらしい。地球人のヨリシロを得たバグアでもそれは言える事なのだろうか。
「格納庫がある様な屋敷やけん‥‥!」
 他にも何が出るかわからない、と守原有希(ga8582)が注意を促しつつ前進。
「対空砲を警戒、高空から一気に接近して頭を抑える」
 B班、ラウラ・ブレイク(gb1395)が合わせて声を掛ける。彼女達も含め、プールから現れたワームの姿を目撃した時点で全機がブーストを作動させていた。本星型との直接戦闘を分担した彼女たちの班はいずれも優秀なパイロットだったが、出撃しかけている敵機との間合いを詰め、そのまま降下まで行うのはさすがに厳しい。VTOL機の如き急制動を見せて、無理やりに敵機の正面へ割り込み、阻害活動に入ったラウラの『Merizim』と、エンゲージまでは行かずともぴたりとラウラの後方400mの、援護位置についた榊 兵衛(ga0388)の雷電改『忠勝』は、規格外だった。
「闘争には分と役割と言う物が有る。成すべきを成すまでだ」
 やや遅れたイレーネのサイファーE『Samiel』、有希のシラヌイ改『烈火閃剣』が低空に遷移したのは、別荘までの道半ば。ワームを直接叩くには遠い位置だが、2人の耳朶を仲間の声が打つ。
「テニスコートも駐車場も、あと別荘からも何か出てきてるよ」
 スライドしたテニスコートから出てきたのは、対空ミサイルを背負った陸戦ワームが2機。駐車場からはタートルワームが這い出してくるのを、ルキアの偵察カメラは捕らえていた。
「まさか本当に建物から出てくるとはね‥‥。あれはおそらくアグリッパよ。注意して」
 『BELL』と名づけたリンのイビルアイズ改が、その名の如く警鐘を鳴らす。別荘の一角にあった塔のような構造物が展開し、レーダー風の設備を稼動させていた。さりげない偽装に、気づかなければ厄介な事になっていただろう。
「‥‥ミサイル、警戒!」
 ルキアの声。先行していたラウラと兵衛の周囲に、多数のミサイルが着弾する。
「くっ、さすがに‥‥」
 一発づつは大したことがないのだが、精密誘導されたミサイルの雨は重装甲の『忠勝』といえど無傷では切り抜けられない。とはいえ、『Merizim』も『忠勝』も、少々のダメージで動けなくなるほどやわではなかった。

●身動き取れず‥‥
『‥‥面倒な』
 本星型ワームのパイロットが舌打ちする。出撃の瞬間の位置関係から頭上を押さえられる事は覚悟していたが、いきなり『Merizim』に張り付かれたのは予想外だった。
『しかし、このまま交戦しても埒が明かない』
 よしんばラウラを撃退したとしても、兵衛に突っ込まれては同じ事だ。ここは逃げるしかない、とばかりに本星型が真紅の輝きを纏い、ラウラを回避して高空へ逃れる。
「抜かれた!?」
 人類のKVとて擬似的な慣性制御を行い、航空機の枠外の機動を見せるのだが、本家バグアのUFOの動きは更に上を行く。とはいえ、それ以上の余裕はさすがに無いようだ。
「逃げの一手か。にしても、ドロームの役員は‥‥まぁ、考えても無駄か」
 スナイパーライフルで牽制しつつ、蒼志は敵機を一瞥した。今の鋭い動きは、ドロームの役員が生きて同乗していたとしたら行えそうには無い。一方、バグアも目の前の敵機を一瞥していた。蒼志の『Bicorn』は『忠勝』と同じ雷電改だ。上昇してきたHWは自らの行く手を阻むもう一機、絃也のR−01改へと機首を向ける。
『旧式機‥‥そっちが穴だな』
 真紅の光線が吐き出され、『R−1改』を飲み込んだ。――が。
「逃がすつもりはない、墜ちるまで付き合ってもらう」
 その只中を突っ切って、絃也が言い捨てた。なまじドロームの関係者だっただけに、R−01を旧式と見くびったのだろう。絃也の『R−1改』は愛称だけでなく外見までもが素に見えた。にもかかわらず、通常のR−01改とは一線も二線も隔した性能をもっている。ドロームの『牙』アグレッシブファングを乗せた反撃のD−03ミサイルポッドが敵機を直撃、赤いフォースフィールドが異形の戦闘機械を包んだ。
「私達から逃げられると思わないで」
 後を追って上昇してきた『Merizim』が空中変形、練剣「雪村」を一閃。たまらず張った赤いフィールドが再びそれを阻む。
「ああ。ここで易々と逃すわけにはいかぬからな。後顧の憂いを断つ為に速やかに撃破することとしよう」
 再び高空へあがり、間合いをつめた『忠勝』もスラスターライフルで本星型を撃った。
「よし、イクシオン。僕らも行こうか」
 やや後方、ルキアの『イクシオン』がロケットランチャーをばら撒く。やや意図的に狙いを甘くした攻撃は自分を「穴」と認識させる為だったが、それに成功したか否か。

●再び、地に落ち
 ある者は直接張り付き、またある者は少し外れて北への進路を塞いだ。本星型の機動力と防御力をもってしても完全な突破は難しく、逃げ切れなかったバグア機へ再び傭兵がまとわりつく。機動力はともかく防御を維持する為のエネルギーがいずれ尽きる事を思えば、バグアにとって不利な状況だった。
『クッ。突破口を開けばいい。一機でも二機でも撃ち落とせ‥‥ッ』
 進退窮まったバグアの命を受け、再び対空ミサイルが打ち上げられる。
「自由に撃たせるつもりはないわ、貴方たちの『目』、潰させてもらうわよ!」
 リンがロックオンキャンセラーを発動させるが、精密誘導されたミサイルの前には焼け石に水だ。かえってミサイルの目標とされてダメージを受けてしまう。空と地上、通常であれば頭上を得る方が優位なのだが、アグリッパの存在がそれをひっくり返していた。ならば、と対空ワームの阻止に動く有希とイレーネ。アグリッパの護衛役らしいタートルワームが猛然とプロトン砲で迎撃を開始した。
「エースより切札から脇役迄のワイルドが好みでな!」
 有希はGP−02Sミサイルポッドをロック、猛烈な勢いで地表にプラズマの火球を生んでいく。距離はまだ開いている上に対地攻撃とあって条件は良くないが、相手が置物と亀であれば外す心配はない。
「貴様が生き延び戦場で我が妹に傷を付ける可能性が億分の一でもある以上、貴様を此処で墜とすが姉の務めになる」
 偏執じみた、それでいて歪みの無い想いを乗せて、イレーネも同じGP−02Sミサイルポッドで追撃した。さすがにタートルワームは平然としているが、脆弱な建造物に偽装していたアグリッパはそうもいかない。随所からスパークを発しつつ、あっさりと崩れ落ちる。作戦開始から破壊まで20秒ほど。それはバグアが5機の包囲から逃走するのに十分な長さではなかった。

『どけ、人間!』
 突っかけようとした敵機に、『忠勝』のスラスターライフルが刺さる。それも真紅のフィールドに阻まれ、ダメージは届かないが――。
「その手品の種は割れている。悪いが破らせてもらうぞ‥‥!」
 兵衛は阻害される事を念頭に、ファランクス・アテナイも加えた濃密な弾幕を張っていた。命中した攻撃は敵機にダメージこそ与えられなかったが、真紅のフィールドを永遠に張り続ける事はできないと、傭兵達は経験上知っている。
『うぬぅ‥‥』
 本星型の動きも決して悪くは無い。だが、5対1で追われる状況では被弾が増えるばかりだ。傭兵たちも阻害行動の為に手数を減らしているとはいえ、その妨害をあるいは迂回し、あるいは突破せねばならないバグア機ほどに行動がシビアにはならない。朱色に彩られたバグア機の衣装が剥がれるのは、意外と早かった。
「そろそろ限界か? 騎士の出番は――終わりだ!」
 ついにその身に届いた螺旋弾頭ミサイルを見て、蒼志が言う。絃也と彼は、時に前を、時に側面を互いにキープし、突破を図る本星型の邪魔をしていた。その絃也の試作型スラスターライフルが本星型の頭を痛烈に叩く。
『ぐぅ‥‥』
 その身を覆う真紅の盾を失ったバグアは、一声唸ると不意に反転した。進行方向を塞いでいた傭兵達、そして背後を押さえていた蒼志すらが一瞬、虚を衝かれる。それでも蒼志は反射的にカウンターを入れるが、ワームは被弾しつつも高度を下げた。
『ならば、せめて‥‥!』
 不意に、脳裏に過ぎったのは、あの女の所持していた携帯電話。もはや逃れえぬと悟ったバグアは、忘れていた後始末を思い出したのだ。しかし、その眼前を黒煙が塞ぐ。煙幕弾――、という理解は遅れてやってきた。自らを囲む敵の数は5機、と認識はしていたが一番軽視していた敵の、痛烈な妨害。
「証拠隠滅なんか、させないよ?」
 バグアの目標が携帯電話とまでは思いつくはずも無い。ルキアは邸宅が無事にすまない可能性を考慮していた。視界をふさがれたバグアは慌てて煙を抜けようとする。背中越しに迫る殺気を感じて、残存の対空火器へ自分の援護を命じた。これまで攻めかけていた正面ではなく、後方への移動は傭兵の不意を衝いていた。あとは、一発撃つだけの隙を稼げば、それでいいのだ。しかし、アグリッパを失った今、リンのイビルアイズの妨害もあって効果的な攻撃は難しい。そして、彼の前面にも敵がいた。
「戻ってきたんね。ばってん、ここは通さんよ!」
 アグリッパを撃破したばかりの有希が迎撃に入る。
『チッ、何故そこにいる‥‥!』
「お前が動ける戦力の空白は後ろにしかない。万が一を考えたまでだ」
 バグア機が取り得る可能性の一つとして、後退がありうる。そう有希へ指摘したイレーネは、彼よりも動きが一歩遅れていた。いや、遅れていた訳ではないのやもしれない。その脇で砲身を回そうとしたタートルワームへ、狙い済ましたようにスナイパーライフルD−02を叩き込んだ。
「余所見はいかんな。命取りだ」
 冷ややかな赤い瞳が動きを止めた敵機を見据え、もう一撃。亀はそれで沈黙した。同時に、有希の放った螺旋弾頭ミサイルがHWに刺さる。――直撃。しかし、機体を止めるには至らない。プロトン砲が赤い光を放ち始める。
『リリア様、御身の元へは辿りつけずとも、やわか敵に勝ちは与えませ‥‥』
 その頭上から、影が落ちた。

 上空で敵機と交戦していた中にも、地上の保全を考えていた者が1人だけいる。ラウラは、その僅かな思考の差だけ初動が早かった。頭を抑えていた者と、背後から襲っていた者の位置関係の違いもある。結果として、『Merizim』は決定的な瞬間の直前に、敵機に追いついていた。
「観念してここで墜ちなさい」
 再び、練剣「雪村」がギラリと輝き、攻撃で抉られていた傷跡に切っ先がねじ込まれる。そのまま横に振り抜き、敵機を蹴って飛行形態へ戻った。その攻撃で慣性制御が死んだのだろう。石のようにHWは落ちていく。一瞬後に内部から炎を吹き上げ、砕け散った。「おった事実すら残す事も許さん、素粒子の一片迄消え失せろ!」
 その爆発を目に、有希が言い放つ。縁のあるドロームに巣食っていた闇へ、思う所は深かった。アグリッパの支援を失い、いまや主も失った陸戦ワームは、続く10秒で為す術も無く全滅する。

●狡兎死して
 パイロットを確保に動く事を、ラウラは提案しようと思っていたが、あの落ち方では生存は絶望的だろう。上空旋回していた間に、路上で死んでいる女性の姿をルキアが見つけた。
「捕まえたかったんだけど、残念だね」
「裏切り者もまた裏切られる、か」
 ラウラが嘆息する。短い逃走劇は、1人の生存者も残さずに幕を降ろした。