タイトル:【NS】ベルナールの盟友マスター:紀藤トキ

シナリオ形態: ショート
難易度: やや難
参加人数: 8 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2011/08/28 23:35

●オープニング本文


 北米、ドローム社の有するマンションの近くのポストに投函された一通の手紙は、人知れずとある施設の検査を通過してから、本来のルートに乗って欧州を目指した。動く距離を思えば5日というのは破格の早さだったため、その検査に気づいた者はない。その存在を当然の物として知っている当事者たちを除いてだが。

『敬愛するカプロイア伯爵。
 厳しい暑さの折、いかがお過ごしでしょうか。体調など崩されていなければ良いのですが。
 さて、このたび私どもではロングボウ/フェイルノートに続く、新しいコラボレーションを考案しています。
 いまこの時期になぜ、という社内の声も大きいのですが、逆に今だからこそ、必要な事と思うのです。
 察するに、反対派は支配権を持つメルス・メス以外と深く手を組む事、そのものを恐れているのでしょう。
 私心を捨てて、人類の為に今こそ働くべき時だと思うのですが、なかなか伯爵のようには行かないようですね。
 いかがでしょう。この件を重役会に諮らず、独自に進めてしまう、既成事実化を進めてみたらどうか、と。
 彼らも、プロジェクトが進んでしまっていれば後から制止はできないと思います。ご検討下さい。

それでは、さようなら。
ミユ・ベルナール』



「ふむ。ミユ君は遂に決断したのか。ならば私も動かねばなるまい。友としてね」
 受け取った手紙を一読して、カプロイア伯爵は立ち上がる。消印の翌日からミユが行方不明であるという噂は、既に彼の元へも聞こえていた。
「‥‥わかりました。来週の予定はキャンセルいたします。それと、北米までの移動手配を」
 若き執事のセバスチャンは、内心の疑問を口に出すような事はせず、そう告げた。窓の向こうの夜空を見上げていた伯爵が、視線を戻して微笑する。
「ミユ君は、用件もなく手紙を出すような女性ではないよ。今の時期、ドロームとカプロイアの関係に動く要素は無い。これは手紙を開封される事を見越したダミーという事だ」
「‥‥つまり、この手紙が届く事自体が、伯爵への知らせという事ですね」
 事前の相談なども無い、阿吽の呼吸というものだろう。合点がいった様子のセバスチャンに頷き、伯爵は再び考え込んだ。

 人類のために彼女が動くのであれば、同じ志を持つ者として助力する、と約していた。どこでとかどうやってとか何をとかそういう辺りはあまり考えてはいなかったが、何時と誰が、の2点だけは彼の中では明確だ。彼自身が今すぐ、である。
「‥‥待てよ。そういえばミユ君から昨年に連絡があったはずだ」
「はい。ベルナール社長のお祖父様に紹介したい、と。確かベルナール理事の87歳の誕生パーティのお誘いでした。学園の会合と重なったためにお断りしたと記憶しています」
 ベルナール理事は、ミユの祖父であり、一族の長老でドローム社の役員の一人。両親の亡いミユにとっては保護者になる。ミユがドロームの闇と戦う決意を固めたならばまず頼るであろう人物だった。考えてみれば、奇妙な誘いではあった、と伯爵は考える。ブッキングしている会合については、カンパネラの理事長であるミユが知らない物ではない。にも拘らずの強引な誘いは、別の意図があったと見るべきだ。ミユが考えていた理由をいく通りも考えはしたが、「お爺様に意中の男性を紹介する」などという物が浮かばずにこんな所につながってしまうのが伯爵の伯爵たる所以であろう。
「なるほど、北米に向かって私がまずお会いすべきは、その御老人か」
「分かりました。お土産には御高齢の方にも食べやすいカステラを用意いたします。それと、万が一に備えて傭兵の手配も」
 納得した様子の主に一礼して、セバスチャンは部屋を辞した。


 ――同時刻、北米。経営の一線を引いたある老人が住まう湖畔の瀟洒な小邸宅は、招かれざる客を迎えていた。老人の名はローガン・ベルナール、ミユの祖父にあたる。
「私はミユ社長の事が好きなんですよ。ファンと言ってもいい。あれだけイイ身体をしていて初心なところも男心をそそりますなぁ。あんな美味しい獲物を前にして、誘拐犯がどれくらい自制できるか、疑問ですねぇ。あるいは今頃、とっくに‥‥おっと、失礼」
「‥‥」
 肥満体を高級なスーツに包んだ男は、ニヤニヤと笑いながらきつい匂いの煙を吐き出す。吸いさしの葉巻は、男の指の一こすりで赤熱し、燃え尽きた。――強化人間。彼の言葉にも、能力のパフォーマンスにも反応を見せぬ老人へ、男は脂ぎった顔を近づける。
「だからね、Mr.ローガン。明日の役員会で彼女の提案に、NOと言って頂きたいのですよ。誘拐犯の要求はそれだけなんですから、簡単な事でしょう? それで、ミユは戻る。傷ひとつ無く」
 出社しようとしたミユ・ベルナールが誘拐されたらしい。その直後に、この男は老人の邸宅へ現れた。書類上は、身辺警護のために派遣された事になっている。書類上は、もちろん強化人間だなどとは記されていないはずだ。バグア派の役員の差し向けた手合いだろう。誘拐犯と同じ穴の狢だ。
「相談したい。外部に連絡を取らせてもらえないか」
 無駄と知りつつも、ローガン老は男に幾度目かの提案をした。彼らの訪問後、外部への通信手段は「不慮の事態で」切れている。4人いた使用人は、どこかに軟禁されているのだろう。いずれも長く務めた信頼出来る人物で、ローガンは彼らの無事を心から祈っていた。そんな老人の内心には気付かず、強化人間は片方の眉だけをあげてから、芝居気たっぷりな仕草で肩をすくめて見せる。
「やれやれ、まだ諦めませんか。強情なお人だ。その強情のお陰で、かわいい孫娘に消えない心の傷ってやつが刻まれるんですがねぇ。ああ、まあ男としては分かりますよ。御老人も、そういう光景を想像して楽しんでいらっしゃるんでしょう。クックク‥‥」
 老人は目を閉じ、男の声を意識から追い出した。

●参加者一覧

白鐘剣一郎(ga0184
24歳・♂・AA
煉条トヲイ(ga0236
21歳・♂・AA
夕凪 春花(ga3152
14歳・♀・ER
キョーコ・クルック(ga4770
23歳・♀・GD
夜十字・信人(ga8235
25歳・♂・GD
嘉雅土(gb2174
21歳・♂・HD
橘川 海(gb4179
18歳・♀・HD
追儺(gc5241
24歳・♂・PN

●リプレイ本文

●邸宅を望み
「思った以上に攻め難い場所だな、ここは」
 それが、邸宅を遠望した白鐘剣一郎(ga0184)の第一声だった。
「このタイミングでローガン氏との連絡が途絶、か。――ミユ社長の失踪と無関係と考えるのは‥‥些か無理があるな」
 双眼鏡をのぞきながら、煉条トヲイ(ga0236)が呟く。
「見るからに怪しい人たちですね。最後の連絡では11人という事だったんですよね?」
 見える範囲で数えつつ、夕凪 春花(ga3152)もトヲイ同様の事を考えていた。ドローム社内の内紛ではないか、と。ならば、一刻の猶予も無い。とはいえ、周囲が開けた屋敷へ昼間に近づくのは難しい、という点で傭兵達の意見は一致している。
「これはやはり軟禁されてると見ていいでしょうか‥‥その辺ナイトゴールドさんはどう思います?」
「うむ。殺害する理由は今のところは無いのだろうね。もしも彼らがその気なら、事故死に見せかける位はやる」
 長身の男は、遠い記憶を思い返し、そう答えた。
「窓際に2人。もらった見取り図からするとベルナール老の私室だな」
 夕刻までの時間、裏に回って観察していた嘉雅土(gb2174)が戻り、そう報告する。
「ベイ‥‥いや、ベルナールの部屋の中の机と棚、扉がここだ。この2人は外への監視として、捕虜の逃走を防ぐなら最低、あと1人は監視がいるだろう」
 間違って覚えていた救出対象の名前を脳内で修正しつつ、追儺(gc5241)が捕足した。ちなみに、彼が参照している図面は、セバスチャンが橘川 海(gb4179)の依頼で探し出してきたものだ。
「11人のうち2人がそこにいる、という事はローガンさんは自分の部屋で軟禁されてるのかな? 屋敷にいる他の人はどうしてるんでしょう?」
「ローガン氏にとって彼らが重要ならば人質とされているやもしれない。解放されているという事はないようだからね。最悪のケースとしては既に生きていない可能性もあるが‥‥。救助に行く以上、無事であると言う前提で行動すべきだろう」
 意見を伺うようにカプロ‥‥いや、ナイト・ゴールドへ視線を向けた海は、客観的に言ってあまり役に立たない長文の返事を得ていた。

「郷に入りしはなんとやらか、俺もナイトクロスとか名乗っておけば良かったかな‥‥」
 同様にチラリ、と仮面の騎士を見ていた夜十字・信人(ga8235)が少し悔しげにする。最初に正門の敵へ接触する予定の信人の外見は作戦上、スーツルックという至極まともなものだったが、面白みが足りないとでも感じていたのだろうか。
「お待たせ。こんなもんでどうかな?」
 今1人の正面班、身づくろいを終えたキョーコ・クルック(ga4770)が周囲の意見を聞いている。SESインテークや武器っぽい物をカモフラージュした彼女は、どこからどう見ても「少しジャパナイズ方面に間違えてしまった」メイドだった。まあ、設定的にはカプロイアの使いという事なので、問題はないだろう。きっと。

 して、問題のカプロ‥‥ではなくゴールドはといえば、今回は後詰をやるようにと周囲に言い含められていた。
「伯しゃ――ではなくてナイト・ゴールド! 貴方の気持ちは良く分かるが、内部状況を把握出来無い今、正面玄関から乗り込むのは流石に危険過ぎる」
「できれば、裏口組への助力を頼むよ」
 トヲイと嘉雅土の説得に、敵の逃走を防止して貰わなければ、などと剣一郎も付け加える。しかし、キョーコの「目立つから」という理由が一番大きいかもしれない。追儺などは、あの外見を気にしたら負けだと思っているようだが多分彼の感性が正しいのだろう。
 ――ともあれ、一同は日が沈むのを待ってから所定の持ち場に向かう。

●侵入
「突然の訪問、申し訳ございません。主からのお届けモノです」
「ローガン・ベルナール様に贈り物を直接お渡しするようカプロイア伯爵から仰せつかって参りました」
 正門に近づいた信人とキョーコに、歩哨はうさんくさげな目を向けた。時刻は夕刻、身なりの良い2人がアポなしで訪れるのは怪しいといえば、怪しい。
「ベルナール様へ宛名を見せればお分かりになると」
 重ねて言った信人の言葉に、1人が話を聞きに前へ出る。もう1人は内線電話と思しき通話機に手を伸ばそうとした。
「‥‥くっ」
 連絡を取られるわけには行かない、と瞬時に間合いを詰めるキョーコ。おびき寄せた1人は信人が無力化したが、咄嗟の動きではボタンを押すのを止めるには間に合わなかった。
『‥‥なんだ? おい、どうした?』
『あ? まだ交代には早いぞ? 押し間違いか?』
 がやがやとした声が回線越しに聞こえてくるのを尻目に、2人は急ぎ気絶した門番を縛り上げる。下手に返事をするわけにもいかず、仕方が無い。もう一つ、気にしていた館のセキュリティは、彼らが手を下すまでも無く切られていた。
『おい、返事しろよ。くそ、めんどくせぇな』
 聞こえてくる声からするに、内線が通じた先にいるのは4名。この情報はおろか、状況が変わったことすら知らせる手はずは無く、側面や裏口に回った仲間の動きに期待するしかない。信人達は、この場で出来る事を終わらせてから、ゆっくりと庭へ足を踏み入れた。

 一方、邸宅の側面にまわった剣一郎、トヲイ、追儺らは二階を目指していた。
「カメラの死角はこっちだ」
 日中に確認しておいた情報から、トヲイが経路を指示。瞬天速を駆使して追儺が駆け上がる。上から延ばした手を頼りに、剣一郎とトヲイは可能な限り静かに屋根へと上がった。そのままローガンの私室の外へとゆっくり近づく。

 裏口へ回った海、嘉雅土、春花は特に障害に出会うことも無く、配置についていた。
「セキュリティ、かかってなかったですね」
 電子魔術師の準備をしていた春花だったが、肩透かしといった感じだ。多分、正門班がうまくやってくれたんだろう、と海は前向きに考える。
「さすがに鍵は掛かってるか‥‥」
 裏口についた嘉雅土がゆっくりとノブを回して、首を振った。ぶち破る、と言うのも可能だが。
「灯りのついてない部屋の窓で、あいてる所ないかな?」
 海の提案で、人気の無い部屋からの侵入を試みる事となる。暫く見て回ると、施錠されていない窓が見つかった。パイドロスの嘉雅土は窓から入るのは難しいが、覚醒していない春花、海は問題なさそうだった。
「裏口、開けてきますね」
 2人に頷き、嘉雅土は再び裏口側へ。すぐに合流し、周囲の気配を確認しながら灯りのついているエントランスへと向かう。

●交戦開始
 ぺちゃくちゃと喋っている声からすると、エントランスには3人いるようだ。1人減った、と言う事には裏口班は気づく術が無い。
「ちょうど1人づつ、ですね」
「じゃあ、右が私で」
「龍の翼があるから、俺が一番奥の奴をやろう」
 閃光手榴弾のピンを抜いた嘉雅土がゆっくり数字を25まで数えてから、投擲。
『ん? ‥‥ぐぁ!?』
 激しい光と音が室内の敵の感覚を潰した瞬間、3人の能力者が一斉に飛び掛った。何が起きたのかを把握する暇も無く、男たちは一瞬で取り押さえられる。
「俺は、二階へ向かうぞ。後は任せる」
 階段へ向かった嘉雅土を見送り、春花は玄関の鍵を開けに向かった。庭の2名を制圧した信人達が向かっている筈だ。その間に、海は比較的意識のしっかりしている相手をキッと見据えて問う。
「誰に雇われたか、教えてくださいっ」
「‥‥」
 相手が少女な事もあるのか、へらへらと薄笑いを浮かべつつ黙り込む男。その顎先に、不意にクナイが突きつけられた。エントランスにやってきた信人だ。その間に、春花は別の相手の身体検査を始めている。
「この館の住人は何処にいますか? 3秒あげますので答えてください」
 無表情に信人が数字を数える。1つ、2つ、2を聞く前に、男は口を割った。
「爺は二階にいる。残りは厨房の地下室だ‥‥!」
 顔を見合わせ、春花と信人は厨房へと向かう。キョーコは嘉雅土を追って二階へ。この場を空ける訳にも行かず、留まらざるを得なくなった海は少し考えてから、
「もう一度聞きます。誰に雇われたか、話してもらえませんか?」
 同じ質問を問い直した。

 階下での轟音が聞こえた瞬間、剣一郎とトヲイ、追儺は突入を敢行した。
「――速攻が命。行くぞ‥‥!」
 トヲイが窓ガラスを叩き割り、室内に飛び込んだ2人を、銃弾が襲う。
「‥‥! 感づかれていたか」
 対応の早さからそう結論づけつつ、剣一郎は屋内の敵を値踏みした。銃を向けている2人は、強敵とはいえない。奥にいる太った男と、扉の前にいる男のどちらか、あるいは両方が強化人間ないしはそれ以上の可能性がある、と考えるまでが一瞬。
「俺に役目が有るならそれを果たす‥‥不借身命でな」
 その間に、追儺が瞬天速で突進、ローガンと敵の間に割って入った。失礼、と一声かけて老人を抱える。敵に背を向けるのは、ローガンを己が身をもって庇うためだった。
「不意を打ったつもりですか? 馬ァ鹿ですねェ。明日の新聞一面はこうですよ。能力者、ドロームの重役を暗殺!」
 小太りの男が笑いながら手を広げる。瞬時、視界が赤に染まった。
「くっ‥‥!」
 窓際の2人を瞬時に制圧していたトヲイが咄嗟に目を庇う。小太りの男の能力は発火、それも範囲攻撃だった。火に巻かれた一般人の敵が悲鳴をあげる。背中を焼かれる感触に声を詰らせつつ、追儺は老人を抱えた腕に力を込めた。今は一刻も早く、離れるべきだ。しかし、敵は追儺の挺身を嘲笑うように口角をあげる。
「命拾いしましたか? ご老人。ですが、次の攻撃は‥‥」
「次など、あると思うな」
 腕を振るおうとした所へ、相手を見定めた剣一郎が剣を振るった。狙いのそれた火球が、それでも追儺の肩を焼く。だが、その間に青年は窓の外へと瞬天速で飛び出していた。
「守り‥‥きれたか?」
「名も知らぬ能力者君。ありがとう、私はお陰で無事だよ」
 おそらく手足の火傷程度は免れなかったろうが、腕の中の老人は静かにそう頷く。追儺はほっと息をついた。

●お約束
「ミユ社長が失踪したのも、貴様達の仕業か‥‥?」
「我々はドロームのボディガードですよ? 誰に聞いても、狼藉者は貴方達というんじゃありませんかねぇ」
 脇から切り込んだトヲイの爪を体格からは似合わぬ素早さで回避し、窓の外へ向けて腕を伸ばす強化人間。しかし、剣一郎が斬り付け、追撃を許さない。
「く、ちょこまかと‥‥!」
 即席とはいえ、互いに剣理を知るもの同士の連携は、あっという間に敵を追い込んでいた。素早い連続攻撃でトヲイは敵の余裕を剥ぎ取っていく。
「かくなる上はぁ!」
 背に目でもあるかのようにバックステップで扉へ向かったが、
「させるか!」
 ちょうど間に合った嘉雅土が、逃走しようとした敵を竜の咆哮で室内へ叩き返す。そこに、剣一郎が踏み込んだ。
「天都神影流『秘奥義』神鳴斬っ」
 気迫と共に、全身を包む淡い黄金が一際鮮やかさを増したかのような一太刀。潰れたカエルのような声を挙げて、強化人間は仰向けに倒れる。相手がもはや立ち上がれない事を2人は察していた。剣一郎が静かに剣を納め、トヲイは窓の外に逃げた追儺とローガンの様子を見に回る。
「く、くくく‥‥。ですがねぇ、何故あの御老人が私の脅迫に屈していたか、考えてみはしませんでしたか?」
 血の気の失せた顔で、強化人間は笑った。彼以外に室内に居た一般人の敵は、最初の発火に巻き込まれて全員焼け死んでいたが、それを気に留めた様子は無い。
「この屋敷の地下には、罪も無い使用人が4人。私が死ぬと同時に爆発する爆弾と一緒に閉じ込められているんですよ。いやはや、残念ですねぇ。能力者の暴走、死者4名‥‥、ローガンこそ死にませんでしたが、明日の朝刊は」
「爆弾は止めてあります。あなたの悪事は全部阻止されました」
 階段を上がってきた海が、扉の向こうから声をかける。瞬間、見せていた強化人間の余裕が崩れた。
「‥‥な、何‥‥だと!? おおお、リリア様、最後までお役に立てず申し訳ございません! 私はしょせん豚でございましたぁ! こ、この上は、せめて1人でも道連れにぃ!」
 分厚い唇を震わせてから、強化人間は血泡を飛ばして絶叫し、内側から爆ぜた。轟音と共に部屋は揺れたが、防御姿勢をとった能力者たちを傷つけるほどでもなく。
「最後までお約束どおりの奴だな」
 その亡骸へ、剣一郎が苦笑を手向けた。戦闘が終わり、危険が去った時点でローガンと追儺を再び屋内へ移す。さすがに老人の私室は使い物にならなかったが、使用人がきびきびと客間をあけ、ベッドを使えるようにしていた。その間、捕虜となった面々へは海やトヲイらが背後関係を特定するような質問を行っていたが、どうも彼らは死んだ強化人間の更に上の系統については知らないようだった。

●そして終了
「どうやら終ったようだね。確認できた限り、屋敷から逃走した者はいなかったようだよ」
 ゴールドが姿を現したのは、そんなタイミングだ。怪我人がいれば練成治療を行おうと考えたが、ローガンに対する治療はキョーコが終えていた。
「君は?」
「お初にお目にかかります、ローガン老。私はナイト・ゴールド。一介の騎士たる傭兵です」
 ゴールドは誰が相手でもこの挨拶で押し通すようだが、ローガンは鋭い目で仮面の騎士を見据えている。
「なるほど。イタリアよりわざわざのお越しに感謝する。しかし‥‥」
 ちらりと周囲を見回す老人。背中を派手に焼かれた追儺以外も、剣一郎とトヲイは煤っぽい顔になっているし、地下室へ向かった面々は幾分埃っぽく、裏口、あるいは正門から押し通った者とて働きの跡が姿に出ている。その中で、染み一つ無いゴールドの格好は浮いてはいた。
「‥‥孫から聞いていたような方では、ないようですな」
 そう一言だけ告げて、老人は目を閉じる。ミユから一体何を聞いていたのかは知らないが、初対面のゴールド、というか伯爵が彼のお眼鏡にかなわなかったのは間違いないようだった。

「頼まれ物。渡しとくぜ」
 誰からとも言わず、嘉雅土が小さな包みをゴールドに渡す。思い当たる節があったのか、少し懐かしげな目でゴールドは夜空を見上げた。忘れるといった人の事を、こうして思い出す事はあるのだろう。それが、人というものだから。その同じ夜空を見上げながら、トヲイが呟く。
「‥‥ドロームに蠢く闇。――リリア。お前は今回の事件を承知しているのか?」

 あるいは、リリアの名を告げて死んだ強化人間の独断なのか。それを知る術は、今はまだ無い。