タイトル:篠畑の短い休暇マスター:紀藤トキ

シナリオ形態: ショート
難易度: 易しい
参加人数: 8 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2011/05/29 22:53

●オープニング本文


 チューレ基地を巡る大規模作戦の終結後、練習艦「カシハラ」はしばらくの間の補助任務などを終えて、欧州へ向かった。ブレストなど太平洋側の港湾が損傷艦で埋まっていた事もあり、また指揮官のベイツ少将には別の思惑も有るようで、カシハラは同様のルートを辿る友軍艦艇と共に隊を為し、ジブラルタルを越えて地中海へ。
 海峡南部はいまだバグア勢力が保持しているとはいえ、備えを固めた艦隊に無策に攻撃を行う程の余裕は、今のバグアにはないらしい。これも、アフリカ方面で進行中のRAL作戦の成果、と思えばありがたいことではある。

 ――さて。

 大尉である篠畑は、カシハラ艦内の軍人としては偉いほうである。本人の望む、望まないに関わらず、それは事実としてそこにあり、つまりは組織としてよくある面倒というものも付帯する訳で。
「休暇、ですか」
「どうせトゥーロンに寄港中はパイロットにやる事なんぞ無かろう。たまには上の者が休暇を取らんと、部下が取りにくいだろうが」
 そういうそっちはどうなのか、と言おうとしてから篠畑は代わりに肩を落とす。つい数分前に、部下2人に休養を勧めて、上官たる篠畑が休暇消化に熱心で無い事を理由に断られたばかりだった。あるいは、その顛末も把握した上でこう言ってきたのかもしれないが。
「‥‥まあ、いいか。先に俺が休んでおけば、あいつらも逃げ道がなくなるだろ」
 ベイツ少将の言う通り軍港では艦載機のパイロットにやる事などあまり無い。
「たまには羽を伸ばすといい。ああ、道中でいいワインがあったら買っておいてくれ。あと、旨そうなつまみもな」
「はぁ‥‥」
 気の無い返事を返してから、篠畑は司令の前から退出した。とはいえ、彼にしてみてもフランスは縁の無い土地ではない。訪れるのは初めてのことだったが、妻の出身地でもある。予期せぬ休暇だった為に、どうやって向かえばいいのか下調べもしていないのだが。
「ま、仮にもUPC基地だ。降りれば顔見知りも誰か居るかもしれんし、聞けばいいか‥‥」
 ノープランな事も気にせずに下船した篠畑は、その足で基地へ向かう。非番の軍人やら任務明けの傭兵達が良く向かうという酒場兼料理屋の事を聞いてからトゥーロンの町に出た。どこへ向かうにしろ、移動は明日にした方が良さそうな時間ではある。
「‥‥ん? そういえば‥‥」
 部隊司令がドイツ人らしくビール党だったと思い出したのは、夜の風に吹かれている間の事だった。

●参加者一覧

鏑木 硯(ga0280
21歳・♂・PN
シャロン・エイヴァリー(ga1843
23歳・♀・AA
東野 灯吾(ga4411
25歳・♂・PN
リゼット・ランドルフ(ga5171
19歳・♀・FT
フォル=アヴィン(ga6258
31歳・♂・AA
柳凪 蓮夢(gb8883
21歳・♂・EP
沖田 護(gc0208
18歳・♂・HD
布野 あすみ(gc0588
19歳・♀・DF

●リプレイ本文

●前夜
 兵営で案内された『安くて旨くて騒いでも怒られない』店の扉をくぐった篠畑の目が、店内の暗さに慣れるよりも早く。
「おや、篠畑中‥‥いや、いまは大尉でしたっけ、お久しぶりです」
 奥の席から、フォル=アヴィン(ga6258)が声を掛けた。その向かいからは、リゼット・ランドルフ(ga5171)が小さく会釈している。左側でなにやら頬張っていた東野 灯吾(ga4411)が、ガタッと立ち上がって叫び‥‥かけてから思いなおしたように口の中の物を飲み込んで、改めて言う。
「んぐ‥‥、し、篠畑大尉じゃないっすか。なんで居るんすか。休暇っすか」
「あ、ああ」
 少しきつめの口調に驚いた篠畑に、まずは座れ、とフォルが隣の席を指して見せた。
「いつの間にか、偉くなっちゃって。結婚もされたとか、今更ですけどおめでとうございます」
「お久しぶりです。お元気でしたか?」
 リゼットやフォルと近況を交換し、この場の3人が同じ小隊という話に驚く篠畑。前のように前線拠点にいれば傭兵との共同作戦も多くなるのだが、最近はすっかり取り残されているようだ、と苦笑した。今は部下の養成やら若手の育成で忙しい、らしい。
「‥‥あと一週間で奥さんの任務終わるらしいのに、タイミング悪いなこの人‥‥」
 寄ってきた店員に軽い食事を注文していた篠畑へ、灯吾がチクリと一刺しした。聞いたフォルは天上を仰ぎ、リゼットは冷たい視線で一瞥する。同じく多忙な軍人の恋人を持つ女性としては、篠畑の細君の肩を持たざるを得ない、といった心境だろうか。
「そ、そうか‥‥。いや、忙しいとは聞いていたし、休暇がたまたま合うなんて事は、無いだろうとは思っていたんだが‥‥」
 がくり、と肩を落とす篠畑の耳に、店の扉のベルがカラン、と鳴る音が聞こえた。
「あー! 居たー! ここで会えなかったら諦めようかと思ったわ」
 シャロン・エイヴァリー(ga1843)が明るく声をかける後ろで、鏑木 硯(ga0280)が閉まりかけた扉を抑えている。
「あ、ありがとうございます」
 頭を下げた沖田 護(gc0208)が店内を見回し、少し困った顔をした。
「あ、混んでいるので相席願いまーす」
 店員の声に状況を理解したフォル達が、椅子を移動させたりして場所を作る。
「フォルも久しぶり、他の皆もよろしくっ」
 片目をつぶってから、シャロンは席に着いた。
「良かったら、一緒にどうですか」
 同じ傭兵ですし、と笑う硯に、もう一度礼を言ってから相席する護。彼が簡単に自己紹介する間、ひっそりしていたのが功を奏したのか、話題は篠畑への追求から翌日以降の動きへと。


「ついでにパリ観光しようと思ったんですよー。大規模で頑張ったからご褒美で!」
 目をキラキラさせるリゼットの隣、目があったフォルの苦笑具合を見るに、多分連れまわされる予定なのだろう。ノープランだったのか、灯吾も同行する気満々のようだ。
「篠畑大尉も暇なら、明日からパリに行かない? というか、行きましょう」
 ガイドブックを手のシャロンもまた、行く気満々だった。特に用事も無かった護も、せっかくだからと加わることに。
「おや、そちらの席も皆さんも観光予定かな?」
 奥まった席にいた柳凪 蓮夢(gb8883)が、そう声を掛ける。
「あら、日本人だよね? もしかして旅行?」
 布野 あすみ(gc0588)がふんわりと言ったのは、護、篠畑や硯たちに向けてだろう。異国の地で、日本人を見てつい、といった感じのようだ。
「ええ、成り行きですが。こういうのも悪くないですね」
 そういう護の手には、さっきまでシャロンが手にしていたガイドブック。開いているページからするに、ルーブルに興味があったようだが、読み進めていた間にがくりと肩が落ちる。
「美術館はこの短時間じゃ見尽くすのは無理ですか」
 一週間かけても見尽くせない、とか。その背中越しに、あすみが本の一点に指を差す。
「あ、ここ。大きな聖堂って見てみたかったんだよねー」
 セーヌ河畔の、ノートルダム大聖堂。聖母マリアに捧げられた教会は、写真越しにすら荘厳な雰囲気を漂わせていた。一方のグループはといえば、シャロンやリゼットを中心にスケジュールを立てつつある。
「この通りに映画で登場した評判のカフェがあるのよ♪」
「いいですね。夜はちょっと奮発しちゃいませんか?」
 などと盛り上がる女性陣。店を構えるだけでも大変だと言うシャンゼリゼの街並みもまた、写真で見るだけでも華やかだ。
「凱旋門もある通りなんですね」
「凱旋門にある無名戦士の墓は知ってる? 戦没者の慰霊地よ」
 興味を惹いたらしい護へ、シャロンがレクチャーを行う。とはいっても英国人の彼女も分類としては観光客なのだが。
「でも、お土産に食べ物や飲み物を買うなら朝市のほうがいいかもしれませんよ」
 篠畑が土産を頼まれていたという話を聞いて、そう言い添えたのは、それまでは聞き役だった硯だ。
「チーズ、ありますか?」
「もちろん」
 目を輝かせた護に、硯が頷く。チーズならば、篠畑のベイツ少将への土産にも丁度良さそうだ。
「じゃあ、明日は凱旋門からシャンゼリゼをぶらっと歩いて、夜は別行動かな」
 寝坊しないように、などと取り仕切るシャロンを見て、楽ができるなあ、とばかりに笑うフォル。
「私達はノートルダム大聖堂に回ろうと思います」
 そう言う蓮夢の隣で、あすみが頷いている。
「明後日は朝市に回ってから、戻って解散か。強行軍になりそうだなー」
 買って来い、と言われたお土産リストを思い、灯吾は深くため息をついた。

●当日
「無名戦士の墓、ですか‥‥」
 凱旋門のアーチを真上に見上げる位置に、それはあった。第一次世界大戦の戦没者の慰霊のため、だという。その解説を読んだ護は、短い黙祷を捧げた。ほんの数日前に過ごした激しい戦いを思ってのことだろうか。
「眠る墓も無く、‥‥か。寒いだろうな」
 篠畑の祈りは、もう少し長く。その姿を見たフォル達は、掛けようとしていた声を止めて、自分も軽く目をつぶる。同じ名前を思い浮かべての事かはわからない。戦いの中に身をおいていた彼らには斃れた戦友もあり、奪った命も、護れなかった命もあるのだ。気付けば傭兵達は皆、思い思いに墓碑へと対していた。

 心安らかに頭を垂れる事、しばし。気分を入れ替えて振り返れば、そこはシャンゼリゼ通りだ。
「こりゃあ、場違いだな」
「ッスね」
 篠畑と灯吾が頷く、花の都と情景。
「観光客も多いですし、普通の格好で平気ですよ」
 2人の背を軽く押すフォル。
「早く行きましょうよ!」
 楽しみにしていたリゼットは、もう先に歩き出していた。歩みが速い理由は、ゆるい下り坂というだけでは、きっとない。今日の天気は晴れ。南仏から北上した一行には少しばかり肌寒くもあり、木立の合間から日差しが差し込む北側の街路を、ゆっくりと歩く。暫くうろうろしてから、シャロン曰くの「映画に出ていた店」を見つけて、軽くランチを取った。しかしこの界隈、映画に出ていたカフェというだけならどこもかしこもその分類なだけに、シャロンが見ていた映画が有る程度特定されてしまうような気もする。
 ――それだけの映画通がこの場にいれば、だが。
「メルシー」
 そつなくシャロンが渡すチップに、女給が会釈した。年長の男性諸氏は、この際余りアテにならないようだ。

 昼を入れた後は、買い物時間。明日の朝市で買える物は主に食品とあって、それ以外のお土産類はこの日のうちに見ておきたい。
「奥様にお土産位買いませんか?」
 ちょっとこぎれいな店の前で、チラッと横目で篠畑に牽制球を投げるリゼット。牽制と言うよりはデッドボールかもしれないが。
「ん、うむむ‥‥。そうだな。何を選べばいい、か‥‥」
「そうそう、ちゃんとしないと愛想つかされますよ?」
 考え込んだ篠畑を見て、フォルもニヤニヤしながら追い討ちをかける。
「あ、リゼさん。クレープ食いませんか、クレープ!」
 ちょっと気取って少なめにした昼食のツケがきたらしい灯吾が、屋台を見つけて手を振った。どうも、野郎1人でクレープの歩き喰いなんかできるか! という男の子らしい気負いが有るようだ。
「夕食が入らなく無い程度なら、いいですよ?」
 などと笑って歩き出したリゼットに、フォルが真顔で首を傾げる。
「‥‥あ、リゼットさんは良いんですか? お土産」
「あ、ガーデンの皆にはお菓子か何か買う予定ですけど‥‥」
 マカロンなんかどうでしょうか、というリゼット。フォルはちょっと言葉を選ぶようにしてから、諦めたように口を開く。
「ほら、彼氏さんの誕生日の埋め合わせとか‥」
「はぅ、忘れてましたっ」
 そんな会話を耳に、蓮夢と元恋人関係のあすみは少し居心地悪そうに違う方向を向いたりしていた。――と、いうか。
「あれ? 蓮夢、どこにいったのかな」
 キョロキョロ、と周囲を見回したがいつの間にかいない。聞いていないが誰かにお土産でも買いに行ったのだろうか、そんな相手でもいたのだろうか。南側の、木の影になる辺りを背伸びして眺めたところで。
「ひゃっ!?」
 伸ばした首筋に、後ろからぺとりと、冷えた缶があてられた。慌てて振り返ると、そこには微笑を湛えた蓮夢の姿。心なしか、いつもよりも得意げ、というかしてやったり、といったような雰囲気が、上がった口元の角度から見て取れるような、気がする。

「‥‥あれ、ひょっとして」
 灯吾が足を止めたのは、普段の彼には似合わぬ高級店の前だった。扱っているのは、ワインのようなのだが。
「ん? いや、ちょっとこいつはお土産には予算オーバーじゃないか?」
 篠畑が値段を見て苦笑する。灯吾は、視線をショーケースの中に向けたまま、小さく呟いた。
「‥‥モース大将の蔵出しの、マジ旨かったんすよ。アレと同じラベルだから」
「モース‥‥マドリードで戦死した将軍か。なるほど、あの親父が似合わんワインなんざ頼むわけだ」
 それを聞いたら、買わない訳にも行かないと篠畑が苦笑する。


「さて、ディナーに行くなら、服も確り揃えないとですね。丁度いいです。探してみましょう」
「え、でも‥‥」
 躊躇するシャロンの腕を取って、一歩歩いてから振り返る硯。普段見せない青年のリードに、シャロンもまんざらではなく。
「じゃあ、後でね!」
 一言残して、雑踏へと消えていった。
「う、ドレスコード大丈夫かな?」
「ダメでしょうね、間違いなく」
 フォルの冷静な突っ込みを受けた灯吾も、頭を掻きつつ別の店へ。あちらはリゼットもいるし、そんなに頓狂な格好にはならないだろう、と見送ってから考える事しばし。
「‥‥ま、軍服が有るから問題は無いか」
 篠畑は安易に逃げる男だった。

●午後から、翌日
「それじゃ、あたし達はここで別れるよ」
 あすみは、予定通りに少し離れたノートルダム大聖堂に向かうと言う。夕陽に照らされた姿が見事なのだそうだが、陽の有る間にも見ておきたいとも思うのだ。蓮夢は、微笑を湛えたままで彼女をエスコートしていく。何処に何があるか、本を読めば覚えていられると言うのはガイドをするには便利なものだ。
「へぇ‥‥」
 繰り出される薀蓄に相槌を打ちながら、傾きだした陽に照らされる寺院をぐるりと回り、中へと。
「久々に来たけれど‥‥。やはり普段訪れない土地は新鮮だね」
 訪れた記憶はあれど、生の感触は日々上書きされるものだ、と。
(こういう雰囲気によく似合う人だなぁ)
 ステンドグラスを見上げる蓮夢へ目を向けて、あすみは内心でそう思う。そういえば、こうしてしげしげと眺めた事は余り無いのかもしれない。すぐ隣で寄り添っていた恋人の頃とは違う距離も、案外発見がある物だ。
「夜にはライトアップされて、また違う顔を見せるそうですよ」
「へぇ、そうなんだ?」
 あすみは、内心を見せない笑顔でそう応えた。


 フォーマルなスーツに身を固めた硯が、淡いブルーのカクテルドレスのシャロンを先導する。意外と物怖じしないのは、こういうときには頼もしい。そういうところは、からかいたくもなるというもので。
「君の瞳に、みたいな気取った台詞は無いの?」
「え、あ‥‥」
 クスっと笑って、グラスを合わせる。ムーディーな2人とは少し離れた店で、他の面々も夕食を取っていた。
「エスカルゴ、初めて食べるんすよ」
 コースには、灯吾の一押しで有名なカタツムリ料理が入っている。要するに貝だろう、と身も蓋も無い事を言う篠畑に、少し呆れ顔を向けるフォル。せっかくだから、と一緒に誘われた護も、恐る恐るフォークを伸ばしていた。
「美味しいですね」
「うー‥‥」
 迷いは一瞬、リゼットもパクリとそれを口にする。
「あ、ホントだ」
 そんな料理を食べていれば、アルコールが恋しくなりもする所だが、彼女に飲ますのは危険、だとか。結構放任主義の保護者役のフォルが、それだけはダメ、と禁止する位だからその程が知れようと言う物だ。
「それは意外だな。まあ、弱いなら無理に飲む物でもないか」
 言いつつ杯を重ねている篠畑は、それほど強くも無いが弱くも無い、という位らしい。ただ、彼の郷里の人々と比較して、であれば並よりは強いのかもしれないが。


 翌朝。昨日の内に大きな買い物は済ませてしまった一行は、ちょっとしたお土産と異国の情緒を探して、街に出ていた。護は早速、一昨日に食べられなかったチーズやら、珍しそうな食べ物を購入しているようだ。実は、しっかり食べる子なのかも。
「色々あるねぇ」
 キョロキョロしているあすみは隙だらけで、こっそりと蓮夢が忍ばせたお土産と手紙に気付く様子は無い。
「結局、時計にしたんですか?」
「ああ。進歩が無いかもしれんが、懐かしくてな。‥‥そういえば、お前たちとは知り合ってなかった頃か」
 懐かしげに笑いながら、手紙も書こうと思うと言った篠畑に、シャロンがクルリと振り返る。
「じゃあ是非、『Loin tu es toujours dans mon coeur』って書いてあげてね」
 意味は自分で調べるように、と男性諸氏に告げてから、彼女は素敵な笑顔を見せた。