タイトル:【XN】伝説の樹の下でマスター:紀藤トキ

シナリオ形態: イベント
難易度: 普通
参加人数: 34 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2009/01/12 21:32

●オープニング本文


 カプロイア伯爵は、カンパネラ学園の理事である。学内施設などの利用許可を与える権限を持つ中で、一番くみしやすそうだからだろう。青年は時折、イベントの企画を思いついた生徒の訪問を受ける事があった。
「ふむ‥‥。クリスマスパーティ、か。場所は野外で行うのだね?」
 渡された申請用紙に目を走らせながら頷く伯爵。生徒の自主性を尊重しすぎるきらいのある彼のチェックは、安全性や開催の意図などを軽く確認する程度だ。
「良かったら伯爵も顔を出してくれよ。いい気晴らしになると思うぜ」
 間垣の社公辞令に、カプロイア伯爵は少し考え込む様子を見せる。
「そうだね。気晴らしは必要だろう。責任ある立場の者ならば尚更だね」
 伯爵の言葉を聞いた間垣は、ぎくりとしたように固まる。
「‥‥あ、でも。伯爵が来て面白いような事は無いぜ? ちょっと集まって話したりするくらいだし」
 慌てたように付け足す間垣だったが、それは逆効果だった。
「無駄に見える時間こそが忙しい日々には何よりの薬になる。楽しみに、させてもらうよ」
 まさか、本当に来るとは思っていなかったらしい間垣が、瞬きする。来られたら後ろめたい何かがあるかのように。
「‥‥じゃ、急いで早速準備にかかるよ。許可、ありがとうな」
 この寒いのに腕まくりして出て行った少年を見送ってから、伯爵はすっと立ち上がった。

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 許可を取った間垣は、体育館裏へと駆け足で戻る。
「す、すまん。まさか伯爵が来るって言うとは‥‥」
 沙織に伯爵とのやり取りをざっと話してから、ため息をつく少年。実の所、イベントの企画などは単なるでまかせだ。夏の一件以降奇妙な友人関係になった柏木先輩が、クリスマスに絶望して起こしてしまった暴動を、何とか目立たぬうちに始末するべく‥‥。あるいは、イベントの一環だと言い逃れるべくついた嘘が、逆に事態をこじらせてしまった。
「やっぱし、理事さんがこれを見たら‥‥。柏木さん、退学、とか‥‥かな」
 困ったように呟く沙織。辛うじて戦火を免れた『伝説の樹』だが、戦いの爪痕は周辺にしっかりと刻まれている。何か焼け焦げたような後とか、崩れた机バリケードとか、何故か掘られた空堀とか。ツリーから下がっている木片とかは、新手の飾りと思えば何とか見逃してもらえるかもしれない。ちょっぴり書いてある文句が剣呑だが。

 ――時間はさほど無い。

「まずはここの再建だな」
「‥‥うん。頑張ろうね。手伝ってくれる人、探さないと」
 クリスマス前だというのに、土方。そんな頼みを引き受けてくれそうな知人が、どれほどいるというのか。
「あ、それに。理事さんが来るなら何か本当にパーティっぽい事もしないと‥‥」
 クリスマス終了のお知らせ、と書かれた看板を背伸びして下ろしながら、沙織が首を傾げた。
「せっかくだから、柏木さん達も一緒に楽しめるような」
「‥‥俺達、も?」
 隅っこで体育すわりしていた不良集団が、顔を上げる。
「こんな俺たちでも、生きていていいのか?」
「だって、友達じゃないですか。‥‥ね?」
 男達に、沙織は照れたような笑顔を向けた。そのまま、パーティのアイデアをひねり出そうと唸る間垣の元へと走る。少女の後姿を見送った不良達は、お互いの顔を見合ってから、ゆっくりと立ち上がった。
「‥‥あいつらに世話かけてばかりじゃ駄目じゃのう。ワシらも、働かんと」
「そうッスね。やっぱクリスマスは皆で楽しく過ごさないと駄目ッスよね」
 堀の辺りでは、憑き物の落ちたような表情の柏木達が、シャベルを手にする。深すぎる淵を目の当たりにした彼らは、妙に心洗われて帰ってきたようだ。まだ少しばかり目が死んでいるような気もするが。
「むう‥‥。クリスマスっっぽい事て言っても、今からケーキ作るのとか、2人じゃ無理だよな」
「ちょっと難しいかも。誰か手伝ってくれれば大丈夫、かもだけど‥‥」
 うんうんとうなる間垣を、沙織が心配そうに見上げる。彼女の顔を見た少年は、はっと何かを閃いた。
「‥‥プレゼントの交換とか、どうだ? 沙織、覚えてるか? 小学校のときにクリスマス会でやってた奴」
 言いながら、思い返してみる。集まった全員でやれば、仲間はずれも出ない。持ち寄ってもらうのが主だから、準備もあまり要らない。間垣は母校の教師達に心の中で感謝の言葉を送った。
「‥‥もちろん、覚えてる、よ‥‥。だって‥‥」
 頬を染めて俯く沙織。そういえば、家庭科クラブ所属だった沙織と間垣が始めてまともに会話したのは、そのクリスマス会だった気がする。
「へへへ、今年は沙織の塩クッキーを食べずに済むのか」
「ひどーい。塩なんて、初めての年に間違って入れただけなのに‥‥」
 奥で作業にいそしんでいた柏木一派の目が更に死んだ。
「悪ぃ。でも、ちょっと残念な気もするな‥‥」
「間垣先輩の分は、皆で交換するのとは別に‥‥、ちゃんと作っておくよ」
 完全に虚ろになった目で、柏木達は作業にいそしんでいる。ああ、青春の歴史がまた一ページ。

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 一方、遅咲きの青春も、あるところにはあったらしい。
「失礼、カプロイアだ」
 理事長室を訪れた伯爵は、山積みの書類の向こうにいたミユへと声をかけた。
「あ‥‥、カプロイア伯爵。ごめんなさい、散らかっていて」
 目を上げた彼女は明らかに憔悴している。無理も無いだろう、激戦の続くKV市場でのトップシェアを維持しつつ、学園理事長としての職務もこなす日々は、彼女のような才媛であっても容易にこなせる物ではない。
「ノックをしたのだが、返事が無かったのでね。勝手にお邪魔したよ」
 積みあがった事務書類を憎らしいばかりに優雅な所作で横にどけ、伯爵は間垣が持ってきた企画書を手渡す。
「‥‥ミユ君も、たまには執務室から出て外の空気を吸ったらどうかな?」
「そんな時間があればいいのですけれど」
 ため息をついてから、ミユは瞬きした。起きた変化を彼女がこっそりと噛み締める、短い間に。
「そうか。実に残念だよ」
 伯爵はあっさりと踵を返していた。
「‥‥ぁ、その。‥‥仕事は後にでも‥‥」
「頑張ってくれたまえ。根は詰めすぎないようにね」
 口ごもるミユに、さらっと激励の言葉を残して去る青年。後に残されたのは、魂の抜けたような乙女が1人。
「‥‥うわーん。私の馬鹿、馬鹿馬鹿馬鹿ぁー!」
 凛とした普段の様子はどこへやら、机に突っ伏するミユ、28歳。その激しさに負けて、積みあがった書類がどさっと落ちた。

●参加者一覧

/ 大泰司 慈海(ga0173) / 柚井 ソラ(ga0187) / 神無月 紫翠(ga0243) / 藤枝 真一(ga0779) / 水理 和奏(ga1500) / 麓みゆり(ga2049) / 叢雲(ga2494) / 緋室 神音(ga3576) / アッシュ・リーゲン(ga3804) / 南雲 莞爾(ga4272) / UNKNOWN(ga4276) / 小田切レオン(ga4730) / 聖 海音(ga4759) / クラーク・エアハルト(ga4961) / アルヴァイム(ga5051) / ハンナ・ルーベンス(ga5138) / リゼット・ランドルフ(ga5171) / 不知火真琴(ga7201) / 砕牙 九郎(ga7366) / 百地・悠季(ga8270) / 佐伽羅 黎紀(ga8601) / 白虎(ga9191) / 瑞姫・イェーガー(ga9347) / 天道 桃華(gb0097) / イスル・イェーガー(gb0925) / 如月・菫(gb1886) / RENN(gb1931) / ミスティ・K・ブランド(gb2310) / 東雲・智弥(gb2833) / 美環 響(gb2863) / 直江 夢理(gb3361) / エリザ(gb3560) / 水無月 春奈(gb4000) / 橘川 海(gb4179

●リプレイ本文

 夕方の赤い日差しが斜めに差し込む部屋で。窓際でペンを走らせていたUNKNOWNは、ふと目を外に向けた。
『My dear Elen.エレン、そちらはどうかね?』
 LHの傭兵達は元気にしている、と彼は書き足す。眼下の樹の周りでは、幾人もの顔見知りが忙しげに立ち働いているのが見えた。

●再建計画
「‥‥うへぇ。こりゃ又、随分な荒れようだぜ」
「そうですわね。まるで戦争の跡のような‥‥」
 何があったのか、と呟くレオンに、海音が首を傾げた。
「う〜ん‥‥こんなに‥‥めちゃくちゃになるとは‥‥」
 自分は暴れていないのですがと苦笑しつつ、紫翠が2人に事情を説明した。要は、クリスマスを妬んだ不良が立て篭もったのを、有志が実力で排除したらしい。
「みなさん、まずは空掘を埋めてしまいましょう」
 その戦乱の一方の当事者であった春奈の声に、ミカエルの錬が頷いた。土木作業の類には、AU−KVの頑丈さが生きる事もある。
「さすがに、重機の手配は無理でしたが」
 傭兵の数を見るに、力仕事に不安は無さそうだ、とアルヴァイムは笑う。
「‥‥あ、僕も手伝う‥‥よ」
 知人を見つけたイスルも、手助けに入った。力仕事は苦手でも、細かい作業は人の手が多い程良い。
「使えそうな机だけ残して、駄目そうなのは、あっちに纏めましょう」
 みゆりの指示で、バリケードの解体もはじまる。
「力仕事なら、手伝えるわ」
 神音が机を軽々と運んでいる横で、不良達はどんよりオーラを放っていた。
「あの、できれば柏木さん達もお手伝いしてもらえませんか?」
 そんな生ける屍の群れへ、春奈が上目遣いに声をかける。
「うん、大勢でやればすぐに終わるよっ!」
「ああ‥‥しょうがねぇ」
 くるくると働く小柄な海に触発されたのか、軽症の不良が立ち上がった所で。
「ひゃっ‥‥」
「よそ見するから‥‥」
 根っこに足を取られた少女が落としかけた荷物を、男は慌てて支えた。
「あ、ありがとう。やっぱり男子は頼りになる、かな」
「お、おう」
 ニコリと微笑む少女の柔らかな香りが、初心な男を惑わせる。

「わたくしも掃除をお手伝い致しますわ」
 春奈同様、攻撃側で争いに加わっていたエリザも、まずは片付けが必要と見たようだ。その奥では、やはり当事者の菫が智弥と小声で言い争っている。
「わ、私はそんなの知らんです!」
「樹の周りを直さないとパーティが出来ません! 如月さんもその一因なんですから、ちゃんと手伝いましょう」
 明らかに挙動不信な菫の手を掴んで、ずるずる。作業に従事していた不良が、菫の姿に怯えて立ちすくむ。
「げぇ! ニラ魔人!」
「ニラっていうな!」
 睨み付けてから寸秒。菫は自分の手を握ったままの智弥をチラリと見上げる。
「‥‥あ、ごめ‥‥」
「いや。これは使えるのです。‥‥ククク、待ってろ不良ども。ベトベトにされた恨み、晴らさでおくべきか」
 離そうとした智弥の手を菫はギュッと握り直した。寂しい不良達には、いちゃついて見せるのが何よりのダメージかもしれない。
「というわけで協力を要請するのです。拒否は許さんですよ」
「きょ、拒否なんてしません!」
 薄笑いを浮かべる菫にどぎまぎしつつ、ちょっぴり嬉しい少年であった。

●心も再建しよう
「ほら、さっさとしないと楽しむ時間が減っちゃいますよ?」
 手を叩いて、不良の注意を引くソラ。その姿は不良の目には天使のように映った。
「そうだ。女の子だから駄目なんだ。男の子なら‥‥、俺達を裏切らないはずだっ」
「お前だけに美味しい思いをさせるもんか。俺も手伝うぜっ」
 意味は判らぬまでも、本能的に感じた恐怖で後ずさるソラ。その感覚はきっと正しい。そして、後には美少女にも美少年にも絶望してしまった連中が残された。
「ったくあの時の勢いはどこ行ったんだよ」
 溜息混じりにそう呟いたミズキに、1人の顔が上がる。
「あ? 姐さんじゃねぇスか」
 不良・田中は夏にしばかれた事を忘れていなかったようだ。
「誰だっけ? ‥‥いや、冗談だから」
 泣きそうになる田中。女々しいと言うか、魂が抜けたと言うか。
「とにかくさ、まずはこの状態をなんとかしないと始める事も出来ないよ」
「っても、どうしたらいいんスか?」
 情けない事を言う田中とミズキはしばしの作戦タイムに入った。

「ったく、情けねぇ連中だな。ここは俺が‥‥っと」
「ン?」
 柏木達に発破をかけようと乗り込んだアッシュが、同じ方向へ歩いていたミスティに気がつく。同じ様な目的だと直感したのは、人生への距離感が似ている故かもしれない。
「OK.まずは鞭から行くといい」
「それじゃ、お先に」
 踵を返すミスティと、歩を進めるアッシュ。歩きながら、その辺のゾンビに言葉を投げつける。
「お前らが何故モテないかって? そりゃ努力が足りてねぇんだよ」
「‥‥テメェみたいなイイ男に、何が分かる」
 そんな反応がある辺り、まだ捨てた物ではない。アッシュはそう思いつつ、続ける。外見だけではなく、内面を磨く事。性格や技術、一芸など。
「俺は料理ができる。まぁ、そこそこな。お前らだって、何かあるだろう。何か自分の誇れる物を磨く努力をしろ! 女と出会う環境じゃないなら自分で変えろ!」
「自分を‥‥、磨く?」
 己の両拳を見つめる、ボクサー崩れの不良・佐藤。
「このデカい学園だ、部活なり何なりで気づかないだけでチャンスは転がってる筈。それをモノにできるかはお前ら次第だ」
 ニッと笑いかけるアッシュに釣られたように、佐藤は立ち上がった。そして、彼の周囲の不良の幾人かも。
「うわ。かっこいいッスねぇ‥‥」
 田中の横で、ミズキがその日3度目の溜息をつく。
「どうせ、あんなにカッコ良くないし胸も薄いですよ‥‥。でも、こっちの話も聞いてくれたっていいじゃないか」
「姐さん‥‥。いいじゃないっスか、洗濯板だって姐さんは姐さんッスよ」
 しょぼくれるミズキに、余計な事を言う田中。それが慰めだと思っている間はきっと、彼に春が来ることはあるまい。

「盲判なんて、誰が押したって出来るのに‥‥」
 どうやら、クソ真面目なミユにサボりを勧めに来てつまみ出されたらしい慈海。彼に軽く会釈してから、ハンナは理事長室の扉を軽くノックした。
「はい、どうぞ」
 返事を聞いてから、九郎がドアを開ける。
「まいどー。クリスマスにまでお忙しい、恋する乙女の救援に参りましたってばよー」
「‥‥は? こ、恋ですか?」
 机の向こうで営業スマイルのまま固まるミユ。人違いですとか何か小声で言っているようだが、諸々の事情は忍者であるらしい夢理の調査で筒抜けなのである。
「私は‥‥。姉様を応援していますから」
 年甲斐もなく微笑ましいミユの様子に、ハンナは微笑した。室内の書類は、確かに物凄い。だが、何とかならない量でも無さそうだ。
「よければコーヒーは如何ですか? コーヒーを淹れる事には自信がありましてね」
 まずはリラックス、と白の隊服姿のクラークが提案する。傭兵に業務を手伝わせるという事に抵抗を示したミユだが、優先順位や機密の低い物の処理、整理に限ってという言葉に最後は折れた。企業人としては、やはりそこが重要なのである。その辺りの入れ知恵をしたアルは、パーティの設営に忙しくこちらには手が回らなかったようだ。

「ツリーに飾り付けをしましょう。できるだけ派手に飾り付けてください。地面のことが気にならないように‥‥」
 春奈は、設営に精一杯頑張っていた。空掘は随分目立たなくなり、机の上には白布。キャンドルまで用意されて、すっかりクリスマス仕様である。
「は、敗北主義って一体‥‥」
「何でこんなに荒れてるというか、見事に散らかっているんでしょうかね?」
 真琴と叢雲が首を傾げる。2人のように、間垣のチラシに誘われた普通の参加者もチラホラ姿を見せ始めていた。
「すみません。‥‥ちょっと高い所は心もとないので」
 お願いできますか、とリゼットが不良へ声を掛ける。
「お、おぅ。カワイ子ちゃんに頼まれちゃあしょうがねぇな」
 お前は一体いつの生まれかと。作業者はすぐに増えて、体育館の焦げ跡が覆い隠されていく。
「お、悪いがそこだけ開けといてくれないか?」
「はい。わかりました」
 レオンの指示で、樹の近くの両開き扉の前だけは除いて、白のクロスがまるで雪化粧のように壁を覆った。
「綺麗になりましたね」
 満足げなリゼットの横で、やはり満足げな不良達。美少女と共同作業をしたと言う冬の思い出、プライスレス。
「わ、わわっ」
「アブねぇ!」
 バランスを崩した海を、不良が咄嗟に受け止める。さっきもあったぞ、これ。
「ありがとう!」
 再び微笑みのお礼としっとり匂い。今度は柔らかい感触までおまけについて、不良は幸せだった。例え手に入らぬ輝きでも、春の陽は万人に暖かいのだ。今は冬だけどな。隣では、ソラも精一杯背伸びして飾り付けに余念がない。
「落ちないように気をつけるんだぞ」
 もしも落ちても、俺が受け止めてやる、と爽やかに笑う不良のお陰で、少年の緊張は嫌が応にも高まっていた。

●鈍すぎる魂のために
「やぁ、先日はお世話になったね」
「今気が付きました‥‥。普通のクリスマスを過ごすのは10年振り位です」
 黎紀の苦笑に、伯爵は微笑を返した。話の流れはすぐに、蠍座の事へ。過去に出来なかった事を悔いても仕方がないと、彼女は告げる。
「そのお陰で今、貴方は彼の敵ではないのだから、それが何よりです。目覚めた後の彼の擁護は貴方にしかできませんし、ね?」
「‥‥お気遣いを、感謝するよ」
 常の微笑のまま、伯爵は優雅な会釈を返した。
「それと。1つ忠告を。子供達に会いには行った方が良いですよ? せっかくのクリスマスなのですから」
 黎紀が最後に付け足した一言で、青年の笑みが少し深くなった。
「そうそう。リサちゃんもアルくんも、きっと寂しがってるよ」
 伯爵の傍にいた慈海も、珍しく強い口調で彼女に同意する。
「‥‥確かに。ありがとう、何とか時間を作るようにしよう」
 頷き、歩き出した青年の前に、仮面の夢理が現れた。
「親愛なる伯爵様‥‥けれど本日は一言、申し上げなければなりません」
 仮面越しの目は、伯爵を真っ直ぐに見上げる。
「嫌われていない筈の女性と話していて、辞去を促されたように感じた事は‥‥ありませんか?」
 それは単なるフリであり、本当は誘って欲しいのだ、と女心を力説する夢理、14歳。最近の少女は早熟だ。
「‥‥ふむ」
 心当たりは無いでもない。というか、在りすぎて困るくらいに彼は変人だった。
「伝説の樹へお向かい下さい‥‥。貴方様をお待ちの方がいらっしゃる事でしょう」
「そうか。わざわざの伝言、感謝するよ」
 とか言いつつもピンと来ていない様子の伯爵に、夢理は目を落とす。少女もまた、青年に心惹かれる物を感じてたのだ。今ならばまだ、諦める事も出来ると自分に言い聞かせる夢理であった。

「すみません、この場所、少し空けて頂けませんか」
 ミユと伯爵を引き合わせる為に、と言ってしまう正直者の環。静かに歓談できそうな場所を準備する彼に、善意の傭兵達が喜んで手を貸した。その裏では、悪の笑いがこだまする。
「それは聞き捨てならない情報だっ」
 腕組みする白虎だが、不幸にしてしっと団員の多くは出払っていた。直接の妨害は困難な現状に、メイド服ショタっ子の悪魔的頭脳が回転を開始する。
「同志は現地調達すれば事足りるのだ。‥‥柏木先輩はどこかにゃー」
 歩き去った白虎は、すぐ近くに姉である桃香がいた事に気づかなかった。
「今日のメニューは羊肉のローストだ。手間をかければ、安価な食材でもこれほど美味しく‥‥って、なんだ桃華」
 まだ薀蓄を語りたそうな真一だが、桃華の不機嫌そうな顔に首を傾げる。
「デートがしたいのに〜、シンちゃん傭兵の仕事ばっかりなんだもん〜」
 そう、2人はカップルである。つまり世界の敵だ。
「そうは言ってもな。補給部隊は戦いの後も忙しいからな」
「‥‥分るけど。少しくらい、遊んだっていいじゃない」
 寂しい桃華の気持ちに真一は気づいたのかどうか。青年のコートのボタンを、桃華が1つ2つと外していく。
「寒いからシンちゃんのコートに潜っちゃうわよ」
 後の余興のためらしいが、ミニスカサンタ姿の桃華は確かに寒そうだった。下拵えも済んだし、少しは話を合わせてもいいだろうか。苦笑しつつ、真一は桃華の肩をそっと包んだ。


 理事長室の戦いは半ばを過ぎていた。気分転換がてら外に出たハンナとクラークの前を、お盆一杯のおにぎりを持った海音が行く。
「それは?」
「作業されてる方にお持ちしようかと‥‥」
 海音の答えに、ハンナは微笑んだ。
「ならば、私はお茶を用意しましょう」
「自分も手伝いますよ」
 疲れた身体には炭水化物と水分は何よりであろう。向こうでは、叢雲が軽食の類を手際よく用意していた。
「叢雲、ポテトサラダ足りないかな?」
「あ、サンドイッチ用に頂きました。後で補充しておきますよ。ローストチキンは、もう少しのようですね」
 息のあった様子で準備にかかる真琴と叢雲。クリスマスには必須のケーキ類は、男達に喝を入れてきたアッシュがメインで作っているようだ。
「はぁ‥‥」
「元気出して下さいよ、姐さん」
 舎弟体質の田中に慰められつつ、ミズキは料理とケーキ双方を手伝っていた。
「どうやら、焼き手がいないようなので。忙しくなりそうです」
 ピザ焼き機の前で、詫びる様に言うアルに悠季も頷く。
「あたしも手伝えないし、おあいこよ」
 一息ついたら、また理事長室へ戻らないといけない。そう言って衣装の包みを抱えた悠季へ、アルは頭巾の向こうで微笑んだ。苦労性な所も似ているのだろう。後でまた、と言葉を交わして2人は別れた。

●柏木、再び立つ
「どこにでもあるレシピと平凡な料理人だが、それで良ければ食べるといい」
 アップルパイの素朴な香りが、打ちひしがれた不良たちの鼻腔を優しくくすぐる。
「何のつもりじゃ? ワシらを笑いに来たんかのう?」
 ミスティへ向ける柏木の視線は暗い。それも仕方があるまい。さっきから、菫と智弥がネチネチといたぶるようにみせつけているのである。
「アップルパイですか。私達も頂くのですよ」
「‥‥あ、ああ」
 思わず頷いた所に、伸びる少女の手。
「‥‥はい、あーんなのです」
「あ、ありがとう‥‥ございます」
 照れくさそうにしつつも、嬉しそうな少年。
「だーりんったら他人行儀ですよ? はい、もう1つ」
 小悪魔そのものの笑顔で微笑む菫。柏木達のライフポイントは0を超えて負の領域に落ち込んでいた。どす黒い想念とオーラだけが立ち上る一角に、ミスティが苦笑する。
「貴方がたは自ら不良の道を選んだのでしょう。ならば真の不良を目指しなさい」
 真の不良とは、他者の恋愛などに心惑わされぬ強き者だ、と歌うようにエリザが言った。
「真の不良とは、弱者の盾となり、力無き者の為に己が拳を振るう‥‥。その生き様は言わば、己が信じる正義の為に戦う騎士ですわ!」
「騎士‥‥。ワシらが?」
 元々、不良とは夢見がちな少年達の成れの果てだったりもするのだ。少女の夢想交じりの声は、柏木達の心の奥底に響く。ひょっとしたら響いてはいけない所にかもしれないが。
「貴様等不良は所謂out law。つまり真っ当な人生からは逸脱しているわけだが。だからといって人並みの幸せを望んではいけないという法は無い。何も他人の邪魔をすることに命を賭ける必要もあるまい」
 前向きに、己の望む所を素直に行えばいい、とミスティは笑う。童顔な彼女の笑顔は存外に愛らしかった。気がつけば、男達は再び自らの脚で立っている。
「な、何ですと!? ええい、かくなる上は」
「わ、わわ!?」
 智弥にピトッとくっついたりする菫だが、もはや時代は彼女の上を通り過ぎていた。
「私がここまでやっているのを無視とは。許せん、許せんですよ」
 更に逆恨みを増強させつつある菫だが、智弥は少し不良に感謝したりしたかもしれない。菫に知られたら怒られそうなのでこっそりと。
「やれやれ、手がかかる事だな」
 その背を見送るミスティ。だが、柏木達の苦難はまだこれからだったりした。
「あ、ほっぺにクリームついてるよ、叢雲?」
「ああ、どうも」
 ひょい、ペロリ。あまりに自然なそれが、真琴と叢雲の距離だ。顔色を無くす不良に気遣いを見せる叢雲。
「‥‥大丈夫ですか? 何か元気が無さそうですが」
 いきなり刺激の強い光景を見て心折れかける柏木だったが、その尻をエリザがぴしゃりと叩く。
「しっかりなさいな!」
「あぅ!?」
 そこは韮の傷口だ。崩れそうな足を漢の意地だけで支える柏木先輩に、エリザが輝くような笑顔を向ける。
「柏木センパイは彼らを束ねる長、いわば騎士団長でしょう。誇りを持って堂々としていなければなりませんわ」
「おお、ワシが騎士団長‥‥」
 あ、立ち直った。そして周囲の不良たちも連鎖的に。
「団長、やりましょう!」
「おう。やるぞ、お前ら!」
 駄目だこいつら、誰か何とかしてくれ。そんな報告官の心の声に応えたのは、南方のエロ海神こと慈海だった。作業に向かいかけた柏木の後ろに近づき、ひそっと囁く。
「柏木くんはグラマーなお姉さんがタイプなんだってねぇ?」
「ん、藪から棒になんじゃい?」
 といいつつも、そこは男の子。こんな感じの? とか手でボディラインを描く慈海に、いやいやこれくらいの方が、などと鼻の下を伸ばしたり。
「てことは、ここの理事長って、柏木くんのタイプどんぴしゃ?」
「お‥‥う?」
 畳み掛けるように言った慈海に、柏木がふと首を傾げる。
「どういう事かのう? 何か、前よりも理事長に心ときめかん‥‥」
 眼を閉じれば、柏木の脳裏に浮かぶのは彼を叱咤した年下の少女だった。っていうか何を色気づいてるんだ、端役の癖に。
「あの柏木先輩が転ぶとは、クリスマス恐るべしっ‥‥」
 そんな光景に、白虎が木陰で歯噛みしていた。

●パーティの始まり
 体育館据付のピアノが引き出され、レオンの指が鍵盤の上を滑る。
「開けるように言っていたのはこの為ですか」
 微笑を浮かべて、耳を傾けるリゼット。静かなバラード調の曲は、レオンと海音のデュエットだ。
『雪の下、凍えながらも春を待つ
 哀しみを知る種だけが‥‥』

 流れる歌声は静かに優しく、理事長室まで響く。キャンプファイアーの点火も終わり、料理や飲み物を口にしながら、皆は思い思いの会話を楽しんでいるようだった。
「はじまったようですね」
「何とか、間に合いましたか」
 ホッと息をついたハンナに、クラークが答える。ミユの机上を埋めていた書類は、その姿を消していた。そして、彼らが労を厭わずに送り出そうとしていた今宵の姫君は、悠季とギリギリの折衝を続けている。
「ここで印象付けてこそ伯爵に特別視されるかもしれないわよ」
「いえ。それだけは、誰に何と言われても駄目です」
 勢いに乗せようと自らもサンタコスに身を包んだ悠季が差し出す赤主体の衣装。さすがに、それに袖を通すのは社長の中の色々な物が邪魔をするらしい。
「時計の針を戻す事は出来ませんが、自らの手で先に進める事は出来ます! 伝えるのでしょう? 姉様の想いを‥‥」
 微笑するハンナにも、頑ななミユの心はほぐれなかった。似合うかどうかと言えば、間違いなく似合うのだが、こればかりは本人の意識の問題なのである。
「そろそろ準備はできましたかー? こっちはオッケーだってばよー」
 トナカイ姿の九郎が衝立の向こうから声を掛けてきた。このままでは埒も明かない。
「‥‥しょうがないわね。じゃあ、せめて帽子だけでも」
 赤と白のクリスマスカラーの帽子を手渡して、悠季が手を振る。ハンナの激励を背に、ミユは大型の箱の中へ。
「箱に詰まるのは平気なんですかね?」
「姉様のお心が安らげば、それでいいのです」
 不思議そうに言うクラークに、微妙にずれた答えを返すハンナ。他の事はいざ知らず、ミユと伯爵は美意識の奇妙さ加減に関しては実にお似合いなのかもしれなかった。

『‥‥苦しみを知る種だけが
 春、花開くだろう‥‥』

 伝説の樹の下で、和奏はドキドキしながら待ち人を探していた。
「あっ‥‥」
 みゆりがやって来たのは、和奏の伝えた時間通り。そんな所にも彼女らしさが現れているようだ。
「来てくれたんだね!」
 和奏は嬉しさの余り駆け出した。すぐに距離は詰まる。大好きな年上の女性を見上げて、和奏は言葉にも詰まった。悩む少女を、みゆりは優しく待つ。
「僕ね‥‥、男の子に生まれたかった。そうしたら昔に通ってた学校で、女のクセに男みたいだとか、いじめられる事もなかったし‥‥」
 途切れがちな和奏の言葉に、みゆりは静かに耳を傾けた。その優しさも、今は少女の胸に甘い痛みを生む。
「僕が男の子だったら‥‥、みゆりさんのっ‥‥」
 そこまで告げて、和奏はみゆりに抱きついた。自分が想いを告げればみゆりが傷つく。こぼれてしまう声を押し殺すように、顔をみゆりの胸にうずめる。言葉にならぬ声は、代わりに少女の瞳から流れ出た。

「落ち着いたかしら?」
 背を撫でるみゆりの手に、和奏の嗚咽はいつしか収まっていた。見上げた憧れの女性の顔が、近い。
「あのね‥‥この樹の下でキスすると、末永く幸せになれるんだって‥‥」
 微笑みながら、頷くみゆり。
「僕なんかが相手だけれど、みゆりさんに幸せになって欲しいから、僕‥‥」
 ごめんなさい、という囁きと共に、伸び上がる和奏。みゆりが頬に感じた唇の感触は、暖かかった。
「ありがとう。和奏ちゃん」
 そんな2人の隊友に、校舎から出てきたクラークが微笑する。

●小さな恋の物語
『どうか忘れないで
 私の全てを捧げて咲いた
 小さな小さな白い花』

「余り揺れないように、気をつけるってばよ」
「お手数を、おかけします」
 会場の端では、ミユが入った巨大なプレゼントボックスを九郎が押していた。御輿に担ぐというのは人数的に叶わず、さすがに橇も無理があるので、風情はないが台車での移動である。
「あ、そっちは人が多いから。こっちを通るといいと思うよっ」
「情報、感謝するってばよー」
 横からの声に笑顔で礼を言う九郎。騙されるな、それは白虎の罠だ。

「さて、準備も終わりましたし‥‥」
 叢雲がマフラーを取り出し、首に巻いた。どうやら汚れに気をつけていたようだ。
「手袋の方も、愛用していますよ。ありがとう」
「うちも、ほら」
 真琴も、自分の首元のマフラーとペンダントを指して、嬉しげに笑う。少し前に、2人で交換したプレゼントは付かず離れぬ関係の2人を、暖かく包んでいた。
「私も、あの方と‥‥」
 箱の中で乙女チックドリームに浸るミユ。しかし、そうはしっと団が卸ろさない。
「伯爵ってカッコイイからね〜。モテるんじゃないの☆」
「‥‥」
 台車の進路は、伝説の樹へ。そこには、莞爾と神音の姿があった。
「済まないな、こんな場所に連れ出して」
 こんな夜だ。出席者も気を遣って、樹の周囲には用事が無い限り近寄っていない。青年が少女を連れてここに来たのも、喧騒の中では言えない要件があるからだった。
「‥‥ただそれも、俺の勝手な我侭になるかもしれないが」
 普段の静かな面持ちと違い、僅かに頬に朱が差した莞爾の声に神音は耳を傾ける。初めて戦いを共にした時から、戦友だと思っていた。そして、その気持ちは戦い以外の場所で時を過ごすうちに、少しづつ変わっていたのだと、青年は語る。心惹かれ、意地を張りもしたが、今は神音の事をもっと知りたい。そして、もっと大切にしたい‥‥、と。
「こういうのを、1人の女性として好きだというのなら‥‥、今なら言える。俺は、神音の事が好きだ。誰よりも」
 無言でうなずき、神音は告白を受け入れる。青年の声が、少女の耳に快く感じるようになったのはいつ頃からだったろう。時を経る中で、神音にとって莞爾もただの戦友ではなくなっていた。
「‥‥抱きしめても、いいか」
「喜んで」
 微笑を浮かべた少女を、青年はその手に抱く。沈着な雰囲気の青年に似合わぬ性急さも、彼女を思うが故だろうか。少女が胸奥に灯る暖かさに気を取られた瞬間、莞爾は神音に唇を寄せていた。
「い、いきなり奪うんじゃないっ!」
 目を大きく開き、握った拳で莞爾の胸をポカポカと叩く。初めて見る甘えた仕草に、青年は微笑んだ。
「神音と、何処までも行けたらいいな‥‥。お前と共に、生きていたい‥‥」
 彼女はどれだけ、自分を新鮮な驚きに包んでくれるのだろう。それは、多分、これからもずっと。

「‥‥」
「今頃伯爵も、告白とか受けてるかもしれないねっ」
 併走しつつ、毒を注ぐ白虎。しかし、樹の裏に差し掛かった所で事態は一変する。
「ほれ、冷めないうちに食べるといい」
 寒そうな様子を見かねた真一が、暖かい料理を見繕って来た様だ。
「じゃあお返しに‥‥あーん、とかしちゃうわよ」
「待て、俺が食べてどうする」
 桃華の照れ隠しに、真一が苦笑する。と、何かを思い出したように桃華はしゃがみ込んだ。
「フフフ、この時の為に作った‥‥、あれ。どこだっけ」
「何を探し‥‥っ!」
 見下ろした真一が赤面して目を逸らす。うん、薄いから見えちゃう事もあるんだよね。そんな事故には気づかず、桃華は大きい紙包みを取り出した。
「じゃーん。手編みのマフラーよ。ありがたく受け取りなさい」
「少し、長いな」
 明らかにやりすぎちゃった感じの長さのマフラーと、寒そうな少女。
「わわっ!?」
「‥‥こうすれば暖かいだろう。ん!?」
 お約束的帰結に辿り着いたカップルへ唐突に攻撃が繰り出されたのはその瞬間だった。
「誰だ‥‥!?」
 身をかわし、誰何する真一。振り下ろされた100tハンマーには明らかな敵意が込められている。
「姉上に手を出すとは‥‥いい度胸だ」
 真一の手の中で硬直気味だった桃華が、その声で傍と我に返った。
「とらちゃん、家にも帰らず何をやってるのよ」
「い、いや。これには激しくも切ない訳があるのだっ」
 泣く子も黙るしっと団総帥も、実の姉にはいささか分が悪いようだ。
「シンちゃんとせっかくいい雰囲気だったのにー! 何てことするのよ!」
 そんな微笑ましい姉と弟の会話を耳に、箱の中からは小さな溜息が1つ。
「リリア、私達は‥‥」
 出会えば、敵味方の妹を思い、ミユの気持ちは少し沈んでいた。白虎の攻撃は意図しない方向でダメージを与えていたらしい。道行はそろそろ終わりだ。

●今だけ、羽を伸ばして
「おや? 待ち人というのは君かな?」
「まいどー。俺はクリスマスにプレゼントをお届けにあがったトナカイだってばよー」
 聞こえた会話に、身を硬くするミユ。
「感謝のプレゼントです、どうぞ開けてくださいね」
 先についていた悠季がそんな事を言う。ミユが心の準備を整える間もなく、箱は開かれた。
「‥‥こんばんは、伯爵様。その、‥‥驚かれましたか?」
「ふむ。珍しい趣向だね。普段のミユ君からするといささか意外だが」
 例え驚いていても、表に出さないのが貴族の嗜み、らしい。都合が悪くなったら何でもそれですませそうなのは気のせいだ。
「こちらに、席が用意してあります。どうぞ」
 恭しく一礼して、2人の貴賓を先導する響。ミユの為に椅子を引いてから、ついで伯爵を。
「伯爵はもっと人の心を勉強するべきです。特に女性のね。‥‥鈍感すぎると女性を泣かせてしまいますよ」
 そんな響の囁きに、伯爵は苦笑を浮かべた。
「いいだろう。今日はお互い、立場を忘れて歓談しようではないか。彼らの心意気に答えるためにも、ね」
「そう言われると、かえって意識してしまいますけれど‥‥」
 乾杯は、ワインで。響はミユへと片目をつぶり、激励してから席を外す。自分に素直に、という彼の言葉はミユへ届いただろうか。
 パーティ会場では、エリザが各種飲み物の類を並べていた。春奈はキャンプファイアーの様子を見ている。
「2人とも、悪いな。後片付けまでやらせちゃって」
 間垣が片手拝みで礼を言った。彼と沙織も、ばたばたと動き回っているようだ。
「おつかれさまです。クッキーもいかがですかっ?」
 作業に関わった面々を、海が笑顔で労わっていた。

「あ、何かついていました?」
 頭に掌を感じて、海音が隣のレオンを見る。置かれた手がどいてからも、残る僅かな重さ。
「海音の黒髪に映えるかなー‥‥とか思ってさ」
 キラキラと輝く、簪が刺されていた。蝶の羽に赤をあしらったデザインは、確かに黒に似合う。
「ありがとう‥‥ございます。私からは、こちらを」
 取り出したのは、SASウォッチだった。指輪を用意する勇気は無かった、のだとか。
「一仕事終わったし、手伝うわ」
 ミユが落ち着いたのを見届けた悠季は、アルの元へと戻っていた。まだ、用意したピザは幾ばくか残っているが、彼女が売り子に入れば、すぐに掃けるだろう。
(私自身、ロクな学園生活を送ってなかったからな。この娘だけでも‥‥と思うのは傲慢、か)
 ミニスカサンタ姿の悠季を見ながら、そう思うアル。
「そういえば、学園生活は? 楽しいですか」
「え? そうね‥‥」
 黒衣を纏ったアルの口調はそうでない時よりも丁寧だが、悠季にとってはどちらも同じ男だ。それでも、素顔相手で無いと出来ないこともある。
「こうやって交流でほぐれたこそ‥‥。あたしも貴方へ素直になるのが早くなったのよ」
 振り向いて、頭巾の前垂れをめくり、触れるようなキス。続きは仕事が終わった後で、と照れたように悠季は言う。
「‥‥今は感謝を。2人を引き合わせた気まぐれな女神に。そして隣にいる気丈な女神に」
 運命も、そう捨てたものではない。誰かが言ったような気がした。

「うぬぬ、姉上の妨害で予定が狂ったが、こうなったら実力行使あるのみだっ」
 ちょっぴりボロボロのメイド服少年は、まだ諦めていなかった。その手には、どう見ても卓の雰囲気とは合わない熱々おでん鍋とか。
「お任せ‥‥下さい。準備は、整っています‥‥」
 いつの間にか合流していた紫翠も、両手に投擲用パイを装備していた。不埒な攻撃者が乱入しようとしたその時、鍋やピザが撃ち落される。
「だ、誰だ!?」
「自分はやはり‥‥しっと団の敵と言う立場が一番しっくり来るかな? ねえ、白虎さん?」
 影ながらミユの護りに入っていたクラークが薄く笑っていた。本格的交戦に入った総帥を囮に、伝説の樹付近へ迫る紫翠。ちょっと揺すれば、季節外れの毛虫っぽい物が落ちるように仕込んであったのだ。響が奏でるバイオリンの音とかが漂い、ムーディな卓にポトポト落ちる、何か。
「きゃっ。虫が」
 身を竦めたりして年甲斐もなくミユは女の子している。
「野外の事だからね、そういう事もある。‥‥動かないでくれたまえ」
 つと伸ばした手が髪に触れる感触に、ミユは頬を赤らめた。
「‥‥おや。逆効果、でしたか‥‥?」
 首を傾げる青年。うん、多分逆効果だね。

●宴、たけなわ
「マグロ漁以来のご縁ですね」
「ああ、あの時も今日も色々とありがとう。勉強にもなったし、いい経験だったぜ」
 夏以来のリゼットに、間垣は沙織を紹介する。はじめまして、と頭を下げる少女は、少し硬くなっているようだ。
「あの時のイルカ、リゼットがそれがいいって言ってくれたんだぜ」
「‥‥あ!」
 そんな事で、ほぐれる緊張もある。リゼットがいなければ、マグロになっていたらしいと聞いて、吹きだす沙織。そんな様子を見ながら、ソラが首を傾げる。
「お2人とも楽しそうですけど。恋人がいなかったらクリスマスを楽しめないなんて、変ですよね?」
 どうやら、柏木達の決起理由に今ひとつ納得がいかないらしい。そんな少年の見上げる樹は、皆でつけた飾りでキラキラと楽しげに光っていた。その根元辺りに並んで立つ人影が、1つ2つ。あそこにいる人は、ソラの知らない何かを見ているのだろうか。
「残念ながら、私も恋愛には縁がないですが。いい伝説ができるといいな、とは思います」
「‥‥え。マジで? リゼット、綺麗なのになぁ‥‥」
 リゼットの独白に、間垣から意外そうな声が上がる。沙織の前で別の女性を褒めすぎて、後で大変な事になったかもしれないがそれはまた別のお話だ。

「さて、プレゼント交換始めるぜ? みんな、輪になってくれ」
 紙に番号を書くとか色々方法はありそうなものだが、間垣の提案したのはシンプルすぎるものだった。輪になって、回す。ひたすら、回す。
「んじゃ、1回シャッフルなー」
プレゼントをもったまま、うろうろ動いて、再び輪に。小学校でやった記憶のままというだけあって、解りやすい事この上ない。
「では、ストップです!」
 沙織の声で、皆の手が止まる。大きい包み、小さな包み。あける時のワクワク感まで子供に帰ったようで、笑顔がこぼれる。
「‥‥あ、サンタの人形。可愛いっ」
 真琴に、桃華が少し恥ずかしそうにする。ちょっと作りが荒いのは御愛嬌だ。そんな、桃華の手元にあったのは海音の用意したフォンダンショコラだった。2人で食べよう、等と幸せそうに言う桃華。
「あ、万年筆‥‥ですね」
「それ、俺のです。良かったら、使ってくださいね」
 使いやすさに力点を置かれたチョイスは、ソラによるものだった。ソラには、紫翠が選んだネクタイと花束。大きすぎる花束も、少年に良く似合う。
「紅茶セットは‥‥どなたから、でしょう‥‥?」
「ああ、私です。淹れ方のメモもつけてありますので、読んでみて下さい」
 紫翠に言いながら、手元の包みを覗く叢雲。レオンが詰め合わせた駄菓子セットだ。
「俺のは‥‥、熊、か?」
 首を傾げるレオン。
「網ぐるみです。男性には不向きかもしれなかったですね」
 そういえば、熊と呼ばれると嫌がる軍人がいたなあ、とリゼットが思ったかどうか。彼女の手元には、真琴が焼いたジンジャーマンクッキーが渡っている。これで、ぐるっと一周だ。
「ガーン、くず鉄!?」
「フヒヒ。計画通りなのです‥‥。ってこれはミユ社長のぬいぐるみ?」
 慈海と菫のプレゼントはお互いの手元に届いていた。落ち込んだりした慈海だが、齢を重ねた中年は回復も早い。
「これは運命だよ。これから仲良くしようね、菫ちゃん」
「にょわー! おっさんはお呼びじゃないのですっ!?」
 智哉を盾に人気の無い方角へ逃走する菫。それはつまり伝説の樹。
「ここには後で、来て貰おうと思ってたんですけれど‥‥」
「ん、そういえば何か用事と聞きましたね?」
 何でしょうか、と首を傾げる菫は、どうやら智哉の気持ちにはまったく気づいていないようだった。
「如月さん。あの、僕は貴女のことが好きです」
「はい!? わ、私が!? え、あ、ぅえ?」
 あわあわする少女が落ち着くまで、智哉は黙って待った。白い雪がふわりと舞い始めた頃に、菫は上目がちに少年を見上げる。
「ご、ごめんなさいなのですよ‥‥」
「だよね。急に言っちゃってごめん」
 項垂れる少年の姿に、菫の何処かがチクリと痛んだ。自分でも分からないそれから逃げるように、少女も視線を落とす。
「えぇと、その、嫌いじゃないのですけど‥‥」
 もう一度、謝罪の言葉を口にして。菫は逃げるようにその場を後にした。
「ジンクスは噂だったか」
 溜息をついてから、智哉は菫の後姿を見る。滲んではいない事に、少しホッとしながら。
「‥‥でも、待っています」
 薄く、屋根に雪が積もりだしていた。

●やがて来る明日の為に
「‥‥あ、終わっちゃった‥‥?」
 樹の下で、イスルが言う。
「ボクなんかを探しに来るからだよ。どうせ、交換用の物も持ってきてなかったのに」
「‥‥じゃあ、これを」
 ため息をつくミズキに、イスルが聖なる鐘の名を持つ剣を差し出した。
「聞いてなかったの? ボクは交換できるもの、持って来てないよ」
「‥‥持って帰っても、仕方が無いし‥‥」
 交換会場に彼女の姿が無かった時に、思わず探しに出た気持ちは言葉にならない。ただ、少し赤らんだ頬がいつもと違うだけだった。
「ありがとう。じゃあ、貰うよ」
 根負けしたように頷くミズキの姿を遠目で見て、錬はため息をつく。姉の姿が見えない事を気にかけていたのは、弟の彼も同じだった。
「やっぱり、僕が強くなって安心させないと駄目かな‥‥」
 辛い時に、心配かけないように一人で泣く姉が。いつか頼ってくれるように。
「そうッスね。頑張らないと」
「‥‥誰!?」
 そんなミズキを気にかけていたのは錬だけではなかったようだ。

「記念撮影、しましょうか」
 パーティの終わり。みゆりの提案で、参加者達が樹の下に集まった。皆が三脚の上のカメラへ視線を向ける。1枚目に、ツーショットが納まっているのは和奏と2人だけの秘密だ。
「撮り終わったら、タイムカプセルを埋めませんか?」
 ここに揃った面々の、誰がこれから欠けるか判らないけれど、と海は言う。
「ここに皆さんがいたということを忘れないように」
 自分がいた事も、皆から忘れられないように。彼女がカプセルに収めた言葉は、『次に開けるときも、皆さんが笑顔でいられますように』だった。

『と、こんな感じ、だ。――今年も、宜しく頼む。再び逢える機会がある事を、楽しみにしていよう。‥‥もしも‥‥』
 そこまで書いた所で筆をおいて、UNKNOWNは再び窓の外を見る。いつの間にか雪は止み、空には星が瞬き出していた