●リプレイ本文
●北への機内
北を目指す機内は、和やかなムードに包まれていた。空へ上がるまでは警戒の目を緩めなかった護衛の傭兵達も、ひとたび地表を離れてしまえばタシーラクへつくまでしばし仕事は無い。
「さて、今しばらくはこのままだ。到着まではしばし寛いでくれたまえ」
操縦桿を自動操縦に預けた伯爵が言うまでも無く、傭兵達は思い思いにのんびりと時間を過ごすつもりだった。
「わぁ! 凄いですね。本物の樹の椅子だ」
柚井 ソラ(
ga0187)は機内の設備を楽しそうに眺めている。ニコニコ笑顔で、せっかくピシッと決めた執事ルックも今は可愛らしさしか表現していない。
「ミカエルを使った初依頼‥‥それが伯爵の護衛とは‥‥燃えるぜッ!!」
ミカエルとは性能試験の頃からの付き合いの芹沢ヒロミ(
gb2089)は、拳を打ち鳴らしつつニッと笑う。
「‥‥フフフ、加奈様が思い出されますね。そういえば、あの時は‥‥、あの時‥‥」
何かを思い出してずーんと沈みだす直江 夢理(
gb3361)も、ヒロミ同様、ミカエルのテストに参加していた。
「ミカエルが入学式の晴れ舞台に間に合った事、君達には感謝しているよ」
2人にそう言いながら、伯爵は優雅にソファへと腰を沈める。
「私もミカエル買いましたよっ! 馴染む! 実に馴染みます! 最高にハイって奴です!」
個人的には回避もいらなかったけど、とにこやかに付け足す斑鳩・南雲(
gb2816)。好みの性能だったらしいイリス(
gb1877)もこくこくと頷いている。
「それに、この薔薇もありがとうね!」
イリスが言うのは、舞踏会の参加者一同に伯爵が贈ったレインボーローズの事らしい。同じ舞踏会で伯爵とダンスを共にした南雲も、その時の礼を告げていた。
「お茶でも、いかがですか? お菓子もあるようですよ」
なれた仕草で、トリストラム(
gb0815)が紅茶を淹れていく。天戸 るみ(
gb2004)が、ほっとしたように微笑んだ。
「入学式は楽しみですが、少し緊張しますね」
奇人‥‥、もとい、貴人に分類される伯爵とは初対面。少しぎこちない彼女だが、護衛任務への思いは強い。
「伯爵、質問っ! カプロイアで四足KV作る予定ある? もし作るならモチーフはどんな動物が理想?」
美崎 瑠璃(
gb0339)の問いで、お茶に向きかけていた一同の視線が再び伯爵へ。予定は特に無いが、と前置きをしてから、伯爵は理想として獅子を挙げた。案外気さくな様子にほっとしたのか、るみも勇を鼓して話しかける。
「一部女生徒の意見ですが、女性用AUが出ないものでしょうか‥‥なんて」
私の、ではなく一部の女生徒の意見と言う彼女に、夢理が共感の視線を送った。男女共用の設計だと、一部の女生徒にとっては少しきつかったりするのだろう、多分。
「ふむ、ドロームのアンジェリカのような物かな? ミカエルが重装だったからね。女性的なフォルムと言うのも悪くない」
「そういえば、伯爵ってすごく背が高いけどいつもどんな物食べてるの? やっぱり世界の珍味とか?」
お菓子をつまみながらのイリスの質問に伯爵が首を傾げる。
「ふむ。特に拘ってはいないのだが、国を出ている事が多いのでね。土地の物を頂くのが楽しみだよ」
社交的な宴や食事会も良いが、こうして歓談を交えつつ食べるほうが楽しい、という伯爵。
「話しながら飲んだり食べたりと言えば‥‥、屋台とか?」
などと呟いてから、るみははっと口を押える。脳裏に屋台でラーメンを食べる伯爵の映像を浮かべてしまった一行が何ともいえぬ表情で笑った。
●事件、発生!
旅程も半ばを過ぎて若者達が落ち着いた頃、ナレイン・フェルド(
ga0506)は伯爵と話し込んでいた。
「私は、万物が美を内包していると言う、古代の哲人の思想に共感していてね。適うならば、その全てを見たいと思っている」
史書を紐解けば先祖も同様だと言うから、血だろうかと伯爵は笑う。彼に「美」についての話題を振ってしまったナレインは、興味のある者にとっては実に楽しいであろう時間を過ごしていた。
「少し、お時間を頂けますか」
話の切れ目に、佐伽羅 黎紀(
ga8601)が声をかける。彼女は昏睡状態だというアーネストの容態について、彼に訪ねる機会を伺っていたのだ。
「以前同様、だよ。手は尽くしているのだが」
「‥‥そう。まだ容態は変わらないのね」
少しトーンの落ち着いた口調で黎紀が頷く。常に余裕を見せる伯爵に似合わぬ陰を見てとり、黎紀はおっとりとした口調で続けた。
「気がつけなかった事は、気に病む事は無いですよ」
もしも早期に気がついても、彼を救うことは出来なかっただろうと言う黎紀に、青年は首肯する。だが、その表情は晴れる事は無い。
「もしも、私がファームライドを奪われる前に気がついていれば。――彼が今のように眠りにつくのが避け得ない事だったとしても、世界の敵として目覚めを待たれる立場では、無かったのではないかと、‥‥ね」
失礼、と断ってから伯爵は席を立つ。黎紀が手洗いへ向かう背を見送った時、操縦席の方から小さなコール音が鳴った。トリストラムがさっと受信機を操作する。
――それは、ラナン女史の失踪と救出についての依頼だった。
「おや、何かあったのかな?」
戻ってきた伯爵は、傭兵達の様子に首を傾げる。さっと自分のほうを向いた目は、先ほどまでとは違った緊張感を湛えていた。
「そうね、伯爵さんに報告して、どうしたいのか聞きましょう?」
ナレインの言葉に、イリスが勢いよく頷く。他の面々にも、異論は無いようだった。
「ふむ。救援要請か。場所は‥‥近いね」
発信地と内容を確認する青年を、南雲がじっと見る。護衛と言う立場上、伯爵を煽る事は控えたい。とはいえ伯爵の性格は大体把握しているようだ。それは、彼女だけではなく、他の面々もであろう。
「為さぬ後悔とは切ない物だからね。君達に異存がなければ、向かいたい所だが」
どうかな? と問う伯爵に、一同は「やっぱりな」と言った反応を、それぞれのやり方で返す。
「そういう男だと思ってたぜ。アンタは!!」
嬉しそうに破顔するヒロミと、やはり嬉しそうに笑むイリス。一行が備えを始める中、ソラが操縦席に向かう伯爵の前に立った。
「‥‥何かな? ソラ君」
「一つだけ。貴方にもし何かあったら、それは護衛を務める俺たちの傷になります。そのこと、心の隅に置いておいて下さいね」
経歴ではなく、心の傷に。そう告げる少年に、伯爵は確りと頷いた。
「了解した。私も立場はわきまえているつもりだよ。君達の邪魔にはならぬようにさせて貰おう」
彼の『わきまえている』発言に、一同の脳裏に期せずして黄金の仮面が思い浮かぶ。
「ラウンドナイツの一員としては、団長を守らないといけないねー‥‥っと、今は『伯爵』だった」
にゃはは、と笑う瑠璃と、決意を秘めて頷く夢理。少し頬を染めて見上げた夢理は、見下ろす青年と視線が会うと慌てたように俯いた。
「ナイト・ゴールドさんってかっこいいですよね。きっと伯爵さんと話が合いそうです」
ソラの無邪気な発言は、周囲から生暖かく見守られたりしていたが、それはそれ。
「できれば機内で待機して頂きたかったのですが‥‥」
トレードマークの笑顔を少し曇らせて、るみがそう呟く。が、すぐに気持ちを切り替えたように頷いた。
「伯爵さんの安全は絶対に保障します。私、守りに関しては自信があるんです」
あえて武装を置き、両手に盾を構えるのが、るみの戦闘スタイルである。この状況で交戦になれば、その持ち味は存分に生かせることだろう。
●不意の出撃
「貴人の護衛は騎士の誉れ! 浪漫だね!」
こくこくと頷く南雲をはじめ、意気あがる年少者達を微笑ましげに見る年長者3名。しかし、彼らは現実的に抑えるべき所は抑えていた。まずは、調査に割ける時間は最長で日没まで。極地の日没は見慣れた時間帯ではなく、午前8時過ぎに地平線から頭を現した太陽はその6時間ほど後には完全に沈むという。
「私達が二次遭難になっては意味がないわ。無理をせず、小まめに飛行機に戻りましょう」
「そもそも防寒具を持ってない人は出るの禁止ですよ〜」
もっとも、高緯度帯へ向かう護衛任務とあって、寒さへの備えを怠ったメンバーはいないようだ。ナレインと黎紀は、相互の連絡を欠かさぬ事も注意点にあげる。
「では、自分が機中に残り、中継を行いましょう」
それと、雪原では見失いがちな時間の管理もトリストラムが担当する事となった。高度を下げていた機体が、不整地面に対して着陸を開始する。機内の安定がさほど損なわれないのは、伯爵の操縦技量と言うよりは機体の性能であろう。懸念していた雪は、降っていない。
「では、行こうか」
迷わず先に立とうとした伯爵を慌てて制止し、南雲がハッチを開ける。吹き込んでくる刃のような冷気が少女の頬を刺した。
「敵影、なし。‥‥わ、私も残って待機しますね! 帰る場所を護るのも騎士の務め、です!」
くるりと振り向いた南雲の吐く息は真っ白。時刻は11時を回ったところだが、太陽の位置は地平線すれすれだ。
「キメラが襲ってこないとも限りませんし、ここは自分と斑鳩さんにお任せ下さい」
手を胸に、トリストラムが腰を折って一同を送り出す。
「では、皆様をお迎えする為に暖かい物を用意しておきましょう」
ハッチが閉まり、ほっと一息ついた南雲へと、青年は穏やかに微笑みかけた。
「うぅ〜寒いわねぇ‥‥」
「ぅう〜寒ぃな‥‥」
ぶるぶるっと震えたナレインと、AU−KVの頭部を外してシガーチョコをかじっていたヒロミが思わずそう漏らす。
「こんな所にずっと居たらと思うと‥‥」
肩を抱いて震えながらも、雪原の先へ目を凝らすナレイン。連絡が入ってからさほど時間は経っていないとはいえ、この寒さの中で救出を待つ心持はいかなる物だろう。
「私は中継連絡に回ればよいのだね?」
ふわもこの何かを着こんで防寒完備の伯爵は、通信機を手にそう尋ねた。続報により、一度は確保されたラナン女史が、謎の地底型ワームに再度さらわれた事が伝わっている。逃走中のワームが発見された際、速やかな情報共有は必須であった。
「そうだね。もしも敵がこっちに出たら連絡するよ」
いかめしいミカエルの上にポンチョを羽織ったイリスがぐっと拳を握る。ポンチョには可愛らしい金色猫があしらわれていた。
「私が伯爵様の目となり、調査して参りますからっ‥‥!」
気迫の篭った口調の夢理は、ソラとペアを組んで右側へ。小さめのAU−KVと小柄な少年の姿は、すぐに一面の白へと消えていった。
「それじゃあ、私達も行きましょう」
ナレインの左を、瑠璃が固める。生身での依頼は初めてという瑠璃は、双眼鏡で周囲を伺いつつ気を引き締めていた。ミカエルのイリスはやや先行して様子を伺うようだ。
●救助出動の報酬は
調査班は、程なくして敵の痕跡に遭遇した。
『‥‥大きな穴があるよ。少し離れて、もう1つ』
イリスの報告は、すぐに後方へと伝えられる。
『連絡にあった空洞だな。敵がいるやも知れない。夢理嬢とソラ君にも伝えよう。合流までくれぐれも警戒してくれたまえ』
敵の気配は無いが、ひょっとしたら潜んでいるのやも知れない。慎重に監視を続けるイリスへ、まずは同じ班の2人が追いついてきた。
「紅茶、用意してきたんだ」
瑠璃が持参した飲み物は、寒さの中のほんの少しの安らぎをくれる。ほっと息をついていた間に、夢理達と後方グループの4名も追いついてきた。
「前で戦おうとは思わないが。もしも誰かが怪我を負ったのならば、サイエンティストの手はあって困る事は無いだろう?」
などと真面目ぶってはいるが、後ろで待っているのに飽きただけなのかもしれない。そんな自由奔放な伯爵を困ったように見つつ、少し羨ましさも感じてしまうソラ。
「お任せください。万が一敵が現れてもこの盾で食い止めて見せます」
「そっちが盾なら、俺が矛ってとこだな。いや、拳だけどよッ!」
二つの盾と、二つの拳を左右に、伯爵は悠然と構えている。黎紀も伯爵のやや前に位置していた。護衛も然ることながら、元医療従事者である彼女にしてみれば、救助にかける思いもある。伯爵の同行に反対しなかったのは、いざとなったら身を盾にする覚悟ゆえだった。
「下に動きはないわねぇ?」
立ったまま覗きこんでいたナレインが首を傾げる。
「雪が、積もっていますね」
穴の底に薄っすらと積もった雪を、夢理が指差した。今の天候は晴れ。とすれば最近できた穴ではないのやもしれない。
「‥‥外れかぁ」
少しすまなそうにする、発見者のイリス。しかし、不用意に近づかなかったのは単独偵察の者としては当然の判断と言える。
「しばらく戸外にいたし、一度戻りましょう〜」
黎紀の提案は、周囲のほっとしたような同意で迎えられた。例え保温が万全であっても、一面の雪景色は心を冷え冷えとさせる。
「では、今度は私が先導いたしますね」
先行偵察は忍びの本領ですから、と立ち上がった夢理は膝の雪を払う。さらさらとした粉雪はあっさりと風に舞った。
「戻られたようですね」
調理の傍ら、敵襲を警戒していたトリストラムが、仲間達の帰還に頬を緩める。
「お帰りなさい! 温かいお茶とトリスさんのお料理が待ってますよっ!」
「ありがとうございます。生き返る心地です」
入り口で出迎える南雲の声に、ソラがほっと息を吐いた。動きにくい防寒具を脱いで、暖かい機内でくつろいだ所に、通信が鳴る。さっと手に取った伯爵が向こうの声にしばし耳を傾け、ゆっくりと微笑を浮かべた。
「どうやら、ラナン女史は無事に救助されたようだ」
現地から向かっていた傭兵達の手によって再確保された女史は、幸いな事に生命に別条は無いという。
「それは良かったですね〜」
黎紀が言う横で、実は生身での作戦参加がはじめてだったという瑠璃が肩の力を抜いていた。
「‥‥せっかく、あたしの必殺『瑠璃色の弾丸』の出番だと思ったのになぁ」
残念そうに言う少女は、鼻をくすぐる芳しい匂いにハッと振り向く。
「本日ご用意致しましたのは、ボルシチとパンプシュキ、ピロシキです。お好みで黒胡椒をお使い下さい」
トリストラムがテーブルの上に手際よく料理をよそっていた。
「飲み物は斑鳩さんがご用意して下さいましたよ」
トリストラムにそういわれて胸を張る南雲に、伯爵が優雅に会釈する。
「では、彼らの骨折りを台無しにせぬ為に、そして何より我々の健康の為に。ここでしばし休息を取ってからタシーラクへ飛ぶ事にしようか」
青年の申し出には、異論は出るはずもなかった。少しばかり到着が遅れようとも、どうせ伯爵だし問題はあるまい。‥‥と、思ったかどうかまでは知らないが。
そう、確かに問題にはならなかった。だって伯爵だし。