タイトル:【収穫祭】シャルウィ‥マスター:紀藤トキ

シナリオ形態: イベント
難易度: 普通
参加人数: 60 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2008/11/07 08:39

●オープニング本文


「何か提案がある、という事だが‥‥。生徒の自主性は重視したい。座りたまえ」
 カンパネラ学園の理事室へ入ったカプロイア伯爵は、その30分後には生徒会長の龍堂院聖那の訪問を受けていた。今回の伯爵の訪問理由は、カンパネラの講堂を私用で半日ほど借りたいと言う申請のためだったが、彼女はどうやらその理由も知っているようだ。
「本校の講堂を借り切り、外部の方もお招きして舞踏会を主催されるとお聞きしました」
「耳が早いね。フフフ、さすがに学園切っての才媛だ。それとも切れ者と噂の副会長君の手腕かな?」
 伯爵の言葉には微笑だけを返した少女。しばしの会話の後、伯爵は顎に手を当てて頷く。
「ふむ。確かに君の言う事には一理あるね」
 聖那の危惧は、趣味に糸目をつけぬ伯爵の主催する舞踏会だと、あまりにも本格的過ぎて傭兵のごく一部しか楽しめぬ物になる、という点だった。万事におおらかな伯爵は『気にせずに来てくれたまえ』と考えていたようだが、誰もが彼のような性格ではないのだ。
「‥‥では?」
「それで行こう。その方が面白そうだ」
 小首を傾げる聖那へ、伯爵は大きく頷いた。2人の間には、彼女の持ってきた書類が置いてある。その表紙には、『ダンス競技会の提案』と記されていた。

----

「‥‥出場資格は、男女問わずのペア。衣装は自前でも良いし貸与も可能ですってよ」
 学生から傭兵、さらには軍人まで。大勢の人間が目にする場所に、その掲示はされていた。つまり、本部棟である。
「当日の運営は学生主体のボランティアによります。外部の方でも当日の手助けは大歓迎‥‥、か」
 要綱を熟読するに、生演奏の予定はないようだが学内の有志が手を挙げるかもしれない。外部からの手も加われば、豪華な楽団になるやも。その他の当日運営も相当なレベルで丸投げに見える。仕切りも随分と大変になりそうだ。
「参加者多数の場合は予選を行い、上位組で本戦の流れになるんだって。毎回の採点は観客が行うらしいわね」
 観客の審査と言うのもおそらくは番号札を掲げる形式であろう。‥‥野鳥に詳しい経歴の持ち主は歓迎される事間違いない。
「っても見に行くだけだと詰まらんなぁ。あ、一応飲み食いできるのか」
 講堂の前のステージはダンスフロアになっているが、観客はそれを見ながら立食形式で飲み食いできるようだ。当然、費用は伯爵持ちなので無料。収穫祭の締めゆえだろうが、粋な計らいではある。
『盛大に、そして美しく。今年の収穫祭を締めくくろうではないか。カプロイア』
 主催の伯爵からの一言の下には、僅かながらも賞金額が記載されていた。1位には10万Cr、2位には6万、3位3万ほか、参加人数によっては特別賞も数組選ばれる可能性があるらしい。審査員はプロではなく、ただの観客。ひょっとしたら受けを狙っても上位入賞できるかもしれない。
「改造費の足しになるか? ‥‥って来週かよ! 相手探しから始めてたら間に合わん」
「フ‥‥、見ず知らずの相手だが、お前とは縁があったようだな、兄弟」
 そんな悲しい2人とか。
「綺麗な衣装でワルツとか、素敵よねー」
「あ、ああ‥‥。でもルンバも良くないか?」
 順当にそんな恋人同士とか。あるいは友達同士など。様々なペアが様々な目的でエントリーを開始した。戦いの日は、近い。

●参加者一覧

/ 柚井 ソラ(ga0187) / 雪野 氷冥(ga0216) / 神無月 紫翠(ga0243) / 鏑木 硯(ga0280) / 榊 兵衛(ga0388) / セシリア・D・篠畑(ga0475) / ナレイン・フェルド(ga0506) / クラリッサ・メディスン(ga0853) / 鷹代 朋(ga1602) / 篠原 悠(ga1826) / シャロン・エイヴァリー(ga1843) / 国谷 真彼(ga2331) / 叢雲(ga2494) / 緋室 神音(ga3576) / 南雲 莞爾(ga4272) / UNKNOWN(ga4276) / 雨霧 零(ga4508) / 冥姫=虚鐘=黒呂亜守(ga4859) / 夜柴 歩(ga6172) / ラシード・アル・ラハル(ga6190) / リュス・リクス・リニク(ga6209) / グリク・フィルドライン(ga6256) / 鐘依 透(ga6282) / クラウディア・マリウス(ga6559) / ヴァシュカ(ga7064) / 周防 誠(ga7131) / 不知火真琴(ga7201) / サヴィーネ=シュルツ(ga7445) / 百地・悠季(ga8270) / ヴァレス・デュノフガリオ(ga8280) / レティ・クリムゾン(ga8679) / 紅 アリカ(ga8708) / 淡雪(ga9694) / 天(ga9852) / ジェイ・ガーランド(ga9899) / 神撫(gb0167) / エドワード・リトヴァク(gb0542) / 烏谷・小町(gb0765) / 武藤 煉(gb1042) / 鹿嶋 悠(gb1333) / カララク(gb1394) / 真白(gb1648) / 二条 更紗(gb1862) / イリス(gb1877) / 山崎・恵太郎(gb1902) / 美空(gb1906) / ヨグ=ニグラス(gb1949) / 嵐 一人(gb1968) / シルバーラッシュ(gb1998) / 釧(gb2256) / 翡焔・東雲(gb2615) / 鯨井レム(gb2666) / 依神 隼瀬(gb2747) / 斑鳩・南雲(gb2816) / 美環 響(gb2863) / 鳳覚羅(gb3095) / 櫂(gb3162) / 貝依(gb3165) / 水無月 霧香(gb3438) / フェリックス(gb3577

●リプレイ本文

●1
 予想を超える盛況ぶりに、予選は様々な曲が順番に演奏されていき、誰でも好きなだけ踊って構わないという形式となった。予選が終わった時点で投票結果を集計し、上位6組が決勝に進出する。
「賑やかに皆で踊れる予選。そして競技の華である本戦、という形だね」
 予選の間、たっぷり楽しもうと思うペアもいれば、優勝狙いで本戦に照準を合わせるペアもいるだろう。そんな中、催し自体を知らない参加者もいた。
「‥‥だんす?」
 知り合いのヨグの後を追いかけてみたら、辿り着いた講堂。よくわからない内に参加手続きまで済ませてしまった美空の隣を、軍服姿の篠畑が通り過ぎていく。
「軍学校と聞いてたんだが、随分面白い事やってるんだなぁ」
 先だっての戦闘で怪我を負い、その検査の為にLHへ戻った篠畑がこんな場所に足を伸ばしたのは他でもない。以前の上官の娘が、ドラグーンとして通っていると聞いての事だった。

「ひろ――い。‥‥私だけなら迷っているところでしたっ」
 無邪気に笑っていた淡雪が、ふと自分の胸元辺りを見下ろす。白基調に薄桃でアクセントを入れた清楚なドレスに、背中の編み上げが少しだけ色気を添えていた。
「もうちょっと濃い色のほうが映えたかなぁ?」
 少女らしい悩みを口にする淡雪の髪へ、櫂がそっとコサージュをつける。
「お綺麗ですよ♪」
 嬉しそうに笑い返す少女と、櫂は場内へ。舞台では既に何組もが踊っている。疲れたり喉が渇いて下がるペアあり、新たに踊りだすペアもあり。
「とても戦争中とは思えない光景だね。まるで御伽話の中に飛び込んだ様な気分だよ」
 そんな事を呟きながら、踊りの輪を見ていたフェリックスに、白いドレスのイリスが声をかける。
「よかったら私と踊っていただけないでしょうか?」
「‥‥僕と? 僕でよいなら、喜んで」
 少し古風とはいえダンスの心得もあるフェリックスは優雅に腰を折り、イリスの手を取った。

 ドレスに袖を通し、嬉しそうに向かってきたヴァシュカを、出迎える誠。少女が着ているのは、青年が選んで贈った衣装だった。
「‥‥よく、似合ってますよ」
 誠の台詞が一瞬遅れた理由には気付かず、ヴァシュカは頬を染めて俯く。女性の衣装に目を奪われるペアは他にも大勢いた。
「何か、おかしいかしら? 莞爾」
 首を傾げる神音の衣装は、見慣れた紺よりも明るい青。
「‥・・いや。新鮮で、驚いたよ」
 長い髪をポニテ風に纏めた少女は、普段の凛とした風情はそのままに、より快活に見える。服装からは清楚さを感じ、そしてうなじに漂う色香にドキリとして。
「来てくれて、ありがとう。‥‥感謝する」
 いつも以外の顔を見せる相手に、自分を選んでくれたことへの感謝も込めて、青年はうやうやしく少女の手を取る。

●2
「似合う、か‥‥」
 短い冥姫の問いかけに、カララクは即答できなかった。和装を主体にした紺のドレスは、露出こそ低めだがしっとりとした印象で、彼女にはよく似合う。頭には、カララクが贈った簪が挿されていた。今一度促されて、青年はようやく口を開く。
「‥‥ん、ああ‥‥。とても綺麗だ」
「そうか‥‥よかった‥‥」
 ほっと息をつく冥姫。言葉が出なかった理由も理解しつつ、それでも言葉にして欲しい女心を垣間見せる。
「さて、いこうか‥‥カララク」
 壇上へ向かう2人に気負いは無い。勝利ではなく、大切な人と過ごす幸せこそに意義を見出していたから。

「ちゃんと見てて下さいね!」
 手を振るソラの視線の先、真彼が穏やかな微笑を浮かべている。安心したように笑ってから、少年はパートナーのクラウへと向き直った。
「お手をどうぞ。かわいいお姫様」
「うふふ、よろしくお願いしますね。素敵な王子様」
 お辞儀をかわす2人を遠目に見ていたエレンの前に、UNKNOWNがすっと降り立つ。
「――よく来た、な。今宵の姫君」
「お誘い頂いたから、ね。フフ、今宵の姫君‥‥、か」
 UNKNOWNを好きになった人は、毎晩誰が相手か心配になるのだろう、などと笑うエレンの髪に、UNKNOWNがそっと手を当てた。
「忘れ物だ」
 髪を下ろしたエレンに、小さなコサージュはよく似合う。
「‥‥Shall we dance?」
「フフ、そんな風に誘われたら断れないわよ、女の子だもの」
 一礼した男に、エレンもドレスの裾をつまんで軽く膝を折る。子供の頃に踊ったきりだけど、と言うエレンをUNKNOWNは自信に満ちた手で舞台へと導いた。

「う‥‥出撃前より、緊張する‥‥」
 黒の半ズボン、燕尾服姿のラシードは、髪を解き、可愛らしい黒のドレスを纏った歩の手をきゅっと握る。
「ら、ラスよ‥‥足を踏んでしまったら、済まぬな‥‥?」
 そんな事を言う歩の横を、白のドレスのエレンが通り過ぎて行った。
「頑張ってね、2人とも」
「‥‥あれ? エレン?」
 見慣れぬ様相の知り合いに、ラシードは目をぱちくりさせる。そんな少年達の周囲に、ふわっと花の香りが広がった。
「‥‥落ち着きました? 花の香りって心落ち着くんですよ〜」
 そう言って笑うヴァシュカ。さっきのやり取りでドキドキしていた彼女と誠の鼓動も、少し収まったようだ。

●3
「まったく以て、俺の柄ではないが‥‥」
 照れた顔を仮面の向こうに隠して、兵衛が苦笑する。パートナーのクラリッサは愛する不器用な武人にそっと寄り添った。
「こんな機会はそうそうある訳ではありませんし、ヒョウエとダンスを踊れるのも楽しみの一つですから」
「クラリッサがそれほどに楽しみにしているのなら‥‥」
 だがそんなに期待しないでくれよ、と苦笑しつつ兵衛はクラリッサの手を引く。
「別に、お互いにプロと言う訳でもありませんし、楽しんだ者勝ちですわ」
 その基準であるならば、2人は既に勝ち組だった。艶やかな緋色のドレスと質実な印象の黒燕尾は、ゆっくりと足を進めるだけで目を引く存在感がある。

 次に舞台に上がったペアは、揃いの薄緑の衣装に身を包んだ朋と小町だ。
「それじゃ、よろしゅーになー、朋」
「今日は、よろしく」
 短く答えた朋は、少し緊張した感じだった。リードはどうしようか、失敗しないように、などと色々考えると固くなるのが男の子。そんな朋に小町が普段どおりに笑い返す。
「参加する事に意義がある、っちゅう感じで。がんばろか」
 優雅さよりも、まずは踊りきる事。マラソンのような目標を真顔で言う小町に、朋の緊張が薄れた。やれるだけの事はしたのだから、結果は気にせずに楽しもうというのが小町のスタイルだ。

「いただいたドレスでおめかししてみました。‥‥カズト、似合いますか?」
 薄くルージュを引いた唇から、そんな言葉が漏れる。肩口は白に近く、足元へ向かうに連れて青が濃くなるドレスは、一人が見繕ったものだった。当然、相手が着る姿を想像して探したのである、が。
「‥‥あ? ああ、悪くない、な‥‥」
 跳ね上がった鼓動を誤魔化すように、一人は横を向いて答えた。そんな少年の正面へわざわざ回りこんで、更紗が念を押す。
「恥ずかしがったりせず、確りリードして下さいよ? 基本はおさえましたが、実戦は初めてですから」
 からかい半分、そしてほんの少しの不安な本音を垣間見て、一人は更紗の手を取る。
「‥‥こっちもビギナーだ、あんまり期待するなよ」
 今度は目線を逸らさぬ少年に、少女はクスリと微笑んだ。

「お上手ですねっ」
 楽しそうな笑顔のクラウ、楽しそうな笑顔のソラ。
「‥‥っ」
 不意に。最愛の妹の笑顔が思い出されて、真彼は眼を閉じた。幼馴染と踊っていた彼女も楽しそうな笑顔で、そしてその笑顔は今は無い。何も出来なかった無力な自分の目の前で、それは永遠に失われたのだから。
「気分が悪くなりました、医務室へ行きます」
 誰にとも無く、告げて。青年は蒼白に変じた顔を手で隠すように、背を向ける。笑顔で踊るソラの視界に、その姿は入っていなかった。
「‥‥真彼さん?」
 UNKNOWNの手に支えられて、ターンの瞬間、エレンの目に見慣れた白衣が映る。尋常でない様子の、背中。一瞬だけ見えた光景は、すぐに他の踊り手に遮られた。

●4
「演舞なら良くやるけど社交ダンスは勝手が違うわね‥‥あ」
 神音のヒールが莞爾のつま先を直撃した。慣れぬ踊り手は、思い出と痛みを主に男性側へと刻んで行く。隣では、小さなペアがやはり同様の悲劇を見せていた。
「えーっと‥‥ワン、ツー‥‥わわわっ」
「大丈夫‥‥、ゆっくり、ゆっくり」
 微笑むラシードに勇気付けられて、歩は再び踊りだす。
「〜♪、〜♪、〜♪ Tempo di Valseです、ワルツのテンポですよ、周防さん」
 音楽を嗜むヴァシュカは小声で誠にアシストしていた。エスコートするのは男性の役目ならば、要所でそっと補助するのは女性の心遣い。2人の息を合わせて、ダンスは続いていく。

「むぅ‥‥難しい‥‥大丈夫‥‥かな」
 少し不安げな様子のリニクの頭を、グリクがそっと撫でる。少女の頭にはグリクの手になる髪飾りが差してあった。鈴蘭の意匠の、グリクの手作りの心遣い。鈴蘭の花言葉は、『幸福の再来』だと言い添えたグリクの意図まで、リニクに伝わったかどうかはわからないけれど。
「‥‥楽しく‥‥踊ろう、フィル」
「任せてください、私の大切なお姫様」
 嬉しそうに手を頭にやって微笑む少女に、触れられる場所。そこに自分がいられることが、グリクは嬉しかった。

「赤い和服、すごい似合いますね。とてもきれいですよ」
「‥‥言われなれないから、少し居心地が悪い、かな」
 神撫の賞賛に、隼瀬は照れくさそうに頬を掻いた。普段は男のような言動だが、今日は少し可愛らしく、と決めてきた彼女の口調は少しぎこちない。
「今日は、よろしく」
「ええ、リードは任せてください」
 彼女に合わせて黒の和服で決めてきた神撫と隼瀬のペアが踊りに加わると、珍しい衣装が目を引く。雅を念頭に踊りだせば、隼瀬は神楽で培ったリズム感で神撫のリードにすんなりとついてきた。

 そんな2人よりは少しゆったりと一人と更紗も踊っている。ゆったりという事は事故もなく、更紗にしてみれば少しつまらない。
「御免なさい、慣れなくて」
「‥‥すっ転ばないよう気をつけろよ」
 軽く足を踏んでみたくらいでは、動じた素振りを見せぬ少年に、少女の悪戯心が加熱する。
「バランス崩しちゃった♪」
 等と言いながら、しなだれかかり。ついでに胸をきゅっと押し付けて見る。押し付けているのが判らないほど薄い、かもしれないが少年にとっては十分な圧力で。相手の硬直を確認してから、そっと見上げる更紗。
「少しドキッとしたりしましたか?」
「しし、しない! 全然しない!!」
 一人の反応に、更紗は満足したように微笑んだ。

●5
 踊りながら、チラチラと観客席へ目が行く。どうしてなのか、自分でもわからない。走り去る真彼の姿が、エレンの意識の隅から消えなかった。足がもつれ、パートナーの腕に縋ること数度。UNKNOWNがそっと、ホールドしていた手を離す。気がつくと、舞台の袖に辿り着いていた。
「今宵は、ここまでのようだね」
 全てわかっている、というような微笑。
「‥‥ごめん、なさい」
 俯き加減で、エレンは髪留めを外し、そっと青年へと差し出した。
「謝る事は無い。行くといい」
 UNKNOWNは微笑を崩さずに、頷く。男へ頭を下げ、エレンは出口へと走り出した。
「‥‥良いワインをくれるかな? 少し苦いのがいい、か」
 黒衣の青年の注文に、飲み物のコーナーでグラスを磨いていた鹿嶋が頷く。UNKNOWNは、会場から出て行くエレンの後姿に軽く杯を掲げた。

 ワインレッドのシャツに蒼のスーツ、オールバック。ピシリと決めた天と、普段通りの透の2人が会場を行く。
「‥‥あ、セシリアさんに、加奈さん」
 赤と青、揃いのネックレスの2人に手を上げる透。軽く頭を下げるセシリアと、裾をつまんでお辞儀などしてくる加奈と、2人とも白のドレス姿だ。
「少し、喉が渇いたから。飲み物を取ってきます」
 周囲にリクエストなど聞いてから、テーブルへ向かう加奈。そんな彼女とちょうど入れ違うタイミングで篠畑が姿を現す。
「よ、お揃いだな?」
「‥‥こんにちは。あれから、‥‥如何ですか?」
 怪我の具合を案ずるセシリアには答えず、篠畑は首を傾げた。
「そんな格好って事は、セシリアもこれに出るのか?」
 頑張れよ、などと言う篠畑へ、少女はほんの少し俯く。
「‥‥あの‥‥宜しければ1曲‥‥ご一緒‥‥しませんか」
 篠畑が固まった。
「え? こんな格好だし、な」
 軍服は一応礼装になるが、皺だらけだ。
「‥‥服は借りれる、みたいですよ」
 そう口にした透へ、天が気遣わしげに目を向けた。
「いや、でもダンスとか踊った事は無いぞ、俺」
 誘う側も、そんなことは予想済みだ。
「‥‥駄目‥‥ですか‥‥?」
 篠畑を、小首をかしげて見上げるセシリア。
「あー、その。じゃあ、少しだけ、な」
 青年は観念したように鼻の横を掻いた。離れた所で見ていた真琴が、嬉しそうに笑う。

●6
「今日は誘ってくれてありがとうございます。楽しみましょうね」
「エドワード君と初デートですね♪」
 ニコリと微笑む貝依は、普段よりも大人びていた。薄紫を基調に、すらっとしたドレス姿は色気すら感じる。
「えへへ‥‥ちょっと頑張っておめかししてみました‥‥どうでしょうか‥‥?」
「とても良く、似合ってると思いますよ」
 少女の精一杯の背伸びに、エドワードも微笑みながら答えた。照れながらも目を逸らさずに、貝依がそっと両手を差し出す。
「これ、改めてお返しいたしますね」
 2人が最初に会ったときの、想い出のハンカチ。小さく刺繍で2人の名を入れたそれを、彼に返そうと貝依は決めていた。2人の絆として。

 青のロングコートを翻し、グリクはドレスの少女と踊っていた。
「‥‥楽しい、ね‥‥!」
 背丈の差は気遣いで埋めて、掬い上げるようにターン。ステップも、常にリニクの先を行く。技量を見れば完璧ではないけれど、パートナーを守る為の巧みなリードだ。
「ダンスなんて久しぶりだからうまく踊れるかわからないけど、俺もちゃんとエスコートしますね?」
 す、と伸ばした少女の手を、エドワードが取る。

 講堂の裏手では。
「だ、だから、こう‥‥で、こう、こう、だろ?」
 直前まで練習に余念の無い煉に、楽しげに稽古をつけるヴァレス。最初に比べれば随分ましになったとはいえ、煉の動きはまだ洗練とは縁遠いがそれが彼らしさだろう。
「楽しんでこい♪」
 サヴィーネの元へと背を押してから、ヴァレスは天と透に手を上げた。
「よ。2人とも、飲むかい?」
「いや、すまん。待ち人が来たようだ」
 天の視線の先には、青空のようなドレスを纏った釧。
「よくきてくれた。‥‥うん、綺麗だ」
 言いながら、天は手製のぬいぐるみを手渡す。目を瞬きながら、少女はプレゼントを受け取った。
「踊るのは久しぶりだが、僭越ながらエスコートさせて貰うよ」
「天さん、がんば‥‥」
 2人を見送り、天から貰った煙草を手にする透。
「‥‥ぅげほっげほっ‥‥なにっ‥‥これ‥‥」
 なれない煙草に咳き込み、夜空を見上げる。少年の目元には、涙が薄く滲んでいた。

●7
「123‥‥123、焦らないで、前を見て自分のペースでね」
「はいですっ」
 エントリーした中で一番の身長差。一生懸命のヨグを、ナレインは微笑んで見守る。青いパジチョゴリのヨグと薄青系のチマチョゴリのナレインの衣装は、バラの刺繍がお揃いだ。
「‥‥ヨグ君はどこなのでありますか〜? って、ええっ!?」
 舞台で頑張る少年がエスコートする相手は、目の醒める様な年上の『美女』。思わずがびーん、としてしまった美空だが、右へ左へと頑張る友達に、思わず拍手と笑顔がこぼれる。
「ヨグ君、頑張るのでありますよ! そこでターンであります! 右であります!」
「‥‥お友達が、踊ってるんですか?」
 飲み物を載せたトレイを手に、加奈がそう尋ねた。嬉しそうに少年を指差す美空。少し間があってから、加奈はにっこり微笑んだ。
「そうね。せっかくだし、友達は応援しないと‥‥、よね!」
 頑張れ、と舞台へ小さく声を投げてから、加奈は客席へと向かう。入れ違いに、今度は翡翠を誘ったイリスが踊りの中へ。
「‥‥それでは‥‥短い間ですが‥‥よろしくお願いします」
「こちらこそっ」
 若干息が上がりつつも、壁際で所在無げな人を見逃さないのがイリスのルールのようだ。

「いざ行かん、かの戦場へってね」
「楽しく、頑張りましょう」
 片目をつぶった氷冥に、恵太郎も調子よくウインクを返す。流れる曲は、再びしっとりとしたワルツの三拍子へ。予選も後半に入り、会場は随分混みあっていた。
「‥‥っと、すまん」
 自分の事で精一杯らしい篠畑が、早速ぶつかりかけるのを氷冥はさっと回避した。無表情に会釈したセシリアに笑い返して、氷冥は人の海を縫うように進む。
「常に周囲に意識を向けて、回りの動きを予測するの。なかなかにスリリングで楽しくないですか?」
 小さな眼鏡の向こう、恵太郎は目を大きく見開いた。氷冥の域に達するのはまだ難しいようだ。
「‥‥ありがとう、です‥‥」
 曲の切れ目で、セシリアが小さく囁く。
「いや、俺も楽しかったよ。‥‥本当に、な」
 ポン、と少女の腕を叩いてから、篠畑は微笑した。

●8
「もし、よろしければもう1曲、踊りませんか?」
「折角なので、目一杯楽しんじゃおうか」
 軽い食事と飲み物を取っていた神撫と隼瀬も、再び踊りの場へと上がった。彼ら以外にも、幾つものペアが出たり入ったりしている。
「こんにちはや、カプロイア伯爵。こうして話す機会が取れて嬉しいわ」
 小町が気さくに声をかけた相手は、主催の伯爵だった。思ったより簡単に話せるもんだな、と朋が苦笑する。
「伯爵は踊ったりせんの?」
「折角の機会だから、知人をお招きしようとしたのだけれどね。多忙なようで断られてしまったよ」
 小町の野次馬センサーがピンと閃く。誰のことか問い詰めようとした矢先に、側面から元気な大声が飛んできた。
「伯爵さん!」
「おや、南雲嬢、久しぶりだね。息災だったかな?」
 軽く手をあげる伯爵の下へ駆け寄ってから、見上げるような長身に向かって手を伸ばす。
「付き合ってください!」
 ざわっ、とざわめく周囲をよそに、伯爵は鷹揚にその手を取る。どうやら、ダンスの誘いであったらしい。
「舞踏会で、女性に恥をかかせる訳にはいかないね。喜んでお受けしよう」
 当然ながら、流石に伯は見事な踊り手だった。

 予選曲は、やはりワルツが多い。希望が多目だったゆえだが、それだけに他の種目は衆目を引く。例えば、チャチャチャ。
「この格好で良かったッスかね?」
 スリットも艶やかな赤いドレスのサヴィーネの横で、トレードマークのバンダナをまだ少し気にする煉。
「そんなに形式ばった会じゃない。気にするな」
 化粧もあって見違えるほど大人びた雰囲気だったサヴィーネが、口を開く間だけは普段のイメージに戻る。
「どうだい?元気娘な君にはピッタリなダンスだろう?」
 向日葵をイメージしたと言う黄色とオレンジのドレスの南雲を力強くリードしながら、覚羅がニッと笑う。リズムに合わせて体が勝手に踊りだすような元気な動きに、彼は戦闘で培った勘で呼吸を合わせていた。

 陽気なチャチャチャの次は情熱的なタンゴだ。
「さぁ、お手をどうぞ姫様」
 燕尾服を着て微笑む王子役の真白は、少し背の高い響へ微笑む。
「真白さん。今夜はきっと忘れることのできない夜になりますわ」
 長い長い金髪も胸も自前ではないが、ドレスアップした女装の響もなりきった様子だ。
「わたくしのこういう時の勘、外れたことないんですのよ」
 そう囁く響に、真白が頷く。その隣では、ジェイとアリカのペアが舞台へ上がっていた。
「さて、練習の成果、見せ付けるとしようか、アリカ」
「‥‥ええ」
 恋人へ短く応えたアリカのドレスは、内の熱情を示すような赤。経験者らしく、見事なリードを見せるジェイの、身長と技量を生かしての派手な動きへ会場から拍手が起きる。手を叩く中にカララクがいた事には、2人は気付かないようだった。
「‥‥はい」
 料理を前にやや思案していた冥姫が、そっと箸を差し出す。意図を察したカララクが口を開いた。
「美味しい、か?」
「‥‥ん、美味い‥‥」
 なかなか、表情も変わらぬ2人の間にだけ判る、温かい空気。今度は、青年の箸が愛する人へと伸びた。

●9
 一方、再び舞台上。真白と響のペアはやや動きがたどたどしかった。
「あ、ごめんなさい」
「大丈夫ですよ! ちゃんとリードしますから」
 周囲に笑顔を向けつつの、そんなやり取りがあったり。イリスに誘われたヴァレスも途中から舞台へ。イリス的には、学園でやる催しである以上、楽しんでもらうのが生徒の務め、ということらしい。
「では、エスコートさせて頂けますかな、お嬢さん」
 実は痛む怪我をおくびにも見せず、あくまで紳士的に。身長差のあるイリスへ負担へならないようにヴァレスは舞台へ向かう。躍動的な曲調に誘われた覚羅と南雲も、先ほどに引き続いて楽しげに踊っていた。

「舞踏会におしゃれなスイーツ‥‥幸せーっ」
 客席の一角では、踊りの合間に休憩を取っていた淡雪がご満悦だった。お勧めの甘味を見つけたら、櫂へもにこにこと薦める。今日は色々と楽しさを貰ったから、ほんの少しのお返しだ。
「甘いものは焼き芋同様大好きです」
 和やかにくつろいだ少女の笑顔へ、櫂も微笑み返す。その頃、舞台の上では天が覚悟を決めていた。
「‥‥え?」
 握った手にぐっと力が篭り、釧が驚いた所で天は踊りの足を止めた。
「あんたと一緒にいると不思議と落ち着く。それに何度も助けてもらった‥‥」
 そう囁く天達に、氷冥達がぶつかりかける。
「‥‥男の子なんだから、少し踏ん張っててね」
「りょ、了解」
 囁かれた恵太郎が必死のリフトでターン。
「アピール重視のダンスだったから、混沌とするのは予想してたけど‥‥」
 苦笑しながら振り向いた氷冥は、それでも、こんな場所で告白をはじめる天へと内心でエールを送った。LHに来てからの数ヶ月の事を、天は語る。その時間が、何よりも嬉しく、そして幸せだったと。そんな言葉を、釧は俯いたまま聞いていた。
「俺をずっと‥‥あんたの傍にいさせてくれないか? ‥‥好きだ」
 周囲をいくつもの踊り手が舞う中、そこだけ切り取られたように静止する空間。釧がポツリ、と呟く。
「‥‥私は学生の身の上ですし、天の気持ちに応えるには分不相応。ですよ」
 兄のように思っていた相手からの言葉は、嬉しくもあり、驚きでもあって、不快な物では無い。けれど、受け入れるには少し、時間が欲しかった。普段はたどたどしい言葉が、今日ばかりは速い。鼓動の早さにあわせたように。
「それでも、と言ってくれるなら。‥‥私がもう少し、大人になるまで待っててくれますか?」
 見上げながら、何とか口にした言葉。天はいつものように優しく微笑んで、ただ、ありがとう、とだけ囁いた。

●10
 決勝はまず、東雲と零のワルツで幕を開けた。東雲が黒、零が白の燕尾服だ。
「‥‥勝ち残ったペアは、見応えがあるわね」
「ああ。白の方が女性パート、かな」
 アリカの感想に、普段よりも砕けた口調でジェイが頷く。僅差で決勝進出を逃した2人は、舞台を見ながら杯を傾けていた。踊り手は2人とも男装だが、判る物がみれば、足の運びや相手への合わせ方から零が女役であろうと見当がつく。
「ストーリー仕立てか。‥‥ああいうアイデアも面白かったな」
 グレイのスーツをピシリと着こなした男性が、そんな2人に声をかけた。
「おや、どちら様で御座いましたでしょう?」
 問いかけたジェイの横で、アリカが会釈する。
「‥‥俺だ。カララクだ」
 帽子が無いだけで、そこまでイメージが変わるのかと苦笑するカララク。
「見紛うな。私がカララク以外に、添う事はない」
 そんな青年の腕にそっと手を絡めて、冥姫が言った。舞台上では、零がパートナーから離れ、女性用のドレスに装いを改めている。男同士から、男女になった2人の後半は情熱的なパソ・ド・ブレ。秘められた思いが前半のテーマとすれば、今は驚きと喜び。情熱そのままに激しく舞い、零の腰を支えてのけぞらせる。
「‥‥っ」
 会場にどよめきが渡る。近づいた東雲の唇に、下側から零のそれが重なったのだ。驚いて支えの手を滑らせた東雲だったが、零の両手がしっかりと相手に絡んでいた。
「似たような事故は起きる物で御座いますね」
「あれは、事故だったのか?」
 しれっと論評するジェイに、冥姫が首を傾げる。予選にルンバが掛かった折に、ジェイとアリカのペアは熱いキスを交わして周囲の羨望を浴びていた。

 満座の拍手を受けて退場した2人に続いたのは、再び女性同士のペアだ。
「楽しみましょう? 今日のあなたはとても可愛らしい」
 普段と違う役回りにまだ戸惑いが残るレティへ、悠がそっと手を伸べた。
「お姫様。私ともう一曲、一緒に踊って頂けませんか?」
 凛々しくも初々しい王子の手を、やはり少し物慣れない姫が取る。
「‥‥喜んで」
 レティの返答に被さるように、楽の音が流れ出した。
「響さん、姫の相手は王子のほうが良かったのかな?」
 少しだけ心配そうに覗きこむ真白へ、響はにっこりと笑みを返す。
「そんな事はありませんわ、私の騎士さま」
 今宵の宴、響の望みは少しかなった、のだろうか。
「‥‥あ」
「気にしないで、可愛い人」
 レティの慣れぬヒールが足をかすめても、悠は笑顔を崩さずに大切な人をリードする。普段は自分が引っ張ってもらってばかりだから、せめて今だけでも。ダンスの達人と言うわけではない、そのぎこちなさが却って2人を引き立てていた。
「ありがとう。素敵なダンスでした」
 最後の瞬間、耳元にそう囁く悠。
「今日は楽しかったです。お誘いありがとう」
 姫君の雰囲気で微笑むレティに、思わず悠から普段の口調が漏れる。
「‥‥えへへ、レティさん大好きっ」
「魔法が解ける12時は、まだ先だぞ? フフ、もう少し夢を見させてくれ」
 一瞬、笑みを深めてから、レティはそう小さく囁き返した。

●11
 第3組は前の2人と比べてもなお初々しいペアだった。技量や優雅さゆえに、というよりは応援してくれる友人たちの投票で最終選考に残った2人だ。
「もう一曲、お願いします。お姫様」
 予選前の約束は、まだ守られていると信じるソラの声は明るく。
「うふふ、喜んで。王子様」
 軽く膝を曲げて返礼するクラウもにこにこと。予選の時に感じた驚きは安心に変わって、少女は少年のリードへと身を委ねる。
「やっぱり、ああいうダンスで男性が女性を素敵にリードするのは、見てて憧れるよね。お互いを立てる心遣いが素敵と言うか」
 普段はさておき夢見る乙女のような事を呟く真琴に、叢雲が苦笑を浮かべた。
「にしても、少し熱いですね。テラスの方へ出ませんか」
 会場の空調はフル回転だが、やはりこれだけの人数がいると気分的に熱く感じてしまうものだ。
「しょうがないなぁ、叢雲は。柚井さん達を応援し終わったら、つきあってあげるよ」
 そんな会話の間に、少年と少女はステップとターンを幾度もこなしていた。パートナーに楽しんでもらえるよう、一緒に楽しめるようにと願うソラと、自分達の楽しさを観客へも届けと笑顔を振りまくクラウ。くるくるふわふわと舞う2人に、見守る観客もふと気付けば微笑を浮かべていた。

 次のペアは、他組よりも明確に目標を見据えていた。持ち帰るべきは、優勝の二文字のみ。
「ふふ、どうしたシルバー、緊張でもしているのか」
 賞金目当てでエントリーしたレムの軽口に、シルバーラッシュは不敵な笑みで応える。
「主人の前で、無様は見せられん。足を引っ張るなよ、鯨井」
 衣装は互いを引き立てるシンプルな白と黒。身長差も自然な範囲で、舞台中央へ進む足取りもターンも、全ての動きの切れが鋭い。
「ほう、これは本格的で御座いますね」
 ジェイの感心したような声に、同席者も頷く。磨かれた所作は経験者だけではなく、素人目にも綺麗に見えるのが社交ダンスだ。その裏には無論、涙ぐましい日々の努力があるのだろうが、壇上の2人はそれを見せずに踊る。
「‥‥気合入りすぎて‥‥オーラが‥‥見えるようです」
「ふーん。悪くないわね」
 そんな翡翠の評価を耳にしながら、壇上の2人へ壁際の悠季がそう呟いた。
「まだ目が回ってる気がする‥‥」
「色々な踊り方がある物だ。興味深いな。来て良かったよ」
 予選の奮闘で疲れてしまったイリスの隣では、フェリックスが頷いている。自分の参加よりも他者のダンスを見る事に重きを置いていた彼女は、仮面の向こうで満足げな微笑を浮かべていた。
「叢雲君は意地悪だからあんな風に踊るのはとても無理そうだよねぇ」
 テラスで涼みながら、そんなことを言う真琴。
「人を何だと思ってるんですか‥‥。一応、少しは踊れますよ?」
 疑わしげな真琴に、手を伸べて微笑する叢雲。会場の音楽に合わせて、青年は優雅にリードする。曲が終わり、場内から盛大な拍手が漏れる頃。驚いたような真琴に、叢雲が悪戯っぽい微笑みを返していた。

●12
「‥‥ま、楽しくやっていこうぜ? 会場全部、遊び場だと思ってよ」
 にひひ、と笑う煉へサヴィーネが微笑を含んだ視線を向ける。
「それだけでは駄目だぞ、煉。やるからには、勝ちに行く」
 化粧と服装で、普段よりも大人びた雰囲気の少女だったが、その目はいつも通りだった。多分、負けたら修行と称したしごきが待っているのだろう。
「とりあえず、師匠の恥にはならねぇ様にするッスよ。うん」
 咳払いをしてから、煉はサテン生地のシャツの襟を正した。サヴィーネの選んだダンスはパソ・ド・ブレ。激しい動きで、難易度も高い。
「頑張れよ、煉♪」
 客席でヴァレスがグラスを掲げる。一夜漬けどころか当日練習のみの煉が失敗するのは当たり前。そこでつまづかない煉の根性と、観客を十二分に意識したサヴィーネのアピールが、決勝に進んだ原動力だ。
「大したもんだな、あの2人」
「‥‥あ、えと。お疲れ様、です」
 戻ってきた天に、言葉を少し選ぶ透。天の横に俯いた釧が立っている所からすれば、おめでとうでもいいかもしれない。見ている側にも笑いが浮かぶような元気なダンスに、会場から手拍子が起こる。曲の終わりと共に、それは大きな拍手へと代わった。
「恥は掻かせずに済んだッスかね?」
 などと言う煉の首に手を回して、返事代わりに唇を合わせるサヴィーネ。拍手に口笛や歓声が加わった。

 最終組、シャロンと硯の姿を目にした観衆がどよめく。予選から同じ格好だったのだが、初めてしっかりと目にするものもいるのだろう。やられた、などと呟く者もいたかもしれない。猫耳、尻尾つきタキシードの硯と、三角帽子の魔女、シャロン。ハロウィン時期に合わせてコスプレ風衣装を選んでいたのは、上位陣の中では彼らだけとあって随分目立つ。
「これが最後の一幕ね。少し名残惜しいけれど、頑張りましょ♪」
 微笑むシャロンに、頷き返す硯。こっそり覚醒して誤魔化してはいるが、依頼で受けた傷はまだ完治していなかった。気づかれぬようにと願う男と、気づかない素振りで踊る女と。支えて、委ねて、1,2,3。
「俺達も、あんな感じだったのかな」
 小さく、兵衛が呟く。当人同士よりもむしろ周囲の方が先に気付くような、お互いへの優しい思い。ランタンの灯に照らされ、お互いを見つめあった春の夜の事がふと、思い出された。
「わたくしたちの踊りは皆さんにはどう映っていたのでしょうね?」
「‥‥次の機会があったら、もう少し巧く踊れるように努力させて貰うかな。クラリッサに呆れられないように」
 微笑しながらさりげなく、恋人達は次の約束を交わす。
「‥‥硯、確か怪我を‥・・、してた」
 踊り手を見つめながら、ラシードが呟いた。注意してみれば、2人の動きがそれぞれ普段と違うのがわかる。いいなぁ、と素直に思える、そんな空気がそこにはあった。
「どうかしたのかの? ラス」
 食べる手を止めて目を向けてくる歩に、少年はなんでもない、と首を振る。舞台の上の2人のようにスマートじゃ無いけれど、ラシードと歩は怪我をしたら一緒に泣いて、落ち込んだ時も一緒に慰めあえる。それは、とても素敵な関係だった。

●13
「第1回、カンパネラ学園ダンスパーティの優勝者は、シルバーラッシュ、鯨井レムのペアになります。おめでとう」
 僅差での決勝の結果発表は、生徒会長の口から発表された。無言のまま、シルバーラッシュが白い歯を僅かに見せる。
「正々堂々と真っ向から勝負して勝つ。それが僕達のやり方だ」
 レムの昂然たる台詞も、成果を前にすれば決して白々しくは聞こえない。
「お見事で御座いました」
「うん、かっこ良かったわよ」
 見事なダンスを披露した2人に、方々から盛大な拍手と賞賛の声がかけられた。次席、2位に入ったのは、硯・シャロンとソラ・クラウのペアだ。
「よかったですね」
 にこやかに笑う、ソラ。
「‥‥誘ってくれて、ありがとっ。楽しかった」
 少女の目には、競技が終わってからの少年が、どこか少し無理をしているように思えた。どこか切ないソラの笑顔に、上手に応えられただろうか、とクラウは自分に問いかける。
「今日の硯、ちょっとカッコ良かったわよ」
 そんな2人の横を表彰台に向かう途中、シャロンが硯にそっと身を寄せた。
「‥・・え?」
 頬に手を当てた硯が、乙女のように頬を染める。周囲から飛ぶ、口笛と歓声。残り3組は全て3位だった。
「厳正な審査の結果、2位と3位は同着複数だったため、全員を表彰の対象とします」
 そんな発表に続いて、僅差で予選を落選したジェイ・アリカとラシード・歩へ敢闘賞が。パーティを盛り上げたペアが対象の特別賞に天と釧が選ばれた理由は、もはや語るまでも無いだろう。

●14
「みんな集まってぇ〜。マイムマイムやるわよ〜♪」
 もう一組の特別賞、ナレインが大きな声を上げた。
「良かったら、一緒に参加しませんか?」
 恵太郎の誘いに、氷冥が明るく笑って快諾する。ナレインに頼まれたヴァシュカの演奏で、まずは最初のマイムマイム。ちなみに、ヴァイオリンを用意していたイリスは、どこかでは最終兵器とも言われる腕を披露するまでも無く、最初の音を聞いた時点でご遠慮願う方向に。しょうがないから踊る事にしたようだ
「‥‥いい、ですね。こういうのも」
 透の言葉に、頷く加奈とセシリア。篠畑は居心地が少し悪そうだが、いい年した野郎など他に参加しては‥‥。
「んと、伯爵様、チャオですっ。えと、マイムマイム、一緒にどうですか?」
「ふむ、せっかくだ。私も参加させてもらおうか」
 ヨグに手を引かれてしれっと混ざっていた伯爵がマイム最年長のようだ。
「わ、私も参加したいでありますよ、ヨグ君!」
 色々楽しんでいた美空も、最後のお楽しみにはやっぱり参加。少し語調が怪しい理由は内緒だよ。
「私ももちろん参加です!」
「やれやれ、つくづく元気娘だな、君は」
 南雲と覚羅も輪に加わった。
「中学校の林間学校以来だから‥‥、何か懐かしくて」
「え? 何ですか?」
 微笑する隼瀬に、聞き返す神撫。すぐ横の声が聞こえぬ位に全力のマイムマイム青年に、隼瀬は笑みを深くした。
「楽しい、って言ったの!」
 そんな2人の隣では、零に誘われた東雲も照れくさそうに輪へ混ざっている。

 そんな中、ソラを探していたクラウは。
「‥‥ぁ」
 舞台隅で、エレンにしがみつくように身を震わせている彼を見つける。
「知らない間に、国谷さんがいなくなるのは嫌、なんです。‥‥怖くて」
 ダンスを見ている、といった約束を置いて、青年はイベリアへと向かっていた。人々の命が懸かる事件と遊びで、どちらが重いかなど、ソラにも分かっている。ただ、一言も無かったのが悲しいだけで。
「‥‥私もきっと、真彼さんの事、色々知らないのよね」
 呟きながら、少年の背を撫でるエレンの表情も憂いを帯びていた。自分といる間は、ずっと笑顔だった少年の様子を思い出して、クラウの表情が少し翳る。

 演奏者を代わって、更にマイムマイム。小さく別れて、中には高速回転や逆回転など始めるグループも現れたり。
「一息つきましょうか」
 そんな賑やかさを横目に、裏方で動いていた鹿嶋がグラスを1人、傾けていた。
「こうしてると、昔の可愛い叢雲だね」
「私は今も可愛いですよ?」
 懐かしい調べに合わせて、そんな事を言う真琴と叢雲と。
「カズト、行きませんか?」
 更紗の誘いに、しょうがないというポーズで腰を上げる一人。
「響さん、楽しいですね!」
 真白は賑やかさにうきうきと笑う。
「食べた分、しっかり動かないと‥‥。でも、美味しかったですね」
 たっぷり食べた甘い物を思い出しつつ、響もにっこり。
「‥‥ふふ。こういうの、楽しいね‥‥」
「何をのんびりしておる、ラス。今度は逆回転じゃ」
 はしゃいだ様子の歩に、ラシードも笑みを返す。賑やかで楽しいと言うヴァシュカの飾らぬ笑顔に微笑を返しながら、誠も一緒にマイムマイム。
「今日は楽しかったです。ありがとう‥‥」
「ずっと‥‥お慕い申しております」
 エドワードの腕の中で囁く貝依。そっと握った手に力を込めて。舞踏会の夜は更けていく。