タイトル:【AP】過ぎし日への援軍マスター:紀藤トキ

シナリオ形態: イベント
難易度: 普通
参加人数: 123 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2013/04/30 11:20

●オープニング本文


※このシナリオはエイプリルフール・シナリオです。オープニングは架空のものであり、ゲームの世界観に一切影響を与えません。

●2013年4月1日・大西洋
 飛行空母ブリュンヒルデIIIの処女航海は順調だった。
「傭兵さんのKV隊から連絡なの。前方に敵影なし、ただし雲深し、以上なの」
 白瀬留美少尉の報告に、艦長席のマウル・ロペル中佐は頷きを返す。周囲には単独艦の護衛と言うには大げさに過ぎる数のKVが展開していた。地球上に残留し、去就を明らかにしていないバグアやそのシンパへの示威行為の一環だ。低空を飛ぶ白い艦影は優美ではあるが、兵器特有の威圧感を示していた。
「雲っていうか、霧みたいなの。迂回するなら早めに決めたほうがよさそうなの」
「‥‥まあ、雲なら問題ないわ。直進しましょう」
 ラストホープを発したブリュンヒルデIIIは、フロリダの旧メトロポリタンXへ向かっている。昨年の奪還作戦の後、復興は急ピッチで進んでいるらしい。もう少し飛べば彼方にその姿を望めると思っていたマウルは、少しの落胆を表情に出しつつ、窓の外を見た。うっすらと靄がかかり、空と海とで青かった景色を次第に白に染めていく。
「そういえば白瀬。この辺りが昔、なんて言われてたか知ってる?」
「アスレードとかが根城にしてたらしいけど、名前は知らないの」
 少し考えてから首を振った留美に、マウルは難しい顔をして言う。
「もっと古い名前よ。バミューダトライアングル。魔の海ってね。昔に難破した船や行方不明になった航空機がたくさんあったらしいわ」
 窓の外を埋めていた霧が晴れる。と、同時にけたたましい警報音が鳴り響いた。

●2006年10月9日・メトロポリタンX防衛ライン
「一般市民の避難は?」
「6割程度です‥‥!」
 片腕を吊った兵士の返答に、ハインリッヒ・ブラット少将は視線を落とした。予想よりも、幾分少ない。
「‥‥残りの市民の収容を待てば、全滅する。滑走路上の輸送機を発進させろ」
「はっ。少将は?」
 ブラットは後方のセンタータワーを見上げた。未来都市と喧伝されたメトロポリタンXの中央に聳える白亜の塔。難攻不落と言われたこの街が、まさか侵略者に屈する日がこようとは、誰が考えたろうか。視線を返せば、地平を埋める巨大な影が見える。直径10kmの巨大母艦は、絶望的な抵抗を続けるUPC空軍の攻撃を意に介さずにゆっくりと迫っていた。
「ギガワームの到着まで、もう少し有るはずだ。センタータワーに逃げ込んだ市民を保護する。空いているヘリを屋上へ回せ」
 遠くで砲声が聞こえる。あえて死地に留まった戦車部隊が、キメラに対抗しているのだろう。彼らの稼ぐ一分、一秒を無駄にするわけにはいかない。悲壮な表情で通信機に向かった兵士が、眉を顰めた。
『巨大な白い鳥のような‥‥200m、いや300m近くある巨人機が‥‥おお、神よ』
『見たことも無い戦闘機の群れだ。識別信号は友軍! 天の使いか? いや、この際、悪魔でもいい!』
 興奮した口調で、矢継ぎ早に飛び込んでくる報告。それはいずれも、未知の援軍の到来を告げていた。

●同日・ギガワーム
「ふん。猿どもめ、悪あがきをしおる。この都市を守るための秘密兵器という訳か」
 ディエア・ブライトン博士は不快感を露わにしていた。文明レベルがさして高い訳ではないこの惑星が、何を繰り出してきた所でバグアのヘルメットワームが遅れを取る筈がない。しかし、目の前で起きている光景は彼の予想だにしなかったものだった。展開した布陣の一角を、人間が打ち破りつつあるのだ。
「‥‥。いいだろう、奴らに絶望を与えてやろう。エミタよ」
「はい、ブライトン博士」
 それまで動きを見えていなかった漆黒の機体が、滑るように動き出す。ブライトンの作り上げた機体は、その名をシェイドと言った。操るのは、つい先日まで人類側のエースとして勇名を馳せたエミタ・スチムソンの身体を持つバグアだ。
「艦載部隊を全機出せ。空を埋め尽くす恐怖を見て、我らに抵抗した自らの浅慮を後悔するがいい」
 ブライトンの声に応じて、ギガワームから無数の無人ヘルメットワームが出撃していく。ブライトンはこの時、バグアの勝利を微塵も疑ってはいなかった。

●同日・ブリュンヒルデIII
「状況は把握したわ。要するに、ここは7年前なのね?」
「正確には2006年10月の9日。データからして、間違いないの」
 言葉を交わす間にも、KV隊から報告が上がってくる。俄かには信じられずとも、視界を埋め尽くすようなバグアの大群と、最大級のギガワームの姿を見れば、この状況が異常である事は理解できた。
『友軍より、救援要請。‥‥友軍、だよな? ブリュンヒルデ、指示を』
『敵性のバグアと確認、交戦を開始する!』
「アンチジャミング開始、砲門は各個に射撃を開始しなさい。それとG5弾頭の発射準備を」
 とまどったような前線からの要請に、マウルは決断する。
「‥‥タイムパラドックスが本当に実在するか、とても興味深い所なの」
 白い翼が、そしてKVがギガワームの巨体を目指して進みだした。

●参加者一覧

/ ロッテ・ヴァステル(ga0066) / 幸臼・小鳥(ga0067) / 相沢 仁奈(ga0099) / 里見・さやか(ga0153) / 鋼 蒼志(ga0165) / 白鐘剣一郎(ga0184) / 煉条トヲイ(ga0236) / 鏑木 硯(ga0280) / 榊 兵衛(ga0388) / 御坂 美緒(ga0466) / セシリア・D・篠畑(ga0475) / 鯨井昼寝(ga0488) / 霞澄 セラフィエル(ga0495) / ケイ・リヒャルト(ga0598) / クラリッサ・メディスン(ga0853) / 鯨井起太(ga0984) / 須佐 武流(ga1461) / 鷹代 由稀(ga1601) / 月影・透夜(ga1806) / シャロン・エイヴァリー(ga1843) / 新居・やすかず(ga1891) / 西島 百白(ga2123) / 叢雲(ga2494) / 伊藤 毅(ga2610) / 漸 王零(ga2930) / 刃金 仁(ga3052) / 愛輝(ga3159) / ゴールドラッシュ(ga3170) / 潮彩 ろまん(ga3425) / 忌咲(ga3867) / 夕風 悠(ga3948) / 遠石 一千風(ga3970) / 百瀬 香澄(ga4089) / キョーコ・クルック(ga4770) / ファルル・キーリア(ga4815) / 守原クリア(ga4864) / クラーク・エアハルト(ga4961) / アルヴァイム(ga5051) / 勇姫 凛(ga5063) / 瑞浪 時雨(ga5130) / ハンナ・ルーベンス(ga5138) / リゼット・ランドルフ(ga5171) / 月神陽子(ga5549) / ゲシュペンスト(ga5579) / シーヴ・王(ga5638) / 緋沼 京夜(ga6138) / 藍紗・バーウェン(ga6141) / ラシード・アル・ラハル(ga6190) / フォル=アヴィン(ga6258) / 鐘依 透(ga6282) / 秋月 祐介(ga6378) / アンジェリナ・ルヴァン(ga6940) / カーラ・ルデリア(ga7022) / 周防 誠(ga7131) / 飯島 修司(ga7951) / 夜十字・信人(ga8235) / 錦織・長郎(ga8268) / ルナフィリア・天剣(ga8313) / 守原有希(ga8582) / エメラルド・イーグル(ga8650) / 椎野 のぞみ(ga8736) / ユーリ・ヴェルトライゼン(ga8751) / 時枝・悠(ga8810) / 来栖 祐輝(ga8839) / 狭間 久志(ga9021) / 三枝 雄二(ga9107) / 白虎(ga9191) / 神撫(gb0167) / 憐(gb0172) / 水円・一(gb0495) / 桐生 水面(gb0679) / 鹿嶋 悠(gb1333) / ガーネット=クロウ(gb1717) / 赤崎羽矢子(gb2140) / シエル・ヴィッテ(gb2160) / 嘉雅土(gb2174) / ヴェロニク・ヴァルタン(gb2488) / 狐月 銀子(gb2552) / 常 雲雁(gb3000) / 鳳覚羅(gb3095) / エルファブラ・A・A(gb3451) / 椎野 こだま(gb4181) / 鷲羽・栗花落(gb4249) / リュウナ・セルフィン(gb4746) / ハミル・ジャウザール(gb4773) / アルジェ(gb4812) / 東青 龍牙(gb5019) / ヤナギ・エリューナク(gb5107) / ルノア・アラバスター(gb5133) / 孫六 兼元(gb5331) / フェイト・グラスベル(gb5417) / 天原大地(gb5927) / カタリーナ・フィリオ(gb6086) / フローラ・シュトリエ(gb6204) / クレミア・ストレイカー(gb7450) / 神楽 菖蒲(gb8448) / 館山 西土朗(gb8573) / 不破 霞(gb8820) / 夢守 ルキア(gb9436) / 綾河 零音(gb9784) / 希崎 十夜(gb9800) / 湊 獅子鷹(gc0233) / 色素 薄芽(gc0459) / 神棟星嵐(gc1022) / 姫川桜乃(gc1374) / 御鑑 藍(gc1485) / ラナ・ヴェクサー(gc1748) / オルカ・スパイホップ(gc1882) / レインウォーカー(gc2524) / ユウ・ターナー(gc2715) / レオーネ・スキュータム(gc3244) / ヨハン・クルーゲ(gc3635) / アリシア・トリーズン(gc3897) / ミリハナク(gc4008) / ヘイル(gc4085) / 鳳 勇(gc4096) / 那月 ケイ(gc4469) / リック・オルコット(gc4548) / BLADE(gc6335) / ミシェル・オーリオ(gc6415) / クリスティン・ノール(gc6632) / 村雨 紫狼(gc7632) / クローカ・ルイシコフ(gc7747

●リプレイ本文

●未来からの援軍
 彼らが状況を確認しつつあった時、メトロポリタンX周辺での戦端は既に開かれていた。実際の接触よりも早く、交戦している二つの集団の情報が収集されていく。メトロポリタンXに対し、アフリカ方面から飛来したと思しきバグアは東方から攻め込む形になっていた。ブリュンヒルデの現在位置は同市の南方。そのいずれへ向かう事も可能な位置だ。
「CDC、旧NATO規格の通信プロトコルを探知、電算系はリンク16と回答している」
 先行していた伊藤 毅(ga2610)は、ブリュンヒルデの戦闘指揮センターへとそう報告を回した。
「リンク16なんて当の昔に使われなくなったデータリンクっすよ!?」
 僚機の三枝 雄二(ga9107)が目を丸くする。そう、それは彼が能力者になるよりも前の事。ブリュンヒルデの白瀬留美少尉が、現在の時刻についての驚くべき推定を伝えてきた時にも、彼らはそれほどには驚かなかった。
「7年前、ッスか‥‥」
(過去に戻れたからって、いまさら‥‥)
 ぽかんとした様子の雄二。毅はそんな感慨すら、抱く。一方、母艦側では信じがたい状況にマウル・ロベル中佐が頭を抱えていた。とはいえ、悩めるほどに事態は悠長ではない。ここがいつでどこであるかに関わらず、バグアが人類を蹂躙しつつあるのは間違いないのだ。
『‥‥こちらブリュンヒルデのマウル・ロベル中佐です。状況は各自確認していると思うけれど、概ね2007年10月9日に類似していると認められるわ。ギガワーム『ビッグワン』が投入され、メトロポリタンXが陥落した日よ』
 その通信を耳にした傭兵達は、各人各様の表情を見せる。
「一体どうして‥‥夢でも観てるのかな? 夢じゃないなら凛、バグアに攻撃されてる人々、助けに行かなくちゃ」
 ブリッジを物珍しげに見学していた勇姫 凛(ga5063)は、急いで駆けだした。幸い、フィーニクスは艦内に持ち込んでいる。

「2006年って私12歳じゃーん! バミューダトライアングルすげー!」
 無邪気に笑う、綾河 零音(gb9784)にとってはそれは唯の歴史に過ぎないのかもしれない。戦いが日常だった生活の中の、大きな戦いの一つ。
「7年前‥‥まだボクが中学生だった頃だ」
 鷲羽・栗花落(gb4249)にとっても、それは遠い世界の話だった。テレビの向こうで見えた、現実感のない恐ろしい光景。それは、幼い少女の心に深く刻まれている。止めるべき、忌わしい物として。そして、その思いはその場にいた者にとって尚の事深い。
「これが夢でも幻でも‥‥」
 煙の立つ市街。避難を求める人の群れ。その中に、守原クリア(ga4864)は、いやクリア・サーレクは両親と共にいた。混乱する都市で死に別れた両親へ、伝えられなかった言葉、聞きたかった言葉、見せたかった姿は幾つもある。
「‥‥あの日護りたかったものが目の前にあって‥‥」
 今、護るための力がこの手にある。友人と、そして大事な人たちと育てた翼。炎の神を魂に、不死鳥の名を継いだ討伐者が。
「貴方が産まれた意義を、今もう一度果たしなさい、スレイヤー」
 友人の心情を感じ取ったヴェロニク・ヴァルタン(gb2488)は、二人の愛機へとそう声を掛ける。そう、あの日のクリアが持っていなかった力は、機体だけではない。
「紅蓮の双翼に、少々余分な飾り羽になりますが。うちも失礼させてもらいますよ」
 クリアの良人である守原有希(ga8582)が言い、小隊の仲間である憐(gb0172)も柱の陰でこくこくと頷いていた。

「能力者となり、宇宙に飛び出し、次はタイムトラベルですか‥‥退屈しない人生ですね、まったく」
 呆れた口調でヨハン・クルーゲ(gc3635)が呟くように、信じがたい状況。しかし、不思議と彼に混乱はなく、目指す道に惑いも無い。
「わわわ、これがニュースで見たり教科書にも載ってたメトロポリタンX事件なんだ‥‥」
 艦内にいた潮彩 ろまん(ga3425)は、驚きのあまり口をぽかんとあけていた。だが、遠くに見える都市から上がる白煙や、ワームに破壊されて落ちる戦闘機などの映像を見るや、キッと口を引き結ぶ。
「ボク、絶対悪い宇宙人からみんなを護っちゃうもん!」
 格納庫へ向けて、駆け出すろまん。
「なぜこの時代に来たのかは分かりませんけれど、来てしまったたからには加勢しなくては傭兵の誇りが廃りますわ」
 艦内の格納庫にいたカタリーナ・フィリオ(gb6086)は、辺りに漂う熱気の理由を、端的にそうあらわした。あるいは、誇りの為、あるいは仲間の為、あるいは過去の傷の為。
「タイムスリップとかすごく興味深いけど、今はあれのお掃除が先だよね」
「うむ。後腐れなくの」
 刃金 仁(ga3052)と忌咲(ga3867)の2人も、カタリーナに同意する。
「整備兵さん、お手数ですが降下準備をお願いします」
「あいよ!」
 3機のゼカリアが、使い捨てのグライダーユニットを装着する。もともとの予定でもメトロポリタンXへの空中降下用に積まれたものだが、目的はデモンストレーションから実戦と180度変わってしまった。とはいえ、デモンストレーションとしても十分に異様な陣容ではある。
「いやはや、ここまでとは。壮観ですね。この中を飛べる事を、誇らしく思います」
 KV群の中で一際大きな西王母を駆るレオーネ・スキュータム(gc3244)は、淡々と、そして感慨深げにそう言った。
「改めてみると確かに壮観だな、オールスターじゃないか」
 ゲシュペンスト(ga5579)が、感嘆を込めて応じる。この空域を飛ぶ者の中には、歴戦の傭兵も数多い。
「‥‥今さら戦闘に巻き込まれるとか、想像もしませんでしたわ。ですが、戦場に立った以上泣き言を言っている暇はありませんわよね」
「ああ。どうして俺達がここにいるのかはこの際問題ではない。今やるべき事はかつて救うことも適わなかった無辜の民達の為に力を振るう事だろう」
 クラリッサ・メディスン(ga0853)と、良人の榊 兵衛(ga0388)の会話も、そうした経験の重みを感じさせる。かつて、ラストホープ最良のひとつがい、などと言われた事もある古参兵だ。戦後になって、めでたい話は多く聞こえてくるが、そう簡単に若人に座を委ねるつもりはなかった。そんな二人と同じ古参の兵ではあれど、鹿嶋 悠(gb1333)の空気は少し重い。
「事実は小説より奇なり、とはよく言ったものですね」
 嘆息しつつ、思うはこの場にいない伴侶の事だった。もしもここで歴史が代われば、最愛の彼女に会えなくなるのではないか、と。同様の悩みは、多くの者が感じている。良い方向であれ、悪い方向であれ、自分にとっての過去が代わるのではないかという疑問。誰かと会えなくなるのではないかという恐れ。

●悩みを超えて
「‥‥穏やかなパレードか何かになると思っていたのだがな。何の冗談なのやら」
 苦笑しつつも、ヘイル(gc4085)は思っていた。どうせ冗談なら、バグアがこの星を発見した瞬間まで、戻りたかったところだと。しかし、彼自身の過去を変えるには十分なタイミングだ。
「――ヘイルストームIII『セリア』、出るぞ!」
 声と共に、タマモがカタパルトから飛び出す。
「もしパラドックスが起こったら、あいつらとは戦わんし仲間もいないし、俺も病弱なガキに逆戻りか。アレ、得しねえな? 俺の人生としては」
 言葉の内容とは裏腹に、不敵な笑みを湛えた湊 獅子鷹(gc0233)に迷いはなかった。
「まあ、犠牲者が出ないのと、俺の人生じゃ前者が優先だよな!」
 そこまで割り切れる者ばかりでは、無いにせよ。この場の多くの傭兵は皆、長く厳しい戦いを経て平和を掴んだ者達だ。自ら見てきた歴史を、良い方に変える事が出来るのならば、という願いが胸によぎる。
「これで歴史が変わったとしても‥‥キットボクは田舎から逃げる運命は変わらないでしょう‥‥」
 でも、と椎野 のぞみ(ga8736)は考えるのだ。この戦いで、誰かの悲惨な未来が良い方向に変わる事があるのならば、と。
「トンネルを抜けると雪国でした、とかありますけどー。雲を抜けると過去でしたとか‥‥新しいですよね!」
 あっけらかん、と笑うフェイト・グラスベル(gb5417)も、内心では改変の危険さを感じていた。共に直衛についている【アクティブ・ガンナー】の仲間達や、恋人の事を思う。未来が変わることで、今の自分に繋がる縁が揺るぐかもしれない、という事への漠然とした不安。とはいえ、戦う意思はある。
「アレのせいで大学おじゃんになって避難して‥‥思い出したらなんかムカついてきた」
 ブリュンヒルデのやや上空前方にいた百瀬 香澄(ga4089)は過去に思いを馳せている。遥か彼方に見えるビッグワンの巨大な影を見つつ、口をへの字にした。彼女の不快感に同調するかのように、愛機のタマモ「ミズクメ」のコクピット内で荒っぽく空気が動き、彼女の髪をなぶる。
「皆やる気になってるよ。艦長、号令よろしく!」
 香澄の声に背を押された訳ではないだろうが、マウルが全体へ回線を開いたのはそのタイミングだった。
『‥‥本艦、並びに随伴各機は敵性行動を取るバグアを排除する為、作戦行動に入ります。悲しむべき歴史へ、介入するわよ!』
 了解を示す声と、自身の行動を申告する通信が一斉に流れ、漫然と広がっていたKVの群れが獰猛な狩りの意志を宿す。
「はは、これは‥‥よいね、やってやろうじゃないか?」
 その一翼を担っていたリック・オルコット(gc4548)は、楽しそうに笑い。
「では、皆さん始めましょうか。あの日に救えなかった人々を、今度こそ救うために」
 クリアと同様にかつてこの場所に在り、後に夜叉と呼ばれた伝説的な傭兵、月神陽子(ga5549)がそう言葉を締めた。
「‥‥そうですね。ここで迷って手抜きをしたら彼女に怒られますしね。例え歴史が変わっても‥‥また会えると信じさせて貰いますよ」
 苦笑しつつ、鹿嶋は雷電の「帝虎」を母艦の護衛位置へと進める。彼の愛機もまた、ラストホープにその名を轟かせた伝説の一つだった。
「俺も、カバーに入らせてもらおうかと思うんですが、同行して構いませんか?」
 那月 ケイ(gc4469)が、パラディンの「アイアス」を寄せる。鹿嶋に否やは無く、ケイは快活に笑った。
「本来この時代で俺に出来る事なんて無いはずだったけど、‥‥今なら!」


「元考古学者の卵的には歴史干渉とか一番やっちゃいけないことのような気が‥‥」
 呟いてから、鷹代 由稀(ga1601)は、もう遅いか、と苦笑する。この場にブリュンヒルデやKV部隊がいて、バグアと人類の目に触れている時点で歴史は彼女達が知っている物から変わっているのだ。
「うちらの過去に未来からの干渉は無かった。だがすでに干渉を起こしている。その時点でタイムパラドックスが起きているはず」
 もしかしたら、ここは既に平行世界の一つではないか、とBLADE(gc6335)は推測する。
「ええと、確か過去に干渉しても私達の存在が消えなければ、タイムパラドクスは起きない法則‥‥って昔SF小説で読みました!」
 自信ありげに胸を張る御坂 美緒(ga0466)。恋する乙女の直感は、時に鋭い。
「そういえば、この世界の何処かに、未だ私と会ってないカメル王国のクリシュナ殿下が‥‥」
 ポッと頬を赤らめつつ、高鳴る胸を押さえる手には、遠い未来で王子から貰った指輪がある。
「どうしてこの時間軸に飛ばされたのかはわかりませんが、きっと私達にやれる事があるからなのでしょう」
 常の如く、霞澄 セラフィエル(ga0495)は落ち着いた口調でそう告げた。もっとも、彼女の場合は驚いていても声に出ないだけかもしれない。
「細かい話は後でいい。今は戦おう。それで多くの悲劇が無くせるのならば」
 彼女らと同じく、ブリュンヒルデの至近で直衛についていた白鐘剣一郎(ga0184)は、決然と口を開く。
「‥‥あ、そーそー、マウル艦長ー」
 そんな意気盛んな決意や檄が交わされる中、何気ない感じで由稀は艦橋を呼び出した。
『何よ? 出撃前のあんたの通信って、だいたいアレよね』
 マウルは微妙に警戒した様子で聞き返す。これまでの経緯からすれば仕方が無い事かもしれないが。
「終わったらどっか遊びに行くんで空けとくように」
『やっぱり‥‥。この状況からして、どこにそんな余裕が‥‥』
 ため息をつくマウルにも、由稀は一切頓着せず。
「帰り方見つけるのに根詰めるだろうし、その前にリラックスしないとね」
 見透かしたような一言。自分はそんなに弱く見えるのだろうか、とマウルは自問し、こんな状況で強がっても仕方がないだろうと自嘲した。軍人として、部下を死地に送る事も、自らが赴く事も覚悟はしている。しかし、広報部の手で祭り上げられ、民間人も多い傭兵達を煽るような役割を与えられた事に、彼女は内心忸怩たる思いを抱いていた。抱きながらも、逆らうことはせず、危険な戦場へと彼らを送ってきた。
 傭兵の名前をマウルが呼ばないのは、軍という上下の枠組みではなくマウルと言う個人の言葉を信じてくれた、その想いの重さに耐え切れぬ弱さゆえだ。それを察してか否か、由稀は大きな作戦のたびに約束するのだ。マウルの言葉に応じて向かった戦場からの、無事の帰還を。
「‥‥鷹代、感謝するわ」
 小声で呟いた言葉を、マイクは十分に拾えなかったらしい。
「え? 何?」
「終わったら皆に一杯づつ、奢らせて貰うわよ。どれだけ時間が掛かっても、絶対に行くから覚悟なさい」
 聞き返す由稀のみでなく、広域回線で通信を返した。視界の隅で、留美がニヤニヤしている。通信を聞いたのだろうか、前方で剣一郎機が翼を左右にバンクさせてから、一気に加速して前線へと向かった。

●戦端
『エミタよ。猿どもに恐怖を今一度教えてやらねばなるまいな』
 ギガワーム「ビッグワン」の内奥で、ディエア・ブライトンは低い声を放つ。人類を育て、その可能性を最大限に引き出すためには恐怖による圧力が不可避だと、彼は考えていた。で、あればこそ彼は、圧倒的な目に見える力を持って懲罰を下しに現れたのだ。
『艦載部隊を全機出せ。空を埋め尽くす恐怖を見て、我らに抵抗した自らの浅慮を後悔するがいい』
 バグアの王の言葉に応じて、ギガワームに無数に存在するハッチがすべて開き、雲霞の如き数のHWを吐き出し始める。その光景に、過去の人々は絶望した。
 ――しかし、未来からの希望は折れる事は無い。彼らは、これよりも大きな絶望を乗り越えてきたのだ。

「エネミータリホー、マスターアームオン、ドラゴン1エンゲイジ」
 毅のスレイヤーのミサイルが、ヘルメットワームの側面を叩いた。雄二の追撃を受け、敵機は爆発四散する。
「何だこいつら、ミサイルをよけようともしない、馬鹿にしてるのか? いや‥‥」
 よけようとはしているが、その回避機動が全く対応できていないのだろう。
「当然だ、此方との交戦経験を敵AIがつんでないんだからな」
 2007年はまだ能力者が存在しなかった時代だ。数百メートルの距離に肉薄されてミサイルを撃ち込まれるなどという状況は、AIに設定されていなかったとしても不思議はない。その交戦情報は後方へ伝えられ、母艦を経由して速やかに共有される。秋月 祐介(ga6378)を始め、多くの傭兵が関わり、育ててきた軍と傭兵との情報共有網【IN】もまた、この時代には存在していない物の一つ。

「周防君と組むのはいつ振りだっけ?」
 自身のハヤブサ「紫電」に並んだ周防 誠(ga7131)のワイバーン「ゲイルIII」を見て、狭間 久志(ga9021)がふと、そう呟いた。要の位置、御鑑 藍(gc1485)のシラヌイSが追随する。
「御鑑さんも出会った頃はルーキーだったのに。年長者としては遅れは取れないな」
 彼らは3機で臨時の高速小隊を編成していた。敵への距離が近づくに応じて、各機がミサイルコンテナをオープンにする。
「目標は被らせないで下さいよ? あくまで効率的に、ね」
「了解です。最善を尽くします」
 落ち着いた返事に頷き返し、誠は回線をオープンにした。
「それでは、タイミングは叢雲さんに合わせましょう。合図、お願いしますよ?」
 振られた叢雲(ga2494)は、集団指揮を念頭においた、ゆっくりとした口調で告げる。
「周辺僚機に通達。開戦合図代わりに派手な花火をあげます。同様の行動を取る方はタイミング合わせお願いします」
 多弾頭ミサイルは、バグアを一時は圧倒した技術だ。人類の技術進化を悠長に見守ってきた宇宙人をして、「対策」を必要とせしめた兵器である。当然、この時代には存在しない。
「了解。それじゃいっちょパーティータイムといきますか」
 軽い調子で答えた漸 王零(ga2930)へ、煉条トヲイ(ga0236)が軽く翼を振ってから高度を上げた。長らく王零の副長として動いていた彼だが、今回は恋人の元で戦う事を告げている。王零自身は、久志らの編隊へ並ぶ位置についた。

●多弾頭ミサイル
「レイブン、僚機にカウントタイミングを。射程内のワームを最大数でロック」
『Rog.‥‥7、6、5』
 叢雲の指示に応じて、画面に表示される秒読み。情報は周辺各機にも転送されている筈だ。
「りょーかい。ツインブーストB起動、ロヴィアタル、全弾発射準備!」
 シエル・ヴィッテ(gb2160)がトリガーに指を掛ける。
「さあ、今日は食い放題よ」
 女性ばかりの3機小隊の前方右翼に位置した神楽 菖蒲(gb8448)が笑う。それは、愛機たる「レイナ・デ・ラ・グルージャ」のやや後方につけた僚機、零音へと投げた言葉だ。
「了解っ。ついてきまーす」
 元気な返事に頷き。狐月 銀子(gb2552)には、言葉を掛ける必要はないと知っている。
『3、2、1‥‥』

 それが、攻撃の起点だった。爆発で朱に染まった空間をKVが行く。戦域全体から見ればほんの一角に過ぎないとはいえ、同時に100機近くのヘルメットワームが消し飛んだ空白は、決して小さくはない。
「これは壮観ですね‥‥」
 自身もラヴィーネで一斉射撃に参加していたヨハンが、囁く。
「UPC Forces. This is The UPC Forces of the future.(UPC軍へ。こちらは未来のUPC軍です)」
『何‥‥だって?』
 通信回線を合わせた里見・さやか(ga0153)の言に、生き残った人類側戦闘機は混乱していた。
「私たちが乗ってるのはナイトフォーゲル‥‥、この時代のヘルメットワームなんて簡単に駆逐できる未来の人類の兵器よ。あのギガワームすら、相手じゃないでしょうね」
 余裕の表情で、ファルル・キーリア(ga4815)が言う。その発言の内容よりも、その声が聞こえる事その物が、この時代の兵士を困惑させていた。
『おいおい、一般通信がクリアだって。敵の妨害はどうなったんだ!?』
『コードは友軍ですが登録がありません。罠じゃないのか?』
『誰か北極の灯台をつけたのかもしれんぞ』
「あたし達は能力者。正義の味方だよ!」
 戸惑った様子の彼らへ、赤崎羽矢子(gb2140)が高らかに名乗りを上げる。高速のKVが旧式戦闘機を次々に追い抜き、HWへ襲い掛かった。
「この時に来たのなら、せっかくだから歴史を変える勢いで行くわよー」
 フローラ・シュトリエ(gb6204)のディアマントシュタオプ「Schnee」が、高速性を存分に生かして切り込む。エナジーウイングが煌めき、刻まれた小型ワームが爆発した。
「ブライトンとシェイドのエミタ・スチムソン。ここを墓標と定めたくなければ大人しく退きなさい」
 ファルルの宣告に、返答はない。
『猿め‥‥お前たちにそのような技術など存在しないと、我は知っている』
 ブライトンはギガワームの内部で、頬杖を突いていた。
『しかし、私の名を知っていた事は驚きです。あるいは、強化人間の中に裏切り者が存在するやもしれません』
 姿を潜めたままの、シェイドの内部でエミタは考え込む。二人の目の前で、ファルルの挑発は続いていた。
「証拠を見せてあげるわ。時雨、シエル、マルチロックミサイル全弾発射。敵HWを一気に駆逐してあげなさい!」
「了解‥‥」
「りょーかい」
 名を呼ばれた瑞浪 時雨(ga5130)とシエルの声が重なる。
「SESエンハンサー、ブースト空戦スタビライザー起動‥‥。欠片すらも残さない‥‥。GP−7全弾発射‥‥!」
 時雨のアンジェリカ「エレクトラ」が、その鍛え抜かれた火力を解き放った。
「ツインブーストB起動、ロヴィアタル、全弾発射! この攻撃は半端じゃないよ!」
 シエルのオウガ「ミーティア」がミサイルの雨を重ねる。先の大破壊を免れた敵機が、再び木の葉の如く落ちていった。
「‥‥皮肉なものだな。人類に科学の進歩をもたらしたのは間違いなくバグアとの戦争だったという事だ」
 淡々と撃ち漏らしに追撃を加えながら、兵衛が言う。さやかは攻撃の間もギガワームの様子を観測しつつ、この時代の軍への通信を維持していた。
「ここは、我々が引き受けます。市民の避難をお願い致します。Over!」
『あー、こちらホークアイ。素敵な声の未来人のお嬢さん、我々の任務は防空戦だ。変更は上と相談してくれ』
 さやかはため息を吐く。彼女自身も軍人だっただけに、軍以外からの指示に対する彼らの反応は理解できなくはない。傭兵との共同作戦そのものに軍が拒絶反応を示していたのは、それほど前の事ではないのだ。
「うだうだうるさい。あんたら、あいつを落としたいんでしょうが?」
 菖蒲が通信に割って入り、多弾頭ミサイルの一斉射撃で落ちなかった敵機の位置情報を送りつける。KVの機動に慣れた目から見れば苛々する様な時間の後、射点についた戦闘機から短距離ミサイルが発射された。2発、3発。赤いフィールドが爆発の度にきらめき、HWはやがて砕ける。
「ほらね? あのヘルメット野郎は無敵でもなんでもない」
 陣形を組み、相手を選んで多対一で攻めかかるように、彼女は仕向けていた。それがもっとも、被害が少ない戦い方であると。もちろん、KVが敵の主力を引き受けるという前提でのことだ。
「火力の集中が肝要です。正面は我々が受け持ちますが、撃ち漏らしは確実に出る。それを集中攻撃して頂ければ、と」
 戦闘機部隊へ、アルヴァイム(ga5051)が解説を入れる。データと、何より実践での結果が物を言った。
「はいそれじゃあ皆でもっかい行ってみよー! 大丈夫、横槍入れくさる連中は私が落とーす!!」
 鼻息も荒く、零音のスフィーダ「ベテルギウス・フレイム」が飛ぶ。菖蒲、銀子とのケッテを崩さない程度に、前へ。GP−09ミサイルは早々に撃ちつくし、ソードウイングで切り込む姿はこの時代の兵士たちにとっては刺激的に過ぎた。
「よし、風穴開けてやりましょ」
 バグアの分厚い戦線に穿たれた大きな穴を維持し、ともすれば更に押し広げようとする銀子の「SilverFox」。
「さぁて菖蒲、零音ちゃん。皆も、ね! 人類の力、見せたげましょ!」
 柄にもなく、高揚していた。圧倒的な力で蹂躙するあのギガワームが「悪」ならば、今の自分の役回りこそ正義の味方ではないか。次々と現れる無人機を屠る、翼は軽い。数度、敵機へ攻撃を仕掛けてから、菖蒲と零音へ補給に戻る旨を伝える。調子に乗った訳ではなく、単に敵の数が多かった。
「もしかしたら、夢なのかもしれません」
 リヴァティーの「Azurblaue Drache」を駆る神棟星嵐(gc1022)は、ふと、そう口にする。であれば、弾薬が無限になってくれればいいものだが、そうもいかない。彼の多弾頭ミサイルも、一斉射撃で撃ち尽くされている。未来の軍勢による初期の勢いはやや削がれ、そこで一時膠着した。

●戦乙女の周辺
『ブリュンヒルデ、前進。G5弾頭ミサイル用意のまま指示を待ちなさい』
 こじ開けられた隙間めがけて、白い巨人機が動く。それに先駆けて、傭兵達のKVがギガワーム本体へと向かった。
「行くぞ、羅喉。これがお前の最後の花道だ‥‥!」
 【アクアリウム】の一員として行動するトヲイに惑いはない。先の一斉射撃で使わなかった多弾頭ミサイルを、ギガワームの直衛敵機へ惜しげもなく振りまく。視界を埋める巨大な円盤から、まばらに砲撃が上がってきた。当たればダメージは免れないだろう、大型プロトン砲の槍衾だ。
「‥‥奇妙ですね」
 エメラルド・イーグル(ga8650)は僅かに眉を寄せた。彼女は、過去の‥‥いや、未来のというべきかもしれないが、「ビッグワン」との交戦データを参照していた。当時に比べると、明らかに対空火力は薄い。念のため、さやかを経由してブリュンヒルデ側に照会を掛けたが結果は同じ。
『KVが無い時代だから対空砲とかミサイルとか必要ないと思ってたかもしれないの』
 留美がそう私見を述べるが、真相は定かではない。確かなのは、現時点でギガワームの防衛網が予想ほど固くない点だ。
「データにあるビッグワンの大型砲の位置を転送します」
 それを避けるか、あるいは破壊する事で突破口が開けるだろう。
「敵機を確認! パンツミサイル発射!!」
 艦橋、射撃管制についていた姫川桜乃(gc1374)が声を上げる。どうやら、補給に戻る味方機を追って来たらしい。
「過去の世界か並行世界か‥‥。ま、悩むのはこの状況を打開してからにしますか」
 シェークスピアの悲劇のような節回しで言いながら、鋼 蒼志(ga0165)は口だけで笑う。眼鏡の奥の目は、飛来する敵機を見据えていた。ブリュンヒルデ艦上に陸戦形態で立つニェーバの「Bicorn」がスラスターライフルを撃つ。遅れて、ブリュンヒルデIIIの対空火器が稼働を開始した。桜乃はその傍ら、補給に戻る味方機への指示も行っていた。空戦では弾薬の損耗が激しく、入れ替わりが多い。効率的な誘導があれば、回転が速くなるのは自明だ。
「そっちじゃなくって、右のパンツへ!」
 少しばかり、口頭での指示が判りにくいのが珠に傷のようだが。
「‥‥右。ああ、僕です‥‥か?」
 ハミル・ジャウザール(gb4773)の西王母「スノーウィ」が腹部を開き、後退してきた味方を受け入れた。多弾頭ミサイルを装備していた制空部隊への補給は、戦線の維持に直結する。
「西王母、Å‥‥支援行動開始します‥‥順次、補給どーぞ‥‥」
 アリシア・トリーズン(gc3897)も同じく、西王母を母艦の陰から出した。狙われるかもしれない、というハミルの危惧は今のところ当たっていない。
「ま、空中給弾なんて想定の範囲外だろうし、何をしてるのかを把握するのには相当な時間がかかるってことよねん」
 その理由をカーラ・ルデリア(ga7022)はそう推測していた。前線部隊からの報告通り、無人機ばかりだとすれば更に現状把握までの時間は長くなるやもしれない。
「追っかけパンツ、来る!」
 相変わらず意味不明の管制だが、長い付き合いの信人には問題なく伝わるらしい。補給に戻った味方の後を慕うように、数機のHWが向かっていた。
「十夜、俺とお前で前衛を努めるぞ!」
「了解ッ! 信人‥‥俺達の力を見せてやろうぜ――ッ!」
 希崎 十夜(gb9800)の銀色のフェニックス「Rei−Crusader−」がスラスターライフルで戦闘の敵機を撃つ。信人のヴァダーナフ「APPARITION」が剣翼で一閃、切り裂いた。
「‥‥空域に、反応が多すぎて‥‥絞り込め、ません」
 その間、シェイドの動向を探っていた色素 薄芽(gc0459)は思うように進まぬ探索に、声のトーンを落とす。一つ間違えば聞き取れなくなりそうな様子だ。「白さん」と名付けられた彼女のピュアホワイト以外にも、複数のピュアホワイトがシェイドを警戒している。動き出しさえすれば、見逃す事は無い。


●地上戦・遊撃
 ギガワーム周辺の激しい戦いを遠目に見つつ、メトロポリタンXを目指す分遣隊があった。おそらく、軍事上は愚策だ。勇戦する味方を犠牲として、能力者という決戦戦力で敵の本丸を落とすというのがUPCのこれまでの基本戦術である。これまで、数多の戦場で人類はそうして勝利を掴んできた。‥‥あるいは、そうせざるを得ない程に彼我の力の差があった。
「ご武運を」
 短く、愛輝(ga3159)は言う。ギガワーム、そしてシェイドと言う強敵がいる戦場に残した味方を、信頼しているから。彼らの武運を祈りつつ、彼は地上を目指した。彼が赴く事で、救える生命がそこにいると信じて。
(あの石碑に刻まれた名前)
 ラシード・アル・ラハル(ga6190)は、その存在を覚えている。彼が生き残り、勝利を掴む影で斃れた人々を。顔や言葉を知っているのは多くは無いけれど。彼らの屍を越えて、取り戻した空の青さを覚えている。
(あの空を取り戻すんじゃなくて‥‥、あの空を失わない事ができる、のかもしれない)
 その希望は痛いほどに胸に刺さった。グラナダの石碑が要らない世界。石碑に刻まれる事すらなかった者たちが、生き続ける事が出来る世界。自分のような、復讐しかその手に残らなかった子供が生まれない世界。その世界を、作る事ができるのならば。
「行こう。《死の天使》の目が、僕には、ある」
 イビルアイズ「アズラーイール」のロックオンキャンセラーが稼働した。地上へ向かう各機は、進路そのまま。思い出したように上がってくる対空砲火の、精度は劣悪だ。それでも滑空程度しかできないグライダーや、図体の大きい西王母にとっては笑い事ではなく、降下地点の安全確保は先発隊の急務。そして、それと共に地上で勇戦を続ける同胞への支援も、彼らは行おうとしていた。
「どんな状況でも、俺のやる事は一つさね」
 リックは地上の目標をスコープに捉え、ロケットランチャーを叩き込む。古い戦車と同様、上への備えは甘いようで、地を這うワームはあっという間に吹き飛んだ。目についたキメラへとガトリング砲弾をばら撒きながら、次の目標を探す。ギガワーム周辺空域ほどではないにせよ、敵の数に不足はない。反転して再度の対地攻撃を行うリックのグロームの横を、高度を下げる味方機があった。
「7年前か‥‥だとしてもやることは変わらない]
「‥‥はい‥‥とりあえずやる事は‥‥一つですねぇ。バグアを‥‥ここで追い払うのですぅ」
 月影・透夜(ga1806)の言葉に、幸臼・小鳥(ga0067)が頷き返す。低空を飛ぶ眼下彼らの眼下では、戦車隊が絶望的な交戦を始めていた。プロトン砲に焙られ、味方の戦車が火球に変わる。
「‥‥此れ以上はやらせない‥‥【魔弾】全機、吶喊‥‥!!」
 声を発したロッテ・ヴァステル(ga0066)はそのまま機首を下げる。降下と共に変形、勢いのままに戦闘のヘルメットワームを刺し貫いた。
「次!」
 旋回しざまに穂先から敵機を跳ね飛ばし、後続へ躍りかかる「La mer bleue」。名前の通り青に塗られた機体は、瓦礫と砲煙で煤けた光景に鮮やかだ。
『な‥‥なんだ。戦闘機、じゃないのか?』
 驚く兵士の眼前で、ロッテの僚機が着陸、変形する。
「よっしゃ! いったるでぇ!」
 相沢 仁奈(ga0099)のスフィーダ「ドミニオン」は華奢にすら見える機体を前進、地表すれすれを滑るカブトムシを蹴り飛ばした。ビルの残骸に激突した所を、そのまま殴りつける。戦車砲弾をもってしても凹ませる事すら困難なバグア機の装甲は、たった二発でパックリと割れた。
「これより貴隊を援護する。今のうちに後退と戦線の立て直しを」
『あ‥‥、ああ。車両後退! 中隊長代理殿へ合流する!』
 拡声器で透夜が声を掛けると、兵士は呆然としていた数秒など無かったかのように、きびきびと動き出した。
「そっち抜けたん、任せたで!」
 路地を駆ける四足型の大型キメラに目を向け、仁奈が言う。風切り音を残して大鎌が一閃、首を失ったキメラがどうと倒れた。
「これ以上は‥‥皆をやらせない‥‥ですよぉ。一気に‥‥風穴を開ける‥‥ですぅ!」
 キッと叫ぶ機内の小鳥は知らなかった。彼女に命を救われた歩兵が唖然とした顔で破曉の背を見上げていたことを。
「ネコ‥‥?」
 ピンクの愛らしいエンブレムがこの反応とあれば、機内のパイロットを見た時に彼らがどのような反応をするのか。
「一気に戦線を押し上げるぞ。カブトムシは俺達が引き受ける、戦車隊はキメラに集中してくれ」
 透夜が声を掛ける。7年後の主力戦車M1より一世代前のようだが、キメラ相手ならば十分通用する筈だ。果たして、ずしん、ずしんと腹に響く砲撃音が再開される。
「このまま敵陣を突っ切る。続いて!」
 戦車中隊を敗走させつつあったカブトムシ3機はほとんど一瞬で壊滅させられていた。ロッテの声に、【魔弾】の4機は新手を求めて駆け出す。

●海岸の戦い
 彼女達が遊撃に入る間に、陸戦隊で最大の機数を擁するガーデン隊は海岸線の防衛ラインへ向かった。
「高が無人機が幾ら立ち塞がろうとも、私とRote Empressは止められぬと知りなさい」
 ルノア・アラバスター(gb5133)がスラスターライフルでワームを撃ちぬき、各坐させる。地上から上がってくるプロトン砲や火炎弾はまばらで、彼女達がこれまでくぐってきた修羅場からすればピクニックのようなものだ。小隊各機はすぐに強襲降下をはじめる。
「可変戦闘機であるナイトフォーゲル、陸戦こそ本領じゃ」
 藍紗・T・ディートリヒ(ga6141)のアンジェリカ「朱鷺」はブーストで高度を維持しつつ変形、そのままワームを叩き壊すように斧を振るった。
「牙門旗掲げ! この時代に、ガーデンの名を刻むぞ!」
 隊長の神撫(gb0167)はS型シラヌイ「天駆」を人型に変形、小隊旗を地に立てて周囲を睥睨する。機体名に反して、常に地を駆けてきた愛機の兵装は今日も、剣、弓、槍と徹底した陸戦装備だ。
「この程度の攻撃、鋼龍にゃ効かねぇです」
 飛び出してきたキメラ数匹を、後詰として降りてきたシーヴ・王(ga5638)の岩龍「鋼龍」が叩きのめす。降下した各自が変形し、隊列を整えた所からが、本領発揮だった。
「時代が変わっても、ガーデンの本質は同じ‥‥」
 リゼット・ランドルフ(ga5171)がしみじみと、噛みしめるように言う。飛び出してきたワームは4機、いや5機。リゼットのシュテルン「Edain」が放ったミサイルが、機先を制した。
「突撃、します‥‥!」
 敵が居るならば叩き潰すのみ、とばかりにルノアが前へ。赤きS−01HSC「Rote Empress」は、槍に盾を構えて爆炎の中へと進撃する。
「ここが何時の何処だろうと、俺達に出来る事は変わりようもない。要はいつもの庭園部隊って事だな」
 莞爾と笑った、ゲシュペンストの漆黒のスレイヤー「ゲシュペンスト・アイゼン」が左を固め、逆側は天原大地(gb5927)が阿吽の呼吸で埋めた。
「示現の徒が壱、天原大地――推して参る」
 槍が、蹴りが、そして刀が行く手を阻むワームをスクラップに変え、キメラを壁面の染みへと化していく。白兵突撃は彼らの得意とする所であったが、困難な補給状況を勘案すればそれ以上の意味があった。
「さて、遅れを取る事はないと思いますが、油断はしないようにしましょう」
「うん。ここは抜けさせないよ!」
 やや後ろから、フォル=アヴィン(ga6258)のタマモと、のぞみのディアブロ「レッドドルフィン2」がガトリングの銃口を左右へ回す。彼らの役割は、突っ込んだ仲間の援護。
『こちらメトロポリタンX防衛隊第7大隊司令部。貴君らの援護に感謝する。所属を伺いたい』
「貴部隊の勇気と献身に敬意を。貴官らこそ真の英雄なり。我々は『ガーデン』」
『‥‥そ、そうか。『ガーデン』隊へ、こちらは被害甚大、再編成に5分貰えると助かる』
 神撫の返答に、士官はさしたる疑問も見せず、まるで『ガーデン』の名を知っているかのような顔をして頷いた。おそらくは、どこかの特殊部隊か何か、だと思っているのだろう。遠い過去、あるいは未来でバイパーが戦場に現れた時のように、現場の知らない隠し玉の一つだと認識した、らしい。
「ふふ、この旗を掲げた上に啖呵まできったんだ‥‥。みんな後には引けないよ?」
 鳳覚羅(gb3095)が悪戯っぽく笑って、自小隊の牙門旗を地に立てた。
「‥‥本来なら、俺が掲げるものじゃないんだけど‥‥。ガーデンの旗が欠けてしまうのも、ちょっと頂けないし」
 リゼットから託された旗を、【ガーデン】の管制を務める常 雲雁(gb3000)が掲げる。巨大な人型ロボットが3つの旗を掲げる光景は、この時代の軍人には現実味が無いものだったやもしれない。それだけに、印象は深かっただろう。

●センタータワー
 追い抜きざまに撃ちこんだドラゴーネカラビーナを受け、ヘルメットワームが四散した。それが、歴史を変える事になったのかはわからない。ブーストを使用して真っ先にタワーを目指した香澄は、その勢いのままにぐるりと周辺を旋回した。
「ここは私に任せろ! ‥‥コレ、一度言ってみたかったんだよ」
 空中から突破してくる敵はまだほとんどいない。しかし、バグアも方針を変える可能性はある。輸送機が早期に離陸しようとしているのも、それを危惧してのことだ。上空、在来戦闘機の迎撃を振り切ったヘルメットワームへ「ミズクメ」で突貫、レーザーを撃ちこんで穴だらけにする。同時に突っ込んできたもう一機のワームへ、横合いから小型ミサイルが多数着弾した。
「Exceed Divider、守原有希参る!」
 この塔に、愛する妻の両親がいる。彼らを守る事が、今の自らの責と心得た。彼ら以外に10機を超えるタマモが、配置につく。陽子がマウルへ掛け合って借り出してきた、ブリュンヒルデ直衛部隊の半数ほどだ。それだけの数で、この都市の全周防空をこなすのは厳しい。何の手立ても、無かったのならば。
「メリーさんの目には全てお見通しだもん!」
 ろまんのクリスマスカラーのピュアホワイト「メリーさん」が、敵機の位置を確認し、迎撃を指示していた。バラバラと飛んでくる敵の数、密度ならば単機で十分に対応できる。それだけの能力を、ピュアホワイトは持っていたし、かつては頭から火を吹きそうだったろまんも今では経験を積んでいた。

「こちらは‥‥椎野 こだまと言います。医療的な支援を行いたく、着陸の許可、お願いします」
 滑走路へと降下した椎野 こだま(gb4181)は、現地の医療担当者と情報を交換していた。救える命は余りに少ない。もとより後退を考えていなかった前線の足止め隊には、そもそも正規の医療官は同行していなかった。搬送などに使えた筈のヘリも、避難の為に全て回されている。
「‥‥彼らには無用だ、と言われてね。それでも、何かできる事は無いかと思って、ここで避難民を診ていたんだ」
 避難できない患者たちを抱えた大きな病院などでは、持ち場にとどまった医師も多いらしい。そこに運び込めれば、失われるかもしれない多くの命が助かるだろう。まさにクノスペが必要とされている状況に思えて、重責を感じたこだまは少し緊張した。
「これから状況は変わります。どなたか‥‥助手的なこと出来る方、来てもらえますか?」
 重ねて言葉をかけるこだまに動かされたのだろう。立ち上がったのは、彼女の倍は年長の者達ばかりだった。
「ここは、もう十分だろう」
「我々とて、間に合う物なら救いたいのだ」
 助手どころではない面々に恐縮しつつも、こだまは笑顔になるのを止められない。自分一人でできる事など限られている。
「この機体には簡単な医療設備があります。薬や包帯も一通りは積んでいますが‥‥」
「ふむ。未来の物と言っても、そう大きくは変わらんのだな。まあいい、私はこのカバン1つで」
 医師達を載せて、クノスペは再び離陸した。

「‥‥夢ならば、覚めないで欲しい物だな」
 タワーから外部を見たブラットは、次々に伝えられる朗報にそう言葉を漏らす。防衛用都市であるメトロポリタンXは有線での連絡網を持っているが故に、バグアのジャミングによる情報損失はこの時代にしては少ない。伝えられる情報によれば、謎の可変戦闘機群はUPCへと援護を申し出、実際に共闘を行っているらしい。その正体は判らないが、未来の人類だと称していると報告が来ていた。未確認の機体が自分を名指しで連絡してきた、と聞いたのはその時だ。
「ブラットさん。わたくし達は遠い未来に『最後の希望』と呼ばれた者達です」
 地上に降りた真紅のバイパー「夜叉姫」から、涼やかな少女の声がした。自分達にとっても、この遭遇は予期せぬものであった事。共に戦うにあたって、情報の統合が必要という事を語る。
「未来から‥‥か。君は、君たちは何者かね。軍人、とも見えないが」
 彼女が知るよりも幾分若いブラットは、眉を顰めた。騎兵隊の登場は歓迎すべきところだが、軍民共同の情報網と言う概念は彼らにはまだない
「恐れるな。わたしは初めであり、終りであり、また、生きている者である」
 情報網を担うハンナ・ルーベンス(ga5138)が、朗々と語る。シスターである彼女の口から響くと、厳粛な誓いにも似て聞こえた。ブラットは決断を迫られている。今目の前にいる者達を信じるか、否か。信じるに足る言葉はなく、ただ実際の行いのみを持って信じよ、という傭兵の流儀に彼は躊躇した。しかし、その躊躇はさほど長い物ではない。
「‥‥現在のこと、今後起ろうとすることを、書きとめよ、か。全守備隊へ告げる。新手の友軍に協力し、彼らからの指示についての諾否は現場の裁量で判断せよ」
 この時代のCICの性能からして、情報網【IN】の利用、と言う意味では下位に位置する形を取らざるを得ない。全てを集約するのは能力の意味でもブリュンヒルデが適任で、その補助に電子戦各機が当たる形になるだろう。陽子は、この時代の正規軍への懸け橋としてブリュンヒルデ艦載のワイズマンを帯同していた。着陸した同機は、そのまま現地の仮設指揮所へデータリンクを行う。
「私は、避難のお手伝いをするのです♪」
 美緒が元気よく言う。避難遅れの住人がいるのならば、その誘導と援護を行いたいという彼女に、現地の情報は不可欠だった。市内へ侵入したワームはまださほどいないが、先行したキメラが避難の障害になっているという。
「俺たちが盾になるから、その間に一般市民の避難と軍を後退させてくれ!」
 タワー周辺に降下した村雨 紫狼(gc7632)の通信が割り込んだ。時間稼ぎを行う、という彼の言は現実的ではある。いかにKVが奮戦しようとも、広い海岸線や市外の防衛ラインすべてを網羅するのは難しい。
「それから、超強力ミサイルでこれからギガワームに大穴を開ける! 巻き込まれないように注意してくれ!」
「ギガワーム‥‥を?」
 ブラットにとって、空に現れた巨大すぎる円盤の破壊というのは、想像の外にある事だった。

●南の防衛戦
 メトロポリタンXの防衛ラインは、極めて長大だ。バグアが攻めかかっているのは、東部の海岸線と南の半島先端側だった。機雷源を抜け、バリアー島の砲台を突破したワームやキメラは、水際から上がったところで【ガーデン】の反撃を受けていた。迂回した少数の集団も、同隊の分隊、および【魔弾】に各個に叩かれ進行は止まっている。
「ここはもう大丈夫そうだから、メリーさんは南に行くね!」
 東部の防衛線はまだ健在で、敵の出現や劣勢などは既存の通信設備だけでもまかなえた。しかし、南方は既に海岸を失い、半島の半ばまで敵は攻め上がっている。
「では、行きましょうか」
 ブラットとの会話を終えた陽子は、夜叉姫を立ち上がらせた。激戦地へ向かう事への、気負いはない。
「現状、為すべき事は明らかですな」
 市内外苑で戦車隊を救助したばかりの飯島 修司(ga7951)が、回線越しに言う。
「付き合う。不破 霞だ。夜叉姫の話は、姉から聞いている。よろしく」
 三十路半ばの修司はともかく、陽子と挨拶を交わす不破 霞(gb8820)はまだ若い。その事が「この時代の」軍人らには違和感を持って映った。
「気軽に言うが、上陸済みのワームは百や二百はいる。キメラに至っては数えられん。いくらなんでも無茶だ」
 佐官の階級章をつけた初老の士官が言う。馬鹿にする響きではなく、彼らの身を案じてのことだろう。修司はふむ、と顎下の髭を撫でてから答えた。
「率直に申し上げて、実に喜ばしい。まだまだ連中を倒し足りないと感じていた所でしたからな」
 思う存分暴れてやろう、という彼の返事に、顔を見合わせてから厳粛な視線で敬礼を送る戦車兵たち。しかし、修司にしてみれば当たり前の事を言ったまで、なのだろう。

「戦車部隊、下がって再編成を! この先に仲間がいます」
 ワームを撃ちぬいたクラーク・エアハルト(ga4961)の声に、窮地を救われた戦車は我に返った。残余の車両は2両。小川の向こうの残骸と、先ほどのワームが切り裂いていた物と、合わせて小隊だったのだろう。逃げ遅れた市民はいないか、と問うクラークに、このあたりは自然保護区に指定されており、住宅は無い筈だと答える下士官。
「助かったよ。あんた達、どこの部隊だ?」
「通りすがりの、しっと団総帥だ。覚えておけ!!」
 元気よく言う白虎(ga9191)を、苦笑しつつもクラークは特に訂正しなかった。状況が状況故の共闘だが、手の内を知りあっている相手だけになまじの相手よりもコンビが組みやすい、らしい。

 市外の外、まだ自然の残る丘陵地では、腹に響く砲撃音がとどろいていた。
「此処は引き受けた、負傷者は早く後方へ。戦える者は味方と合流せい」
 仁のゼカリア「護法」は、キメラの放つ火炎弾に小揺るぎだにせず、逆に砲撃で吹き飛ばす。
「戦車じゃぞ、その程度で通るか」
 言い放つ彼の操る「戦車」は長さも高さもそのあたりの戦車の2倍か3倍はあった。火力に至ってはその比ではない。
「後は任せてくれて良いよ。一度勝った相手に、負ける筈無いから」
 忌咲が言う。陸戦機であったがゆえに、小隊から離れての行動になった彼女は、他の二人とゼカリアをまとめて運用していた。グライダーが着陸できてゼカリアの巨体を持てあまさない場所、というのがそう多くなかったともいう。主砲がワームを貫くと、兵士は安堵したように頷いた。やはり、人型のロボットが剣や槍を振り回す構図は、どこか信じがたいらしい。
「もう勝ち目がないのは火を見るより明らか。とっとと本星にお帰りなされてはいかがです?」
 カタリーナが上から目線で言うも、それを聞いているバグア指揮官はどうやらいない。前線に上級指揮官以外の多数の有人機が現れ、細かい単位での指揮を行い始めたのは能力者が台頭してきてからの事だ。この時期のバグアはワームやキメラの群れを放って蹂躙するに任せている。カタリーナにしてみれば、少しばかり気が抜ける結果だが、鬱憤晴らしの対象は山のようにいた。

 当てが外れた、といえばアンジェリナ・ルヴァン(ga6940)もそうだ。彼女は、バグアの戦意を挫こうと考えていた。少なくとも、困惑によって後退を決意させようと。フィーニクスのプロトディメントレーザーを効果的に見せれば、人類側に存在する筈の無い兵器に混乱させることもできたかもしれない。
「しかし、見ている物が無人機だけだとはな」
 レーヴァテインを振るい、ワームを叩きのめす彼女の機体「リリエル・プロネクス」は一帯のワームやキメラに警戒対象と認知はされたのだろう。あるいは、単に周辺の敵を掃討しつくしただけかもしれない。
「‥‥話を付けに行くなら、あそこか」
 見上げた先に、巨大な円盤が浮いていた。この一戦で、未来のエアマーニェの1と同様、人類との和平に賛同するバグアが一人でも増えれば良い、と彼女は願う。しかし、バグアが考えを改めるには相応の力を見せねばならないだろう。

●半島の戦い
 激戦地からやや北に上ると保護区は終わりを告げ、建物が現れ始める。かつては居住者がいたと思しきとある小市街は、戦力の再集結地点となっていた。こだまのクノスペが落としていった医師も数名、活動を始めている。
「喰い尽くせ‥‥徹底的にな!」
 西島 百白(ga2123)の駆る阿修羅「虎白」がキメラを噛み裂く。新型KVに比べれば一回りは小さく、四足型の機体は同時期発売のKVと比較しても全高が低い。トラック程度のサイズの虎は、市街地戦には向いている。
「どうした‥‥侵略者? ‥‥息切れか?」
 百白の挑発を理解したわけではないだろうが、ワームと共に中程度のキメラの群が一角に突入してきた。
「リュウナ様、援護お願いしますね♪」
 東青 龍牙(gb5019)の声に、「わかったのら!」と元気に返すリュウナ・セルフィン(gb4746)機は、マリアンデールの「マリアン」だ。二人の機体のように縦横無尽に駆け回るには、いささかサイズが大きい。それ故に、6車線の道路で待機していた。いわば、2人は囮役だ。
「‥‥む。大漁‥‥だ」
「大丈夫? ひゃくにぃ。危険な事を頼んで、ゴメンね?」
 問題ない、と短く帰る言葉に、リュウナは頷く。
「龍の嬢ちゃん、そろそろ来るんか?」
「はい! ゆっくり10数えてください!」
 元気いっぱいの宣言に、砲身を並べる戦車と手持ち火器を構える歩兵たち。白虎、クラークのコンビやゼカリア隊などに窮地を救われた中で、まだ交戦能力を保っていた者達だ。直線道路の先に、虎白が駆け込んだ。遅れて、キメラが駆け込んでくる。KVほどではないが、意外と足は速い。
「まだなのら」
 無言の質問にそう答えて、砲身を向け直すリュウナ。横道から、ミカガミ「青龍機」が飛び出してくる。振り向きざまに、バルカンを放った。ワームが一機、滑るように姿を現して、待ち構えるマリアンの巨体に気づいた。
「リュウナ様、今です!」
 ドローム社の誇る高出力荷電粒子砲が、路上に溜まったキメラを焼き尽くしながらワームの横腹に着弾。そのまま背後まで焼き払う。囮役の2機は、素早く射線から離れていた。
「撃て!」
 ワームは動きを止めたが、射線から逸れていたキメラがいる。戦車砲やバズーカ、対戦車ミサイルが飛び、赤いフィールドがきらめいた。
「奴等のFFと言うバリアを衝くには、この時代の武器では力不足だ! 火力を一点に集中させろ!」
 孫六 兼元(gb5331)が良く響く声で言いつつ、突っ込んできたキメラを切り捨てる。この時期のバグアにとってKVによる格闘戦は初見であり、対応は鈍いと彼は踏んでいた。それは事実であり、各所で数の劣勢を覆す原動力となっている。アルヴァイムがまとめた基本戦術は、【IN】を通じてブラットの元へ届き、そこから前線各隊へと拡散していた。
「要を打たせるわけには行かないよな‥‥節約しねえとな」
 獅子鷹の白兵戦は、銃弾を節約する意図だった。この場が落ち着き次第、ギガワームへ後詰で乗り込もうと考える彼にしてみれば、ここで全力を使い果たす訳にはいかない。軍の火力支援もあてにしつつ、ヴァダーナフ「鬼斬丸」のサイズが許す限りにおいて、俊敏に立ち回る獅子鷹。
「さぁ! 地獄の鬼が片っ端から喰らってやるぞ!」
 ガッハッハ、と笑う兼元の機体はオウガの「天之尾羽張」だ。機体の名称から言えば鬼というよりは神なのだが、機体種別は紛う事なき食人鬼。寄せる敵に合わせて左右、時に背後へ縦横無尽に回りながら斬り捨てていく。

 陸上において、もっとも戦力が集中していたのは、半島の先端とセンタータワーの中間に近い一角だった。バグアに編成を行う知能があったわけではない。単に、いくつかの幹線が集中していただけだ。人間の掃討を命じられたキメラやワームにとって、道路を行くのは理にかなっている。
 ――そこに、怪物が降臨した。
「移動の手間が省けるのは、良いですね」
 涼しげに言う陽子の夜叉姫の周囲には、無残な残骸と屍が散らばっている。離れて戦えば、無造作に銃弾が飛び、近間に寄れば剣翼と大槍で刻まれ、穴を開けられる。バグアの無人機やキメラにとって、災厄の日だった。
「姉さんに聞いてた以上だな、これは‥‥。付き合うといった以上、私も無様を晒すわけにはいかんな‥‥!」
 丘に立った霞はそう、気合を入れる。陽子同様、霞も多対一の戦いを繰り広げており、無傷という訳にはいかない。視界の外、意識の外から来る攻撃を受ける事もあるし、装甲の無い場所に流れ弾を貰う事もある。それが戦争だ。だが、まだまだ動く。
「黒椿姫、限界まで付き合ってもらうぞ」
 愛機たるヴァダーナフの「黒椿姫」にそう声を掛けた。弾薬はもうないが、練機刀も振動爪も追加の練力消費を必要としてはおらず、機体が動く限りは戦える。「良いKVですね」と言う声に、笑みが浮かんだ。

「ふむ。夜叉姫は相変わらず猛威を奮いますな。『人類の守護者』此処にあり、ですな」
 状況を確認した修司が、普段通りの口調で言う。彼の周囲にも、敵の残骸が山と積まれていた。剣と槍の違いこそあれ、彼のディアブロも長期戦仕様だ。陽子と霞が敵の集結地へ降りたのとほぼ同時期に、彼もまた前線へ向かったのだが、今まで補給の必要を感じていない。
『‥‥死ぬ気か!?』
 更に敵中へ向かう、といった彼に、救助した戦車隊の兵士は唖然とした表情を向けた。単純な戦闘力のみでいえば、夜叉姫をも凌駕する彼だが、陽子のような不可能を可能に変えてしまいそうに見える戦場のカリスマでは無い。兵士たちが、懸命に「命の恩人の無謀な行動」を止めようと言葉を尽くしたのを思い出し、一つ頷く。
「この程度では、満腹には程遠いですな。自分は大喰らいでして」
 飛び出してきた新手のワームを一撃で沈黙させ、彼は再び南へ向けて歩き出した。

●ギガワーム
 一部のKVは、ギガワームの至近まで切り込んでいた。未来に比して薄いとはいえ、対空砲火が飛ぶ中の攻撃は、相応に危険を孕む。
「ちょっと卑怯かもしれないけど、未来の戦力味わって貰うわ」
 【アクアリウム】の遠石 一千風(ga3970)がプロトン砲をかいくぐり、スナイパーライフルを放った。数度にわたる反復攻撃は、確かにダメージを与えてはいる。この時代、勝利を収める事ができれば歴史が変わるのかもしれない。弟が死なずにすむ、という思いは彼女に力を与えていた。
「ふふん、こっちは本命が来るまでの目くらましだから‥‥、とは言ってもここまで効かないのも癪に障るわね」
 ゴールドラッシュ(ga3170)が口をへの字に曲げる。これを落としてこの時代のUPCから報酬をふんだくる、という図が絵に描いた餅になる事は避けねばならない。
「僕の持つ全力全開! それをアクアリウムの皆と合わせて‥‥!」
 ならば、とオルカ・スパイホップ(gc1882)が前へ出る。少年は、【アクアリウム】に属した事で多くを学んだ。共に掴んだ勝利の喜びも、手傷を負って出撃できなかった悔しさも、成長も挫折も、数え切れないほど多くを。だからこそ、小隊の仲間へそれを返したい。いや、自分が仲間から何を得たのかを見せつけたい、と彼は思う。
「及ばずながら、援護します」
 小隊の所属歴から言えば彼よりも後輩のガーネット=クロウ(gb1717)が銃撃を送った。オルカのスカイセイバーが変形、一撃目でプロトン砲の砲身根元を薙ぎ、二撃目、三撃目で砲台を突き刺した。戦果を確認せず、そのまま反転して離脱する。
「やるじゃない、オルカ。それじゃあ、私も」
 陽気に言うシャロン・エイヴァリー(ga1843)は、加速を加えつつ対空砲の穴へ自機を滑り込ませる。長く連れ添った愛機は乗り手の思いに答え、描いたコースをトレースした。青いイルカを、鏑木 硯(ga0280)が放った多数のミサイルが追い越していく。アグレッシブフォースで強化された多弾頭ミサイルの炎がギガワームの表面を叩いた。
「サンキュ、硯。あとでハグしたげる」
 自分の気持ちを抑える必要が無くなってからしばらく経つが、まだ照れはある。自分がそうしたいだけ、なのかもしれないが、酒でも入らなければそうそう素は出せない。
「はは、楽しみにしてます」
 苦笑交じりに、硯が答える。内心、恋人の迷いの無さが眩しかった。シャロン機から投下されたプラズマ弾がギガワームの表面を、砲台修理に出てきた補修ワームの群れごと焼き払う。
「対空兵器は途切れないわね」
 突入の機をうかがっていたクレミア・ストレイカー(gb7450)は、敵の備えの厚さにため息を吐いた。相手は10kmの巨大円盤だけに、壊しても壊しても切りがない。よくよく観察していれば、一度破壊された筈の砲台が再び砲撃を始める事すらあった。補修能力は、極めて高いようだ。

「さて、どっちもこっちも敵だらけか。こっちにも来るのは判ってたが」
 水円・一(gb0495)は新手のヘルメットワームを認めて苦笑した。高空からギガワームの頭上を取ってみたものの、敵が見落としてくれることは無かったらしい。
「そのミサイル、目立ち‥‥ますから‥‥」
 控えめに指摘したのは、同じくギガワームの直上から観察していたラナ・ヴェクサー(gc1748)だ。ヘルメットワームの発着口を見つけ、爆撃しようとも狙っていたのだが、バグアは全機を出撃させたらしくハッチが開かない。もっとも、ハッチを破壊したとしてもそこから内部へ切り込むのは困難だ。過去の資料からすると、ワームの格納庫を含むほとんどの防衛施設はぶあつい装甲の上層に埋まっている。
「まあ、確かに目立つにしても‥‥、急に忙しなってへん? ‥‥っとと、また来よった」
 コロナを駆る桐生 水面(gb0679)も、慌しく動いている。彼女達2機は、人類側の必殺兵器の護衛だった。全長50m、言うまでも無く機載ミサイルとしては史上最大、空前絶後の兵器だ。
「行こう! 今のボクたちには力がある。この力は守るためのものだ!」
 大型ミサイル「Xmasツリー」を抱えた栗花落は、そう発破を掛ける。おそらく、バグアは彼女の存在に気づいたのだろう。これ以上の妨害が入る前に、突入すべきと思えた。
「GWの主砲1基が潰れている。やるならそこだ!」
 館山 西土朗(gb8573)の声に決然と頷き、栗花落は機首を下げた。一のディスタンと水面のコロナが露払いに先行する。
「Xmasツリー、発射!」
 栗花落の声が、回線に響いた。

 時代を超えて現れた新兵器のKVに、バグアは明らかに適応できていなかった。しかし、知力面でバグアが人類に劣っている訳ではない。発想力や応用力こそ欠けているが、単純な処理に関してはバグアは人類の遥か上をいっている。例えば、情報収集と整理。
「‥‥超強力ミサイル、ですか」
 エミタ・スチムソンは、人類側の回線で交わされる情報の中から、紫狼の発したその単語を拾い上げた。普段であれば、敗北に錯乱した兵士の夢想として無視していたかもしれない。しかし、戦場に現れた新手の人間達は、ギガワームの薄皮一枚に傷をつける程度の攻撃力しかもっていないのに、不自然なまでに自信に満ちていた。
「ふん、ならばその希望を折ってやれば良い」
 ブライトンは、そう断じる。家畜である人類に、「勝てるかも知れない」と思わせるのは良い。しかし、「勝てる」と思えば人類は努力を怠るようになる。それはバグアの望むところではなかった。

 時期外れのクリスマスを告げる乙女の声が、耳に届く。エミタは薄く笑って動き出した。
「シェイド、確認!」
 同時に多数の声が、回線を飛び交う。現れた漆黒の機体は優雅な軌道で発射されたばかりの巨大ミサイルへ向かった。
「これが希望なら、脆い物ですね」
 KVの全長を上回るサイズのミサイルが、瞬時に分割される。輝く刃が、シェイドの両手に現れていた。大爆発を背にゆらりと佇む暗黒の機体。
「出たな‥‥! 姫、データの収集頼む!」
 【アクティブ・ガンナー】の夜十字・信人(ga8235)がそう指示を飛ばした。


●シェイド出現
 地球上で猛威を振るったシェイドが、最初に記録に現れたのは2008年の名古屋でと言う事になっている。それ以前の遭遇があったのかもしれないが、記録を残せる程の余裕が無かっただけかもしれない。
『私はエミタ・スチムソン。そう、貴方達UPCのエースだったエミタ・スチムソンです。貴方達の希望は今、破壊されました』
 冷たい声が、人類側の共通回線を渡る。
「スチムソン博士の孫の、スチムソン大尉か。本当に現れるとは、見事な予測だな」
 しかし、それを知らされていた者たちにとって、驚きはない。未来からの援軍は、この時代のこの場所に全軍の副官たるエミタがいると予測し、ブラット達にもそれを共有していた。後は、どのタイミングで現れるかだけ。シェイド出現の知らせは、敵の宣言とほぼ同時に情報網を飛んだ。
「はがいか‥‥! なんね、こげんはよ出てくるか」
 センタータワーの上空から遥か南を睨んで、有希が忌々しげに言う。今から全速で飛んでも仕掛けるのに間に合いはすまい。そもそも、まだタワー周辺の安全は完全には確保しきれていない今、愛妻の為にもこの場を離れる訳にもいかなかった。
「乱戦になってから現れると思っていたが、先に特定できたのはありがたい。各機、直衛を離れて前に出るぞ!」
 信人が言う。待ち構えていたのは、【アクテイブ・ガンナー】だけではない。このタイミングでの登場を予期していた者もいる。
「GWと離したいトコだね、シェイドでぶっ潰すのを繰り返されるのはつまらない」
 夢守 ルキア(gb9436)は冷静に、そして楽しそうにそう告げた。ギガワームの攻略は、この後が本番だ。G5弾頭での攻撃の際には、手出しできないようにしておきたい。
「さぁ、踊ろうかリストレイン。挑む敵は強く、壁は高い。ボクらの舞台に相応しいぞぉ」
 薄く、レインウォーカー(gc2524)は笑みを浮かべる。彼にとってこの戦いは、望んでも得られぬ望外のものだった。戦いに踊る胸、焦がれる想い。それは、戦いに生きるジョーカーのみならず、普段は冷静沈着な男の魂をも震わせている。

「この先は管制までする余裕は無い。ポートを開くので後はそちらで回してくれ」
「‥‥了解です」
 祐介からの通信を聞いたハンナは、僅かな間の後にそう頷いた。
「ん、任されるよ、祐介センセ」
 骸龍の「イクシオン」を駆るルキアは、どこか楽しげに言う。大規模作戦で管制に携わっていた面々は、多かれ少なかれ彼の声を聞いたことがあった。常に裏方にいた、情報網の子守番。巻き込まれ、あるいは狙われて撃墜されることはあれど、自ら戦いに向かう事は、今までなかったかもしれない。
「エミタ。それにシェイド、か」
 時枝・悠(ga8810)もまた、柄にもない高ぶりを覚えている。彼女の愛機、ディアブロの名を冠するアンジェリカは、シェイドの存在を念頭において開発された筈だ。なれば、一度くらいその全力を発揮させてやりたい、と願うのは乗り手のエゴだろうか。
「行こうか、相棒。名に違わぬ力を示そう」
 悪魔ではなく、天使でもなく、最後の希望の名に違わぬ力を。

「‥‥ヘンリーさん達も、どこかで見てるのかな」
 ヴァルタンは、ふとそう呟く。ドロームと言う組織はバグアの落とす影の中にあったが、その構成員はそれぞれの立場で、抗っていた。傍流の開発室にいた彼女の想い人や、その他の面々の思いを受けた機体。あの漆黒の敵を討つべく作られた、大気圏内最強を謳われる討伐者を、彼女とクリアの二人が駆る。
「思っていたよりも、早かったわね」
 【AinSophAur】にも、その血に連なる機体がいた。ケイ・リヒャルト(ga0598)はフェニックスを、鐘依 透(ga6282)はスカイセイバーを駆り、眼下の巨大な円盤とエミタを見る。2つの大敵の距離は、現時点ではゼロに近い。
「今は、まだ‥‥様子を伺いましょう」
 切り込むタイミングは、シェイドの余裕が崩れた時。ギガワームが大打撃を受けるか、あるいは大技を繰り出すか――。

「アルジェ君、フェイ、K02の斉射で護衛の雑魚を散らす! ああ、一回分はシェイドに取っておいて! ファイア!」
 エミタの周辺の敵機へ、【アクティブ・ガンナー】が攻撃を開始した。
「了解、最大射程から道を開く‥‥。カプロイアミサイルブーストシステム起動、照準‥‥正面の敵HW群」
「判りました。フォースアセンション使用、行きますよ!」
 フェイトのヴァダーナフが突っ込み、そのやや後方からアルジェ(gb4812)のフェイルノート「Missile Kitty」が射撃体勢に入った。
「マルチロック完了‥‥K02フルバースト!」
 三度、多弾頭ミサイルの猛威が敵機を襲う。兵衛とクラリッサの2機も空域へ進出、ワームの掃討に参加する。その様子を、エミタは冷静に見ていた。
『確かに、これまでの人間の機体に比べて、攻撃力は大きいようです。しかもフォースフィールドを何らかの効果で無効化していますね。‥‥このシェイドに挑む、資格を認めましょう』
 あくまでも上からの目線で語るエミタ。いかにKVが強力と言えど、機体の性能では彼女のシェイドには遠く及ばない。逆に言えば、傭兵達もシェイドの脅威を知悉していた。隙を伺い、牙を研ぎ澄ませていたのは【AinSophAur】のみではない。シエルや時雨も、味方の作った隙を捉えて切り込もうと考えている。では誰が、ネコの首に鈴をつけるのか。
「行くぞ流星皇。バグアの『最強』に挑戦だ」
 剣一郎が踏み込む。
「ぶちかますぞ、相棒」
 時枝が静かに、愛機へ語りかける。
「この瞬間、魔神と化して全てをかける!! 逃げるなよシェイド!!」
 王零が、吼える。漆黒の影は悠然と、挑戦を迎え撃った。

●シェイド猛襲
「付き合って貰うぞ、エミタ・スチムソン!」
 剣一郎が叫ぶ。ソードウィングの一閃を、エミタは変形して切り払った。
『‥‥人間だとしたら、興味深い能力の個体ですね。できれば回収してブライトン博士の元へ‥‥』
「脇が甘いぞ、シェイド」
 近接した時枝が機銃弾をばら撒いた。避けるまでも無し、とばかりに無視して撃ち返すエミタ。時枝の乗機、一見してディアブロにしか見えぬアンジェリカが紅の光線に呑みこまれる。2機の攻撃に合わせて、王零が仕掛けた。
「吼えろ、鬼帝‥‥。モードN、起動!」
 王零のヴァダーナフ「ダーナヴァサムラータ」の外部フレームが開き、内部が露出する。と、同時に両肩の「乱星」がベアリング弾をまき散らした。牽制だった他の2機とは違う不退転の気迫。
『こんな目くらましで‥‥』
「まだまだァ!」
 正面切って突っ込んだ王零が、左腕を突き出す。放電を纏った一撃が、漆黒の装甲を捉えた。そのままジャイレイトフィアーで切りかかろうとする。一撃、二撃。そのまま組み付こうとした、瞬間。
『ブライトン博士より拝領したシェイドに、傷をつけるとは‥‥。死を持って償いなさい、下郎』
 シェイドが双剣を振るった。鬼帝の腕が吹き飛び、頭から敵に激突する。三つ目の特徴的なフェイスがひしゃげ、予備カメラに切り替わった。ずるりと滑り、そのまま海面へ落ちていく機体からコクピットシェルが射出される。
「‥‥相打ちに持って行けるか、と思ったが‥‥甘かったか」
 血がべったりと王零の顔の半ばを覆っていた。自壊までのカウントダウンはまだ20秒を残している。

 10秒、足が止まった。傭兵はその隙を見逃さない。ファルルのヴィジョンアイが、シェイドの動きを捕捉する。
「名古屋ではS−01やR−01ですら対抗できたのよ? 私たちの機体で撃墜できなかったら、UPC傭兵の名折れよ!」
 そう、王零が示したように、今のシェイドは手が届かぬ敵ではない。エミタ最期の戦いのとき、長期にわたる交戦の末に百機以上で追い込んだシェイドよりも旧式なのだろう。明らかに動きが鈍かった。
「時雨、全力でお願い! ツインブースト起動。こっちも私とミーティアの全力でお相手するよ!」
 シエルの声にあわせ、時雨の「エレクトラ」が出る。SES増幅装置を4連結し、更にSESエンハンサーを上乗せした必殺の荷電粒子砲がシェイドへ飛んだ。
「合わせます」
「今なら、当たるだろ」
 霞澄の「セラフィエル・ウイング」と時枝の「デアボリカ」が、G放電装置で牽制を仕掛ける。命中精度と、威力と。人類圏でも屈指の破壊力を持つだろうアンジェリカ3機が、期せずして同じタイミングで仕掛けた。
『‥‥くっ』
 被弾の衝撃に、エミタは眉を顰める。損傷の過多は問題ではない。彼女にしてみれば、命中弾を受けること自体が屈辱だった。怒りを込めたプロトン砲が周囲を薙ぎ払い、セラフィエル・ウイングを後退させる。そのシェイドの猛攻を、数多の目が見つめていた。
「これだけの目があれば…! ヨッちー! 機動予測データ更新です!」
 何やら妙なポーズと共に、隊長へそう申告する薄芽。信人らは周辺のヘルメットワームを掃除し続けている。いざと言う時、利用される駒は、少ない方が良い。かつて、敵を追い込みながらも最後に無人機の妨害で取り逃がした事があった。人類は二度、同じ轍は踏まない。
「‥‥ブリュンヒルデとリンク‥‥過去7年のエミタ・シェイドの交戦記録から機動予測を算出‥‥」
 憐のピュアホワイト「バロール」もまた、その魔眼を漆黒の悪魔へと向けた。砲撃機3機に代わって、再び剣一郎が突っ込む。彼だけではない。動いた戦場へは、更なる踊り手があがっていた。
「幸運か、それとも不幸か。どちらかは戦って決めるとしようか」
 嘯いたレインウォーカーは、ブーストを起動。急加速で切り込みつつ、レーザーとミサイルをばら撒く。新居・やすかず(ga1891)のリヴァティがその動きに呼応し、交差するように突っ込んだ。奇しくも、攻撃手段は同じ。高分子レーザー砲「サンフレーア」を撃ちこみつつ、GP−9ミサイルポッドをばら撒く。
『無駄です』
 言い放ち、その全てを回避するシェイド。しかし、エミタは機内で眉を顰めていた。なぜ、彼らは恐れを感じた様子が無いのか。まさか、シェイドに僅かな傷をつけた程度で図に乗ったのか。彼女の圧倒的な戦力を理解しえない筈もないのに、士気が落ちた様子はない。そんな新手に影響されたのだろう。ヘルメットワームに仕掛ける戦闘機群も、明らかに勢いを盛り返していた。
『貴方達は、絶望の前にあがく小虫。分をわきまえなさい』
 人間は恐怖の感情に影響を受ける生き物だと、彼女は知っている。だが、絶望の中に差した希望がどれだけの力を持つかを、知らない。下方から、雷が駆け上った。
『確かに撃墜した、と思いましたが‥‥、不足でしたか』
「安い絶望だ。何度乗り越えたと思ってる」
 時枝がそう、言い放つ。焼け焦げた悪魔の外装の下には、純白の天使が隠れていた。
「ありったけの情報を回してくれ。30秒‥‥全力を尽くしてそこ迄だ」
 ワイズマン「ラプラス」のコクピット内では、祐介がめまぐるしいデータと格闘していた。
「収集された過去のデータとのズレを補正‥‥、78%。情報網の移管、完了‥‥。まだだ。まだ早い」
 複数のスクリーンからの照り返しで、動きの無い筈の彼の表情が躍る。

●G5弾頭
 シェイド出現の知らせは、ブリュンヒルデへも届いた。行方の知れなかったカードが表になった今こそ、こちらの切り札を切るときだ。
『G5弾頭を発射するわ。各機、援護をお願い』
 その声に応じて、鹿島とケイ、ヨハンが前に出る。アイアスが多段頭ミサイルを斉射し、帝虎がスラスターライフルで撃ちぬいた。ヨハンのディアマントシュタオプ「weiβe Eule」が左右に並べたレーザー「フィロソフィー」をばら撒く。ギガワーム側では、【アクアリウム】、それに大型ミサイルの攻撃を敢行した栗花落と護衛の一、水面に、【HB】の3機が対空網に猛攻を加えていた。
「行くよ皆! 電撃戦は【HB】の得意技だってことを、こっちのブライトンにも思い知らせたげようじゃない!」
 羽矢子の檄に、クローカ・ルイシコフ(gc7747)は頷いた。この世界のどこかには、これから苦しむことになる過去の自分がいる。それを救うために、自分は死んでも良いと、彼は思った。
「そんな弾には当たらないんだからなっ! ‥‥さぁ、GWへの道を切り開け、プロトディメントレーザー!」
 迎撃機の攻撃を残像回避で避け、そのまま発射姿勢に入る凛。幅の太い光条が敵機を数機、巻き込んだ。落ちていく敵機を見ながら、ふと迷いが過る。過去が変われば、それに繋がる未来も変わってしまうのではないか、と。
「‥‥いや、たとえ歴史が変わっても、凛とチェラルは必ず出会える、だから凛は彼奴を今倒す!」

「そろそろいいタイミングではないかな。おそらく」
 錦織・長郎(ga8268)が飄々と言った。モニター越しに見える頭上を埋める巨大な円盤は、僅かに青みがかって見える。彼は、敵の真下の水中にいた。
「海から上がってくる等、まさか想像もつくまい」
 ほくそ笑むルナフィリア・天剣(ga8313)の言うとおり、ギガワームは全く下に警戒していなかった。水中に敵がいなかったわけではないのだが、野良キメラ程度ならば脅威ではない。
「ああ。パピルサグとクラーケンの本領を見せてやるとしよう」
 妹へ同意するエルファブラ・A・A(gb3451)。3機のKVが海面へ浮上した。長郎のオロチ「ケツァルコアトル」がロケットの勢いのままに離水し、ミサイルを発射する。続いたクラーケン「デビルフィッシュ」とパピルサグ「フィンスタニス」も、ミサイル攻撃を開始した。鈍重なギガワームの、下側プロトン砲が怪光線を放ち始めるのを急旋回で回避しつつ、更に接近して砲座を狙う。
「偶には派手にやるとしようか。では受け取れ」
 エルファブラが言い、ルナフィリアが螺旋弾頭ミサイルを発射した。更に接近したエルファブラが、DR−2荷電粒子砲を撃ちこむ。バグアの技術で開発されたと噂される、ドロームの秘匿兵器がギガワームに向けられるめぐりあわせに、エルファブラは笑った。ヘルメットワームの幾分かが、うるさい敵機の迎撃の為に下へと回った頃合いを見て、G5弾2発を含むミサイルが8基、ブリュンヒルデから発射される。バグアにとっては未知の筈の、破壊兵器。
「見たことの無い兵器相手なら対応も遅れるだろうが‥‥その遅れが致命的だ」
 蒼志はそう呟き、機体を変形させる。艦上の砲台の役目を返上し、ギガワームへ向かおうというのだ。
(作戦、採用してくれたのか‥‥)
 クローカはふっと微笑んだ。初手で半分を使い突破口を開き、内部を破壊して後、トドメに残りを撃ちこむ、というのが、蒼志や彼をはじめとする傭兵数名が提案した作戦だ。しかし、長距離ミサイルの動きは鈍い。的のようなものだ。プロトン砲を遮るように、堅牢な帝虎が前に出る。しかし、身を挺したとしても護れるのは所詮一発。
「くそ‥‥!」
 ケイが歯噛みした、瞬間一機のフェニックスが割り込む。
「悪いが、邪魔をさせるわけにはいかない」
 補給に戻っていた毅だった。普段とは違って、今日は口数が多い。戦闘マシーンではなく、英雄じみた行動を取るのは柄でもない、と思いつつも。
(これで、歴史は変えられる‥‥)
 外殻を叩く攻撃に、破損する機体。鳴り響くアラートを無視して、濃淡の蒼にグレーの迷彩柄のスレイヤーが空中分解するまで、毅は前を見ていた。


 全長10kmの巨大ギガワームが震えた。
『‥‥何だ、これは』
 ブライトンが、不快気に呻く。状況を確認しようにも、一角は完全に通信が途絶していた。対空兵器やワームを管制していたブロック指揮官からも返答はない。分厚いギガワームの装甲内部の指揮施設が一瞬で破壊されるというのは、これまでに確認されたいかなる攻撃でもありえなかった。
『まさか‥‥、サルどもの新兵器とでもいうのか』
 艦内の防衛機構が稼働し始めている。ブライトンは忌々しげに、一部の欠けたスクリーンを睨んだ。


●東部陸上戦
 ガーデン各機は、数度の攻勢を跳ね返し、現在交代で補給を受けていた。
「大変な状況だな」
 などと他人事のように言っていた鳳 勇(gc4096)こそが、今は手一杯な状況だ。レオーネと二機で手分けしつつ、てきぱきと進めていく。ガーデンだけでも10機近くいるというのに、地上戦に出たKVは更に多い。その分、この時代のUPC軍は助かっているのだろう。
「交渉は、何とか無事にまとまったみたいですね」
 通信網の様子をうかがっていた雲雁が言う。ブラットの指揮所をリンクに取り込んだことにより、UPCの展開情報が詳細になったようだ。
「そうか。‥‥全機、タワーへ向け敬礼!」
 神撫の指示に応じて、巨大な人型が一斉に手を挙げる。
「さあ、補給も終わったら、派手に行きやがろうです」
 シーヴが再び、隊を鼓舞した。彼女の鋼龍の足はお世辞にも早いとは言えず、突撃するならば先に動かなければ遅れを取る。
「この204はお前達バグアを屠るために開発された!!」
 続いたゲシュペンストがパイルバンカーを撃ちこみ、ワームを停止させた。神撫が正面の敵機を叩き壊す。
「全機蜂矢陣形! 敵陣を中央突破する! おれにつづけぇぇぇぇ!」
 3対の推進装甲を展開し、「天駆」が前進を開始した。
「お供‥‥します」
「我ら心優しき庭師の庭園に集いし勇士! 地上の護り手ガーデンの名の下に、世に仇成すバグアを打ち破らん!」
 ルノアと藍紗が声をあげて続く。騎士物語か、戦国絵巻と言った様相だが、不思議と様になっていた。
「左翼から来ます。注意を」
 フォルが不意に、そう注意を喚起した。バグアも馬鹿ではないのか、叩かれたのとは別のルートから進もうとしているらしい。
「目の前に立ちふさがるなら、擂り潰すのみです!」
 リゼットが声高くそう宣言し、大地と覚羅と共に、迎撃に回る。
「オイテメェら! 付いて来れるヤツァ来い! 連中に『正々堂々』ってのはどんなモンか、見せてやろうぜ!」
「おうよ、ちょうど補給も終わったしな!」
 大地の声に、紫狼が応じた。そんな傭兵たちから、離れる影が一つ。
(ったく、何がどうなっても史実は変わらないだろうに‥‥。ふふ。でも、そういうものの方が張り切れるってことかしらね?)
 ミシェル・オーリオ(gc6415)は、そんな仲間達を微笑ましげに眺めていた。彼女自身は、その熱から一歩引いている。むしろ、【ガーデン】の仲間が熱に煽られた様子を眺めるのが、楽しい。
「さて、と‥‥」
 進軍を開始した仲間を見送ってから、スナイパーライフルを手に、傾いたトーチカの上へと向かう。見晴らしの良い場所から辺りを見回し、無造作に狙いをつけて引き金を絞った。
「ばぁん、ってね。ふふ。生身の戦いっていうのも、体験しておきたいものだと思うのよ?」
 どさ、と倒れる影を遠望しつつ、次の目標を求めてミシェルは目を細める。彼女以外にも、生身での活動を選んだ傭兵達がいた。

 兵士達の眼前に迫ったキメラの群れが、突如動きを止める。
「ユウねーさま、京夜にーさま、行きましょうですの!」
 まだ幼いクリスティン・ノール(gc6632)の声が戦場に響き、猛烈な銃撃音がそれに応えた。ブリットストーム、文字通りの嵐のような攻撃に一歩も動けぬキメラの元へ、黒い旋風が駆け込んだ。軽々と振るわれた斧が異形の頭部を吹き飛ばし、吹き出した鮮血が辺りを朱に染める。兵士は、それを呆然と見ていた。
「もう大丈夫、心配いらないです!」
「なんだ‥‥天使?」
 ふわり、と路地裏から顔を出したユウ・ターナー(gc2715)を目にした若い兵士がそう呟く。斧を担いだ緋沼 京夜(ga6138)と目が合った軍曹の口からは、思わず悪魔か、という一言が漏れた。
「俺達は天使でも悪魔でもない。お前達がこの瞬間を守り抜いたからこそ、こうして存在できる、ただの傭兵さ」
「傭兵‥‥?」
 会話の間に、クリスが救急箱を持って走り回る。ニコニコと近づく少女に、ぎょっとしたように身を引く者もいた。だが、銃を向けるものは無く。
(――そうか。まだ、そこまでの地獄じゃない、か)
 京夜は記憶の中の7年前を思い起こす。バグアは強大な敵で、ブライトンのような浚われた人間が敵に洗脳されているらしい、とはわかっていた。だが、昨日までの戦友と殺し合うような事態は、起きていない。生身のバグアが戦場に出てくるようになったのは、比較的最近の事だったらしい。
「味方の状況と道に詳しい奴は、車両を持って同行してくれ」
 その前の言葉の意味は、理解できなかった。しかし、自分達にできる事がある、という事実が兵士達の緊張を解いた。傷が重い者は後方へ、まだ戦える意思と力のある者は共に。
「‥‥くそ、カブトムシだ!」
 見張りの兵士の絶叫が、空気を変えた。この時代、生身でヘルメットワームに遭遇することは死を意味する。兵士達の目は、希望の灯を失いかけていた。
「‥‥死地を巡る。行くぞ、ユウ。クリス!」
 隣の少女達を見て、思う。この場の軍人達は彼にとって過ぎ去りし日々の戦友。いま、京夜を支えている戦友は、この2人だ。彼の心が闇に堕ちる事を、上を見上げる少女達の金色の輝きは許さなかった。
「援護するよ!」
 銃声と共にヘルメットワームの砲身が弾け飛んだ。
「必殺、両、断、剣!ですのー!」
 衝撃と共にワームが揺れ、破片と爆風が視界を過ぎる。まだ動きを止めぬ敵へと、大またに歩み寄る京夜の背を、銃弾が追い越していく。
「‥‥援護射撃、放て!」
「何者かは知らんが、ガキ連れにだけやらせるかよ」
 口元を僅かに歪め、京夜は思う。この戦いの後の一服は、悪くなさそうだ、と。

●シェイド、堕つ
 惑いが、僅かに動きを鈍らせた瞬間。ギガワームの方角に巨大な閃光が2つ、生じた。
『何事ですか』
「今!!」
 複数の声が上がる。シェイドが最大の隙を見せるのは、ギガワームに被害が出た瞬間と読んでいた【AinSophAur】の4人が、中天から急降下してきた。傷を負いつつも喰らいついていた剣一郎や時枝、やすかずらもまだ健在だ。
「タクティクスプレディクション起動‥‥。見せろ、ラプラス。未来を‥‥!」
 祐介が言う。瞬間、彼は全てを知覚した。一瞬自失したシェイド。近距離から即座に切り返す剣一郎の『流星皇』。レインウォーカーとやすかずも、近い位置にいた。牽制ではなく本命の突撃に備える時枝。時雨はやや離れてリロード中だ。ルキアはやや下方。上に目を転じれば、高空の4機。ヴァルタン、クリアの2機も、本命の近接戦に切り替えようとしている。そして周囲の掃討を行っていた【アクティブ・ガンナー】各機も、この瞬間に仕掛ける構えを見せていた。
「2秒後まで、シェイドは現在位置、そのままポイントAへ移動‥‥」
 予測をもとに、祐介は知覚範囲のすべての機体へ誘導指示を出し始める。
「‥‥タイムパラドックスなど知った事では有りません‥‥」
 憐は、電子戦機を前線に出していた。必要な情報を、僅かでも深く。そして、攻撃に向かう友人達への援護に、僅かなりとできる事があるのなら。
「救えなかったメトロポリタンXが救えるならば‥‥ただ全力で‥‥」
 祐介の示したシェイドの退路を塞ぐように、帯電粒子砲を放つ。攻撃が効かずとも、機先を制されれば足が止まるものだ。エミタの反応速度ならば、憐の攻撃が「見えてしまう」故に。
『‥‥くっ、流れ弾ですか』
 僅かに、旋回が遅れた瞬間。
「交差攻撃、そのままどうぞ、進入角度はコンマ4下、6右」
 その遅れを予測して、祐介はクリアとヴァルタンへ送りつけていた。さらに、2人の癖を知る憐がそれを補正する。旋回したばかりのエミタの、正面から二機が迫った。
『‥‥捨て身、という事ですか。いや‥‥』
 体当たりではない、微妙に逸れた軌道で迫る2機が、至近で放った銃弾を切り落とす。その程度で、と言いかけたエミタの目が、開かれた。
「貫けぇぇぇ!」
 ブーストによる慣性制御、そして空中変形を伴う反転。油断からかもしれない。一瞬、背中を晒したシェイドへ、ヴァルタンのロンゴミニアトが伸びる。
「これがシェイドを落す為に作られた、人類の『剣』の力!!」
 ヴァルタンへ対処しようとした刹那、クリアの白雪が脇へ入った。装甲の薄い側面を、短い光の刃が突き刺す。
『‥‥ッ!』
 息を呑み、転回しつつ双剣を振るうエミタのシェイド。クリアを捉えた筈の攻撃は、左手が遅れた。槍と練剣を打ち払われ態勢の崩れた2機が戦闘機形態に戻る瞬間を、怒りに燃える視線で刺す。
「予測。2秒後に連装プロトン砲を使用。最適回避角度を転送‥‥」
 20門にも及ぶプロトン砲の斉射からは、逃れる術など無い。だが、被害を少なくすることはできる。烈火のごとく憤ったエミタの追撃も、クリアとヴァルタンを落とす事は出来なかった。修復には時間が掛かる機体だ。過去のパターン通りなら、損傷したシェイドは後退しようとするだろうと、クリアは思う。それだけであっても、当座の勝利にはなる。
「‥‥撤退では温い‥‥撃破、します‥‥」
 が、セシリア・D・篠畑(ga0475)は、彼女を逃がすつもりはなかった。シュテルン「シレンス」の翼が大気を裂き、ミサイルを発射する。
「勿論よ。エミタ、貴女のその隙‥‥、衝かせて貰うわ」
 ケイのフェニックス「トロイメライ」も、多弾頭ミサイルを撃ち放った。僅かにタイミングをずらして、ヤナギ・エリューナク(gb5107)のディアブロ「スティングレイ」が右翼側を叩く。同時に、更に多数のミサイルが集弾した。
「全機、これで打ち止めだ。残さずぶっ放せ!」
「了解しました、信人兄さん」
「合わせる‥‥!」
 【アクティブ・ガンナー】各機が残していた、最後の多弾頭ミサイルが空に盛大な炎の帯を作る。
『小賢しい‥‥!』
 一斉射撃後に切り込んだフェイトとアルジェは、急ターンしたシェイドに回避された。祐介はその動きを先に読み、【AinSophAur】へ伝達。予測交差位置の寸前で人型に転じたケイの「トロイメライ」が鋭い一撃を放つ。それに気を取られたタイミングで、透のスカイセイバー「空鏡」も空中変形した。
「僕達1人1人は貴女には遠く及ばないのかもしれない。でも、僕らは力を合わせて高め合ってきた」
 だから、勝利できたと透は言う。言いながら、練剣「ベズワル」を突き立てた。
「もうこの空は奪わせない‥‥。未来だろうと、過去だろうと‥‥、僕らは貴女に‥‥貴女達に勝ってみせる!」
 一瞬の攻撃力の為に鍛え上げられた光の剣が、三度閃く。それは、傷ついた黒い装甲の隙間を抜いて、内部機構へとダメージを与えた。
「ははっ‥‥やった‥‥」
 気が緩んだ瞬間、黒い悪魔の触手が「空鏡」に迫る。が、鞭のような触手は透へ届きはしなかった。
「ここでヤんねーで何処でオトコを魅せるってンだよ‥‥っ!」
「‥‥女も、ですが‥‥」
 ヤナギとセシリアが、一手遅らせて攻撃をしかけていたのだ。もとより、目的は仲間の離脱を助ける為。生還まで含めて、彼女達は作戦を立てていた。
『見事です。私は貴方達を甘く見ていたことを認めましょう』
 撤退の前口上、とその場にいた者は感じる。或いは、どこかで同じようなセリフを聞いたことがあったのかも知れない。
「‥‥18秒‥‥まだだ、まだ逃がす訳には‥‥」
 呻くように言う祐介に、その時新しい要素が入力された。ブリュンヒルデがミサイルの発射準備を行っている。
「餌は上等な方がいいよね」
 ルキアがぺろりと舌を出した。この状況では、シェイドにとって座視はできない筈だ。
「2秒、シェイドは周囲にプロトン砲を斉射。3秒後に距離を取り‥‥」
「ディメントレーザーが来ます!」
 その攻撃のみに注意を向けていただけあって、ヨハンの警告は祐介よりもわずかに早い。マウルは厳しい表情のまま頷く。囮作戦は危険な賭けだが、シェイドを無力化するチャンスは、無下にできない。

 数キロ先のブリュンヒルデへ、シェイドは視線を向けた。1秒、1秒がゆっくりと引き伸ばされる感覚に、祐介は苛まれながら指示を出す。
「エミタ・スチムソン。その攻撃は知っています」
 やすかずが、中距離からミサイルを叩きつけた。しかし、シェイドは意に介さずに砲身を伸ばす。
『その程度の踏み込みで、このシェイドを止めるなど不可能です』
「お前の相手はこちらだと言った!」
 流星が、遡って天を目指す。流星の皇を名乗る、白き星(シュテルン)。突き出た砲身を剣翼が抉るのと同時に、双剣が星を裂いた。収束していたエネルギーが、暴発する。シェイドと剣一郎が至近距離で閃光にのまれた。
『‥‥お‥‥のれ‥‥』
 焦げた外装のシェイドは健在だった。しかし、機内のエミタは呻き声をあげる。損害状況を告げるメッセージが、めまぐるしく流れていた。左腕損傷、変形機構破損、推力27%低下、連装プロトン砲12門作動不能、ディメントレーザー機構破損‥‥。
「嗤え」
 レインウォーカーは全力を込めた真雷光破を放ち、それを目くらましに、更に切り込んだ。残る右腕の剣が躍るように跳ね上がる。シエルが対空ミサイルを放った。それと同時に、時雨が再度近づく。
「未来の貴女のシェイドすらをも穿ったエレクトラの全力…、存分に味わって…!」
 機体その物と同等の長さの、DR−2荷電粒子砲の砲身が白く輝いた。その光弾が、シェイド前面に開いた大穴に吸い込まれる未来図を、祐介とエミタは同時に視る。それは、不可避の近未来図。
『‥‥馬鹿な。認めません。こんな‥‥!』
 それが、エミタの断末魔だった。もしもエミタに敗北を解釈する余裕があれば、脱出できたかもしれない。思考を切り替える時間を与えなかった、傭兵達の完勝だ。


●導きの人々
 慌ただしく補給を行うKV。こだまのクノスペは休む間もなく離発着を続けている。『シェイドが墜ちた』という知らせに、未来から来た傭兵達は大きく息を吐いた。大きな戦局の転換点。しかし、この時代の住人はまだ、それを把握していなかっただろう。
「どう? 悠」
「‥‥うん」
 戦闘の主軸は市外へ移りつつある。市民の生存者を探すと言って生身での探索を志願した夕風 悠(ga3948)に、ユーリ・ヴェルトライゼン(ga8751)はちょこんと首を傾げた。それ以上、反応をせずにそのままついてきている。
(会えるかどうか、もともと判りはしなかった。でも‥‥)
 訪れているのは大きな病院だ。夕風の知る過去では、ここにいた市民は死亡した。彼女のよく知る、大事な人はおそらくここにいるのだろう。先刻訪れた孤児院のシスターもそう言っていた。市内が戦場にならなかったこの状況で、人探しは思っていた程難しくなかったらしい。
「‥‥私は、どうしたかったんだろう」
 夕風は少し、俯いた。『彼』の行方を捜したかったのは間違いない。一方で、おそらく会えないだろうと思っていた。それで諦められると、思っていた。もしも実際に会えてしまったら、どうすればいいのか。
「どうせだったら、悔いの無いように行動しろよ、悠」
 ユーリの声が、背を押した。こくり、と頷いて受付へ向かう夕風の後ろ姿を、ユーリはじっと見ている。
(帰ろうかと思ったけど‥‥うーん‥‥)
 予想していた戦闘面でのサポートは必要無さそうだったが、彼はここで戦友に必要とされている様子だった。
「これが夢だったとしても、命を助けられるのなら‥‥」
 生身で、市内を駆ける愛輝は、逃げ遅れた人々をこの病院へ誘導している。キメラがうろつく街路へ出れずに家に籠っていた家族や、ひっくり返った車の中で立ち往生していたカップル。怪我を負って身動きが取れなくなっていた兵士もいた。
「ありがとう」
 掛けられる言葉に、口元がほんの少し緩む。夢か現か、それはどちらでもいい。生きてもう一度、あの人に会えたならば良い土産話になりそうだった。
「ここまで来れば安心なのです♪」
 ずしん、ずしんとウーフーを歩行させつつ避難民を誘導してきた美緒が言う。頭を下げる人々へ、問われる前に「カメル王国の名誉騎士なのです♪」と自己紹介する少女の狙いは、恋する王子の国の評判をあげる事だった。
「え‥‥? どこ? 南米か?」
 もっとも、宣伝効果はまだまだのようだが。
「さ、どんどんお手伝いするのです♪」
 路上を滑走し、飛び上がる美緒の戦いは続く。

●ギガワーム強襲
「KVの性能はかなりのものだが以前のGW「ビッグワン」戦ではク・ホリン、UK2番艦の力があった。G5弾頭だけで何とかなるのか?」
 BLADEがそう、疑問を呈した。外殻の一部に大穴を開けられつつも、ギガワームの巨体はまだ遠目には万全に見える。対空砲火もさほど減じたようには見えない。しかし、度重なる攻撃は少しづつギガワームの砲火を削っていた。
「あーあーバグアのクソ野郎共はじめまして、そしてさようなら。われわれは、お前ら蟲野郎を遥かに凌ぐ戦闘力を持っている」
 突入を控え、須佐 武流(ga1461)が言う。
「俺達の要求はたった一つ。地球から出て行け。もしこの要求を呑まないというのであれば‥‥これからそのフライパンの内部に入り込んでその中にいる全てを破壊しつくことにしまーす」
 脅迫と言うには、陽気に過ぎる宣言に返答はない。武流はあくまでもにこやかに、一方的な宣言を締めくくる。
「俺達が何者かを知る必要は無い。知ったところでお前達にどうにかできる問題ではない。せいぜい蹂躙される恐怖を味わえ。以上」
 語る間にも、攻撃の態勢は整いつつあった。
「内部の地図は、一応持ってきた。転送する」
「了解です。こちらで得た物と合わせて配布しましょう」
「どれどれ? うーん、大して変わらない物か?」
 ヘイルとイーグル、それに一らが会話を交わす。他にも、多くの傭兵がギガワームの内部地図を持ち込んでいた。突入場所から動力炉へは、KVで接近できるだろう。しかし、もしもブライトンが中央の制御室にいるとすれば、生身で切り込む必要がありそうだ。
「対艦攻撃ルート、策定完了! 担当全機はデーター回線を開いてください、コースを送信します」
 ハンナの声が各機へ届く。G5弾があけた突入口のアプローチに最適な角度と、場所を指示しているのだ。
「援護するから、ちゃんと帰ってくるんだよ」
 キョーコ・クルック(ga4770)が煙幕弾を射出した。G5弾頭着弾タイミングに合わせ、前もって近接していた【HB】のクローカらは、一足先に着陸してガードワームと銃撃戦をはじめている。【アクアリウム】各機も同様だった。一方、空戦や陸戦を行っていた面々の中にも、後詰でギガワームへ向かう者がいる。後を仲間に任せ、白虎とクラークが離陸した。ブリュンヒルデの直衛だった鹿嶋とケイも、被弾の跡の残る機体を巨大なパンケーキへ向ける。
「絶対に‥‥生きて帰ってきて」
 ガーデンの仲間と共に戦っていたのぞみが、ギガワームへ目を向けて呟く。シェイドが堕ちた今、最も危険な場所へ踏み込んだ友軍を思い。
「‥‥万人の、肉親の、友人達の、そして私の‥‥最後の希望達‥‥」
 祈るように、そう囁いた。

 先行して内部に踏み込んだ傭兵達は、機体を用いた物と機体から降りて生身で踏み込む者の二手に分かれる。彼らが「ビッグワン」を落としたときのように内部の防衛体制が厳重であれば、生身の奇襲部隊が速かったかもしれないが、敵の防衛体制がぬるい現状ではKVの進行速度が上だ。理由は簡単、KVは通路を作りながら進んでいた。
「正規ルートを進むよりは‥‥こっち、だな!」
 ドリルを振るわせながら、蒼志が笑う。内部情報が判っているというのは、楽な方法を探すにはいろいろとありがたい。
「こっちか?」
 先ほど長広舌を振るった武流も、宣言通りに内部の破壊をはじめていた。プロトディメントレーザーで通路を焼き払い、出てきたガードワームを破壊する。進みながら、武流は首を傾げていた。
「妙だな。強化人間なりバグアなりが出てきてもいいだろうに」
 まさか、彼の蹴りを恐れているという訳ではないだろう。とすれば、艦内にいる数が少ないのだ。考えられる理由は二つ。既に離脱したか、あるいはそもそも乗っていないか。
「俺はどっちでも構わないがな」
 二発目のレーザーが、更に通路を焼き焦がした。
「‥‥最短ルート‥‥は」
 KVを降りたラナは、ギガワームの艦内を駆けていた。能力者の走る速さをもってしても、直線距離で5kmというのは短い距離ではない。まして、妨害があるならなおの事。大型のガードワームを物陰で回避しつつ、動力炉へと向かう。
「大して変らない物か?」
 地図と実際の構造に差異が無い事に、一はホッとしていた。もっとも、過去に設置されていた防御施設などの多くは存在せず、肩透かしを食う事もあったのだが。

 ミリハナク(gc4008)と羽矢子も蒼志同様、図面上では薄いとされる内部隔壁の破壊を試みていた。羽矢子がミサイルで破砕し、ミリハナクはレーザーで切り刻んだ。
「援護する。奴らに一泡吹かせてやろう」
 前進する二人の為に、ヘイルとクローカが援護する。妨害に出てくる敵は、少ない。しかし、混乱が収まればわらわらと出てくるはずだ。電撃戦が肝要、と羽矢子は唱え、【HB】の面々も同意している。故に、彼女達が4か所ある動力炉に一番乗りしたのは、自明の理だった。
「奴ら、まさかこのギガワームの動力炉を狙っているのか――? なぜ、位置がわかった!?」
 ようやく、その狙いに気づいたバグアの防衛部隊。その時には、既にミリハナクのぎゃおちゃんが大口を開けていた。荷電粒子砲「九頭竜」が閃光を放つ。
「バグアの連中、何が起きてるか判んないだろうね」
 破壊された動力炉を見て、羽矢子が笑った。そろそろこの場に籠城して後続と合流を図ったらどうか、とクローカが言うも、気の早いミリハナクは、先へ向かおうとしている。暴れれば暴れるほど、バグアの気を引けると考えているのだ。
「理解できない事が起きていると思えば、ブライトンも無視はできなくなると思いますわよ」
 軽やかに笑った瞬間、空気が動いた。

●バグアの防戦
 大通路の先、一際広がったホールのような地点が、バグアの選んだ歓迎場所だった。もう見慣れたガード用の小型ワームの中に、禍々しいフォルムの陸戦ワームが一機。見た瞬間に、有人機だと判る気を発している。
「止めます‥‥!」
 反射的に爪を構えたガーネットが、構えかけの姿勢のまま吹き飛ばされた。
「危ない!」
 ガーネットの命を奪わんとした追撃を、クレミアの銃撃が弾く。カニのようなワームの腕は長く、搭乗者の腕も立つようだ。
「昼寝、ここは抑えとくわ。先に行って!」
 間髪入れずに、シャロンが叫ぶ。驚いたとしても、それを表には出さず、シャロンに硯が並んだ。大事な友人が、望んでいただろう戦いの場へ向かわせるために、そう考えていたのだろうと思うと、シャロンの迷いの無さがまぶしい。
「もしここでブライトンを倒したら、能力者の未来も変わって」
 敵のブレードを受け流そうとした右腕が、嫌な音を立てる。
「この世界の私は、硯とは出会わないかもしれないわね」
 構わず放った反撃がワームの外装を刻む。体ごとぶつけるように、硯が割って入った。
「‥‥シャロンさん! こっちに」
「でも、硯は硯。きっと、素敵な未来を創ると思うわ」
 だから迷いなど無い、と言うようにウインク一つ。自分の不安を見抜かれていたのかな、と硯は思ってから、多分違うのだろうと思いなおす。彼の好きなシャロンは、まっすぐでまぶしい素敵な人だから、思った事を素直に口にしているだけだ。
「助太刀、御免するわね」
 レーザーが閃いた。白い機体が、横から突っ込んでくる。単独行動で側面に回っていたフローラだ。
「感謝‥‥します。不覚を、取りました」
 最初の一撃で沈んだかに見えたガーネットも、フラフラと立ち上がっている。これで5対1。この場に立つ傭兵の多くが生身とはいえ、ガードワームは物の数に入らない。
「あまり時間も掛けたくないし、速攻で行かせてもらうわよ」
「Thanks! あと、速攻にも賛成!」
 フローラの声に、短時間に体勢を立て直したシャロンが頷いた。クレミアが銃弾をばらまき、援護する。

 外部でも、交戦は続いていた。
「後続各機の突入を、援護します」
 星嵐の「Azurblaue Drache」がロヴィアタルを発射、進路を阻む敵へミサイルの雨を降らせる。対空兵器の多くは事前攻撃で叩かれていたが、それでもまだまだ多い。大体の位置は、さやかやハンナ、西土朗らが共有していたが、ハッチのような物の中に隠れている砲座は、叩いても叩いても出てくる。
「ここまで来たなら潰すまで叩き続ける」
 レーザーライフルで狙撃を行うBLADE。突入した仲間の背を守る、後衛の位置でも戦闘が始まっていた。ギガワームの外から、ヘルメットワームが回り込んできたのだ。
「電子戦機とは言え、簡単に落とせると思うな」
 西土朗のピュアホワイトが、突っ込んできた敵機にスラスターライフルをお見舞いする。援護を受けつつ、獅子鷹、白虎やクラーク、鹿嶋とケイ達がギガワームへ到着した。既に先陣が切り開いた先へと、走る。

●ブライトン
「確かに、理解ができぬな」
 声と共に、ぎゃおちゃんが横転した。KVがまるで生き物のように首を回し、衝撃の方向へ口を開ける。しかし、砲撃を発射する前に、口の中へ何かが撃ちこまれた。ブライトンの拳、と確認した瞬間に悪寒が奔る。ミリハナクは直観に従った。
「貴様は何者だ」
 滅斧「ゲヘナ」を手にコクピットから飛び出した彼女へ、ブライトンが問う。ぎゃおちゃんは頭部を失い、見る影もなく破壊されていた。
(バグア最強の個体、とエアマーニェが言っていましたが、確かにそのようですわね)
 愛するぎゃおちゃんを潰された憤りと、強敵との邂逅に高鳴る期待と。相反する感情に胸が満たされる。
「こちら側の力と戦術を楽しんでいただけたら幸いですわ」
 敵への殺意と獲物への友愛の念を共に視線に込めながら、ドレス姿のミリハナクは優雅に会釈した。
「もし何者かを知りたければ、殺してこの身と知識を奪ってごらんなさい」
「‥‥クククク、なるほど」
 ブライトンが視界から消える。殺気の飛んできた方角へ、勘だけで斧を振るった。いや、振るおうとした。五指で掴むように、切っ先が止められている。
「サルにありえぬ膂力、そして胆力。我が問う。お前は何者だ」
 もう一度、ブライトンが問い。ミリハナクはニコリ、と笑みを返した。コクピット内でピンを抜いていた閃光手榴弾を、スカートの下から引っ張り出す。同時に斧を手放し、飛び下がって距離を取った。閃光が視界を埋め、目を庇ったミリハナクは敵から目を離した。
「戦い慣れをしている。闘争と殺戮のみで進化してきたサルの、変種か?」
 腹部に、衝撃を感じる。空を飛ぶ間隔は一瞬。そしてミリハナクの意識は消えた。加減を間違えたか、と言うように首を傾げたブライトンを、銃撃が襲う。片腕で砲弾を叩き落としてから、老人はじろりと闖入者たちを見た。
「今一度聞こう。エミタを倒し、このギガワームを鎮めようとしている貴様達は何者だ。ただのサルではあるまい」
「あたし達は未来から来た。未来のバグアは地球から出て、エアマーニェを筆頭に地球と停戦協定を結んでる」
 羽矢子は、揺れるギガワームの中で機体を踏ん張らせつつ、言った。
「‥‥エアマーニェ、だと? なぜ猿がその名を知る」
 浮かんだ疑念に、つい先ごろ聞いた言葉が答えた。未来から、と言う言葉。確かめる方法は、バグア的な思考で言えば一つしかない。羽矢子から視線を外し、ブライトンは跳躍した。天井を蹴り、そのまま真下へ。立体ビリヤードというものがあれば、このような軌道を描くだろうか。軌道を見失った一瞬、ブライトンは右腕を振るった。指先から輝く熱線が伸びる。
「悪いが『俺達の世界』にやることを残していてな。ここで死ぬ訳にはいかない」
 寸前で回避したヘイルが、滲む汗を自覚しつつ言った。だが、その攻撃は単なる牽制だったらしい。
「ミリハ!?」
 羽矢子が叫んだ。ブライトンが気を失ったミリハナクを壁面から引きずりだしたのだ。既に死んでいる、と思ったが腕がピクリと動くのが見えた。
「人質、のつもりか?」
 クローカが目を細める。そのような甘い手に、乗りはしない。そのような甘い手に揺らぐような過去を持ってはいない。自分であれば、死ぬ覚悟はしていた。なのに何故か、一瞬だけ反応が遅れる。
「くそっ」
 躊躇は一瞬。ガトリング砲が放たれる。一瞬の躊躇など関係が無い。ブライトンは目も向けずに空いている右腕を振るい、飛んでいる最中の銃弾が吹き飛ばされた。
「衝撃波、か!」
 叫んだヘイルとクローカ、双方の機体が衝撃に崩壊しつつ、パイロットを守るべく最後の勤めを果たす。コクピットブロックを打ち出した後、KVは炎に包まれた。破壊こそ免れたものの、羽矢子のシュテルンも大破寸前だ。
「‥‥腕を、ちょっと振っただけで、か」
 羽矢子は、目の前の敵の力を再認識した。彼女達は、台風を発生させたり、本星を結合させたり、余計な仕事を抱えて消耗したブライトンしか、知らない。かつてブライトンは「配下全てを合わせたよりも自分の戦闘能力が高い」と豪語したが、それが事実だったとしたら。
「でも、まだ!」
 ハミングバードを手に、コクピットを出ようとした瞬間、激しい衝撃に機体が横転した。誰かが、戦っている。

●敗北、折れぬ魂
 憧れた。その強さにでは無い。強さを以て奪う事を良しとする、生き様にだ。少女は、世界中が驚愕に震えたあの日、老人の声を嬉しそうに聞いていた。兄は、やれやれと嘆息をこぼしつつも妹の様子を楽しげに見つめていた。彼女がアレに手を伸ばすのなら、自分はそれを支える。魂を分けた双子として、そうすると決めていた。
「げふっ‥‥」
 腹、いや胸から液体が噴き出た。能力者でなくば、即死だっただろう。混濁した記憶で、何が起きたのかを思い出す。KVを使って進む【HB】より少し遅れて、中枢に辿り着いた。ブライトンは彼らに気づいた様子もなく、駆け込む勢いのままに、息の合った攻撃を仕掛ける。怒涛の波浪。【アクアリウム】と言う、絆が育んだ阿吽の呼吸。
(奪った――)
 誰もの脳裏に、確信があった。だが、起太だけは違った。妹が見ていない物を、見て、気づかない事を、気づくのが自分の役目。だから――。
「生きて、るか‥‥?」
 気を失った鯨井昼寝(ga0488)は、まだ温かい。鯨井起太(ga0984)が、衝撃の中心から突き飛ばしたのだ。まったく、自分がいないと、ダメな奴だ。そんな思いが浮かび、消えた。

 不意に、ずしんとギガワームが揺れる。
「このデカ物を落とせれば!」
「フォース・アセンションで最大限の一撃を叩き込むにゃー!」
 クラークと白虎が、動力炉へ攻撃を叩き込んだ瞬間だった。ブライトが忌々しげな唸り声をあげる。ギガワームは艦内戦を想定しておらず、人類の侵攻を防ぎきれていない。

「ゲバウやエアマーニェより‥‥確かにちょっとばかし上のようね」
 ゴールドラッシュの苦しげな声が、広間に響いた。ブライトンの注意が自分に向く気配に、内心で頷く。それでいい。
「その名を、どこで知った。答えろ、サルよ」
「倒した――と言ったら? あたし達がやってきた、未来で」
 笑って見せる。ハッタリだ。力の差を見せつけられた現状、隙を作るしかない。彼らの隊長は、逃げるとは言うまい。なればもう一撃、喰らわせる為に手管を尽くそうと彼女は思う。
「‥‥斯様な力で我を討てると考えたか? 我を知る未来より来たとの言葉、信ずるに足りぬな」
 ブライトンは動じない。ここにいるのはバグアの最強。あるいは、エミタが堕ちる前ならば油断もあったかもしれぬ。しかし、自身の副官が死に、ギガワームすら攻略されつつある現状で事態の容易ならぬ事に気づけぬほど、鈍ではなかった。生身の傭兵が10人や20人掛かったところで、倒せる筈もない。――常識的には。

「‥‥これで終わり、ではないわ」
 神斬を杖によろよろと立ち上がった一千風は、攻撃の中心にいた筈の、隊長を目で探す。昼寝は、予想した場所から少し離れた場所に倒れていた。床に手をつき、立ち上がろうとしている。
「あなたたちバグアのもくろみは今日で終わりよ」
 疑いも無く、そう思った。仲間達が立ちあがる、気配を感じる。
「今度は、僕が‥‥力を合わせ‥‥るんだ」
 かつて、前に出すぎて倒れた事がある。その穴を、仲間が埋めてくれた。その時から、オルカは考えていたのだ。どうすればいいかを。
「護るべきものがある。譲れない想いがある――」
 トヲイは、囁くように口に出した。まだ意識が朦朧としているらしい昼寝の前に立つ。
「誰の為に傷付くか、何の為に傷付くか。それが納得のいく物であるのなら、例え全ての赤い血が流れ出たとしても惜しくは――無い‥‥!!」
「そう言う人間は、これまでに見てきた。オーストラリアでも、アフリカでもな。それが口先だけだと、知るがいい」
 ブライトンは大股に歩きだす。ただ、殺すだけなら容易だ。心を折らねば、ならぬ。恐怖を与え、バグアが上位であると知らしめる。それこそが人間の進化を産む唯一の手段だ。三歩、歩いた老人の側頭部に真紅が輝いた。弾丸は、ブライトンの皮膚に傷すらつけていない。
(この数年間、メイドとして微力ながら皆様方のお世話をさせて頂き、そして有意義な時間を過ごすことができました)
 まぐれ当たりは二度続きはしない。エメラルドはそれでも引き金をもう一度引いた。端正だが冷たさを感じる美貌に微かな笑みを浮かべて。
(最後の時もまた、こうしてご一緒することができたことは何よりの喜びです)
 暴風が迫るのを、しっかりと見る。だが、最期の時は来なかった。
「今よっ!」
 クレミアが声を掛け、制圧射撃でブライトンの動きを牽制した。足止めに残ったシャロンや硯たちも、無事のようだ。
「小癪な‥‥!」
 二撃目の銃弾の嵐は、素早く飛び下がったブライトンの動きを捉える事ができない。しかし、距離と僅かな時間を稼ぐことには成功する。
「やれやれ、間に合ったな」
 陸戦の戦場を後に駆けつけてきた獅子鷹が、笑った。
「奴を取るのは任せたよ鯨井さん。大将首なんざ興味ねえから」
 そのまま、ブライトンへと突っ込む。託された昼寝は、猛獣の如き目つきに戻っていた。倒れた兄の事は意識に無い。或いは、意識するまでもない。
「一撃、届かせるわよ」
 彼女の狙いは必殺の集中攻撃ではなく波状攻撃故に、狙いは臨機応変に変えられる。現時点の彼我の戦力差を見れば、引くべきだったかもしれない。だが、昼寝は前を向く。相手は予想以上に強大だ。

(通じるかわかんねえけど、あとは‥‥)
 任せられる。獅子鷹は獅子牡丹を大上段の構えから、切り下げた。ブライトンが片手を無造作に振るのを、束から離した義手で抑える。抑えようとしたが、防御用義手『アイギス』は根元から千切れ飛んだ。
「くれてやる。代わりに、こいつを持って行け!」
 構わず、左腕一本で切り返す。刀の切っ先が、白衣を捉えた。鋼鉄よりも堅い何かを叩いたような硬質な感触を、エミタの力で切り裂く。
「何だ、この力は。やはり、貴様もサルの変種か?」
 ブライトンが不快気に口を開いた。ダメージらしいダメージは無い。ただ、意識は逸らされた。
「お前の往く道は、俺が切り開く‥‥!」
 トヲイが、逆側から切り込む。一瞬の隙に合わせた、大振りの一撃。回避できるはずなどなく、受け止められるはずもない。そんな攻撃を、ブライトンは無造作に額で受けた。両手剣が当たった場所を、真紅のフィールドの輝きと共に、鱗の如き何かが覆う。鋼すら断ち割る破壊力を人体の急所で受けてなお、ブライトンは歯を見せて嘲笑した。
「効かぬのが不思議か? 理不尽か? 絶対的な力の差に怯えて逝くが良い」
 動きの止まったトヲイの腹を、ブライトンの揃えた指が貫く。瞬時に引き抜き、もう一撃を加えようとした、ちょうどそのタイミングで小柄な影が走った。
「僕達アクアリウムが止める!!」
 オルカの渾身の一撃も、頭部を狙っていた。トヲイの身体を振り飛ばし、ブライトンは一歩下がる。空振り、を計算に入れていたオルカは、低い体勢から足払いを放った。
「効かぬと、言っている」
 苛立ちを隠さずに、バグアの首魁は言い放つ。ぐらり、とその身体が揺れた。床が傾いたのだ。

●ブライトンの後退
 一つ、また一つ。動力炉を失いながら、ギガワームは死にかけていた。蒼志らが暴れまわる間に、生身のラナが破壊工作を完了したのだ。
「あと‥‥1つ、ですか‥‥?」
 言ったとたん、ギガワームが再度揺れる。もっとも奥の一基へ向かった鹿嶋とケイは苦戦していたが、最後は一の支援を受けて破壊に成功する。ケイのアイアスは、最後の切り込みの際に大破していた。
「これで4基だったか? 動力がなくなれば落ちるもんだろ」
 火を吹く動力炉を前に、後は帰るだけだ、と一がいい、コクピットから出たケイを後席へ誘った。
「死にに来た訳でもないからな。寝覚めが悪いと嫌だろ」
 死ぬつもりはない。頷いたケイを拾った一のディスタンを、帝虎が援護しつつ脱出を図る。

 昼寝の爪は、ブライトンの白衣を裂き、その下の身体に届いた。ダメージは、さほどないだろう。しかし、確かに傷は与えている。自らを無敵と信じた者への、蜂の一刺し。
「流転のオーケアノス‥‥、とでも言おうかしら」
 それは、ただの連続攻撃だった。互いが互いの攻撃に乗じ、少しづつ敵を追い込む。無限の高みにいる敵でも、いずれは届く筈と信じた。その結果。倒せるかどうかではなく、届くかどうかなのだ。
「‥‥解せぬ。貴様達は何者なのだ」
 満足げに倒れた昼寝を、その仲間達を見てブライトンは思わず呟く。今の攻撃の為に、死んだ者もいる筈だ。全体の為に、個が死ぬ。そのありようは、バグアと似ていると思った。しかし、何かが違う。
「今からでも地球から出ていく気はない?」

 彼らが戦った歳月、得た物がある。ある者は心のよりどころたる伴侶を。別の者は、信じて隣を任せられる戦友を得た。宿敵と呼べる敵と出会った者もいる。同じ時の中で失った物もあった。去っていった戦友。倒した強敵。守れなかった生命。それらの記憶全てが、傭兵達の力となっている。
「‥‥」
 ブライトンは、左手を見た。あの乱戦の中、バグアの首魁はミリハナクを掴んだまま離していない。あろう事か、傷らしい傷を受けてさえいなかった。考え込む様子を見せたのは、僅かな間。
「良かろう、女。ここは貴様達に預ける」
 ブン、とブライトンが腕を振るう。放り出された衝撃で意識を取り戻したミリハナクの手が、得物の斧を求めて反射的に動いたが、指は空を掴んだ。空気が動くのを感じて、目を開けたミリハナクの視界に入ったのは怪鳥のように翻るコートの背と、青空。
「お気に‥‥召しません、でしたの?」
「貴様等は生物として脆弱だ。故に帯同に及ばぬ」
 甲板に生じた大穴へ、KVが飛来する。ブライトンは振るわれた刃を腕ごと叩き折り、そのまま飛翔した。羽も生やさず、ただあるがままの姿の人間が飛ぶ姿は異様だ。
「ブライトン、ギガワーム艦外へ出現なの」
「砲撃戦用意!」
 たかが一体の生身バグアに大げさな、と笑う者はいない。しかし、ブライトンはブリュンヒルデを無視し、天へと向かった。
「速度、上がります。マッハ2、マッハ4、マッハ‥‥KVによる追跡不能。ちょっと、パンツあげるから誰か追いかけて!」
 バグアの王は、KVの最大飛翔速度を超えて加速を続けていく。

●収束
 ギガワームが堕ちる。離脱したブライトンは、どうやら生身で大気圏を離脱したらしい。
「これから、どうなるかねえ」
 羽矢子は、空を見上げつつ思う。人類の脅威を肌で感じたブライトンは、未来から来たという彼女達が示した可能性に心を動かすだろうか。それとも、過去と同様最後まで人類の敵であり続けるだろうか。
「この日が未来につながると、信じるだけだ」
 アンジェリナが強い口調で、言う。過ぎし日の彼女達は、そうやって一歩づつ歩んできたのだから。

「‥‥」
 無言のまま、京夜は装甲車にもたれ紫煙を吐いた。嬉しそうにハイタッチする二人の少女が、煙の向こうに見える。
「終わりましたか」
 弓を手にした霞澄が、ホッとしたように呟いた。撃墜された後、生身で戦いながら何とか顔見知りに合流したらしい。その頭上を、数機のKVが編隊を組んだまま飛び過ぎた。
「‥‥あの命を削るような激戦は一体何だったのでしょうか」
 クラリッサがぽつりと呟く。シェイド、ギガワームへ対した者は言うに及ばず、キメラを含む圧倒的な多数を相手取ったフロリダ半島の地上戦も熾烈だったが、ブリュンヒルデ周辺は容易な戦場ではあった。
「もしかしてバグアもこの時代の我々に対して、全能感と共に失望感を味わっていたのでしょうか?」
「さて‥‥な」
 武人である夫は、妻の疑念をはぐらかすように、言う。直衛をメトロポリタン側に割いたブリュンヒルデが軽微な損傷で済んだのは、周辺の制空に意を尽くした一部の傭兵のお蔭だろう。

「はは‥‥やっぱ、すげェな」
 空が高い。夜叉の隣で、丘を守った霞の機体は最後のバグアの攻勢で倒れていた。自爆した愛機は既に、この世にない。
「攻め切れたのは、貴女のお蔭です。ありがとうございます」
 担架で運ばれていく霞へ、陽子が丁寧に頭を下げる。その向こうでは、補給を終えた修司が更なる追撃に出ようとしていた。
「いずれ、我々はこの時代を後にするのでしょうから。立つ鳥としては綺麗にしておきたいと思いまして」
 等と言ってはいるが、おそらくまだ暴れたりないのだろう。
「もしも、怪我をしてる方を見つけたら知らせてくださいね」
 こだまが、そう声を掛ける。どこかで戦闘に巻き込まれたのだろう。休みなく飛び続けていた彼女の白衣にも、戦いの跡が有る。

「‥‥飛行空母ブリュンヒルデIII、入港を許可する。ようこそ、未来都市メトロポリタンXへ」
 型通りの言葉をかけてから、管制官は苦笑いした。未来からの客人に未来都市も何もあったものではない、と。

「極北、グリーンランドの地の学校をバグアが狙っている。それを阻止してくれ」
 ギガワームから離脱した西土朗は、ブラットに向かってそう話していた。彼の中に残る、後悔。もしも、あの時を変えれるのなら、と幾度も思った日を、この時代なら帰る事が出来る筈だ。
「‥‥この先極北で起こるであろう悲劇の全てを変えるために、な」
 それは、未来からの伝言。過去にとっては、あるいは重すぎるかもしれない仮託だ。
「彼らを、隔離しないと危険では。無用の混乱を‥‥」
 ブラットは首を振って、参謀の提案を退けた。
「考えてみろ。自分が過去に戻れたなら、と」
 参謀が言葉に詰まる。ここに至るまでに彼らも敗北を重ね、失った戦友も多かった。それが失われる前に戻れたなら。センタータワーを‥‥、いや、護る事が出来た場所を目に焼き付けようとするように、KVが上空を飛ぶ。
「こっちの世界のボクは‥‥これで普通に高校を卒業できるかな。そしたら普通に恋をして、保母さんになれたりするのかなぁ」
 夢見るように、栗花落は微笑した。自分だけではなく、他の人の未来も良い方向に変わったのだろうか。そうだとしたら、自分がした事はきっと間違っていない。

●結末
 まず最初に見つけたのは、自分自身だった。不安そうな顔で周囲を見る少女の元へ、歩み寄る女性が見える。柱の陰からそれを見ていたクリアは、止めていた息を吐いた。過去は、変わったのだ。抱きつく少女を優しげに受け止める女性と、その後ろから微笑む男性。絵に描いたような幸せな親子の姿に、彼女は背を向けて歩き出した。
「‥‥何をしているのです、クリア‥‥目の前に奇跡があるのです‥‥受け取らずしてどうします‥‥」
「憐‥‥」
 ぎょ、としたように足を止めてから、寂しげに笑う。憐は当然、この場所を知っている筈だ。セントラルタワー3F、そこが彼女達の出会った場所だったのだから。でも、と言う手を憐は取り、強引に歩む。娘と目が合い、そして驚きと理解が浮かぶ様子を見て、憐は無言のまま下がった。

「そうか、未来から来たのか」
 彼は、夕風の記憶のままに笑う。記憶と違ったのは自分だ。彼の隣にいた少女ではなく、彼よりも年長になってしまった、今の自分。彼は突拍子もない話を、そのままに受け入れて、苦労したんだろうな、ありがとう、と言った。
「‥‥電話してあげてね。この時代の私に」
 夕風は笑う。7年も想い続けてしまうから、と言う部分は、口にしない。せずとも、伝わる人だから。
「良かったな、悠」
 そんな様子を、少し離れてユーリが見守っていた。

「‥‥幸せなのね?」
 はい、と答えられる自分を、クリアは嬉しく思う。自分の代わりにこの場所を守ってくれた良人、背を押してくれた友人がいる事で、自分が幸せだと心から思えるから。

 どうしてこの時代に来てしまったのか判らない以上、どうやったら帰れるのかもわからない。マウル辺りはきっと、今頃頭を抱えているのだろう。千載一遇の機会、万に一つの偶然、時間旅行がそう言った偶然だとしたら、二度は続かないのかもしれない。
 だが。しかし。それでも。
「‥‥さて。それじゃ帰ろうっか。ボクたちにはボクたちの素晴らしい未来があるんだから!」
 栗花落の笑顔はあくまで前向きで、明るかった。彼女達が望む限り、きっと不可能は可能になるのだろう。

 ――だが、それはここでは語られない、また別のお話しだ。