タイトル:【決戦】リノ(と中野)マスター:紀藤トキ

シナリオ形態: ショート
難易度: やや難
参加人数: 8 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2012/08/31 11:32

●オープニング本文


●「バルムンク」艦内
 そこは、バグア本星よりもむしろカンパネラ、あるいは地球に近い宙粋だった。それだけに、大型輸送艦と護衛艦艇が揃って沈められた事は緊急事態、といってよい。
「周辺に艦船クラスの敵は、確認されていない。が、先の戦いでの残骸が漂っており、多数は無理でも1機や2機のワームが潜んでいても不思議は無い、とは予想されていた」
 それだけに、護衛には十分な部隊が随伴していた。総勢で3隻、KVにして16機の大部隊だ。万が一にも、間違いはない筈の布陣だった。
「まあ、安心しきっていて隠し球に刺されたという形かもしれないがね」
 エクスカリバー級巡洋艦「バルムンク」艦長のジェフリー・クーリッジ少佐は、野球に例えるのが好きなようだった。傭兵と学生が混じるKV要員に艦長直々に説明に来るのは、単に暇だからと言う理由以外にも、話し好きだと言う事も有るのかもしれない。
「しかし、ワシら以外に仲間はおらんのじゃろう? 調査に行っても返り討ちになりかねん気がするがのう」
 学生側のKV8機の隊長を務める柏木涼人が首をかしげた。「バルムンク」と随伴する輸送艦に搭載されたKVは、全滅した艦隊と同じく16機。艦編成も同じだ。たまたま現場に近かった、と言うだけの理由でノコノコ向かえばミイラ取りがミイラになりかねない。
「いい質問だ。しかし、先行部隊にない利点が3つ、我々には有る。1つは、守らねばならない枷が無いこと。もう1つは、事前に警戒すべき事象を知っている事、そして最後にG弾頭ミサイルを装備している事、だ」
 先行部隊は強力な敵に奇襲を受け、かつ大型輸送艦を守らねばならなかった。また、対艦・対要塞戦闘を想定しておらず、G兵器も艦載のブラスター砲しか持っていなかったらしい。
「知恵と勇気と友情とか言われなくってホッとしたぜ」
「間垣先輩、声、大きいです」
「にしても、柏木さんって色々考えていらしたんですね。意外です」
 後でぼそぼそと呟く学生たち。正規の軍人ではないとあって、その辺は緩いらしい。残る半分は、傭兵だ。ちぐはぐな構成だが、艦長はそれなりに自信があるようだった。
「相手が魔球を出してくるなら、葉っぱを加えるのも手だな。この作戦の間はそうするか」
 真面目な顔でそういう辺り、あまりあてにはならないが。

●宇宙
 残骸の漂う空間を、紅色のゼダ・アーシュが飛ぶ。
「‥‥遅いな。それに、鈍い。だがこれが今の我が全力であれば、致し方ない」
 コクピットの中のリノ、あるいはリノを模した存在はそう言って笑った。外見こそ以前のままだが、記憶している自分とは明らかに違う。今の自分がどのような存在であるか、ブライトンから聞いて理解はしていた。
「あ? いいじゃねェか。死んでも生きられるってのは殺されないって事だろ? つまり俺はもう負けねぇって事だなァ」
 単純な思考の中野詩虎が有る意味ではうらやましい。他にも再生されている者はいるのだろうし、様子見に来ていた人間との戦闘で倒された者もいたやもしれない。リノには、自分同様に紛い物の彼らの生死に余り興味は無かった。
「確かに。我がここで倒れても、すぐに第二、第三の我が作られるのだろうな」
 あるいは、同時に存在する自分が1人ではない可能性すらある。ため息をつきたいほどに、憂鬱な事だ。ブライトンが再生するのは全盛期のリノ、つまりは地上で死んだ時のそれだろう。蛇足的な、今から得る記憶や記録など、必要とされないはずだ。
「例え今、身が震えるほどの戦いを得たとしても、その経験を残す手段が無いというのがこれ程に萎える事だとはな。フン、人間どもが想いを子に託すなどと言った意味が、今ならば少し判る気はするぞ」
「ハッ。その戦に勝ってよォ? その後も勝って勝って、勝ち続ければいいだけじゃねェのか?」
 中野は単純だ。だが、本質に気づいていなかったわけではない、らしい。その結論には同意できないにせよ、リノは少しだけこの男を見直した。しかし、この見直したと言う記憶も、次の自分には引き継がれまい。
「‥‥フン」
 リノはイライラとした内心をその一声で表すと、機体を人型に変形させた。手には、巨大な斧槍。巨大なプロトン砲を装備した中野機も、同様に人型をとる。帯同していた無人ワームが攻撃態勢を取った。
「敵だぞ、中野詩虎」
「クククク、違うなァ。獲物、だろォ?」
 二体のバグアの紛い物は、それぞれに目の色を変えた。

●「バルムンク」艦内
「残骸宙域に熱反応。艦船並です!」
「くそっ! 回避だ! レーザービームか! 回頭後、G5ミサイルを熱源へ打ち込め」
 オペレーターの声に、クーリッジ少佐が怒鳴る。直後、ゼダ・アーシュのディメントレーザーが、虚空を裂いて飛来した。直撃を受ければ、巡洋艦とて撃沈の危険が有る攻撃だ。
「調査、と思っていたが先手を取られるとはな。隠密行動を続ける気は無いという事か」
 輸送艦隊を沈めた時とは違う対応を見せる敵。その臨機応変さに、クーリッジは相手が無人機ではない事を確信した。その手強さも。
「続いて敵機、向かってきます。数は4!」
「遠距離砲撃は見せ球か? いや、併殺狙いか。こちらも戦力を分けるぞ。学生は直衛、敵機を迎撃しろ」
 バルムンクが砲門を開く。まぐれ当たりか、ヘルメットワームの一機がぐらつくのが見えた。続いて、遠距離に大きな発光。
「G5弾頭、目標付近に着弾。敵はゼダ・アーシュ2機です!! ‥‥が、一機は直撃した模様。損傷が認められます」
 ゼダ・アーシュなら、ミサイルなどに当たるはずも無い。そもそも、攻撃を完全に無効化する能力すら持っていたはずだ。
「偽者、か? さておき、貴重な先取点を挙げる事が出来たようだ。対空法もナイスピッチ、そのまま頼むぞ」
 笑ってから、クーリッジ少佐は傭兵へ命令を発した。単純、明快に。
「諸君らは、偽ゼダ・アーシュを叩いてくれ。残るG5も要請があれば打ち込む準備をしておく」
 よろしく頼む、と言う少佐の口元に、葉っぱは別に咥えられていなかった。

●宇宙
「クソがァ! なんであんなものが効く!?」
 機体性能を見せびらかそうとして痛撃を受け、激昂する中野。単に、自分たちの能力が落ちているわけではなく、この機体も再生体で有るが故に能力が劣化しているのだろう。与えられたもので戦うのが、戦士だ。リノは、迷いを捨てた。
「まだ生きているのならば、構えろ。奴らは甘くない」
「誰にィ、言ってるゥアァ!?」
 中野の機体は半壊しているようだが、咄嗟に庇ったのか左腕と砲は無事のようだ。充填速度もオリジナルよりだいぶ遅い。再発射可能になる30秒程前に、敵機が来そうだった。飛来してくる人間の機数を数える。
「8機か‥‥。楽しい戦が出来そうだ」
「ククク、パーリィはァ! これからだぜェ!」
 こんな状況で、こんな境遇でも。彼女らは死してなおバグアであり、ブライトンの忠実な配下だった。

●参加者一覧

鋼 蒼志(ga0165
27歳・♂・GD
鯨井昼寝(ga0488
23歳・♀・PN
藤村 瑠亥(ga3862
22歳・♂・PN
ゲシュペンスト(ga5579
27歳・♂・PN
アンジェリナ・ルヴァン(ga6940
20歳・♀・AA
砕牙 九郎(ga7366
21歳・♂・AA
白銀 楓(gb1539
17歳・♀・HD
南 十星(gc1722
15歳・♂・JG

●リプレイ本文


 接近してくる機影は8。早期に死亡した2人には見覚えの無い機体が全てだが、ゼオン・ジハイドは動じなかった。
「フン、ディメントレーザーすら模倣したか」
 2機の間を裂くように撃ち込まれた一撃を、回避しつつ元の位置をキープするリノ。8対2の数の優勢を利用しようとすれば、まず2機の連携阻害に出る事は自明だ。
「クククッ。お返しだぜェ」
 中野の機体から、プロトン砲が飛ぶ。ディメントレーザーの非常識な射程や範囲は無いにせよ、いまだに人類にはこれに匹敵する武装はない。
「妙だな。ディメントレーザーを撃つタイミングはいくらでもあった筈だ。しかし、何故撃たない――いや、撃てない?」
 鋼 蒼志(ga0165)が不審げに呟いた。一心に突き進んでいた機体の幾つかが巻き込まれたが、正面からの砲撃だ。覚悟はある。これがディメントレーザーであれば、覚悟一つで受けられるものではなかった筈だ。しかし、その不審はすぐに他のモノに取って代わられる。
「良く来たな人間ども。殺してやるぜェ‥‥! クハハ!」
 通信に割り込んできたけたたましい声に、蒼志は口角を上げた。
「‥‥中野か。元より通すつもりはなかったが――是が非でも潰してやろう」
 後方で艦と共に戦っている本田加奈は、彼にとって大事な人であり、彼女を嬲った詩虎への恨みは、ある。
「また加奈を泣かせるような事をさせるわけにはいかない‥‥! 泣かせていいのは俺だけだからな」
 本音が駄々漏れる覚醒効果にも困った物だ。堅牢な装甲で砲撃に耐え、2機の間に盾で割って入った蒼志。射撃ならば回避すれば良いが、実際に機体に割り込まれると言うのは別物だ。
「チッ、邪魔臭ェ」
 舌打ちした中野機に、側面から太い火線が伸びる。白銀 楓(gb1539)のクルーエル「Bright Saber」の射撃、むしろ砲撃だ。
「正面だけに注意していると、足元をすくわれますよ」
 最初のプロトディメントレーザーによる射撃を放った南 十星(gc1722)が、言う。自身の一撃を含め、最初の連続射撃で敵機の連携を割ければ良し、割けずとも散開包囲に掛かる味方の動きから、一瞬でも目が逸れたのは、悪くない結果だ。

「‥‥ああ、ミサイルを避けなかった理由に納得がいきました。全く変わっていませんね、貴方は」
「あァん? 誰だ手前ェは!」
 楓の挑発に、中野が吼える。彼女と生前に邂逅していた時の記憶が無い、訳ではない。メイプルと名乗っていた彼女の名前が変わった事を認識している訳でも、ない。楓の纏っていた気配が、当時とは違う故だ。‥‥単に黒髪の女以外記憶する能力が欠落しているのかもしれないが。

「あー、了解了解。ジハイドーズ復活してんのね。ってことはあっちの赤いのは‥‥あいつ?」
 後方、ピュアホワイトから敵の様子を観察していた鯨井昼寝(ga0488)が、中野と味方の会話を耳に考え込む。バグアにしては珍しく、臨機応変な動きを見せてきた敵への警戒の念から、見に回った彼女ゆえに最初に気づいたかもしれない。あるいは、最も多く刃を交えた者が気づくのが早かったか。
「血塗られたような赤い機体。あのマニューバ。まさか――」
「フフ、その太刀筋に覚えがあるぞ。アンジェリナ・ルヴァン」
 機内のリノが八重歯を見せる。かつて対峙したアンジェリナ・ルヴァン(ga6940)の名を、彼女は文字通り地獄まで持って行っていたらしい。
「だが――、こんな物か?」
 受ける威圧感が、かつてとは違う。あれからアンジェリナが劇的に強くなったという訳ではないし、新たな愛機が隔絶した能力を持っているという訳でもない。となれば、結論は一つだ。
「なーんか動きがチグハグなのよね。やりたいことができてない、っていうか」
 昼寝が端的に、言葉にする。手練れの傭兵であればこそわかる、違和感。生前の両名からすれば、目の前の2機の動きは鈍かった。撮影中の映像を持ち帰り、過去のデータと比較すればより細かい情報が明らかになるだろう。

「なるほど、この二人か。どうにも縁というやつか‥‥」
 一方、距離を取っての射撃で牽制をかけていた藤村 瑠亥(ga3862)も、目の前の敵に思う所はあった。もっとも、中野詩虎についてはバグアのヨリシロになる前の、生前の姿しか知らぬ彼だが。
「生まれ変わり、生き写し、どういおうが、所詮別物だ。悪趣味な者の玩具に過ぎんだろう」
 端的に、そう切って捨てる。彼は死者の再生などというブライトンの戯言を真面目に受け止めて悩むほど、哲学的でもない。
「偽者の中身は詰まるところ亡霊か」
 自らの偽名と同じだが、あちらは本物だ。皮肉げに呟いたゲシュペンスト(ga5579)の機剣二刀を回避ざまに、リノはフェザー砲をばら撒いた。ゲシュペンストのみではなく、近接していたアンジェリナや蒼志までも巻き込む攻撃だが、衝撃は軽い。
「この調子でユダやシェイドまで出て来たらと思うとぞっとするな」
 軽口を叩く余裕すら見せつつ、距離を保つゲシュペンストに、リノも眼を細めた。
「フン、効率に無駄が多い機体だ。一人だけ旧式か。その意気は良いぞ」
 重厚そうな斧槍を真横に振るう。アンジェリナとゲシュペンスト、2人を腹背に置き、瑠亥の射撃で動きを乱されながらも、まだ余裕を崩してはいない。もっとも、生前の彼女を知る者には、その動きは緩慢にすら思えた。
「機体と体調が優れなければその程度なのか‥‥理乃ッ!!」
 苛立ちを言葉にして吐き出したアンジェリナに、リノは笑う。
「いついかなる時も『敵』を侮るは戦士に在らず。私はお前達の敵だ。失望させるなよ、人間ども!」
 フェザー砲を目くらましに、距離を取る。瞬間、昼寝と砕牙 九郎(ga7366)の声が響いた。


 中野は既に満身創痍だった。もともと射撃戦仕様な上に、機体が半壊していたのだから仕方が無い。むしろ、4機を相手にして善戦していたとすら、言える。ボロボロとはいえ、まだ動けている事が重要だった。
「せっかく甦ったとこ悪いんだが‥‥オメェさんはお呼びじゃねぇんだ」
 踏み込み、一撃を加える九郎。
「ハハ! やりやがる‥‥だがお前も要らねェよ」
 反動で距離を取りつつ、中野はプロトン砲を発射した。楓が遮蔽に使っていた残骸が消し飛ぶ。中野がそれなりに持ちこたえていたのは、彼の距離で戦っていたKVが2機いた、という事も大きい。
「‥‥狙撃戦闘には、あちらに一日の長がありますか」
 真上からの射撃を試みた十星は残念そうにそう認めた。位置や銃の向きから発砲のタイミングを読まれているのだ。近接機のうち蒼志のBicornは、リノと中野の間を塞ぐ為に取れる位置が限られる。攻めに出るのが九郎1機、というのは手薄だった。
「アイツらの邪魔すんな!」
「ククク、懐に入れば余裕だと思ったかァ?」
 近距離であろうと、ライフルを振り回すのが生身での中野の戦い方だ。ブン、と手にした砲身を真横に振る。その砲口から漏れる輝きが、対した蒼志の眼を射た。砲身で弾かれた九郎が距離を詰めなおすよりも早く、その光がはじける。
「中野が動いた!」
「ディメントレーザー、来るわ」
 その一声で、身構える余裕が出来る。直後、本家ディメント・レーザーの巨大な光の帯が空間を薙いだ。直撃を受けた者はいない。もっとも、無傷とは行かなかったが。
「‥‥30秒、か」
「ですね」
 蒼志の声に、十星、そして楓が頷く。昼寝は先のデータと合わせて、敵の連射が効かない事を再確認していた。艦が砲撃を受け、その後に出撃した事を思えば、更に時間は増える。2分、と言った所だろう。

「余波でこれ、か」
 アンジェリナが舌打ちした。
「来るぞ!」
 瑠亥の声が耳を打つ、よりも早くリノに接敵していた2人は動いていた。暴風の如き斧槍の一撃は、しかし耐え切れぬほどではない。
「長い得物を振るえば零距離に死角が出来そうなもんだが‥‥」
 ゲシュペンストが苦々しく言った。少なくとも、此方が作らなければ隙など生じない構えを見せている。その彼の動きを見たリノも、機内で呟きを漏らしていた。
「機体は良し。だが攻撃に思い切りが無い。‥‥フフン、なるほどな」
 機剣を抜いたアンジェリナとゲシュペンストを等分に見ながら、リノは機嫌よさそうに笑う。

「‥‥射撃の際に、隙が出来るとは思っていましたから」
「チッ。この‥‥」 
 射撃戦から一転、突進して間合いを詰めた十星は、中野機の主砲を叩き切っていた。発射こそ止められなかったが、これで次弾の危惧は無くなった。母艦への直接攻撃の危惧もだ。
「どうした、中野詩虎」
 蒼志が嘲弄するように、蹴り込む。振り返った瞬間、ナックルを突き入れてくる九郎機、桜花が眼に入った。往なそうとした中野に、至近距離から掌銃。
「手前ッ」
「ゲーム感覚で暴れまわり、ちっぽけな欲望を満たす貴方に、私たちは負けませんっ!」
 損傷した半身へ、楓の放った光弾が刺さる。爆発の中、近距離にいた蒼志と九郎の追撃に、咄嗟に身構える。
「十星さん、頼んだ!」
 九郎の声。頭上、仰いだ瞬間に光線がゼダ・アーシュを焼いた。


「死んだか、中野詩虎」
 リノは淡々と言う。今目の前にいる3機は手ごわい。残り4機が加わるまでに減らす事も難しいだろう。
「リノ、貴女はなんとも思わないのですか、ブライトンのやってることは戦士への冒涜です」
 十星が声をあげた。
「貴女が打ち倒してきた者、貴女を打ち倒した者たちすべてに対しての!」
「下らぬ」
 リノはその発言に一顧だに与えない。十星は更に声を投げた。
「それに貴女はもうわかってるはず。再生体のような使い捨てられる駒では人類に勝てないことは」
「勝てぬ戦に無意味と言う。それこそ侮辱だ。今ここにいる私はこの上なく充足しているのだぞ」
 言い返す間に、九郎と蒼志が切り込んだ。これで近接戦を交わす相手で4対1。いや、瑠亥が前衛に加わって5だ。火力支援についても、楓、十星の両名が入る。もはや勝機は失せているが、リノは引く気配を見せてはいなかった。
「理乃、お前は何を望んで戦う」
「貴様がここに立つ理由と大差あるまい、アンジェリナ・ルヴァン」
 己に問う。届かなかった一撃。果たせなかった決着。目の前の相手に果たせぬ因縁を向けるためにだけ、彼女はここにいたのか。――戦いの中でしか果たせぬ約定がある。いや、リノが言うのはそれだけではなく。
「言葉よりも響く音がある。お前はそれを知っているだろう。それ故に、どの世界の異星人であろうと、私は刃を交わしてきた」
 かつて、彼女は星を渡る意味を問われてどう答えたか。奪う、と言う結果をのみ語ったリノに、彼らは反発した。
「なるほど、‥‥パチモノ臭いと思ったけど、中身は一応本物か」
 昼寝が呟く。戦いそのものに意味を見出し、それを生きる意味と為す。それが、かつて彼女が見たリノの本質だったから。
「でもまあ、そろそろ終わりかな」
 ピュアホワイトの「ヴィジョンアイ」が起動、リノの機体の位置情報をより高精度で特定し、共有していく。


 いまだ動きは鈍っていないが、リノ機のダメージは蓄積している。昼寝が支援を掛けた状況で、このまま7機で推し包めば、時間の問題で勝利できるだろう。それを是とする者であれば。
「‥‥ここだ!」
 一拍、おいてゲシュペンストが仕掛ける。機剣の二刀流の間合い、と見せつつ一歩更に切り込んだ。付かず離れずの距離を保ちながら、狙っていた好機。
「究極ゥゥゥゥゥッ! ゲェェシュペンストォォォォォッッ」
 正面のリノ機が大きくなる。その速度が想定より速い。狙い済ましたように、真紅が滑り込んできていた。
「それが貴様の、取っておきか。なるほど、納得がいった」
 リノの声が聞こえた気がした。否、機体の外装を通じて、耳に届いている。僅かに笑いを含んだ声は、すぐに途絶えた。
「離れなさい!」
 楓の砲撃が、リノの背を撃つ。千載一遇の好機を外しながらも、彼女は愉しげに笑っていた。同時に動いたアンジェリナが、機剣を振るう。機剣を見せ技に、本命のフィーニクス・レイを至近距離から叩き込むつもりだった。
「来たか」
 振るわれた斧槍を、残像を残して回避。ゲシュペンストの奇襲が破られたのを目の当たりに、僅かに逡巡する。しかし、動き出した身体が止まらなかった。敵に向け、銃身を。
「‥‥なるほどな」
 少女の声。そして閃光が敵機を貫いた。
「それは、読めなかった。貴様が剣を使う、記憶に引きずられたか」
 いっそ清清しい表情でそう呟いてから、リノ機が爆発に飲まれる。
「‥‥記憶、か。一体いつまで――?」
 アンジェリナが呟いた。その答えを知るすべは、もう無い。
 ――このリノとの邂逅は、終わったのだから。


「結局、理乃は何を望んでいたのか、ブライトンは何をしたいのか‥‥」
「それは俺には判らないけど、まあ‥‥、もしもアンジェリナさんが聞きに行くなら、また手伝うってばよ」
 悩みなど無いかのように、晴れやかに言う九郎へ、アンジェリナが少し眼を細める。苛立ちとも、あるいは微笑ともつかぬ僅かな感情の発露は、すぐに普段の冷静さに覆われたけれども。
「‥‥死してなお消えぬ因縁、か」
 蒼志が、残間から中野を討つべく託されたナイフを眺めつつ、呟いた。
「オッケ、データも取れたし上々でしょ」
 昼寝が愉しげに言う。実際、得られた情報は少なくない。ジハイドの実際の弱体の様子や、その動向が生前の者と大差ないこと、そして他にも判った事がある。
「‥‥死ねば、機体も消える、ということですか」
 十星が切り落としていた砲身は、中野の再度の死の後で溶け崩れていた。機体の残っていた部分も同様だ。束の間の再生で形を得たものは、皆消えていく。それぞれの記憶の中に残滓を留めて。
「一度死んだバグアの再生ですか‥‥。貴方達はどこまで‥‥命を弄べば気が済む‥‥っ!」
「ブライトンを倒す理由がまた一つ出来てしまいました、貴方達のような悲しい戦士を増やさないためにも」
 憤りをこめた、楓の慟哭。決意を秘めた眼で、十星は前を向いた。2人の視線の先、赤い星が遠く、輝いている。