タイトル:【崩月】2月の戦いマスター:紀藤トキ

シナリオ形態: ショート
難易度: 普通
参加人数: 8 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2012/05/27 16:08

●オープニング本文


●月面飛行
 月の裏側は、かつて未知の場所だったと言う。地球へは決して向けられる事がないその表面が初めて観測されたのは、ほんの数十年前の事だ。それでも、本田・加奈にとっては生まれる前のことで、遠い昔にも思える。
「お父さん、来たかったのかな‥‥。宇宙」
 能力者になったばかりの時には大喧嘩もしたが、今では父も自分の選択を認めてくれている、気がしていた。宇宙へ行く、と報告したときにはどこか遠い目をしていたようだ。そういえば、月に人間が始めて足を踏み入れた時、父は何歳だったのだろう。あるいは父にとっても、それは生まれる前の出来事だったのだろうか。今度、聞いてみようと思った。

 ゆっくりと飛ぶ、加奈のイビルアイズ。世話になった仲間や、友人の思い出が詰まったこの機体で、彼女は宇宙へ上がった。タンクをごてごて積む羽目になって少し、なんというか。
「‥‥宇宙に出て太った、かな?」
 多分、気にしないのがいいだろう。
「ったく、本田は余裕でいいな。沙織も柏木さんや本田を少し見習えよ」
「そ、そんな事言ったって‥‥」
 間垣小四郎と沙織のそんな掛け合いが聞こえる。地上にいる間には余りKVに乗っていなかったという2人は、お揃いのリヴァティーに乗っていた。同じく、生身で動いてばかりだった柏木はへそくりをはたいてニェーバを買っている。この4人で飛行小隊だった。もう1つ、柏木の舎弟達が小隊を組んでいる。それに、傭兵の8機。全部で16機のKVと、母艦のエクスカリバー級巡洋艦「バルムンク」が、攻撃部隊の全容だった。

●出撃前ブリーフィング
 月の裏側に存在したバグアの拠点。同心円状に配置されたそれが何物であるかはわからないが、L2艦隊全滅の経緯などからみても、バグアにとって知られたくない施設だったのは明らかだった。その破壊が急務、と言う判断を上層部が下したのは当然だった。とはいえ、崑崙の戦力に余裕は無い。
「使える武器は、KVとG5弾頭だ。‥‥さすがにブラスター砲をぶちかますほど艦を近づけるのは無謀だからな」
 ジェフリー・クーリッジ少佐は、状況をそう概括した。年齢は30程だろうか。飛び級だったマウル・ロベルと士官学校で同期だったそうで、艦長室には若き日のマウルの写真が飾ってあると言うまことしやかな噂が艦内に流れている。
「施設は当たり前だが、月面にあるからKVで破壊するなら陸戦を考える必要がある。G5で吹き飛ばすなら、少なくともワームを処理しておいてもらわんと無理だ」
 相手が回避しないならば、G5弾頭ミサイルの有効射程は60kmに及ぶ。とはいえ、迎撃されれば破壊されるし、なにより崑崙にあるG5弾頭は決して多くは無く、艦艇に配備できるのは3基までらしい。3球で確実にアウトを取らないと、などと言う辺り、野球ファンなのだろうか。
「敵の防衛戦力は、現時点でヘルメットワームが小中とりまぜて9、タロスっぽい人型が4。まあ、数ではこっちが勝っているが、この中に本星やティターンが混じっていればあっさりひっくり返る程度の優位さだ。油断はするなよ」
 艦長じきじきに状況の説明をしているのは、単に彼が一番暇だから、らしい。学生や傭兵を起用する事が恒常的な部隊なら、説明役が決まっていることもあるのだが。残念ながらこの艦にはそこまでの準備は無かったらしい。
「KVを見せ球にしてG5を投げるか、あるいはG5を出しておいてKVでストライクを取りにいくか。どっちにするかは現場に任せる。‥‥っていっても、場数を踏んでいない学生よりは君達に聞いた方がいいだろうな」
 屈託なく言って、少佐は傭兵の方へ目を向けた。

●参加者一覧

鏑木 硯(ga0280
21歳・♂・PN
クラリッサ・メディスン(ga0853
27歳・♀・ER
シャロン・エイヴァリー(ga1843
23歳・♀・AA
潮彩 ろまん(ga3425
14歳・♀・GP
東野 灯吾(ga4411
25歳・♂・PN
リゼット・ランドルフ(ga5171
19歳・♀・FT
ゲシュペンスト(ga5579
27歳・♂・PN
タルト・ローズレッド(gb1537
12歳・♀・ER

●リプレイ本文


「最初に一発見せて、動揺を誘うか。いいリードだな。よし、それでいこう」
 ジェフリー少佐は、あっさりそう言った。初手は当然防がれるだろうが、相手は巡洋艦を無視できないだろう。ワームを始末してから、2発目のG5で施設を破壊するというのが傭兵達の案だった。
「あれを見れば向かってくるだろうからなぁ」
「3発目は非常時用に温存って事で」
 タルト・ローズレッド(gb1537)とゲシュペンスト(ga5579)が息の合った感じで続ける。
「そうだな。貴重な決め球だ。使わずにすむならその方がいい」
 頷き、少佐は艦内へ指示を出し始めた。ブリーフィングルームでは、作戦を元に電子戦機の乗員達が最後の打ち合わせに余念が無い。
「なんか明らかに怪しい施設ですわね。バグアの目論見がどんなのかは分かりませんけれど‥‥」
「悪い宇宙怪獣をやっつけて、秘密基地をぶっ壊しちゃうよ!」
 憂い顔で呟いたクラリッサ・メディスン(ga0853)へ、潮彩 ろまん(ga3425)が元気良く拳を挙げる。幻龍で母艦直衛についた舎弟・田中も「頑張るッスよ」などと合わせていた。

 警戒態勢への移行を告げるサイレンが響く。KV格納庫では一足先に出撃準備に入っていた傭兵達が旧交を温めていた。隅では、間垣と沙織が宇宙服の相互チェックを行っている。
「あら? 学生さんて聞いたけど‥‥なんだか見覚えのある顔ね」
「む‥‥?」
 シャロン・エイヴァリー(ga1843)の声に、柏木は首を傾げた。しばらくして、相槌を打つ。
「おお、体育館裏で会ったリア充か。懐かしいのう」
「え? リア‥‥充?」
 今度はシャロンが首を傾げた。同じ空間を共有していても同じ認識が出来るとは限らないのが、人間という物だ。
「‥‥という訳で、それは誤解だからね」
(シャロンさん、何やってるんだか‥‥)
 耳に入ったそんな会話に、つい聞き耳を立ててしまう鏑木 硯(ga0280)。攻撃前に施設の情報を集めようとしたのだが、成果なく戻ってきた所だったりする。

「すげえな、ニェーバかよ! 裏山‥‥」
 機体を見てため息をつく東野 灯吾(ga4411)に、柏木が重々しく頷いた。
「うむ。ワシの貯金だけじゃ足りんでのう。あいつらがカンパしてくれたんじゃ」
 どうやら、強制ではないらしく、笑顔で指を立てる舎弟達。なんだかんだで仲がいい様子を、リゼット・ランドルフ(ga5171)が、微笑ましげに眺めていた。成人してなお愛らしさの残る彼女だが、愛機は柏木と同じ無骨なニェーバ「Nimue」だ。
(最後にお別れしたときは、こうして皆さんと一緒に宇宙に出る事になるとは考えていませんでしたけれど‥‥)
 のんびり歓談するより先に、片付けねばならない敵がいる。

『長距離ミサイルの射程に敵施設を捉えるまで600秒です。KVの乗員は順次出撃を開始してください』
 アナウンスが響く。実際の行動開始まではしばらくあるが、宇宙へ出る時間だった。


『第一波、全弾迎撃されました』
 艦から女性オペレーターの声が響く。
「ワーム以外に対空砲が4つ。施設そのものにはついてないのか?」
 灯吾が予想していたように、それは敵の防衛体制を見るチャンスでもあった。艦から流れてくるデータを、ゲシュペンストも横目でチェックする。
「って事は、キメラの製造施設なんぞがあるわけでもない、か」
 むしろ、周囲に散っているキメラが防衛のために集結を行っているようだ。
「ならばやる事は簡単だな。さぁ、喰い付いて来い‥‥」
 ゲシュペンストの囁きに応じるように、月面から機影が上がってくる。
「カブト虫怪獣がたくさん飛んできているよ! 中くらいの1つ、小さいの2つが3セットで9機!」
「報告にあったヘルメットワーム全機のようですわね。映像でも確認、中央の編隊に本星型1機」
 元気なろまんと冷えた口調のクラリッサ、対照的な2人の報告を受け、傭兵と学生が展開を開始する。
「よし、対空ミサイル用意。バック、守備でミスするなよ!」
 艦長が声を上げた。バグア機の編隊が中央、左右に分かれようとした瞬間、虚空を斜めに光の帯が過ぎる。
「フン、及び腰だぞ、バグア。これでどうだ!」
 横合いからタルトの放ったプロトDレーザーは、直撃こそしなかったが敵の出鼻を挫いた。タルト機「プロミネンス」は、そのまま旋回すると月へと加速を開始する。
「ボク、お月さまに降りるの初めてなんだ、楽しみ♪」
「そうですね」
「‥‥ったく、暢気なもんだ‥‥。ま、気持ちはわかるけどな」
 ろまんのピュアホワイト「メリーさん」と硯のディアブロ、そしてゲシュペンストのスレイヤー「ゲシュペンスト・フレスベルグ」が追随した。


「お前らの相手はこっちだぜ!」
 追うべきか迷いを見せた所へ、灯吾らKV隊が近接を開始。バグア得意の射程を生かした先制攻撃を行う機は、逸している。
「優先目標が巡洋艦だと判っていれば、進路は読めますから」
 リゼットのニェーバが頭を押さえる位置に入っていた。ミサイルが本星型ワームに着弾、赤い輝きを生む。
「クラリッサ、優先目標を頂戴! 従うわ!」
「A1へ追撃を願います。リゼットさんが攻撃を加え、フィールド展開を確認しました」
 シャロンの声に、クラリッサが冷静に応じた。
「了解。私の愛する故郷イギリスから‥‥プレゼントよ!」
 切り込んだシャロン機がミサイルを叩き込む。中型の本星ワームはフィールドを頼みにしたのかシャロン・リゼットのコンビへ正面から反撃を開始した。直接指揮下にあるらしい小型機二機から、ミサイルが一斉に射出される。
「させません!」
 ぐるりと旋回しつつ、銃弾を撒き散らすリゼットの「Nimue」。2人を追い込むはずだったミサイルが次々と爆発していき、本星型のプロトン砲を回避する隙間を生む。
「サンクス、リゼット」
「いえ。本星型は1機のようです。早めに叩いてしまいましょう」
 4対3の戦闘が3組生じていた。リゼット同様ニェーバを中核に置いた柏木達は多弾頭ミサイル戦術を難なく切り抜けたようだ。舎弟達はやや苦戦している物の、艦からの支援もあり崩れる程ではない。
「ヴィジョンアイを起動します」
 下がった位置からクラリッサが宣言し、本星型の位置予測が転送。
「OK! お代わりをあげるから、遠慮しないでいいわよ!」
 シャロンのミサイルが2射、本星型を撃った。彼女の側面に回ってプロトン砲を発射しようとした小型ワームの一機が、不意の爆発にぐらつき、タイミングを外した。
「横腹ががら空きだってーの」
 遊撃に入った灯吾機「宵柳」が、ミサイルを連射。連携が崩れたプロトン砲を軽々と回避して、リゼットがすれ違いざまに弾幕を浴びせる。


 施設付近へ向かった4機は、月面からの対空射撃をくぐり抜けて降下する。
「大丈夫か?」
「‥‥ああ、問題ない」
 排熱で防御性能が低下しているタルトを気遣うゲシュペンストだが、迎撃自体そこまで密な物ではない。各機多少の損害を負いつつも、施設にほど近い位置に降下した。
「普段見上げてる月の裏側なんですね‥‥」
 硯は高揚する気分に微笑を見せる。人類にとっては今更な一歩だが、個人にとっては大きな一歩だ。
「うわぁ、月だぁ」
 こちらも思わず、といった感じで声を出しながら、ろまんはコンソールへ目をやった。
「‥‥相変わらず数字が多い‥‥」
 ぷしゅう、と湯気が出そうな感覚に捉われつつも、ろまんの中のエミタが膨大な情報を整理し始める。
「でも負けないもん、考えるな感じるんだだもん」
 どこかの拳法家のような事を言いつつ、ろまんは巨大なハンマーボールを取り出す。ちょっと待て、そこはヌンチャクが出てくるべきではないか。

 そんな地上班へ、タロスがプロトン砲を向けつつ迫る。
「あっちから出向いてくるとはな。いや、守備対象から離れた位置で戦いたい、というのはお互い同じという事か」
 艦から前へ出たシフトで戦闘をしている班の事を思い、合点のいった感じで頷いたタルト。彼女のフィーニクスはろまんのピュアホワイトと共にやや後方。前衛には比較して強力なゲシュペンストと硯が出る。
「‥‥って、配分まで同じじゃなくて、いいんですけどね」
「話が早くていいじゃないか」
 敵のシフトを見た2人は苦笑を浮かべた。タロス3機を後ろに従え、盾と剣を手に単機で突出してくる機体の動きは、明らかにタロスとは別物だ。4対4の同数。気を抜くことは許されそうにない。


 艦側の戦闘は、人類側優勢のまま推移していた。柏木らがまず、担当の敵機3機を撃破。
「柏木隊は、そのまま舎弟さんのフォローに入ってください」
 管制役のクラリッサが指示を飛ばす。
「了解じゃ」
 挟み撃ちの形となり、舎弟達と交戦していたワームが一気に劣勢に追い込まれた。状況を見極めたクラリッサは、ヴィジョンアイを中断し、自機の位置をやや前進。牽制が目的とはいえ、単機で2機とやりあっていた灯吾のハヤテは、損傷率5割を超えている。
「助かる! けど大丈夫か?」
 本星型の制御を受けた小型ワームは、相応に手ごわい。
「わたしとこの機体を余り舐めてもらっては困りますわね。こう見えても修羅場はくぐり抜けてますわよ」
 小型との連携さえ切れば、シャロンとリゼットのコンビは本星型に後れをとることはなさそうだった。というより、フィールドが無ければ勝負は決していただろう。弾丸が、ミサイルが赤い輝きと共に敵のエネルギーを削り取っていく。
「足場がなくとも、近接戦の間合いはこちらのもの、です!」
 リゼットのソードウィングがガリガリと敵機の側面を刻む。一撃、二撃。赤い輝きが薄れた。三撃目で装甲に一筋ヒビが刻まれる。
「逃がさないわよ!」
 ミサイルが直撃し、爆光が周囲を照らした。爆発の中から姿を現した本星ワームは、シャロン機へ向かう。その正面装甲に銃弾とエネルギー弾が刺さった。
「もう援護の小型機はいませんわよ」
「ってことだ。諦めな!」
 見回せば、ほんの一瞬の間に小型ヘルメットワームが全滅している。慌てて機首を翻そうとした本星型だったが、その決断は10秒遅かった。


「チッ、再生能力ってのは厄介だな」
 ガトリングを牽制にばら撒いたゲシュペンストが舌打ちする。上は人類優勢でいずれ増援は来るが、それまで持ちこたえればいい、とも限らなかった。キメラがじわじわと集まっているのだ。このままどっちつかずの戦況のまま、ティターンやタロスの後退を許せば面倒な事になる。
「指揮官はここで叩かないと‥‥!」
 焦燥を言葉に出す硯。ゲシュペンストも同意だった。一気に畳み込む、という前衛の意思に、後方のろまんがヴィジョンアイを起動する。
「全てお見通しだよ、だって‥‥」
 先ほどまでに倍する情報量に、エミタが熱を帯びたような錯覚。ろまんは機体の目を通して、敵を見る。動きの鈍ったろまん機へ、砲から剣へ持ち替えたタロスが間合いを詰めた。が、タルト機がその前に入る。構わず振り回した剣は、赤い機体の肩の上を通過した。‥‥残像。
「馬鹿め、どこを見ているっ!」
 側面からタルトが銃弾を叩きつける。よろめく敵機。ろまんのヴィジョンアイがティターンの動作を解析する。
「‥‥私メリーさん、今あなたの後にいるの、だもん!」
 情報が前衛の二機へ流れ、力を与えた。月面に立った黒い「亡霊」が一歩踏み込み、跳ぶ。
「究極ゥゥゥゥゥッ! ゲェェシュペンストォォォォォッッ! キィィィィィィィッック!!!!」
 盾が蹴りの勢いを、間一髪で逸らした。たたらを踏みながらも、旋回するティターン。膝を曲げ着地のショックを殺したゲシュペンストに向け、剣を振り上げ。
「こっちに背中を向けていいんですか?」
 硯が背後に回っていた。ゲシュペンストの蹴りを上回る暴威。硯の斬撃が装甲を砕き、内部までも破断する。
『ぬおおあ!』
 バグアの気合の声が、武器越しに響いた。注意が硯に向く。
「蹴りで仕舞いと思ったか? 残・念! もう一撃!!」
 低い姿勢のまま、ゲシュペンストが機杭「白龍」を構えていた。衝撃が装甲を抜く。
『まだだァ!』
 もう一度、吼え声が聞こえた。ティターンを、援護するようにタロスが踏み込む。ろまんのハンマーボールが行く手を阻んだ。
「しぶとい‥‥!」
 硯が再びハイ・ディフェンダーを振るい、後退を許さない。三度、断ち割られた敵機はついに膝を折った。指揮官を失ったバグアは時をおかず、崩れる。

「よし、第二波だ。ミサイル発射!」
 クラリッサの誘導を受けて敵施設へと飛ぶミサイルを阻む敵はいない。
「ロックオンキャンセラーを頼みたい。できるか?」
「はい。燃料に余裕はまだあります」
 タルトの要請で、加奈が妨害をかける。閃光が月面に生じ、消えた。


 艦内の戦闘配備が解かれる。それを待っていたかのごとく、動き出す集団がいた。
「クーリッジ少佐の『噂』の真偽を確かめるまで、依頼は終わらないわよね♪」
「そんな直球で言わなくても‥‥」
 苦笑しつつも、興味はある硯。ゲシュペンストも同様ののようだ。
「おいおい、何の騒ぎだ、これは」
 ノックに応じて艦長室から顔を出した少佐が目を丸くする。
「作戦終了の報告だ」
 としれっというタルト。呆れたように少佐が苦笑した。
「まあ、俺もダラダラしてただけだし、いいけどな」
「わ、ボクも見たいんだもん!」
 通路の角からこっそり様子を伺っていたろまんが飛び出した。興味なさげな顔のリゼットも、後からついてくる。

 艦長室は案外飾り気がなかった。
「‥‥お」
 目当てのものを見つけたタルトが、にんまりと笑う。幾人か並んで写っている中央、今より少し雰囲気が幼いが、マウルと判る女性が笑いかけていた。
「ほー、まさか艦長室に写真など飾っているとはなあ」
 タルトの台詞に、少佐は色々察したらしい。
「なんだ。こいつを狙ってきたのか。やらんぞ」
 自慢げに言う様子に、マウルのファンなのだろうか、と考えたリゼットだが。
「お嬢が生徒会長でな。俺は書記だったんだ。ほら、ここに写ってるだろ?」
 写真を飾る理由は、楽しかった過去を忘れない為だと少佐は言う。戦いから、戻る場所として。恋愛感情はなかったのか、と水を向ければニヤリと笑い、ノーコメントだ、と答えた。


 こつこつと足音が響く廊下。外は真空だ。身近な死を思えば、少佐のように戻れる位置を認識しておきたい、とも思う。この時の気持ちと、立ち位置を「今」として刻むために。
「シャロンさん、大好きです」
 硯は笑顔で、そう言った。不意打ちに驚いたようなシャロンが、ややあってこほん、と咳払いをする。
「崑崙にバグア施設‥‥。これじゃ『月が綺麗ですね』、なんて言えないわね」
 バグアとの戦いが終わるまで、と言った時とニュアンスは変わらず、それでいて近くなった距離を感じて、
「フフフ、ロマンチックですわね」
 2人の会話を聞いていたクラリッサが微笑した。