タイトル:【東京】Singularity:Rマスター:紀藤トキ

シナリオ形態: ショート
難易度: 普通
参加人数: 8 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2011/06/19 00:08

●オープニング本文


 副都心、新宿。そこが旧都東京を巡る戦いの大きな節目だった。横浜、八王子と敗退を重ねたバグアは、この地にビル改装の大型ワーム『ライアー』、強力なジャミング装置などを配して徹底交戦の構えを見せている。そして、その防衛の一角を担う兵器の一つに『ユダ』の姿があった。
 ――南米、そして中国において未完成な姿を見せていたそれは、この地においてもいまだ完成された兵器ではなく。圧倒的な能力で一次攻撃部隊を排除したピンクカラーのユダは、地上からの有線ケーブルに繋がれていた。これまでの未完成なユダ同様、外部に動力源を委ねていると看做したUPCは周囲の排熱を確認。顕著な温度上昇を示していた数箇所の排水口から、動力施設の所在をほぼ特定する。
 地下に存在するそれを下水伝いで強襲し破壊するという作戦は、全面攻撃とほぼ同じタイミングで承認、決行される事となった。

−−−−

 本田・加奈は、その日幾度目かのため息をついた。AU−KVミカエルはバイクの形で輸送車両の隅に置いてある。リッジウェイの積載量には、そういったマネをしてもまだ余裕があった。同行者の気遣わしげな、あるいは責めるような視線に、申し訳無さそうに頭を下げた。
「いえ、平気です。‥‥ごめんなさい、ご心配をかけて」
 言いながら、もう一度ため息をつく。

 半年ほど前に受けた傷は完治している。能力者の治癒力は大した物で、ベッドに実際に寝ていた時間はせいぜいが一週間弱といった所だろうか。――しかし、あの時に撃たれた方の足が、動かない。常に、ではなく。彼女の心に怯えがあった時に、見えない死神がその足を掴むのだ。
「‥‥ごめんなさい」
 もう一度、呟く。同行者に、この事実は話している。こんな状態でも、東京の奪還に何か出来る事が無いかと考えて現地に来た加奈が、戦場に出る羽目になったのは、純然たる事故だった。
 新宿の下水道から敵施設へ攻撃をかけるべく配置についた傭兵の部隊が、事前情報以上に有力なキメラのを発見したのだ。無論、倒せないとも思えないが、道中で不要な時間や力を費やす訳には行かない。その連絡は速やかに司令部へ向かい、こんな時の為に予備戦力として止めおかれていた傭兵が差し向けられる。良く有る話だ。事故だったのは、戦闘補助として申請していた筈の加奈が、司令部では予備戦力としてカウントされていた事。

『――足が、動かない? 何でこんな奴が‥‥。まあいい。腕が動いて銃が撃てるなら問題ないだろう。能力者ならば』

 連絡将校が、見せた一瞬の表情は呆れか、怒りか。年長の男の言い分に、加奈は言い返すことはできなかった。実際、片足が動かなかったとしても、一般人兵士に比べれば彼女の戦闘力は遥かに上の筈だ。医学知識も無く、KVの補修作業や物資の手配などの事務にも経験が無い。そんな加奈を後方で『遊ばせる』余裕など、前線には無いと言われれば、その通りなのだろう。

 だから彼女は再びこの場にいる。何かの役に立つか、と持って来ていた白銀のAU−KVと共に。あるいは、ミカエルを持ってきていた事が、彼女の甘えだったのかもしれない。連絡将校に詰られながらも、必要とされた事が嬉しくなかったわけではなかったから。ひょっとして、こんな事態になる事を心の中では望んでいたのではないだろうか。
 足が動かない自分でも、まだ必要とされる状況。頼られる状況が、偶然来る事を。だとしても、実際に訪れてしまったその偶然は心に重く――。
「ごめん、なさい」
 太ももに薄く残る傷跡が引き攣った、ような気がした。

『もうすぐマンホールに着く。こいつで最後まで送っていければ、いいんだが。すまんなあ』
 リッジウェイの運転席から、そうアナウンスが入る。地上を行くリッジウェイで、余り目標地点に近い場所まで乗りつけては、施設への奇襲作戦そのものが発覚する恐れがあった。ここからはマンホールに下りて、そこから2km程は下水を行く事になる。
『お前達が目標を排除次第、施設への突入部隊が動く。予定時刻はもう間近だ。ちゃっちゃと仕上げてこい!』
「‥‥いきます」
 速度を落としたリッジウェイの扉が開くのを見て、加奈はそう呟いた。。

●参加者一覧

鋼 蒼志(ga0165
27歳・♂・GD
セシリア・D・篠畑(ga0475
20歳・♀・ER
ファルル・キーリア(ga4815
20歳・♀・JG
フォビア(ga6553
18歳・♀・PN
テミス(ga9179
15歳・♀・AA
ガルシア・ペレイロ(gb4141
35歳・♂・ST
美具・ザム・ツバイ(gc0857
18歳・♀・GD
ラナ・ヴェクサー(gc1748
19歳・♀・PN

●リプレイ本文


「‥‥怯えることは悪いことじゃない。怯えの無い戦士に訪れるのは死、だからだ」
「死‥‥」
 鋼 蒼志(ga0165)は、自分の言葉の一部に反応した恋人の声が、低い事に驚く。セシリア・D・篠畑(ga0475)は、そんな少女の肩を抱き締めた。手の中の少女の震えは、止まらない。怪我をしたとは聞いていたが、友が心に傷を負っていた事までは知らなかった。
「‥‥私のハグより、蒼志さんからのハグの方が効きそうですね‥‥」
 言葉を続けようとしていた蒼志へ、セシリアは視線を向けた。離れた彼女に頷いてから、蒼志は加奈を抱き締める。
「‥‥怯えを消せとは言わない。だが、頼れる存在がいることも忘れないでくれ」
「はい」
 声は、まだ硬い。そんな様子を、テミス(ga9179)はどこか遠い物を見るように、そして微笑ましげに見つめていた。足元がよろめいた時に、支える相手がいる、その意味を懐かしく思い返しながら。

「時間をかけると、KV部隊が追いつめられるわ。急ぐわよ!」
 移動を始めた仲間達にファルル・キーリア(ga4815)がそう声を掛ける。加奈は、彼女と目を合わせる事が出来ずにいた。手も足も出せなかった目の前で、ジハイドの中野詩虎にファルルが執拗に痛めつけられる様を見せられた事が、彼女のトラウマだったから。ごめんなさい、と囁いた加奈に、フォビア(ga6553)が静かな視線を向ける。
「謝らないで」
 震えた加奈に、フォビアは淡々と言葉を続けた。
「問題は‥‥足が動かない事じゃなくて、気持ちが後ろに傾いてる点、だと思う」

 それが聞こえたのだろうか。ファルルが加奈へ近寄る。視線を捉えるように回りこみ、じっと見つめた。
「足手纏いになるなら、ここで待ってなさい。『戦場』に向うなら、覚悟を決めなさい」
 突き放すような一言と、そらすことを許さない強い視線。加奈はややあってから、こくりと頷いた。
「‥‥行きます」

 そして。
「臭い‥‥臭すぎる」
 とため息をつく美具・ザム・ツバイ(gc0857)。恋する乙女にとって、下水の行軍は辛いものがあった。戻って薔薇風呂に、と思えばもう一度ため息が出る。
「ったく‥‥、仕事とはいえ、さすがにこれは嫌になるわね。とっとと終えてシャワーでも浴びたいわ」
 ファルルも同様の感想だったらしい。そのやや後ろを無言で歩く加奈と、ラナ・ヴェクサー(gc1748)。加奈が重体を負ったのと同じ場所で、彼女も中野に打ちのめされた。2人が倒される中、ラナは脅威にもならぬと言うかのように放置されたのだ。傷ついたのは、彼女のプライド。今も、その傷口は膿み続けている。
「‥‥」
 ゆっくりと歩くラナの横顔を、ガルシア・ペレイロ(gb4141)はチラリと一瞥した。ここは怪我人が長居して良い場所ではない。下水に降りる際、覚醒直前に薬を嚥下していたのも、目に入っていた。フォローは必要ならばするつもりだ。しかし、目立たぬように、と心がけるのは、彼女のプライドを思ってだろう。
 闇の中、ガルシアの手元の提灯と、ミカエルの照明が辺りを照らしている。あと少しで目的地という所で全体は一時停止し、斥候役兼誘導役のフォビアと美具が無言で先行した。


 情報のあった三叉路は闇に沈んでいた。暗視スコープ装備のフォビアと美具にとっても、クリアな視界とは程遠い。それでもかろうじて見えるのは、三叉路の別側で待機する突入隊か、後方にいる仲間の持つ明かりの間接光のお陰だろう。美具は手にした閃光手榴弾のピンを引き抜き、ゆっくり数字を数えだした。
「こっちは配置に‥‥ついた」
 小声で言いながら、フォビアは油断無く前を睨む。視界には、床側で身じろぎせずにいるキメラが2体。少し視線をずらせば、下水の中にもう1体も見えた。彼女は美具へ頷いてみせる。
「なれば、行くぞ」
 迅雷のスキルを使い、軽やかに床を蹴る美具。駆け寄る2人へ、床側のキメラがゆっくり上体を起こした。投げつけた閃光手榴弾が炸裂する。
「やった、であろうか?」
 ――美具の声に答えたのは、キメラの放った攻撃。暗所に適応したキメラにとって、眼は飾りだったらしい。
「‥‥速い」
 攻撃を前に踏み込んで回避しつつ、フォビアは奥から注意を逸らさなかった。報告にあった3匹が全てとは限らない、と。果たして――。
「4匹、目‥‥!」
 突っ込んだ三叉路の更に先に、もう1体の敵が見えた。それ以外には、いない。確認してから、フォビアは再び迅雷を使って、後退する。一瞬遅れて、美具。身軽さに重きを置くフォビアは、囲まれてしまう愚を把握していた。ガサガサと嫌な音を立てて敵が迫る。床、そして壁面を伝って。

「螺旋の鋼槍で――穿ち止める!」
 蒼志の槍先。衝撃に先頭の敵が止まる。体をたわめて進もうとした所に、もう一当て。『四肢砕き』のスキルの力を載せた槍は、貫くのではなく殴りつけることで移動を封じていた。業を煮やした敵が、折りたたんだ前肢をゆらり、と動かしたかと思うと、目に見えぬほどの速度で鎌がのびる。
「速い。‥‥が、速いだけだな、世界の敵」
 槍の柄から伝わる痺れに、蒼志はそう言い放つ。逆側の鎌は見切れなかったが、受けたダメージはさほどない。

「‥‥硬いですね」
 別の1匹に正面か三度度打ち込んだテミスは、伝わる衝撃に眉をしかめた。一撃目は柔らかな隙間へ刺さったが、続く攻撃は装甲の厚い部分に受け止められたのだ。とはいえ、敵の脚は止まる。そこへ、光の矢が立て続けに刺さった。
「キメラまで気持ち悪いわね‥‥。とにかく、数を減らさないとダメかしら。一気に決めるわ」
 目にも留まらぬ速さで番えては放つファルルの矢に、キメラはその長い身体をよじって怒りを露にした。

 後退し、そのまま前衛に加わったフォビアも、足止めとばかりにエアスマッシュを打ち込む。ダメージはさほどではなかったようだが、注意を引くことには成功したようだ。そして、最後の一匹はそのまま壁を走り抜け、後衛側へ。
「意外と‥‥リーチがある。でも、これなら」
 最小限の動きで回避しつつ、フォビアは突入隊へ連絡を取る。進路は確保、前進されたし、と。


「昔、とった‥‥杵柄、か‥‥っ」
 ラナが照明銃を両手で構え、撃つ。再び周囲を光が照らし出した。今度の光は閃光手榴弾と比べれば暫くは持つ。ガルシアの提灯と、加奈のミカエルのライトをあわせ、視界による不利は消えた。
「来ます‥‥」
 壁を走るようにして、前衛を突破したキメラが突っ込んでくる。ガルシアの、ついでセシリアの放った光線とエネルギー弾は敵を捉えたが、さすがに瞬殺とはいかない。
 ラナは、敵の狙いが自分である事を把握した。動きが鈍い事を察知したのか、あるいは彼女がつけていた香水に反応したのか。
「‥‥せめて、足手まとい、には‥‥」
 キメラの進路上から、サイドステップ。飛んだ足が地に付かぬ内に、右の大鎌がギラリと輝いた。
「危ない!」
 加奈が息を呑む。咄嗟に身をそらした一寸先を刃が通過し、髪が数条舞った。瞬きの間に、鎌が再び折りたたまれる。貴重な初手、敵に二度の攻撃機会を無駄にさせた。とはいえ、崩れた体勢では追撃はもはや回避できまい。
「まずい」
 駆け込んだガルシアが右のカマを受けるが、逆手までは捌ききれぬ。

 ――ラナの前に、下水で薄汚れた白銀の鎧が割り込んでいた。
「私‥‥に、出来る事?」
 ほとんど勝手に踏み出していた自分の脚に、今更ながらに加奈は気付く。
『例え足が動かなくても手は動く。剣は振れるし、引鉄は引ける。どんな状況でも、自分の戦いが出来る人は足手纏いにはならない』
 フォビアの言葉が、脳裏に再生された。ラナのように見極めた回避は無理だが、受け止めるくらいはできる。
「いいんじゃないか、それで」
 ガルシアが自分と加奈に練成治癒を施しながら言った。それが若者の選択ならば、認めて支える位は、大人の役目だ。
「‥‥大丈夫です」
 すぐ脇から、セシリアの声がした。振り返らず、加奈は頷く。カバーしてくれる仲間が、これだけいた。ここに向かう前に聞いたファルルの言葉を思い返す。
『戦場での1+1は4にもなるし、0.5にもなるの』
 今の自分は半人前。でも、1+0.5を2にしようとする事は、できるはずだ。今、ラナが見せたように。回避主体のラナと受け止める加奈があわせて一枚の壁を為し、負った傷はガルシアが治療していく。攻撃を潰された敵へ、セシリアが知覚攻撃の大火力を立て続けに叩き込んだ。


 フォビアと美具の2人は、敵の進退を正面からではなく、機動的に食い止める。キメラが引けば退路に回り、押せば側面から圧力を掛ける動きは、2人ともが遊撃的な動きを心していたが故。
「二対一なのを忘れるのは愚かじゃな‥‥」
 今しも、下水の壁面を斜めに駆け抜けて美具が切り込んだ。片手に無理やり保持した二振りの炎剣と魔刀をまとめて一閃、弧を描くように斜めに振るう。幼い彼女の体躯では刀の重さに振り回されるのは否めない。今でさえ、彼女の足取りは本来の素早さではなかったが。
「秘剣『ブラック・オリオン』、得と味わうがよい」
 エミタAIの制御が及んだ一振りは、敵の甲殻の隙間に深く傷跡を刻んだ。反撃の音は一度。同時に飛んだ左右のカマの斬撃が、少女の肩に刺さった。そのまま、彼女ごと捉えようとキメラは、カマをたたもうとする。
「‥‥切り裂く」
 下水側からフォビアが肉薄していた。キメラの側背に忍び寄り、小太刀を振るう。美具の重みが在る分だけ戻りが遅かったカマの付け根を一撃。痛みにのけぞった頭部へ、即座に逆手の爪『イオフィエル』が迫る。

 ――びしゃり

 眼が、嫌な音を立てて抉られた。逃げようとする敵へ、迅雷で更に間を詰める。
「いつまでこうしているつもりじゃ?」
 どうせ抱きかかえられるなら誰に、などとは口にせず、美具が締め付けの緩んだキメラの上腕関節に魔剣を突き立て、折った。


 ファルルをより大きな脅威と見たのだろう。キメラはガサガサと壁、そして天井を伝いながら、走る。
「く‥‥!」
 正面を封鎖していたテミスが、悔しげに声を漏らした。この狭い空間ではキメラの移動はまさに縦横無尽。立体を意識しているといないでは、咄嗟の反応に差が出る。
「さっさと、倒れな‥‥さい!」
 更に弓を鳴らすファルルへ、甲殻を貫いた傷跡から体液を垂れ流しつつ、キメラが迫った。シャッ、と鍔鳴りのような音が耳に聞こえる。
「‥‥っ」
 常人には見えぬ速度で繰り出される蟷螂の斧。ファルルとて熟練の傭兵、咄嗟に身を引いたが、微妙に角度を変えて飛んだ逆側の一撃を綺麗に貰ってしまった。
「前衛も後衛もないわね、これは」
 舌打ちしつつも、ファルルは引かない。否、引く必要を見なかった。戦いは二対一。テミスが追いつくまで待てば、火力に秀でた二人での挟み撃ちの形になる。再度引き離されぬ為にも、ここは引けない、と。
「遅れました。ここは‥‥」
「一気に決めるわよ」
 ざざざ、と武者走るテミスに合わせ、ファルルはゆっくりと弓を引く。キメラにも、後ろから迫るテミスの足音は聞こえている筈だ。しかし、振り返れば射抜かれる。振り返らねば、斬られる。とあれば、敵の取れる手など一つ。
「逃げると思ったわ」
 壁に這おうとした敵の挙動を、一瞬早く見切ったファルルの弓が敵の片目に刺さった。動きが鈍った敵の背へ、テミスの蝉時雨が刺さる。そのまま、傷口を抉るように回して、引き抜いた。既に手負いだったキメラに、それが致命の一撃となる。
「終りましたか」
 倒れ臥した敵を見下ろしながらテミスは刀を納めた。暗赤色だったオーラがすっと色を失う。

 蒼志は、1人でキメラを完全に抑えていた。もし彼が攻撃に回っていたならば、キメラにも付け入る隙があったのかもしれないが、動きを阻害する事に専念した手練の戦士をパスすることは困難だ。そして、残りの人数比は3対8、とあればいずれどこかが均衡を崩す。
「鋼さん!」
 加奈の声と共に、セシリアが放った黒色のエネルギー弾がキメラに突き立った。着弾と共に、黒い球体が敵の体を容赦なく抉り取っていく。そこに、ラナのDF−700。蒼志へ注意を向けていて不意を打たれたキメラは、その一瞬で受身に追い込まれていた。
「‥‥今、ですっ‥‥」
 珍しく、声を大きくしたセシリアに背を押されて、加奈が銃を構える。叶うならば加奈に練成超強化を施したかったセシリアだったが、その余裕は無かった。気配を感じて、キメラが後半身を引きずるように、跳――。
「‥‥ここで気を抜くのは、二流だろ」
 封鎖の二字に専念したガーディアンを、突破する事は叶わず。再び打ち据えられて後退したキメラの装甲で、銃弾が乾いた音を立てる。ダメージという意味では微々たる物だろうが、それを合図にするように、再び仲間の攻撃が降り注いだ。


 戦いは、極短時間で終った。完勝に近かったが、帰り道の行程を思えば凱歌を上げるのは微妙な気分だ。
「血、出てるんじゃないか?」
 テミスの額に滲む血に気付き、ガルシアが声を掛ける。最後の反撃で受けた物だろう。
「私は一傭兵、ですから」
 少しくらいの無茶は、覚悟している、と言う彼女に、ガルシアは軽く肩をすくめた。その後ろを、蒼志はため息をつきながらとぼとぼと歩く。
『一緒に暮らせば‥‥心のケアもできるのかな』
 戦い終わった後で、勇を越してそう告げた蒼志だったが。
『自信無さそうな誘い、ですね。ふふ、もう少し強引だったら良かったのに」
 でも、この事はもう少し、自分で考えたい、と加奈は言った。頼ってばかりでは自分が嫌いになりそうだから、と。

 帰還した傭兵達が最初に要求したのは、シャワールームの使用だった。男性二名は当然のように後回しである。薔薇風呂も用意できないとは、残念だが仕方が無い、と嘆く美具が笑いを取ったが、体の汚れと匂いを落とす為にすぐに彼女たちは無口になった。

 ――しばしの後。一息ついた傭兵達に会話が生まれる。
「戦いに不安があるなら、後方支援でもいいんだし、そうでなければ‥‥」
「ファルルさんは、不安が無いんですか?」
 言い掛けたファルルに、加奈は問い返した。
「私は戦って死ぬなら、それも運命だと諦めてるわ」
 嫌な時代に生まれたものね、とファルルは冗談めかしてつけたした。不安だけれども自分は戦いたい、と加奈は言う。それが自分のしたいことだったから、と。
「‥‥辛くなったら‥‥、いつでも、言いに来て下さい」
 濡れ髪をそのままに、セシリアが言う。少し眩しそうにしてから、加奈は頷いた。

 加奈は、中野の影に負けなかった。とりあえず今日のところはであっても。ホッと胸を撫で下ろしたフォビアだが、部屋の隅で黙ったまま髪を拭いているラナの横顔を見て、その微笑は強張った。
「‥‥中野。中野、詩虎。まだ‥‥私は」
 手の震えをそのままに、小さく呟く彼女は、まだその影の中にいる。