●リプレイ本文
●出撃前
早朝の暗がりの中に、9つの影が立つ。ある者は一攫千金を望み、ある者は単位を、そしてある者は浪漫を、まだ見ぬ大魚へと求めて。これは、そんな紳士淑女達の戦いの記録である。
「こんにちは。その後、沙織さんとは‥‥」
「どうです先輩、あれから上手く行ってますか?」
直球で切り込んできた柚井 ソラ(
ga0187)と夏目 リョウ(
gb2267)のコンビネーションに、間垣は言葉に詰まって目を瞬いた。
「あ、いや。その、まぁまぁ、だ」
「報酬で彼女にプレゼントするなら、女の子達にアドバイスを求めたらどうだ」
ぶっきらぼうながらもアドバイスを告げる嘉雅土(
gb2174)。
「あいつは彼女ってわけじゃ‥‥」
赤面する間垣に、嘉雅土は苦笑した。そんな少年達の視線の先で、女性陣もまた戦いへの決意を露わにしている。
「これは依頼と言う名の試練。これを乗り越え‥‥私はっ」
ぐぐっと力を込めて拳を握る皐月・B・マイア(
ga5514)の表情は悲壮だ。大型魚が苦手だと言う少女は、それを克服する為に任務に挑んでいる。
「大丈夫? 違う船になったけど、無理はしないでね」
「姉さん‥‥大丈夫。私、頑張るから」
メアリー・エッセンバル(
ga0194)の心配げな言葉に、皐月はひきつった笑顔を返した。
「流石は伯爵。買うんじゃなくて釣ってくるあたりが本物の大物の風格で」
そんなメアリーの様子を横目で伺っていたGIN(
gb1904)が、視線を正面に戻してからそう呟く。
「遠洋漁業に鮪、一攫千金と言われると、漢の浪漫を感じます」
「そうだろう。夢を追い続ける漢の浪漫を若者達に伝えなければね」
可憐な容姿の中に闘志を秘めたリゼット・ランドルフ(
ga5171)に、国谷 真彼(
ga2331)が重々しく頷き返した。
「‥‥おっと、そういえば」
突然、何かを思い出したように、真彼がツナギのジッパーを下げた。僅かに身を引く周囲に、海風にさらす訳には行かないから、などと言いながら青年が取り出したのはそれなりの大きさの包みだ。
「約束の品だけど、これでいいのかい?」
真彼の言葉にメアリーが大輪のひまわりのような笑顔を浮かべる。多分、どこから出したかは気づいていないのだろう。
「ありがとう!」
ちなみに、包みの中身も作業衣である。庭師を自認するメアリーにとって、汚れを気にせず使える丈夫な衣服は垂涎の品だった。
「あ、ああ‥‥、うん」
片手は包みを胸に抱き、握手の為にぐっと身を寄せてくるメアリーへ、露骨にどぎまぎする真彼。
「‥‥」
兄と慕う青年のそんな姿に、ソラは一瞬だけ切ない表情を浮かべた。知り合ったばかりの頃は外に見せなかっただろう、真彼の一面。青年の変化が、自分との距離にも影響しそうな予感は、少年に微かな不安を覚えさせていた。
「ほら、聞いて来い」
促すような嘉雅土に、間垣は頭をかく。
「‥‥何か女の人に話しかけるのって勇気がいるんスよ」
「まだまだ子供だな」
やれやれ、とばかりに嘉雅土はため息をついた
「べ、別に女の子が苦手って訳じゃない。肩だって叩けちゃうぜ?」
むっとした間垣は、隣にいたソラの肩をポンポン叩く。
「俺、女の子じゃないです‥‥」
間垣に勘違いされている予感はしつつも、直接確認してしまうとがっかりするソラ。
「え、男‥‥なのか? こんなに可愛いのに」
「俺は可愛くないですっ」
2人の会話に、リョウは僅かに身を引いた。
「や、やっぱり間垣先輩はそっちの‥‥。なんか、柏木先輩とも特別仲良くなったとか‥‥」
「な、なんだそれ!?」
学内(の極一部)では、間垣と柏木、それに伯爵を加えた三角関係の話題がホットなのだそうだ。具体的には、漫画研究会の過激派とか。間垣が頭を抱えた所で、波止場側から能力者達を呼ぶ声がした。船の準備が出来たのだろう。
「では、立派な鮪を持ちかえれるように頑張りましょう」
リゼットの声に、一同が頷いた。
●出漁
3隻に3人づつ分乗した一行は、沖を目指す。先頭を行く1隻目のコードネームは第一阿倍丸だそうだ。
「流石は本職、だね」
太平洋の荒波にも関わらず、つかずはなれずの距離を保つ様子に、感心したように真彼が呟く。彼が希望していた船同士を固定できそうなワイヤー設備は無かったのだが、その必要も無かったようだ。
「っし、夢と度胸で大物狙いだ!」
気合を入れるリョウの装束は、麦藁帽子にサングラス。そして『祈願 世界一周釣り行脚』と書かれたジャケットを羽織っている。
「‥‥俺はこの格好でいいです」
Au−KVを着込んだGINがツナギ姿の真彼と釣りキチスタイルのリョウから目線を外してそう呟いた。
2隻目は、第二高和丸と名づけられたらしい。ちなみに、これも船本来の名前ではない。
「周りの警戒は任せてくださいね」
リゼットは油断無く周囲の様子を伺っている。学園の理事からの依頼である以上、生徒の嘉雅土が主役を務めるのがベストだと判断したようだ。
(‥‥皐月やリゼットみたいな可愛い女の子に、手が平になる様なテグス引く作業を遣らせる訳にはいかないよなぁ)
嘉雅土は嘉雅土で、2隻目の中でただ1人の男の子として決意を新たにしていた。
「波目はな、見るっちゅーよりは感じるんじゃ。すぐ下でうねってる海を足でな?」
船長にそんな話を聞く皐月の顔色は青い。
「無理すんなよ」
「な、何とか足を引っ張らないように頑張るつもりだ‥‥宜しく」
嘉雅土からの言葉に、やや硬い返事を返す皐月は、動きの邪魔にならないような長さの命綱を船に取り付けている。
「あ、悪くないな、それ」
「‥‥ですね」
漁船は急旋回したり、場合によっては波に煽られたりと安定しない足場だ。安全の為に打てる手は打つほうが良い、と2人も皐月に倣う。
最後の1隻、メアリー・セレストという少し不吉なコードネームをつけられた船上では、メアリーが熱く燃えていた。
「エッセンバルさん‥‥凄い」
思わず唾を飲むソラへと間垣が目を向ける。
「さっきはすまなかったな。気にしてたらしいのに」
「いえ、わかってくれればいいです」
準備作業の合間に、ソラはニコニコ笑顔でそう答えた。
「沙織さんの為に命をかける間垣さん‥‥男らしいのです。絶対、釣り上げましょうね」
「お、おう。頑張ろうな」
頷きあう少年達に微笑を向けつつ、メアリーは他船と連絡を欠かさない。すぐに、皐月の命綱の工夫は仲間達の間で共有される事となった。
魚群探知機で群れの場所を探っていた母船の連絡を受け、3隻はそれぞれ仕掛けを投擲する。それまでに遭遇したキメラは2匹。戦意はさほど旺盛でないと見え、キメラは鼻面を一撃するとすぐに引き返して行く。時折仕掛けを引き上げては餌を付け替えたりしつつ、待つ事しばし。最初に鮪を引っ掛けたのは阿倍丸だった。
「行くぞ烈火‥‥武装変!」
それまでAu−KVを装着していなかったリョウが鎧を身に纏う。ものすごい勢いで海へと消えていくテグスを、GINとリョウがリンドヴルムの手で掴んだ。猛烈な速度で繰られる糸が、外装甲との間では猛烈な火花を上げる。
「っ!?」
音を立てて切れたワイヤが二人の腕の中を跳ねた。もしも生身の人間ならばただではすまなかっただろうが、Au−KVを纏った2人に危害は及ばない。
「くそっ、簡単にはいかないか」
「持ち方に気をつければ、いけるかもしれないな」
悔しがるリョウと、リンドヴルムの手をじっと見るGIN。次に当たりが来たのは、そんな2人の右舷側、セレスト号だ。
「気をつけて。摩擦で糸を切らないようにね」
メアリーから阿倍丸の2人の報告を聞き、間垣が慎重に手を添える。
「必要なら手伝います、けど」
「っと、お願いします」
メアリーが声をかけたのは、間垣のプライドを慮っての事だ。年上の女性のそんな気遣いに気づいたかどうか、Au−KVを着込んだ間垣は大きく頷く。船首の向きを変えたセレスト号に続きかけた高和丸に当たりがあったのはその瞬間。延びるリールがあっという間に1巻き消えた。
「‥‥こいつは大物じゃ」
船長が漏らした声に、皐月の顔色が青を通り越して白くなる。
(姉さんはいない‥‥落ち着け、落ち着くんだ私)
と言いながらも、何をして良いのか判らず固まる少女の横で、リゼットが船員から軍手を借り受けていた。
「皐月さんは警戒をお願いします。私は嘉雅土さんのフォローに」
Au−KVを装着した嘉雅土は、単なるパワーであれば鮪に負けはしないだろう。だが、水中を行く鮪から受ける力は想像以上だった。
●人vs鮪
「2番船にも当たりだって? どうすれば‥‥」
僅かに戸惑った間垣の手から、ワイヤが滑る。一度止まったリールが再び猛烈な勢いで繰り出されかけたところを、メアリーがガシッと食い止めた。
「一端の鮪漁師を目指すなら、何が起ろうと鮪との戦いに集中しなさい!」
「い、いや。目指してな‥‥」
答えは聞いていない勢いで、メアリーは自分の後ろ側を間垣に任せる。
「‥‥この!」
ソラの長弓が唸りを上げ、少し離れた海上で、魚とは違う影が水面から跳ねた。大物との戦いに入った気配を察したのか、キメラは2番船の周囲にも姿を見せている。鮪よりもキメラの方がまだまし、とばかりに皐月が応射した。
「僕らも援護に回った方がよさそうだ」
阿倍丸が2番船の脇につく。
「オレは手伝いに入ります」
飛び移ったGINがリゼットの代わりに嘉雅土の後ろへ滑り込んだ。擦り切れた軍手を両手ではたいてから、リゼットは銃を手にする。彼女のカバーは、ちょうど皐月のリロードのタイミングだった。
波に揺られながらでもキメラを確実に射抜く先輩たちに比べれば、リョウの長弓はまだ安定感に乏しい。
「外した!?」
「波の返しのタイミングで攻撃するといい。‥‥3、2、1、今だ」
真彼の声に合わせて矢を放つリョウ。船の間近に迫っていたサメキメラに、矢はずぶりと突き刺さった。
「よしっ」
軽く拳を握ってガッツポーズを取るリョウ。その間にも、高和丸では手に汗握る格闘が続いている。
「随分と大物のようだからね。君も手伝って来るといい。ここは、僕が引き受けよう」
むしろ、漢の浪漫をその身で体験してくる事を望む真彼と、銛の一撃を食らわせてやりたかったリョウの意志が合致した。
一方、セレスト号での死闘は人類の勝利で幕を閉じかけていた。
「小四郎さん、銛を!」
「お、おう!」
じわりじわりと引き寄せられる小振りな影。そうは言っても、その全長はテグスを引くメアリーと同じくらいはある。
「頬を狙って、仕留めるのよ!」
熟知した様子で指示を出すメアリーの脇で、間垣が銛を構えた。ドスリ、とエラに突き刺さる銛。角度が浅かったのか、即死はしなかったが、鮪はしばらくばたついてから力を失った。
「70キロちょい、と言った所かな?」
「でかいな、凄いぞ!」
船長の見立ても耳に入らぬ様子で、間垣が舷側についた鮪へ駆け寄る。
「ぇえびすっ!」
メアリーがナックルを外してから恵比寿さまへと感謝を送るべく、鮪へ拳を振り下ろした。
「すぐに引き返すか、それともあっちのあがりを待つか?」
船長の言葉に、メアリー達はやや迷った。しかし、鮪との戦いは既に嘉雅土、GINにリョウまで加えた3人掛りだ。相当に大物なのだろう。警護を続けるリゼットや皐月、真彼にも疲労が見える。
「この子は引張り上げて、寝かせておきましょう。私達は高和丸の援護を」
メアリーの決断に、ソラがほっとしたように頷いた。
「そっち、行きました!」
「まずい、手が足りない」
リゼットと皐月が息を呑んだ瞬間、キメラの頭部が一斉射撃で吹き飛んだ。
「援護するからよ。鮪に集中しろよな! 一流の鮪漁師になるにはそれが必要だぜ?」
偉そうに言う間垣を見て、吹き出しかけるメアリー。
程なくして、巨大な鮪がゆっくりと輪を描く様に船の下へ姿を現す。
「でか‥‥」
思わず呟いたのは誰の声か。
「こりゃあ、200キロはいっとるなぁ。300も夢じゃないかもしれん」
船長の声に、皐月が思わず身震いした。その様子を見たメアリーが通信機越しに囁く。
「鮪はね、体に傷が付くと長くは生きていけない繊細な魚なのよ‥‥」
他にも、走り続けないと死んでしまうやんちゃぶりとか、鮪への愛を語るメアリーに、皐月の心が少し解きほぐされたかもしれない頃。
「あと少し、です!」
豪力発現を使ったリゼットも、最後の一押しに力を貸す。嘉雅土とGINがしっかり保持したテグスの先、皐月を一飲みにしそう(に見える)巨体がチラリと見えた。
「怖くない! 怖くない!」
ブツブツと呟く皐月に、リゼットが顔を向ける。
「あれは鮪じゃなくて、イモです!」
「い、芋!?」
何となく、形が。等と言う間に、鮪が水面近くに姿を現した。
「部費と単位、ゲット!」
リョウがハルバードを振るう要領で銛を突き立てる。海面に朱色がサーッと広がった。
●今日の釣果
「289キロ、だ」
大型船上での計量結果。予想以上の釣果に歓声を上げる一同。危険が多いため、今年はろくに漁に出た船がいないことが功を奏したにしても、望外の戦果だった。
「あ、そういえば。メアリーさん、ちょっと聞かせてくれないか?」
間垣がメアリーにおずおずと声をかける。沙織にプレゼントを贈りたいのだけれど、何が良いだろうか、と周囲の目を気にしながら尋ねる少年に、苦笑しながらも気付かない振りをする嘉雅土。
「嘉雅土、笑ってる場合じゃないぞ」
ポン、と背中からリョウが肩を叩いた。
「ああ、オレのほんとぅにお莫迦さぁん。バイクが潮風塩水にあたれば要整備ってわかりきってることじゃないか‥‥」
天を仰ぐGIN。リンドヴルムは防水だが、やはりメンテナンスは欠かせないのだ。バイク好きのリョウは当然の事のように頷いているが、面倒なことに代わりはない。
「あなたが彼女と共に学園生活を送ってくれる事が、彼女にとっては何より嬉しいと思うわよ?」
「そ、そうっスかね?」
メアリーのアドバイスに、照れくさそうに頭をかく間垣。
「でも、もしも何か物を贈るなら鮪の‥‥」
「鮪の縫ぐるみも可愛いですけど、イルカの方がいいと思います」
リゼットが真顔でそう、助言した。
「そういえば、もうお一方女性がいらっしゃるはずなのです‥‥」
皐月の姿を求めてソラが周囲を見回す。彼と同じ年頃の少女は、4mを越える巨体を目の当たりにしたショックか、魂の抜けたような風情で座り込んでいた。
「伯爵が、臨時ボーナスをくれるそうだ」
ブリッジにいた真彼がそんな事を言う。
「釣れたもう一匹、小さい方は僕らで処分して構わないそうだよ」
どよどよ、とざわめく一同。船員にお裾分けしても、まだお土産に持って帰れるほどの量だ。何よりも自分で手にした海の幸の味は格別だろう。
「も、貰って帰るのは小さい方なんだな? 間違いないな?」
「今日は、よく頑張ったわね」
ガクガク震えながら念を押す皐月の頭を、メアリーがそっと撫でた。