●リプレイ本文
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墜落まではほんの一瞬だった。
「っつぅ‥‥。ある程度の危険は承知していたが、な」
とっさに対衝撃姿勢をとっていた鋼 蒼志(
ga0165)は、まず自身の状態を確かめる。手足は動くが、引き攣ったような痛みに顔を歪めた。
「誰だ? ‥‥ああ、無事だったか」
茂みの向こうからセージ(
ga3997)が顔を出す。周囲を見回せば、すぐにへし折れて真上に立ったヘリの尾部が視界に入った。樹木の丈は高いが、その分中間層は視界が効く。
「やれやれ、酷い目に遭いましたね」
「‥・・だな」
ため息をつく蒼志に、頷くセージ。衣服に大きな裂け目などは出来ていないが、酷くぶつけたらしい。
少し離れた場所では、後部に座っていた面々が落ちていた。
「お祖父さんと同じ目に遭うとは思わなかったな」
倒れていた海原環(
gc3865)が目を開く。とりあえず仲間を探して、と思った所で、すぐ近くに飛ばされていた煉条トヲイ(
ga0236)が起き上がるのが視界に入った。
「ついていないにも程があるが――命があるだけ幸運だったな‥‥」
言いつつ、トヲイが手を伸べる。掴まって立ち上がった環の足に痛みが走り、よろけた。
「‥・・」
すがりついて見れば、トヲイも酷く振り回されたようでジャケットやカールセルはボロボロだ。
「‥・・こほん」
衣服の隙間から見える美青年の胸板。咳払い一つして視線を逸らした先に。
「まったくツイてないったら‥‥」
本格的にボロボロになった僧衣の残骸を胸元に巻いただけ、とかいうセクシー過ぎる姿のゴールドラッシュ(
ga3170)が剣を杖に悪態をついていた。今度はトヲイが視線を逸らす。
そして、ヘリと共に落下した傭兵たち。
「‥・・あんたが、庇ってくれたのかな」
赤崎羽矢子(
gb2140)が呟く。彼女に覆いかぶさるような形のコ・パイの胸には、裂けた装甲が刺さっていた。抱えるようにして開口部から外へ出る。機内に放置していくには忍びなかった。
「満身創痍とはー、こういう状態をー、言うんでしょうね〜」
這い出してきたラルス・フェルセン(
ga5133)が落ちかけた伊達眼鏡を上げる。飛ばされなかった分ましかといえばそんな事も無く、白皙の顔にはくっきり青痣がついていた。
「だめだ‥・・」
外に投げ出されていたパイロットを、抱き起こした天空橋 雅(
gc0864)が悲しげに項垂れる。
「ガンナーさんは〜、そちらに〜おられますー」
ラルスは駆け寄るような事はしなかった。もう、明らかに命がないと判ったからだ。そのままにするのは忍びないが、彼らにできることは無い、と割り切れる程にはラルスはベテランだ。初めて目の前で無くなった命の重さに、崩れそうな雅に気がつける程にも。
「まずは状況把握。それから使えそうな物を回収しよう」
「そうですねー。警戒も〜、怠れませんがー」
羽矢子と頷きあい、雅へ手を伸べる。仲間達が集まってきたのは、そのすぐ後だった。
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使えそうな物を集めて、それから離れる。その認識は全員が共通して持っていた。火こそ出ていないが、焼け付いたエンジンの焦げた匂いは離れた場所からでも察知できるだろう。
「‥‥駄目だね。両方壊れてる」
閃光手榴弾だった物と、ひん曲がった多目的ツールを手に環がため息をついた。操縦席付近を見ていたゴールドが、操縦士達の遺品と、双眼鏡を手に戻ってくる。
「せっかくだしね。こんなのでも一つあるとないのじゃ、随分違うのよ」
聖職者でもある彼女は、遺族の心情を考えていた。ラルスやトヲイと同じく、切り換えが出来ているのだろう。雅は表面上は落ち着いているが、まだ時折視線が3人の遺体へと向いていた。樹の根元に並べて横たえられ、ありあわせの布をかけられただけの元戦友たち。
「‥‥あ」
足元に、何か小さな物が光った。手を伸ばしてみると。
「わ、それあたしの。無事だったんだ?」
ゴールドが覗き込む。少し曲がっているが、それは紛うことなく【OR】クジラの鍵だった。それを皮切りに、周囲をうろうろしていた仲間達も色々と見つけ始める。
「この方位磁石は使えますが、こっちの救急キットは駄目ですね」
並べた蒼志は残念そうだ。木の枝が絡んだ様子を見れば、茂みを倒した痕跡を目安に探し当てたらしい。
「こっちは収穫は無し、だ」
無表情に、トヲイがその横に壊れたライターを置いた。
「直せればと思ったんだが、これは無理だよな?」
やはり壊れたトランシーバーを手に、セージが言う。一緒に見つけたミネラルウォーターのボトルの方が役に立ちそうだ。一緒に戻ってきた羽矢子は、複雑そうな顔で手の中の小瓶を振って見せた。薔薇の香りの香水は、今この場所では役に立ちそうもない。ため息混じりに顔を見合わせたところへ。
「どうやら‥・・運が私達に味方してくれたようです」
覚醒して普通に喋るようになったラルスの声には抑揚が無く、喜びの色は見えない。が、ゴールドが汗の浮いた顔を綻ばせた。
「わお、救急セットが2つね。鎮痛剤とかもあるかな?」
彼女を含め、何人かはその世話になった方が良い状態だ。見つかった物は少なくないが、足りるとも言えず。もう少し探せないか、と考えた傭兵達の耳にしゅるしゅるという奇妙な音が聞こえた。
「‥・・っ! キメラか!」
大蛇の巨体が、意外と器用に木々の間を這い進んでくる。しかも、2体。幸いな事にまだ傭兵達には気づいていないらしい。
「俺が殿に入る。先に行け」
小声でトヲイが言う。ボロボロの仲間の中では、まだましだ。
「意外と動けそうなんでね。盾位にはなりましょう」
ひんまがった得物を手に、蒼志が並ぶ。任せた、と一声かけて羽矢子とラルスが茂みを分けだした。
「走って逃げる時はもう遅い‥‥。お祖父さんも言っていたのに」
反省するように言う環。探索しつつ周囲に気を配っていた者もいたのだが、ながら作業には限界がある。
「急ぐぞ」
「‥‥ああ、逃げよう」
促したセージにこくりと頷き、雅はもう一度だけ樹の根元を見た。振り払うように首を振って後へと続いた雅の後方、足を引きずりながらのゴールドを庇うようにトヲイと蒼志もジリジリと後退する。首をもたげた大蛇が、しゅうしゅうと息を吐き‥‥、その視線が樹の方へ向いた所で、二人の視界を茂みが覆った。
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結局、大蛇キメラは彼らの後を追ってはこず、行く手に単独で現れた小型キメラは、羽矢子とラルスが沈黙させた。ヘリの墜落地点から少し離れて、応急手当などを施し、更に歩く事しばし、行く手が大きく開けてきた。――川だ。
「どうやら間違いなかったか」
ほっと先頭の羽矢子が息をつく。高い所から確認しようと思ったのだが、密林の木々は意外と背が高く、飛んでいた間の記憶に頼る形になったのだ。その背にぼふっとゴールドがぶつかる。
「‥‥え、ついた‥‥?」
歩きながらも朦朧としていた様子で、そのまま隣の樹にもたれかかる。他の面々も、多かれ少なかれ疲労困憊していた。
「ここをキャンプにしよう」
雅が言う。本当ならテントを張りたかったのだが、持参のキャンプ用テントはヘリの残骸に埋もれて見つからなかった。
「大丈夫ー、ですか〜」
かくり、と首を傾げるラルスに、雅は笑顔のようなものをむける。
「私は平気だ、といえば嘘になるな」
その笑顔は明らかに強張っていた。間近に見た死を、作業に紛らわせたいという事なのだろう。エマージェンシーキットを手に、足を引きずっていた仲間に歩み寄る。川の上に見える空は幾分影が差して、すぐに夜が来そうだった。
とりあえず水の確保は必要というのは、彼らの共通認識だ。
「生水を飲むと赤痢になるから止めろと言ってたけど‥‥」
祖父の記憶を反芻しつつ環が言う。が、少し川沿いに歩いても、都合の良い清水などは見当たらなかった。ミネラルウォーターを分けて当座はしのぐにせよ、長時間は厳しい。
「どれが食べられるか、判ればいいんだがな‥‥」
食用なのか判らない果実を横目に、トヲイがため息をついた。まあ、一日や二日、食べずとも命に関わりはしないだろう。ふらふらのゴールドは動くのも辛いようで、せめて見張りでも、と目だけをキョロキョロと動かしている。
「蛭には〜、気をつけてーくださいね〜」
ラルスが言う。痛みも無く、いつの間にか張り付いている蛭は気がつくまで体力をじわじわと奪っていくのだ。動きの鈍いゴールドにくっついていた連中は、雅が丁寧に剥がしている。
森側を回ってきたセージは、服の切れ端やら壊れた機材で簡単な鳴子を作って、引っ掛けてきた。蛇だの虫だのには役に立たないが、獣型ならひょっとしたらひっかかるかもしれない。
「ま、気休め程度だが、無いよりはマシだろう」
肩をすくめて言う。実際、気休めでも無ければ耐えるのもきつい。いずれ救助が来る事は皆、信じてはいるが――。
「よし、作業はここまで。交代で休もう」
羽矢子が言ったのは、空が完全に暗くなる前だった。墜落からは3時間といった所だろう。交代で見張りを、という彼女に雅が挙手しかかったが、目の合ったトヲイが首を振った。
「天空橋には休んでもらった方がいい」
「休める時はー、休む事も大事、ですからね〜」
ラウルもそう付け足す。確かに、サイエンティストの彼女は休むべきなのだろう。それが、仲間の為にもなる。
「‥‥わかった」
頷いた瞬間、川面が動いた。突き出されたのは巨大な、機械とも生物とも取れぬ頭部。
「TW!?」
よく見れば手負いのようだが、今の自分達の状況では大差がない。
「皆さん、逃げますよ!」
ラウルの声が響き、一同はとっさに密林へ駆け込む。
「クッ」
ゴールドをトヲイが引っつかむようにして引き倒す。直後、プロトン砲が赤い光線を吐き出した。一瞬で焼き焦がされた樹木が何本も、めきめきと音を立てて倒れていく。倒木を誤認したのか、フェザー砲が短い光線の束をぶすぶすと突き立てていった。
「報酬もらう前に‥‥くたばるわけには‥‥いかないじゃない‥‥!」
ぜいぜいと息を荒げつつも、茂みの中を進むゴールド。相変わらずのたくましさに苦笑しつつ、トヲイも横を這う。逆側の茂みへ飛び込んだ面々も、似たような状況だった。
「‥‥まだこんなところでは死ねませんのでね」
身を低くした蒼志の声に、セージは笑って見せる。見失ったのか、歩みを止めたTWの足元付近で。
「心に余裕を。面に笑みを――こんな状況だと難しいが、こんな時だからこそ必要な事ではあるよな」
「‥‥?」
と、雅が不意に耳に手を当てる。遠く聞こえてくる爆音。ヘリのそれだと気づくまで、半瞬。それは、あと少し持ちこたえれば何とかなる、という光明だった。
「間に合って‥‥くれるかなぁ」
上を見上げて、環が言う。フェザー砲がまぐれ当たりにかすって、足を抉られていた。せめて照明銃が見つかっていれば合図も出来たのだが。と思ったところで、羽矢子がガラス片の反射を使って合図を送っているのが見えた。
「‥‥こっちだよ!」
ガラス片を投げ捨てた羽矢子が大きく叫び、駆け出した。囮になろうというのだろう。無謀、とは言い切れない。少なくとも、瞬天速が使える間は、TWに追いつかれることは無い筈だ。プロトン砲やフェザー砲に捕まりさえしなければ。
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救いの手は殊の外早くたどり着いた。
「ゴールド! 全員無事なの!?」
凛々しい声が、夜闇を裂く。
「ハハッ」
自分を呼ぶ声に、ゴールドが一瞬だけ笑み崩れた。トヲイもほっと息をつく。
「‥‥地獄に仏。いや、ジャングルに女神だな‥‥」
TWへと切り込む、昼寝とシャロン。背後を衝かれたTWは振り返って噛み付こうとするが、もうその場に二人はいない。
「助かっ‥‥たか」
肩の力を抜きかけてから、ハッと隣の気配に身構える羽矢子。
「大丈夫か? 羽矢子ネェ。腕‥‥」
小隊員のリアが、救急セットを片手にしゃがみこんでいた。フェザー砲に射抜かれた右腕が、急に痛み出す。
「大丈夫じゃないけどね。全部任せて寝てもいられ‥‥」
感じた安堵を振り払うように言った所で、TWが地響きを立てて崩れるのが見えた。盛大に騒いだせいか、新手のキメラの姿も見えるのだが。
「任せて寝てて貰っても平気だと思うぜ」
覚醒のせいで淡々と喋りながら、リアが剣を抜く。羽矢子の向こうでは、環へと犬彦が駆け寄っていた。
「環ちゃん、平気? あかん?」
「なんか犬彦ちゃんの声が聞こえるなぁ‥‥」
出血でぼうっとしたのか、薄く笑いながら言う環。
「幻聴まで聞こえるんじゃダメかな、あぁ顔まで見えてきた‥‥。もういいよね? 何だか眠いんだ‥‥」
犬彦ではなく犬の幻影が見えそうな台詞を言う環に、無言で平手打ちをかます犬彦。
「痛っ! 何するんですか!?」
むむ、と頬を押さえる環に、よしとばかりに頷いてから、ぐるっと背を向けた。飛び掛ってきたキメラを撃ち落とし、大きく啖呵を切る。
「びびってんのか〜、おらおら〜」
意外と間延びした名乗りだが、小型キメラごときには十分すぎた。
せっかくやってきた救いの手だが、降下する場所は無く、ヘリからロープを垂らして一人づつ回収していく形式だ。最初に引っ張りあげられたのは、怪我の重い羽矢子、次いで環。機上の人となった環は、まず真っ先にビールを欲しがり操縦士に呆れられたが、犬彦はニコニコと缶を取り出す。
「今すぐ冷えたビールを‥‥あかん、ぬるくなってしまった」
失敗失敗、と笑う犬彦に、まぁ生きてりゃいいか、と笑い返す環。地上の傭兵達は、思い思いの姿勢で回収の順番待ちと周辺警戒をしていた。
「無事で何より
「有り難う。お陰で命を拾う事が出来た。――この恩義、いつか必ず返す」
指を立てた昼寝を眩しそうに見ながら、トヲイは堅苦しく頭を下げる。
「ま、別にそんなに心配してなかったけどね」
肩をすくめて視線を逸らし、昼寝は辺りの様子に意識を集中した。あるいは、その振りをした。
「シャロンおんぶー。あと、喉渇いた、それからそれから」
さっきまで以上にぐったりした風を装い、あれやこれやと注文をするゴールド。甘えて見せるのが虚勢な事がわかる程度には、付き合いが長い。シャロンはにっこり笑ってから、
「ゴールド、救出料はケーキバイキング1回にサービスしとくわ」
片目を瞑って、ことさら軽く言ってのけた。
「どうかしましたか〜?」
ラルスが、一人隅に立っていた雅に声をかける。じっと、見つめていた方向は最初にヘリが落ちた場所。3人が死んだ場所だった。
「義兄の事を考えていた」
ぽつりと、それだけを言う。同様の状況で死んだという義兄の事は写真でしかしらないのだけれど。
「生き残った私たちは、彼らに何をしてやれるのだろう」
それは、まだ半年の新米傭兵には重い問いで、3年以上を戦っている古参傭兵にとっても答えが出る物ではない。
「次、上がれる人ー!」
黙して、同じ方角を見ていた二人に、順番を告げるリアの声が飛んできた。