タイトル:【BD】生徒達の密林戦マスター:紀藤トキ

シナリオ形態: ショート
難易度: 普通
参加人数: 8 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2010/09/19 20:55

●オープニング本文


「エリア32にシグナル赤。ワームを含む集団、多数なの。エリア74にシグナル赤。アースクェイクを確認‥‥」
 照明を落とした一角で、コンソールのバックライトに照らされた白瀬・留美少尉が淡々と状況を報告する。コロンビア国内に侵入したベネズエラ軍は多数であり、その分遣隊は無数の癌細胞と化して国土を侵食していた。
「ブリュンヒルデはこの場所を動けないわ。白瀬、ジョーダン中佐とトーリャに指示を。傭兵にも声をかけて。いざとなれば私も出撃します」
 マウル・ロベル少佐が言う。彼女も、留美も最低限の仮眠を挟みながら艦橋に詰めていた。コロンビアの正規軍がサボっている訳ではない。純粋に戦力が足りないのだ。

***

 参番艦と共にベーリング海峡を抜け、日本近海に到達した練習艦「カシハラ」は、ドックにて修復作業を受ける事となった。その間、艦の主だった乗員達は日本に残ったが、能力者達は戦力に乏しい南米へと派遣されることになる。カンパネラの学生で構成される陸戦ユニットは、派遣されたコロンビア東部の密林地帯で高速を活かした偵察隊として運用されていた。

 密林を駆け抜ける3台のAU−KV。さすがにブーストこそ使用していないが、木々の間を縫って出す速度としては尋常ではない。二人乗りの一台が時折ふらつきながらも、彼らは距離を稼いでいた。これまでの所は。
「もう少しだぜ、沙織」
 先頭を行く間垣・小四郎(gz0137)の声に、続く二人乗りのハンドルを握る少女が頷く。余裕の無い少女たちの後ろには、重厚なバハムートが器用に車体を傾けたりしながら続いていた。もう少し、というその言葉が気の緩みを招いたのだろうか。
「う‥‥!?」
 ドンという衝撃。間垣の体は、全速の勢いのままで宙に舞っていた。しまったと思う間もなく、巨木に全身を強打する。能力者でなければ即死だったろう。派手に転がったAU−KVは、おそらく作動できぬほどにダメージを受けている筈だ。
「くっそ‥‥」
 痛みに顔を歪める間垣へ、沙織が駆け寄る。
「さっきと、また違う罠ですね‥‥」
 沙織の後席に乗っていた本田・加奈(gz0136)が、救急セットを手に後席から降りた。緒戦で彼女が引っかかった倒木の罠と違い、間垣を転倒させたのは、蔦を利用したと思しき罠だ。
「これは、こっちが貧乏くじだったかのう‥‥」
 密林の奥を伺いながら、柏木・涼人(gz0214)が腕を組む。その耳に、風切り音が聞こえた。
「危ねェ!」
 前に出る一瞬でバハムートを着装した彼がかざした盾に、投石が銃弾の如き速度でぶちあたった。密林という名から想像するほど木々が密生しているわけではないが、それでもそう遠くから射線が通るはずもない。
「もう来やがったか‥‥」
 間垣が呻く。密林の中、もさもさした毛に覆われた熊のようなキメラがチラッと見えた。サイズはさほど大きくは無いが、それが手ごわいハンターだと彼らは知っている。思えば、最初から罠だったのだろう。進軍中の敵の部隊を発見し、全速力で帰還中に仕掛けられた罠。8名のドラグーン隊はたった一つの罠で3台のAU−KVを失い、交戦もままならずに2手に別れて撤退を続行する羽目になったのだ。

「来るなら来なさいよ! 正面からなら負けないんだから!」
 涙目で言う沙織の言葉は、おそらくは正しい。さっと姿を消した後で、高い口笛のような音が木々の間を響いた。キメラの群れが彼らを狩りたてにやってくるのはすぐだろう。
「柏木さん、俺を置いてってくれ。俺のリンドヴルムはもう駄目だし、二人乗りでこのジャングルじゃ動きが鈍る」
「フン。ここは任せて先へ行けっちゅう役回りは、ワシの方じゃろうが。まあ、男を見せる時かのう。今のうちに二人は‥‥」
 向けられた視線を、加奈と沙織は拒否した。柏木も苦笑しつつ前を向く。
「あとは、田中たちがうまく基地へいけたか、じゃのう‥‥」
 二手に分かれた片方が知らせを届けていれば、救援が来るかもしれない。それまで、持ちこたえることが出来れば。ふくろうのような鳴き声が、呼び交わすように木々の合間をこだました。

●参加者一覧

鋼 蒼志(ga0165
27歳・♂・GD
鏑木 硯(ga0280
21歳・♂・PN
東野 灯吾(ga4411
25歳・♂・PN
如月・菫(gb1886
18歳・♀・HD
夏目 リョウ(gb2267
16歳・♂・HD
鯨井レム(gb2666
19歳・♀・HD
ラナ・ヴェクサー(gc1748
19歳・♀・PN
功刀 元(gc2818
17歳・♂・HD

●リプレイ本文

●ジャングル・ライダース
 密林を行く能力者達、中でも先発班は道無き道を行く。基地に辿り着いた田中から聞いた分かれた時点での方角、そして柏木達がこちらの方角へ向かっているという点を考えあわせると、大まかな位置は判明していた。
「‥‥クッ」
 草陰の嫌な位置に置かれていた石を避け損ねた功刀 元(gc2818)は、速度のロスは最小限のまま、崩した態勢を立て直す。一度停車すれば安全なのだが、先を急ぐ今はその時間が惜しい。
(「最速は無理かな」)
 先発班の残り3名が、いずれも自分より傭兵経験が多いと知ってはいても、少し悔しい。ドラグーンのエミタは、ちょっとした操縦ミス程度は簡単に補正してくれるのだが、いかんせん敵の罠は「ちょっと」の部類よりも厳しかった。
「‥‥そこか」
 グッと急カーブを切る鋼 蒼志(ga0165)に、元は追随する。左右が塞がり、一箇所だけが開けているような「ここを通らねばならない場所」に注意している点で、2人は同じだった。「探査の目」を使って罠を探している蒼志の動きを見て動けるのは、やや遅れた利点かもしれない。
「っと! すまん」
「うおわ!?」
 罠の無さそうな場所を咄嗟にルートに選んだ夏目 リョウ(gb2267)が、東野 灯吾(ga4411)とニアミスする。銃を片手の運転にも拘らず、何とか立て直したリョウと、派手に地を滑った灯吾。
「動け‥‥」
 祈るように再始動。オフロード用にセッティングしてきたバイクは、頼もしい音を返してきた。それでも、もう一度酷くぶつければダメかもしれない。元やリョウの乗るAU−KVほど、頑丈には出来ていないのだ。とはいえ、元は既に2度、転倒している。もう一度が危険なのは彼も同じだ。
(「そろそろ着いて下さいよ‥‥。ん?」)
 心中の声が聞こえたかのようなタイミングで、前方から戦いの喧騒が流れてきた。

 先発隊から、やや遅れてさらに4名が追走していた。前を行く仲間が通った痕跡を見て動ける分、安全なのは間違いない。大きな罠については灯吾が無線で知らせてきているし、所々に破壊の痕跡があるのはリョウがエネルギーガンをぶっ放した後だ。それでも、安全が保障されているわけではなく、鯨井レム(gb2666)が運悪く転倒したりもしてはいる。もしも先発で脱落するメンバーがいれば回収も考えていたが、まだその様子が無いのは幸いと言ったところか。
(「カシハラ隊。‥‥あぁ、以前艦の掃除を手伝った、あのチームでしたか」)
 依頼を受けた時から気になっていた事をふと思い出して、ラナ・ヴェクサー(gc1748)は微笑した。カシハラ、という耳慣れない単語が、引っかかっていたのだ。そういえば、初めて聞いたときにはカピバラと間違えたような気もする。
「どうせ、『ワシに任せて云々』とか言ってるんだろ」
 もう少し、救出対象と個人的な縁が深い如月・菫(gb1886)は、厳つい顔を思い浮かべながら呟く。そんなフラグはへしおってやんよ、という一言は心中で付け足した。代わりに、
「んー。罠も増えて来たし、そろそろじゃねぇの?」
 そう口にする。
「予定通りなら、先発班は合流できた頃だな」
 目の隅で時計を捕らえ、レムが言った。転倒で受けた傷も気にしていない様子を見て、鏑木 硯(ga0280)は苦笑する。知人から気に掛けて欲しいと言われてはいたのだが。一刻も早くと気が逸り、スピードを出したくてじりじりしている自分に比べ、久しぶりにあった少女は随分と落ち着いていた。

●救助者参上!
 投石を盾で弾き、もう一つは腕で受ける。しかし、片手で蔦にぶら下がり、密林の王者の如く突っ込んできたキメラまでは、手が回らない。後ろには、転倒でAU−KVを失った間垣、加奈と、満身創痍の沙織がいるだけだ。
「根性見せろや、間垣!」
 振り向かずに吼えた柏木の横を、抜けていった筈のキメラが、来た時の逆回しのように吹っ飛んでいく。
「柏木先輩、助けに来たぜ‥‥。行くぞ『騎煌』、武装変だっ!」
 多分、装甲を纏っていたのは掛け声の前なのだろうが、細かい事を特殊風紀委員(と書いてメタルヒーローと読む)に言うのはヤボと言うものである。
「‥‥大丈夫か」
 同じタイミングで駆け込んだ蒼志が、緊張の糸が切れたような沙織に駆け寄り、『蘇生術』で手当てをする。ただ1人AU−KVが無事だった彼女は、他の二人よりも狙われていたらしい。
「鋼さん‥‥?」
 瞬きする加奈に、油断をするなと声を飛ばし、蒼志は次に間垣へと手を伸ばす。恋人の自分を優先するのではなく、傷の重い者から手当てをする蒼志へとふわっとした微笑を向け、加奈は油断なく森を見据えた。先までの不安は、もう無い。
「さて、付き合ってもらいますよ?」
 彼女らに向かって投石の構えに入ろうとしたキメラを、着装した元が二丁拳銃で牽制した。
「悪ぃ、遅れた! 後で殴れや」
 そんな事を言いながら灯吾が柏木の脇に立ち、
「可愛いからって容赦しねえぞコラァ! 死神軍団の御出ましだ!」
 大きく声をあげる。一拍遅れて、密林の奥からキーキー言う鬨の声が返った。手にした槍をぶんぶん振り上げたりしている姿は愛玩動物の群れのようだ。
「あんな奴らにやられた連中の気分が、少しだけ判る気がするな」
 そんな映画で『やられた側』と同じ白い装甲服のリョウが、メットの奥で苦笑した。

 当然と言うべきか、途中のロスが少ない分、後発班は出発時より時間の遅れを詰めていた。先発班が戦いに入ってから20秒後には、さらに4人の新手が戦線に加わる。
「怪我人は下がってろです!」
 威勢良く言いながら、菫が傷だらけの柏木を押しのけて前線に入った。蔦を使って突っ込んできたキメラを自身の名と同じ槍で一打ち。怯んだ一瞬、元が引き金を引いた。蔦から手を滑らせたキメラが甲高い悲鳴を上げて落ちる。フィールドの赤い輝きが身を覆ったが、立ち上がる前に元と菫がもう一発づつ撃ち込むと静かになった。
「む、ワシはまだ戦‥‥」
「ホラ、無理しても仕方が無いでしょう」
 救急セットを開けたラナが、柏木の腕を引くと、巨躯がよろめいて座り込んだ。
「むぐ、女子供に戦わせて引っ込むのは不良の名折れ‥‥!」
「それだけ減らず口が叩けるのであれば上等だ」
 ぷしゅう、とレムに掛けられた消毒スプレーが染みたのか、柏木はブツブツ言う声のトーンを落とす。

 後ろに控えていた他の面々は、リョウや灯吾、元がカバーしてくれている間に蒼志の手当てを受けていた。
「無事で良かった。‥‥こうして傷を癒せるというのも悪くは無いな」
「‥‥はい」
 加奈の身体に手を回して、蒼志が微笑んでいる。覚醒で小柄になった恋人が身を任せてくるのには、イケない事をしているかのような錯覚が付きまとうが、『このシーンの登場人物2名は18歳以上です』。いや、そもそもやっている事は『蘇生術』なので問題は無いのだが。
「よく耐え切ったわね‥‥。この悪条件の中、賞賛に値するわ」
 柏木から離れて、ラナは沙織へとミネラルウォーターを差し出していた。冷たい喉越しが頭をすっきりさせていく。そんな少女の頭を一撫でしてから、ラナは銃を手に立ち上がった。

●戦闘、本番開始
『キィ! キィ!』
 投石と密林の王者式奇襲だけでは埒が明かなくなったと見たキメラが、茂みの中から跳ねるように飛び出す。その数、10。
「俺が切り込みます。援護をよろしく!」
 バイクを横倒しに、言い捨てた硯の姿が消えた。『瞬天足』で一気に間合いを詰め、一匹のキメラを斬り倒す。踏み込んできた獲物へと、一気に殺到した敵。
「遅い‥‥!」
 槍の穂先をサイドステップで回避し、泳いだ身体に刃を振り下ろす。返す刀を、頭上から飛び降りてきた敵へ閃かせた。いかに硯が卓越した戦士とはいえど、包囲攻撃の全てを避け切れはしないが、彼の動きは痛みを感じないかのように、鋭さを失わない。
「集団戦が得意ならば、確実に一匹ずつ潰してゆくのがセオリーだが‥‥」
 力量次第では強攻策もありか、と口の中で呟き、崩れた敵の一角へとレムは銃弾を送り込む。柏木の手当ての後で、彼女はあえて距離を取り、木々の間に姿を隠していた。
『キュイ!?』
 弾が飛来した方向へ向いた時には、レムの姿はもう見えない。余所見をした敵へ、リョウが機械剣をブォン、と振り下ろし、キメラは奇襲する側の優位を失った事を悟った。
『ピィー!』
 甲高い、笛のような声が密林を渡る。そして、遠くからそれに答えるようなやや低い音。意気を盛り返したキメラの様子を見れば、それが敵にとって頼みとする増援な事は明らかだった。
「にゅふふ、ここで一気に決めてやるのです。行くぞこのやろー!」
 ハイドラグーンの最大最後の必殺スキル、不敗の黄金龍を作動した約1名を除いて、だが。
「今なら、誰にも負ける気がせんのです!」
 輝く竜の紋章と共に、突き進む菫。行く手を遮ろうとしたキメラの1匹が穂先に掛かり、絶鳴に振り返ったもう1匹は戦線に加わったラナの銃撃で撃ちぬかれた。
「変なのが来る前に、押し切るのには賛成だ。押し切るというか‥‥穿ち、貫く」
 甘いゾーンをいつの間にか解除した蒼志も、ドリルスピア片手に突貫。硯の反撃で手負いだった敵を一突きに仕留める。
「よし、このまま押し切‥‥」
 銃に弾を込めつつ言いかけた元が、密林の奥から突進してくる『それ』に最初に気がついた。ズシン、という足音で、すぐに全員が新手に目を向ける。

「うお、でか‥‥」
 呟いた菫の一言が、一同の感想を端的に表していた。身長は2mを大きく越えているが、別に人類基準で見ても規格外ではない。が、これまで相手をしていたのがその半分以下のサイズである事が、彼らの感覚を狂わせていた。これまでのが兵隊だとすれば、毛むくじゃらの『それ』はさしずめ士官。深い意味はまったく無いが、中尉相当といったところだろう。その『中尉』はおもむろに周囲を見回し、
『‥‥ウゴァー』
 吼える。地に伏した仲間の屍骸に、思うところがあったのだろうか。片手に持っていた大岩を、腕だけの力で投げつけた。
「おわっ!?」
 咄嗟に盾を構えた灯吾が呻く。さっきまで受けていた投石とは、衝撃が段違いだ。
「俺が相手をします」
 最初の無茶以外、ほとんど攻撃を受けていない硯が、その前に立つ。
「助太刀しよう」
 緒戦から戦い続けだった割には余裕のあるリョウが隣へ。ラナ、元が彼らのカバーに入る。残る敵へは蒼志と灯吾が向き、レムは思う所があるのか、再び密林へと下がった。そして、今1人。
「ふぅ‥‥。よし、後は任せたぁ!!」
 がしゃん、と除装されバイク形態となったパイドロスを押しながら、一仕事終えた顔の菫が駆け戻ってきた。

●中尉がんばる
『ウゴッ』
「なんて毛皮よ‥‥」
 銃弾を弾かれたラナが溜息をつく。
「やらないよりはましですよ」
 元が引き金を引きながら言った。急所に当たると痛いらしく、2人掛りの弾幕から、『中尉』は顔の辺りを庇っている。
「そのまま、援護を頼むよ!」
 ガードの上がった敵の足元へ滑り込んだリョウが、フォー‥‥もとい、『竜の角』の力を機械剣へと込める。
『ウグゴゴゴ!』
「カンパリオンファイナルクラッシュ‥‥フォースエンド!」
 振り上げた剣先と、振り下ろされた拳が交差した。赤い飛沫と共に、巨体の腕が飛ぶ。逆側から走りこんだ硯が、やはり下段から切上げた。その剣先の流れが目に残るうちに、横薙ぎに一閃。よろめき後退したのを追って地を蹴って片手突きを送った。流れるような剣の軌跡に刻まれ、『中尉』が今一度吼える。
「耐久力だけはあるようですが‥‥、これで!」
 頭上、首目掛けて突く。『中尉』が咄嗟に庇うかのように動かした腕は、肘から先が無かった。地響きを立てて毛むくじゃらの巨漢が仰向けに倒れる。それで、残る雑魚の士気はくじけた。
「そらよっと」
 今までのお返し、とばかりに殴りつけた灯吾の攻撃で、手傷を負っていた片方のキメラは倒れる。
「逃がさん!」
 最後の一匹を相手していた蒼志が吼えた。しかし、彼の追い討ちは届かず、キメラは茂みへと飛び込む。
「‥‥まずい」
 一匹でも逃がせば禍根になる、とラナが顔を顰める。実際、この辺りに張り巡らされていた罠の中には、一匹でも出来そうなものが幾つもあった。射撃しては見たものの、銃弾はむなしく密林に吸い込まれていく。逃がしたか、と思った瞬間。

 眩い閃光が一行の視界を埋めた。
『キィ!?』
 響いた声目掛けて、銃弾が飛ぶ。あてずっぽうで閃光手榴弾を投げ、敵をいぶりだしたレムの御手柄だった。
「狙っていたのとは違う状況だったが、任務はこれで完了だ」
 仲間達はしばらく目を押さえて呻く羽目になったが、逃げられるよりは良かっただろう。

●目の回復待ちの間に
「うーん。これはジャングル戦の情報には、役立たないかもしれませんね」
 元は、残念そうに首を傾げていた。罠を仕掛けるキメラ、というのは普通にはいないようだ。ただ、今回の経験、自分が仕掛ける側になるにはひょっとしたら役に立つかもしれないが。
「それも、仕掛ける時間があれば、ですけどね」
 考え込む彼の向こうでは、恋人の加奈を後席に乗せた蒼志が残りの仲間の準備が出来るのを待っている。
「基地に戻るのも一苦労か‥‥。しっかり掴まれよ」
「後ろに乗せて貰うのも、素敵ですね。普通のデートみたいです」
 場所は蒸し暑いジャングル。時折虫が顔に当たり、奇怪な鳴き声が遠くから響いてくる環境でも問題にならないらしい。もう1人、AU−KVを失った間垣も、恋人の沙織の後席で似たような空間を作っていた。
「不思議ね、随分心が平静だわ」
 去年の末くらいには、クールな外面の一枚下に、そんないちゃいちゃが羨ましくてしょうがない乙女心を秘めていたラナだが、今は幸せそうな2人を見て微笑むだけだ。いや、早く帰りたい、と少し思ったかもしれないが。
「来たのが恋人じゃなくて残念だろうけど、救出に来てやったんだぞ。ありがたく思え」
 にゅふふ、と笑う菫に、柏木は天を苦笑した。物欲しげな顔でもしていたのだろうか。
「うむ。助かったワイ。韮も随分頼りになるようになったのう」
「崇めても良いぞ‥‥って誰が韮か!?」
 騒ぎ出した菫の様子に、何かのスイッチが入ったらしい灯吾が「俺を殴れ!」等と言い出し、「救助が来る事を疑った俺を殴れ!」などと返されたり。そんな学友達を見て、
「帰還まで任務完了では無いんだぞ」
 レムは激怒した。いや、激怒と言うほどではないのだが、文学的には「激怒した」と言わねばなるまい。
「まあ、何事もなくって良かった」
 ほっと硯は息をつく。そろそろ視界も元通り。早く帰って、冷たい物でも飲みたい気分だという彼に笑いを含んだ同意が帰り。一同は、誰一人欠ける事無く帰路についた。