●リプレイ本文
●南からの刺客
左舷にできた敵の侵入口は、たまたま東野 灯吾(
ga4411)の居室に当たっていた。襲撃の瞬間、彼は同じく非番だった柚井 ソラ(
ga0187)と共に武器の手入れをしていたのだが。
「‥‥わ、え‥‥?」
凄い形相で飛びついてきた灯吾に押し倒されたソラが身を硬くする。見開いた彼の視界の中、艦の外装をやすやすと切り裂いたエリマキトカゲが勢いのままに艦内に突入してきた。荒れ狂う爬虫類の群れにベッドが粉砕され、やや湿った羽が舞う。何かが壊れるような音もした。
「こっ‥‥このオージーアニモー共があぁ!」
跳ね起きた灯吾が、額から落ちる血を拭う。
「敵!?」
一瞬遅れて響いた艦内アナウンスが、状況を教えた。敵の数、状況。ここ以外にも居住区画へ敵が侵入しているという。
(「エレンさんがいなくて、良かった‥‥」)
過ぎった感想を、慌てて首を振って打ち消す。巻き込まれたのが彼女で無ければ良い、などという事を考えた自分に嫌悪感を抱きつつ。立ち上がった2人が構える間に、新手のキメラが飛び込んできた。
「‥‥あ、てめ! 踏むんじゃねぇ!?」
灯吾が悲鳴を上げる。カンガルーキメラが軽やかにジャンプした着地点、おそらくはビデオデッキだったっぽい物の残骸が煙を上げていた。
隣の自室で寛いでいた月影・透夜(
ga1806)は、部屋から飛び出した所でカンガルーとばったり出くわす。そのポケットから顔を出した小さなキメラを見て、動じない彼も僅かに苦笑を漏らした。
「エリマキトカゲにカンガルー、コアラ‥‥」
分割した双槍「連翹」を両手に構えた透夜の背後から、AU−KVの爆音が聞こえてくる。艦内は無論走行禁止だが、非常事態においてはその限りではない。
「エリエリ、カンカン、コラコラといった所か。‥‥しかし、何故ウーパールーパーが居ない」
「全くだ。そうすれば一斉風靡大集合だったのだが」
愛用のリンドヴルム『騎煌』を装着した夏目 リョウ(
gb2267)の声に、同感とばかりに頷く透夜。しかしウーパーは生息地が違うのだ。
「居るのは南極の方じゃなかったのか?」
敵を挟んで逆側のドアから出てきたリュイン・カミーユ(
ga3871)が、首を傾げる。違います姉さん、オーストラリアです。
「どうせならアザラシとかの方が‥‥」
破孔から吹き込む空気に唇をゆがめた鋼 蒼志(
ga0165)が、リュインの隣の部屋から姿を見せた。これで、通路に出たキメラの左右に2名づつが散った形になる。そして、更に。
「あたし達が居たのが運の尽きね‥‥」
階段を駆け下りてきたケイ・リヒャルト(
ga0598)がサディスティックに笑った。一言二言ぶつけてやろうかと思っていた篠畑が不在という苛立ちを、目の前の犠牲者にぶつける気満々だ。愛用の銃を見もせずに弾を込めながら、走る黒い蝶。
「いずれにせよ、可愛くないコアラとカンガルーは罪ですね‥‥」
リョウ、透夜の後ろの扉から顔を出した霞澄 セラフィエル(
ga0495)が、片目のカンガルーを睨む。爬虫類嫌いの彼女にとって、エリマキトカゲは最初から因数外だった。両手で構えた武器は、マジシャンズロッド。一瞬、鞄の中のドレスを着ていた方が、などと思ったりもしたかもしれない少女の背に、6対の翼の幻影が生まれる。
「行きます!」
ふわあっと白い羽が舞い、燐光となって消えた。
●爆発する者たち
『気ィつけい。カンガルーのポケットに入っとる小さいのは自爆しおるぞ』
一手早く交戦したらしい柏木が、放送でそう告げる。声の後ろの音を聞くに、まだ交戦中のようだ。
『グゲゲッ』
耳障りな声で笑うエリマキトカゲの襟が甲高い音と共に回転を始める。カンガルーが目にも留まらぬ高速シャドーを披露してからスタンスタン、とステップを刻んだ。ファンシーな見かけとは違って意外と実戦派らしい。
「右は任せたぞ。抜かるな」
突進するカンガルーの進路を塞ぐように、リュインと蒼志が並んだ。
「抜かせんさ。‥‥と、上は頼んだ!」
「OK、任されたわよ」
2人の頭上を飛び越えようとしたエリマキトカゲの張り付いた笑顔目掛け、ケイのアラスカ454が轟音を吐く。キメラは着弾の瞬間に襟を立て、弾丸を逸らした。
『ギュイイ』
勝ち誇ったように鳴き声をあげる、キメラ。だが。
「あら、まだオードブルも終わってないわよ、お客様サマ」
逆手のエネルギーガンからの光条が、動きの止まった飛行体へ刺さる。今度こそ、トカゲが悲鳴を上げた。
「穿ち貫‥‥クッ!?」
蒼志の突きを見切ってサイドステップしたカンガルーの左ジャブが、受けた青年の腕を痺れさせる。そのまま右ストレートを打ち込もうとしたキメラは、その腕を止めて後ろへ飛び退った。
「逃がさん!」
リュインが瞬天足で間合いを詰め、斜めに鬼蛍を薙ぎ上げる。パッと血煙を上げつつカウンターに放たれた左フックは、空を切った。
「ヒットアンドアウェイが貴様の専売特許と思うなよ?」
再び距離を取り、得意げに笑うリュイン。その目の前に、茶色い何かが飛んでくる。
「自爆コアラか。バックアップ、頼めるか?」
大振りの一撃にあわせて小さなキメラが投げつけられているのを、蒼志の目は捉えていた。が、エリマキトカゲに追い討ちをかけているケイに、支援の余裕は無い。
「爆弾相手に可愛いとか思う気持ちは皆無なんでな!」
ならばと蒼志が振るった槍は狙いあたわずコアラを捕える。狙いと違ったのは、インパクトの瞬間にコアラが爆発したことだ。身の軽いリュインが至近の爆発に飛ばされ、壁に激突する。
「小細工を!」
頭を軽く振って立ち上がった彼女に大きな怪我は無いが、さすがに不意を打たれてはノーダメージとはいかない。その間に、もう一つの戦闘は終焉を迎えている。
「子守唄はサービスしておくわ。さっさとおやすみ、ボウヤ」
ケイが銃声を小気味良く繋げるたびに、天井に張り付いたトカゲがびくびくと跳ねた。
●魔法天使、暴れる
「セットアップ、イメージパターン‥‥」
霞澄のステッキ、もといマジシャンズロッドの先端が伸ばした腕の先で円を描く。
「マジックミサイル、シュート!」
その中央に捉えられたエリマキトカゲのニヤケ顔へ、凛とした声と共に魔法‥‥もといSESで増幅された電磁波が突き刺さった。知覚攻撃には弱いのか、動きを止めたところへ。
「次です!、イメージパターン‥‥ヘブンリィライトニング!!」
ずん、ともう一条の光が伸び、キメラに悲鳴を上げさせる。発動に声が必要な武器だから仕方なく、と言うわけでもなく霞澄は意外とノリノリだった。もう一撃、とロッドを構えなおした霞澄の視界が、揺れる。
『ジョオオ〜』
鈍い爆音。爆煙の中で謎の鳴き声をあげたのはアイパッチキメラだった。
「見たか、カンパリオンスーパーリフレクトアタック!」
電光石火のストレートと共に飛び出したコアラを、龍の咆哮で叩き返したリョウがポーズを決める。近距離での打ち返しだけに彼も無傷とはいえないが、敵の方がどう見てもダメージが多い。
『ジョオ〜』
「く、避けきれないか。ならば!」
ストレートを受けつつ交差気味の一撃を入れた透夜の声に、カンガルーが床に唾を吐いた。今度は左右に体を揺らしながら近づいてくる敵に対応すべく、再び槍を分割して構える透夜。しかし、敵の巨体が彼の視野から消える。
「クッ、そっちか!」
ワンステップでリョウの手元へ潜った敵に、透夜は左の一薙ぎを送る。彼の攻撃は意外とごわごわした毛皮に赤い線を刻んだが、カンガルーは構わずリョウへ強烈なボディブローを叩き込んだ。
否、叩き込もうとした。
「えぐり込むように、打たせはしない!」
ドラグーン特有の、龍の翼を使った瞬間機動で引いた彼の胸部装甲が焦げ臭い匂いを発している。彼の後退で斜めになった能力者の隊形を更に崩すべく、上体を揺すったカンガルーへ。
「自爆するなら1人かカンガルーと一緒にやってろ!」
透夜が槍先を突き入れる。目標は、コアラが顔を出した瞬間の袋。カンガルーの袋ごと縫いとめようという一撃は、狙い過たず敵の中央を捉えている。――そこを。
「セット、ライトニングサンダーボルト!」
魔法少女、と言うにはそろそろ微妙なので魔法の天使(仮)の攻撃が撃ちぬいた。ニタリと笑ったカンガルーの腹に、真紅の穴が出来ている。何匹残っていたのか判らぬ盛大な連鎖爆発は、リョウと透夜にも結構なダメージを与えていたが、一番痛い思いをしたのがカンガルーなのは間違いなかった。
●オージーキメラーズの最期
一方、敵の突入口となった灯吾の部屋では、2匹のエリマキトカゲが逆立ちしたままぎゅるぎゅると襟を回転させ始めていた。音を立てて襟が閉じ、ドリルのような形状となる。
「なるほどな。あっちが食い止める間に下に行こうって作戦か」
立ち上がった灯吾の声。と共に繰り出された一撃がトカゲの背に刺さり、よろめかせる。
「俺は、あっちを‥‥」
とろんとした目と裏腹の銃撃がもう一匹を撃った。今まさに掘削作業に入ろうとしていたせいで襟で弾く事も出来なかったトカゲが、ギィギィと鳴く。本体部分は、意外と柔らかいようだった。
「そう簡単には、やらせねぇぞ」
灯吾がいう。煩い二人から逃れるようにエリマキトカゲは飛び跳ね、くるりと回って足を地に付けた。灯吾が直刀を腰溜めに構え、ソラが残弾半ばになった銃を擬す。今度は反撃の意図を込めて、危険な襟が回転を始めた。
「こっちに気を取られてくれれば、それでいい」
狙い通り、とばかりにソラは更に銃弾を送る。危なげない彼の様子に、灯吾も眼前の敵へ集中した。攻撃力こそあるが、手数の無いトカゲはそこまで手ごわい相手では無い。
「今助けに入るぞ、ルブライエ‥‥もとい、柚井」
自分の担当を片付けたらしいリョウの声が外から聞こえたのとほぼ同時に、2人はトカゲを打ち倒していた。
だらりと腕を下げたまま、カンガルーが一歩、間を詰める。また一歩。ポケットからコアラが顔を出しては引っ込め、また顔を出した。
「何匹入ってるんだ‥‥」
リュインが眉をしかめた途端、ひょこっと二匹目が顔を出す。スタン、とカンガルーの足が床を叩いた。
「ちぃ、敵ながら中々の闘志を持つようだな‥‥!」
舌打ち交じりの蒼志の賛辞を受けたカンガルーは、口元だけで笑う。敵は単独になってなお、戦意を失っていなかった。
「埒が明かん。初手は我が‥‥」
リュインが突っ込む。素早い踏み込みから、切り上げた剣先をカンガルーはスウェーバックした。後ろへ傾いた重心を戻すタイミングで、拳が打ち下ろされる。もろにカウンターを合わせられたリュインが、歯を食いしばって耐え。
「この程度か」
言い差した彼女の足元を、ケイの銃弾が貫いた。足元に飛んだコアラの頭部が吹き飛び、落ちる。しかし、カンガルーの手はまだ止まらない。
『シャ!』
ぶん、と腰を捻りショートフックでリュインを打ち上げようとした刹那、蒼志が動いた。
「螺旋の鋼槍で――」
両の手で持ったドリルスピアを、渾身の踏み込みと共に、前へ。
「穿ち貫く!」
今度はカウンターを受けたのはキメラの方だった。リュインに叩きつけるはずの勢いを相殺され、血を撒きながらたたらをふむ。剣呑な微笑を浮かべたリュインが、止めの一刀を突き入れた。
●戦い終えて
「終わったか。とりあえず2人程残して別の襲撃箇所へ向かうか」
透夜の提案で、リョウと霞澄を残し、傭兵達は艦尾方向の襲撃地点へと移動を始める。
「それにしてもキメラは何処から来たのでしょう?」
小首を傾げる霞澄の疑問へは、参番艦からの砲声が答えた。やや大きめの氷山が粉砕され、飛沫に飲まれる。どうやら、氷山の中にキメラの製造施設があったようだ。余りにも場違いな物を作っていたのはどういう理由かはわからないが。
「参番艦も無事のようですね。良かった」
頷き、マジシャンズロッドを下ろした魔法少女の横に、装甲ヒーローが立つ。
「かつてエリマキトカゲブームがあったと聞いた事がある‥‥これも、見せ物にされた珍獣達の心の叫びだったのかもしれないな」
せめて安らかに、とキメラの亡骸を見下ろすリョウ。
「間垣さんは、大丈夫だったかな?」
ソラの心配も何のその、学生達の別働班も何とか敵を退けたらしい事が、すぐに判った。しかし。
「部屋がダメになっちゃいました」
白いミカエル、加奈が溜息をつく。コホン、と蒼志が咳払いをした。
「加奈さえ良ければ‥‥一緒の部屋で過ごす、か? あぁ、いや別に下心は――少しはあるかもしれないが」
正直すぎる青年をチラッと見上げて、どうしようかなー、などと少女は言い。
「だいじょーぶ。俺は紳士、うん。多分、きっと」
「ふふ、そうですね。嫌がるような事をする人じゃないって知ってますから」
ニコッと見せた笑顔に、蒼志の中の天使と悪魔が深刻な戦いを始めたらしいが、その勝敗は定かでは無い。
「そんな訳で到着まで入れてくれ柏木」
「何がそんな訳なんじゃ‥‥。ん? なんだこれは」
手土産だ、と出されたのはちょっぴりいかがわしげなビデオだった。パッケージには長い金髪の美少女が誘うような笑みを浮かべている。ちょっと誰かに似ているとか似ていないとか。
「‥‥ま、まあいいじゃろう。場所はあるけぇのう」
「なんですか。今の?」
かくりと首を傾げたソラに愛想笑いを浮かべつつ、2人は何やら視線でアツく語っていた。
「こっちは一段落したようだし、哨戒に出ている大尉を迎えにいこうかしら」
「あ、俺もいきます」
口元だけで笑うケイに、ソラが無邪気に追随する。階段へ向かったそんな二人と、廊下を去る蒼志達へ目を向け、扉を開けて室内へ向かう灯吾と柏木に最後に目を向けてから、透夜がボソッと呟いた。
「‥‥隣の俺の部屋、無事だといいんだが」
「ほう。混ぜてほしいのか? あいつらに」
首を傾げたリュインに、彼女持ちの透夜は珍しく慌てた様子で否定する。北極海は波高く、ところによっては波乱が多少ある様子だった。