●リプレイ本文
●挨拶しよう
多くの授業が冬季休講に入ったりしている中、その日の調理室は賑わっていた。
「本日は‥‥ご招待‥‥ありがとうございます‥‥皆で‥‥美味しいケーキを‥‥作りましょう‥‥」
ゼフィリス(
gb3876)が丁寧に一礼する。
「ええ。美味しく出来るように、しっかり頑張りましょう」
たゆんとかいう効果音つきの部位に、ちょっと羨ましげな視線を向けてから。加奈は嬉しそうに微笑した。その肩を、ちょんちょんとつつく影がある。
「注文材料が多過ぎて、全部消費させようと皆を巻き込んだ、とかなんじゃないの?」
呆れたような声色の百地・悠季(
ga8270)だが、目は楽しげだ。
「そう‥‥なの、ですか?」
「加奈はしっかりしてる様に見えて結構ボケが入ってるから、大方ね」
そんな会話を交わすゼフィリスと悠季。
「ふふふ、お見通しね。実はそうなんです」
だから気にしないでどんどん使って欲しい、と加奈はいう。
「加奈さん、こんにちは! 僕も一緒させて貰っていいかな?」
水理 和奏(
ga1500)は、一年ぶりに会える大好きな人のために、ケーキを作るつもりだった。
「こんにちは‥‥です。私も、一緒に作らせて貰って‥‥いい、でしょうか」
セシリア・ディールス(
ga0475)も加わって、加奈のいる調理台付近は随分埋まってきたようだ。
「もちろん。私、余り得意じゃないから、失敗したらよろしくね」
和奏とセシリアに、加奈はにっこり微笑む。そんな彼女の昔からの友人だけではなく、調理室には依頼告知を見た能力者もやって来ていた。
「加奈さんはじめまして、椎野 のぞみといいます! 今日はよろしくお願いしますね!」
椎野 のぞみ(
ga8736)が元気よく挨拶する。LHでは兵舎を改装して『炉ばた食堂 かもめ』という店を開いている程に料理が得意な彼女だが、ケーキ作りも好きだったらしい。そして、飲食店経営といえば、終夜・無月(
ga3084)もそうだ。
「‥‥この場を開いてくれてありがとう‥‥」
「いえ。こちらこそ来て頂いてありが‥‥、とう、ございます」
優しげに微笑む青年は、上から下までサンタコスチュームだった。一瞬絶句してから、加奈は何事もなかったように笑い返す。そんな本職集団以外にも、料理が趣味の腕自慢達もやって来ていた。
「今日は久々ですから、少し気合を入れてみたのですが‥‥はて」
奥の一角で、叢雲(
ga2494)が首を傾げている。少し前にやって来た時には加奈しかいなかったのだが、準備に熱中していたら時が矢のように過ぎていたらしい。一段落した所で、周囲を見回してから、青年は苦笑した。気付かぬ間に、知人達も随分やってきているようだ。
「ずいぶん久しぶりになるけど、腕が鈍ってないといいなあ‥‥」
「よしっ。じゃあ、気合を入れて作るわよ!」
叢雲と似たような事を言う鏑木 硯(
ga0280)の背を、シャロン・エイヴァリー(
ga1843)がパシッと叩く。先に来ていたエレンが、にまーっと笑った。
「張り切ってるわね、シャロン。でもグラナダ前夜のアレはゴメンだからね」
「言ってくれるじゃない。張り切って前日から仕込んできたんだから」
シャロンが取り出した材料、というか発酵済のパンのような物を見て、エレンが瞬きする。してから、懐かしそうに目を細めた。
「フフ、そういえばクリスマスって言えばこれ、よね」
2人が作ろうとしていた『シュトレン』はエレンの故郷では、クリスマスの準備期間に作るケーキだ。
「篠畑さんは、まだ来てないのかな」
荷物を解き終えた硯が、キョロキョロと周りを見回す。その隙に、こそっと顔を寄せたエレンがシャロンの頬をつついた。
「‥‥で?」
その一言で、通じてしまうらしい。
「あー、えーと、まあ、そういうこと。そっちは?」
「来てくれるとは、思うんだけど‥‥」
今度は、エレンが照れたように笑った。自分から誘ったのは初めてだから、という彼女の頬を、今度はシャロンが突付く。
「お互い、まだ大変でしょうけど、頑張りましょうね」
「シャロンさん、何のお話です?」
戻ってきた硯に、2人は口を揃えて『ないしょ』と答えた。
「エレンさん、こんにちはっ」
聞きなれた声に振り返れば、柚井 ソラ(
ga0187)が嬉しそうに笑っている。返事をしてから、少しエレンは視線を巡らせた。
「あの、エレンさん‥‥、お1人、ですか?」
「真彼さん、まだ来てないみたいね。っていうか、今日は食べ専門のつもりでゆっくり来るんじゃないかしら」
そんな事を言いつつ、エレンはクラウディア・マリウス(
ga6559)の姿を見つけて微笑する。似合わないエプロン姿の間垣と話をしつつ、クラウは何やらむくれているようだった。
「お菓子作りはそこそこできるんですよ? 本当だよ!! 危険物は事故なのですよー」
「あ、うん。そうだよな、女の子だし」
答えつつも、目が泳ぐ間垣。去年のバレンタインの悪夢は、彼の中に消えない記憶として刻まれている。
「むぅ、間垣君、信じて無さそうな顔‥‥」
「あ、いや。そういうわけじゃ」
あたふたと言う間垣に、ぷっと頬を膨らませてから。
「見返して見せますっ」
クラウはそう宣言した。そんな一角に、ソラと一緒にエレンがやってくる。
「私も、一緒させてもらっていい? 一人で作るより楽しそうだから」
エレンはマドレーヌを焼くつもりらしい。一日で終わりそうな物を選ぶ辺り、明日はしっかり食べるつもりなのだろう。
「沙織さんを吃驚させましょうね」
「‥‥ぉ、ぉぅ」
本人以上に乗り気のソラに、間垣も頷く。すぐに、泡だて器のかしゃかしゃ言う音が響き始めた。
●闇と光
勿論、世の中には料理が得手で無い者もいる。得意であっても、普通のケーキを良しとしない者も。あるいは、感性が普通で無い者も。
「クリスマスを孤独に過ごすしっ闘士の為の暗黒しっとケーキにゃー☆」
一足早く、ビターなチョコをふんだんに使った真っ黒なチョコケーキを完成させた白虎(
ga9191)は実に満足げだった。そこへ、大泰司 慈海(
ga0173)が何やら企むような顔でやってくる。
「総帥、どれがいいかな!」
その両手には、石膏型がいくつか乗っていた。この男、自分の顔を型取りして、それをケーキに使おうとしていたらしい。爽やかな笑顔から、苦悶に歪む表情まで。
「これがいいと思うにゃー」
「あ、やっぱり? 俺もこれ、一押しだと思ったんだよね」
2人が選んだのは、眼を閉じて唇を突き出した顔だった。そして、普段であれば彼らの暴挙に突っ込みを入れるはずのクラーク・エアハルト(
ga4961)はといえば。
「作るか‥‥少なくとも食べられるケーキを」
万軍の敵を前にしたような悲壮な表情で、材料に向かい合っていた。呉越同舟の面々を遠目に見てから、ヨネモトタケシ(
gb0843)は溜息をつく。そう、普段から飄々と振舞う彼だって、人並みにハッピーなクリスマスを送りたいのだ。ぶっちゃけ、彼女がいないのは切ない。‥‥が、そのストレスを後ろ向きに解放してしまうには、彼は常識人すぎた。
「美味い物を作って食べる‥‥其れが一番でしょうからなぁ」
しっと団のようにはならない。絶対に、ならない。そう自分に言い聞かせつつ、広げた調理器具は。
「‥‥これは、たこ焼きか?」
佐賀重吾郎(
gb7331)が重々しく首を捻った。最初はケーキ作りを手伝おうと思った重吾郎だが、作り手が大勢いるのに気付いて今はゴミ処理に回っている。
「これですか? 自分が作るのは『たこ焼き風ケーキ』なのですよぉ」
「ほう、東洋と西洋の融合‥‥といった所かな? ケーキとは奥が深いものだね」
そう合いの手を入れた長身の影に、お前こんな所で何をしてるんだ、などと突っ込むのは素人傭兵である。LHで数ヶ月も過ごせば、カプロイア伯爵がそういう人なのは判るのだ。その隣に細身の少年と、色の濃いサングラスをかけた少女がいる。
「あ、リサちゃんとアルくんも来てたんだね」
手を振る慈海に、ペコリと頭を下げるリサ。盲目とはいえ、大体は声でわかるのだろう。
「待っているだけではなく、作る方に来てみては如何ですか?」
見えぬ目でキョロキョロ周囲を伺うリサに、佐伽羅 黎紀(
ga8601)が、そう声を掛けた。少し逡巡する少年と、その手を引く少女と。チョコ分大目のガトーショコラの下準備中だった黎紀に言われて、2人は手を洗いに出て行く。
「‥‥気を遣わせてしまったかな?」
「いえ、せっかくのお休みです。3人で仲良く過ごして頂ければ」
微笑する黎紀。その心は、親子なんだし伯爵も加わっちゃえよ、という所か。
「これでよし、と」
割烹着を着込んだ遠見 一夏(
gb1872)は、早くも1つ目のケーキを取り出していた。この後に、恋人と共に食べる為の本番ケーキを作らねばならないので、急ぎなのだ。
「‥‥少し重い、かな」
一口食べてから、本を片手に首を傾げる一夏。の横から、にゅっと手が伸びた。
「ふむ。美味しいのではないか?」
果物の皮とかをまめに捨てに回っていた重吾郎だ。ついでに隣のチョコなどもつけてみたりして。
「‥‥おい、つまみ食いはやめてくれよ。苦労したんだ」
ぐるぐるとかき混ぜていたアルが、何とも言えぬ疲れた表情で言った。目の見えないリサはといえば、元はパン屋の娘だけあって作業は慣れた物だ。
「つまみ食いはいけないんです」
「これは毒見である。味付けに間違いがあるといかんで故にな はっはっはっ」
8歳児の指摘に重々しく答えた重吾郎に、一夏がしょんぼりと。
「‥‥毒見、ですか」
「失礼‥‥しますね」
困っている所へ、無月が顔を出した。生地の様子を見てから、首を傾げる。
「泡が潰れてしまった‥‥ようですね」
初めて作るのなら黄身と白身を分ける方が良い、と言って、青年はボウルを手に取った。話しながら手だけは素早く卵を割っていく。
「こんな感じ‥‥で」
「はい」
頷き、自分でもやってみる一夏。もともと和食は得意なだけあって手つきに危なげは無い。その向こうでは、もう1人のつまみ食いが見つかっていた。
「つまみ食いは美味しいです。でも、お腹が減ってから皆で食べた方がもっと美味しいと思いません?」
「えへっ」
ぺロッと可愛く舌を出すクラウに、黎紀が微笑を向ける。奥側では、白虎に声を掛けられたエレンが難しい顔をしていた。
「女の子へのプレゼント、ね‥‥」
「国谷さんから何を貰ったら嬉しいか、とかでもいいのだ」
むむ、ともう一度考えてから、エレンは微笑する。
「何でもいい、じゃ答えにならないわよね。離れてても、その人を思い出せるような小物、かな。持って歩ける位だと嬉しいわ」
「ふみゅ‥‥」
誰かにあげるつもりなのだろう。そんな答えを少年はいつに無く真剣に聞いていた。
「はー、凄いですね」
「良ければ‥‥、加奈さんにもお教え‥‥しましょうか?」
無月の手際に目を丸くしていた加奈だが、青年の申し出に首を振る。
「うふふ、専属の先生がいますから」
そんな加奈の手元を、ゼフィリスが覗きこんでいた。
「本田様‥‥もう少し‥‥かき混ぜた方が‥‥生地がふんわりと‥‥仕上がりますよ‥‥」
「ありがとう。なかなか、泡立てるのって難しいね‥‥」
そんな会話をする2人を笑顔で見送ってから、無月は再び作業に戻る。身体を走る痛みを周囲に気づかれぬよう、普段に比べればゆっくりと手を動かした。楽しい一時に、水を差さぬように。
「うーん‥‥まだブランデーの風味、弱いかな。硯はどう思‥‥」
途中まで言いかけてから、シャロンはほぼ完成品のシュトレンの端を削ってにまっと笑う。
「すずりー、はい、あーん」
「え、あ」
ドギマギする年下の男性へ、シャロンは楽しげにフォークを向けた。
●遅れてきた客
「失礼‥‥!」
慌てた様子のUPCの軍服の男に、何処かで見覚えがあったろうか。国谷 真彼(
ga2331)はその後姿を見送り、首を振った。同じくらいの年頃で、目指す場所も同じ様だ。
「いや、来てみたはいいものの」
どうしよう、というように青年は苦笑した。軍服の男、こと篠畑はそんな視線にも気付かず、大慌てで扉を開ける。
「すまん、遅‥‥れ、ました」
彼が思っていたより大勢の人間が、室内にはいた。思わず丁寧語になるくらいに。集中した視線が再び散るまでの微妙な居心地悪さに耐え、篠畑はコソコソと奥を目指す。
「篠畑さん。こんにちは。セシリアさんのケーキを食べに?」
「あ、ああ」
加奈に見つかり、恥ずかしげに鼻の横に手をやる。見慣れた仕草の青年に、セシリアはほんの少し普段と違う感覚を覚えた。覚えの無い感情に首を傾げながら、青年に向き。
「おかえりなさいです。‥‥出来上がるまで少し、見ていてくださいですよ」
隅の椅子を指差す。それだけ。挨拶とか後どれ位とかは、一切告げずに彼女は無表情に椅子を指していた。
「‥‥は、はい」
挨拶もなく仕事に出て、途中に連絡の1つも無い青年に、彼女は拗ねていたらしい。普段と変わらない様に見える表情だが、篠畑にも判ったようだ。すごすごと隅っこの椅子で丸くなる。
「しーのはーたくーん。お腹空いたんじゃない? さぁ、慈海特製サンタケーキを召し上がれ!」
「むごっ!?」
不意打ち気味に、口に突っ込まれた刺激的過ぎる物体にむせる篠畑。
「しっとケーキもついでにくれてやるのにゃー」
外で配って余ったらしい危険物を、白虎が追加する。
「‥‥楽しそう、ですね」
そんな様子を見るセシリアの目は、深く静かな蒼。
ちゃんとした試食会と言う訳でも無いので、できてしまえばその端から消費に回っていく流れだ。食べ専の人も、そろそろ姿を見せ始めていた。この後は個人製作分とは別に、参加者共同で大きなデコレーションケーキを作ろうという計画になっている。
「大きいの、作るの? じゃあマドレーヌとか摘んで糖分補給してね」
大雑把なエレンのやる事だけあって、少々作りすぎていたらしい。やはり早めに仕上げた無月のケーキは、黒豆を練りこんだスポンジが餡とクリーム、餅をしっとり包んだ桜餅のケーキ、抹茶風味のスポンジとムースを使った抹茶ムースの二品だった。手が空いた彼は、困っている所へアドバイスをしている。
「今日はお誘い、ありがとうですよ」
不知火真琴(
ga7201)の浮かべた微笑に、加奈は少し首を傾げた。以前に幾度か見かけた彼女は、もう少し明るい女性だった気がして。
「‥‥あの」
言いかけた加奈から視線をずらし、真琴は横へ目を向ける。
「何だか待ってる人が、いるみたいですよ?」
「あ、いや。待ってると言うか。待ってるわけですが」
視線の先に、落ちつかなげに眼鏡を押し上げたりする鋼 蒼志(
ga0165)がいた。
「こうやって大勢と集まって‥‥というのは自分はあまり経験が無かったりで」
LHに来るまでは、静かにすごしていたと言う青年に、加奈は自分もそうだったと笑う。
「父がいつも、『次のクリスマスは帰るから』っていうから。友達の誘いも断って家で待ってたんです」
そのうち、誘ってくれる友達もいなくなったけれども、こんな時勢だ。軍人にXmasもへったくれもない。待ちぼうけの時間の過ごし方ばかり上手くなった、と笑う加奈。少し眩しげに眼鏡の奥の目を細めてから、蒼志も曖昧に笑った。
「ただ、やっぱりこういう集まりはそれはそれで楽しいものです、ね?」
「ふふふ、ですね」
頷いた加奈を、セシリアが呼ぶ。ケーキが出来上がったらしい。
「‥‥加奈さん‥‥『あーん』して下さいです。」
切り落としたブッシュドノエルの端を、フォークに載せて。美味しく食べた横では、焼きあがったぷちケーキを手に、ゼフィリスが首を傾げていた。
「味見を‥‥お願いしても‥‥いいですか‥‥?」
「もちろん。‥‥あ、そうだ。2人とも初めて、ですよね?」
ニコニコ笑ってから、加奈は2人をお互いに紹介する。友達を紹介できるのが嬉しい、と笑う彼女を蒼志は壁際から見ていた。
「ん、美味しい。セシリアさんもゼフィリスさんも、いい奥さんになれるね」
「そう、でしょうか。判りません‥‥」
首を傾げるセシリアに、加奈が笑い返す。そんな光景を、背中を丸くした熊が一匹眺めていた。微妙に、2人の男の中に共感が生まれるかもしれなかった瞬間。
(あー、この人は加奈さんの‥‥)
公園での事を思い出した蒼志が、苦笑交じりに篠畑から目を逸らした。
「今度は私のを、食べてみてね。はい」
そんな食べさせあいっこは、完成品が出来だした辺りの方々で見受けられる。
「はい、ソラくん。あーん、です」
「ふふ。美味しいです」
ちょっと口元についたクリームを指で拭ってから、今度はソラがフォークを差し出す。やり取りが自然なのは、ソラが少女の輪に入っても全く違和感が無い故だろうか。
「ほわ、美味しい」
そんな少女達の輪から微妙に外れて、所在無げだった間垣を沙織が見つけた。
「間垣先輩も、まさかケーキ作ってたんですか?」
「頑張ってたんですよ。沙織さんをびっくりさせようって」
悪戯っぽくソラが笑う。今年もクッキーを焼いてきたという沙織も交えて、小規模試食会が始まっていた。
「珈琲好きの旦那も食べられるでしょ」
しっかりコーヒーパウダーを掛けたティラミスを見ながら、悠季が微笑する。それを聞いた一夏は、ケーキクーラーの上の『本番ケーキ』へ目をやった。
(‥‥喜んで、くれるかな)
彼は褒めてくれるだろうか。2人きりでケーキを食べて、そして‥‥。恋人との甘い一時を想像して、彼女は頬を上気させていた。奥では、シャロン製作のシュトレンの上に、サンタエレンとトナカイ篠畑の砂糖菓子を硯が乗せている。
「見事なもんだなぁ」
篠畑がそんな事を言ったが、セシリアにじっと視線を向けられて姿勢を正す。
「‥‥じっと見ていてください、ですよ」
今日のセシリアは少し、強かった。ちなみに、彼女のブッシュドノエルはほぼ完成しており、後は切って盛り付けるだけだったりする。
「よし、完成‥‥っと」
レアチーズとスフレチーズ、蒸しケーキと少しづつ変えて3種仕上げたのぞみは、嬉しそうに笑った。叢雲も、ようやく満足が行ったのかオーブンの前で満足げだ。
「ん、いい匂い」
「本当だな」
頑張って作った自分達のケーキを前に、リサとアルが嬉しそうに笑う。五つ星をあげるわ、などと来たばかりのイリス(
gb1877)がニコニコと言った。
「こちらは伯爵に。甘さ控えめ、です」
2人の物よりビターなガトーショコラを、黎紀が冷蔵庫へ入れている。
「土台、しっかり冷えましたっ」
「おお、ではそちらも飾りつけ、はじめないとですなぁ」
ソラの声に、たこ焼き風ケーキを鉄板から移していたタケシが頷いた。
●大きくて甘い‥‥
「‥‥綺麗に、切れたでしょうか」
「ばっちり」
土台を水平に切り分けたセシリアに、シャロンが太鼓判を押す。クリームを塗って、その後は皆で思い思いのデコレーションだ。
「フルーツはこうやって切ったほうがいいですよ♪」
のぞみの手本に、はわとかほわとかいう感嘆の声が上がったりしつつ。
「こんな感じかね? 上の方まで並べるのは面倒だな」
できあがったフルーツは、ブロンズ(
gb9972)が率先してケーキへと盛り付けていく。黎紀が用意したゼラチンソースをかけると、艶が出てより美味しそうな雰囲気になった。
「イチゴと、その隣に小さく切ったリンゴが並んでるの。皮付き。赤くてつやっとしてて‥‥」
その様子がリサにも判る様、イリスが小声で説明している。
「ほわ。私は何しようか?」
「乗せる物が無いなら、これでも乗せるといいにゃー」
ちょうどマジパンを焼いてきた白虎が、トレイをクラウへと渡した。クラウは満面の笑みと共に受け取って、背後へ声を掛ける。
「ありがとっ。ソラ君、お仕事一緒にしよう」
「なん‥‥だと‥‥っ」
何かの手助けをしてしまったような状況に、しっとの炎がざわついた。
「真ん中、空けてくださいね」
ぶつぶつ言う少年の脇へ、加奈が身を乗り出す。無月から貰った、大きな星をそこに乗せたいらしい。
「隣に、これもお願いします」
「よいしょ‥‥っと。もう少し」
シャロンの手にした砂糖菓子は、硯製作のトナカイ風の角をつけた伯爵と今日は見当たらない柏木だった。手を伸ばす彼女の脇で、硯がふっと不思議そうな顔をする。
「あれ。シャロンさん‥‥?」
「香水変えたの。気がついた?」
ちょっと柏木が斜めになりつつ。設置したシャロンがちょっと嬉しそうにする。彼女のイメージにあっている、と硯が褒めると花のように笑った。
「フフフ、いいわね。真彼さんは、全然気づいてくれなかったのに」
微笑したエレンも、扉の辺りを見てパッと破顔する。彼女の待ち人が、扉の外に立っていた。彼女の視線に気づいたのかどうか、青年は逡巡するように頭を振り、俯く。
「‥‥?」
その姿がいつかのように頼りなく見えて、気がつけばエレンは歩き出していた。
「そういえば、ルイも来てないのだ。どうしたのかにゃー」
知人が来ない事に、少ししゅんとする白虎。場違いな不良がこの場に来れば、きっと面白いことになっただろうに。
「この辺はチョコパウダー、振るからね」
悠季の一声で、加奈達が離れる。彼女のティラミスと同様にほろ苦いゾーンになるようだ。
「では‥‥、私も‥‥」
ゼフィリスがココアパウダーを取り出した。似たような物に思えるが、少し色合いや風合いが違うのが面白い。
「ほうほう、面白い雰囲気ですなぁ。では、自分も一つ」
タケシが余ったチョコとクリームで文字を書いていく。剣術と同じく思い切りが重要、なのかどうか、結構な達筆だった。
「そういえば、聞きたい事があったのだっ」
隅に下がった加奈の袖を、白虎が引く。
「え? 私に?」
頷いて周囲をキョロキョロ見回す白虎は、凄く怪しかった。が、余り頓着しない様子の加奈は、首を傾げたまま少年の言葉を待っている。
「ええっと。その‥‥。女の子は、プレゼントにどんな物を、貰ったら嬉しいのかにゃー?」
小声の内容に、加奈は瞬きを一つ。それから少し考え込む。
「渡したい相手は、どんな人なの?」
「‥‥うー」
白虎は悩んだ。照れるとか言う以前に、彼の好きな少女を、知らない人間に的確に説明するのは困難かもしれない。とりあえず、加奈ならば何が欲しいか、という質問には。
「ちょっと豪勢な夕食、とか。憧れますね。ふふ、白虎君には早いかもしれないけど」
「いや、参考になったのだ。ありがとにゃ。こ、この事は‥‥」
無論、内緒にします、と言う加奈と指切りしてから白虎は次なる質問相手を求めて旅に出た。
足早に、エレンは外へ向かう。背中を向けた真彼がまるで帰ろうとしているように思えて、思わずその手を掴んだ。ビクッと震えてから、青年は振り向く。
「どうか、したの?」
エレンの声。ほっとしたような青年の表情に、彼女は肩の力を抜く。いつもの、彼女の見ていた彼の姿だ。
「‥‥自分が、どうしたらいいか判らなくなったんです」
遠い昔、無価値だと思った自分に、能力者の適正があった。頼られ、好かれ、愛されているのはサイエンティストとして作った自分で、その奥の自分は昔のままで。こんな人の輪に受け入れられる術も無い、と。
「‥‥真彼さんは、自分に厳しいのね。こういう時、軍ではこうするの」
エレンは、微笑する。そのまま、ジャケットを引っ張るようにして背伸びをした。
「これから私が、真彼さんが泣いたり笑ったりできるように教育してやるわよ。‥‥フフフ、ゆっくりでいいから、ね」
耳元で囁かれた中身に、瞬きする一瞬。エレンは軽やかに青年から離れた。
「それまでは、私が2人分楽しむから。まずは、2人分食べようかな」
向けた視線は、確かに自分に向けて差し伸べられていて。
「‥‥そ、それは困る。僕の分も残しておいてくれないと」
一歩、踏み出した足は思うよりも軽かった。もう一歩、大股に歩けば彼女へ追いつく。エレンは動かずに彼が追いかけてくるのを待っていた。多分、これから先も。すぐ近くに立って見下ろせば、じっと見上げてくる蒼と視線が合う。
「何?」
まばらとはいえ人も居る廊下。構うものか、と心の中の自分が言った。
「誰よりも大切に、想う。友達としてではなく。君を愛したい」
「‥‥はい」
青い瞳がそっと閉じられた。
●そして、少しほろ苦い
普段は元気な和奏が、いつの間にか隅の方にいるのに最初に気づいたのはクラークだった。
「あ、ううん。何でもないよ」
無理して作ったような笑顔を向ける和奏を怪訝に思った所で、クラークはもう1人に気がつく。
「水理様は‥‥1年間も待ち続けた愛しい人に、会えるのですよね。良かったです」
寂しげに、直江 夢理(
gb3361)が微笑していた。
「うん。‥‥でも」
相手が、自分を想ってくれているのか不安だったと、彼女は言う。その不安は、再開の時を迎えても小さくなるどころか大きくなる一方だった。和奏の小さな胸を押し潰してしまいそうなほどに。
「‥‥私にはそんなに永い時間待つなど真似出来ないです」
ほうっと、溜息をつく夢理。妹分達の沈んだ様子に、クラークはこれまで気づかなかった。困った風情の青年に気を遣ったのか、和奏が笑う。
「そういえば、クラークさんもケーキ作ってたよね。交換しようか」
「‥‥あ、いえ。その‥‥」
クラークの表情が固まった。彼の作品は、といえば。
「このケーキを作ったのは誰だー!」
と、イリス(
gb1877)が吠え立てるような代物だった。煙草の匂いが付いているとかそういうレベルではなく漂うのは硝煙の香りな気がする。黒焦げの形状は、ケーキと言うよりは裾の広い山だった。富士山の黒っぽい地肌をクリームの冠雪が仄かに覆うが如き様子。しかし、スポンジ部分内部は固まりきらぬ溶岩のように、所々粘った塊が点在し‥‥。
「一言で言えば、失敗作なので」
溜息をつくクラークに、少女達が微笑する。彼女達の笑顔が少しでも戻るなら、そう捨てたものではない、と青年が思ったかどうか。なお、富士山ケーキのその後は。
「これはダメ。食べ物じゃないから。あっちに行こう、ね?」
盲目のリサの身を案じたイリスに酷い扱いを受けていた。
「エレンさんや国谷さんもいかがですっ?」
室内に入ってきた2人へ、ソラが影の無い笑顔を向ける。クラウと作った、という話にエレンが笑みを返した。
「では、僕は今のうちに頂こうかな」
「‥‥あ。ずるい!」
年甲斐も無い2人を、微笑ましげに見守るソラ。普段とは微妙に逆の光景だった。
「小さいですけど、これも何だか‥‥ウェディングケーキみたいです‥‥」
ずーん、と聳えた共同制作ケーキを見上げて、セシリアが呟いた。少し前に、知人の結婚式で見た物ほど巨大では無いし、雑多な感じだがそれも悪くない。
「カットは‥‥誰か、カップルの人に‥‥」
きょろ、と見渡した彼女の視野に、シャロンと硯の姿が入る。
「え、私‥‥? セシリアは?」
きょとん、としたシャロンの向こうで、エレンが真彼の手を引っ張った。
「アルとリサだって対象よね?」
イリスがそんな事を言う。案外、立候補者は多いらしい。
「いいんじゃ、ないですか? やりましょうよ」
硯も、さっきのお返しとばかりに笑う。でも、とシャロンが逡巡して見せた一瞬。
「ならば拙者が‥‥。絶頂撃砕流奥義 人数分均等斬り」
カン、と包丁が鳴り、ケーキと空気を見事に切り裂いた。
「‥‥これで無益な諍いも減るというもの」
「そ、そうね」
後に残ったのは、微妙に残念そうな人達とか。切り分けられたケーキを、皆で頂く。
「甘い‥‥」
ティーカップを手に、ブロンズもケーキを楽しんでいた。悠季が、丁度手に入れたポットを手にお茶係を買って出る。
「皆さん、上手ですね‥‥」
「よろしければ‥‥飲み物を、どうぞ‥‥」
他人のケーキを摘みながら感心したように言う一夏には、ゼフィリスが紅茶を注いだ。
「いやいや、一夏さんのケーキも美味しいですよぉ」
少ししぼみ気味だった生地も置けば馴染んだらしい。一切れ食べてから、タケシが頷いた。ホールではなく厨房でも良かったかもしれない、という感想に、一夏は嬉しそうに俯く。彼と一緒にいれたら、もっと楽しかっただろうか。
「あ、これおいしー♪ いっぱい食べても体重が増えない体質だし、いっぱい食べるぞー」
さりげに敵を増やしそうな発言をかましつつ、もぐもぐとつまんでいくのぞみ。それでも、自分のケーキの売れ行きは気になるのかチラチラと見ている。
「1つづつ、貰っちゃおうかな。食べ切れなかったらお願いね」
「え、ああ。うん‥‥。そんな事があったらね」
美味しそうに食べていく大食いカップルの姿にクスッと笑った。のぞみ以外にも、作ったケーキを皆に供している者は多い。
「真琴さんっ! どうぞっ」
「あ、はい。ありがとうですよ」
クラウのあーん攻撃に、真琴は嬉しそうに笑う。そんな様子を見てから、恐る恐る彼女の作を口に運んだ間垣が呟いた。
「‥‥どうしてああなったんだ、あのチョコ」
ちょんちょん、とその袖が控えめに引っ張られる。
「間垣先輩、私にもあれ、してくれませんか? あーんってやつ」
脇役の青春模様も相応に進んでいるようだった。
「しっとはしませんよぉ。ええ、しませんとも」
ころんころん、とたこ焼きケーキが板の上で回る。皆のものを食べては焼き、無心に転がし続けた数は煩悩の数を上回っていた。案外好評、らしい。
「はい、リクエストのアップルパイですよ、真琴さん」
叢雲の声に、楽しげだった真琴の笑顔が少しだけ翳る。
「ん、美味しいですよ」
他人なら気づかないような微妙な違いに、叢雲は溜息をついた。人の様子に心がざわつく自分も、らしくないと自覚しつつ。
「この間のダンパで踊った人ですが‥‥。あれ、女装した男性ですからね」
横を向いたまま、そう呟く。うん、と短く頷いた真琴は、やっぱり彼の見慣れた様子に戻ってはくれない。――いつか、とあの時叢雲は言った。それが何時なのか、まだ答えは無い。待っていればその時が来るのか、それとも時間と共に無かった事になるのか。待たされる側の不安は、待たせる者には判らない物なのかも知れない。
「今日は少し、一緒に回りますか」
「‥‥ん」
いつ答えを出せるかは、自分でも判らない。でも、今日は一緒にいようと思う。その意思表示に、また少しだけ空気が和んだ。
●色々な決着
そして、待たせる側がもう1人。
「‥‥はい。どうぞ、です」
「いただきます」
口元に運ぶ様子を、セシリアはじっと見つめている。一口、食べてから。篠畑は何も言わずにもう一口もしょもしょと食べ。更に一口、持って行きかけてから我に返った。
「あ、うん。美味しい。とても美味しいよ」
こく、とセシリアは無言で頷く。それは見ていれば判った。
「‥‥で、話があるんだが‥‥っとと」
篠畑が言いかけて、言葉を切る。シャロンと硯がケーキを手に挨拶に来ていた。
「これからは教官だそうね。篠畑さんと一緒に戦えて、ホント、勉強になったわ。ありがとう」
「いや。俺の方こそ助けられたよ。シャロンと、それに硯にも」
立ち上がって礼を言う篠畑を、セシリアは静かに見ている。彼女の知らない篠畑を、彼らは知っているのだろう。あるいは、知ろうと思わなかった篠畑の事を、か。一度だけ一緒に見た、ロシアの青い空をふと思う。
「うち達もいますよっ。こんにちは、篠畑さん」
真琴が手を挙げて挨拶した。
「お、今日は2人お揃いか。楽しそうだな」
篠畑の言葉に、真琴は叢雲と顔を見合わせる。まだ感じていた微妙なわだかまりは、空気の読めない篠畑には見えなかったらしい。苦笑1つ分、また2人の間の壁が低くなった気がした。
「Hi、真琴。これ、2人で食べてね」
シャロンが、切り分けたシュトレンの皿をさっと渡して、片目をつぶる。叢雲の数種のケーキが、入れ替わりに硯の手に渡った。
「‥‥ぅ」
自分の回りで、旧知が談笑を始めそうな気配に、篠畑は少し鼻の頭を掻いてから。
「ちょっと、涼みに行こうか」
「‥‥ぁ」
セシリアの手を引いて、輪を抜け出す。残された四人は、猫の様な笑顔でその背を見送った。
その頃、廊下の隅で。
「御免なさい‥‥、今日だけは貴方の胸で泣かせて下さい‥‥」
待合用の長椅子に座っていた伯爵に、夢理が身体を寄せる。愛する人がいない聖夜が、こんなに辛いものだったなんて、と。彼女の愛した人は今はなく、大事な友人達には皆、それぞれの恋人がいる。伯爵はそっと、少女の背を撫でた。
「愛する誰かを想って流す、君の涙は尊いものだと思うよ。泣くといい。それで、気持ちが晴れるのならね」
しかし、と彼はいう。彼は誰かの気持ちに応えることは出来ないのだ、と。彼がカプロイアの名を持つ限り。
「判っています。私も‥‥。私が、明日からも戦い続けられるように、元気を分けて下さい‥‥」
声を押し殺して泣く少女と伯爵の視線の高さは違いすぎる。彼が座っていなければ、胸も貸せぬほどに。そんな様子を、持ち帰り用に詰めたケーキ箱を手にした黎紀が角から見ていた。少女の若さが羨ましくもある。このぬるま湯のような距離も嫌ではないのだが。
「ええと」
学園の屋上は、少し肌寒い。篠畑は言葉を捜すように、押し黙る。
「‥‥用事がなければ、戻りませんか? ‥‥待ってくれている、人が‥‥いますから」
少しだけ見える棘。篠畑はやおら向き直り、セシリアを見つめる。迷いは、無くなった様だった。
「その、だ。俺はこれからも、こんな調子で世界中を飛び回らないといかんらしい。LHに戻るのも、不定期になると思うんだ。‥‥正直、セシリアとの事が不安でな」
セシリアが待つ不安を感じるように、篠畑も待たせる不安を感じていた。いつまで、自分を待っていてくれるだろう。離れている間に、いつの間にかすれ違っていないだろうか、と。不安をそのままに、青年は早口で言葉を続ける。
「なので。君が着いて来てくれないだろうか。出来れば、その。この先ずっと、だ」
返事は急がない、と続けかけた篠畑は、驚いたように瞬きした。
「‥‥あ」
セシリアも、瞬きする。表情の無い頬を、ポロリと雫が滑った。不思議そうに指を伸ばして、拭う。指先に感じた感覚は暖かかった。
「‥‥いいなぁ。おめでと」
逆側で、加奈は小さく微笑む。隙を見て彼女を引っ張ってきた蒼志は、コホンと咳払いした。ごめんなさい、というように加奈が頭を下げる。青年に話があると言われて、彼女も人気の無い屋上に来たのだった。
「今まで誕生日とかを1人で過ごしてたって言ってたけど――」
こく、と頷く。黒い瞳から目を逸らして、蒼志は口ごもった。
「その、なんだ。これからは俺も一緒にってのはどうだろうか」
「ありがとう、蒼志さん。来年の楽しみが増えました」
ほんわかと微笑する加奈に青年は溜息をつく。察しの悪さは予想以上だった。
「あぁ、もうどう言えばいいんだ。えーと、だからな――俺も、加奈さんと一緒に生きたい」
篠畑の告白と同じみたいで、少し癪に障る気がしつつ。それでも、それが青年の本音だった。
「――好きだから」
「‥‥ありがとう、ございます。でも‥‥」
加奈はきょと、と首を傾げ。3秒位してから、迷子の犬のような風情で左右を見た。
「ええと。嬉しいですけど、鋼さん。私で‥‥いいんですか?」
今度は蒼志が頷く。もう一度念を押す加奈の頭に、そっと手を伸ばした。
「そういう御付き合いは初めてなので‥‥。どうしたら、いいんでしょう?」
手を繋ぐのか、それとも最初のデートの約束をするのがいいか、等と悩んでいる加奈の手を、蒼志はさっと握る。
「両方、すればいいんじゃないかな」
「‥‥そうですね。‥‥ぁ」
控えめに、でも嬉しそうに笑う加奈が、目を丸くした。階段口に面白がっている慈海と、蒼志には見覚えの無い強面の中年がいる。
「あ、お父さん」
「何‥‥だと‥‥」
出しかけたプレゼントを手に、硬直する蒼志。不真面目な御付き合いをするつもりは無いのだが、物事には順番とか心の準備とかがある訳で。
「せっかくのクリスマスだし、家族揃ってなんていうサプライズプレゼントも、素敵でしょ?」
家族以外にとってはサプライズすぎた。
「ありがとう、大泰司さん。‥‥で、そちらの方は?」
などと聞く本田父。押し殺した声色は、怖い。
「こちら、鋼さん。今日から御付き合いする事になりました」
気付いているのかいないのか、加奈は嬉しそうにすこぶる天然な紹介を始める。これから大変そうな連中を置いて、慈海はクールに去っていった。
●御疲れ様でした
「今日は、ありがとうございました」
大事そうにケーキ箱を抱えて、一夏が言う。セシリアや悠季達も、それぞれ自分の作ったものを箱に詰めていた。
「御屋敷の人にも、御土産ね」
皆が作ったものも少しづつ貰ったリサは御満悦のようだ。持つのはアルの役目らしい。その後ろに、穏やかな顔で立つ伯爵の手には、黎紀の作った苦めのケーキがあった。
「私も、今日は楽しかったです」
ニコニコと加奈が見送る。慈海には、しっかり感謝の言葉を告げて。
「良かったねっ、お父さんと会えて」
しかし、加奈の父は余り楽しそうではなかった。皆で作った甘ーい甘い、一部ほろ苦い記憶を胸に、傭兵達は家路につく。
――皆様の夜が、楽しい物でありますように。