タイトル:【北伐】夜空の下でマスター:紀藤トキ

シナリオ形態: ショート
難易度: 普通
参加人数: 8 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2009/11/01 23:07

●オープニング本文


 その目的はともかく、極東ロシアの鉱山の動きが活発になっている事実は、衛星軌道を押さえたバグアには筒抜けだった。しかし、防衛に戦力を割かねばならぬ現状、その妨害のために戦力を割くことは困難だ。
「それで、戦力を出せと? うちがカツカツなのは知ってるだろう」
「‥‥実験部隊『ハーモニウム』だったかな。余り僕が面白いと思う素体はいなかったけれど。アレ、使えないものかな?」
 瞳孔を細めるハルペリュンを、イェスペリは一瞥した。
「アレか。役に立つかどうか。いや‥‥」
 考え込むイェスペリ。力には、それに合わせた使い道がある。その特性が敵に知れていないならばなおの事。黙した彼の顔を、異形のバグアが覗き込んだ。
「少なくとも、子供の強化人間ばかりというのは悪くないよ。人間は、外見に騙されやすい種族だからね」
 ハルペリュンは、青白い触腕をゆらゆらとたなびかせてそれだけを言う。
「‥‥気に入らん、な」
 イェスペリが吐き捨てるように呟いたのは、ハルペリュンの言葉の中身、そしてその言い分に従わざるを得ない自分も、だった。

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 中国における一大決戦の予感は、人類にも広がっている。バグアのみならずUPC極東ロシア軍も、兵力の温存、再集結、移動と慌しく動き回っていた。そんな時、人々のライフラインを守る事はなおざりにされる事がある。しかし、春の軍事作戦で確保された鉱山で働く人々にとっては、外部からの食糧輸送が頼みの綱なのだ。加奈たちが依頼を受けたのは、そんな鉱山へ向かう食糧輸送列車の護衛だった。
「見張り、代わります。‥‥もう、肌寒いんですね」
 列車の屋根に仮設された、西部時代の大陸横断鉄道のような見張り台。加奈は、吐く息の白さに驚く。彼女達が護衛を請け負った列車は、予定よりも3日遅れていた。鉱山町の人々がすぐに飢える事は無いだろう。が、保存食の夕餉はきっと味気ない。加奈は暗くなった北の空を見あげてから周囲へ目を落し、溜息をついた。北には起伏は余りなく、たかだか数mとはいえ、高い分だけ視界が良い。
「あんたらがせんでも、見張りは俺達の仕事だよ。まぁ、飯でも食ってのんびりするがええさ」
 この程度の遅れは良くある事らしく、列車の乗員は焦った様子も見せなかった。やや後方とあって、危機感もさほど強くないのだろう。ガタイの良い中年の男性に、加奈は父親を思い出す。
「じゃあ、夕食の準備をしてきます」
「お、いいねぇ。じゃあ、せっかく止まってるんだしアレを使ってくれ」
 乗員が言ったのは、何故か積まれている調理道具の事だった。運行中の列車では使うはずの無い物だが、結構使い込まれた様子からすると、列車が立ち往生するのは本当に良くある事らしい。
「シチューとかが、いいでしょうか」
「後ろの貨車に、色々あるから。適当にうまいものでも作ってくれよ」
 線路故障で停車した列車は、あと半日ほどは動けないそうだ。現状を嘆くよりも受け入れるたくましさを、加奈は少しだけ羨ましく思う。と、男が不意に身じろぎした。
「おいおい。ここは後方じゃなかったのかよ」
 レンズにひびの入った双眼鏡を当てた男が呻く。その視線を追った加奈は、随分離れた辺りをかける四足の群れを見た。狼のようだが、角が生えている。一際大きな一頭の背には、彼女よりも年下に見える少年がまたがっていた。現実感の無い組み合わせを、少年の身を包む古臭い学生服がいっそう強調している。
「‥‥っ!」
 あちらから見えたはずは無い。が、不意に視線を上げた少年は、ニヤッと笑いを浮かべた。

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「‥‥カンパネラ、だっけ。楽しみだなぁ、ガウル」
『グルル』
 疾走しながら、キメラは喉を鳴らした。少年は背にした長剣へ伸ばしていた手をひっこめる。
「大丈夫、判ってるって。今日は顔見せだろ? 無茶はしないよ」
 言葉とは裏腹に、少年の口元を彩る笑みは深く。
「でも、あいつらも能力者なんだろ。俺達の必殺技、幾つ位耐えてくれるかな。楽しみだよね」

●参加者一覧

鋼 蒼志(ga0165
27歳・♂・GD
シャロン・エイヴァリー(ga1843
23歳・♀・AA
イリス(gb1877
14歳・♀・DG
夏目 リョウ(gb2267
16歳・♂・HD
直江 夢理(gb3361
14歳・♀・HD
柊 沙雪(gb4452
18歳・♀・PN
番場論子(gb4628
28歳・♀・HD
愛梨(gb5765
16歳・♀・HD

●リプレイ本文


「随分使い込まれた様子だな。一度軽く水洗いをしておこうか」
 加奈と兵士の会話を聞いた夏目 リョウ(gb2267)は、片隅の鍋を覗き込んでいた。
「私はどちらかというとホワイトが好みですね」
 柊 沙雪(gb4452)の言葉に、北海道といえばホワイトシチュー、などと食品会社に刷り込まれてしまった鋼 蒼志(ga0165)も頷いた。
「加奈もいるのだし、やっぱりホッカイドーのホワイトシチューよ!」
 イリス(gb1877)も、同じイメージだったらしい。一方、ロシア在住歴の長い番場論子(gb4628)はボルシチを提案した。
「ある意味、懐かしいですしね」
「私もビーフシチューがいいわね」
 何故か偉そうに胸を張る愛梨(gb5765)へ、リョウも同意する。
「ここは、加奈にドラゴン特製ビーフシチューを作ってもらおうか」
「む‥‥、呼び捨てですか」
 眼鏡に指を当てて、呟く蒼志。半世紀以上の時を経て、ロシアの大地を白軍と赤軍が二つに割る。シチューの色的意味で。
「美味しく加奈様――もといシチューを食べられるですか!?」
 マイペースな直江 夢理(gb3361)は、そんな深刻な対立とは無縁だった。
「ふむ‥‥。今回だけでなく、どうせですから普段から加奈さんの料理を味わってみたいものです。‥‥む?」
「て、敵です。キメラです!」
 蒼志が眉を顰めた瞬間、加奈が見張り台から駆け下りてきた。肌寒い大気の中、狼の吼え声が響く。
「子供‥‥? こんな真似を‥‥!」
 外を見たシャロン・エイヴァリー(ga1843)は、大型の狼キメラに跨った敵の姿に、思わずそう呟いた。バグアの策だとわかってはいても、手出しするのに若干の躊躇いを感じる。
「作る種類は多数決で決めましょう。気持ち良く仕事を完遂してからですがね」
 微笑した論子の声で、車内の能力者達は一時、思想ならぬシチュー的な対立を脇へ置いた。
「さしずめ狼少年、といった所か‥‥。この物資を待っている人々の為にも、速やかにお帰り願いたいな」
 騎煌と名付けた愛車、ミカエルを車外へ押し出しつつ、リョウが言う。
「それにしても強化人間は狼キメラが好きなんでしょうかね?」
 一足先に出た沙雪が首を傾げた。その目は、列車まで距離を残して足を止めた狼を物欲しげに見つめている。
「やっぱり忠犬っぽいのがいいんでしょうか‥‥。私も一匹欲しいんですが」
 わんこを欲しがる可愛らしい少女の言葉のようでもあり、忠実な下僕を欲する女王様の言葉のようにも聞こえない事は無い、とかなんとか。
「そっちの方が数が多いみたいだけど、卑怯くさくないか?」
「命を賭けた戦場だ―――別におかしくはないだろう?」
 少年のぼやきを、蒼志が冷たく切って捨てた。
「そりゃそうだ。じゃあ、行くぜ!」
 距離は500m。白い歯を見せて笑った少年が、跨ったキメラの背を叩く。吼え声が空を裂き、やや小ぶりなキメラが左右にさっと散った。
「列車の皆さんには、万が一抜ける敵がいたら牽制をお願いいたします」
 論子の指示に、車上の男達が堅い表情で頷く。


「さっさと片付けて、美味しいシチュー食べるわよ!」
「この距離なら‥‥バイクの方が早いわ」
 ミカエルにまたがったイリス、愛梨が回り込もうとした敵を抑えるように動く。
「左側は3匹ですね。手前をシャロンさんにお願いします。真ん中は、沙雪さん。奥は私が」
「OK!」
 咄嗟に声をかけ、自身も敵へと向かう論子。経験豊富で腕は立つが、クラス的に機動力の点で一歩を譲るシャロンを近場に、AU−KVの機動力を活かして遠い敵を自身が担当する事にしたようだ。
「‥‥行きます、よ」
 ふ、と息を吐いて目を開けた沙雪は、バイクに乗った同僚と遜色ない速度で駆ける。
「しっ」
 掛け違う瞬間の爪を余裕を持って回避した。他の仲間達も、それぞれ目指した敵と交戦を始めている。
「そこの卑しい肉食獣! あたしが相手してあげるから覚悟しなさい!」
 威勢良く叫んだ愛梨だったが、横薙ぎの一閃は空を切った。
「結構素早いわね。ならば!」
 敵が振り向いた瞬間にシャロンはさらに踏み込む。鋭い爪牙が盾を軋ませるが、構わずにもう一歩。青い電光が跳ね、金の長髪を彩った。
「どりゃああ!」
 爪を滑らせ、そのまま狼の下へ潜る。振り下ろされたもう一方の爪を省みず、そのまま盾を突き上げた。一瞬の加重。そして、宙に飛んだ狼の、あがく腹へ剣を薙ぐ。さらに、もう一太刀。紅蓮の赤と紫電の蒼が敵を貫いた。宙を舞うキメラの落下点目掛けて、シャロンは地を蹴る。
「これで止め‥‥っ、て、あれ?」
 振り下ろしかけた剣を、彼女は途中で止めた。相打ち狙いの攻撃は、彼女の狙い以上の早さで敵の動きを止めている。しかし、仲間達はてこずっていた。
「このっ、正々堂々勝負しなさいよっ!」
 大剣を振り下ろしたイリスが叫んだ時には、狼は身軽に飛び退っている。僅かな応酬だけで、敵は間合いを取り直していた。移動スキルや走行を経て、詰める。一合の後、再び離れた。結果的に、傭兵達の手数が減る分だけキメラの殲滅は遅れている。
「この敵、やる気が無いのですか?」
 論子が首を傾げた。彼女の前の敵も、間合いを取って踏み込んではこない。のらりくらりと身を交わされるせいで、彼女の射撃でも有効打が与えられるわけではないのだが。
「遅いですよ」
 ただ1人、沙雪だけは敵の動きを最小限で回避する事で、キメラに離脱の隙を与えてはいなかった。牙を、爪を紙一重で見切る余裕が少女にはある。
「‥‥次」
 逃れる事も、攻撃を当てることも出来ずに刻まれた狼キメラを見る目は、先とは別人の如く冷たい。


「さて、と。こんな寒空の下にいつまでもいたくありませんし。さっさと撃退しますか」
「ああ。列車強盗は校則違反だ」
 駆け出した蒼志に、ミカエルを装着したリョウが続いた。
「加奈様にあんな事などの狼藉を働こうというのですね。この私がそんな事は許しません!
 銃を構えた加奈を背に、夢理も少年へと向かう。
「カナ? ああ、俺おばさんには興味ないし。むしろ、君の方が好みかなー」
 再び笑ってから、少年は背にした剣を両手で構えた。騎馬民族が己の馬を御するように、2本の足で胴を締めているのだろう。と、そこに真紅の影が突貫する。
「行くぞ騎煌、武装変!」
 ミカエルを纏ったリョウが、先手を取った。斧の刃ではなく、平の部分で捉えられた少年が、狼の上から吹き飛ばされる。
「‥‥おっと!」
「学園特風カンパリオン、非行防止にただいま参上!」
 1体と1人の間に割ってはいるリョウ。真紅のマントが風を孕んでばふっと音を立てた。
『グァル!』
「‥‥むっ」
 主を落とされた狼が、お返しとばかりに前脚を振るう。咄嗟に斧で受けたが、衝撃を殺しきれなかった。
「へぇ、それがAU−KVってやつか。カッコいいじゃん?」
 身軽に着地した少年へ、遠間から蒼志が槍を向ける。
「さて、敵が現れたわけだが。こういう時に勇猛たる戦士が取るべき行動を見せてくれるか?」
「あ、挑発されてんのか? 悪ぃけど、おっさんにも興味ないんだよねー」
 言って、少年は地を蹴った。
「行くぜ、いきなり‥‥必殺ぅ、ファングスマッシャァ!」
 一撃がリョウの背を襲う。ぐらついた所へ二撃目が振るわれた瞬間、夢理が割って入った。
「はうっ‥‥速い!?」
「どうしたどうしたぁ! もういっちょ行くぜぇ!」
 回避しきれぬ打撃がミカエルの装甲を軋ませる。舌打ちして、蒼志が地を蹴った。敵側から近づいてこないなら、足の無い彼は全力疾走するしか間合いを詰める術が無い。
「ルブ‥‥、加奈! 援護を頼む!」
「は、はい!」
 リョウの声にタイミングを合わせた加奈の銃撃を、狼は頭の一振りで弾き落とす。好機と見たリョウの追撃は、浅い。しかし、敵との間合いを取り直した間に、蒼志が前衛に合流した。
「先に狼を潰す。そっちは任せた」
 短く言う蒼志に、リョウは頷く。そんな様子を、少年は何故か楽しげに見ていた。背に受けた傷に顔を顰めながら、リョウが問う。
「なかなかの技だ‥‥良ければ、君の名を教えて貰えないかな?」
「俺はハーモニウムのロウ。狼って書いて、ロウって読む。それより、さぁ‥‥」
 少年は邪気の無い顔で首を傾げる。カンパネラは軍学校じゃないのか、と。
「奇襲に全員で当たるなってのはジョーシキじゃねぇの? お前らより、ガウルの方が頭いいぜ」
 笑った少年の声に合わせて、大型キメラが再び吼える。それに応じるように、別の吼え声が列車の裏から響いた。
「‥‥伏兵だと!?」
 舌打ちする蒼志。僅かに見せた動揺へ、キメラが牙を剥いた。
「こいつは俺達に任せて、加奈と夢理は後ろへ向かえ!」
 大斧を振るいながら、リョウが叫ぶ。


 その吼え声が響いたのは、敵の発見後40秒。5匹の雑魚は3匹に減り、その代わりに傭兵達をじわじわと荒野に誘い出していた。
「列車から離れて戦えるのは好都合だけど‥‥って、まさかっ」
 防衛対象からの距離を気にしていた愛梨が、異変に気付く。次いで、自分だけではなく仲間が相手する敵の動きをも意識していた論子が。
「‥‥引き離された、という訳ですか」
 沙雪の呟きを理解したかのように、狼は鋭い牙を剥き出して笑った。踵を返す彼女は列車に近いが、他の面々はやや遠い。沙雪より一手早くに敵を始末したシャロンは、仲間の援護の為に追撃に入っていた。
「動きは素早いし攻撃は鋭いけど、耐久力はさほどじゃないわっ」
 論子に爪の連続攻撃を食らわそうとした敵が、そのシャロンに突き飛ばされて転がる。背後から、男達の声と銃声が聞こえてきた。
「く、後ろから来たぁ!?」
 車上の彼らも背後に気を配るのを怠っていたらしい。それでも、足止めに徹するように言われていた彼らの銃撃は、寸での所でキメラの動きを阻害する。
「‥‥お任せします」
「OK、任された!」
 論子が背を向け、シャロンがカバーに入った。列車からの距離は300m足らず。変形したAU−KVがブースト加速をする方が、早い。
「愛梨、任せてもいい?」
 目の前の敵に重い一撃を叩きつけながら、イリスは苦戦を続ける仲間を心配げに見た。
「も、持ちこたえるくらいならできると思う‥‥じゃない。できるわよ!」
 一瞬弱気になった愛梨が、毅然と敵を睨み返す。と、彼女の相手のキメラの足元が爆ぜた。
「こっちでカバーします。2人とも列車へ向かってください」
 銃を手に言う加奈の前を、緑のミカエルが駆け抜ける。
「加奈様との共同作戦‥‥今の私達は、無敵です!」
 夢理の鋭刃が、イリスの攻撃で弱っていた敵を切り伏せた。


「くそぉ!」
 赤いフィールドで銃弾を弾きながら、列車へ身軽に駆け上がる影。見張り台の兵士に飛び掛ろうとした所へ。
「どきなさいっ!」
 狼の顔が、歪んだ。白い歯を数本折りながら、地を転がる。イリスが竜の咆哮を叩きつけていた。残り二頭へは、論子と愛梨が対峙している。
「へぇ、展開早いじゃん。噂以上だぜ、そのバイク」
 敵の作戦いる事に気付いたのは、後手。にも拘らず、傭兵達は素早くそのカバーに入っていた。彼のつれてきたキメラは機動力に特化した歪な性能で、奇襲にしくじれば、もろい。
「隙ありだ! カンパリオンファイナルクラッシュ!」
「甘ぇ! カンパリオンファイナルクラッシュブレイカー!」
 リョウの斧を、この場でつけたとしか思えない技名を叫んだ少年の大剣が受け止めた。交差した武器越しに、少年が歯を見せる。
「ま、こんな所か。引き上げるぞ」
「逃がさん!」
 蒼志が突き出した槍に、軽い手ごたえはあった。が、致命には遠いと青年の経験が告げる。
「いけ、ガウル。絶対零度のアイスブレスだ!」
 狼キメラがくわっと口を開き、氷交じりの冷たい息を吐いた。絶対零度は口だけだろうが、まともに受ければタダではすまない。
「くっ!」
 マントで顔を覆ったリョウ。蒼志が眼鏡越しに睨む中、敵は飛ぶように荒野へと消えていく。リョウがフッと息を吐いた。
「深追いは禁物だね。それより‥‥」
 2人は、列車の方角を振り返る。残余の狼が、まだ仲間達と激しく交戦している所だった。


 暫しの後。裏側から奇襲してきた敵も含め、全てのキメラは無事に掃討された。幸いな事に、死傷者は出ていないが一歩間違えレア大変な事になっていたのは間違いない。
「危ない所でしたね‥‥」
 夢理が溜息をつく。と、誰かのお腹が可愛らしく鳴った。
「‥‥ち、違うのよ! ちょっと練力を使いすぎたからっ」
 シャロンが顔を赤くして言う。しかし、それは他の面々も同様だったようだ。すぐに別の方からも同じ音がした。クスリと笑って、論子が口を開く。
「それでは、どちらにするか決めましょうか」
「‥‥む」
 交錯する思惑。と、シャロンが陽気に笑った。
「両方作っちゃえば良いじゃない」
 ――全会一致で提案は採択され。

「じゃがいも♪ 皮むきなら任せて」
 器用な手つきで向いていくイリス。
「フランスパンは少し焼いておくのが私流♪」
 細長いパンを抱えてきたシャロンがテーブルの上に並べてから、再び列車へ。どうやら、その程度では足りないらしい。運、人数も多いからしょうがないよね。
「愛梨さんも、一緒にやりませんか?」
 手馴れた様子で下ごしらえを進めていた沙雪の誘いに、少女は視線を落として頬を染める。女性として少し恥ずかしい気分なのかもしれない。
「‥‥できないわ」
「では、私と一緒に準備をしましょうか」
 夢理の言葉に、愛梨が小さく頷いた。
「男性陣は、そこで待っていて下さいね」
 ボルシチの鍋をかき混ぜていた論子が、芳しい匂いにそわそわしだしたロシア人や蒼志に笑い掛ける。リョウはといえば、喫茶店を訪れた客の如く、泰然と出来上がりを待っていた。
「ふぅ、これで完成ね」
 愛梨が、やり遂げた感じの表情で笑う。料理は出来ずとも、この人数のシチュー作成ともなればあれやこれやでやる事は一杯だった。

「大自然の恵みに感謝を♪ いっただきま〜す♪」
 待ちきれない様子のイリスが、一口頬張ってから満面の笑みを浮かべる。
「うん、美味しいな。お代わりはあるのかい?」
「これなら毎日でも食べたい気分ですね」
 リョウと蒼志が手放しで賞賛する脇では、シャロンがイイ食べっぷりを見せていた。
「一仕事の後は美味しいわね。もう一杯、貰える?」
「あ、はい。まだまだ、ありますから」
 沙雪はぎこちなくも嬉しそうに言葉を返した。一緒に食べようと待っていた夢理の隣に座って、一口。
「‥‥あ、加奈様。ほっぺについています」
「夢理ちゃんってば、猫みたい」
 くすぐったげに笑う加奈。そんな様子を微笑ましげに見守る蒼志だが、その異空間に踏み込めずにいるだけかもしれない。
「早く、鉱山にも届けてあげたいわ。修理、急ぎなさいよね」
「おうよ」
 娘くらいの年齢の愛梨に言われた機関士は短く頷く。傭兵と男達の共同戦線の前に、鍋の底が見えるのは、思ったよりも早かった。