タイトル:【Woi】渡り鳥は帰れずマスター:紀藤トキ

シナリオ形態: ショート
難易度: やや難
参加人数: 10 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2009/09/25 23:32

●オープニング本文


●ラスト・ホープ島。UPC本部、最上階。(ロス時間、6:00)
「最高首脳会議からの提案は、やはり変わりませんか」
「‥‥ふだんはお飾りだが、どうにも自分たちの生存のチャンスであればなりふり構う余裕もないらしい。我々UPC軍各国首脳の下部組織だ。残念ながら決定は変わらない」
 四方を窓のない壁に囲まれた暗室において、UPC特殊作戦軍の長であるブラッドが褐色の肌の男と向き合っていた。
作戦内容を説明するモニターの映像は、ふだんならジャミングの影響で乱れもしようが、窓の格子で動く蟲の触覚の僅かな動きすらも鮮明に映し出している。

「限られた領域、限られた時間、限られた戦力‥‥私は軍事については君ほど詳しくはないが、極めて難しい作戦になる程度のことはわかる。‥‥にもかかわらず君に多くを望まなければならない」
 褐色の肌を持つ男の指が僅かに動き、資料映像がピタリと止まる。ビルの屋上から望遠カメラで撮影されたその映像には、部屋の中で部品を組み立てる一人の男が映し出されていた。

「ただでさえ軍への不信感が高まっている昨今だ。故意は勿論、住民的被害は認めない。市街地での戦闘などもっての他‥‥どうかね、君はできるかね? 『住民に事前通達なく、10時間以内にこのバグアをロスに被害を出さず抹殺し、尚且つステアーのパーツを無傷で奪う』ことが」
「作戦決行は只今より14時間後、一斉におこないます。吉報をお待ちください」

 ブラッドは人工分布図帯付のロスの地図に描かれた複数箇所の印を見据えながら、静かに言葉を紡いだのであった。

●UPC本部、作戦説明テープ(ロス時間、7:00)
『最初に通達する。諸君はこの依頼を受けた者である。これより作戦説明をおこなうが、説明を受けた後の依頼放棄は認められない。依頼関係者以外は直ちに部屋から出るように‥‥
 (10秒ほどの間)
 作戦を説明する。今回のミッションは、先の大規模作戦によって、撃墜した敵新鋭機『ステアー』の重要パーツ回収である。ステアーの胴体の一部はUPC軍が回収したが、欠損が多数存在する状態である。敵はこれらを保持し、ロサンゼルス市街地に分散して潜伏している。入手した情報によると、敵は今より10時間後、幅3m高さ2mほどの装置から、重力制御によって衛星軌道上までパーツを打ち上げることが予想される。
 諸君はこれから10:00到着予定の便でロスに向かい、準備の後、20:00に作戦を決行するように。
 今回のミッションは『KV非推奨依頼』である。使用は許可するが、市街地に大きな影響を与えるような作戦は軍法会議の対象となる。臨機応変かつ、確実にミッションを遂行するように」

●同日、ロス東部郊外の廃屋にて
「おい、兄さん。飯もって来たぞ、飯」
 少女は、ニコニコと笑いながら暗い室内を覗き込む。客人は、胡乱な目つきで皿の上のそれを見た。
「‥‥なんだ、それは」
「焼き鳥だ。盗ってきた鳥に、塩つけて焼いた」
 それは焼き鳥と呼ぶには余りにも大雑把だった。というか、そもそも火加減が足りなすぎる。色々と言いたい事があるのを飲み込んで、男は手を伸ばした。
「いただきます」
 男は、バグアだ。外見は日本人だが、中身は違う。特命を受けて撤退中に撃墜され、意識を失った所をこの娘に拾われたらしい。
「兄さん、大事にしてたそれ。またいじってたのか? 機械オタクなんだな」
 少女は遠慮なしにじろじろと眺める。男が脱出し損ねた原因。回収を命じられたステアーのパーツだ。打ち上げ装置は先ほど完成したので、衛星軌道上に回収役が来るまでの1時間程は彼に出来る事は無い。しょうがないので、異形の物を一口齧った。

「旨いか? ちゃんと言われたとおりに作ったぞ」
 学が無いのか、それともどこか抜けているのか。バグアと人類が戦争をしている事は理解しているようだが、男の事と結びつかないらしい。それでも自活力だけはあるこの娘は、片足と血をごっそり失った自分が回復する為に必要な物を、与えてくれる。隠れ場所と、栄養分を。
「まずい。言った通りに出来てるのは血抜きだけじゃないのか」
 今回の栄養分は、色々とダメすぎた。
「なんだよ、贅沢言うなよな」
 溜息をつき、ヨリシロの知識から焼き鳥の作り方を探す。家業を捨てて優秀な軍人となった男は、父の背中と共にそれを覚えていた。
「‥‥こうやるんだ」
 残っていた羽をむしる。慣れた鶏より大きいが、似たような物だ。
「‥‥ほれ」
 少女に片方のもも肉を放り投げる。もう片方は、男自身が手に取った。
「骨から、肉を削ぐんだ。こうやる」
 慣れた様子の男の処理を、見よう見まねで追う少女。傍目で見ていると手を切りそうな手つきだが、危ない所で止めていた。
「ナイフは慣れてるんだぜ。へへっ」
 装置を屋上から打ち上げなければならない。その任務を終えたら、この土地を脱出して南米へ。不思議と、片足でも逃げ切れるような気がしはじめていた。
「うし、でーきたっ」
 ペットを一匹位持って帰っても、構わないだろうか。観察していれば、面白い事があるかもしれない。そんな事を男が考えていた時、窓ガラスが割れた。

●同時刻、廃屋の外
「アタック! アターック!」
 包囲体制にあった小隊が、一斉に廃屋へ突入する。グレネード投擲手のジョンは、昇進物だと少尉は思った。訓練どおりに、狙った場所へ撃ち込むのが難しいのだ。
「あの部屋だ。キメラ辺りが残ってるかもしれん。気をつけろ」
 持ち込まれた情報は、バグア派と思しき二人連れが潜んでいるというものだった。一人は手負いだったという。監視員が撮影した室内の映像を見て、上の連中はここに彼の小隊を投入した。何でかは知らない。が、ラジオマンのヒックス伍長はそいつらが持っている装置が重要なんだろう、と言う。
「いいものだったら、持って帰ってパーティだ。俺達全員、勲章か昇進物かもしれ‥‥」
 言い終わる前に、彼は二階級昇進する事になった。お手柄だったジョンも一緒に。異変が伝わる前に、裏口に回っていた連中は吹き飛んだ。
「ば、化け物‥‥」
 3つ目の攻撃班も、すぐに後を追った。

●30分後、同地付近
「そこの傭兵! いい所に。支援を頼む!」
 大声で呼び止められたのは、柏木他、数名の傭兵達だ。事情を手早く聞いた所で、柏木は口をへの字に曲げる。
「‥‥もう、逃げ出しておるんじゃないのかのう? わしなら、そうする」
 しかし、返された言葉は意外なものだった。
「化け物め。何でか知らんが、装置片手に屋上に突っ立ってやがる。KVを出す許可も出ているんだろ? あいつらの敵を取ってくれ」
「取ってくれ、と言われてものう」
 KVで銃弾をばら撒いたり剣を振り回したりすれば、都市への被害は確実だ。できれば、生身で討ち取りたい所ではある。
「相手は手負いらしい。一気に掛かれば、やれるはずだ」
 夜の闇に浮かび上がった敵のシルエットには、片足がなかった。

●参加者一覧

大泰司 慈海(ga0173
47歳・♂・ER
ツィレル・トネリカリフ(ga0217
28歳・♂・ST
須佐 武流(ga1461
20歳・♂・PN
叢雲(ga2494
25歳・♂・JG
東野 灯吾(ga4411
25歳・♂・PN
レールズ(ga5293
22歳・♂・AA
不知火真琴(ga7201
24歳・♀・GP
鈍名 レイジ(ga8428
24歳・♂・AA
まひる(ga9244
24歳・♀・GP
火絵 楓(gb0095
20歳・♀・DF

●リプレイ本文


「あんたは、中に回ってくれるか」
 建物周りを確認していた鈍名 レイジ(ga8428)が、柏木にそう言う。
「うむ。そうじゃのう」
 非常階段の幅、それに耐久性から見ても柏木のバハムートは微妙だった。
「およ〜? ちみは確かかっし〜じゃ〜ないかぁ〜」
 全身鳥の着ぐるみという異装の火絵 楓(gb0095)が、柏木に手っぽい部分を振る。
「お前は、チョコ鳥怪人!? そういえば、学園におったんじゃから能力者なんじゃのう‥‥」
 嘆息する柏木。あの馬鹿騒ぎが、今では随分前に思える。
「‥‥行くぞ。時間が無い」
 入り口付近の安全を確認していた須佐 武流(ga1461)の声に、楓がビクリと震えた。
「どうか、したかい?」
 掛けられたまひる(ga9244)の言葉に、ぶるぶるっと首を振る。暗がりに消える武流の姿は、楓の古い記憶にある姿に似ていた。


 使われる事が無かった非常階段は、微かに軋む。非常口側、灯りを手に先頭を行くツィレル・トネリカリフ(ga0217)の耳に、それはやけに大きく聞こえた。
「なぜ逃げねえ? なんで屋上から動かねえ?」
 東野 灯吾(ga4411)の疑問に、明確な答えを返せる者はいない。
「‥‥彼らにも、何か理由があるんでしょうか」
 レールズ(ga5293)が呟く。それは個人的な、感情に拠る物だろうか。それとも、と。
「ここまでの所、罠は無さそうだが‥‥」
 チラッとレイジは時計に目を落とした。敵が動かぬ理由として、彼はこの建物が何か仕掛けを施されている可能性を考慮している。が、今の所それらしい兆候は無い。


 鉄と埃と、カビの混ざったような匂いの中を、能力者達は歩いていた。戦争の影響だろうか、人の気配が絶えてからの時間が、短く無い事を感じさせる。
「うにょ〜。こりゃまた派手にやられたにゃ〜、誰か生きてるか〜?」
 火絵 楓(gb0095)が小声で呼びかける。
「酷いね‥‥」
 大泰司 慈海(ga0173)が、手にしたキーライトを左右に向けた。放射状に飛び散った血や障害物の残骸が見える。
「爆弾みたいじゃのう。方向関係なく、ドカンといく技か」
 彼らの到着前に、遺体は回収されていたようだ。その向こうが、バグアが潜伏していたと言う場所になる。10m四方ほどの部屋は、何かの店だったのだろうか。内部から、扉は吹き飛ばされていた。
「危険は無さそうだ」
 先に入った武流は、壁際に寝かされた小さな遺体を見下ろしながら、そう言う。
「‥‥人間、だ」
 ポツリと真昼が呟いた。死体になっていても、バグアなのか人間なのかは判る、と彼女は言う。根拠など無いが、周りの面々もそんな気はしていた。
「でも、こんな小さな子が協力者‥‥?」
 首を傾げる慈海。年齢は10歳程だろうか。敵の協力者、という単語から思い浮かぶイメージと、目の前の少女はかけ離れていた。
「うにょ? なんだろうコレ?」
 奥の方で、楓がしゃがみ込む。下手糞な下拵えの最中だったような鳥の脚が転がっていた。
「もしかして、次郎さん? こんな姿になって‥‥」
「誰じゃ、それは」
 泣き真似をする楓へ、柏木が疲れたように突っ込む。横たえられた少女の横に、まひるが膝をついた。
「‥‥連れて行く」
 背負おうと持ち上げたら、首が不自然な角度にぶら下がった。微かに眉をひそめてから、片腕で抱く。赤子の背と頭を支えるように。何か思うことがあったとしても、仲間達は彼女に何も言いはしなかった。


 仲間達が移動している間、叢雲(ga2494)は一足先に別のビルの屋上へ陣取っていた。敵の姿が、思いの外近い。昼であれば、お互いに丸見えの距離だ。慎重に伏せ撃ちの姿勢を取ってから、動きを止める。
『――こちら叢雲。配置に就きました』
 その声を聞いて、不知火真琴(ga7201)はチラリと廃屋を見上げた。
『うちの場所、判る?』
『見えていますよ。敵は、動きを見せていません。今なら、行けるかと』
 屋上のバグアは、非常階段にやや近い位置でフェンスにもたれている。死角になるのは、室外機のある辺りだ。
『ン。ありがと』
 囁いて、無線機のマイクから口を離す。もう一度、壁面を見上げてから、勢いよく地を蹴った。助走をつけて、壁の突起伝いに駆け上がる。二度目の『瞬天速』で、何とか屋上へ辿りついた。
『‥‥気づかれた様子は、ありません』
 囁いてから無線機を置き、叢雲はズボンで掌を拭う。


『非常階段側、配置についた』
『内側、ちょいと遅れてる。ごめん。‥‥よし、ついた』
 レールズの言葉に、まひるの声が返る。
『気づかれた様子はありません。開始タイミングは?』
 照明銃を取り出しつつ、淡々と問う叢雲。
『30秒後に。カウント、開始』
 レールズに頷いて、レイジが閃光手榴弾のピンに指を掛ける。抜いて、待った。
「10秒前。目は伏せておけよ」
 仲間へ強化を施しながら、ツィレルが言う。屋上へと、それが投げ込まれたのは爆発の一瞬前。直後、辺りに激しい音と光が渦巻いた。
「行くぞ!」
 視線を下に向け、閃光を直視しないように飛び出す。東側で、叢雲の撃った照明弾があがった。
「本物のバグアはゾディアックやバークレーを除けば会ったのは3回目ですが‥‥」
 レールズが、槍を振るう。白い穂先が弧を描き、衝撃波が飛んだ。
「生身で化け物状態相手するのは初めてですよ」
 手ごたえは、皆無ではない。が、小型キメラならば絶命しかねない一撃に、敵は動じた気配はなかった。
「人の姿でなんてザマだ。キメラならいっそバケモノのままでいてくれってんだ」
 レイジがぼやきながら、飛び出す。二人の反対側からも、仲間が挟み撃ちを試みているはずだ。
「‥‥装置を、庇いましたよっ」
 閃光を直視しない角度を確保していた真琴は、バグアが装置を持つのと逆側で衝撃波を受けたのを見落とさない。
「あなたは、装置を持って逃げてれば逃げ切れたかもしれない‥‥」
 レールズの声に、敵は微かに笑った。
「何故逃げない? やはり、このビル自体に何か仕込んでるのか」
 呟いたレイジの声も、聞こえているようだ。バグアは低い声でもう一度笑った。
「個体で動く下等なお前達には判るまい。我らにとって、任務の達成は何にも勝る絶対事項だ」
 誰かが放った銃撃を、片足とは思えぬ動きで避けて、敵は言葉を続ける。
「例え、お前達が何を持ち出そうと、誇りに掛けて、為さねばならない。その覚悟が私にはある」
 語る敵へ、灯吾が吼えた。
「生き物に下等も高等も無え。食って寝てクソして、皆同じなんだよ」
「その通りだ、バカ野郎!」
 まひるが、少女の遺体を敵に突きつけるように叫ぶ。
「これが、私達とお前が、やってる事の縮図だ。きっちり理解‥‥」
 嫌な音がした。まひるの腕が折れた音。
「誰に断って、ソレを、持ってきてるんだ? お前」
 男の異形に変じた瞳が、すぐ眼前にあった。もう一撃。今度は腹に入る。
「下がれッ!」
 武流が敵の腕へ短剣を突き出した。が、浅い。
「チッ」
 放り捨てるように投げられたまひるは、フェンスにぶつかって止まった。そっちに向かいかけたバグアが、足を止める。間をおかずに、銃声が2つ。
「‥‥見切られました、か」
 スコープ越しに一瞬だけ、敵の視線を感じた叢雲は苦笑した。おそらく弾道から、自分の位置を見切られた。今のようなクリーンヒットは望めないだろう、と。バグアの手の装置には、ライフル弾が見事に刺さっている。そして、その一瞬を武流も有効に利用していた。
「今まで人様に散々しておいて、自分がやられたらこれか? ‥‥ざけんな」
 まひると敵を結ぶ直線上に立ち、敵の挙動に目を配る。右、あるいは左。その後ろを慈海が駆ける気配がした。
「これでどうだっ」
 後から屋上に出てきた楓がナイフを投げる。同時に、柏木が突っ込んだ。即席の連携を捌いた一瞬、武流が攻撃に転じる。飛び散った敵の血は、赤く。それ以外に白い何かが散った。
「‥‥破片?」
 よく見れば、顔に微細なひび割れが生じている。腕にも。
「あの女の子は? 君にとって、何?」
 まひるの治療をしながら、慈海は敵へと問いかけた。少女の遺体はまひるの腕を離れ、バグアのすぐ脇に落ちている。
「お前たちの知った事か!」
 バグアが言い放った瞬間、その体を白い光が打った。白っぽい表皮が、艶を失う。
「悪ぃね、こっちも仕事なんでさ」
 超機械を手に、ツィレルが言う間に、レールズとレイジが敵に駆け寄っていた。
「端っから全力で、行くぞ」
「‥‥今は、それしかないか」
 大剣を振り下ろすレイジと、鋭い突きを放つレールズ。敵の背から、またも白い破片が散った。振り向きかけた敵の腕を、武流が蹴り裂く。対応を許さない速度で、もう一発。
「遅いッ」
 一撃の重さでは勝てずとも、手数では勝てる。
「舐めるなァ!」
 大振りのレイジの斬撃を、一本足で飛び退った。叢雲の弾丸は表皮で弾かれる。双剣を抜いた灯吾を蹴り飛ばし、柏木を殴り返した所へ、レールズの槍が伸びた。
「くぁ!」
 槍を立てて、受ける。減殺できるようなダメージではないが、直撃よりはましだ。
「浅い、か?」
 額からの血を拭い、レールズは目を細めた。連携の最後を締めた彼の一閃は、弱体化した表皮を貫いて届いている。敵の動きが落ちる程ではないが、痛打だった。
「もう一つ!」
 慈海の放ったエネルギーガンは、左手で弾き。
「抵抗、高いのか」
 見ていた灯吾が利き手のカミツレに力を込めた。
「め、目まぐるしいですね‥‥」
 真琴も、射線を確保する。2発、当たってはいるが赤いフィールドに阻まれた。正面からでは、強化を受けた状態ですら、まともにダメージが通るのが数名のみ。それとてじわじわと傷を増やす程度だ。
「うにゅ‥‥。埒が明かないのだ」
 銃を仕舞って両の拳を輝かせ、楓も前に向かった。これで、前衛は6名。
「もう一度、隙を狙えれば」
 それが、包囲している側の強みだ。圧倒的に強い敵へ、挑む。能力者達の脳裏に、ロシアの決戦が過ぎった。あの時に、最後に勝ったのがどちらだったかも。
「残念だけど、悔しいけど‥‥」
 その声に、バグアはまひるへと目を向ける。肘を突いて、彼女は上体だけを起こしていた。
「その少女が殺されたみたいに。私達もあんたの事、帰せない‥‥。殺しちゃうしかない‥‥」
 ごめん、と呟く。
「ふざけた事を!」
 バグアが、両腕を大きく引いた。
「全周囲攻撃か。気をつ‥‥いや、違う?」
 まひるを庇うように斜め前に出た慈海が首を傾げる。バグアは右腕を、まっすぐに突き出した。
「させるかっ!」
 見えない軌跡に、咄嗟に体を割り込ませる武流。体の芯から揺さぶるような打撃に、膝が揺れた。が、まだ倒れはしない。
「‥‥どうした、化け物」
 引いたままの敵の左腕を見据えて、笑う。敵が、動く直前に。
「思い通りにいかせるかァ!」
 灯吾が、切っ先を前に突っ込んだ。左腕に、体ごとぶち当たる。肋骨が折れる音が、内側から聞こえた。
「地球に来たのが、運の尽きだと思いやがれ‥‥」
 喉元に、熱い物が上がってくる。敵の脚が、一瞬だけ止まった。ゴン、と空気が揺れる。
「‥‥動きを、止めましたね」
 バグアが手にしたパイプに、ライフルの銃弾がまた刺さっていた。小さく火花が散るのが見える。
「貴様がッ!」
 再び、バグアが右腕を引いた。膝をついた灯吾へ。
「うにゅ!」
 牽制に掛かった楓を、裏拳一つで叩き返す。
「‥‥動けん、か」
 武流は、背後の慈海とまひるを思い、僅かに躊躇した。1人が守れる物は、決して多くは無いのだ。真琴の足が動いたのは、思考よりも早く。
「もう、やらせない!」
 離れている叢雲には、衝撃は感じられず。スコープ越しに、真琴が飛び出す姿だけが見えた。
「‥‥ッ!」
 衝撃波が真琴を打ち抜く。ギリ、と歯が鳴る音がした。冷静に、と言い聞かせつつ引き金を引く。言い聞かせねばならないという事は、冷静さを欠いている状態だ、と皮肉げに自嘲した。
「行きます!」
 何かを振り払うように、レールズが言う。鋭い殺意の篭った白い穂先は、一突きごとに敵の体から白い欠片を散らした。花のように舞う白の中、そこに銃弾を重ねる真琴が見えた。
「‥‥無事、でしたか」
 息を吐き、止める。3発目が、バグアの手にした装置を貫いた。
「ヌア‥‥」
「いい加減終いにしようぜ、なぁ!」
 レイジが一喝する。回避しようとした、敵の一本足が崩れた。今までは当たらなかった一撃。当てれば、タダではすまなかった一撃が、敵の腕を飛ばす。
「哀しき人間‥‥」
 武流が、間を詰めた。そのまま跳躍し、蹴る。異形に変じながらもまだ人の面影を残した目が、その動きを追った。しかし、体はもはやついていかない。
「グ‥‥」
「これで、最後だ‥‥!」
 必殺の貫手を、胸部に放つ。よろめいた背を、レールズの槍が貫いた。


 敵の手にあった装置は、度重なる銃撃に歪んでいた。
「どうせなら、完全に壊しちまおう」
 原理不明の機械ゆえに、ツィレルはそう提案する。
「うにょ〜せっかく地球のおいしいものバグアにお届けしようと思ったのににゃ〜」
 ぼやきながら、楓が両手に仕込んだ超機械を装置へ向けた。
「燃えろ!燃えろ〜!!もっと萌えろ〜!!」
 気合を込めるも、耐熱素材なのだろう。ひしゃげた外装は変化を見せない。
「‥‥これ、使いなよ」
 まひるが、チェンソーを組み込んだ『最悪な死神』を示す。すぐに響きだしたガリガリと言う音を耳に、まひるは苦く笑った。
「初めてらしい使い方じゃないか、はは‥‥」
 ギリ、と奥歯を噛み締める。

「あの本星落とすまで死ねねえな、柏木よ」
「ワシらの命なんぞ安いもんじゃが、高く売ってやらんといかんけぇのう」
 夜空を仰ぎながら喋っていた2人の肩に、慈海の手が置かれた。
「命に安いとかマトモとかないからね。今度そんなこと言ったら尻に巨大注射器ブチ込むよ★」
 本気か冗談か定かではない笑顔を見せて、2人の後ろにしゃがむ。

「料理はね、火加減が大事なんだよ? でももっと大事なのは愛かにゃ」
 楓が、まひるが背負ってきた少女の頬を撫でながら言った。答えは、勿論無いけれど。
「関係ない娘まで巻き込みやがって、人間の真似は格好だけかよ」
 横で、レイジが吐き捨てた。
「ほぼ即死、身体は一般人か。バグアではなく協力者か‥‥」
 淡々と言ったツィレルが、首を傾げる。右半身と左半身の損傷に、差がありすぎた。まるで、誰かに庇われたように。
「何よりも大事な任務、ですか。もう少し、話をして見たかった気もします」
 敵の言葉を思い返して、レールズは陰のある笑みを浮かべる。
「並べて、置いてやってくれないか」
 まひるの言葉で、異形の死体は少女の横に移された。
「UPCは、適当に処理するんだろうね」
「‥‥今度の事については、ちょっと言ってやる」
 慈海とまひるが会話を交わす間にも、バグアの体はパラパラと砕けていく。やがて、その死体が消えても、能力者達は忘れないだろう。ここで戦った敵の事を。