タイトル:【MN】徳島夏のまんが祭マスター:紀藤トキ
シナリオ形態: イベント |
難易度: 普通 |
参加人数: 31 人 |
サポート人数: 0 人 |
リプレイ完成日時: 2009/09/16 22:49 |
●オープニング本文
※ このオープニングは架空の物になります。このシナリオはCtSの世界観に影響を与えません
地球は狙われている。バグアにだけではない。蒼く美しいこの揺り篭に育まれた我々人類には、考え及べぬほど多くの侵略者がこの宇宙にはいるのだ。
「‥‥いらっしゃいま‥‥」
言いかけた加奈の笑顔が、固まる。喫茶『ドラゴン』のドアを開けた女を、彼女は知っていた。白いワンピースに手袋、日傘。夏の届け物のような美女の偽名は、森里美。真の名を麗将モリンという。侵略者バグアの一派で、主に徳島を狙う地方ローカル集団『ボルゲ一味』の幹部だった。ちなみに、露出の激しい鎧にロングブーツという姿が、悪の組織幹部としての正装である。
「やぁ、森さん。いらっしゃい。ご注文は?」
彼女の正体を知らないドラゴンのマスター、八木がにこやかに言った。
「ルブラエンジェルズを出しなさい」
「‥‥は?」
固まった八木をカウンターの後ろに引っ張り込み、色々と説明する加奈。その間、モリンは指で机を叩きながら、イライラしていた。
「と、とりあえず。私が話を聞いてみます」
覚醒した加奈は、ちょっと幼い外見になる。その姿でなければ、モリンには加奈が宿敵の1人だと判らないらしい。
「‥‥うん、頼んだよ。私は他の皆に連絡を取ろう」
しょんぼりと古い黒電話のダイヤルを回し始める八木。加奈は、覚醒して制服のチア服に着替えてきた。
「待っていたわよ、ルブラエンジェルズ」
横に立った加奈に、モリンは前の椅子を指す。
「ここで戦うつもりなど無いわ。コーヒーも美味しいし」
「ありが‥‥、いえ、何しに来たんですか」
加奈は思わず礼を言いかけて首を振った。
「今回は、警告に来たのよ。貴方達の知らない、新たな侵略者についてね」
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徳島沖の海底に潜むエイ型の要塞は、無残な姿に変わっている。引き裂かれた艦体は水圧にひしゃげ、幾つもの作戦が立案された指揮室も、魚の寝床と化していた。
『おのれ‥‥、次元帝国め。この星は我らバグアが先鞭をつけたというに』
力なく点滅する壁のレリーフを、魚が突付く。
『ま、待て。我は首領ボルゲ。偉大なる‥‥うお、突付くでない!』
ボルゲが光るたびに、興味を惹かれた魚が増えていった。
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「次元帝国?」
「それが敵の名前よ。不意を打たれて、海底要塞は破壊されたわ。私は逃げてくるのが精一杯だった」
包み隠さずそう言って、モリンはコーヒーに口をつける。嘘をついている様子は無い。しかし、加奈は疑念を拭えなかった。
「何故、それを私たちに教えてくれるんですか?」
店に他の客はいないのだが、何となく声を潜める。モリンから返った言葉は、意外なものだった。
「‥‥私も、ボルゲ様も地球が好きなのよ」
単に侵略したいだけならば、コスプレして暴れたりせずとも隕石を落とすと脅せば一発だ。しかし、意外なことにバグアの一部は地球の文化や知識に価値を見出しているのだという。
「主にアニメとか、特撮とかね」
ぶっちゃけた本音は、聞かなければ良かったかもしれなかった。
「でも、次元帝国は違う。異文化に示すべき敬意が、奴らには無いわ。奴らに侵略された星は、まず文化を破壊される」
原住民の知性を収奪するバグアからすれば、信じられぬ暴威。しかし、次元帝国の住人は、自らの文化を唯一絶対の物として被征服者に押し付けていくのだと、モリンは忌々しげに言う。
「‥‥た、大変だよ。加奈君」
電話口から、八木が声をあげた。窓の外を、と言う彼に従って空を仰ぐ。不意に視界が暗くなった。
「次元城シーディブ。海中から出てきたのね」
モリンが囁く。直径数キロに及ぶその構造物は、次元転移装置を内蔵した動く都市だった。低空を動いていた城が、山頂辺りに接地するのが見える。と、同時に城の側面が開くのが見えた。
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一方、次元城シーディブ内では。
「そんな事はどうでもいい。この星は戦争が出来るのか。泥沼の、果てのない戦争が」
危ない目付きで笑う壁際の女が、次元帝国戦闘幹部『アニー・ザ・アイジャック』。小柄な身体を包むのは、色んな汚れがついた大きすぎる迷彩服と、床を打ち鳴らす音も激しい長靴。腰には弾帯が何重にも巻かれ、背中にはマシンガンとランチャーを背負っていた。しかし、普段は植物(主にお米)を愛する家庭的な女でもある。
「もう、また迷子になったの、キトーさんのせいだからね!」
「ちょっ。迷子は俺じゃなく女王の特性だろう」
黙れリアジュー、とか理不尽な事を言いつつ蹴りを入れてくるのが、女性幹部『マスターシャムシール・ウーロン』またの名を『薔薇のウーロン』。2つ名が何故薔薇なのかは、仲間すら口を濁す。名前どおり腰にシャムシールを下げた彼女は、剣術の達人でもあるらしい。
襟元までしっかり止まる白のシャツと軍服風のズボンをサスペンダーで吊り、その上から、ビロードの紅いマントを羽織っている。片結いの髪につけた薔薇の髪留めは、気に入った相手の血で花びらの1枚づつを赤く染めたものだ。
「そんな事より、女王はどこだ」
そのウーロンに蹴られて隅っこでぶつぶつ言っているのが『キトー教授』。次元城シーディブがこの地球に現れた折に、いつの間にか幹部に加わった新参者だ。くたびれた白衣の内側はうかがい知れない。うだつの上がらぬ理科の先生、といった雰囲気の彼の唯一のアクセントが、脇に抱えたパソコンっぽい端末だった。
「そろそろ先の事を決めようよ。飽きたー」
「同感だ。銃声がしないと落ち着かん」
好き勝手を言う女性陣に溜息をついたキトーが女王を探す事しばし。
「じゃじゃんっ。ミズキン、早速現地のお店で褌を買ってきたのだ」
こっそり街へ降りていたらしい『女王ミズキン』が、騒々しく現れた。れっきとした女の子なのだが、何故かかぼちゃパンツの白タイツに黒の編み上げブーツ。フリルのシャツを身に纏っている。長い髪を、ショートに見せようと結い上げた下で、好奇心に満ちた瞳がキョロキョロと動いていた。そして、黒のゴッツイ手持ちカバンの中には赤い褌。自分が履くわけではないらしいから、タダの嫌がらせだ。多分。
「わかりました。次の兵士に使わせていただきましょう」
恭しく受け取るキトー教授。恭しいけれど、そのまま捨てる気満々だった。
「受け取ったね。履けよ? 履きなさいよ? 判ってる? 女王命令よ」
クエスチョンマーク1つごとに、目潰しとか蹴りとかが飛んでくるが、これが女王流のスキンシップだ。親衛隊は、この突っ込みに負けぬ耐久力と不屈の精神を持っていないと続かないらしい。
「行ってきていいか? いいな?」
返事は聞いてない、とばかりに言うアニーへも、女王が褌を投げる。
「じゃあ、これ配ってきてねっ」
恐るべき次元帝国。彼らに侵略された世界は服飾文化を否定され、褌以外を衣装として認めない恐怖の世界になると言う。徳島史上最大の危機が、今迫りつつあった。
●リプレイ本文
●
徳島に、サイレンが鳴り響く。奥から出てきたソラが、慌ててカウンターの端に立った。
「遅れました。ごめんなさい」
「更衣室が2つあればいいのにね」
先に着替えていたクラウが言う。年頃の男女が一度に着替えるわけには行かないのである。男の娘のソラにチア服がどんなに似合っていても、だ。
「モリンが教えてくれた新たな敵は、市内に既に潜入しているようだ」
八木に名を告げられたモリンは、窓際の席からひらひらと手を振る。と、正面に座っていたハンナがその手を両手で握り締めた。
「モリンさん。話を聞くときは、私の顔を見てください」
「は、はい」
背筋を伸ばしたモリンに、ハンナはにっこり微笑む。そうは見えないのだが、ボルゲと同格の大幹部らしいハンナの事が、モリンは苦手だった。
「連絡途絶は、俺オレ詐欺にあったのではなく攻撃を受けたのですね。それで、これからここの愛らしい皆様と共に戦いに赴く、と」
そういうことならば、とハンナがスーツケースを取り出す。
「これが以前の正装のレプリカ品。こちらは80年代の武闘派女学生で‥‥」
「へぇ、これは最近流行の“もりん☆すた”じゃない。なかなか、いい出来ね」
横から覗き込んだ百合歌が、一着を手に取った。
「急ぎでしたので、これしかもって来れなくって‥‥」
そう言ってから、ハンナはカウンター辺りで興味津々な様子の一同にも一礼。
「初めまして。リリア女学院長のハンナです。貴女達が噂に名高いルブラエンジェルズね。噂以上の美少女戦隊だわ」
リリア女学院というのは、バグアの幹部養成校という建前の組織である。幹部が自分の趣味丸出しで作った辺りは、ボルゲ一派と大差ない。
「モリンさんも皆様も、学院に是非一度いらしてね。皆様ならきっと‥‥」
「あー、はいはい」
あくまで優雅に微笑むマイペースな彼女に抗弁するのを、モリンは諦めていた。
「加奈様、この戦いが終わったら、是非いきましょう! そして姉妹の契りを結んであんなことやそんな‥‥加奈様、どうかされました?」
いつも通り妄想に突入しかけた夢理だが、パンフの表紙に見入ったまま動かない加奈の様子に、首を傾げる。
「な、何でもない」
だが、その視線は、表紙の中央に描かれた百合の校紋に向けられたままだった。そんな少女達を奥の席から蒼志が眺めている。
「加奈君、鋼様にコーヒーをお出しして」
コーヒーを運んできた加奈に礼をいう青年の正体は、次元帝国の潜入工作兵『シャドウ・ブルー』。しかし、潜入調査の名の元に『ドラゴン』に入り浸っていた彼は、初めて味わう平穏にすっかり腑抜けていた。
(俺はここの人達を苦しめていいのか?)
苦悩する蒼志。その間にもメンバーが、またやってくる。
「話は聞かせてもらったわ。今回は貴女と味方なのね。宜しく、頼むわ」
ドアに肩肘を突きつつ、ファルルは鋭い視線をモリンに向けた。
「夏休みが終わっても、当然良い子の皆はルブラエンジェルスを応援してくれるよね!」
「お姉さん、誰?」
外から、アンジェの声に合わせて、疑問符が返る。集団下校中の子供たちと一緒になったのだが、まだまだ認知されていないらしい。
「べ、別に、応援して欲しいわけじゃないからね!」
慌てたように店内に駆け込んできたアンジェは、いつものガスマスクを未着用だった。更衣室へ向かいつつ、呟く。
「今度は制服で子供達に挨拶しないとね」
実際、ルブラエンジェルズより、怪奇桃色ガスマスクの方が有名だった。
●
「うぁぁぁ、来るな! 来るな!」
銃を撃ちまくっていた河馬が爆発に呑まれる。
「うわーだめだー」
黒タイツの灯吾が、背を向けた所で吹き飛んだ。河馬は徳島の治安を守るUPC隊員。灯吾は徳島を脅かすボルゲの戦闘員だったのが、共闘していたようだ。
「馬鹿め。戦場で芽生える友情、愛、全て死亡への片道切符だ」
ランチャー片手にそう言い放ったアニーの隣に、副官の神撫が立つ。
「市街戦ですか。血が騒ぎますね。ところで、愛も駄目ですか」
「駄目だ」
上官の言葉が、胸に痛い。
「やれやれ、我々の出番が無くなるじゃないか」
傭兵隊シャスール隊長代理のクラークに、黒い装甲服が続く。
「司令は自ら宣戦を布告されただけですよ。クラークさんには、これから働いてもらいます」
そう言ってから、神撫は街へと目を向けた。
「さてどのように進めますか? アニー司令」
「敵を撃ち、前進だ。逆でも構わない」
「アイ、コマンダー」
小柄な女性に恭しく一礼して、クラーク達が突撃を開始する。河馬の悲鳴と灯吾の断末魔が再び徳島を彩った。
「何事です、これは」
逃げ行く市民の中、真彼が踏み止まる。機械刀を手に切りかかり、1人、2人。3人目を倒した所で、クラークが立ちはだかった。
「どれ、試してやろう」
重い一撃で、機械刀が弾き飛ばされる。伸ばした右手が折れた道路標識に届いた。
「そんなもので戦うのか?」
無いよりマシ、と標識を構える真彼を、クラークが嘲笑う。瞬間、真彼の右肩が爆ぜた。
「あ‥‥れ?」
銃声は遅れて聞こえてくる。どこから、という問いには目の前のクラークが答えた。
「コマンダーには困ったものだ」
振り仰いだ先、小さく見えるアニーが小銃を構えている。
●
ルブラの面々は、激しい戦場を避けて眉山へ。
「どなたの物か判りませんが、この地図、便利ですね」
「赤い長髪のお客さんでしたけど‥‥」
アルが店に置いていった地図を手に、夢理と加奈が先導する。曲がり角を曲がった所で、その光景が目に入った。
「大変!」
駆け出すアンジェとファルル。百合歌が装甲服を張り倒す。仲間達も後を追う中、ソラは一瞬だけ立ち尽くした。
「な、なんで国谷さんが徳島に‥‥っ」
彼の今の衣装は、チア服。ルブラの制服らしいが、要するに女装だ。憧れの青年にその姿を晒すことに躊躇した、一瞬。
「風があったか。運が悪かったな」
言い捨てて、アニーはもう1度引き金を引いた。倒れる真彼。
「っ!」
ソラの足が竦む間に、クラウが真彼の横にしゃがみ込む。装甲服が銃を向けた。
「くっ、数が‥‥」
ファルルがナイフを飛ばすが、倒しきれない。不意に、戦場に笛の音が響いた。
「何者だ」
クラークが、横笛を吹く絣の姿を捉える。
「新手か!」
ざ、と向き直る装甲服へ目をやって、少女は立ち去った。
(何しに来たんだ!?)
突っ込んだ瞬間、敵集団が一気に吹っ飛んだ。
「カオスの空気に誘われ現れる。我らカオス戦隊トラリオン!ここに参上☆」
ポーズを決める子虎に、別の一隊が向き直る。が、子虎は余裕綽々だった。なぜなら、トラリオンは1人ではない。
「女王ミズキンはボクが止めるっ。トラデバイス、セット!」
白虎が端末にカード2枚を滑らせる。
『セット・バイパー&ミカガミ』
無機質な声が告げると、白虎の手から輝く剣が伸びた。高速で迫る彼に、敵が銃を構える。
『セット・ディスタン』
腕に強固な装甲を出現させた子虎が、敵を切り伏せる白虎のカバーに入った。
「貴方達は、味方ね?」
劇場版だしね、などと納得するアンジェ。
「早く病院に連れてかないと」
クラウの言葉に、ソラは遠方の狙撃者を睨む。
「よくも真彼さんをっ! ‥‥許さない!!」
「ソラ、君?」
見上げたクラウが不安そうに名を呼んだ。
●
「何を、言ってるんですか」
「つれないな、百合卿。かつての部下を忘れたか?」
クラークが進み、加奈が下がる。壁に背が当たった時に、夢理が割って入った。
「加奈様!」
「ほう、この少女が今回の相手か、マスター・カナ」
再び自分の名を呼んだクラークに、加奈は溜息を1つ。
「私の敵に回るつもりですか。クラーク」
「さぁ、そうかもなぁ。ククッ」
純白のミカエルを装着した加奈の槍が、足払いをかける。避けた先に、予測していたように穂先が跳ね上がった。
「ククッ、刺激的じゃないか」
銃口を白い疾風へ向けながら、クラークは満足げに笑う。間に合う、はずがなかった。
「ッ!」
加奈の動きが止まる。クラークの銃弾がミカエルの胸部に火花を上げた。身じろぎもせず、加奈は肩越しに背後を見る。
「蒼志さん?」
羽交い絞めしていたのは、蒼志。常人では、今の加奈の動きについていけるはずも無い。
「俺は、次元帝国の一員シャドウブルー。俺がシャドウブルーである限り、俺はこうしなくてはならない‥‥!」
「卑怯なっ」
夢理の短剣を、蒼志は回避せずにその背で受けた。地に崩れる青年を、一対の装甲服が見下ろす。
「今のは俺の負けだった。つまらんケチがついたな」
ざ、とクラークが踵を返すと共に、彼の部下達も戦線を放棄していく。
「加奈様、百合卿とは、一体?」
夢理に問われ、加奈はミカエルを除装した。
「夢理ちゃん。私は、世界を力で百合色に染め上げようとした帝国の騎士だったのよ」
でも、と地に伏した蒼志を見る。
「もう、この力は使いたくは無かった」
「さすが加奈様です。私、間違っていました!」
ぐ、と加奈の手を握る夢理。その瞳はキラキラと輝いていた。夢理は、百合を世界に広めるのは力じゃなく、愛だと力説する。瀕死の青年は、放置されていた。
●
「司令を狙う敵がいる? クラークさん。クラーク! ‥‥ちぃ、これだから傭兵は」
神撫が本隊を前に出そうとした所で、声が振ってくる。
「待てい!」
マンションの屋上に、バイクに跨ったシルエット、フーノがいた。
「何者です!」
「闇に蠢く魔物の群よ、正義の光に散るが良い! 猛獣戦士タチバナン、参ッ上ッ!」
一言ごとにポーズを変え、最後に名乗りを上げてから、彼はバイクごと飛び降りた。
「敵前降下だと? ただの馬鹿か」
神撫の命令で本陣の兵が銃を構えた瞬間、フーノが叫ぶ。
「チェェエンジ! モーケン・バトルモード!」
眩い光が彼を包み、装甲服が彼の身体を覆っていく。その間に放たれた攻撃は通用しないのは言うまでも無い。
戦線の変化を、アニーは感じ取っていた。
「また新手か。面倒だな」
意外と現地戦力が豊富だった様だ。現地戦力も一枚岩ではないが。
「あら、ごめんなさい。やっぱり慣れてない人の援護をするのは難しいわね」
飛んできたナイフを叩き落したモリンに、ファルルがしれっと言う。
「ファルルさん、今回は一応味方なんだし‥‥」
たしなめようとしたアンジェだったが。
「ったく、胸に行って無い栄養なんだから、頭に少しは回しなさい」
「そう。敵の敵は味方とは言うけれど‥‥、よく判ったよ」
モリンの悪態を耳にして、嫌な笑みを浮かべる側に。
指揮官不在の方面は、百合歌に手玉に取られていた。神撫がフーノに忙殺されている間に、本陣にまで敵が迫っている。
「皆さんは先に行ってください。俺は、ここを片付けます」
「ここは戦場だぞ。女子供が何故いる」
怒りに燃えるソラに、あんたが言うな的台詞を返すアニー。
「何を馬鹿な事言ってるの! 皆で行かなきゃ」
アンジェの言葉にソラは背を向け、その背へ、クラウが駆け寄った。
「‥‥わかった、先でまってるから。気をつけて」
ぐ、と背中から手を回して囁く。手を離す瞬間、ソラが小さく頷いた。
●
ロープウェーを降りると、そこは薔薇の花園だった。
「ぐわぁぁあ!」
河馬はとりあえずやられている。
「こいつ、手ごわい」
「ディアブロのカードが通用しないなんて」
子虎と白虎の2人を前に、黒の軍装に身を包んだアスは余裕の表情だ。
「手に入れようかと思ったが、幼女趣味とは残念だ」
「ボクまで一緒!?」
「ミ、ミズキンは幼女じゃないにゃー!」
反論の大声に、駅舎からクラウが視線を送る。
「はわ、お兄ちゃん‥‥」
「ク、クラウ!?」
視線があってしまったアスが弁解するより早く、カーラがクラウの前に降って湧いた。
「邪魔はしないで貰えるかな?」
身構えたクラウに、小冊子を見せる。その表紙は、黒髪の少年と金の長髪の青年が共に半脱ぎで映っていた。
「ほら、あなたもこんな感じの、好きでしょ? ってか、私はもっともっと見たいんよね」
その邪魔をするならば、とまで言った所に夢理のクナイが飛ぶ。
「催眠攻撃よ、注意なさい!」
モリンの声に、クラウは慌てて目を背けた。
「私達の望む世界に、薔薇は不要です。消えて下さい!」
目の色が違う夢理が、下がるカーラを押し込む。
「困ったやね。私の眼力は、男色に走らせる為にしか使えないし‥‥」
「女に手を上げる趣味は無い。ってかルブラエンジェルズって女ばっかじゃねぇか」
冷静に考えれば、役に立たない連中だった。
「ここはアタシの出番のようね‥‥」
戦場の端から、声が響く。ウーロンとキトー、の間辺りから。丸っこいそれに、ウーロンが手を伸ばして噛り付いた。
「美味しい」
「食うな!」
丸っこい桃の実風味の怪人、悠季が口を尖らせる。
「あれは警戒しなくても平気よ」
モリンがそんな注釈を入れた所へ、重量級の整地用具が突っ込んだ。寸前で飛びのいたモリンの代わりに、手下の灯吾が数人巻き込まれる。
「ファルルさん、少し外れたよ!」
「あら、ごめんなさい。わざとじゃないのよ? 別に恨みとかもないし‥‥」
抗議しようとしたモリンの頭に、何故か大根がぶつかった。そして、笛の音が響く。
「何者!?」
キッと睨んだモリンの視線に満足したように、笛の吹き手は再び去っていった。そして、大根の投げ手も逃げ出している。
「‥‥死にたいようね」
投擲者を追う彼女の先で、赤い長髪がひらひらと舞った。
「苦戦しているようだが、援護はいるかね?」
言ったキトーを、ウーロンがギンっと睨む。
「黙れリアジュー!」
何故か、最前線のアスも一緒になって叫んでいた。
「エンジェルズなのに、天使がいないとは‥‥何事ですかっ」
その合間に、天使にも悪魔にも見えるファイナが現われる。
「ここは任せて先にどうぞ、今の僕は光と闇が両方そなわり最強に見える!」
「これはこれは‥‥上物だ。楽しませて貰おう。黒装の俺が何故『紅のアス』と呼ばれるか、その身体に教えてやる」
新手の戦士に、アスが舌なめずりした。指を鳴らすとでっかいベッドが出現し、どこからか赤いライトアップが施される。
「何でここでベッドが出てくるの? わかんないよ」
「うんうん、そうだね」
高い声をあげるウーロンに、棒読みでキトーが答えた。と、その正面にクラウが立つ。
「あの人の相手は、私がっ。だから、皆は先に行って下さい」
「‥‥くっ。判った、任せたからね」
ローラーを引いたままのアンジェが唇を噛む。ファルルの視線は、先へ向かったモリンの背に向いていた。
「この場所で戦うに相応しいのは、きっと私じゃない。任せたっ!」
百合歌も頷く。30台で人妻は、お呼びではないらしい。
●
一方、城の中。大きすぎる玉座に座った女王ミズキンは、すっかり退屈していた。
「何で誰も褌じゃないわけ?」
モニターに向かってサンダルを飛ばす。
「ボクに褌は似合わな‥‥」
「あんたはいらないから!」
親衛隊、歩は目潰しに沈んだ。ちょっと嬉しそうなのは親衛隊なら当然だ。
「女王、足が汚れます」
左側から進み出た勇輝がサンダルを拾い上げ、女王の前に跪いて履かせる。
「誰が足に触っていいっていったのよ、このスケベ!」
飛んできた蹴りをひょいっと回避する勇輝。
「どいつもこいつも、つまんない」
むーっと膨れるミズキン。
「では、僕が女王陛下の無聊を慰める人材を‥‥」
「さっさと行きなさいよ、このグズ」
エンタに向かって、またサンダルが飛んだ。
「陛下ってば、人使い荒いのです‥‥」
泣きながら通路を行くエンタの前に、教授こと秋月が姿を見せる。
「待ちたまえ。いい話がある。君にとっても、私にとってもだ」
謎の小瓶を手にした教授の眼鏡が、ギラリと輝いた。
●
「女王様の命でもあるし、そのグラサン外して、とっとと男色に走ってくんない?」
眼光を光らせるカーラ。美形じゃないけどキトーも薔薇にしちゃえ、と女王が命じたらしい。
「断る」
「醜いから見たくない」
嫌そうな顔の当人と一緒に、クラウをあしらう傍ら桃をしゃくるウーロンが言った。
「ふーん、それじゃあ」
味方の筈のキトーに大鎌を向けるカーラ。しかし。
「旦那様、ご無事ですか」
キトーの隣にメイド服で控えていたAnbarが、カーラの喉元を抉っていた。
「く、あんた裏切‥‥」
倒れたカーラを見下ろしつつ、懐剣についた血を拭うAnbar。
「今、旦那様に倒れられると困るんですよね。俺としては」
最後の小声は、誰にも聞こえる事は無く。
事切れたカーラの横に、『使用済み』と札のついたファイナが放り投げられた。
「ふ‥‥、なかなか良かったぜ」
ベッド脇に腰掛け、煙草を吹かしながら言うアス。彼の魅了光線は絶好調のようだ。
「はっ!? この気持ちは」
行間でカーラの毒牙に掛かっていた灯吾が、キラキラした目で彼を見る。
「え?」
気がつけば、アスは美形って程じゃない普通の男の群れに迫られていた。太ももを高く上げて必死で走る。走る。
「や、なんで追っかけられてんだ俺!」
「って、そりゃあ‥‥貴方が魅力的だからー!」
誰にとも無く呟いたアスに、突っ込みを入れようとした別の灯吾の目がハート型に変わった。
「そこ、増えんな!」
地平線の彼方へ向かって走るアスの背を、クラウが寂しげに見送る。多分、もう戻って来れないだろう。いろんな意味で。
「お兄ちゃん‥‥どうして」
「あー、あたしに頭上がらないんだ、あの人」
くすくす笑うウーロン。彼の大事な黒髪の少年は、彼女の手の内なのだ。
「でもなー。もう少し踏み込んでこないと、あげられないなぁ。どうしよっかなー」
歪んだ愉悦に囚われた女は、楽しげに言う。
「これはどうしたものかねぇ?」
後に残されたファイナ@使用済みを見下ろして、キトーが首を傾げた。Anbarが紅茶を差し出しながら思いついたように言う。
「持ち帰って、秋月教授に引き渡したらいかがでしょう?」
「ふむ。そうするか。運んでくれたまえ」
気の無い返事を返したキトーに見えない所で、Anbarがニヤッと笑った。
●
一方、市内。愛槍イグニートを手に、神撫と一騎打ちを繰り広げていたタチバナン。しかし、不意に襲ってきた銃弾が、頭部装甲を砕いた。
「っ!」
槍で地を突くようにして飛びのいた直後に、神撫が横薙ぎに剣を振るう。
「負けじゃねぇからな! わざわざ俺が手を出すまでもねぇってだけだ」
装甲を砕かれたタチバナンは指を突きつけてそう宣言し、奥へと駆けていった。
「司令、お手を煩わせました」
剣を収めた神撫も、後を追う事はしない。彼の上司が止めの二射目を放たなかったという事は、余裕が無いということなのだ。
「あんたらは俺の大事な人を傷つけた。その罪、死を以って償え!」
小銃の距離ではない。腰から引き抜いた拳銃から、薬莢が地に毀れる。剣を盾に致命傷だけは回避しつつ、ソラは一直線にアニーへ。
「狂戦士、か。楽しいな」
鋭く、時に緩く。アニーのナイフは掴み所無く、ソラの血を吸う。しかし、防御を考えぬ少年の剣もまた、アニーへ届いていた。
「‥‥神撫か。邪魔するな」
「司令、ここまでです。部隊は崩壊しました」
背後の男が刀を薙ぐ、より早くソラは身を沈めた。その隙に、アニーを抱えて神撫は駆け出す。
「どういうつもりだ」
無言で市中の橋まで駆けてから、神撫は足を止める。フーノに槍で衝かれた傷が、開いていた。
「司令は先に撤退を。殿は私が勤めます」
背中から鼻を鳴らす音がして、気配が消えた。
「‥‥何やってるんだろうな、俺」
ソラは、彼らを追ってはいなかった。
「国谷さん!? そんな身体でどうして」
「柚井君が、気にしていた事を伝えに‥‥、ね。大丈夫だ、柚井君。どんな姿であっても、君は君だよ。友人として尊敬している」
目を閉じる真彼。
「俺は‥‥馬鹿、だ」
真彼を背負って、安全な場所へ。歩きながら少年は目元を一度だけ拭った。
●
城内、研究室に帰ったキトーは女王から命令を受けていた。
『敵が来てるわよ。さっさと迎撃しなさいよ。グズ』
「覚羅は何をしてるんだ」
門番の覚羅 では対処しきれないと判断したのだろうか。
「行ってらっしゃいませ、旦那様」
キトーを恭しく送ったAnbarがニヤリと笑う。彼の正体は、快盗ラジカルアンバー。研究室の中に入る機会を狙って、キトーに仕えるメイドの振りをしていたのだ。
「変装とは言え、女装するのはなんか男としてのプライドがずたずたに切り裂かれていく気がするな」
ばっとメイド服を脱ぎ捨てた下は、レオタード。それも女装にしか見えない。
「ふむ、計画どおりかね。結構」
彼の手引きで、研究室に足を踏み入れた教授が笑う。その後ろにいた見慣れぬ美女を、Anbarが不審そうに見た。
「そっちの人は、誰?」
「ぼ‥‥じゃない、私は陛下の僕、エミカと申します」
教授の秘薬で女体化したエンタだった。彼女はファイナに微笑を向ける。
「僕を、どう‥‥」
「陛下へご紹介するに相応しいサンプルですね。でも、貴方はまず女性化薬の被験者になってもらいます」
とか言いながら、小瓶の中身を口に含む。ファイナに唇を合わせ、有無を言わさず液体を流し込んだ。
「え、ええ!?」
身悶えするファイナ。が、見た目は全く変わらない。そんなファイナを解き放ち、エミカはその腕を取る。
「うふふ。次はこの豊胸薬ですよ、お姉様」
「お、お姉様!?」
ちくりと腕に痛みを感じた。
「失敗、か?」
眉を顰める教授。ファイナは恐ろしい位に見た目の変化無しだ。
「わ、何を!? いい加減にしてください!」
一応、科学者としては効果があった事を確かめねばならない。
「安心したまえ、貧乳には全く興味が無い」
「では、私が確かめます。ふふ、お姉様可愛い‥‥」
大変な事になっている辺りから慎重に距離を置いて、Anbarはキトーの研究データを漁っていた。
「ま、また褌かよ」
捨てるわけにも行かずに仕舞いこんでるだけなのだが、キトーの研究室は実に褌まみれだった。
「さて、実験結果は確認できた。次は実戦データを採取せねば、な」
ゆらりと立ち上がる教授の背後で、胸元を押さえたまましくしくと泣くファイナ。その肩を優しく抱きながら、エミカが妖しく笑う。
「では、私も。お姉様を陛下に紹介してきてから、この薬で混乱を撒いてきましょう」
●
次元城、内部。
「いらっしゃいませー♪」
先発して負けたらしい灯吾の群れが、明るく声をあげた。黒の全身タイツがいつの間にかピンクに変わっている。
「だって、女の子だもん」
そしてタイツの上から、何故か褌。
「負けると褌姿にされてしまうとは、恐ろしい敵ですね」
夢理の囁きに合わせる様に、城門の中から白衣のおっさん3人が姿を現した。
「この星の文化は、遅れてると思うんだよね」
最年長、慈海はいきなりそう切り出す。
「褌マニアよりましよ」
疲れた口調で言うモリン。部下は全滅したが、彼女はまだ戦えるようだ。
「よし、俺はおにゃのこの相手をする。キトーは野郎担当ね」
「男はいないし、その分担で構わんぞ」
キトーはやる気のかけらも見せない。もっとも、褌と女の子の組み合わせの良さを語ることに全てを賭けている慈海も、戦力という意味では似たようなものだ。
「さて、私は様子を見させてもら‥‥」
「そうも行かないわね」
秋月へ、モリンの鞭が飛ぶ。慈海へは夢理と加奈、やる気が水面下っぽいキトーへは百合歌が対峙した。
「キトー教授? 何かしら、この中途半端なコスプレ臭を感じるのは」
じろじろと教授を眺める百合歌。初心者から玄人まで使いこなせる白衣と言うアイテムを、ここまで残念に着てしまう相手に、思い当たる節は――。
「あ」
ごそごそ、と百合歌は鞄の中を漁りだす。何故か手持ちにあった墨汁を、思いっきりぶちまけた。
「な、何をする!?」
黒に染まった白衣は、まるで黒コートの如く。
「ああ!? アンタ何してるのよ、キドン!」
モリンが有無を言わせぬ勢いで突っ込んだ。百合歌はにんまり笑ってから、キトー改めキドンに指を突きつける。
「ははぁん、成る程『潜入』してたのね? 何たって『智将』ですものね、『智将』」
「あ、いや、その‥‥」
目線を逸らしても、凄い速さで回り込む百合歌。
「いいじゃないか、認めてしまえ。お前は裏切り者だ。もう一度位裏切っても構うまい?」
尻馬に乗ってみる奴までいた。
「ふ、ふははは。いかにも。見破られては仕方が‥‥」
ヤケクソっぽく高笑いを始めたキドンに、またも液体が掛けられる。
「こ、これは」
「まさか、自分は裏切られないとでも思ったのかね? キトー。これで私がただ1人の教授だ」
なぜなら、お前はもう女教授だから、とか言う秋月、もとい教授。
「な、なんですって?」
悲鳴を上げるキド子の上に、何か鉄槌っぽいのが降ってきた。
『チッ、外したか!』
『ファルルさん、どっちにも当たってないよ』
拡声器越しに、ファルルとアンジェの声が聞こえる。
「な、何よこれ?」
『試作工兵用ロードローラー型KV「F−71AA」、ムーンラビットよ』
71もないだろとか、Aが一個足りないんじゃね? 等と言う思考の中、直撃を受けたキド子はその目を閉じた。
●
「やっぱダメだね、あれは。ロマンを感じるのは女の子の褌だけ! という訳で褌をごぉ!?」
加奈に迫った慈海に、夢理の体当たり気味な肘がヒットした。
「お似合いかもしれませんが、着て頂くならお手伝いは私がします」
「先へ行きましょう、夢理ちゃん」
鎧袖一触な勢いで破れた慈海が、打撃点を押えつつ前のめりに崩れた。
「お、俺が女の子になったら、そこに浪漫は‥‥っ」
残念だが、中年はおばはんにしかなれない。が、先に行きかけた加奈の腕を、教授が捕える。
「徳島の在るべき姿。それが巨乳補完計画! 見るがいい!」
注射器を刺すと、胸元のボタンが飛んだ。
「っ!? ミカエル!」
装甲服を呼び出し、加奈はかろうじてポロリを防ぐ。夢理の目測で、10cmは増えていた。
「い、一体加奈様に何を!」
「無限に在る並行世界から、巨乳の可能性を引き当て具現化したのだよ」
教授は眼鏡を輝かせる。
「ククク、君も欲しいかね」
「あ、あぁ‥‥」
ふら、と一歩進み掛ける夢理。
「だ、駄目よ。夢理ちゃん。目を覚まして!」
加奈が強い口調で呼び止めた。
「‥‥そ、そうです。私が小さいのは加奈様を引き立てる為! 大事な事を忘れてしまう所でした」
キッ、と教授を睨む夢理。忘れてしまえ、そんなもの。
「2人とも、行きなさい。ここは私が何とかするわ」
モリンがそう告げた。
「‥‥豊胸薬は、さほど意味のない相手のようだな」
更に言えば、女体化薬も役に立たない。が、彼の相手はモリンだけではなかった。
『今度は決めるわよ、アンジェ』
教授はKVの正面に白衣を翻し立つ。
「私と手を組むならこの薬をやろう!」
『そんな計画‥‥っ』
ファルルが言いかけた瞬間、KVが蛇行を始めた。
『脳波パターンが乱れ‥‥、いけない、アンジェ!』
蛇行しつつも秋月を轢くKV。
『私を動揺させないで!』
叫んだアンジェの脇で、コクピットグラスが砕ける。轢かれた筈の、秋月。
「立体映像だ。単純な手に掛かるものだな、宿敵」
前席からファルルが振り向いた。
『アンジェ!』
「遅かったな。もう御覧の‥‥あれ?」
アンジェの服が弾け飛ぶ光景は、無い。
「あらゆる並行世界のどこにもその可能性が無い、だと。そんな確率は那由他の外に‥‥」
教授に、アンジェのイイ笑顔が向けられた。
「さよなら、宿敵」
『脳波パターン一致。コンバインOK』
合成音声と共に、KVの腕が上がる。
「これが、滅びか?」
土煙と共に、大地が揺れた。そのまま、モリン目掛けて移動を始めるKV。
「ちょ、本気!?」
色々と裏切られた2人は、完全に暴走している。思わず眼を閉じた瞬間、KVが止まった。
「大丈夫かい?」
聞き覚えのある声だ。逆光の中、少年は叫ぶ。
「来い烈火、武装変だ!」
真紅の装甲に身を包んだリョウに、モリンは苦笑を向けた。
「まさか、貴方に助けられるとはね」
「学園特風カンパリオン炎! モリン、今回ばかりは共に戦うぜ」
暴走したKVの側面へ回り、蹴りつける。
「キトー教授、か弱き女性をロードローラーで潰そうなんて、この俺が許さない!」
物凄く冤罪だった。が、援護に回ったモリンと2人の攻撃を受け、さしものKVも煙を噴く。
「燃えろ麗しの炎、カンパリオンファイヤーエンド!」
決め台詞とともにローラーは回転を停止した。
「また会おう、美しき麗将モリン」
「‥‥あ、ありがとう」
爽やかに笑い、リョウは颯爽と去っていく。最後まで、敵を勘違いしたままで。
●
「この扉は俺がいるかぎり通る事はできない‥‥。残念だったね」
城の入り口にたどり着いた加奈と夢理へ、覚羅が冷たく言い放つ。一緒にいたクラークが、彼に得物を向けた。
「面白そうな敵じゃないか? 俺が、貰っても?」
フ、と覚羅が笑う。その姿が3つに分かれた。
「分身か!?」
「次元転移装置のちょっとした応用だ。3人でも構わないよ」
二梃の銃を構える覚羅が、更に増え。
「この飽和攻撃君達は凌ぎ着る事ができるかな? いくぞ。ジェノサイド・ファイ‥‥」
寸前、周囲を銃声ではない音が埋める。
『パパ、早く電話出て! パパ、早く‥‥』
呼び出し音は、無数の携帯端末から響いていた。
「むっ!? 失礼、娘からだ。少し待ってくれ」
数人の覚羅が、一斉に受話器を取るが、喋るのは一人だけ。残る覚羅は、聞かれてもいないのに娘の自慢を始めた。
「金髪で、可愛いんだ」
「でも最近年上の男が出来たとか」
「まさか、な」
喋りながら、分身が段々消えていく。
「あぁ、ちょっと娘が呼んでいるので。非常に申し訳ないんだけど俺は家に帰る事にするよ」
定時過ぎてるし、と言って最後の彼が姿を消した。
「‥‥チッ」
クラークが、つまらなそうに鼻を鳴らす。
「もう、女王の部屋まで敵はいない?」
「どいつもこいつも不甲斐ない。ですが奴らなど我ら親衛隊の前ではタダの小物」
加奈の前に、何者かがくるくる回りながら飛び出してきた。
「フ、聞かれれば名乗らないわけには行かないな。親衛隊ナンバー5、打たれ過ぎのアユムン!」
誰も聞いて無いのに名乗り、『婚姻期のセイウチのポーズ』を取る歩を、一同はポカンと見つめている。
「つ、次の人‥‥」
しかし、歩に続いたのは彼の仲間ではなかった。
「次っていうのは、こいつらの事か?」
「鋼さん!?」
「そう。シャドウブルーはもう死んだ‥‥。ここにいる俺は、鋼 蒼志。地球人だ」
蒼志から加奈を庇うように、夢理が刃を向ける。
「騙されてはいけません、加奈様! この方が味方になる理由など‥‥!」
「何故味方するかって? あそこが俺のかけがえの無い場所になったからだ」
さらっと言いながら、加奈へと視線を向ける。
「そして加奈さん、あんたを守りたい。俺にとって、大事な人だから」
「っ!?」
薮蛇だった、と唇を噛む夢理。ライバル出現だが、気持ちは判らないでもないだけに、振り上げた刃の行き先に困る。
「あの、ボクはどうしたら‥‥、ってうわぁあ!?」
タイミングが悪い歩が、忍者刀の生贄になった。実はブルマ派だったらしい親衛隊歩、褌の為に死す‥‥!
●
一方その頃。
「そろそろやめない? 飽きたし」
ウーロンがそう言った。傷だらけのクラウの超機械が弾き飛ばされる。
「見えなかったでしょ。大丈夫、苛めないから」
笑うウーロン。が、その場に別の影が走りこんできた。
「クラウさん! 大丈夫ですかっ!?」
「ソラ君っ!」
「‥‥可愛いね。もう少し遊んでおく?」
敵は余裕の構えを崩さない。不意に、笛の音が聞こえてきた。
「えーい、無視、無視っ!」
無視していると、砲弾が飛んでくる。
「なんでっ!?」
漫画風に黒焦げにされたウーロンが睨むと、絣は満足げに頷いて踵を返した。
「逃がさないよ! あたしを甘く見た事、後悔するがいいわ!」
悠季の声と共に、ころころ。桃が転がっていく。1つ、2つ、3つ‥‥。
「理想を抱いて溺死しなさい‥‥」
ごろごろと地を埋め尽くして転がる桃の群れを、絣は拾って投げ始めた。
「ん。美味しい。桃色は栄養分よね」
キャッチしては食べるウーロン。転がる。投げられる。そして食われる。引っこ抜かれないだけマシだが、何だか大変な光景が展開されていた。
「隙だらけだけど、倒しちゃっていいのかな?」
クラウが強化した武器でごつん、と殴ると、ウーロンはあっさり倒れた。と、同時に歯止めが無くなった桃が勢いよく増えて転がり始める。山の、麓へと。
「‥‥これ、どうしよう」
顔を見合わせる少年少女と、幸せそうな顔で寝る女の上を、笛の音だけが漂っていく。
●
女王の間でも、戦いは起きていた。
「コレが切り札だ!」
「‥‥仕方がありませんね」
カードを取り出した白虎に、刀を納める勇輝。
「天明流奥儀・雷光」
『セット・骸龍&斉天大聖』
居合いを放った勇輝を、白虎は高速機動と見切りの眼で迎え撃つ。2人が死闘を繰り広げる間、女王には別の危機が迫っていた。
「はう〜!ミズキンちゃん、とっても可愛いです!」
「当然の‥‥って抱きつかないでよ。料金取るわよ!?」
夢理にすりすりされながら悶える女王。
「女王から離れるのにゃ!」
が、妄想モードの夢理は聞いちゃいなかった。
「この際、ミズキンちゃんも、私達の百合帝国で素敵な日々を‥‥」
「わ、私も?」
加奈も巻き込んで、妄想はとめどなく。勇輝と白虎が刃越しに眼を交わした。
「‥‥敵の敵は?」
「敵だ!」
「それじゃあ僕も裏切っちゃう♪」
バッ、と振り向く2人に、子虎が加勢する。迎え撃つは、妄想くのいち夢理と。
「夢理ちゃんを苛めるなら、許しません」
「む。俺は、この場合どっちに‥‥、ええい、ままよ!」
白装甲の加奈と、蒼志だった。
「どっちも相打ちになりなさいよね! 面倒なんだから」
正義同士の同士討ちを前を、玉座の女王は騒々しく観戦している。
「おやつくらいもってきなさい。気が利かない」
好き放題だった。が、勝負の天秤は早々に傾きだす。
「こうなったら‥‥」
「やっぱり、まだ隠してたのか」
互いを見て、笑う少年達。再び勇輝が納刀し、白虎がカードを出す。
「あなたの事‥‥好きでした」
チラ、と女王の方を見て、勇輝が呟いた。
「真・天明流奥儀・瞬閃」
加奈の上を行く速度で彼の剣が閃く。
『セット・ユダ』
異形の姿に変じた白虎が、蒼志を弾き飛ばした。
「加奈様!?」
夢理が、倒れたミカエルへ駆け寄る。限界を超えて生命を燃やした勇輝も、前のめりに倒れた。子虎が相棒のもとへ駆け寄る。異形の外装は崩れ、中から白虎の青い顔が見えていた。
「白虎くん!? こんなところで倒れてる場合じゃないのだ! 起きろー!」
ロジーナ後期版のカードをセットして、斜め45度に叩く。白虎が目を開けた。
「ボクだけまだ、告白してない‥‥!」
と、残る面々が玉座になだれ込んでくる。
「お前が女王ね?」
ファルルが玉座に向き、アンジェが槍を構えた。
「褌っていう服装センスは許せないっ」
百合歌が言い放つ。
「く‥‥女王を守る為に、戦うしか無いのかにゃ」
と、足元にでかい石が投げ込まれた。投げたらしい黒子が走り去っていくのが見える。
「‥‥何、これ」
ファルルが足蹴にしたそれは。
『我コソボルゲ。次元帝国モ制圧シ、地球ヲ手ニ入レルノダ!』
道中で黒子に何を吹き込まれたのか、ノリノリのボルゲだった。
「ボルゲ様!?」
モリンの声によく見てみれば、赤い眼がローアングルで点滅している。
「覗きとは、いい度胸ね」
ファルルが冷えた声で呟いた。
『エ? チョ、待‥‥』
「それが諸悪の根源、か」
「事態を丸く収めるために、ちょうどいいのにゃ」
蒼志と白虎が、身動きできない石ころを高々と蹴り飛ばし。
「はわっ、間に合いました、か?」
「もうっ‥‥し、心配なんかしてないんだから!行くよ!」
必殺技の体勢に入る、正義の味方たち。どう考えても弱い物いじめにしか見えないのは気のせいだ。
『ウ、ウボァァア!?』
「私たちは、微少女戦隊ルブラエンジェルス!」
びしっ、と決めポーズを取る彼女達の背後で、ボルゲ様の断末魔が響いた。
●
徳島は、復興していた。反省に余念の無いタチバナンら新ヒーローも増え、治安は良いらしい。桃の湧く泉の眠り姫は次元城と共に新たな徳島の観光名所となり。
「もっと色々着てみるのにゃ」
「あんた褌着なさいよ」
「これじゃ女の子みたいです‥‥」
服飾文化を教える、という白虎に文句を言いつつ女王は連れまわされていた。ついでに、ファイナも。
「あの件ですが‥‥」
「ああ、女学校の話ね」
コーヒーを前に思案顔のハンナへ、百合歌が目を向ける。結局、元に戻った加奈は夢理と蒼志の間でトライアングラーらしい。
「どんな所になるのかな、ファルルさん」
「俺は入校しませんからね!」
「こんなに大勢の入校希望者が居られるなら。ここに分校を作るのもいいですね」
聞いちゃいないハンナの英断に、女性化した灯吾の群れが喜びの踊りを舞う。モリンは、とっとと逃げていた。
――そして。
「‥‥敵、来ないな。でも、戻るのもかっこ悪いしな‥‥」
「何しているんだ、馬鹿者」
黄昏る神撫をアニーが迎えに来たのは、翌月になってからだった。