●リプレイ本文
大泰司 慈海(
ga0173)は、医者ではない。しかし、戦場にある以上、生死の境界をその手で測らねばならぬ時が、ある。
「若い人が先に逝っちゃうのは反則だよ。順番はちゃんと守らないと‥‥」
寂しげな声は、夕焼け空へ消えた。
●戦いの前に
その、しばし前。橋向こうにどっしりと構えた亀を、20人足らずの傭兵達が睨んでいた。
「柏木さん達は、予定通りでお願いしますね」
鏑木 硯(
ga0280)の声に、無言の頷きが返る。柏木とその舎弟は傭兵達の半ばと共に橋を塞ぐキメラを排除。彼のライバルを自称するルイ達は、手前から援護射撃を行う手はずだ。
「で、誰があのデカ物を‥‥」
言いかけた所で、賑やかな声が腰の辺りから聞こえた。
「しっと団参上!! 僕達を忘れてもらっちゃ困るにゃー」
ルイと柏木が手を組むというなら、年末以来、一緒に騒動を起こしてきた白虎(
ga9191)がこの場にいるのもある意味必然なのかもしれない。
「タートルワームと生身で対峙することになるなんてねー。まぁ、トラリオンにお任せ、だよ」
ポーズをとって笑顔を見せる神崎・子虎(
ga0513)の後ろで、慈海が穏やかに笑っていた。
「柏木と居ると、どうもマントコアラに良く会うな‥‥」
橋にいるキメラの群れの中、4体ほど見える大きな敵を見て、リュイン・カミーユ(
ga3871)が苦笑する。ちなみに、それの名前はマンティコアなのだが、リュインの勘違いが余りにも自然すぎ、周囲が突っ込む機会を失って今に至るようだ。
「敵の数は多い‥‥」
ぶる、と身震いしてから、九頭龍 剛蔵(
gb6650)は大きく頭を振った。数に呑まれたら、戦う前から負ける。剛蔵の姉もそう言っていた。
「そうだ、ビビったら負けだ」
もう一度、自分に言い聞かせるように囁く。震えが、少し収まった。
「タートルワームって初めて見るけど‥‥。すごく‥‥、大きいですね‥‥」
思わず独り言を呟いた織那 夢(
gb4073)は、皆の視線が自分に向いたのに気づいて、身を小さくする。
「ご、ごめんなさ‥‥」
言いかけた頭を、軽く撫でてから。鳳覚羅(
gb3095)は微笑した。
「確かに大きいね。‥‥何処の時代錯誤連中かと思ったけど‥‥、アレとやりあおうとは、なかなか言うじゃないか」
「誰が時代錯誤じゃ」「誰が時代錯誤よ」
学ラン姿の柏木にも白ランにのルイにも自覚症状は無かったらしい。微笑はそのままに、覚羅は頷く。
「いいだろう、気にいった。この作戦見事に成功させようじゃないか」
●前哨戦
キメラの陣容は、橋中央より先に行くに従って厚い。橋の長さは200mほど。キメラの対処をする者も、隙を見て突破を考える者も、まずはある程度前進する必要があった。
「大泰司さんは、無理をしないで下さい‥‥」
自分の子供くらいの年齢の夢に言われて、慈海は少し俯く。別の任務で負った怪我のせいで、身体が重かった。
「フン。中年はアタシ達の後ろに乗りなさい。前に出るんじゃないわよ。醜い物が視界に入るとやる気が失せるから」
ルージュも艶やかな筋肉男のルイは、どうやらこれで気を遣っているらしい。
「そうだね、今日は後ろに控えさせてもらおっかな」
足手纏いにだけはならないように、と言う慈海。俊敏さにさほど自信の無い剛蔵も、柏木の舎弟の後席に乗る事になる。
「行くぞ。これだけの者が動けば、不可能はない!」
リュインの威勢の良い掛け声と共に、能力者達は橋上へ駆け出した。覚羅の背に、黒い炎のような翼が現れる。
「そう、ですね」
囁いた夢の背からも、漆黒の翼が広がった。
短距離であれば、全力疾走する上級レベルの能力者とAU−KVの移動力にそこまでの差は生まれない。走るだけならばともかく、戦闘前に変形と言う手順を入れる以上仕方の無いことではある。併走する集団から、慈海は真っ先に飛び降りた。キメラまであと20mほどで、急停止したルイ達もAU−KVを装着する。柏木はそのまま突っ込み、敵前ギリギリでバハムートを纏った。
「そっちはお願いします。こいつは俺が‥‥!」
マンティコアは前面に2体。右側へ切りかかり、硯が叫んだ。お返しとばかりに、狭い橋上を電撃が舐める。
「うわっ」
「にょわっ!?」
剛蔵と白虎の10歳児コンビが声をあげる横を、覚羅が大鎌を振るって駆けた。狼キメラが悲鳴を上げて倒れる。
「さぁ、お撃ち!」
ルイの号令で、舎弟どもが一斉射撃を行った。更に、キメラが鮮血に沈む。その只中を、柏木達が突進した。
「‥‥もう少し減らないと、無理かな?」
駆け抜ける隙を見るために、やや下がり気味で待機していた子虎。同じ事を考えていたリュインも、難しい顔をしている。亀がいるのは、橋の上とはいっても向こう岸近くだ。15m程の幅しかない橋を、一気に駆け抜ける道筋は、すぐには見えない。
「後ろに、半ばを控えさせている。突破しようとしたら組み付かれるだろうな」
存外に、理性的な戦い方を仕込まれているらしい、とリュインが呟く。
「行ったぞ、総帥!」
「ええい、とっとと倒れろにゃ!」
柏木の拳によろめいた所に、白虎が機械剣を突きたてた。マンティコアが、血反吐を吐いて崩れる。すぐに、その穴を埋めるように狼キメラが突っ込んできた。残り2頭のマンティコアは、後衛から砲台のように電撃を放つ役のようだ。初手のぶつかり合い、キメラは数を減らしつつも決定的な隙を見せはしない。
●消耗戦
「せめて、半分程度減ってくれないことには、道が無いか」
小型の狼が数匹、やや下がった位置で構えているのだ。左右に揺さぶったりすれば突破は出来るかもしれないが、全力で駆け抜けるのは難しい。歯噛みしつつ乱戦の仲間をみやった彼女の視界が、不意に赤に染まった。
「プロトン砲、タートルワームだよ!」
覚羅の警告は、僅かに遅く。しかし、続く二発目を子虎が回避するには辛うじて間に合った。
「くっ‥‥」
いつでも敵中に駆け込める程度の間合いを保持して待機していた2人や、前衛の支援の為に銃撃を重ねていたルイ達は、意図したわけではないだろうが比較的近くに固まっていた。亀から見れば味方を気にせずに狙える格好の的だったのだ。プロトン砲が立て続けに着弾した辺りのアスファルトがめくれ、桁のコンクリートまでが飴細工のように歪む。
「‥‥冗談じゃないわよっ」
舎弟を担いだルイの声が響いた。子虎とリュインが、崩れる一角に呑まれかけた別の不良を引き上げる。自力で逃れた不良が2名。残りは、崩落する橋と共に川へと落ちた。
「‥‥っ」
身体が思い通りに動かない慈海が歯噛みする。駆け寄る事が出来れば、1人位は手を掴めたかもしれない。
「汝らは下がれ。我が往く」
重傷を負った連中を後送し、キッと睨む。タートルワームが砲塔をぐるりと旋回させるのが見えた。今度は川向こうへと、赤い怪光線が伸びる。
「プロトン砲を救助班の方に撃たせないようにしないとっ!」
子虎が焦ったように言った。既にマンティコアを1匹、狼キメラは10匹ほど討ち取っているのだが、小型キメラはその半分ほどが増援で補充されている。後方に控えていた中型の狼が、遠吠えを始めたのが聞こえた。
「‥‥指揮官、あれなんじゃない?」
観察に回っていた慈海が口に出した頃、同じく様子を伺っていたリュインや子虎も司令塔の存在に気がついた。
「あいつが、怪しいよ!」
「‥‥何とか、後ろに回れれば‥‥っ」
ちょうどマンティコアを単独で下した硯が、ちらりと橋の欄干を見る。彼の体重程度ならば、支えられそうだった。三角とびの要領で、飛び掛ってきた狼キメラを迂回してその背後に切り込む。
『グォ‥‥』
硯を追って振り返ろうとしたキメラが、十字に斬られて血飛沫をあげた。
「‥‥隙あり、です」
夢が、両手の月詠を再び構えなおす。硯が、司令塔めがけて大鎌を振るうのが見えた。
「はっはっは。痛いか、痛いかよ」
至近距離から、銃弾を叩きつけて剛蔵が吼える。倒れたキメラの代わりに場所を塞ぐ新手が、ようやく途切れた。
「皆が開いてくれた道‥‥、今が突撃のときだね!」
空いた隙間を目指して、子虎が駆け出す。
「この程度の距離、一気に駆け抜ける!」
続くリュインが、今までの憤懣を振り飛ばすように叫んだ。硯と白虎も、敵の追い討ちを回避しながら2人に合流した。
「そこのけそこのけ、トラリオンのおとおりだーい♪」
陽気に言う子虎を遮る敵はもういない。彼らの狙いに遅ればせながら気づいた亀が砲身を巡らし、プロトン砲を撃ちはなった。1発は、耐えて駆け抜ける。2発目が来る前に、死角へと走りこんでいた。
「‥‥俺、よくやった、かなぁ‥‥」
その姿を見送りながら、剛蔵が呟く。数に勝るキメラとの乱戦は、幼い身体に幾つもの傷を刻んでいた。無謀ゆえではなく、単に戦闘が長期に渡りすぎたゆえだ。最後の練成治癒を飛ばしてから、ぐらつく少年の身体を慈海が支える。
「‥‥随分多い、ですね‥‥」
夢が眉を顰めた。討ち取られる寸前の中型の呼び声に答え、敵は数匹数を増している。手傷の増えた彼女は、二刀流での近接戦からから距離を取って削る戦術に方針を変えていた。前衛の柏木や舎弟達にも、疲労の色が濃くなっている。
「あと少しだよ。それまで持ちこたえよう」
覚羅がそういったのが合図だったように、通信に耳を傾けていた慈海がはっと顔を上げた。
「救出、成功したって‥‥」
叫ぼうとしたが、落ちた体力では大声が出ない。目の前の敵を切り伏せた覚羅が、口に手を当てて声をあげた。
「向こうの救助は終ったようだ、引き上げるよ‥‥!」
●vsタートルワーム
リュインが、瞬天速で亀の甲羅を駆け上がる。
「さすがに硬いか‥‥っ」
勢いのままに突きたてた鬼蛍は、敵の甲羅に傷らしい傷を刻めない。
「ならばこれだ!」
エネルギーガンの白い光が、甲羅を抉った。さっきより効いてはいるが、手ごたえは浅い。
「この動きについてこれるかっ!」
「亀さんこちら! と」
目の前で左右に分かれたトラリオンの2人に、亀が迷ったかのごとく一瞬止まる。
「よし、今‥‥!」
その隙に、硯が前足に切りつけた。更にもう一度、返す刃を同じ辺りに食い込ませる。
「ちょっと、肩貸してね!」
「はい!」
身をかがめた硯の肩を蹴って、子虎が亀の甲羅へと飛び上がった。
「手がかりがこれだけあれば、‥‥よじ登れるっ」
逆側からは、白虎が甲羅の突起を足掛かりに同じ場所を目指している。と、甲羅の突起の幾つかが不意に紫に輝いた。
「フェザー砲‥‥だと!」
片手で目を庇ったリュインが舌打ちする。単機で運用されているだけあって、近接防御もそれなりには考慮されていたらしい。細い光に貫かれた白虎の手がすべり、そのまま落ちた。
「白虎さん‥‥!」
下にいた硯が駆け寄る。予想以上に長くなったキメラとの戦闘に続くワームとの連戦は、歴戦の硯にも相応のダメージを蓄積させていた。幼い少年にとって、それはいかほどの辛さだったか。撤退の指示が聞こえたのは、その瞬間だった。
●撤退
「向こうが撤退するとなればこっちも撤退してもいいかな」
子虎が、まず甲羅を蹴る。彼もさほど余裕がある状態ではない。
「柏木さん、白虎さんをお願いします!」
硯の声に、バハムートが走り来る。橋上のキメラは、中核のマンティコアが全滅した事でようやく手薄になっていた。
「援護は我がしよう。安心して行くがいいぞ」
まだ体力を残していたリュインがエネルギーガンを構える。終始、戦いの渦中にあり続けた硯も、まだ踏み止まっていた。
「それじゃあ‥‥全力で逃げるのだ!」
子虎に続いて、白虎を背に括った柏木のバハムートが走る。
「援護‥‥します」
夢の銃撃が、キメラを押し止めた隙に、2人乗りのAU−KVが風のごとく駆け抜けた。残る2人が、チラッと視線を交わす。
「我が後につく。汝は先に行け」
リュインの言葉に、硯は頷いた。覚醒の影響で痛みは無い。しかし、少し前の北国の戦場とは違って、今は無茶ができる気はしなかった。
後日、薔薇の香りのする綺麗な封筒に入って届いた手紙によれば、重傷を負って橋から落ちた2人のうち、1人は生命は取り留めたらしい。が、もう1人は、助からなかった。これは、北米を巡る攻防戦の片隅で行われた、無数の小さな戦いの一つ。