タイトル:【NE】緊急脱出マスター:紀藤トキ

シナリオ形態: ショート
難易度: 普通
参加人数: 8 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2009/05/29 09:50

●オープニング本文


「ヘルメットワームだと! 数は?」
 3機、という返事に機長が舌打ちした。
「何でこんな場所に出るんだ」
 騒々しい副操縦士の言葉が、機内のスピーカーから聞こえてくる。がくん、と機体が斜めになるのを感じて柏木はぎょっとしたが、どうやら急角度で降下を始めただけのようだ。
「接敵まで30秒。学生は装甲服をつけておけ。パラも背負い、相互確認」
 緊急事態に備えて、ドラグーンは着装状態に入る。普通の傭兵達は乗り込む時に渡された背負い式のパラシュートを。AU−KVには積荷用のやや大型の物が固定されていた。
「‥‥こりゃ、まずそうじゃのう」
 窓の外、護衛の戦闘機が逆に高度を上げていくのが見える。
「降下訓練は受けているな? いや、受けて無くても構わん。とっとと降りろ」
 護衛機の数は4機。KVではない。ヘルメットワームの3機編隊に対しては、時間稼ぎにもならないだろう。タシーラクまであと数十キロ。既に眼下は緑の大地だ。そう、グリーンランドは短い夏を迎えていた。
「ハッチを開放する。巻き込まれんように、先に積荷を投下するからな」
「おう。‥‥すまんのう」
 スピーカー越しに、わざわざ丁寧な注意をしてくれる機長に黙礼を返してから、柏木はバラバラと投げ出されていく積荷を目で追った。確か、食料や水といった生活物資が主だと聞いている。
「よし、次」
 輸送機に乗っていた傭兵達はそう多くはない。ダイヤモンドリング作戦の後始末も一段落し、ラストホープに帰還しようとしていた所を、とっつかまった運の悪い面々。グリーンランドで何やら仕事があるとの事だったが。
「‥‥それどころじゃ、なさそうじゃわい」
 呟いてから、機外へ。地面は思いのほか近く、すぐに落下傘が開かれた。見上げれば、遠くから輸送機へとヘルメットワームが迫る。
「む?」
 覆い被さるように敵に背後斜め上を取られた輸送機が、北へ進路を向けるのが見えた。行方を確認しようと目で追いかけた柏木を、警告音が目の前の事象に引き戻した。

●参加者一覧

鏑木 硯(ga0280
21歳・♂・PN
ナレイン・フェルド(ga0506
26歳・♂・GP
地堂球基(ga1094
25歳・♂・ER
シャロン・エイヴァリー(ga1843
23歳・♀・AA
東野 灯吾(ga4411
25歳・♂・PN
白虎(ga9191
10歳・♂・BM
夏目 リョウ(gb2267
16歳・♂・HD
エリザ(gb3560
15歳・♀・HD

●リプレイ本文

●落下傘降下の心得
 積荷を投棄した輸送機が再び水平飛行に戻った。
「落ちるのって何だかスリリング♪ ‥‥じゃなくて! こ〜言う時は冷静に‥‥」
 笑顔から真面目にとコロコロ表情を変えていたナレイン・フェルド(ga0506)が、パラシュートをもう一度背負いなおす。緊張しているのは、彼だけではない。
「訓練は受けてるけど、まさかこんな事になるとはな」
「わたくし、降下訓練はまだしておりません」
 苦笑する東野 灯吾(ga4411)にエリザ(gb3560)が固い表情を向けた。怯えていると、面と向かって言われたら否定しただろうが。
「ワシもサボっとったけどのう。ま、心配はしとらん」
「涼人センパイ」
 エリザに名前で呼ばれた柏木はきょとんとしてから、照れくさそうに笑った。
「エリザが作ったコイツを着込んどれば、下手な落ち方をしても大怪我はせんじゃろ?」
 こんこん、と胸の装甲を叩く。2人が装着しているバハムートは、エリザが開発に関わったものだった。
「わ、私が作った訳じゃありませんけれど」
 何となく大丈夫な気がしてきた、とエリザも笑う。
「そこまでー! この緊急事態に桃色とはふてぇ野郎だにゃー」
 そんな柏木の後頭部で、白虎(ga9191)のぴこぴこハンマーが可愛らしい音を立てた。
「緊急時だからこそ、認識の統一は必要だ。降りたらまずは手近な者と合流、だな」
 サイエンティストだからという訳ではないだろうが、地堂球基(ga1094)は落ち着いている。
「まず、ドラグーンの3人に最初に出て貰いましょう。構いませんか?」
「‥‥場所塞ぎじゃけぇのう。ワシは了解じゃが‥‥」
 鏑木 硯(ga0280)にそう問われて、柏木はエリザを見た。
「大丈夫です。もう落ち着きましたわ。降りた後はコンテナを目印に集合し、タシーラクへ自力で向かう事を提案いたします」
「賛成だ。早く帰り着かないと、助けを待つ人々が俺を呼んでいるからね」
 エリザの言葉に夏目 リョウ(gb2267)が大きく頷いた。
『積荷の投下完了。後はお前らだ』
 速度をさらに絞ったのか、エンジンの音が変わる。高さは、高層ビル程度まで下がっていた。
「それでは、お先に」
 綺麗な姿勢で身を躍らせるリョウ。高い所から格好よく飛び降りるのは、ヒーローの嗜みであるらしい。
「あ、これ。余分にあるから持っていって。また後でね」
 掛けられた声に柏木が顔を上げると、シャロン・エイヴァリー(ga1843)が何かを差し出している。
「お、おう。すまんのう。さて‥‥と」
 礼を言ってから、柏木は勢い良く機外へと飛び出した。少し遅れて、エリザが目をつぶってダイブ。続いた灯吾は、先に出た柏木達が僅かに北へ流れているのを把握した。風向きと、風速は障害になる程ではないようだ。
「まあ、なんとかなるでしょ。シャロン、下へまいりまーすっ」
「俺も‥‥行きます!」
 慌てて続いた硯が、開傘してから首を回す。傘を開くタイミングが少しずれたのか、先に出たはずのシャロンは斜め上にいた。青空をバックに、青い衣装と靡く金髪。ほんの一瞬の光景を心のアルバムに保存してから、硯は着地に心を向けた。
「あ、ええっと。最後も緊張するから、お先に出るわね」
 そう言って飛んだナレインを見送ってから、球基もハッチへと。
「世話になった。これで全員だ」
『了解。お前らは逃げ切れよ』
 短い言葉に何かを感じた青年がハッと振り返る。猛スピードで突進してきたヘルメットワームが一瞬で勢いを殺し、輸送機の上にかぶさるような位置を取ったのが目に入った。
(あれは、逃げ切れない‥‥)
 タシーラクへ逃げるならば西。しかし、輸送機は大きく右へ旋回していく。北へ。それを見届けてから、球基は眼前の課題に向き直った。地上への距離は既に半ばを過ぎている。降下に適した場所を選ぼうと考えた彼だったが、緑一色に白の混じる光景は起伏を掴みにくい。最後は、運試しのような物だった。

●合流しよう、そうしよう
「一番近いのが、元四天王の先輩と特殊風紀委員の俺とは、不思議な運命の悪戯を感じますね」
 怪我も無く降りたリョウが最初に出会ったのは、窪地の根雪に足を取られていた柏木だった。
「おお。そういえば夏にもこんな感じで出てきたんじゃったな」
 土地の高低のせいで、今回もリョウを見上げる形である。
「‥‥と先輩、怪我を」
 左腕を庇うようにしているのを、リョウは目ざとく見つけた。しかし、手当てをしようと言う申し出には柏木が首を振る。
「この程度は掠り傷じゃけぇの。それより他の連中‥‥エリザも心配じゃ」
 わかった、と言うように肩を竦めたリョウに手を引かれ、柏木も高台へ。シャロンから渡されたシグナルミラーを周囲へと向ける。
「‥‥ん、あれは」
 向こうも気がついたのか、灯吾が大きく手を振っていた。それから、脚を叩いたり両手で大きく×を作ったりとジェスチャーを始める。
「何を言いたいのかのう?」
「近づいてみれば判ります。行きましょう!」
 走行形態に変わったAU−KVが緑と白のコントラストの中を走る。AU−KVの速度は徒歩に比べれば格段に早い。すぐに、声が聞こえるほどの距離にまで近づいた。
「こっちだ、柏木。エリザさんが‥‥」
 バハムートがミカエルを追い抜き、前へ出る。灯吾のいる場所のすぐ傍で、エリザがバハムートにもたれていた。

「大した事はありません。少し足を捻っただけですわ。」
 そう言って気丈に微笑む少女。痛まないわけではないのだろう。彼女は額の冷や汗を白いハンカチで拭っていた。
「大丈夫なら、良かったワイ」
 大きく息を吐いた柏木に、やや青い顔のエリザが微笑する。動転している柏木は、彼女が使っているのが、自分がプレゼントしたハンカチだと気づかなかった。そんな様子に、灯吾はニヤニヤしていた。
「どうやら、コンテナはもう少し東のようだ。どうする?」
 様子を見に回っていたリョウが、首をかしげる。
「ここに怪我人と護衛の誰かを残して、残りで探しに行けばいいんじゃ?」
 あえて名前を出さずに、灯吾はやはりニヤニヤしていた。怪我をしたのがドラグーン以外であればタンデムも出来るのだろうが、バハムートを置いていくわけにもいかない。
「‥‥東野さん、バハムートでゆっくりついて来るくらいなら運転できませんか?」
 口元に手を当てて考え込んでいたリョウが、不意に口を開く。
「え。ああ、まぁ。バイクと同じなら、多分」
 かくして、正義の味方のお陰で問題は解決した。何となく、がっかりしている奴もいたようだが。

●グループその2の場合
 わざと転倒して、着地の衝撃を逃がす。優れた身体能力を持つシャロンは、危なげなくその行程をこなしていた。
「あいたた‥‥。とりあえず、天国に着地しなかったことは確かね」
 身を起こし、シグナルミラーを取り出して地を舐めるように動かす。すぐに、硯からの合図が帰ってきた。殊の外早いのは、お互いに大まかな方角をチェックしていた故だ。
「よかった。無事だったんですね」
 駆け寄って顔を見てから、硯はほっと息をついた。と、その耳に含み笑いが聞こえる。
「だ、誰だ!」
「にゅふふふふ、桃色の香りを察知してやってきてみたらこいつは大物だ」
 白虎が腕組みをして立っていた。察知したのはシグナルミラーの輝きなのだが。
「二人っきりでデートなんてさせないにゃ☆」
 びしっと突きつけた指先に、硯がうろたえる。
「デ、デートってわけじゃ‥‥」
「それはまたの機会に改めて、ね。今は集合場所を目指しましょ」
 さらっと返してから、シャロンが荷物を背負いなおす。後には、目をパチクリさせる少年達が2人。
「どうしたの。早く来ないと置いていくわよっ」
「‥‥は、はい!」
 1人は嬉しそうにその背中を追いかける。
「ど、どうしてそうなるのかにゃ?」
 もう1人も、首を捻りながら後に続いた。と、彼らの耳に遠く微かな笛の音が聞こえる。
「あっち?」
「こっちのような‥‥」
 もう一度耳を澄まそうとしたところで、音が途切れた。

「ごめんなさい。呼び寄せてしまったのね」
 自分が笛を吹かなければ、こうして戦う事も命を落とす事も無かっただろうに。周囲に転がるキメラの亡骸へとナレインは沈鬱な表情を向けていた。その数、3体。
「‥‥」
 途中から援護に入った球基が、薄手を負っていたナレインに治療を施す。球基自身の打撲の治療は、もう少し落ち着ける場所でないと難しそうだった。ナレインが周囲を見渡す為に選んだ丘の起伏に、突っ込む形で着地した時の怪我だ。
「歩ける?」
 運んで貰う側になるシチュエーションは時折考えたけれど、男性を運ぶパターンはあまり考えた事が無かった、と真顔で言うナレイン。球基が苦笑する。
「大丈夫だ。別条は無い」
 一般人であれば骨の一本も折っていたかもしれないが、能力者は頑丈だ。当面の行動に支障はない。
「それよりも、これからどう動くかだが‥‥」
「あ、いたいた。こっちよ、硯!」
 言いかけた彼の耳に、遠くシャロンの声が聞こえてきた。キメラに手間取る間に、双眼鏡を使うまでも無い距離に近づいていたようだ。
「これで5人、か。東を目指しましょ」
 笛の音が聞こえる範囲の仲間は集まったのだろう。コンテナがある場所に向かえば、残りの面々も無事な姿を見せてくれるはずだ。

●キャンプは陽光の中で
 照明弾の合図のお陰もあり、資材コンテナの1つの元に仲間達が揃ったのは、比較的早く。午後6時頃だった。
「まだ、明るいのう‥‥」
 日没は10時近くである。一行は、移動中に夜になる危険を考慮し、タシーラクへ向かうのは翌日にする事と決めていた。
「そうと決まれば、キャンプだにゃー。緊急事態ゆえ、物資を徴発するのだ!」
 ひしゃげた冷蔵コンテナの中に首を突っ込んだ白虎が、野菜や肉などを発見して歓声をあげる。
「‥‥缶切り、持ってます?」
 幾つかデザートの缶詰を見つけたリョウだったが、中を開ける手段が無いのもお約束。
「まあ、慌てずのんびり行きましょうか」
 全員無事だったのだし、と硯が笑う。こんな時にも笑って前向きになれるのは、誰の影響だろう。チラッと向けた視線の先で、シャロンが別のコンテナを覗いていた。

 その食料コンテナから少し離れた一角では。
「ありがとうございます。随分楽になりました」
「応急だから、タシーラクに着いたらちゃんと診て貰ってくれ。‥‥と、少しいいか?」
 エリザと柏木の怪我に治療を施してから、球基はお料理モードに入りかけた一同の注意を引く。料理をしている間も含めて、見張りのローテーションを組もうという提案だった。
「3人づつ3組、かな? とすれば当然‥‥」
 柏木とエリザを組ませよう、と言う灯吾。
「この僕がいる限りラブラブムードにはさせぬのだー♪」
 白虎は燃えていた。
「そういえば、テントがあるけど‥‥。女性は私とエリザだけ、か」
 シャロンが人差し指を手に当てて考え込む。ややあってから、チラッと悪戯っぽい目を向けた。
「そうね‥‥ナレインと簀巻きの硯なら一緒でも良いかしら」
「ええ!?」
「うぬぬぬ。ボクの身体は1つだというのに、桃色が2つ。今夜は眠れないかもしれない!」
 白虎は更に燃えていた。が、実は球基とエリザもテントを持っていたのでさほど悩む事が無くなったとか。

 缶きりを諦めたリョウと球基がテントを設営する間に、食事の準備が始まった。
「お料理分かんないの‥‥ごめんなさい、任せていい?」
 すまなそうに言うナレインに頷くシャロンだったが、彼女も別に料理を始めるわけではない。
「レーションを温めるとして‥‥あ、ティーバッグはっけーん♪」
 シャロンが持参していたビーフシチューのレーションを飯ごうにあけ、火にかける。
「あ、それならできそうね。私もスープとか持ってきてたわ」
 うきうきと調理にかかる女性(?)陣。
「カレーはないかにゃ、キャンプといったらカレーなのだ☆」
「道具があるから、作れますね。せっかくだし、やりましょうか」
 腕まくりする硯に、白虎が年齢相応のキラキラした目を向けてから、慌てたように首を振った。
「い、いかん。懐柔されるところだった。それはこれ、これはこれ、なのだ!」
 再び闘志を燃え上がらせつつ、こそっと席を外す白虎。

 そして、最初の見張りは灯吾、エリザと柏木の担当だった。陰謀により灯吾が警戒、2人は待機という役回りである。
「むう。灯吾の奴め、妙な気をつかいおって‥‥」
 降下前とは逆に、柏木の方がガチガチに緊張しているようだ。エリザは一見、普段と変わらない。
「足は、もう痛まんのかのう?」
「ええ。もう大丈夫です」
 そんな当たり障りの無い会話だが、不思議と寛ぐ。しばらく時が過ぎる間に、柏木もこの空気に慣れてきたようだった。
「‥‥他の方のバイクの後ろに乗るのも、たまには悪くないですわね」
 遠くを向いたまま、ポツリと呟くエリザ。
「む、エリザが元気になったら‥‥」
 そこまで言いかけた所で、少女が向き直った。元気になったら? と小首を傾げる。視線の絡む状況に耐え切れなくなったのは、当事者ではなかった。
「て、敵か!?」
「そう、正真正銘敵だにゃー! クマー! クマー!」
 タイミングを計って待ち構えていた白虎の乱入である。
「襲ってやるー♪ がおー!」
「あ、ちょ。何いい所で邪魔してるんだよ!」
 一足遅れて灯吾が現れた。
「い、いつから見とったんじゃ!?」
 柏木が茹蛸のように赤くなって2人に食って掛かる。
「元気になったら。‥‥楽しみにしていますわね」
 そんな様子を見ながら、エリザが微笑んだ。

●そして、日常へ
 細い月もまた、沈む事無く地平の上を漂う。極地の空は、不思議に満ちていた。
「お月様‥‥あなたから見た地球は青い宝石に見える?」
 短い夜。ランタンの明かりの下で、ナレインは静かに囁く。この辺りにいたキメラは、ナレインの呼び笛に釣られた数匹だけだったのか、あるいは大勢の気配に怯えたのか。朝まで、敵の気配は無かった。そして、その日の出と共に。
「皆、起きて。捜索隊が来てくれたわ!」
 シャロンの明るい声に、ヘリのローター音が重なる。もぞもぞと起き出す一行と、その間に散らばるキャンプの名残が朝日に照らされていた。
「あはは、昨日は沢山食べたわよね。片づけ位、しておく?」
 ナレインが少し眠そうに笑う。

 その1時間後、一行はタシーラクへと着いていた。奇妙な一夜を共にした傭兵達は再会を約し、ある者は治療室へ、あるいは次の移動へと動く。そんな中、輸送機の状況を気にかけていた灯吾と球基は軍の窓口へやってきていた。
「‥‥未帰還、か」
「撃墜されたっていう訳じゃない、みたいだ」
 目下捜索中という返事を受けた2人が、心配げに窓外の空を見る。
「後で脱出できていればいいんだけど‥‥」
 現地敵情の報告に訪れていた硯も、2人と共に空を見上げた。どこまでも遠く、目に映るものは何も無い空を。