●リプレイ本文
●たこちゅーについてのいくつかの考察
サック、サック‥‥と、山を掻き分け歩く音。響かせているのは、8人の能力者たち。
「吸盤が‥‥ハートマーク‥‥‥‥絶対‥‥捕まりたくないな‥‥。顔につけられたら‥‥かなり‥‥恥ずかしい‥‥」
幡多野 克(
ga0444)が俯きながらぶつぶつと呟いている。いつもどおりの彼の口調のはずだが、なんだか病んでしまっているようにみえるのは気のせいだろうか。
「うふ、うふふふ‥‥アハハハ、ア〜ハハハハハハハッ♪」
隊列の最前を歩く伊万里 冬無(
ga8209)は既に完全に病んでいるようだ。克なんてこの冬無の様子と比べればまだ全っ然普通だ。
「何故私がこんな怪しい依頼に出なければなりませんの‥‥貴方に誘われて入った依頼はまともな物がありませんわ‥‥」
その後ろをがっくりと項垂れながら歩くのは大鳥居・麗華(
gb0839)。その姿はまるで、首に見えない首輪が付いていて、見えない鎖で冬無に引っ張られているようだ。
「バグアもどうしてこう、私好みのキメラを生み出してくれますですか! 1週間も消えないハートマーク‥‥(20秒経過)‥‥ああぁぁ、素敵じゃないですか!」
たっぷりと妄想して恍惚の表情を浮かべる冬無。輝くその瞳に麗華が映っているような気がするのは、たぶん、気のせいじゃない。
麗華は断固聞こえないふりをしながら今回の作戦について思慮を巡らす。
「しかも囮だなんて‥‥タコにタコ殴りされないようにしなければなりませんわね。‥‥いえ、寧ろキスされないようにでしょうかしら」
真面目に考えれば考えるほど、余計にどよ〜んとしていく麗華。なんだかすごく可哀想だ。
「タコって1杯、2杯と数えるんですね」
そんなやり取りを余所に、依頼内容を読み返しながら何やらメモを取っているのは千祭・刃(
gb1900)。勉強熱心、実に感心なことだ。
「そしてタコはキス魔なんですね。それも初耳です」
更にメモを書き進める刃。やがてパタンとメモ帳を閉じ‥‥
「帰ったらとーちゃんとかーちゃんに教えてあげよう」
‥‥いや、最後にメモした一行はどうか君の心の中に仕舞っておいてくれ。
「こうゆう変わったキメラもいるんですね。味はどうなのかな?」
前田 空牙(
gb0901)がふと言った。
‥‥え。食べるの?
「美味しいのかな‥‥」
「タコはやっぱり茹でて刺身にかぎるっすよ」
同じく首を傾げる克に、巽 拓朗(
gb1143)が普通に返す。え。キメラだよ? ピンクだよ? キス魔だよ?
「タコ刺、タコわさ、炙りも酒が進むのう♪」
秘色(
ga8202)も揚々と応える。そうか、食べるのか‥‥。
「いざ行かん、肴を捕りに!」
びしっと前を指差す秘色。その指差した先から‥‥
「いたわよ!」
何故か水着姿の天道 桃華(
gb0097)が大真面目に叫ぶ。駆け寄る7人。その視線の先には、無数のたこちゅー(固有名詞)達がうにょうにょ蠢いていた。
●たこちゅーが憑いてのいくつかの悩殺
「おお、うようよしておるのう‥‥ピンクで」
その光景に、秘色が思わず嘆息する。なんとなく緊張感に欠けるのは仕方ない。だってピンクなんだもの。
「アハっ♪ ゾクゾクしますです、ウフフフフフ」
「本当に水飲んでますわね。水腹にならないですかしら?」
舌を舐めずり哂う冬無を全身全霊でスルーして軽口を叩く麗華の頭に、ぴょこんと狼の耳が生える。
「このタコ! こっちに来なさいですわ!」
最も近い場所にいるたこちゅーへ、麗華が衝撃波を飛ばす。たこちゅーはその衝撃にびくんと体を震わせると、軟体動物とは思えない速さで麗華へと迫る。
「ちょ、ちょっと来すぎですわぁ!?」
突進しながら伸ばされた触手を必死の形相で切り落とす麗華。更に迫り来る触手。それが麗華を絡めとらんとする直前、冬無が片手を差し出し自らを犠牲にして麗華を守る。
「っ! ありが」
「アハハハハハっ♪ この締め付け、最高ですっ!」
「‥‥‥‥」
礼を述べようとした麗華だが、やっぱりやめとくことにしたらしい。
「助けます‥‥」
駆けよった克が、冬無を縛り付ける触手を斬り落とす。
「アン‥‥」
何故残念そうな表情をする、冬無よ。
「皆でタコをタコ殴りです!」
すかさず刃の槍がたこちゅーを串刺しにする。そして文字通りタコ殴りされるたこちゅー。
「僕たちも行きましょう!」
麗華の班の激闘を受け、空牙が檄する。
「うむ。しかし『タコをタコ殴り』とは、刃も上手いことを言うのう」
後で刃に一杯振舞ってやろうと思いつつ、戦闘に備えしゅぴっと装備品を身につける秘色。その装備品は‥‥鼻眼鏡。
「‥‥‥‥」
無言の空牙。秘色の心中としては、墨攻撃の可能性も考えての目潰し対策らしいのだが、それにしても何故に鼻眼鏡。
とりあえず気にしないことにした空牙は一杯のたこちゅーへと迫り、挑発の一撃を加えると、班員のもとへと一気に駆け抜ける。
「セクハラおピンクタコは、マジカル♪桃華がお仕置きしてあげるわ!」
更にこちらへとおびき寄せるべく、未来の魔法少女(自称)・桃華の小銃からあらん限りの銃弾がたこちゅーへと浴びせられる。幾らかは命中するが、また幾らかはくねくねと体を曲げながら避けられてしまう。正にタコ踊り。だいぶ気持ち悪い。そして気持ち悪いたこちゅーが遂に4人の元へと辿り着く。
「これが本当のタコ殴りだ!」
空牙の言葉を合図に、たこちゅーを取り囲みタコ殴りする。しかし‥‥
「斬りづれぇ、このぐにゃぐにゃやろう!」
拓朗が吐き捨てる。くねくねうにょうにょと身悶えするたこちゅー相手に、なかなか命中させることが出来ない4人。
「くそ、こうなったら‥‥!」
拓朗はたこちゅーへと突進する。そして‥‥
「過去にオカマさんと熱いキスを経験した俺なら、タコぐらいへでもねぇっす!!」
自らたこちゅーにきつく抱擁され、熱く口付けられる拓朗。こうしてたこちゅーを固定してしまえば攻撃も命中するだろうとの算段。拓朗の脳裏を過ぎるのは、忘れられない夜のこと。初めての依頼。オカマさんとの熱い接吻‥‥その記憶に打ち勝つための、実に男らしい勇気ある行動だ。かくして拓朗のトラウマは、『オカマさんとの熱いキス』から、『ショッキングピンクのタコとの熱い抱擁とキス』へと塗り替えられた。‥‥本当にそれでよかったのか、拓朗。
「さあ! 今こそ全員でボコる時ぞ!」
「オラオラオラー、萌えっ子無双の始まりよ!」
ともあれ拓朗の作戦自体は大いに功を奏した。固定されたたこちゅーを4人で盛大にボコる。
こうしてまずは2杯のたこちゅーが葬られた。しかし、8人の前にはまだまだ無数のたこちゅーがうねうねしている。一体どれだけ居るんだコイツら‥‥
●たこちゅーを衝いてのいくつかの誅殺
気が付けば戦場は完全に乱戦状態となっていた。無数のたこちゅーと8人の能力者が入り乱れての盛大なタコ踊り大会が繰り広げられている。
「僕は、まだキスしたことが無いんです! するなら好きになった人としたいです!!」
タコ踊り会場の中央で叫んでいるのは刃だ。鬼の形相で長剣と短剣を両手で振り回すその目はもう半泣き状態だ。そして抵抗も虚しく‥‥
「あああああ! とーちゃんに怒られる! そんなのは嫌だー!」
たこちゅーにぎゅむーっと抱擁される刃。それでもキスだけは必死で避ける。キスを避けるべく左右に激しく振られる刃の顔。左右に飛び散る涙。見れば刃はもう号泣しているではないか。嗚呼、可哀想な刃。
その後も続々と被害者は増えていく。
「離れなさいよこの変態タコッ!」
桃華は絡みついたたこちゅーの触手を豪力で無理矢理引き千切る。ううむ、正に無双。
「おやおや‥‥お主も好きよのう?」
秘色は見事な余裕っぷりで絡みついた触手を切り落とす。
そう、皆だんだん気付いて来た。たこちゅーはすごく気持ち悪いが、実はあんまり強くない。絡み付いてきたときは寧ろ倒す好機である。‥‥まあ、ハートの痣と引き替えだが。
「捕まえるのは禁止ですわ!?ちょ、そこ見てないで助けなさいな!」
そのことにまだ気付いていない麗華が、遠巻きに見ている克に必死の形相で助けを求める。
「わかってる‥‥」
克のスコーピオンが正確に麗華に絡みつくたこちゅーの触手を撃ち抜く。無論克はただ遠巻きに見物しているわけではない。乱戦に巻き込まれぬよう後方から確実に絡まれた仲間を助けていく。‥‥でもちょっとずるっこい気がするのは気のせいだろうか。
「俺が殺るっす!」
触手が打ち抜かれたのを合図に、オカマさんのトラウマを見事乗り越えたニュー・拓朗がたこちゅーの胴体を流し斬る。
「あああああ!!」
「いま行きます!」
相変わらず可哀想なことになっている刃のもとへ空牙が駆け寄り救出する。
「くっ‥‥タコ焼き、タコの酢の物、どれになりたいですか!?」
刃の渾身の反撃。きっともう誰も刃を止められない。
一方、冬無は自らの腕にたくさんのハートマークを付けつつ、触手には構わずたこちゅーの本体のみにガスガスと斧を振り下ろしていた。
「あぁ、良いですっ! この感触、たまらないです♪」
ううううむ、こちらも無双。
かくして、たこちゅーを殲滅し終えたときには、克と空牙を除く全員が体の露になった部分にたくさんのハートマーク、加えて拓朗は熱い接吻のおまけつき。
払った代償はとてつもなく大きい‥‥しかし、彼らのその勇気によって、地球の平和は守られたのであった。
●たこちゅーを囲んでのいくつかの食卓
「とりあえず倒し終わったことですし蛸パーティーですわね」
全身絆創膏だらけの麗華が、どん、と鍋を用意する。怪我をしたわけではなくハート型の痣を隠そうとしたらしいが、残念ながらハートが多すぎて全然隠せていない。どんまい麗華。
「〜♪」
秘色は『全てはこの瞬間の為』と云わんばかりの上機嫌でたこちゅーの脚を清水で洗う。そのまま手際よく斬り、一部は火で炙り、また一部は麗華の鍋に放り込まれていく。
克もその様子を興味心身で見つめている。
「綺麗な湧き水‥‥飲んでるから‥‥意外と美味しいかも‥‥?」
桃華も空牙も拓朗も刃も、今か今かと調理が終わるのを待っている。‥‥君達、そんなに喰らいたいのか、このショッキングピンクの触手を。
やがて食卓に並んだのは生の刺身、茹でた刺身、炙り、タコわさ。
「仕事の後の一杯は格別じゃ♪」
早速秘色がタコわさを肴に日本酒をラッパ呑みする。表情を見る限り、どうやら美味しいらしい。他の皆も次々に箸を伸ばし、たこちゅー料理を楽しんでいる。
「あ、僕は生は遠慮しておきます。かーちゃんが『今の時期は食中毒になりやすい』と言っていましたので」
秘色から酒と共に勧められた生の刺身を、刃は丁重にお断りする。‥‥いや、それよりも食材がキメラだということのほうに留意したほうが宜しいのではなかろうか。
「さて、せっかくですし水遊びくらいはしませんとね? 水も冷たくて気持ちいいことですし」
楽しい食事を終えて麗華がすくっと立ち上がる。
「ええ、行きましょ♪」
桃華が言うよりも早い勢いで小川へ駆け出す。そのためにわざわざ水着姿でこの依頼を受けたのだ。
「‥‥着替え覗いたら、潰しますわよ?」
麗華が言いながら後ろを振り返る。一体何を潰す気なのかあれこれ想像を巡らし慄く一同。しかしその中央から‥‥
「アハハハ〜♪ 麗華さん、これ似合ってますですか?」
満面の笑みで駆け寄って来る冬無。その体には、未だうねうねと動き続ける新鮮な触手達が絡み付いている。
「いやですわー!!」
全速力で逃げ出す麗華。
そんなこんなで美味しいたこちゅーを食べて元気一杯の7人となんだか余計に疲れてしまった麗華は、たこちゅー料理を土産に帰途へついたのであった。