●リプレイ本文
●the Set/集結
夏の色に染まる、なだらかな丘。無数の向日葵たちが太陽を見つめる中、同じように一人の少女が、巨大な太陽を見つめていた。
「彼女ですね」
遠倉 雨音(
gb0338)がその姿を確認した。丘に座る少女、そして、その眼前には太陽のように燃え滾るキメラ。何故こんな場所にいるのか。目の前に迫るそれが異質の存在であることくらい分かるであろうに‥‥いずれにせよ、
「早く助けないと!」
古郡・聡子(
ga9099)が雨音の、否、ここにいる8人全員の声を代弁する。
「あぃ! 頑張るよ!」
「熱くなり過ぎない様に、気をつけて下さい」
初戦闘に気合を入れるLetia Bar(
ga6313)を、保護者である愛輝(
ga3159)が窘める。考えるのはやはり丘に座る少女のこと。キメラに魅了されたのか、それとも、別の理由があるのか。
「まあ、まずはキメラから離れてもらわないとな‥‥アンジュ、ティル、行くぞ。木花、そっちのほうは頼む」
「分かりました。そちらもお気をつけて」
藤村 瑠亥(
ga3862)が旧知の戦友達に声を掛け、木花咲耶(
ga5139)がそれに応じる。
「このひまわり‥‥キメラじゃないですよね‥‥?」
見ると、向日葵に囲まれたティル・エーメスト(
gb0476)がカタカタと震えている。どうやらかつて戦った、うねうね動くひまわりを回想しているらしい。
「‥‥エーメスト、これを」
『‥‥』の間に(「不思議っ子‥‥?」)と思いつつ愛輝がティルに手渡したのは大きなハム。丘に座っている理由は分からないが、ともあれこの暑さの中だ。場合によっては何か食べ物を与えるべきかもしれない。
「わーい、ハムです! ‥‥って、あぁ! 僕が食べちゃダメです!」
うん。落ち着けティル。
「そうです、ティルさんが食べちゃダメです」
ティルの保護者(自称)であるアンジュ・アルベール(
ga8834)がティルの言葉を繰り返して念を押す。
美味しそうなハムを我慢しつつ、8人は丘の上へと馳せた。
●the girl Sees the Sun/太陽を見つめる者
愛輝と咲耶がキメラと葵の間に割って入る。2人は葵を護るように構えるが、キメラが襲ってくる気配はない。どうやら向こうから先攻してくる考えは無いようだ。ティルもキメラへ近付く。太陽のような形状。それならば、やはり太陽のように、核となる部分が存在するのではないか。くまなくキメラの様子を観察するティルだが、しかし、それらしいものは見当たらない。
「ダメですね‥‥特に弱点らしいところは見つかりません」
「そのようですね‥‥」
ティルと無線で話すのは雨音。雨音もまた遠目から双眼鏡でキメラを観察するが、その本体は球形のスライムのようであり、どうやら核のようなものは持たないようだ。
殺気立った現場の空気。それを眼前にし、しかし葵はキメラから視線を逸らすことはない。
「あの‥‥」
その視線を、アンジュが遮る。が、遮られてもなお、葵は一点を見つめ続ける。
「お願いです。少しだけそこから離れて、お話して頂けませんか?」
「‥‥邪魔」
返ってきた言葉は問いかけへの返答ではなかった。相変わらず視線は遠く、キメラの方向に注がれたままだ。
「藤村さん‥‥」
「ああ」
アンジュに乞われ、瑠亥が葵の前へ歩み出る。
「理由は後で聞く、悪いが今は離れてもらう」
瑠亥は葵を抱きかかえようとするが、葵は無言でその手を振り払う。
「頼むから、大人しくするんだ」
「邪魔しないで!」
文字通りの押し問答が続く。葵はまるでこの丘に根を張ってしまったかのように、断固として動かない。
「落ち着いてください!」
暫くの問答の末、アンジュが葵のすぐ目の前まで顔を近づけ、声を張り上げる。思わず、葵の視線がアンジュへと移る。
「あれはキメラなのです! 危険です!」
「キメ‥‥ラ‥‥‥‥?」
葵の中でその単語が反芻される。再び戻る視線。その瞳に映るのは、真紅の火炎に包まれた、巨大な、キメラ。
「‥‥いやああああああああ!」
葵の心を占有していたそれが、葵の中で正体を現す。心の全てを占めていた憧憬は、心の全てを支配する恐怖へと変わる。
「こわい、こわい、しにたくない、しにたくない‥‥!」
うわ言のように叫び、暴れる葵。振り乱す手がアンジュの顔を叩く。
「やめてください!」
慌てて駆け寄るティル。しかし、アンジュはティルを振り返ると、静かに首を振る。
「大丈夫。大丈夫です」
アンジュはしがみつくように葵を抱きしめ、大丈夫だと繰り返す。やがて、少しずつ落ち着きを取り戻すと、葵は瑠亥に抱きかかえられていった。
●the Set/日没
「避難完了です!」
「分かった」
ティルから無線で連絡を受け、愛輝が応える。
「では‥‥征きます」
愛輝が全速力でキメラの後方へと回り込む。可能ならば極力向日葵の少ない場所へと誘導したかったが、見渡す限り果てなく広がる向日葵‥‥ならば、向日葵に被害が及ぶ前に、速攻で片付けるのみ。
「こっちだ!」
キメラを咲耶と挟む位置から、火の玉へと爪を突き立てる。多少の火傷など覚悟の上だ。巨大な火の玉がゆらりと揺れる。そして、退いた愛輝を追うように、炎を纏ったキメラが突進する。
「遅い!」
後方へ下がり、その突進をひらりとかわす愛輝。
しかしキメラはかわされたことを意にも介さず、火炎を噴き出す。
「あっつッ!」
火炎は愛輝の後方に控えるレティアまで届いた。とっさにシールドで炎を防ぐレティア。
そして、長い火炎が止むのと同時、
「あなたの相手はこちらですよ」
背を向けるキメラに、すかさず咲耶が斬りかかる。火炎を噴き終えたキメラが、咲耶を威嚇するように再びゆらりと揺れる。
「レティアさん、大丈夫ですか!?」
「私はだいじょぶ‥‥でも、もうちょっと下がったほうがいいかもね」
駆け寄る愛輝に気遣われながらも、レティアが気遣うのは傍らの向日葵たち。火炎を避けることもあるいは出来たかもしれない。しかし、避ければこの向日葵たちが焼けてしまう。
「‥‥無事かな? 早く終わらせるからね」
向日葵をひと撫でし、後方へと馳せるレティア。その思いは聡子もまた同じだった。
「街を守るためにも、早くキメラを退治しないと‥‥!」
火の玉を聡子の放った矢が射抜く。無機質な姿からは表情など読み取れやしないが、その揺らめきは苦痛の色のようにも見える。
最後方に布陣する雨音が、無線機を取る。
「Letiaさん、敵の弱点を発見しました」
「マジでっ! どこっ!?」
後方に下がりながら、レティアが応答する。
「火炎を噴くとき、口のようなものが開きました。おそらくあのポイントを狙えば‥‥」
「なるほど。じゃ、次に火を噴いたときが」
「チャンス、ですね」
「了解したっ!」
無線越しに、雨音がにこりと笑う。レティアもまた、無線越しに満面の笑みを返す。
葵は頭を抱え小さく震えている。それをアンジュはただ抱きしめ続ける。
「‥‥ティル」
「は、はい!?」
戦況を眺めていた瑠亥が、ふと声を掛ける。唐突なそれに、思わずびくっとするティル。
「俺は向こうに加勢してくる。お前は男の子だ。姉と女性、維持でも守り抜け」
言うと瑠亥はキメラの元へと馳せた。
「‥‥はい!!」
その背中を見送り、ティルは男らしく返事をする。
「ティルさん、私たちの力は、皆さまを守る為のものです。忘れないで下さいね?」
気負って無茶をしないようにと、アンジュが念を押す。
「大丈夫、真っ黒に焦げるつもりはありません!」
振り返り笑ったティルの表情は、少し大きくなったように見えた。
「さて、そろそろ終わらせようか」
咲耶へ駆け寄り、瑠亥が言う。
「頃合ですね」
咲耶が応えると、二人は同時に左右へと散る。
「私の刀の威力を味わいなさい。二つも太陽は必要ありません」
右から咲耶が一刀、左から瑠亥が二刀、それぞれ重い斬撃がキメラへと与えられる。
「釣ります!」
無線越しに愛輝が言う。先刻の火炎の範囲ギリギリの位置から、銃弾を打ち込む。キメラが愛輝の方向へ揺らめく。そして次の瞬間、キメラが口を開き、火炎を噴き出す。
「今です!」
避けながら愛輝が叫ぶ。
「空に太陽は二つも要らない――紛い物は、さっさと失せて下さい」
「ぶちかませーっ!!」
キメラ目掛けて、雨音とレティアの2つの弾丸が飛ぶ。それはキメラの噴火口へと呑まれ、内部で弾ける。紛い物の太陽は、没した。
●the girl Sees the Sun/生きているのだから
「こっちです! お願いします!」
燻ぶる丘を駆け下り、聡子が消防団を呼ぶ。危険な状況ゆえに断られることも覚悟していたが、街の向日葵を愛する消防団員達はふたつ返事で参じてくれた。
戦いが終わり、葵はまた呆けてしまっていた。しかし、今度は憧憬のそれではない。憧憬に占められ、次に恐怖に支配された心。恐怖が去った今、葵の心の中は、文字通り、空っぽだった。
「ハム、食べますか?」
差し出されたのは、大きなハムとリンゴジュース。葵が顔を上げると、そこにあるのはにこっと笑ったティルの顔だ。
「‥‥‥‥ありがとう‥‥」
思えば、数日何も口にしていなかった。受け取ると、葵は少しずつ口に運ぶ。
8人は、葵が食べ終えるまで、声を掛けるのを待つ。ハムを綺麗に食べ終え、リンゴジュースを飲み干すと、アンジュがまず声を掛けた。
「どうして、こんな所にいらしたのですか?」
「‥‥‥‥」
「何か、事情があったんですか?」
聡子が優しく、しかし具体的に、問う。
やがて葵は、ぽつぽつと語り始めた。大好きな人がいたこと。その人に、別の想い人がいたこと。そして‥‥過ちを、犯してしまったこと。8人は急かさず、ゆっくりと、最後まで葵の言葉を聞いた。
「お前の想いは本物だろう。だが、自分を見てくれと思うのは悪いが自己の欲求でしかない」
瑠亥の言葉は短く、しかしそれゆえ、瑠亥自身がそれだけは確かだと思えること。愛するということは、自分の欲求をただ傲慢にぶつけることではない。相手を愛するのなら、真に相手を想うのなら、相手の想いを汲まなければならない。
「自分が何一つとして後悔しない行動をしろ。その結果が自分の望むものでないとしても。その過程で得た物は決して間違いではない」
大切な人を亡くした過去‥‥背負う咎はあるが、今の瑠亥に後悔は無い。誰かを想うときに、正しいやり方など無いのかもしれない。間違うこともあるだろう。しかし、少なくとも言えるのは、誰かを愛するには、自身が強くなければいけないということ。
「あなたは彼を理解していましたか?」
咲耶が問う。葵は少し悩んでから、首を振る。
「あなたの理想を通して、彼を見ていたのではないですか?」
咲耶が問う。葵はまた少し悩んでから、静かに頷く。
「‥‥それでは、あなたを受け入れるはずはありません」
咲耶が告げる。俯いた葵は、自分を顧みて、涙が零れた。
「いつまでも逃げずに己の犯した罪と過ちを吟味し前へ進みなさい。あなただけの太陽が、いつか見つかるわ」
咲耶の声色が微笑む。
「貴女は、赦されたいのでしょうか? それとも、もう一度その方にお会いしたのですか?」
アンジュが問う声は優しい。
「どちらにしても、貴女がいらっしゃるべき場所は、ここでは無いと思うのです。‥‥私、全然判って無いのかも知れないです。でも、お願いです。何もかも、諦めないで下さい」
叱咤でも激励でもなく、アンジュの言葉は懇願であり、祈りのようだった。
「僕は‥‥」
ティルが、考えながら口を開く。
「僕は、僕の大切な人の悪口を言われるのは‥‥イヤです。そして、それを言っているのが僕の知っている人だったら、僕はとても悲しいです」
恋心というものはまだよく分からない。だからティルは、自分も大切な友達や大切な家族に置き換えて考える。そんなティルの言葉は、普遍的であるがゆえに、素直に、そして強く、葵の心を射る。
「葵様は、大切な人を傷つけてしまったんです。大切な人を傷つけてしまったら、ご自分も不幸になります。‥‥この世界には、取り返しの付かないことって、たくさんあると思います。でも、そうじゃないものだって、たくさんあると思います。もう、ご自分を許してあげてください」
アンジュの言葉が祈りならば、ティルの言葉は赦しのようだ。
「まさに向日葵の花言葉‥‥人を想うって良い事だけどさ、頑張る方向間違えちゃったんだね」
レティアが咲き乱れる向日葵を眺めながら呟く。その花言葉は、『貴方だけを見つめている』。
「向日葵を見てる暇があったら、自分を磨く事に時間を使えば良い」
愛輝もまた葵のほうは見ず、独り言のように言う。
「座ってるだけじゃ、何も始まらない。後悔を後悔で終わらせるな。悲しみを悲しみのままに終わらせるな。イイ女は、一日にして成らずだ」
「うんうん! 失恋は女を磨くチャンスだよっ! 間違いに気付けた君なら、もっと良い女になれる♪」
レティアが葵のほうを振り返り、満面の笑みを送る。
「上を向いていれば涙は零れません‥‥ですが、私は涙が零れたとしても、前を向いて歩くことが大事ではないかと思います。前には辛いものが見えるかもしれません。それを直視し、逃げずに進んでいく‥‥それが、償うということなのではないでしょうか」
葵は涙を零したまま、こく、と頷く。
「さぁ、立って!」
聡子が葵の手を取り、立ち上がらせる。願うのは、早く元気になってくれること。いつか元気に笑ってくれる葵に会いにいけたらいい。
葵は前を向き、歩き出す。瞳からはまだ涙が零れる。それでも、前を向き、歩いていく。空高く輝く夏の太陽。明るさと厳しさと併せ持つ陽射しが、葵の歩く道を照らしていた。