●リプレイ本文
●アイノトビラ/愛の扉
そこは古びた洋館の前。
ロマンは扉の前に佇んでいた。否、正確に言えば、立ち竦んでいた。この扉の向こうに、伝説の薬があると云う。しかしまた、この扉を開ければ、恐ろしい怪物もいると云う。様々な葛藤が彼を扉の前に静止させていた。扉に手を掛けようとしては、その手を引っ込める。どれくらいの時間、その行為を繰り返しているだろうか。そして、もう何度目になるのか、再度扉に手を伸ばしたそのとき‥‥
「ロマンはん、無事やったんやね!」
びく、と震えた後に振り向いたロマンの視線の先には、8人の能力者がいた。
「その様子やとまだ乗り込む前やったみたいやね。さあ、離れるで!」
安堵の表情を浮かべ、手を差し出す志羽・武流(
ga8203)。状況が飲み込めないロマンに鐘依 委員(
ga7864)が状況を説明する。理路整然とした口調、そして静かな目で。ロマンは未だ困惑は隠せないものの、ひとまず状況を理解する。
「あんたがサラはんを思う気持ちはよぅわかる。けどな、無茶して手に入れた薬使って病気を治したとしても、彼女、喜ぶと思う?」
武流はそうロマンを諭し、敷地の外へと連れていく。
「ロマンはんの避難は俺がやるさかい。キメラ退治は任せるで!」
と、仲間に言い残して。
「‥‥さてと‥‥蛇退治か‥‥」
城田二三男(
gb0620)の頭を過るのは、サラの手紙の中の一文。
(「‥‥『ただ愛されるために生まれたて来たんじゃない』‥‥か‥‥」)
ふん、と小さく笑い、二三男は洋館の正面に位置を取る。同じく、主力組の委員と神無月 るな(
ga9580)が、二三男よりやや離れた位置に布陣し、その気配を隠す。
「‥‥あんな手紙見ちゃったら手伝うしかないじゃない」
フィオナ・フレーバー(
gb0176)が小さく呟く。二人のために何が出来るだろうか‥‥。
「それでは、私たちも配置につきます」
「あんまり無茶はせんようにのう」
裏口組のアンジュ・アルベール(
ga8834)とオブライエン(
ga9542)がそう言葉を残し、洋館の裏へと向かう。アンジュが事前に役所から借り受けてきた洋館の見取り図によれば、裏からの突入に活用出来そうな出入り口は1箇所。仮にも貴族が住んでいた建物なので、それなりの広さがある。裏口から正面の扉までは多少の距離がありそうだが、正面への到着がやや遅れることは作戦上問題は無いだろう。何せ、到着が早すぎれば囮を使う意味が無くなる。
準備は整った。あまり無茶はしないように。そうフィオナに声を掛けられ、辰巳 空(
ga4698)は優しく頷く。
この扉の先に、キメラというもう1つの扉がある。その扉の更に先‥‥ロマンの想いの先にあるものは、一体何であろうか。
空は盾を構え扉へ近付くと、一気に扉を蹴り開けた。
●the opened door/開扉
扉が開くのとほぼ同時。大蛇がその巨体を撓らせ、頭から空へと突っ込んだ。想定通りの攻撃。空はそれを盾で受け止めると、その勢いのまま後退し間合いを取る。
「今です!」
フィオナが、無線機で裏口組へ突入の指示を出し、次いで主力組3人の武器に練成強化を施す。空は大蛇を引きつけながら後退していく。その先には、顔を押さえた二三男が待ち構える。その瞳は、紅い。
「‥‥悪いが待ちきれない奴もいるみたいでな‥‥さっさとぶっ殺されてもらうぞ‥‥」
二三男は空を追う大蛇の側面から重い一撃を打ち込む。大きな首で二三男を振り返る大蛇。続けて双剣で斬りかかるが、大蛇は口を開き、その牙で剣を受け止める。そしてそのまま、牙から二三男へと酸を放出する。
「‥‥くっ」
大蛇は二三男へのダメージを確認すると、そのまま首を反転させ空へ噛みつかんとする。しかしその牙は空の盾に弾かれる。空がすかさず二三男が斬り付けて出来た傷を確認する。半分ほど回復しているだろうか。傷は初撃の一発のみ。それすら半分ほどしか回復出来ないとあれば、大蛇の回復能力は然程大したことは無いだろう。いける。空は確信する。その確信をより確かなものにするべく、フィオナが練成弱体を掛ける。
「速攻で片付けましょう!」
「恨みはないですけど‥‥ここを通ります!」
フィオナの声に呼応するように、るなが十分に威力を挙げた銃弾を打ち込む。更に、大蛇がるなの方を見遣ったその一瞬の虚を、委員の弾丸が貫く。
大蛇の呼吸が荒くなる。あと少し。あと少しというところで、大蛇は目の前の能力者たちを一瞥すると、突如として体を反転させる。
逃がさない。空が瞬時に大蛇の脇へと回り込む。それと同時に、大蛇の正面からその頭部へと銃弾が届く。裏口から回り込んで来たオブライエンだ。想定していたよりも合流が遅れたが、戦況からすればそれも好都合だった。紫煙を燻らせるオブライエン。更にその脇から、アンジュが大蛇目掛けて突進する。
「酸には注意するんじゃよ」
オブライエンの危惧に応えるように、大蛇がアンジュに強酸を浴びせる。しかしアンジュは怯まず、そのまま剣を構え大蛇に突っ込んだ。
「あなたに掛ける時間はさっぱりありません。今すぐお刺身にして差し上げます!」
その言葉通り、アンジュの刀は大蛇の躯をスライスするかの如く斬り裂いた。そしてその巨体は、二度と起き上がることは無かった。
●the opened door/可能性
「それでは‥‥私はこれで失礼します」
大蛇が斃れると、空はすぐさま他の能力者にそう告げ、屋敷を後にした。
余命半月‥‥それは絶対的な予測ではない。症状を抑えられれば1年、2年と生き永らえることもあるし、逆に明日にも容体が急変して帰らぬ人となることも大いに有り得る。それゆえに、新米とはいえ医者でもある空としては、他の能力者とは違った種類の想いがあった。もし、自分が医者として彼女を診ることが出来れば、少しは違った結果になるのかもしれない‥‥だが、それは能力者としてこの任についた彼の仕事ではない。
「‥‥本当に、悔しいですね」
空は振り返らず、そう溢した。
「‥‥終わったぞ色男‥‥さっさと薬を見つけて愛する彼女のところにもって行ってやるんだな‥‥」
ロマンを見遣り、二三男は皮肉気に言う。
初めて目前で見る激戦に圧倒されていたロマンだったが、二三男の言葉にふと我に返ると、こく、と強く頷き、一歩一歩、確かめるように扉へと近付いていった。
「‥‥俺はここで待ってるよ‥‥後は任せた‥‥」
ロマンの後を追う6人に声を掛け、二三男はその背中を見送る。やがて一人きりになった二三男の口から零れたのは、恋愛意識の神聖さを謳ったロングフェローの古い詩だ。
There is nothing holier in this life of ours than the first consciousness of love.
ロマンの想いのその神聖さゆえに、我が目で確認するまでは彼の中に可能性は残り続けるだろう。ならば、気が済むまで探させればいい。何か言葉をかけるのは、その後でも遅くはない。
ロマンと共に扉をくぐった6人は、彼と一緒に薬を探した。アンジュはロマンの隣で、額に汗の雫を浮かべながら懸命に探した。その姿は、まるで薬が存在しないことなど忘れたかのようだった。
同様に薬探しを手伝いつつ、怪我などをしないようにとロマンを見ているのは委員だ。当てのない薬探し。本当は何を探しているのだろう‥‥そんな思考が委員の脳裏に浮かぶ。まるで道化のような嫌な仕事だ。この依頼に、果たして意味はあるのだろうか。せめて、依頼人が意味あることと思ってくれなければ、この仕事に価値は無い。
ロマンと6人は存在しない薬を探し続けた。館のあらゆる場所を、隅から隅まで探し続けた。館内を一周し、再び扉の前へと戻ってきたとき、存在しない薬は、その不在を証明した。
●アイ・ノ・ト・ビ・ラ/I’m Not To Be Loved
ロマンに言葉は無かった。思うことは山ほどあったかもしれないし、何ひとつなかったかもしれなかった。虚ろなロマンの視線。その先に、アンジュが一通の手紙を差し出した。その手紙は正しくサラが記したそれだった。委員がUPC本部から借り受けて来たものだ。
ロマンの瞳の色が微かに変わる。筆跡を見て、愛する女性の文字だと確信したのだろう。静かに封を手に取ると、ロマンは手紙を開き、静かに、静かに文字を追った。まるで、サラの息遣い感じようとするかのように。
「ルソーさんはここに薬が無いとをご存じでした。でも、貴方の為に何か一つでもして差し上げたい、何か一つでも、貴方と一緒に成し遂げたい、そう願って、私たちをここに呼んだのです。そのお気持ち、どうか分かってあげて下さい」
アンジュはロマンの瞳を真っ直ぐ見つめて語りかけた。ロマンの目に、アンジュの姿は映っていない。代わりに、ロマンの目からは一筋の涙が零れた。哀しいのだろうか。嬉しいのだろうか。混乱しているのだろうか。それは誰にも分からない。恐らくは、ロマン本人も、分からない。
「お前さん、本当は万能薬など無いことはわかっておるのじゃろう?」
オブライエンの一言が静かに、端的に響く。刹那、ロマンの表情が強張る。それが全くの真実ではないかもしれない。しかしまた、全く図星ではない、と言えば、嘘になるだろう。
「それを認めとうない、サラはんの病気を治したいと、かたくなに思とんのやろ」
武流が言葉を引き継ぐ。ロマンは俯く。肯定‥‥その中に、微かな、後ろめたさ。
「サラさんの傍にいると‥‥つらい?」
フィオナが訊ね終えると同時。ロマンは険しい表情で顔を上げる。否定‥‥違う。それは激情の表情だ。図星を突かれた者が見せる、表情だ。
ロマンがフィオナにその表情を向けたその瞬間、パシ、と音が館に響いた。人の肌が、人の肌に叩かれる音。ロマンは頬が紅く染まる。同じ紅色に染まったのは、るなの手だ。
「逝く者を見取る悲しさは理解できます‥‥が、あなたはルソーさんの気持ちを理解していますか? 愛する人を残して逝く悲しみを理解できるのならば少しでも長く一緒に居てあげる事を考えてください」
ロマンが驚いたような表情で、るなを真っ直ぐと見返す。彼を驚かせたのは、彼女の行動か、それとも、言葉か。
「辛くても、サラさんと向き合っていくしかないと思うの。いま本当にやらないといけないことってなにかな」
「今、お前さんがしなければならないことは、彼女の側にいてやることじゃ」
「ルソーさんの元に帰ってあげて下さい。貴方と一緒で、本当に幸せだったとおっしゃっていらっしゃいますルソーさんの人生を、最後まで、幸せなものにして差し上げて下さい」
声を追うように、ロマンはフィオナを、オブライエンを、アンジュを見る。
「‥‥薬を持ち帰ることが貴方の約束では? 病気の特効薬は無くとも、心の特効薬はあるものです。‥‥さっさと帰れ、バカ男」
「あんたが最後の日まで傍におったほうが、彼女にとってええ薬になると思う」
委員と武流をそれぞれ見遣る。
もう一度俯いたロマンは手で涙を拭い、顔を上げると、深く、頷いた。
●leave the door open(ed)
「じゃあいこうか」
フィオナの誘いに頷くと、ロマンは扉を出た。6人が彼に続く。オブライエンが車を取りに門を出ると、二三男と目があった。オブライエンは何も語らず、ひとつ頷いた。二三男は頷きは返さず、オブライエンから目を逸らすと、ひとつ、溜息を吐いた。
やがて、車はサラの待つ家へと着いた。サラのもとへと向かうロマンの後ろ姿を見送ると、アンジュはおそらくサラがいる部屋であろう、可愛らしいカーテンのつけられた南向きの窓を見上げ、小さく呟いた。
「ロマンさんと、お幸せに」
アンジュの呟きを聞きながら、悲しげな表情のフィオナもまた、窓を見上げた。
ロマンがサラの部屋へと入る。そこまで見届けたるなは、二人へ静かに一礼し、部屋を出た。
「これからは離れたらあかんで」
武流がロマンに告げる。
委員はサラの手に、四葉のクローバーの栞を渡した。
「‥‥私の知り合いが貴方に渡してくれと」
それだけ言うと、委員は素っ気なく帰ろうとする。
去り際、ふと足を止めた委員は、振り返らずに訊ねた。
「‥‥見つかりましたか? あなた方の薬は?」
委員は答えは聞かず、そのまま部屋を後にした。
2人きりになった部屋から、2人の声が共鳴して聞こえた。
‥‥ありがとう。