●リプレイ本文
●Blue Moon Rose〜青い月が昇ったとき
「‥‥随分と荒らされてんな」
黄昏時。目的地へと到着した稲村 弘毅(
ga6113)は、苦い表情で呟いた。眼下には踏み荒らされた花園。その荒らされ方は、彼らの想像を超えていた。
「きっと、すごく綺麗な花園だったんだろうね? ブルームーン‥‥花言葉は何て言うんだろう?」
「奇跡、ですね」
地を青色に飾る一片の花弁を拾い上げ問うた皆城 乙姫(
gb0047)に、アンジュ・アルベール(
ga8834)が応える。
一輪でも、無事でいてくれたら‥‥8人が望む奇跡を探すのは困難に思えた。しかし、臆する者はいない。奇跡を起こすために、まずは、その根源を絶つ。
やがて黄昏は闇へと変わり、そして丘には、青い月が昇った。
各々が得物を手に、敵を待つ。夜の空気は冴え、8人にも緊張が漂う‥‥はず、なのだが。
「あの‥‥その格好は‥‥?」
たまらず黒須 信哉(
gb0590)がツッコミを入れた。
「‥‥え、何か変ですか?」
自分のことだと気付かなかったのか、ティル・エーメスト(
gb0476)はワンテンポ遅れて反応した。変なマスクを被り、更にその上にヘルメットを被るという、素敵に無敵な出で立ちのティル。大変申し上げにくいのだが、変ですか、と訊かれれば、確実に変だった。しかし、その表情は大真面目だ。マスクの上から表情が読み取れるか否かは置いておいて、それはもう超のつく大真面目な表情だ。心優しき7人はマスクの向こうから何かを感じ取り、そして誰ひとりとして、それ以上はツッコまなかったのだった。
この依頼を初陣とする者も少なくない中、和やかなやり取りが彼らの緊張を解したその時。
「現れたようじゃの」
周囲を警戒していたオブライエン(
ga9542)が、双眼鏡を覗いたまま呟く。その視線の彼方‥‥青い月を逆光に、2つの黒い影が浮かんだ。此方に気付いているのかいないのか、影は真っ直ぐ此方へと向かって来る。
やがて、影がはっきりとその姿を現した。
「行くぞ‥‥抜かるなよ!」
弘毅の言葉を合図に、8人は一斉に動いた。
●Before Blue Moon〜青い薔薇を背に
「みんな、頑張って倒そうっ!」
8人は花園を背に布陣した。これ以上花園を荒らされぬように。一斉に覚醒する8人。乙姫が声を上げる。
「銀龍は覚醒しているのか?」
無自覚に覚醒した銀龍(
ga9950)は、自分の掌に咲いた花を見やり、首を傾げる。
「物の怪や! 私がお相手いたしますわ」
木花咲耶(
ga5139)がキメラの片割れを挑発する。自然を踏みにじるものは断じて許し難い。美の感覚がないものは黄泉へ帰ってもらう。
一瞬、もう一体のキメラも咲耶の挑発に反応する。が、
「余所見すんなよ、てめぇの相手は俺達だろうが!」
咲耶がキメラを薙ぐのとほぼ同時、もう一体のキメラに弘毅の爪が食い込んだ。咲耶が対峙する側はあくまで牽制。8人の第一の狙いは此方であった。
急所を突かれたキメラがうろたえたその隙を、アンジュは見逃さなかった。
「絶対に、これ以上思い出を荒らさせません!」
キメラの側面に回り込んだアンジュが、渾身の一撃を打ち込む。そして、切り開かれたばかりのその傷に、信哉のワイズマンクロックが命中する。更に、今度は正面から銃弾が撃ち込まれる。
「悪いが、時間をかけるわけにはいかんのじゃよ」
後方から戦況を冷静に見守るオブライエンが、バロックから硝煙を燻らせながら言う。その言葉通り、間髪入れず繰り出される攻撃の数々。
が、勿論キメラも黙ってはいない。キメラはその大きな顎でアンジュに噛みついた。
「危なくなったら無理しないで下がってねっ!」
すかさず乙姫が練成治療を行うが、その威力は侮れない。
咲耶とティルが牽制しているもう一体のキメラも、片割れを救わんと、行く手を阻むティルへと突進する。ティルを庇うべく盾を構えた咲耶が間に入り込む。弾き飛ばされる2人。
「くっ‥‥そんな攻撃では私を傷つけることはできませんよ」
強い視線で咲耶が言う。
「痛くない‥‥痛く、ない」
ティルも自分へそう言い聞かせながら立ち上がり、咲耶と睨みあうキメラの脇へと剣を振るう。
「こんな近くでキメラ見るの、銀龍は初めて」
ハルバードを手に、銀龍はキメラを無表情に見つめる。キメラを間近で見たいと望んでいた銀龍。その体験は感慨深いものだろう。が‥‥
「でもこれ、可愛くないな」
相変わらず無表情ではあるが、どうやら喜び以外の感情も大きいらしい。
「‥‥ん、攻撃するんだった」
その素っ気ない口調とは裏腹に、銀龍は素早くキメラの脇へ回り込み、強烈な一撃を打ち込んだ。その一撃を最後に、キメラは沈黙する。彼らの攻撃は圧倒的だった。
「ハッ、虫ケラが‥‥」
拍子抜けだ、とでも言わんばかりに弘毅が吐き捨てる。
「一気に終わらせよう!」
乙姫の言葉を合図に、6人は休む間もなく咲耶とティルが牽制していたもう一体のキメラへと駆ける。
「『国士無双』の切れ味味わってみますか? ご自慢の顎で防いでみなさい」
もう遠慮をする必要はないと、8人に囲まれたキメラへを咲耶が全力で流し斬る。
本当に圧倒的であった。一体目と同様、否、それよりも速く、彼らの攻撃はキメラの体力を削っていった。キメラも最後の抵抗を見せたが、それも虚しく、終にはその動きを止めてしまった。
●Blue Moon Rose〜ブルームーンローズ
「家庭用工具が必要じゃろうと思って持ってきた」
「わ、ありがとうございます!」
オブライエンが持参した家庭用工具を見て、信哉が称賛を浴びせる。荒らされた花園を修復しようというアンジュの発案に、8人全員が賛同した。アンジュが抱える段ボールには、ガーデニングの用具が山のように入っている。事前に村の人たちから借りて来たものだ。
各自が思い思いの道具を手に取り、花園の修復作業へと取りかかる。
「‥‥やらない理由が無ぇ」
無愛想に言う弘毅だったが、その手には既にしっかり鋏が握られている。意外とやる気満々なのかもしれない。
一人、工具を手にしなかった銀龍は、徐々に修復されていく花園に水を捲いた。曰く、
「銀龍が触ると余計壊れそう」
ということらしい。
花園を修復する8人。できるだけ楽しい雰囲気でしたいと、ティルが周囲を和ませる。元来お気楽な性格な信哉がツッコミを入れたりしながらの、穏やかなひと時。しかし、その視線は常に方々に投げかけられていた。修復作業をしながら、一輪でも無事な花が無いか探しているのだ。昨夜この花園に到着したときから、それはほぼ絶望的だろうと誰もが気づいていた。しかし、彼らは探した。誰もがその青い薔薇の花言葉を思い出していた。ブルームーン。花言葉は、奇跡。
かつてはただ一人の手によって手入れがされていた花園。そう広くはない。8人の手によって行われた修復は、それほど時間を要さなかった。しかし、粗方の修復を終えても、8人はまだ探し続けた。
やがて、太陽が昇り、夜が明けた。青い空にかき消されるように、青い月は白けて消えた。
奇跡は、起こらなかった。
しかし、彼らは出来る限り、否、十二分に、心を尽くした。
咲耶、銀龍、乙姫、ティル、信哉は、沢山の花弁を集めた。綺麗に色形を留めた、どれも美しい花弁ばかりだ。
「稲村さん、例のものは‥‥」
アンジュの問いかけに、弘毅があるものをアンジュに手渡す。それは小さな鉢だった。ブルームーンは薔薇の中でも比較的強い種だ。今は傷を負っていても、丁寧に世話をすればまた花を咲かせることだろう。銀龍が花園から、まだ若い一株を根ごと引っこ抜く。アンジュがそれを受け取り、鉢へ植えようとするが‥‥
「まぁ、待て」
弘毅がそれを制し、アンジュの手から薔薇を奪い取る。よく見れば、根が傷んでいる。キメラに踏み荒らされた際に負ったものだろう。
「コレを‥‥こうして‥‥と」
弘毅は鋏で茎を切り、切り口を十分に潅水させる。挿し木にしようとしているのだ。6月は挿し木に最も適した季節でもある。その余りに手際の良い光景を、7人はただ眺める。
(「口調は怖いけど、本当は優しい人なのかも‥‥」)
そんな7人の視線に気付いているのかいないのか、弘毅は黙々と挿し木を完成させた。
●Before Blue Moon〜奇跡の前触れ
「この度はキメラを退治して頂き、本当にありがとうございました」
村長は報告に訪れた8人を前に、深々と頭を下げた。
「これで人々も平穏な日々を取り戻せるでしょう。本当に、なんとお礼を申し上げれば良いやら‥‥」
「ええと‥‥あの‥‥その‥‥ごめんなさい!」
堪らず、アンジュが村長の言葉を遮った。きょとんとした表情の村長に、咲耶が集めた花弁を手渡す。
「ご察しのとおり、お供えできるものはこれだけです。これから長年奥様が愛した花園を整備され綺麗な薔薇をお供えするかどうかはお任せします。花言葉は『永遠の愛』、その御心を示すかどうかは村長様次第です」
村長は自分の掌いっぱいに乗せられた花弁を見つめる。
「そうですか‥‥いや、もしかしたら、とは思っていたのですが‥‥やはり‥‥」
淋しげな笑顔で呟く村長に、銀龍がぺこりと頭を下げる。
「1輪も探せなかった、ごめん。でも青い薔薇は強い薔薇と聞いた。だからこれ‥‥」
銀龍に目配せされ、アンジュが小さな鉢を村長へ差し出す。
「これ、村長に渡す。これが咲いたら花園にも行ける。銀龍はそう思う」
差し出された鉢を見つめ、複雑な表情を浮かべる村長へ、弘毅が言う。
「死人は死人。時間は生きている者の為にある。死人に対する最高の手向けは、悲しみではなく与えられた恵みに感謝することだ」
「愛する者の死を受け入れるのは辛いでしょうが、悲しみに浸ったままの貴公を見る奥方はそれ以上に辛いことでしょう」
弘毅の言葉に、オブライエンが続けた。他人事とは思えない。それが彼がこの依頼を引き受けた動機だった。その背負う過去の重さが、彼の言葉には加えられていた。
「花園、元にもどそう? 奥さんが大事にしてた花園なんでしょう? 奥さんのこと、今でも愛しているなら、元どおりにしてあげなくちゃかわいそうだよ。私たちも手伝うから、ね?」
俯いたままの村長に、乙姫も語りかけた。村長の目は、ただ一点、差し出された鉢へと注がれている。その視線を、一歩前へ踏み出した信哉が遮った。思わず村長は顔を上げる。
「僕はまだこの歳だし、難しい事は解らないですけど。貴方がそんなにも愛した方なんですから。お互いに想い合っていて‥‥その方が大切にした花なら、一緒に見たいって思うんじゃないかな? って。花園は潰れても、想いは生きていると‥‥思います」
信哉は村長の目を真っ直ぐに見つめ、ありったけの想いを伝えた。そんな信哉の真っ直ぐな目を村長もまた見つめ‥‥やがて村長は、ふ、と息をひとつ吐いた。そして、アンジュの手から鉢を受け取った。
「その手‥‥随分と、探してくれたんでしょうな」
村長はアンジュの手を見て言った。見れば、8人全員の手は薔薇の棘に触れて出来た傷でいっぱいだった。
「そうですな‥‥家内が大切にしていた花。大切にしていかなければ、家内に叱られてしまいますな」
そう言うと、村長は微笑んだ。
「ありがとう。本当に、ありがとう」
外は既に太陽が高く昇っていた。
「もし気持ちの整理がついて近くを通りかかることがあったら、ちょっと花園へ寄ってみてください。きっと心が晴れると思うんです」
見送りに出てくれた村長に、ティルが言う。村長は頷く。
去り際、思い出したように乙姫が振り返り、大きな声で言った。
「青い薔薇の花言葉は『奇跡』、きっと元どおりになるよ!」
笑顔で大きく手を振る乙姫に、村長もまた、笑顔で手を振って返した。
いつの日か、彼らがまたこの村を訪れることはあるだろうか。きっとその時には、美しく咲き乱れる青い薔薇たちが、彼らを迎えてくれることだろう。
十分に種は撒いた。8人が用意した奇跡が花開く日も、そう遠くはないだろう。