タイトル:isolation side‐Cマスター:桐谷しおん

シナリオ形態: ショート
難易度: 普通
参加人数: 8 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2008/12/25 23:51

●オープニング本文


「おい信! サッカーやろーぜ!」
 「‥‥‥」
「なあ、一緒に行こうぜ!」
 「‥‥‥」
「あっおい! ‥‥‥‥ちぇ、なんだよあいつ‥‥」

「‥‥どうしたの?」
 「あ、先生!」
「信くんと何かあったの?」
 「うん。何かあいつ今日変なんだよ。遊びに行こうって言ってもひとりで帰っちゃって」
 「今朝から話しかけても無視するしさー。感じ悪いよなー」
「そうなの‥‥」
 「うん。変なやつー」
「何かあったのかな‥‥? 先生は今から会議があるから‥‥皆、信くんちに様子を見に行ってみたら?」
 「えーやだよー。俺達今からサッカー行くんだもん」
 「そうそう。もう知らないよあんなやつ」
「んー‥‥‥‥じゃあさ。明日の朝、君達で信くんの家に迎えにいくのはどうかな?」
 「えー‥‥でもどーせあいつまた無視するに決まってるもん」
「そんなことないよ。信くんだって、きっと迎えに来てくれたら喜ぶよ?ね?」
 「んー‥‥まあ、先生がそういうなら‥‥なあ?」
 「しょーがないなあ‥‥わかったよ、行くよ先生」
「うん、皆優しい子だね」
 「へへっ。じゃあ先生、俺達サッカーいくからまた明日な!」
「うん、またね」


※※※


それは今朝のこと。
学校に行こうとして家を出たら、僕の家の庭にいた、真っ黒な動物。
野生の犬か猫‥‥? って思った。
お腹が空いてるみたいで、大きな体を小さく丸めて、震えてた。
かわいそうだったから、お母さんに言ったんだ。
うちの庭に何かいるよ。餌上げていい? って。

でも、玄関に出てきたお母さんは、その動物を見るなり
すぐに庭と玄関の間にある柵の扉を閉じて、言った。
あんな動物見たことがない。化け物に違いない、って。
すぐに連絡して殺してもらうって。

でも僕は、嫌だ、って言った。
こんなに可愛いのに、この子が化け物なはずないし、
それに、こんなに震えてるのに。
殺すなんて、あんまりだよ。お母さんひどいよ、って。
うちで飼ってあげようよ、って。

そしたら、お母さんが言った。
あんな化け物を飼ってる子だって、学校のお友達に知られてみなさい。
皆気味悪がって、あなた、ひとりぼっちになっちゃうわよ、って。

僕は言った。それでもいい、って。
友達が気味悪がるなら、友達なんかいらない。
あの仔が生きていたら友達が作れないのなら、
僕はそれでもいい。
僕は今日からクラスの誰にも話しかけないし、
誰に話しかけられても答えない。
それでいいんだ。
あんな可愛い仔が殺されてしまうくらいなら、
僕がひとりぼっちになるくらいなんでもない。
なんでもない‥‥。


※※※


「ただいま」
 「信! 庭には絶対に出ちゃだめよ!」
「え‥‥でも、あの仔にごはん‥‥」
 「絶対に駄目! お母さん、今日ニュースで見たの」
「え‥‥?」
 「昨日、化け物が町が壊滅させたっていうのはあなたも知ってるでしょ」
「うん」
 「ニュースでね、亡くなった方がカメラに収めてたっていう映像が流れたの」
「うん」
 「庭にいるあの化け物とそっくりよ」
「っ! そんなのウソだよ!!」
 「嘘なもんですか。すぐに退治してもらうから。いいわね? 絶対に庭に出ちゃだめよ!」

うそだ‥‥そんなのうそだ‥‥。
信じるもんか。お母さんの言うことなんか信じるもんか。
お母さんは庭には絶対に出してくれないから、
早起きして、こっそりご飯をあげよう。
お腹、空いてそうだったもんな‥‥早く元気にしてあげなくちゃ‥‥。

●参加者一覧

須佐 武流(ga1461
20歳・♂・PN
南雲 莞爾(ga4272
18歳・♂・GP
ルシオン・L・F(ga4347
19歳・♂・ER
優(ga8480
23歳・♀・DF
オブライエン(ga9542
55歳・♂・SN
レイヴァー(gb0805
22歳・♂・ST
トリストラム(gb0815
27歳・♂・ER
早坂冬馬(gb2313
23歳・♂・GP

●リプレイ本文

●想い、それぞれ
 未だ明けぬと書いて未明と読む。本来なら住宅街が静けさにまどろむ時間だが、信の母親は起きていた。
「これから始めます。息子さんを含め、くれぐれも外に出ないようにお願いします」
 オブライエン(ga9542)の言葉に、腫れぼったい目をした女が無言で頷く。薄く開けた扉の向こうの姿を、レイヴァー(gb0805)は険のある目で睨んでいた。『見知らぬ存在だから危険かもしれない、だから排除する』という理屈を聞けば、同様の理由で排斥された事のある心の傷が鈍く疼く。
「不確定情報‥‥だし‥‥。確認からだね‥‥」
 ルアム フロンティア(ga4347)が見やった庭はさほど広くは無い。柵の陰で見えないが、その向こうに信少年が『クロ』と名付けた何かが蹲っているのだろう。それが危険な存在でないのならば保護できるかもしれない。ルアムは、例え相手がキメラであっても、分かり合える可能性を信じたいと思っていた。
「何を甘い事を‥‥と言いたい所ですが。可能性が0%では無いのなら、貴方達が為したいと思う事を存分にやりなさい」
 友人と義弟の甘さの代償は自らが支払うつもりで、トリストラム(gb0815)は2人の横顔を眺める。彼らが意志を貫く事は、他の仲間の信念を踏みにじる事にも繋がると、2人は理解しているのだろうか。トリストラムの小さな会釈に、建物の側にいたオブライエンが頷きを返す。彼はバグアに連なる者を憎むだけの理由を、その過去に抱えていた。老境の手前にある彼は、レイヴァーのような形で過去に囚われてはいない。だが、それでも傷は変わらずそこにある。
「キメラを保護する‥‥か。判ってはいますが色々な人がいますね」
 オブライエンの斜め後ろにいた優(ga8480)も、バグアを敵としてしか考えられぬ己を自覚していた。彼と同様、バグアに家族を奪われた彼女の憎しみは深い。だが、それに振り回されないだけの冷静さを、優は自分の中に育てていた。それは、バグアと戦う能力者としての生き方を選んだ時から、常に向き合わずにいられぬ問いだったが故‥‥、の事だろうか。
「私はそのように思い、行動する事はできません。が、お2人の行いが無意味とも思いませんから」
 普段は口をつく事もある毒をひそめて、優は静かに言う。その心中を慮って、トリストラムは今一度頭を下げた。
「思いは、叶うといいな」
 表情はそのままに、早坂冬馬(gb2313)は口元だけで微笑を浮かべ、柵へと向かう2人の背を見る。周囲が2人の甘い行動を容認する中、南雲 莞爾(ga4272)は冷静に任務の周辺要素を考えていた。場所が住宅街の只中ゆえ、不意に通りがかる人がいないとも限らない。それゆえ、仲間達の幾人かは戦いに加われぬ可能性もある。人間の排他主義やバグアへの思いより前に、彼は請け負った依頼の遂行を第一に考えていた。
「場所が場所です。音は立てないようにしましょうか」
 銃ではなく弓を携えたトリストラムの言葉に、莞爾は左手に持ったブラッディローズを見る。剣のみで片付く相手であれば、確かに銃声は立てぬのが良策だろう。
「信にも、誰にも知られぬようにキメラを片付ける。そういう依頼だろう、これは」
 そう言う須佐 武流(ga1461)。だが、能力の見当もつかぬ相手にこちらからしかける面倒さは理解している。あくまでも倒すための前提として、ルアムとレイヴァーが敵の動きを誘うのならば、見に回る事を青年は厭わなかった。

●未知との接触
 ルアムが軽く触れると、柵はあっさりと開く。この柵や縁側までは、近づいた信や母親も危害を加えられていない。更に一歩、二歩とレイヴァーが近づく。
「耳が、動いてるな」
 こちらに気がついている、と彼は呟いた。もう一歩。『クロ』が顔を上げる。
「お前、どうしたい?」
 レイヴァーのぶっきらぼうな声に、ゆっくりと視線を向ける『クロ』。
「大丈夫‥‥怖く、ない‥‥よ‥‥?」
 レイヴァーよりも少し下がった位置で微笑を浮かべたルアムにも、それは目を向けた。ガラスのように澄んだ透明な目は、瞬きもせずにレイヴァーとルアムの双方を視界に納めている。もう一歩、レイヴァーが歩を進めた。ぐ、と黒い姿が立ち上がる。
「君はどうしたい‥‥? 生きたい‥‥?」
 ルアムの優しい、囁くような声。
「選ぶのは、お前だ」
 レイヴァーが膝をつこうと腰を落とした瞬間。
「‥‥ッ」
 開いた口から、灼熱の炎が噴き出した。自衛の為というには禍々しきに過ぎる朱色が、肌が切れるような早朝の寒さを赤く染めあげる。レイヴァーは、それを避けようとはしなかった。衝撃によろめいた彼の傷を、ルアムが練成治癒で癒す。
「やはり炎、か」
 予想通りの武装を確認した武流が頷いたところで、再び炎が周囲を照らした。
「‥‥連続、だと?」
 それは、怯えによる反応などではなく、攻撃の為の攻撃に見える。外れて家へ向かいかけた炎の軌跡へ、優がその身で割り込んだ。
「私達の選択で、被害を出すわけにはいきません」
 交渉を選んだのは2人だけではない、と言外に告げつつ、月詠を抜く優。しかし、交渉の時間はもう終わったと、彼女は判断していた。
「やはり‥‥、駄目でしたか」
 一縷の望みを、2人の為に信じていたトリストラムも、何かを振り払うように呟く。
「こっちじゃ。‥‥道路に引っ張り出すぞ」
 オブライエンの声に、レイヴァーは唇を噛みつつ退った。そんな青年を、キメラは澄みきった目で見つめている。何の感情も無い、空虚な目で。
「あれは‥‥、違う」
 過去のレイヴァーと目の前のキメラは、違う。悩み、憤り、絶望もした幼き彼と違い、‥‥それは斯くあるべく生み出されただけの『兵器』の目だった。

「やはり敵、だな。ならば排除するのみだ」
 レイヴァーを追って柵を飛び越えたキメラへと、莞爾が瞬天速で間合いを詰める。機をうかがっていた武流も、逆側から敵を蹴りの距離に捉えていた。月詠の刃が弧を描き、刹那の爪が黒い毛皮を蹴り裂く。飛び散る血は、見慣れた鮮やかな赤だった。自然ならざる怪物のものだというのに、自分達に流れる血潮と色は変わらない。
『グァルルル』
 唸り声をあげるキメラではなく、冬馬は周囲へと気を払っていた。交戦場所は庭から路上へ移っている。寝静まった住宅街からふらっと誰かが現れる危険は、ある意味では目の前のキメラよりも厄介だ。
「周りは俺が見ておきますから。‥‥存分にどうぞ」
 冬馬が言う。キメラの相手は莞爾と武流、そして弓で援護するトリストラムで十分なようだ。倒すだけ、であれば。
「その動きではな!」
 余裕を持って回避した武流が痛烈なカウンターを入れる。流れ弾がブロック塀を粉砕した。
「所詮キメラ‥‥か!」
 やるせなさを敵と己へ等分に向けたレイヴァーが全力を込めた一撃を送る。
「ただのキメラには何の感慨も抱けんな。‥‥消えろ」
 言葉は淡々と、青い目は冷徹に敵を見据えて、莞爾の剣が一閃する。縦に割られた肩口から崩れかけた所に、急所を目掛けた鋭い一突きが送られた。恐らくは内臓まで達したのだろう。キメラが激しく血を吐きながら目を上げた。血のように赤く染まった目を。
「‥‥何っ!?」
 それは、最期の瞬間まで、兵器として生み出された哀しき存在だった。定義によっては、生命と呼ぶ事すらおこがましいのかもしれない。活動の限界に達したキメラは、一切の躊躇を見せる事無く――。

 自爆した。

 薄っすらと、辺りは明るさを増しつつある。まどろんでいた一角は、爆発の音で目覚めを余儀なくされた。
「キメラが紛れ込んでいたって? 本当かね」
「はい、ですがもう脅威はありません。安心してください」
 冬馬の言葉に、寝巻き姿の近所のご主人は家へ。他にも、様子を窺いに来た住民がいたが、大きな騒ぎにはならなかった。黒く汚れた路面とキメラの残骸へ視線を向けて、ルアムが頭を垂れる。
「俺は‥‥」
 言いかけて、言葉にならぬレイヴァー。
「結局、人間は自分の意思でしか動けません。どんなに美しい行いがあったとしても、それは独善です」
 冬馬が無表情にそう呟く。分かり合えるかもしれないという思いで動く事も、あるいはそれに手を貸す事も全ては独り善しとした結果ならば。
「一々、正しいとか間違いとか言い出すのは無粋ですよ」
 冬馬は、そう言って口元だけで柔らかく微笑んだ。

●アフターケア
「お母さん、今の音は何? 雷かな?」
「出ちゃいけません、信!」
 何も知らぬ子供の声と、母の声が聞こえる。ガチャリと扉が開いたところで、優の細身の身体が信少年の前に割り込んだ。
「行かない方が、いい」
 引き止める彼女の声色から、優を妨害者と分類したらしい信は、その脇をすり抜けようとする。が、能力者にとって子供1人を捕まえる事は造作も無い事だ。追いかけてきた母親を、任せて欲しいと言うように優は片手で制止する。
「離してよ! クロ! クロは、どこ?」
 首を左右に、その姿を探す少年だが、優は少年を抱く手を緩めはしなかった。信の悲痛な叫びを聞いた傭兵達の視線が、キメラの残骸へと向く。それは動いていた頃の形とは似ても似つかぬオブジェだったが、遠めに見れば蹲った状態の『クロ』に見えない事も無いサイズの塊だった。
「――っ!」
 少年が、息を呑む。その正面に、大またで近づいたオブライエンが腰を落とした。
「あれはキメラじゃ」
「‥‥」
 子供の直感で、急いで走っても、もう間に合わないと理解したのだろう。少年は、暴れる事をやめた。
「放っておけばお前さんの両親、家、友達、皆死んでしもうたかもしれないんじゃよ。それでもよかったんかのう?」
 幼いながらに、死という言葉の重みは知っているのだろう。びくりとした信は、それでも震える声で言い返した。
「もしキメラでも‥‥。クロは悪いキメラじゃない。‥‥あんなに可愛かったんだ。誰も怪我させたりしないよ‥‥」
 しゃがんだオブライエンは、信の視線を捉えようとするが、少年は自分の足元を見つめている。キメラのそれよりも澄んだ瞳は、潤んでいた。
「お前さんには、お前さんを心配してくれる親も友達もおるじゃろう? それらを全て失うことになるんじゃよ?」
 それでもいい、と言うように首を振る少年。彼が落ち着くのを、オブライエンは辛抱強く待つ。
「悩んでください、少年。自分がしたことが、どういった意味を持つのかを考えてください」
 冬馬は、そんな信を見下ろして言葉を投げた。
「君が死ぬのは構いません」
「‥‥僕も、死ぬ?」
 信が思わず返した言葉を、オブライエンは掬い上げる。
「そう、お前さん自身もじゃ」
「嘘だ!」
 反射的に、声を上げる少年。その目を正面から見つめて、オブライエンは重々しく答えた。
「嘘ではないよ?」
 死は、簡単に訪れて人々の未来を奪っていく。その事を、オブライエンは良く知っていた。いや、この会話を聞く傭兵達の全てが、多かれ少なかれその実感は背負っているのだろう。
「俺は君の勝手で、君が生きようが死のうが興味が無いんです。けれど、君の勝手で君以外の人が死んだとき、俺は怒るでしょう」
 冬馬が静かに、言い添えた。だから、何かを決める前によく考えなければいけない、と。選んだ事の責任を背負えと言うのは、子供には難解な話だったかもしれないが。
「‥‥あの生き物は人とともにはいられない。ともに生活できないものでは、いつか苦しむ時がある」
 だから、これでいいんだ、と武流がかけた言葉に、信は再び首を振る。一緒にいられないと大人が言ったら納得できる、そんな年頃ではなかったから。
「苦しくってもいい。1人でも‥‥」
 言いかけた信へ、オブライエンが再び口を開いた。
「大事な人に会えなくなってもええと言うなら、それは間違っておるよ」
 それは、会えなくなってしまった相手がいる者でなければ、出せぬ重みだったのだろう。淡々とした言葉が、少年の胸に染みていく。
「お前さんに必要なのは、人間の友達なんじゃからな」
 信の目からは涙が流れ始めていた。嗚咽が漏れ、まだ隣にいた優が今度は優しく肩に手を置く。涙は、悲しみを受け入れ、昇華しなければならぬ事への防衛反応だ。あの子は、大丈夫。もう明日へと歩き出している。レイヴァーは向けていた視線をつとずらした。胸中にわだかまる苛立ちは、少なくともあの少年へのものではない。

 未だ明けていなかった夜は、ようやく朝の光に染まりはじめていた。

(代筆:紀藤トキ)