●リプレイ本文
●空へと続く道
高台へと続く山道の入口。その傍の小さな市場に、4人の能力者の姿があった。
「天お兄さん、良いフランスパンがありました」
言いながら、両手に荷物をいっぱい抱えたレティシア・クーデルカ(
gb1767)が天(
ga9852)の元へ駆け寄る。
「ああ‥‥これは日持ちしそうだな」
天はフランスパンを受け取り微笑む。
「それにしても‥‥随分色々と買ったんだな?」
「はい。これは天お兄さんに」
手渡されたのは可愛らしい人形。
「レティがくれるものだったら俺にとっては宝物だ」
レティシアを優しく抱きしめる天。
「あと、こっちはセシリアさんに」
はにかんだ笑顔のままのレティシアがセシリア・ディールス(
ga0475)へ向日葵の髪飾りを差し出す。
「‥‥ありがとう‥‥」
セシリアは無表情で答える。受け取った、華やぐような明るさの髪飾りを、スッ、と自らの髪へと挿す。その遣り取り、そして町の光景を、柚井 ソラ(
ga0187)は感慨深げに眺める。祖母の故郷・フランス。初めて訪れるその町並み。
(「戦うためでなく来れて、よかった‥‥」)
微かにソラの顔に微笑が浮かぶ。
「‥‥これを」
天がレティシアに差し出したのは、レティシアの分のお弁当。レティシアがそれを受け取ると、天は歩き出す。それを追うレティシア。歩くのはまだ誰もいない高台へと続く山道。そして天が足を止めたのは、高台の際にある木の下。天はそこに弁当箱をひとつ置くと、得物・揺り籠を抜く。
風の音と、その風を斬る刀の音。少し離れてレティシアが見守る中、静かに進められる演武。
「‥‥貝依、お前は俺を恨んでいるか? ‥‥お前を手にかけた、この俺を‥‥。俺はお前を守れなかった。幸せにできなかった。父様や母様も、弟達もっ、何一つっ‥‥!」
風は止み、響くのは、湿り気を含む天の声。
「‥‥だが守りたい子と出会った。不思議そうに物を見つめる仕草から、その銀髪まで、お前にそっくりだ、レティは‥‥」
レティシアは声は掛けず、ただ、傍らで天を見守る。
「許してくれとは言わない‥‥どうかこの子だけは、守ってやってくれ‥‥」
天は再び刀を翳し、一閃、自らの誓いを眼前の木に刻む。
「さよなら‥‥カイエ」
「あ、セシリアさん、ソラさん」
空の向こうとの対話の終わりを告げるように、レティシアが遅れてやってきた友人たちへ手を振る。
「ソラさん、これ、差し上げます」
レティシアはソラの元へと駆け寄り、山道で摘んだ一輪の白い花を手渡す。ソラはにっこりと笑みを返し、それを自身の胸に挿す。
「きれいな空、ですね」
見上げて、ソラが言う。祖母の愛した、果てなく透きとおる、ソラ。それは、彼の名前。
止んでいた風が彼らを歓迎するように再び香り出す。久しぶりに訪れた故郷の風の香りが、セシリアの鼻を擽る。
「セシリアさんはこの国で生まれ育ったんですよね? やっぱり、感慨深いものがありますか?」
レティシアが問う。
「‥‥普通‥‥です‥‥」
表情も声色も変えず、答える。普通、というのは嘘かもしれない。しかし、適切な言葉が浮かばないのは事実。セシリアの心にある感情は、懐かしいとシンプルに表現できるそれではない。何も無い高台の風景に、セシリアは自らが育った場所の情景を重ねる。
「‥‥ソラさんは、如何して此方へ‥‥?」
「ばあちゃんの故郷なんです」
答えたソラの視線は、空の向こうへと注がれたまま。その視線が、彼の祖母が既に遠く旅立ったことを物語る。ソラは数歩前へ歩み出る。
「‥‥見守ってて、ばあちゃん。俺は、歩くから」
前を向いて歩けと、言ってくれた人がいる。おいで、と声をかけてくれた人がいる。
(「だから、俺はこれからも、頑張るね」)
ソラは静かに目を瞑った。
●この空の向こうへ
まだ人の少ない高台。キョーコ・クルック(
ga4770)が足を踏み入れた。
「きょうは人と顔を合わせたくない気分だからこっそりと」
誰にともなく苦笑しながら近寄ったのは、平たい岩。キョーコはそこにグラスを二つ並べる。
「子供と飲み交わすのが夢なんだったんだって? 母さんが言ってたよ」
クス、と笑いながらグラスへ日本酒を注ぐと、ゆらりと波打つ水面が降り注ぐ陽の光を乱反射する。まるで、空の上から、微笑みを返すように。キョーコは片方のグラスを手にし、光を振らせる太陽に向け、グラスを挙げる。
「あたしもやっと飲める年齢になったからね〜。それに、たくさん話したいこともあるんだ‥‥」
風が吹き、言葉の続きを促すように、岩に置かれたグラスの酒が揺らめく。
「ありがとう‥‥あと、ごめん。あの時はただ怖くて‥‥父さんがあたしを庇ってくれた時も泣き叫ぶだけで何も出来なかった‥‥。それが悔しくて仕方がなくて‥‥いまはこんなの握ってるんだけどね」
自嘲気味な笑顔で、蛍火を一撫で。
「‥‥っと、それと報告が遅くなっちゃったけど、あたし結婚したんだ。相手はこの人。一緒に傭兵やってる人だよ」
空へ掲げたのは思い出のキーホルダー。中には、結婚式のときの写真。
「見てて危なっかしいところはあるけど、絶対にあたしを1人にしないって約束してくれたんだ。だからあたしは、いまとっても幸せだよ。だから安心して見守っててくれるとうれしいな」
太陽へ微笑みかけると、キョーコはグラスを傾けた。
ひとり、またひとりと、高台を訪れる能力者。
「こないだ人の命を救った。ありがとう、って言われたよ」
アンドレアス・ラーセン(
ga6523)が語りかけるのは、競合地帯へボランティアに行ったまま戻って来なかった、幼馴染の女性。恋愛感情は無かった。むしろ気も合わず、会えば説教されるばかりの日々。しかし、存在が消えたときにやっと、彼女が自分の世界に必要だったのだと気づいた。
「俺は相変わらずお前の言った通りのろくでなしだけど。少しはマシなろくでなしになっただろ?」
失ってから、強く思う。たとえ擦れ違っても、失われていい存在など、ひとりも居ないのだと。
「それから、本気で恋したぜ‥‥フラれたけどな」
風が草を揺らす。そのざわめきが、『おひとよし』と言っている気がした。アンドレアスは手に持っていた白ワインの一本を開け、空へ向かって大きく撒く。彼女が好きだった、白ワイン。
「こんなん酒じゃねぇよ、酔えねぇし。馬鹿女」
カラリと晴れた空。その空とそっくりなカラリとした表情で、アンドレアスは笑った。
ふらりと現れたのはUNKNOWN(
ga4276)。スーツ姿に黒のコートと皮手袋。口元には煙草を咥え、この場には一層不釣り合いなくらいの、否、場の空気すら変えてしまうほどの大人びた出で立ちで、静かに風の音に耳を澄ませる。
「‥‥今日は、ここも機嫌がいいようだ、な」
音もなく腰を下ろすと、アタッシュケースから市場で手に入れたワインとチーズを広げ、グラスに注ぐ。深い蒼色の空を眺めながら数杯傾けると、ふとその大きな体を地面に預ける。軽く眼を瞑れば、聞こえてくるのは続々とやってくる能力者たちの笑い声。その声に、自然と微かな笑みが浮かぶ。
気がつけば、UNKNOWNは寝息を立てていた。身体に、そして、心に、ひとときの休憩を。それは明日へ羽ばたくためのエネルギーとなる。目深にかぶられた帽子から覗くその表情は、安らかだった。
その安らかな寝顔をちらりと見て、レーゲン・シュナイダー(
ga4458)はUNKNOWNのいつかの言葉を思い出す。
『何かに悩んだ時は空を見なさい。自分の悩みなんてほんとに小さいものだと解るから。空の、世界の広さを感じなさい』
いつか言われたとおりに、レーゲンはUNKNOWNに倣って地面に体を投げ出し、空を見上げる。レーゲンは泣いた。ただただ、たくさん泣いた。涙と一緒に、自分の中にある何かを流し出すように、泣いた。
思うのは、最近元気のない大好きな友人のこと。その笑顔が好きだ。だから、元気になって、いつものような笑顔が見たい。励ましたくて言葉をかけてきた。けれど、いつも空回りしてばかり。
最愛の人へもそうだ。ただ、笑顔で居て欲しい。ただそれだけのはずなのに、我儘ばかり言ってしまう。彼から「ごめん」と言われるそのたびに後悔する。そうじゃないんだ。ただ、一緒に居たいだけ。ふたりで幸せになりたいだけ。なのに‥‥それなのに‥‥。
何の役にも立てないの。不甲斐ない。悲しくて、悔しくて、こんな自分が大嫌いだ。
レーゲンはいつまでも泣いた。大嫌いな自分が、空と風に溶けてしまうまで、泣いた。すべて溶かして、また、いつもの笑顔で、思いやりをもって、皆の前に戻れるように。
「‥‥最近‥‥何もしてないときはこうやって空を眺めるようになってしまったな‥‥」
城田二三男(
gb0620)は高台をゆっくりと歩く。ここまでの自分の歩みを、一歩、一歩、確かめるように。
「‥‥はっきりしないこと‥‥記憶に無いことは多いが‥‥何とかここまでこられた、か‥‥」
二三男は空を見上げる。考え事をするときにふと空を仰いでしまうのは、そこにいると考えてしまうからだろうか。
「‥‥天国‥‥か‥‥昔は、死んだら俺もそこに行くもんだと信じて疑ってなかったな‥‥」
女々しいと思う。自分はあの頃に戻りたいのだろうか。たとえそう望んでも、戻れるはずはないのに。憎らしい。それを奪ったものも、また、それを望む自分自身も。
二三男は目線を落とす。今日はこんなことを考えるのはやめよう。折角、気分転換しに来たのだ、と。
「‥‥さて‥‥戻ったらまた頑張るとするか‥‥な‥‥終わってからのことは‥‥終わってから考えればいいことか‥‥」
他の人々よりも一足早く、二三男は高台への道を戻って行った。
「‥‥良い場所ですね、ここは」
人気の少ない場所へ腰を下ろすと、斑鳩・八雲(
ga8672)は呟いた。
「‥‥まだまだ弱いな、八雲」
流れる雲をただぼんやりと眺める。その流れに、自分が能力者になってからの時間を重ねる。能力者となって半年。自分は、何か変わっただろうか‥‥変われただろうか。
「戦う理由、か。‥‥ふふふ、らしくない悩みです」
軽やかな笑みを零すと、再び空へと視線を戻す。
「‥‥天が高い。もう、秋ですね」
手を繋ぎ高台へと現れたのは、虎牙 こうき(
ga8763)と大河・剣(
ga5065)。
「ユキ、ここからお前に声は届いてるのかな?」
ふたりきりになれる場所を見つけると、こうきは繋いだ手をふと放し、空へと語りかける。
「俺はさ、今幸せにやってるぜ? 優しい兄貴達や友人、尊敬する人、そして、大切な恋人。俺には大切な仲間がたくさん出来たんだ、だから、お前の残したこの思いと共に護り続ける。この人たちを」
剣は何も語らず、一歩後ろでこうきを見守り、そして、共に祈る。
祈りを終えると、こうきはオカリナを取り出す。奏でるのは月夜のレクイエム。ユキが好んだ曲。そのメロディに、剣が、そして空が、耳を傾ける。
「大河、今回は付いてきてくれてありがとうな、いつも我侭ばかりだけど、これからもよろしく頼むな」
オカリナから口を離し振り返ると、こうきは剣を優しく抱きしめた。
「天国に一番近い場所、か‥‥」
高台で一番の風上にジングルス・メル(
gb1062)は立っていた。風は空へ向かって流れ、ジングルスはその風に紫煙を乗せる。
空を眺め思い出すのは、スラムに居た時の野良生活。そして、そこで出逢った、一人の女性の顔。あの頃は人の命を奪う事も平気でしていた。だから、人の死はいつかは必ず来るものだって分かっていた。分かっていたけれど‥‥。
見上げる空はフランスの空。自分たちがいたイングランドの空とは違う。違うけれど、同じ空。空は、一つだから。
「‥‥、聞こえるか?」
呟いた彼女の名前は、風とひとつになり流れ去る。久しぶりに呟くその名前の響きに、ジングルスの目がふっと和らぐ。
「俺、相変わらずの野良だけど‥‥沢山仲間、できたから‥‥もう、大丈夫だから」
ジングルスの髪から光が零れる。微かに漂うのは、花の香。戦うためではなく、彼女のためだけの、覚醒。それは、実態のない『手向けの花束』。願わくば、この花の香りが、空の向こうまで届くように。
「アンタがくれた、大事なもの。忘れないから」
自らの髪に触れる。彼女が綺麗だと言ってくれた髪も、随分と伸びた。三つ編みにしているのは、あの頃、彼女が編んでくれたのが嬉しかったから。
「ありがとう」
聞こえる声でそう言いながら、心の中で、『好きだよ』と呟く。一番伝えたかったその言葉は、心中で呟いたのと同時に、過去形に変わる。
(「好きだったよ」)
伝えられなかった想い。記憶として、思い出となってしまった想い。
目を瞑る。ジングルスの顔に浮んだ笑みは軽やかで、そのまま風に乗ってしまいそうだ。まるで、想い出を風に乗せて解き放つかのような笑み。もう、縛られない。
「ありがとう」
開いた目に、どこまでも続く空が映った。
●どこまでも広がる空の下で
「おかえりなさい。お話は、出来ましたか?」
空の向こうの人との対話を終え戻って来たジングルスを、不知火真琴(
ga7201)は笑顔で迎えた。ジングルスの祈りの内容や、最近の物思いの原因は、大方察しがつく。普段は明るさで隠しているが、本当は寂しがり屋な友人。せめて側に居て、笑いかけてあげたい。広げられた色鮮やかなお弁当。ロールサンド各種、ポテトサラダ、鶏の唐揚げ、卵焼き、たこやカニのウィンナー。同じ席に、ロールサンド作りを手伝った葵 宙華(
ga4067)と、飲食店店長としての腕が存分に振るわれたお手製のお弁当を広げた何故か全身迷彩の雑賀 幸輔(
ga6073)がお互いに『あ〜ん』したりされたりしている姿がある。
お手製のロールサンドを差し出す宙華の笑顔に、真琴の顔も思わず綻ぶ。
「お、うまそうな弁当d‥‥ゴフッ!?」
弁当の香りにつられたやってきたアンドレアスの口に、幸輔がゆで卵を突っ込む。ピクピクしているアンドレアス。生きているだろうか。
「お邪魔します」
八雲もまた、ご相伴に預かりにやってくる。誘ってもらった挨拶にと、一、二品をつまむ。
一方のジグは、真琴お手製の(そして重すぎるためにわざわざ覚醒して此処まで運んできた)バケツプリンを頬張っている。
「ありがと、な」
その姿を嬉しそうに見つめる真琴へ、ジングルスが一言礼を述べる。バケツプリンの礼か、此処までついて来てくれたことへの礼か。‥‥おそらく、両方であろう。
「お前、それ全部食うの? マジで?」
アンドレアスが呆然とジングルスを眺める。おお、どうやら生きていたようだ。よかったよかった。ジングルスと一緒にプリン(普通サイズ)の相伴に預かるアンドレアスは、ちらりと真琴を見る。
「‥‥ここ、いい場所だな」
真琴へ語りかけるその表情は、特別な微笑。
(「いつか2人で来たいな」)
つい先日フラれたばかりの女性に、言いたいけれど言えない言葉を心の中で未練たっぷりに呟くアンドレアス。がんばれ。
(「お元気そうでよかった」)
ジングルスの姿を遠目に眺め、ソラが微笑む。こちらも楽しそうにお弁当を広げているようだ。天のお手製の弁当。ソラは海苔と薄焼き卵で包んだおにぎり‥‥鮭、おかか、梅干、ちりめん山椒と、中は食べてのお楽しみだ。勿論、緑茶も忘れずに。レティシアも丁寧に握った塩おにぎりを並べ、セシリアはサンドイッチと温かい紅茶、コーヒーを用意している。
「‥‥面白い食べ物、ですね‥‥」
セシリアが初めて見るおにぎりを手に取る。ぱく、と一口。
「‥‥美味しい、です‥‥」
その言葉に、にっこりと笑顔を返すレティシア。
「うん、美味しいですっ」
お弁当の味も勿論、込められている気持ち、過ごしやすい気候‥‥料理を美味しくするものいっぱいだと、ソラも顔を綻ばせる。
「にぎやかだな? これ、食うか?」
そんなソラたちの元へ、榊 紫苑(
ga8258)がアップルパイとシュークリームを手に現れた。
「‥‥ありがとう‥」
セシリアがすっと紫苑の分の席を空ける。次々にデザートへ手を伸ばす面々を満足げに眺めると、紫苑はふと空を見上げる。
「天国に一番近い場所ですか‥‥天国に一番近い島なら、聞いた事あるんですが‥‥」
考え込む紫苑。天国に一番近い場所。ならば、と紫苑は立ち上がり、少し離れたところへ歩み出て、空へと語りかける。
「父さん‥‥俺達は、元気にやっている。仕事の方は、順調だ。とりあえず、形見のペンダントは、大事にしている。あれ無いと、怖い事になるしさ」
きゅ、とペンダントを握りしめる。このペンダントが、その短気な性格を押さえてくれている。
「良い相手が出来たら、報告する。いつになるか? わからないけどな‥‥」
「‥‥一杯どう?」
父親との会話を終えた紫苑に、傍で同じく父親と酌み交わしていたキョーコが声を掛ける。
「ああ、頂こうか」
紫苑が微笑み返す。
「グラス借りるね」
キョーコは空の向こうへ声を掛けると、紫苑へグラスを手渡した。
「弁当、作ってきたんだぜ。口に合うかわかんねえけど‥‥」
別の場所では、剣が弁当を広げていた。隣には、心から嬉しそうな表情で弁当を食べるこうきの姿。
「‥‥通じてるといいな。お前の『あいつ』ってやつにさ」
そんなこうきの表情を見つめながら、剣は微笑んで言った。
気がつくと、真琴たちとお弁当を囲んでいた宙華はその輪から少し離れ、ぼうっと空を見上げていた。祈るのは、弟の転生。厳格な家で両親の愛を享受出来なかった幼い頃。ただ、弟だけを溺愛していた。しかし、その弟はバグアの襲撃によって失われ、宙華の心は壊れた。護れなかった弟。己の弱さを恨む想いは、今もその胸に残っている。養父の下、能動的に人を殺め続けた。そんな中で傷を負い、そして発覚した、エミタ適性。
ふと、仲間たちの笑顔を振り返る。ラストホープに来て、初めて家族の繋がりを知った。
(「皆、あたしを愛してくれる。そしてあたしも、皆に返していきたい。‥‥そう思えるようになったのは、皆のおかげ」)
宙華は静かに目を瞑った。
さく、と草を踏む音。宙華が目を開くと、隣には裸足になった幸輔の姿。その足には、生々しい銃創。
「‥‥愛した女がいた。俺が恋人の仇だったんだ。俺は彼女を救い、愛してしまった」
言葉を紡ぐ幸輔。宙華は黙ってその言葉に耳を傾ける。
「‥‥最後は戦場で再会した‥‥この傷は過去の愛の証であり、俺の業だ」
ぎゅっと、宙華を抱きしめる。
「‥‥ずっと、戦場で、この手が掴む者を探していたんだ‥‥」
抱きしめた宙華の体温。たとえ赦されなくても、忘れられなくても、その温もりが、幸輔を今に引き戻してくれる。愛おしさが、溢れる。気がつけば、幸輔の目からは一筋の涙が零れていた。初めて口にした言葉。初めて流した涙。それは、決別への覚悟。
「償いつくせる命なんてない。だから、あたしは今ある命を護っていくの。バグアは‥‥只の死者への冒涜だから、その命は赦せないけどね。あたし達は幾多の死を乗り越えて共にいきていこう」
宙華は弟の名を呟く。彼がいつか生まれ変わる日が来るのならば、今度は護っていく。きちんと、慈しんでゆく。だから、今度は皆で、生きていこう。
幸輔が宙華を抱きしめる腕に力が籠る。少しだけでいい。この胸の中にいる、過去の自分を慰めて欲しいと。
宙華は思う。どうしてこんな男に惚れてしまったのだろうと。理由などわからない。でも、仕方ないのだ。自覚してしまったのだから。
(「あたしの光も闇も受け入れてよね。あたしもその仮面の奥が知りたいし」)
想いは言葉にせず、声に出したのは、たった一言だけ。
「‥‥好きだよ、幸輔」
宙華は幸輔と同じだけの強さで、抱きしめ返した。
「この後さ‥‥幸輔の所寄ってもいいよね‥‥いいでしょ?」
幸輔は答える代わりに腕を差し出す。それに腕を絡める宙華。涼しい風が吹く空の下、熱すぎる二人へと投げかけられる幾多の視線を背に感じる幸輔と宙華。二人は同時に振り返ると、ビシっとサムズアップ。
「「続きはWEBでっ☆」」
えええええ。
●Sky,again
「大きな空ですね。本当に、天国に手が届いてしまいそうです」
体をめいっぱい伸ばすティル・エーメスト(
gb0476)。高台の中央。先のこの地での戦いにおいて戦果を上げた能力者たちの、その家族や友人たち。そしてその輪の真ん中には、先の戦いで救われた、幼い少女の姿。
「しばらくぶりです。お元気でしたか?」
「うん!」
アンジュ・アルベール(
ga8834)に声をかけられたエマは、元気に答える。思えばエマの声を聞くのは初めてだった。その可愛らしく元気な声に、思わずアンジュも笑顔になる。
エマの笑顔に、遠倉 雨音(
gb0338)は言い知れぬ幸福を噛みしめる。自分が関わった依頼‥‥その場所に、こうして訪れることが出来る。雨音があたりを見回せば、そこにはたくさんの人々の笑顔。少し照れくさそうに、笑顔を浮かべる雨音。
「お弁当にしましょう」
先の依頼では、結局エマとほとんど言葉を交わせなかった。だから、今日はエマとたくさん話をしよう。照れくささを隠すように、しかしそれを隠しきれぬ笑顔で、雨音がお弁当を広げる。アンジュとティルと、3人で作ったお弁当。サンドイッチ、ベーコン巻き、おにぎり、玉子焼き、唐揚げ‥‥
「わあ‥‥!」
中でもエマが声をあげて喜んだのは、タコさんウインナーとウサギリンゴ。初めて見る可愛らしい食べ物に興味津津だ。
「僕のことを思ってくれているのは分かるけど、KVの改造費用をたてに強制的にっていうのはどうなんだろう‥‥」
そんな中、佐倉霧月(
ga6645)はなんだか遠い目をしていた。この地での戦いに参加した姉に誘われて‥‥否、連行されて来たが、少し所在無さ気。肝心の姉と、一緒に連行されたはずの妹は何故か行方不明だし。
「クッキーとチョコも、良ければどうぞ♪」
にっこりと笑って輪に加わったのは志烏 都色(
gb2027)。空色のキャミソールにデニムの短パン、フード付きジャケットを羽織り、いかにも軽やかな出で立ちだ。
「わあ、ありがとうございます。志烏さんもよろしければお弁当どうぞ」
笑顔で迎え入れるアンジュの言葉に甘え、お弁当を一口。
「うん、美味しい♪」
微笑む都色。
「お、美味そうだな。これで弁当と交換なッ♪」
そこへやってきたのはお弁当ハンター・アンドレアス。アンジュに白ワインを1瓶差し出すと、ひょいぱくひょいぱくとお弁当をつまんでいく。受け取ったワインをまじまじと見つめるアンジュ。なんだかすごく飲んでみたそうだ。
「‥‥‥‥アンジュ姉様?」
じとーっとアンジュを見つめるティル。
「なっなんでしょうティルさん!?」
落ち着けアンジュ、動揺しすぎだ。
「お酒を飲まれては、だれかさんに怒られてしまいますよ?」
だれかさんと言われて思いだすのは、自分をわが子のように心配してくれる燻し銀の大先輩能力者。
「飲みません。飲むわけがありません。ティルさんはおかしなことを言います」
ぷるぷると盛大に首を振り否定するアンジュ。ぐっじょぶだ、ティル。
「プリンいかがですか?」
そこへひょこっとやってきたのは真琴。
「わーい、プリン大好きです!」
むしゃむしゃとプリンに食いつくティル。うーん‥‥ティルの分もバケツプリンのほうがよかったんじゃなかろうか。真琴が運びきれないだろうけど。
エマを囲んで、一行はたくさん話をした。他愛もない話、空の向こうの話‥‥楽しい時間は、すぐに過ぎていく。
その輪から離れたところで、ルシュア・ヴァレン(
gb2020)は独り空を眺めていた。二度と来ることは無いと思っていた。二度と訪れようとも思わなかった。しかし今、彼は此処にいる。
死者へのメッセージなど無意味だ。そんなものは、所詮生者の道楽。墓に刻まれる戦名と戦功‥‥それこそが、死者にとって唯一価値のあるものなのだ。‥‥なのに、なぜ自分は此処に来たのだろう。
ふと、離れた輪の中央にいる幼い少女を見遣る。元気にしているだろうか? 寂しがってはいないだろうか?
「‥‥まったく、どうかしている」
思わず口を衝いて出た言葉。自分は何がしたいのか。寂しくないわけがないではないか。
エマの姿に重ねるのは、亡き妹。両親の後を追い死んでいった、馬鹿な妹。
(『お兄ちゃん、ありがとう』)
ルシュアの心の中で、彼女の最後の言葉が繰り返される。
(「そうだ‥‥寂しかったのだな、辛かったのだな。気づいてやれなくてすまなかった」)
赦してもらえるとは思っていない。赦されたいとも思わない。分かっていながら、ルシュアは空に向かい謝罪する。
(「だが‥‥」)
ルシュアは思う。自分は貴様のように後を追って死にはしない、と。今日ルシュアが此処を訪れたのは、そのことを再認識するためでもあった。
エマの元気な姿を確認できたルシュアは、リンドヴルムに跨る。
エマ達の輪の傍で、ふと停まる。
「ルシュアさん。その節は、お世話になりました」
その姿を見止めて、雨音がお辞儀をする。
「ああ。こちらこそ、あの時は世話になった。自分なりに感謝はしている」
「あの‥‥一緒にお弁当食べませんか?」
ティルが声を掛ける。ルシュアは答えない。自分にはその行為を受け取る資格が無い。誘ってくれた感謝と、応えられない謝罪を、心の中で告げる。最後にエマのほうを振り向いて、ただ一言だけ、告げる。
「強く生きろ‥‥それだけだ」
エマは一瞬考える素振りを見せたあと、にっこりと笑った。その笑顔に一瞬、よく知る亡き人の笑顔を重ね、ルシュアは山道を降りて行った。
雨音と都色が後片付けをする中、アンジュは少し抜けます、とぺこりと頭を下げて、高台の端へと向かった。傍らにはティル。しっかりとその手を握って。
「お父様、お母様、お兄様‥‥」
空に向かい呼びかける。心の中の声のつもりが、思わず、その口から洩れる。
「‥‥すぐそちらに行きます、というお約束でしたが、当分果たせそうにありません。こちらには、私のことを、家族と、仲間と思って下さる皆さまがいらっしゃいます」
アンジュはティルを振り返り、微笑みかける。ティルは、ぎゅ、と繋いだ手を握り返す。
「私は、その皆さまともう少し、こちらでがんばってみようと思います。ですから‥‥えと‥‥あと80年くらい? お待ち下さい。きっと、たくさんお土産話を持っていきますね」
天国への微笑。
ティルもまた、心の中で祈る。
(「アンジュ姉様はここにいます。僕達が必ず幸せにします! 絶対に悲しませたりはしません! 約束します」)
握った手に、更に力が籠る。
(「だから、もうちょこっとだけ待っていてください。まだ、アンジュ姉様を連れて行かないでください。お空の上から、アンジュ姉様をお守りしてください。‥‥自分勝手なお願いだらけで、ごめんなさい」)
互いの手を強く握りながら、姉弟は祈りを捧げた。
高台の反対側の端では、片付けを終えた都色と雨音、それに霧月が、紙飛行機を折っていた。空へ向けて手紙を‥‥都色の粋な計らいだ。
霧月は昔の生徒会新聞のコピーを折っていた。古びた紙面は、故人から生徒会長を引き継いだ時の記録。
「もしも本当に記録するものが無くなっても、僕は何一つ忘れない。あなたと交わした言葉や託されたもの、それから‥‥」
霧月は空を見上げる。あの人も、この空にいるのだろうか。少し考えた末、霧月は首を振る。あの人は、骨になってお墓の下にいる。
(「だってあの人、すごくリアリストだったし」)
心の中で、微かに笑う。
「それに‥‥あの頃僕たちが見上げた空は、今は戦場だから」
2度目の独白は、思わず言葉として口から零れる。
好きだった。恋愛感情を含めて、好きだった。誰より理解し合えていた。だから、二人で選んだ。それぞれの歩く道を見つけようと、約束した。願わくば、いるべき場所で再会したときに、またお互い好きになれたらいいと。だから、交際していなくても、離れ離れになっても、大丈夫だった。
霧月はぎゅ、と拳を握る。あの人に誇れる自分であるために。今は能力者として戦うしかない。姉を、妹を、そして彼女が愛した世界を、護るために‥‥。
都色は紙飛行機を作り終えると、手を合わせて空に祈りを捧げる。神様は信じていない。だけど、青い空になら、届く気がする。
「ちゃんと生きてるよ。泣いてないよ。‥‥だから、心配しないでね、静さん」
消え入りそうな声で呟いた言葉は、青い空に包み込まれていった。
雨音が紙飛行機を折り終えたのを確認すると、都色が声をあげる。
「行きますよー、せーのっ!」
3つの紙飛行機が、一斉に空へと吸い込まれていく。
「皆の想いも、届きますように。ちゃんと、伝わりますように」
都色が穏やかな表情で、空へと祈る。
3人は空へと放った紙飛行機を拾い上げる。雨音が再び手にとった、真白な紙飛行機。雨音は紙飛行機と同じ真白な雲を見上げ、それに込めた祈りを小さく呟く。
「早くこの戦争が終結し、世界に平和が戻りますように‥‥」
子供じみた祈りかもしれない。しかし、それはここに集まった能力者たちの‥‥否、全ての能力者たちの、祈り。雨音たちのそんな祈りがあるから、今、この場所もある。
天国はあるのだろうか。死者はそこにいるのだろうか。神様はいるのだろうか。分からない。けれど、彼女たちの願いは本物で、そして、それは確かに、この青空へと届けられた。