タイトル:【AW】10年後の貴方はマスター:錦西

シナリオ形態: イベント
難易度: 易しい
参加人数: 25 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2013/04/30 23:59

●オープニング本文


 戦争当時、ラストホープにて傭兵として登録した者は29000人を超える。
 そのうち依頼や大規模戦闘などでの動員数は最大2000人程度になる。
 彼らは戦争終了後も様々な理由でラストホープにある程度拘束されていた。
 エミタのメンテナンス、報奨金の受け取り、その他KVに関する事務手続きなどである。
 しかし10年も経てば事情は大きく変わってくる。
 年々、ラストホープに顔を出す者は減少していった。
 それは戦争の為の施設であるラストホープとしては良い傾向ではあったが、
 同時に戦後の彼らを徐々に捕捉できなくなっていった。
 戦後の混乱から立ち直りつつある人類にとって、戦争の記録の散逸は無視できない問題となっ

た。
 その為、10年の日付を節目として能力者の傭兵達の事後を調査するチームが編成された。
 2022年、秋の事である。




 窓の外には明るい日差し。
 まだ風は肌寒いけれども、風さえしのげれば過ごしやすい季節になった。
 室内の空調も特に必要なく、換気の為に定期的に窓を開ける程度である。
 明りも特にない。昼の前後以外は窓から差し込む光でおおよそ足りていた。
 その室内のテーブルには、いくつもファイルの山がうず高く積まれていた。
 一つ一つが傭兵の調査結果だ。
 中心にはそれを丹念に読み込んでいく人物が2人。
 一人は女性、年齢は30前後に見えるが落ち着きようはそれ以上に見える。
 長身でデニムのジャケットとロングパンツを着こなし、女性的な体つきをしているが雰囲気は中性的だ。
 もう一人は男性、年齢は40前後だが痩せているため精気はあまり感じられない。
 どこにでもありそうなスーツを着こんでいるため服装に特徴はないが、
 ハンガーにかけてある使い古したトレンチコートが印象的だった。
「‥‥対象は3年前の調整を最後に行方不明。調査は誰が向かったのかしら?」
 女性が読みかけの書類を男性に手渡す。
 開いたままのページに軽く目を通すと、男性はその書類を脇にどけた。
「マリナ・ヒューイット。僕の部下だ、信頼して良い」
「そう。じゃあ、調査は打ち切りと‥‥」
 女性は無感動に手元のリストにチェックをつける。
 リストは、行方不明者・死亡者のリストだった。
 女性の名は本城恭香。
 元探偵、南中央軍所属のスパイであったが戦争途上でバグアに捕まり強化処置を受け、
 南米バグア軍でソフィア・バンデラス死亡までを戦い抜いた猛者である。
 彼女はその後、傭兵の説得を受け強化の治療を施され、南中央軍の庇護下に入った。
 現在はコルテス中将とソフィアの子であるユウの親代わりを務めながら、
 時にこうして調査が必要な案件に顔を出している。
 男性の名はケヴィン・ダウニング。
 元は北中央軍所属の狙撃手であったが、彼も同じくバグアに捕まり強化処置を受けた。
 長い期間バグア軍として北米で戦い続けていたが、
 終戦後にバグアの撤退に際して北米軍に引き渡され治療を受けた。
 どちらも貴重な戦争の当事者である。傭兵との因縁も浅くない。
 メンバーに選出されたのはその調査能力もさることながら、そういう因縁も加味されていた。
「‥‥すこしばかり気が滅入るな」
 ケヴィンは死亡が確認された能力者のファイルを投げ出し、ゆっくりとした動作で目を揉んだ


 未来は全ての者にとって薔薇色ではなかった。
 能力者であることが、その傾向を余計に顕著にしたのかもしれない。
 能力者として活発に活動していた者の多くは、何かを失った者達だ。
 戦争の最中で再び生きる希望を手に入れた者も多かったが、
 戦争でしか自分の空虚を埋めれなかった者も居る。
 そういった者の寿命が短いのは仕方のない話だ。
「結局、正義の味方にはなりきれなかったのね」
「そうか? 誰かを救えるならその命は無駄ではないだろう」
「そうじゃないわよ」
 ケヴィンは顔をあげる。
 本城は手元の資料に付箋をはり、閉じて別の山に置きなおした。
「本物の正義の味方は誰かを悲しませたりはしないわ。
 何かを選んだりするのは、成り損ないのすることよ」
 それは理想の話であり、本物などどこにも居ないという意味にもとれた。
「‥‥耳が痛いな」
「そう? 私は自虐的な意味で言っただけよ」
 挫折を味わったのは何度だろう。
 数えるのもバカらしいぐらい、多くの人が死んだ。
 それを救えなかったのなら、やはり自分達はそういう存在ではなかったのだろう。
「本城さん」
 呼びかける声は入り口から。
 入り口には快活で健康そうな浅黒い肌の少年、ユウ・バンデラス。
 彼はメンバーではないが、能力者と接する良い機会ということで南米から連れて来ている。
 そしてもう一人、金髪碧眼で人形のようにも見える同世代の少女、ローズ・ダウニング。
 彼女はケヴィンが戦後に引き取り養子にした戦災孤児である。
 快活なユウに引っ張られるローズという構図であるが、
 引っ込み思案気味なローズも特に嫌そうな顔はしていなかった。
「あら、ユウ。どうかした?」
「そろそろお昼だから。お昼、何が良いですか? 買ってきますよ」
 それを口実にまた周囲を見て回るのだろう。
 本城は優しい笑みを浮かべ2人分のサンドイッチをお願いした。
 青空の下に走る2人は、親の世代である自分達のような暗さはどこにもない。
 本当の意味で平和な時代の子供達だった。
 ブラックのコーヒーを啜りながら、本城は2人の背中を見送った。
「すまないね、うちの子の面倒を見てもらって」
「良いのよ、ユウも楽しそうだし。それに、ラストホープを見て回る良い機会だわ」
 戦後の体勢となったラストホープはある種の戦争博物館としても機能している。
 戦後しか知らない世代の社会勉強には丁度良い。
「‥‥10年か。長いようでアッと言う間だったな」
「そうね‥‥」
 あの時の皆はどうしているだろうか。
 望む未来を手に入れたのだろうか。
 この仕事を引き受けたのはそれだけが気がかりだったからだ。
 会うには躊躇いもあるが結末は知りたい。
「私はまだ、あの子に昔話をしてないの。向き合うには良い頃合かしら」
「さあね。だが、節目は区切りでもある」
 新しい報告書を手に取り開く。
 知った顔が幸せな結末を迎えているように願いながら、
 2人は書類の山を少しずつ崩していった。

●参加者一覧

/ 須佐 武流(ga1461) / 鷹代 由稀(ga1601) / 藤村 瑠亥(ga3862) / UNKNOWN(ga4276) / ハンナ・ルーベンス(ga5138) / ブレイズ・S・イーグル(ga7498) / Anbar(ga9009) / 遠倉 雨音(gb0338) / キア・ブロッサム(gb1240) / カララク(gb1394) / 狐月 銀子(gb2552) / 鳳覚羅(gb3095) / メビウス イグゼクス(gb3858) / ドニー・レイド(gb4089) / サンディ(gb4343) / 天原大地(gb5927) / 加賀・忍(gb7519) / 黒瀬 レオ(gb9668) / D・D(gc0959) / 荊信(gc3542) / ミリハナク(gc4008) / ナスル・アフマド(gc5101) / 追儺(gc5241) / 村雨 紫狼(gc7632) / マキナ・ベルヴェルク(gc8468

●リプレイ本文

 時刻が昼に近づく頃になると、徐々に調査チームのデスクは慌しくなっていく。
 戻ってきたメンバーが報告に訪れている事もあるが、報告を聞きに傭兵達も集まりつつある。
 最初に本城の元に現れたのは遠倉 雨音(gb0338)だった。
 幼さも残る彼女だが、スーツを着こなした今はそれも凛々しく映える。
 右手でフラットファイルを5冊抱え込むように持ち、左手にはパン屋の紙袋を持っていた。
 折に触れては悩みを相談にと一之瀬・遥(gz0338)大尉に会いに来ていた遠倉は、
 こうして1人での飛行機旅もなれたもの。
 旅行鞄は年々コンパクトになっている。
「こんにちは、本城さん」
「いらっしゃい。早かったわね」
「そうですか?」
 朝早いほうに着く便には乗ったが、欧州に寄り道してきた分だけ遅いかと思っていた。
 手近な席に座った遠倉は持っていた書類を空いた印刷用紙の箱へ入れる。
 パン屋の紙袋はそっと机の上に。
 ユウとローズは興味津々といった様子でその袋を眺めている。
 遠倉は2人の様子に微笑みを浮かべ、袋の中身を机の上に広げた。
「これ、お土産です。友達のお店で買ってきました。
 すぐに悪くなるものではないですけど、早いうちにどうぞ」
 遠倉が開いた包みの中にはパウンドケーキが2本。
 片方はブランデー・ラムで漬けたフルーツ入り、もう片方はりんごとくるみ入りだ。
 どちらもデスクワーク詰めには嬉しい。
 遠倉に指示され、子供2人は早速人数分の小皿とナイフ・フォーク、そして紅茶を準備しにいく。
「おいしそうね。サンディ(gb4343)のお店の?」
「はい。新作だそうですよ」
 遠倉は嬉しそうに顔を綻ばせる。
 仕事の合間に寄った二人のお店を思い出す。
 2人は変わらず幸せそうで眩しかった。


◆報告:クラウディア夫妻の場合

 メビウス イグゼクス(gb3858)、本名フェイト・クラウディアとサンディは戦後2人で1年の長い旅に出た。
 旅の終わりと共にフェイトはサンディと同じくエミタを除去、友人知人を呼んで盛大な結婚式をあげる。
 結婚した2人は旅の途中で立ち寄った欧州のある町でパン屋兼カフェを構える。
 真面目な夫妻らしい丁寧な仕事ぶりで、近所では評判の店になっていた。
 遠倉が訪れたその日もとても賑やかで、繁盛しすぎて最初気づいてもらえなかったぐらいだ。
 2人の店の回りには走り回る男の子と女の子。夫妻の子供のブレナーとアンジェラだ
 アンジェラはお店の客を避けて遊んでいるが、男の子のブレナーはやんちゃな盛り。
 レジに立つ母親に「こら、ブレナー。お客様の迷惑になるから、お店の方へ出てきちゃダメでしょ?」
 と叱られる場面もあった
「雨音、いらっしゃい。もう少し待ってもらって良い?」
「はい。急がずに」
 サンディのお腹はそろそろふくらみが目立つ頃だった。
 妊娠五ヶ月になるサンディは、それでも働けるうちはと精力的に店に立っていた。
 細身のサンディのお腹は目立たないほうだが流石に誰の目にも明らかだ。
 近所の主婦達に絶え間なくお腹のことを聞かれるサンディは、とても幸せそうだった。
 リビングで待つ遠倉のもとに夫妻が揃ったのは、2時を過ぎた頃になった。
「フェイト、お客さんは?」
「アルバイトの子に任せています。彼なら心配ないでしょう」
 フェイトはカフェの客席に目を向けながら微笑む。
 流石にそろそろサンディが仕事ができなくなる。
 三度目の変化にも夫妻は落ち着いていた。
 エプロンを脱いだフェイトは椅子の背中側から妻の頬にキスをする。
 10年前から変わらず、夫妻の仲は良い。
 遠倉は少し気恥ずかしくなった。
 喫茶店経営の経験を生かし何度も助言をしていた遠倉は、
 何度もこの店に足繁く通っていた。
 ここは何時着ても暖かい家族の団欒がある。
「そろそろ、調査の結果が分かるのだったかしら?」
「‥‥はい」
 フェイトが揃った頃から話題は調査の話に変わっていく。
 2人の関心は、姿を消したブレイズ・S・イーグル(ga7498)にあった。
 店の隅のボードには傭兵時代の写真がいくつも掛かっているが、
 ブレイズの写真もそこに大事に飾ってある。
 2人にとって彼は、とても大事な友人だった。
「おふたりが最後にあったのは確か‥」
「私が旅に出る前に少し話をした程度です。
 彼の事は、私達の心残りでもありますから」
 そこからはブレイズを巡る話を経て、傭兵時代の思い出話に花が咲く。
 辛い事も苦しい事もあったけれども、過去として語るのならば輝かしい時代でもあった。
 真っ直ぐなままの友人は眩しくて憧れのまま。
 遠倉は親友との出会いに感謝しつつ、再びの別れを告げた。

◆報告:宇宙に向かった者達

 宇宙軍所属の者は比較的容易に行方が知れた。
 守秘義務が存在するため個人情報の扱いは厳密だったが、
 エミタのメンテナンスを行う以上、ある程度は絞り込める。
 カララク(gb1394)、ドニー・レイド(gb4089)の2名は宇宙艦隊勤務となっていた。
「わざわざ済まない。しかし10年か。懐かしいな」
「壮健そうで何よりだ。出世したんだな」
 言われドニーは自身の胸元の階級章に視線を向けた。
 傭兵としてではなく航宙士として1からのスタートだったが、
 傭兵時代に宇宙に出た経験の分だけ昇進は早かった。
 そしてつい先日、念願であった航海長に就任した。
 後に続く者の為に道を拓き、共に往く者の為に道を示す。
 就任時にそう語った彼の気持ちは、今も変わっていない。
「しかし、そちらも見た目が変わってない。昔のままだ」
「そうか? まあ‥そうだな」
「けど、表情は固くても雰囲気は柔らかくなった。奥さんのせいじゃないか?」
 ドニーに言われ、カララクは表情を微かに緩める。
 10年の一番大きな変化は妻と子の存在だ。
 引退できなくなった、とは思うが晴れやかな気分だった。
「そういうお前も、様になってきたじゃないか」
 カララクの言うとおり、ドニーも同じく家庭という変化があった。
 5年前に同じ艦の士官と結婚した彼は、家に戻れば二児の父親だ。
「決戦時、私は仲間に命を救われた。文字通り命に替えてね。
 ‥‥だから今はその分を精一杯に生きる。妻には、その手助けをして貰っている」
 ブレナー博士から受け継いだ意志を伝えるため。
 思い出話に花がさく。
 だが悲しいかな、彼らが衛星軌道上に移動してきたのには訳がある。
 つい十時間前、キメラプラントの稼動が確認されたのだ。
 警報がそのプラントからのキメラ出撃を告げた。
「‥話はあとだな。出撃する!」
 カララクは愛機に戻るやいなや、宇宙に飛び立っていく。
 世界が変わっても戦場はなくならない。
 争いがあれば守るべき者もある。
 それはきっと、この先も変わらないだろう。
 シバシクルを含む中隊が飛び出した後、その後ろを悔しげな表情で眺める一団があった。
「大尉、一番槍を逃したましたぜ」
「どうするんですか?」
「決まっているわ」
 視線の先のKVのパイロット、UPC特殊作戦軍所属のミリハナク(gc4008)大尉は、
 髪をかきあげながら悠然と微笑んだ。
 密封されたコクピットの中、まだヘルメットはつけていない。
「追い抜けばいいのよ。全機、発進後にブースト。とろとろしてると置いていきますわよ?」
「イエス、マム!」
 戦後彼女は軍に所属し、傭兵時代と同様に各地での火消しに尽力した。
 戦争中から積み上げたコネはここで威力を発揮し、彼女はどの戦場でも歓迎された。
 結果10年で大尉への昇進を果たし、今では部隊一つを任されるに至る。
 権限で言えば大尉を越えたところもあるだろう。
 少佐への昇進の話も最近あったらしいが、前線からこれ以上遠ざかりたくないと固辞している。
 彼女の部下は年季の行った髭面から端正な面立ちの青年まで、多様な顔ぶれだが一つ共通点があった。
 それぞれが歴戦の猛者だということ。
 そして全員が指揮官である大尉を敬愛しているということ。
 力は力。軍人として真っ直ぐな有り方は平和な時代にはそぐわない。
 それでも自分を曲げず、世界のために奔走する彼女は美しかった。
「敵は少数で弱小。けれど侮ってはいけませんわ。全力でお相手なさい」
 号令一下、戦場に華が咲く。
 輝きは褪せることなく今も人を魅了していた。
 一方須佐 武流(ga1461)は、戦場が巡るさまをKVのコックピットから眺めていた。
「俺は行かなくていいのか?」
「戻ってすぐだろう。構わないさ」
「‥ふん」
 彼は月近辺の宇宙開発への協力兼護衛として忙しく立ち回っていた。
 次は木星探査の話も出ている。
 宇宙生活への適応のためか、覚醒時に髪や手足は銀色に変わるようになった。
 そして10年の歳月は彼の外見に全く変化を及ぼさなかった。
 エミタの影響かどうか定かではない。
 須佐は地上を見る。久しぶりの地上への帰還だ。
 色々変わってしまったのだろうと、1人考え事に耽る。
「‥そういえば」
 北米のジゼル大尉はどうなったのだろう。
 最初に確認してみようと、それだけ心のメモに書きとめた。
 彼のように宇宙に出た者が多い中、今回の調査中リストではただ1人、
 追儺(gc5241)の行方だけは判然としなかった。
 戦後各地を転戦して地球の空を守った彼は、
「大体することは終わった」と言い残し宇宙へ向かった。
 エミタメンテナンスの記録が極端に少ないため、能力の低下や五感の欠損も起きていたと考えられる。
 彼の足跡を追えるのはそこまでだった。



 遠倉の報告が終わる。概ね順調といえるだろう。 
 報告が終わり全員にコーヒーと紅茶の準備し終えた頃、
 調査に協力していた黒瀬 レオ(gb9668)が現れた。
 左手には書類の詰まった黒いビジネスバッグ。
 右手は連れて来た2人の子供達と繋がれていた。
 真っ先に駆け寄ったのはユウだった。
「黒瀬さん、お久しぶりです!」
「久しぶりだね。元気してた?」
 黒瀬は南米の最後の仕事以降、ユウの成長を見守ってきた。
 ユウの元を訪れ、近況を聞いたり自分の近況を聞かせたり。
 誕生日にはプレゼントを贈り、時には星を見に連れ出すなど。
 ユウにとってあしながおじさん的な存在だった。
 ただそうである理由はまだあかしていない。
「この前言ってた僕の子供たちだよ。悪いけど今日は、この子達をお願いしていいかな」
「はい。一緒に行こうか」
 ユウが差し出した手を女の子はおずおずと、男の子は元気良く握り返す。
 託児所代わりで悪いかなと思いつつ、子供をつれてくる約束だった。
 ユウが2人を連れて出て行くのとすれ違いでもう1人の調査協力者が入室した。
「えっと、貴方は?」
「毎度! 今回の依頼補佐に来ました。村ゼネの代表兼社員の村雨 紫狼(gc7632)です」
 村雨はそういうと黒瀬に名刺を差し出す。
 村雨ゼネラルカンパニー、傭兵業ではないが方向性は変わらない。
 ULTの直轄でない分、会社設立当初は依頼もなく苦労していたが、
 10年も地道に続ければ信頼と信用はついて来る。
 今はそこそこ繁盛しているようだ。
 妻と子供3人を抱え、人生の絶頂期といえるかもしれない。
 黒瀬は何でも屋みたいなものかと理解した。
「まだこの世界で幸せになれなかった能力者が居る。
 なら、正義のヒーローとして見過ごせないでしょ?」
「‥ヒーロー?」
 胡乱な目で見る黒瀬に、村雨は胸を張る。
「そう、正義のヒーロー。救えない自分を許せないってやつは多いけど、俺は違うぜ。
 例え全てを救えなくても、それでも、俺は俺を許す。
 許して立ち止まらねえ、立ち止まったら誰も救えねえからな!
 これが、あの戦争で学んだ俺のヒーロー像ね☆」
「はあ‥」
「村雨、話は良いから荷物を置いて着替えてきなさい」
「っと、了解っす! 黒瀬さんもまた後で!」
 村雨はロッカーへ走っていく。
 なんとも慌しい。
 微妙な気分で眺めていた黒瀬の肩を、本城が引き戻すように触れた。
「黒瀬、気にしないほうがいいわよ。彼は悪人じゃないけど、周りが見えてないのよ」
 ここ数年来の本城にしては辛辣な言葉だった。
 言葉の後を苦笑で誤魔化したが恐らく彼の思想と対立してしまうのだろう。
 もしくは、それが誰も恨まない為に処世術か。
「さて、黒瀬の報告も聞かせてもらおうかしら」
 本城は席に戻り、黒瀬の書類に手を伸ばした。

◆報告:ハンナ・ルーベンス(ga5138)の場合

 修道女のハンナは戦後、復興支援の依頼に継続して参加している。
 彼女が組織したグリューネワルト修道会は構成員・活動内容が少々特異である為、
 その内容をページを割いて報告する。
 修道会の構成員はほぼ例外無く元親バグア、元バグア協力者の女性。
 一部エミタを除去した元能力者の女性も存在する。
 戦後迫害されがちな彼女らの社会復帰支援の団体として活動する当会は、
 立ち上げにあたり各国政府、UPC、ULTから援助を取り付けている。
 その実情は不明瞭。発起人のハンナ由来のコネクションと思われるが判然とはしない。
「黒瀬はどう思った?」
「‥‥怖いですね」
「貴方の感性は正しいわ」
 本城はコーヒーを啜りながら、今しがた帰ったばかりのハンナを思い返す。
 彼女本人とこの豪腕な組織に繋がりの脈絡がない。
 傭兵と言う出自に秘密があるのかもしれないが、調査をする必要性はない。
「それでも、これきりの付き合いね」
「そういうものですか?」
「私の仕事に彼女は必要ない。南米の引きこもりだもの」
 彼女の職務において欧州のコネクションは必要なく、
 南米にもコルテス中将という明瞭な支援者が居る。
 必要十分となれば、片手間に劇薬に触れる必要は無い。
 本城は報告書のファイルを確認済みの山の中へ放り投げた。

◆報告:天原大地(gb5927)の場合

 戦後、天原は身篭った恋人と共に故郷の鹿児島へと帰った。
 現在は鍛冶師であった父の技術を残す為にと、独学で鍛冶師となった。
 鍛冶屋/金物屋「天原工房」はオーダーメイドで刀も作っているが、
 戦争の無い今は街の主婦層からの評判のほうが大きい。
「いつかこいつも趣味になれば良いんだけどな」
 焼入れを終えた刀を台に置き、天原は汗をぬぐう。
 10年ですっかり親の顔だ。
 精力に満ち荒々しいの中にも成熟の色がある。
 腕捲くりした作務衣から覗く右腕には大きな傷、
 壁には使いこまれた朱塗り鞘の刀が立てかけられている。
 キメラとの大きな戦いがあったという記録もある。
 彼の戦いはまだ終わっていないのだ。
 戦士としては勿論、父として、夫としても。
「そうそう、依頼主から伝言があるんですよ。奥さん宛に」
 天原は眉をあげる。全く思い当たる節がなく、続きを促す。
「ごめん、大人げなかったって」
「なんだそ‥‥あ‥、ああはいはい」
 くっくっと笑いをかみ殺した。村雨は怪訝な顔だ。
「それでわかるんです?」
「わかるともさ。伝えておくよ」
 奥方はここには居ないが第二子を身篭ってベッドの上だ。
 この話は子供を産んだあとにとっておこう。
 何を思うにしても整理が必要な話だから。
「奥さんといえば10年前の話ですけどね、色恋沙汰で派手にやったって聞い‥」
 天原の目が光った。伸びてくる腕を村雨はかわせず‥。
 そこから先の記述は塗りつぶされた後があり、詳細不明である。

◆報告:銃器専門店「bull’s eye」

 ラストホープから姿を消して以降、消息不明だった鷹代 由稀(ga1601)だが、
 彼女の足取りを探すのは思いのほか早く済む。
 彼女はマキナ・ベルヴェルク(gc8468)と共に北米某所に移り住み、
 一般人向けの銃器専門店「bull’s eye」を開いていた。
「こんなに磨耗してたらライフリングの意味無いじゃない‥これも交換ね」
 店舗の奥まった一室に設けられた作業場で銃とにらみ合う毎日だ。
 充実はしているが悩みも多い。
「今月赤字かなぁ‥パーツ取り寄せしないといけない案件は支払い来月になりそうだし」
「まぁ、赤字でも倒産の危機に瀕している訳でもなしです」
 マキナは苦笑しながらフォローを入れる。
 店としてはトントンでも、仕事はこれ一つではない。
「‥と言うか由稀さん、近頃富みに所帯染みてきましたね」
「そりゃ、傭兵より長くやってるんだから所帯染みもするわよ」
 鷹代はため息をつく。
 ため息をつくのが似合ってしまう自分にも、すこし嫌気がする。
 そうこうしてると入り口に人の気配。
 表情を元に戻し、営業スマイルを作る。
「いらっしゃい‥‥」
 見知った顔の出現に営業スマイルが吹き飛ぶ。
 邪気のなさそうな黒瀬レオの顔は、10年前と大して変わっていない。
「よく見つけられたわね。この10年、兄貴含めて当時の知り合いとは会ってないのに」
「ある人の後をこっそり尾行しました。そしたら早かったですよ」
 鷹代は直ぐに原因に思い至ってマキナにジト目を向ける。
 マキナはわかりやすく引きつった笑みを浮かべていた。
「‥‥ぁー‥‥私のせいです」
 妹のような娘のような関係が続く彼女は、メンテナンスのたびにラストホープに出向いている。
 たまにミラベルとも食事をしていた。詰みである。
「そう。でも、話すこた特に無いわ。今ではただの個人事業主だもの」
「でしょうね。だから僕が来ました」
 特別な感情の無い顔見知りという立場は、姿を消した彼女には都合が良い。
 会話は雑談程度。1時間ほど世間話をして黒瀬が帰ろうとした矢先、
 3人の携帯が同時に着信を知らせる。
 慌てて確認する鷹代とマキナ、黒瀬はのんびりと携帯を開く。
「‥そういえば同業なんだっけ?」
「うん、今もね」
 メールの中身はどちらも同じ。
 犯罪者におちぶれた能力者の所在を知らせ、その討伐を依頼するメール。
 米国の都心に住んでいる黒瀬にメールが届くのも不思議ではない。
「でも僕は休業中だから譲るよ。助けは要らないよね?」
「当然。マキナ、明日店休みね。スプリングバレーまでドライブよ」
「また急なドライブですね」
「急なのはいつもよ。能力者相手だからフル装備。OK?」
「私は何時でも」
 10年経ち、未熟だった少女は成長していた。
 幕を引くデウス・エクス・マキナとして。
 彼女達2人は賞金稼ぎとして地元警察や軍に知られる存在となっていた。
「僕は帰ります。用事も済みました」
 慌しく支度を始める2人をしばし眺め、黒瀬は店を立ち去った。

◆報告:狐月 銀子(gb2552)の場合

 狐月銀子は戦後4年目を境に仕事を辞めた。
 理由不明だったが特に苦労することなく所在は知れた。
 調査に向かったケヴィンを出迎えた彼女は、
 以前よりも年齢相応に穏やかな顔をしていた。
「ありゃ、UPCの人?」
「そうだ。狐月銀子、久しぶりだね」
「久しぶりって‥‥」
 ケヴィンは何も言わずに名刺を渡した。
 銀子は名前を見て目を見張る。
「御久しぶり、で良いかしらね」
「ああ。その様子だと、正義の味方は卒業したのかな?」
「うん、もう無理だから」
 再会の言葉はやはり平易なものになった。
 生きていて良かったとも言い難い。
 2人の会話は弾まなかった。
 おおよそ相手の状況に察しがつくがゆえに聞くべき事がない。
 そしてケヴィンが来訪してから10分ぐらい経った頃‥。
「ママ!」
 戸を開けて帰ってきたのは元気そうな男の子。
 銀子は駆け寄った子供を抱き上げる。
「この人? ママのお友達よ。でね。貴方の先輩でもあるの」
「‥‥?」
 子供は首を傾げて母の顔を見る。
「貴方は大きくなったら何になるの‥?」
「せいぎのみかた!」
 ケヴィンは目を丸くして、優しく微笑みを浮かべた。
「後悔はしていないのだね」
「そうね。やり直したいとも思わない」
 追い続ける道はあったのかもしれない。
 けれども、彼女は母親である自分を選んだ。
 彼女の道はこの子が継いでくれる。
「今度、僕の娘も連れてこよう。きっと仲良くなれるはずだ」
 滅私奉公では救えないものもある。
 2人の正義の味方はこうして幸せを手に入れた。
 今はそれで十分だった。

◆回想:ブレイズ・S・イーグルの場合

 戦後の世界を旅して回ったブレイズが最後に訪れたのは、
 故郷のメトロポリタンXであった。
「ここは変わらないな」
 故郷を見下ろす丘の上に夕陽が映える。
 まだ傷跡は深く復興には時間がかかりそうだが、争いの気配はもうどこにもない。
 バグア残党との戦いは着実に効果をあげていた。
 しかし、残された時間は僅か。
 ブレイズはコンユンクシオを街がよく見える丘の中心につきたてた。
 その大剣が誰のものかわかるように、柄にドックタグとブレスレットを巻きつける。
 それは墓だった。祈る場所さえあれば人は死を認識できる。
 明日の戦いで例え生き残っても、帰る時まで命が持つかはわからない。
 赤かった髪は真っ白になり、左目も覚醒の補助がなければ色も判別出来ない。
 身体は錆びた鉄が軋む様に痛む。
「こうしておけばわかるだろう」
 自分を想ってくれている友人達ならば。
 最初に思い出したのは、物語の中の騎士道を体現したような男の姿だった。
 サンディとの結婚式には出席できなかったが、祝いの花束は届いただろうか。
 別れ際、サンディは泣いていた。
 避けようのない死別、理解していても納得できないものだったろう。
(‥こんなアマちゃんだが宜しくしてやってくれ)
 憎まれ口のつもりで言った台詞だったが、サンディの気持ちを爆発させてしまった。
 泣きじゃくる彼女を止めることもできず、なすがままにしていた。
「‥‥‥だが」
 脳裏に浮かんだのは、それでも笑ってくれる友人達の顔だった。
 それは何もかも無くしたはずの自分には、本当に望外のこと。
「‥‥ま、悪くない人生だったぜ」
 ブレイズの笑みは、ぎこちないながらも平穏に満ちていた。
 二度と見ることの無い故郷の景色を心に焼き付け、
 ブレイズは確かな足取りで丘を下った。
 彼の戦いはこれにて閉幕。ブレイズの以後の消息は不明である。

◆回想:キア・ブロッサム(gb1240)の場合

 撃たれた。その結果を理解するのは思いのほか早かった。
 反射的に傷口を押さえてはいるが、出血は止まりそうにもない。
 報いを受けたと思えばなるほどそうだろう。
 非合法な仕事を幾つも受けた。
 覚えきれないほどの恨みも買った。
(それも良いやも、ね‥)
 自分のしてきたことを思えば、むしろ温い幕引きだ。悪くない。
 痛覚は既に消え、残った五感も徐々に喪失していく。
 時間は引き延ばされ、あるいは一瞬へ縮む。
 安らかな死の気配の中、ふと記憶が過ぎった。
 こんな私を友人と言ってくれた人達の顔。
 そして、厚かましくも願ってしまった幸せの夢。
「‥死に、たく‥ない」
 精一杯の声で喘ぐ。
 誰か助けて。
 まだ生きていたい。
 あの人にもう一度会いたい。
 こんな人生だけど、決して不幸ではなかったのだから。
 意識は無慈悲に暗闇に落ちていく。
 闇へ消え行く刹那、その左手は優しい熱に包まれた。
 誰かの手の暖かさに似ていると、何故かそう思った。



 彼女は余暇でヨハネスブルグに訪れたという。
 能力者であれば常人に殺される事はないが、それが能力者同士であれば別だ。
 殺人事件が日常茶飯事の街では調査が行われることもなく真相は闇の中。
 彼女の知己を頼り欧州まで来たが、結局はまた無駄足だった。
 彼女の事を知る藤村 瑠亥(ga3862)は‥。
「彼女は。死ぬようなタマではないかな。
 今は、どこで何をしてるかもわからんがな‥‥と。それを言えばほとんどの者がそうだし。
 探せば見つかるかも知れんぞと」
 などと言ってたが、それもどこまで真実か。
 日本に出向いた時も藤村から分かった事はそれだけだ。
 正規でない依頼主達は誰も彼も一様に口が固く、調査は進展しない。
「‥‥‥?」
 ふと、風に違和感を感じる。
 気配の先には美しい銀髪・隻腕の女性。
 ケヴィンは直感を頼りに声をかけた。
「すみません」
「はい‥?」
 顔を黒いベールで隠した彼女は‥。
「‥‥失礼。人違いだったようです」
「そうですか」
 優雅に微笑んで彼女は目の前を過ぎ去っていく。
 彼女がそうだと確信はあったが、ケヴィンはあえて見過ごした。
 藤村の言った言葉はこういう意味だったのだ。
 ケヴィンは「キア・ブロッサム、行方不明」とメモ書きすると、
 彼女とは反対方向へと歩いていった。

◆報告:鳳覚羅(gb3095)の場合

 鳳覚羅の行方は最後まで判然としなかった。
 戦後は各地で積極的にバグア残党の掃討任務についていたが、数年前に引退。
 理由はエミタの能力低下とされており、メンテナンス時の報告と友人の証言は合致する。
 引退後は悠々自適に世界を旅していると証言があったが、足取りはそこで途絶える。
 鳳は戦中より孤児院の設立に寄与し、資金援助などを行っていたらしく、
 今回の調査においてはその当時の子供達が消息を尋ねにきていた。
 匿名を通して顔を出さなかったのは彼なりの配慮だったのか。
 今となっては確認しようがない。
 旅をする彼の表情は穏やかであったという。
 それが唯一の答えかもしれない
 死亡とも断定できないが、ULTとしては行方不明としか報告しようがない。
 主観を交えずに書くのならば死亡の確率が高いのだが、
「そう簡単に死ぬわけが無い」
「連絡先がないなら旅の途中なんじゃない?」
 と友人達はあまり心配していない様子。
 信頼か放任か。どちらとも取れないが認識は一致している。
 例外的処置ではあるがこの件も含む曖昧な情報も込みで、
 彼の設立した孤児院の関係者には情報を開示することにした。

◆報告:UNKNOWN(ga4276) の場合

 UNKNOWNが何をしていたか。
 相変わらず脈絡がない。
 バグア技術の解析、美術品の発掘・保護、文化財の整備・復刻
 考古学の発掘、社会インフラの整備、大学の講義、学術書の執筆、etcetc。
 彼の経歴なら出来ておかしくないこと、とは言え一つところに留まらないせいで捉えられない。
 一番わかりやすい登場の仕方は、暴力を行使する時だった。
 その迷惑(被害でなく)はおおよそ、北中央軍の一部に集約されていく。
 クレームの受付窓口は誰あろう、ジゼル・ブランヴィル(gz0292)大尉だった。
「‥‥‥ふぅ」
 久しぶりの自室だというのにため息が漏れる。
 クラリスも無事退役して学生に戻り、義兄も結婚して悩みが無くなったはずがこれである。
 戦後、UNKNOWNは戦場に出没した。
「私の見える範囲は、平和でいなさい」
 この言い分が軍の意向と反する場合も多々あった事がそもそもの問題の始まりだった。
 バグアに関与する者に強硬な姿勢をとりがちな軍の落ち度も確かにあるにはあるが、
 問題が彼女に押し付けられたのは更に理由があった。
「やあ、お帰り。久しぶりだ、ね。デートをしよう、か」
 クローゼットの服をバニースーツに取り換えている最中だった。
 しかも珈琲と酒、なにやら料理もあってくつろいだ痕跡もある。
 こんな事だから、UNKNOWNの行動は北中央軍のヤラセだと言われるのだ。
「良いですよ。その代わり私の文句、聞いてもらえますよね?」
「何のことかな? さっぱりわからないよ」
 変わらない表情で視線を逸らし、わざとらしく紫煙を吐き出すUNKNOWN。
 この関係はジゼルの退役と結婚の頃まで続いていた。
 ある意味、代わり映えしなかったとも言えるだろう。

◆報告:ウィル・パーソンズを探して

 荊信(gc3542)、D・D(gc0959)の2名はとある同じ条件を理由に、
 調査への協力を申し出た。
 条件とはウィル・パーソンズのその後の調査である。
「あの小僧‥‥っとあの男はどうしてるかねえ。もう呑める年だろう」
 荊信は傭兵家業を続けつつ華僑系マフィアの世話になっていた。
 武侠らしい生き様は今時珍しい。
「無事ならそれで良い。幸せかどうかは知りたいわね」
 ダリアは戦時の小隊のハンガーにて整備工となっていた。
 傭兵業も続けているが10年後の現在では傭兵の仕事は受けていない。
 仕事は充実しているが婚期は逃したらしい、とは本人談。
「今日は様子を見るだけだ。酒の話は個人的に頼む」
 引率するケヴィンも彼の調査には加わっていない。
 彼にはナスル・アフマド(gc5101) の調査の引継ぎがあった。
 この2人と同じくウィルに纏わる事件に関わりのあった彼だが、今は中東にいる。
 荊信は彼と二度殺し合いを演じていた。
 ダリアはその報告に驚きはしたものの、すぐに納得した。
「戦士として一流だが、気に食わんやつだったな」
 自然話題はナスルの話になる。
 彼の人格はさておき、三人は互いの腕を信頼していた。
 その感情を整理するように、彼の思い出を語る。
 道は終わり、徐々に目的地に近づいていく。
 ウィルの店、レストラン「B.E.A.K.s」は街の大通りから少し離れた場所にあった。
 看板には名前の通り鳥の嘴が描かれている。
 レストランの前には平日だというのに並んで待つ者も居る。
 厨房では、忙しそうに働くウィルの姿があった。
「はっ。凛々しくなって。随分男の顔になったじゃないか」
「それにしてもB.E.A.K.s‥って」
 ダリアはその店の名前にふと違和感を覚えた。
 ピリオドの意味は何なのだろう?
 特に意味はないのかもしれないが妙に引っかかる。
「‥‥そうか」
 ケヴィンはただ1人気づく。それは頭文字だった。
「バルタザル、エドガー、アトオリ、そして僕だ」
「なるほど、そいつは気づけないな」
 当時全ての人物に関わった者はほとんど居ない
 彼の胸に確かに記憶は受け継がれていた。
 3人は幸せそうなウィルの横顔を眺めると、そっとその場を後にした。
 酒を酌み交わす日を想いながら。

◆報告:中東に戦の嵐

 統一地球連邦内では各国独自の路線を崩すことはなく。
 以前よりマシになったとはいえ、小規模の紛争が絶えない地域もあった。
 遠倉がAnbar(ga9009)を訪ねた時も、
「吸うか?」
 そういって安煙草を差し出す筋骨たくましいアラブの青年は、
 誰あろうanbarだった。
 今では立派な口髭も蓄え、線の細かった頃とはまるで別人だった。
 琥珀色の瞳だけが彼の面影を残している。
「いえ、結構です。子供も居ますので」
 遠倉は失礼のないように笑顔で答えた。
 anbarの所属する「アラブの風」はアラビア半島を周辺に活動する傭兵団である。
 野良キメラの掃討等で地域の治安に貢献している。
 その様は本来の意味での傭兵ではなく、ラストホープの傭兵達を髣髴とさせた。
「‥‥戦後復興もメガコーポレーションの影響が大きいところ優先。
 キメラへの対処だって、なかなか軍も動いてくれず、結局俺たち傭兵が動かない限り少しも進まない地域もある」
 久しぶりの来訪者に気が緩んだのか、anbarは饒舌だった。
「‥‥バグアとの戦争が終わっても世界の力関係が大して変わった訳じゃない。
 まだまだ生まれ故郷に戻れない難民も大勢いる。
 結局何も変わらなかったと言うことだろうな」
 聞いたところで益体の無い話。
 遠倉は彼の愚痴に合わせて相槌を打つだけに留めた。
 彼以外の努力や情熱を知る以上は、手放しに肯定もできなかった。
「まあ、戦うすべを持った俺としては少しでも同胞の為になる今の生活も悪くないと思っているが、な」
 愚痴はともかく満足はしてる。それは代え難い結論だ。
 遠倉は彼の話が途切れたのを見計らい、調査中だった2人の傭兵の消息について訪ねた。
 片方は‥。
「加賀忍か‥」
 anbarはその名前を聞きため息をついた。
 加賀・忍(gb7519)。
 戦後3年目までは能力者の傭兵として活動していた。
 アジア方面での活躍目覚しく、戦後の大きな戦闘では何度も名を残した。
 しかし4年目から徐々にエミタメンテナンスの回数が極端に減り、
 依頼の失敗が目立つようになる。
 彼女の中で何があったのか。
 彼女を知る者の話ではそれは「不信」だろうと推測されている。
 その後エミタ除去を受けた彼女は中東・中央アジアに渡り、
 油田基地への大規模テロ抑止の作戦に参加し作戦中に行方不明となった。
「俺も詳しいことは知らない。そんな仲でもなかったからな。
 それに、それ以上にそのテロの調査のほうが大事だった」
 アラブの風には目下敵が居た。
「ナスル・アフマドさんですね?」
「そうだ。あいつがあのテロの首謀者だった」
 ナスルは戦後しばらくは傭兵業を続けていた。
 だがしばらくして彼は戦争に取り付かれた本性を露にする。
 親バグアや反体制の人間へ援助を行っていたことが発覚するや否や、
 捕縛に来た能力者を殺し逃走。
 エミタを排除し、名を変え顔を変えて反体制組織の活動家として行動を再開。
 世界の敵となった。
「そういえば、遠倉は結婚したんだって?」
 話題を明るい方向に変えようとanbarは調査員の今を聞く。
 しかし遠倉はこの話題、苦笑いで返す他なかった。
 結婚はしたが、彼と言えば寝泊りが孤児院ばかりで実質別居。
 子供の世話は遠倉や義妹に任せっきり。
 今回ようやく旦那らしいことをしてくれたのだが‥。
「ええ。上手くやっていますよ」
 仕事が終わったらゆっくり話をしよう。
 そう彼女は誓った。彼女の伴侶は一方その頃‥。



 10年の区切りで調査が及んだことは彼の耳にも届いた。
 表層の調査だからと無視はしていたが、思い返すこともある
 ウィルのことだ。
 丁度今育てている少年兵と同じ年頃だ。
 彼には期待していた。爆弾抱えて世界を混乱させる事ができる立ち位置にいたのだから。
 だが、結末といえば最悪だ。
「とんだ甘ちゃん。青い餓鬼だったなぁ」
 大義を抱けぬ、守る事しかできない小僧。
 洗脳するなど無理な話だった。
 ここのガキどもでその失敗はすまい。
 久方ぶりの物思いは、地下坑道に響く警報で遮られた。
「敵襲だ!!」
 慌てて入り口付近の監視カメラの向きをかえる。
 モニターには切り倒される戦士たちが映し出される。
 銃撃の音は無数、しかし銃弾の雨はその一つでさえ届いていない。
「‥‥そうか。遠倉が来てたならお前が護衛についてもおかしくねえよな」
 近づくもの全てを切り倒した黒い影はその場に制止する。
 疲労の様子は欠片もない。
「また会ったな、藤村瑠亥!」
 10年経ってもなお現役、おそらくラストホープ最速を誇る男。
 エミタは残しつつも一之瀬大尉との約束で銃をおろした遠倉。
 彼女がそれでも危険と向き合う時、傍らには常に彼が居た。
 その暴威は常に平穏の敵に向けられた。
 カメラに気づいた藤村は懐の短刀を投擲し、カメラを破壊。
 モニターに砂嵐がふく。
「能力者には勝てんぞ。引け! 時間を稼いでな!」
 ナスルはエミタを失っても能力者との戦い方をよくわかっていた。
 時間制限こそ彼らの枷だ。
 そして彼らは、その希少さゆえ物量を覆せない。
「くははは! 次の戦争を楽しみにしていろよ!」
 ナスルは隠された通路を走った。
 それが現時点で彼を捉えた最後の情報である。

◆そして:ソフィアの遺児

 報告は終わる。ひとまず半年の成果としては十分な量が集まった。
 パウンドケーキと紅茶をいただき、小休止をとる。
 黒瀬と遠倉の視線は自然とユウのほうに向いていた。
「本城さん。ユウ君の母親のこと、運命のこと‥‥そろそろ、話しても良いのでは?」
「‥‥そうね」
 本城の声は余り乗り気には聞こえない。
 1人では決心がつかないのだろう。
 自暴自棄が一転、彼女は臆病になっている。
 形はどうあれユウの存在は彼女の生きる理由でもあるからだ。
 黒瀬は紅茶のカップをそっと置いた。
「なら、僕にその話をさせてもらえませんか?」
 今のユウとの関係はソフィアとの約束だった。
 ソフィアに対する強い執着ゆえにこれまでユウに接したが、
 長い年月を経てそれは我が子に向けるのと同様の愛情を抱くようになった。
 黒瀬はユウと遊ぶ4歳の双子を見る。
 子作りに消極的だった彼が恋人との間に子供を設けようと決心したのは、
 ユウとの付き合いの中で子供について考えた結果だった。
 子供としてユウを愛する過程で、伴侶の子を望む心にも共感するようになった。
 自分の人生の一部となった彼には、最後まで責任を持たねばならない。
 愛の形を知る過程を通った以上、この役目は必然だったのだ。
「構わないけど‥‥」
「なら決まりだね。ユウ、少しいいかな」
 呼びかけに答えて溌剌とした返事が返る。
 笑顔で駆けて来るユウは3人の様子に怪訝な顔をする。
「今から大事な話があるんだ。君のお母さんのことだよ」
 予感があったのだろう、ユウは神妙な顔で近くの椅子に座る。
 ローズは様子を察して預かってる子供達と遠ざかっていく。
 黒瀬は大きく深呼吸した。これがきっと最後の約束になる。
「どこから話そうかな。君のお母さん」
 彼女の華やかで立派な人生を余すところなく。
 そう想えばこそ始まりは大事だ。
 黒瀬は悩んだ結果、記録上の彼女の生い立ちから丁寧になぞることを選んだ。
 彼が顔も声も知らない母を愛せるように、黒瀬は時間をかけて南米で起きた物語を紐解いた。