タイトル:【福音】帰ろう我が家へマスター:錦西

シナリオ形態: ショート
難易度: 易しい
参加人数: 4 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2012/09/25 02:01

●オープニング本文


 第三艦隊が全滅し、第二艦隊の戦力の大半を失ったバグア本星艦隊は、本星至近に在った本部ステーションを中軌道へ前進させていた。
 無傷の第一艦隊を戦闘の主力とする意図であろうと推測できるが、クリューニスの確保を狙う中央艦隊にとっては寧ろ都合が良い。
 月面会戦にて巡洋艦3隻を失った中央艦隊は、新たに進宙した巡洋艦2隻を加え、引き続き本星艦隊、および本部ステーションの攻略を目標とし、中軌道での戦闘を開始した。

 これはその幕間である。



 バグアの地球低軌道ステーション。
 ここは過去に騒乱となった場所だが、今はどちらからも半ば放置された体となっている。
 逃げ込んで身を隠すには十分な環境であったため、今は三体のバグアが潜んでいた。
「折り入って2人に夢も希望もない話が幾つかある」
 3体のうち1体、ブライトン派のローテルルがそう切り出した。
 彼は直立したオットセイに似た見た目で、3体の中では唯一表情らしいものがあった。
 ステーションの中は幸い電源が生きており、小さな会議室には暗すぎない十分な光が満ちている。
「すこし良い話、どうしようもなく悪い話、割と絶望できる話、故ズゥ・ゲバウ先生のちょっと良い話。どれから聞くかな?」
「ズゥ・ゲバウ先生の話、気になるな」
 そわりと動いたのはズゥ・ゲバウ派のバグア、ダンタイアだった。
 球体に6本の腕がついたようなみかけのバグアで、表情らしいものがなく、感情はその声の雰囲気で測るしかない。
「あとにしてください」
「しかし‥‥」
「あとにしてください」
 きっぱりとそれを遮ったのはエアマーニェ派のヤジラガ。
 鉄色の肌を持つイカのような外見のバグアだ。
「ではどうしようもなく悪い話から」
「うむ」
 答えてローテルルは立体映像の機械にスイッチを入れる。
 机の上にぼんやりと映し出されたのは、地球とステーション、そして赤い光点だった。
「現在、この低軌道ステーションは本星艦隊から放置されている。我々はこっそり隠れて助けを待っているわけだが‥‥」
 ローテルルは赤い光点を指差すと、矢印がステーションに向かって伸びた。
「およそ10時間後に人類の巡洋艦が接触してくる。推定される規模はKV2個中隊以上。勝ち目はない」
「ふん。望むところだ。バグアらしく最後は華々しく散ってやる!」
 ダンタイアは派閥の長のように勇ましい台詞を吐く。
 ローテルルはそれには返事をせず、次の資料を用意した。
「で、割と絶望できる話は?」
 察したヤジラガが話を振る。聞きたくない、という雰囲気で一杯だったが、
 目を逸らしてもしょうがないので気づかない振りで話を続けた。
「うむ。先月から共食い整備を始めたことは伝えたとおりだが‥‥」
 浮かび上がったのは修理中の機体が並ぶ倉庫の映像だった。
 管理しているのがローテルルのため、他の二人は普段入ってこない。
「稼動できる残りはこの無人HW6機と小型の本星型HWだけになった。ちなみに本星型のプロトン砲は壊れたままだ」
「‥‥‥‥」
 ダンタイアががくりと肩を落とす。ヤジラガは言葉もない。
 迫る自身の死、それも語り継がれる事もない呆気ない死となれば、気落ちもするだろう。
「最後に少し良い話をしよう。先日から修理をしていたキメラプラントだが、ようやく1機だけ稼動させることができたよ」
 2人のバグアは顔を上げる。
 キメラプラントは数の少ない彼らにとって戦力の要となる。
 それが最後の希望だった。
「俺達3人は皆派閥が違う。だが同じバグアだ。皆一緒に帰ろう、あの赤い星へ」
 ローテルルは手(に相当する器官)を差し出した。
 2人は迷いながらも、その手に自らの手(?)を重ね合わせる。
 一番大事かもしれないズゥ・ゲバウの話はいつの間にか忘れ去られていた。




 低軌道ステーション制圧に歩兵で乗り込んだピーターとバーナード、そして随伴する傭兵達は、
 基地中心部にほど近い通路でキメラの群とバグアに接触した。
 鉄製のイカのような外見のバグアは、手に見える器官を揺らす怪しい挙動をしながら、
 宇宙っぽい言語で何か(翻訳すれば「ヤジラガ・フラッシュ!!」だったらしい)を喋ると、
 唐突に頭部から閃光を放った。
 

 一瞬の閃光の後、周囲からキメラとバグアは消え去った。
 バーナードは慌てて走る。
 隣にいたはずのピーターがいないが、構っては居られない。
 逃がせば他のメンバーが被害に遭うだろう。
 走った先のT字路の曲がり角、何かが動く気配に向け銃口を向けた。
「‥‥マジかよ」
 目の前に立っていたのは黒い布で全身を覆った大男だった。
 宇宙服を着ていないというのに平然とその場に立っている。
「ニンジャ‥‥?」
 そうだ。幼い頃に聞いた事がある。
 極東の山奥のイガという地域にはニンジャという名の、
 マジシャン兼ウォーリア兼スカウトというファックな戦闘員が居るという話だ。
「こけおどしだ!!」
 バーナードはすぐさま発砲。
 銃弾は狙い違わずニンジャ(?)の胴体に吸い込まれるが‥‥。
 次の瞬間には男の姿は消え、代わりにどこから現れたのか小さな丸太が銃弾を受けていた。
「カワリミ・テクニック!? くそっ!」
 バーナードが周囲を見渡すよりもはやく、背後から男はその首を締め上げた。
「うおおお!?」
 振りほどこうともがこうとして、気づく。
 全く体が動かない。
 そうか、これがカゲヌイか。
「み、みんな‥‥」
 ここで自分が死ねば、こいつはこのステーションで暗躍し続けるだろう。
 なんとしても存在を伝えなければならない
 バーナードは落ちそうになる意識を必死でつなぎとめようとしていた。
 


「み‥‥皆‥‥ニ、ニゲロ‥‥! ニンジャだ‥‥ニンジャには勝てない!」
「マックス! 生きていたのか、心配したんだぞ! あはははははは!」
 外で突入班の映像を見ていた者達には、その場所で起こっている惨状がよく見て取れた。
 簡単に表現すると、ピーターがバーナードの首に腕を回してきつく締め上げている。
 ちなみにマックスとは戦争中にはぐれたというピーターの愛犬の名前だ。
 幻のマックスに抱きつくように力任せにしているのだろう。
 宇宙服があるからそう簡単に破れたりしないが、2人とも完全に敵の精神攻撃に掛かっていた。
 そしてその後ろには、彼らに術をかけたバグアがひょこひょこと逃げに移っている。
「おい! バグアが逃げるぞ! 誰か、無事な奴は居ないのか!?」
 KV小隊長の大尉は無線に呼びかけ続けるが、どこからもまともでない返事しか返ってこない。
 返事はないが恐らく傭兵も同様だろう。
「お前はまさか‥‥コムソウ!? ファック! オレのカラテを食らえー!!」
 バーナードはまた自分の中の幻想と戦っているらしい。
 キメラの動きがわからない以上、下手に突撃もできない。
 外に居る者達は一様に頭を抱えていた。

●参加者一覧

地堂球基(ga1094
25歳・♂・ER
崔 美鈴(gb3983
17歳・♀・PN
愛染(gc4053
17歳・♀・HG
マキナ・ベルヴェルク(gc8468
14歳・♀・AA

●リプレイ本文

 能力の正体は催眠による感情の増幅。
 キメラは全て能力の増幅器兼中継器。
 どんな夢を見ているのかは、当のバグア本人にもわからない。
 全ては各人の記憶の中にのみとどまっている。



 地堂球基(ga1094)が依頼に参加した理由は、バグアの機械を時間をかけて見る機会があるだろうと踏んだからだ。
 それは大よそ間違っておらず、彼の予想通りの品が乱雑に積まれていた。
 ここには球基が求めた知識の産物が転がっている。
 バグアには星々の間をを旅する技術がある。
 軍事に特化した人類は瞬く間に宇宙に駆け上がりはしたものの、地球の周辺を漂うのが精一杯だ。
 とてもその先を目指すことはできない。
「果ての向こう側まで行くには、こういう地道な作業が大切と‥‥そうだろう」
 誰にとも無く、呟く言葉。
 隣に立つ仲間への言葉ではない。
 今は亡き先達へ向けた言葉だった。
「‥‥ん?」
 突如溢れた光が思考に埋もれそうになる球基を包み込んだ。
 1秒未満の時間、感覚が遮断されるような違和感に襲われる。
 それが何であるかを思考するが、すぐに途切れる。
 何故かわからないまま、周囲の気配を受け入れてしまっていた。
 訝しがる球基の前にはいつの間にか人影が立っていた。
 靄の中で見えないその影は、徐々に彼に近づいてくる。
「‥‥えーと、爺さん?」
「ホッホ。球基か、元気じゃったか?」
 それは月面で死んだはずのラムズデン・ブレナー(gz0465)博士だった。
 自分の記憶と寸分違わない、人懐こい笑み。
 多くの疑問は何故かすぐに消え去り、言葉が溢れた。
「勿論だ。爺さんもカルサイトと元気にやってたか?」
「見ての通りじゃ。宇宙も暮らしてみれば快適じゃぞ」
 痩せ我慢かもしれないと思いはしたものの、望んで引き受けた事だ。
 差し引きで「快適」と表現したのだろうか。
「爺さん‥‥あの時も言ったけど、俺は意思を引き継いで『果ての向こう側』へ行くつもりだぜ。
 夢に向かって邁進してる処さ」 
 記憶は徐々に秩序にならう。
 この爺さんは幻だ。
 みたいと思った自分が見せているのだろう。
「ゴーフォーブロークン、じゃよ」
 はっとして球基は顔を上げた。
 この言葉は、記憶にあっただろうか?
「‥‥爺さん」
 記憶の生んだ幻影かどうかそんなことはどうでも良かった。
 例えこれが幻であっても、彼は変わらず宇宙の光となって自分達を見守ってくれている。
 それが自分のセンチメンタルな部分であることは自覚している。
 薄れ行く博士の姿に向かい、球基は小さく微笑みを作った。



 マキナ・ベルヴェルク(gc8468)は優しい抱擁の中にいた。
 優しく包み込むように彼女を抱きしめてくれるのは2人、片方はミラベル・キングスレー(gz0366)。
 もう一人は誰だろう。恩のある女性、と誰かわかるものの輪郭も名前も何故かはっきり見えない。
「いいよ、もう無理なんかしなくて」
 背後から抱きしめてくれる女性は、引き止めるように呟く。
 囁きはあまりにも甘美で、驚いて思わず抵抗してしまう。
 それではダメだ。自分は決めたのだ。
 求道をひた走ると。
 辛いとか苦しいとか、そういう感情は要らない。
 魂を砕かれることになっても、生き方を曲げたくない。
「でも辛いから、人は人を求めるのよ」
 それが異性か同性かなど瑣末な事だ。
 耳元に掛かる息は、ほのかに暖かい。
 だが、その顔は優しさではなく憂いに満ちていた。
 マキナは彼女の人格の一部を覗いた気がした。
 彼女を母親のように感じた自分の感覚は間違っていない。
 それは彼女が望んで演じている属性であり、そうでなければならないと自分に課した枷でもある。
 必定、母性を求めた環境が彼女から何を奪ったのかも類推できた。
 感慨は一瞬。2人の手がそっと太ももを撫で始める。
「いっ、いやいや、ないですから。有り得ませんから!」
 マキナは慌ててを手を押し留めようとするが密着されて2:4では抑えきれない。
 徐々に手は内側へと滑り込んでくる。
 その手は変わらずに優しくて、抵抗する気力を嘘のように取り払ってしまう。
(‥‥これも良いなとか思ってしまう辺り、如何にも)
 悪いようにはならない。
 そう思ってしまったマキナは、ふっと体の力を抜いていた。




 2人は良い夢を見れたほうだろう。
 崔 美鈴(gb3983)と愛染(gc4053)の2人が見たものは、比較すれば悪夢に違いない。
「もー何なのよ! まぶし‥‥あれっ?」
 美鈴は悪態をつきながらも、目の前の光景に言葉を失った。
 気持ち悪いバグアに光線を当てられたところまで覚えている。
 そこから何故、(片思いの)愛しの彼、早なんとかさんが目の前に居るのだろう。
 しかも何故か、いつも兵舎前で彼の後ろをウロついてる女が後ろから彼に抱き着いていた。
 この時点で2人が宇宙なのに平服という違和感に美鈴は一切気づいていなかった。
「ち、ちょっとどういうことなの! まさか‥‥浮気!?」
 実際にはストーカーまがいの行為をしてるだけなので浮気には当たらないが、彼女の中ではそういうことなのだろう。
 美鈴は考えた。30秒ほど。
 短い思考(というか妄想)は当然短絡している。
「――‥‥そっか。私、わかっちゃった」
 微笑んだ美鈴の表情には、黒い何かが透けていた。
「私が心配で、そっと追いかけて来てくれたんだよね? でも私ったら、ずっと気付かなくて‥‥寂しかったんだよね?」
 しおらしい顔で(脳内)彼のことを慮る美鈴。
 だが可愛らしい反応はここまでだった。
「そこにその女が付け込んで‥‥! その女が悪いんだよね? 
 だって、私たちこんなにラブラブなのに、浮気なんかするわけないんだもん‥‥そうだよね?」
 美鈴は一息に妄想を炸裂させると、背中からナタを取り出した。
「宇宙まで付き纏ってくるなんて、あんたみたいなのをストーカーって言うのよ!
 このハイエナ女!!殺してやる!!」
「NOooooooooo!!!」
 どこかから男の悲鳴が聞こえた気がしたが、今は目の前の女を始末する事のほうが重要だ。
 悲鳴を上げながらみっともなく逃げる女の幻影を、美鈴は鬼の形相で追いかけていった。



 愛染の見た夢はどちらであっただろう。
 ふわりと何かが過ぎ去ったような感覚を覚えたあと、彼女の視線の中で正面に立つ2人の仲間は‥‥。
「お父さん‥‥? お母さん‥‥??」
 極東ロシアで失ったはずの両親に見えていた。
「「娘よ」」
 ハモりながら振り返った2人は何故か、黒光りするマッチョなボディビルダーに変わっていた。
 自分をそういう風に呼んだかどうか、その点も後で思えば不審なのだがその時の彼女には判別は付かなかった。
 マッチョが苦手な彼女にとっては今はどうでも良い話である。
「‥‥ち、違う。お父さんとお母さんがそんな‥‥、そんな風になるわけがないわ! 
 だって意味が分からないもの!?」
 手を伸ばそうとする2人を振り払い、誰もが同意するであろう疑問をぶつけてみる。
「で、でも間違いないわ‥‥あの、黒々してぬめっててムキムキな薄ら笑い‥‥だけどあの顔は、
 間違いなくお父さんとお母さん‥‥」
 顔だけは。そんなわかりやすい事実にも彼女は突っ込めなかった。
 手を払われた両親は寂しそうな顔だった。
 そっと、伸ばしていた手は引っ込め、愛染に背を向けた。
 愛染は慌てて2人に手を伸ばした。
「ごめんなさい! 生きててくれたのね!私、とっても心配して‥‥!
 二人がどんなにムキムキでも黒くても、絶対嫌いになったりしないから!」
 愛染は必死の想いで叫ぶ。
 想いが通じたのか、両親2人はわかりやすく歩みを止め、ゆっくりした動作で振り返る。
 その顔にはそれまでの表情が演技だったのかと思えるほどに、テカテカした満面の笑みが浮かんでいた。
「「娘よ!」」
 離れた距離の分だけ助走をつけて、ボディビル2人が容赦なく突進してくる。
 ガバァッ! と広げた腕は愛の証兼ダブルラリアット。
 受け止めると宣言した以上逃げることもできず、愛染は両親の愛をまともに食らった。
「「愛してるよ!!」」
 絶妙なハモりで耳元に直接伝えられた愛の言葉は、娘にはあんまり届いてなかった。
「わ‥‥私も‥‥」
 既に一発喉に直撃を受けてるので声を出すのが辛い。
 汗のにおいで追い討ちされて意識も朦朧としてくる。
 それも愛の一つと涙目になりながら、愛染は必死に意識を繋ぐ。
 梁のような部分に激突した愛染はそんな夢を見ていた。



「くくく。こうもあっさり罠にかかるとは」
 醜態を晒す敵を見てヤジラガはほくそ笑む。
 本来ならここで止めを刺すところだが、今は逃げに徹しなければならない。
 そろりそろりと音を立てないように去ろうとしたヤジラガだったが、
 遠くからけたたましい足音にふと足を止めた。
「待ちなさいよ!!」
「ハニー! もう浮気しないから許してー!!」
 恋敵を追ってるつもりの美鈴と、怖い女房に追われてるつもりのピーターが、通路の角を減速せずに曲がってくる。
「おおおお!?」
 あまりのことに反応が遅れたヤジラガはピーターのタックルをもろにくらって吹き飛んだ。
 ダメージ自体はお互い大したことはないが、重大な変化が起こっていた。
「あ?」
「あ‥‥」
 見詰め合う人とバグア。
 怒りがバグアに集まるのは順当な話だった。



 奇跡の時間は終わる。
「あ」
 同じ瞬間に球基は夢から目を覚ました。
 伸ばしたはずの手が中空を掴む。
「‥‥‥夢か」
 良い夢だったのに。
 終わってしまえば周囲の状況も明瞭に見えてくる。
 おそらく最初に遭遇したバグアの光線が原因だったのだろう。
 感情を弄ばれた事は許せない事ではあったが、自分が追わずとも手を下す者は居る。
 通信機の向こうが既に修羅場になっていた。
「‥‥どっちでも良いさ」
 それが夢であれ現であれ彼にとっては重要ではない。
 自分の胸になお息づく想いと、それを見守ってくれる彼の存在を感じることが出来たのだから。
 無限に広がる遠い空の果てを目指すのには十分だ。
「外、聞こえるか」
「地堂か! 良かった、そっちは何とも無いか?」
「ああ、問題ない。向うは逃げ出したらしいんで、とっとと見つけて撃破してくれ」
「‥‥あ、ああ‥‥」
「?」
 通話の相手は妙に歯切れが悪い。
 そのことに疑問を抱きはしたが、球基は仲間の回復を手伝いに専念することにした。
 原因は後に知ることになる。



 ローテルルとダンタイアは脱出の準備を進めていた。
 ヤジラガの異能が途切れたことも無線で確認している。
 ステーション内の様子は映像として脱出用のHWにも届いていたが、一言で言って酷い有様だった。
「乙女の純情を弄んで‥‥! 生きて帰れると思ってるの!?」
「た、助けてくれダンタイア! ナタもった人間が後ろに!」
 そこには必死で逃げ回るヤジラガの姿と、バグアもドン引きする恐ろしい形相の美鈴が映っていた。
 画面の端ではその2人の様子を、やはり引き気味に見ている人類の姿もあった。
「待ってろヤジラガ、今すぐ残りのキメラを‥‥」
「あ、うわー‥‥」
 ローテルルは決定的な瞬間を見ていた。
 振り下ろされたナタが弧を描いてヤジラガをえぐる。
 倒れこんだダンタイアの上から、美鈴が馬乗りになった。
「あきらめるのよくない‥‥でも‥‥頭おかし‥‥刺されて‥‥イタイょ‥‥」
 痛みで錯乱し始めるヤジラガに対して美鈴はなおも容赦が無い。 
 美鈴の意図はわからない。
 もしかしたら手加減して痛みを長引かせるつもりだったのかもしれない。
 彼女の切った部位は人間には足に見える。
 しかし残念なことに、そこはヤジラガにとって内臓の詰まった腹だった。
 そこから先は意図せぬショッキング映像である。
 ダンタイアは黙って目の前のモニターを消した。
「もう船出しちゃう?」
「そうだね。助からないし」
 薄情な話だが、即席の友情だからこんなものなのかもしれない。
 HWは静々と宇宙へ身を晒す。
「ところでローテルル」
「なんだいダンタイア?」
「結局、ズゥ・ゲバウ先生の良い話って何だったんだい?」
「ああ」
 ローテルルは咳払い(に相当する仕草)をすると、声音をゲバウに似せて喋った。
「地球人は強い。記憶になって見届けたい」
 ズゥ・ゲバウ先生渾身の人類は強敵と書いて友と呼ぶ宣言。
 しかしそれ以上でもそれ以下でもない上に真偽もわからない。
 ローテルルが言葉を呟いた瞬間、宇宙に光がひらめいた。
 人類軍の巡洋艦から放たれたG光線を利用したレーザー主砲だ。
 正面から来るそれが回避しようもないことは明らかだった。
「それだけ?」
 ローテルルは小さく肯定する。
 そして2人を乗せたHWは光の奔流に飲まれていった。



 騒動も収束し、ようやく全員が夢から醒めた。
 余韻を残すものもいたけれども、作業はなんとか再開されていた。
「許せないとは思ったけど‥‥」
「流石にこれは‥‥」
 球基と愛染は揃って倒れたバグアに合掌した。
 横目で何事もなかったかのような顔をしてる美鈴が怖いのは勿論黙っている。
 マキナはこの頃になって幻に感じていた動悸をようやく収めていた。
「えっと‥‥その、ミラベルさん。この後の予定って、あります?」
「え?」
 唐突な申し出にミラベルが少し跳ねる。
「いえ、もし良ければお食事など如何かな、と思いまして」
「いいけど‥‥?」
 夢から醒めてしまえば気の迷いもない。
 仲良くなれたら、そんな些細な思いつきからの提案だった。
 ふと、マキナは視線を感じた。
 みれば嫉妬のような怨嗟のような、形容しがたい視線で睨んでくる男性が数名‥‥。
 彼らの視線でようやく思い至った。
 彼女の見かけは男性には別の意味合いを想起させやすい。
 わかりやすい外見の女を攻略するにしても、敵が多いと都合は悪いのだと。
「ま、頑張れよ」
 球基がマキナの肩を叩く。
 何をとは言わなかったが、だいたい意味は伝わった。
 マキナは引きつった笑いを辛うじて返した。


 今回の騒動は『バグアとの小規模な戦闘が発生するも何事もなく』と調査報告書に記された。
 事実そのとおりであり人員・装備共に大きな損害は無い。
 わざわざ恥を公式記録に残す必要も無いだろうという判断された。
 予測されていた物ではあるが、バーデュミナス人達が使える無傷のフィーニクスも回収できた。
 それぞれに小さく、後を引いたかもしれないが、最後は自分で決着をつけるべきことには変わりないのだろう。