タイトル:騎士への転生:力マスター:錦西

シナリオ形態: ショート
難易度: 難しい
参加人数: 8 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2012/06/07 17:58

●オープニング本文


 手段を選べないのは弱いからだ。解っていた。彼にはそれしか選べない。
 あの場で裏切りを予告したのは彼なりの誠意だった。
 誰かがその命を刈り取ったとしても粛々と受け止めただろう。
 だからこそ、誰もがそうはしなかった。
「貴様が彼を庇ったのは、予想外だったがな」
「‥‥」
 エドガーは背後に立つケヴィンに言葉をかける。あの時のアトオリの反応は見ものだった。
 割れた液晶のような装甲に溢れんばかりの文字列を浮かび上がらせ、彼なりに動揺を表現していた。
 ケヴィンは変わらず煙草を加えながら戦場を眺めている。
 2分程かかってケヴィンは重たい口をようやく開く。
「予想できたことです。‥‥が、理想のために最善の手を打つことをためらい、自分の命を危険に晒した愚か者です」
 口調には責める様な雰囲気は無い。むしろ、好意的な評価だった。
 淡々と事実だけを述べるように装いながらも言葉をつむぐ。
「愚かですが、その勇気は評価に値します」
 ケヴィンは思う。ウィルは温情には縋らなかった。
 あの場面で自分の運命を選んだ。
 何も出来ないなりに、自分の出来ることと自分にすべき事を。
「‥‥僕にもあのような時分はありましたが、同じ選択には至らなかったでしょう。
 僕なら、パティを助けることだけに専念して貴方達を裏切った」
 何も持たないはずの彼は、奪われることもなく、失うこともなかった。
 多くの幸運に支えられながらも、それを掴み取ったのは確かにウィルだった。
「だからか」
「そうです」
 未来の無い者が、少年から未来を奪うのは忍びない。
 あの場を過ぎれば彼の命は無かっただろう。彼を囲う余裕のある者も、意思のある者も死に絶えるのだから。
 物思いに耽っていたエドガーは、薄く目を開き正面を見た。
 地平線の更に向こうには北中央軍の主力。バグアの敗残兵を狩るために集まった部隊だ。
 エドガーの集めたバグア軍はメトロポリタンXへの撤退を決定していた。
 集まったバグアの幹部達にはそれ以外の選択肢を提示することは出来ず、実質エドガーと彼の部下だけで物事は決定された。
 バグアの殿は大まかに分かれて2隊に別れる。
 一つは北中央軍の主力を迎え撃つ部隊、もう一つは撤退する部隊を狙う横撃を阻止する部隊だ。
 前者はエドガー、後者はアトオリがそれぞれ指揮を取る予定になっているが、この作戦には同胞にも言えない内情があった。
「最後の最後だが、作戦は当たってくれたようだ」
 エドガーはアトオリからの通信をきると、背を向けたままケヴィンにそう言った。
 ケヴィンは無感動に「そうですか」だけ呟く。予想通りの結果であれば驚きも喜びもない。
 エドガーのきまぐれはここに至り、ウィルという切欠に結実した。
 本来、情を起点とした駆け引きの存在するはずのないバグアと人類の間だが、今はそれがある。
「我々バグアには友も敵もいなかった」
 不意にエドガーが口を開き、誰にともなく語り始めた。
「我々はどのような生物でさえも越えることが出来る、理解することもできる。
 ‥‥だが理解するためには、相手を殺さねばならない
 我々はこの広い宇宙に永遠に孤独だ」
 独白は遠い世界の話のようだった。
 その響きは遺言にも似ている。
 ケヴィンにはそれに共感する理由は無い。
 与えるよりもまず先に奪うのがバグアの本質だからだ。
 聞こえる距離に居ながらも、ケヴィンはエドガーに答えない。
「エドガー司令、つかぬことを聞きますが」
 代わりに別の問いかけを投げる事にした。
「和平の可能性があれば、そうしていましたか?」
 それはある傭兵がしきりに訴えていたことだ。
「現場の指揮官が答えることではない。ブライトン様が決めることであり、我々はそれに忠実に従うのみだ」
「なら、司令個人としては?」
「‥‥停戦であれば応じただろうな」
 人とバグアの不幸は、戦争が政治の駆け引きでなく、半ば生存本能に基づいた本質だったことだろう。
 どこにも落としどころのない争いはどちらかが滅ぶまで続けるしかないが、長い戦争で本質を変えつつあるのはバグアもまた同じだった。
「そうですか。わかりました。ありがとうございます」
 ケヴィンは最後の煙草を投げ捨てる。擦り切れた精神は、消えた可能性を惜しむことはなかった。



 戦場は一進一退。部隊を完全に掌握したエドガー率いるバグア軍は、
 圧倒的な戦力差であるはずの人類軍によく持ちこたえていた。
 戦場が推移しない理由はもう一つ、お互いが敵の足止めを画策する故でもある。
 人類側の本命は側面攻撃を仕掛ける別働隊であり、側面の防御を崩せばバグアの殿も撤退を余儀なくされて崩れる。
 だが、人類側には用意があった。睨み合いと小競り合いの果て、遂に切り札は切られる。
「エドガー・マコーミック」
 電波に乗った呼びかけの声は硬くて圧迫感のある女性の声だった。
「貴方は、また仲間を見捨てるのですか?」
 エドガーには予感があった。
 電波を発信源である機体を特定し、最大望遠で画像を解析する。
 リヴァティーの右手には人が握られていた。まるで人形のように。
 それはエドガーにとって、最後の執着。部下のパティだった。
「! ‥‥貴様ぁっ!!」
 頭に血の上ったエドガーのゼダ・アーシュは突出する。ガンブレイドを振るいKVを薙ぎ倒しながら。
 それに釣られて周囲のバグア達も追いすがる。
「エドガー司令を殺すな!!」
「「「「「オオオオオオオオオオッッッッッッ!!!!」」」」」
 一斉に沸き起こる鬨の声が、優勢の人類軍を威圧する。
 声を放つのは数十体のタロス達。その口は生き物ように開かれている。
「止まれ! 副司令の命令を忘れたのか!!」
 ケヴィンが制止するが誰も止まろうとしない。
 次々と機械融合を果たし、傷ついた体から流血しながらも雄叫びをあげて戦場に突入していく。
 感化されていた。負け戦が彼らを結束させただけではない。
 仲間を救うのだと。今まさに逃げることしか出来ない者たちを。
 そして、遠く見ず知らずの自分たちに命をかけてくれた高位のバグアを。
 ケヴィンは、エドガーがいつか語った言葉を思い出した。
 戦場に立つ者にとって最も必要なものは何かと。知か、仁か、力か。
 ヨリシロとなった生前のエドガーが出していた答えを。
 少なくともエドガーは、バグアの中にあってその答えに自分を到達させていた。
 ケヴィンが共感する理由は無い。誰のものであれ、戦争である以上ありはしないのだ。
「止めろ! ‥‥誰も救えない」
 最早奪い合いの果てに、互いを踏み越えるしか手段は無い。
 ならば見届けなくてはならない。そこには、人とバグアが出した答えがあるはずだから。
「アトオリ副司令! このままエドガー司令の援護に向かいます。離脱の許可を!」
「状況を確認しました。許可します。御武運を」
 機械的な台詞の中には、普段聞くはずのない祈りの言葉があった。
 

●参加者一覧

榊 兵衛(ga0388
31歳・♂・PN
セージ(ga3997
25歳・♂・AA
UNKNOWN(ga4276
35歳・♂・ER
クラーク・エアハルト(ga4961
31歳・♂・JG
赤崎羽矢子(gb2140
28歳・♀・PN
ヨダカ(gc2990
12歳・♀・ER
春夏秋冬 立花(gc3009
16歳・♀・ER
マキナ・ベルヴェルク(gc8468
14歳・♀・AA

●リプレイ本文

 戦場の流れが変わった。否、崩れたと形容すべきか。
 前線に近い傭兵達はその空気の変化を機敏に感じ取り、無線での報告が届く前に状況を察知していた。
 撃破すべき敵、エドガー・マコーミック(gz0364)の駆るゼダ・アーシュの機能低下は、見た目にも明らかだった。
 本来なら重装のゼダ・アーシュでもゼオン・ジハイドの操縦技術と相まって十分な機動性を発揮するのだが、
 今は見る影もなく機能低下し、軍の砲火に晒されて何発も被弾している。
 元が火力の高い機体であるため未だに十分な火力を残しているものの、撤退に回るべきタイミングだろう。
「指揮官としてのあいつには敬意を払っていたのですが、それもここまでですね」
 ヨダカ(gc2990)は冷たい目で推移する戦場を見ていた。
 ピュアホワイト『カムパネルラ』の複合ESM「ロータス・クイーン」は、
 この遠距離からでも着実にゼダ・アーシュを追い詰めていた。
 傭兵が布陣する一帯までに撃破できるとは思えないが、ここまで入り込めば包囲から逃げ切れるものではない。
 もう1機のピュアホワイトと補い合いながら連続でヴィジョンアイを作動させれば、この場で撃破することも可能かもしれない。
(彼女が裏切らなければ、ですが)
 マキナ・ベルヴェルク(gc8468)はもう1機のピュアホワイトを見た。
 パイロットは春夏秋冬 立花(gc3009)。前科と言ってしまえば不穏当だが不信を買う行動を続けてきたのは事実だ。
 分断のために分かれた榊 兵衛(ga0388)からもきつく言い含められている。
(けど‥‥)
 しかし同時に赤崎羽矢子(gb2140)からも託されたものがあった。
「やりたいことがあるんでしょ?」
 そういって彼女は快く今のポジションを譲ってくれた。
 彼女の好意に答え、すべき事があるならそれを優先すべきだ。
 マキナは立花のことを頭からしばし除外した。
「きたぞ」
 セージ(ga3997)が注意を促す。
 ゼダ・アーシュの射程がこちらを捉えたのだ。
「終わらせるさ。此処で」
 クラーク・エアハルト(ga4961) は左目の眼帯を撫でる。
 エドガー、オリ・グレイを狙うようになったのはこの傷が原因だ。
 それが逆恨みと分かっていても、終わらないことには進めない。
 どんな手段を使ってでも倒さなければ。
 クラークは操縦桿を握りなおす。
「引くわけにはいかないし、引かせてもいかねぇ。ここで討ち取るぞ!」
 セージとクラークを先頭に傭兵達は攻撃を開始する。
 火線の弾着をかわしつつ散開。傭兵の動きに合わせ、軍の機体も周辺の敵機を抑えるために再度前進する。
 めまぐるしくレーダーの反応は移り変わる。
 だからなのか、UNKNOWN(ga4276)の機体がそっと後方に下がっていく事に、誰も気づくことができなかった。



 如何に機械融合済みのタロスと言えども数の差で押されては前には進めない。
 エドガーを追いながらも多くのバグア将兵はUPC軍に足止めされていた。
 その囲みの後列から1機、UPCの部隊をすり抜けながら前に飛び出すタロスが居た。
 タロスは最前列となったバイパーに十数発の弾を撃ち込む。
 撃破され仰向けに倒れる機体を軽く跳び越え、弾倉を交換しながら更に前進する。
 その足元を一筋のレーザーが薙いだ。
 ケヴィンの機体はこれも小刻みの跳躍で回避。
 その頭を抑えるように、スラスターライフルの発射音。
 数発掠りながらもケヴィン機は割り込んだ機体と距離を取る。
 現れたのは榊の雷電:忠勝、そして遠方より狙撃をしたのは赤崎のシュテルン・G。
 シュテルン・Gは先程の狙撃に使った弾倉を取り替える。
 熱を帯びたそれは地表で白い蒸気を纏っていた。
「こちらのお相手をして貰えないかしら?」
 赤崎は油断なく敵機を捉え続ける。先に撃てば懐に飛び込まれる危険があった。
 同時に疑問を覚える。相手の動きは明らかにおかしい。
 ゼダ・アーシュの突出に続き、この機体の追随も明らかにテンポがずれている。
 相手にとって不測の事態である事は間違いなく、それは掴むべき好機ではあったが、
 小さな棘が胸に刺さるような無視できない違和感が残ったままだった。
「おまえをエドガーの元に辿り着かせる訳にはいかぬのでな。
 此処でしばらく俺達の相手をして貰うぞ」
「‥‥」
 榊に槍を突きつけられ、それでもケヴィンは答えない。
 無言のままにらみ合ったのは一瞬、ケヴィンの機体が突破を試みる。
「はあっ!!」
 忠勝が機槍「千鳥十文字」を薙ぎ払う。
 当たれば必殺となる一撃だが、ケヴィン機は難無く回避。
 間合いのぎりぎりのところで槍を回避し、無防備な忠勝へマシンガンをフルオート。
 忠勝はアテナイの自動迎撃でケヴィン機の攻撃が鈍ったところで間合いを取る。
 距離が離れたところを見計らい、赤崎機がレーザーライフルで薙ぎ払う。
 が、これも外れる。リロードで生まれた隙をケヴィンは見逃さない。
 マガジンに残った弾の全てと、ダブルカーラムのハンドガンに入った十数発の弾丸をまともに受ける。
「ぐぅ‥‥!」
 着弾はしたが爆発はない。徹甲弾の直撃は受けたが、貫通するのみにとどまった。
「赤崎、大丈夫か?!」
 兵衛が間に入り、ケヴィンの機体を追い払うが状況は好転しない。
 赤崎は機体を立ち上がらせながら、レッドランプの数を数えるのを止めた。
 根本的に早さが違いすぎる。自在に間合いを変えられては打つ手がない。
 この人数と戦力でこの機体を抑えるには英国製KVのマイクロブーストや銀河製のアクセラレータ等が必須だろう。
「やれるか?」
「あと一撃、いや2撃ぐらいなら‥‥」
 強がりだがそれでもやらねばならない。
 エドガー撃墜まで時間を稼げば勝ちなのだから。



 5機のKVは正面からエドガーを迎え撃つ。
 触れれば一撃で破壊されかねない光線がセージ機の横を通り過ぎる。
 散開した各機は全火力でゼダ・アーシュを集中砲火を開始。
 赤い障壁、巻き上がる噴煙。ゼダ・アーシュは足を止める
「シンプルな作戦だが、だからこそ堅牢な戦術だ。下手な小細工が通じる相手でもなし、真っ向勝負だ!」
 電子支援を受けつつの集中砲火は確かに定石通り。
 奇策を使わないエドガーを囲むには最良の選択だろう。
 更に火力を集中させるべく、先頭の2機は距離を詰める。
「久しぶりだな元カエル! そっちは覚えていないだろうがな!」
 クラークは後方の火線を維持しながらもセージと共に突出する。
「貴様もしつこいな!」
 応戦するエドガー。しかし光線は電子欺瞞によって照準が定まっていない。
「帰りを待ってる妻と娘がいるんだ。やられる訳にはいかん。
 ここで、終わりにさせてもらうぞ!」
 一瞬の間があり、エドガーの声音はそこで雰囲気を反転していた。
「最低限の矜持も持ち合わせていないようだな」
 その意味に気づいたかどうか、クラークは変わらない回答を返す。 
「我騎士にあらず。我傭兵なり」
「それで人の親を名乗るか、片腹痛い! 矜持の一つも持たぬ親が、一体どんな子を育てるというのだ!」
 クラークは一瞬我を忘れた。
 このバグアは、このような反応をする個体だっただろうか、と。
 しかし感傷や思考に浸る間はない。
「人の情か戦士の誇りか知りませんがね! 戦場にいながら戦争を忘れた今がお前の最期の時なのですよ!」
「先に人の道を踏み外したのはどちらだ! 貴様らにそんな事を言われる筋合いはない!」
 だからどうしたと言わんばかりに、ヨダカは攻勢を強める。
 マキナのニェーバからの支援もあり、着実にゼダ・アーシュにダメージを与えていた。
「アウフ、ヴィーダーゼーン。人だった頃のお前に会いたかったですね」
 防戦に回ったゼダ・アーシュは的も同然だった。
 しかしまだ膝を折ったわけではない。
 ゼダ・アーシュはここからでも巻き返せるほどの火砲を積んでいる。
 今を逃しては状況が逆転するかもしれない。
 進み出たクラーク機とセージ機はエドガー機の両側面を取った。
「届くからって絶対に遠距離攻撃しなきゃならん道理はねぇ。銃ってのはな、こう使うんだ!」
 側面・至近距離からの砲撃。彼の火力でこれだけの条件を揃えればタダではすまない。
 これまではこの位置にまで踏み込むことも出来なかったが、今ならいける。
 そう確信したセージは銃口を向け‥‥。
「この素人が‥‥」
 瞬間、ゼダ・アーシュは慣性制御を使い機動のベクトルを変更。
 セージ機の懐に飛び込み、セージ機の腕を掴み挙げた。
 引き金は引かれた。だが銃弾は虚空に向け放たれる。
 クラークは虚を突かれ攻撃のタイミングを外してしまう。
「くそっ‥!」 
 セージが逃げるよりも早く、エドガー機がセージ機を振り回し、引きずり倒す。
 仰向けに転がったセージ機に、エドガーはガンブレイドを突き刺した。
 場所はコックピットの近辺。銃口がカメラを覆う。
「させるか!!」
 クラーク機が盾を構え突撃をかける。
 エドガー機はセージ機にとどめを刺すのを諦め、刃を横に薙ぐにとどめる。
 接近戦に持ち込んだクラークはエアロサーカスを起動。
 ゼロ・ディフェンダーで袈裟がけに切りかかる。
 回避できない速度・距離だったが、エドガーはあっさりとガンブレイドで弾き返した。
 盾の突進も完全に見切られ、逆にそのまま掴みあげられ、地面へと叩きつけられた。
 元来、エドガーは接近戦に強いバグアだ。
 機体が砲撃戦に向いた機体であってもそれは変わらない。
 前衛2人は使うべき戦術を完全に見誤っていたのだ。
 砲戦であればじわじわと一方的に追い詰めることができたかもしれないが、後の祭りである。
 味方を助けようとしたヨダカとマキナであったが、横から飛び込んだ銃撃に勢いを削がれた。
「司令、遅くなりました」
 ケヴィン機が追いついてきたのだ。
 赤崎と榊機はレーダーに反応こそ残っているが、身じろぎする様子もなかった。
 この場の数は3:2。後退して仲間と合流しなければ勝ち目はない。
 そう考え下がろうとしたその時、追撃と動こうとしたバグア側の2機が不意に動きを止めた。
「これ以上後ろはない、さ。理由はこれだね?」
 UNKNOWN機だった。
 機体の右手には誰ともわからない少女を握っている。
「なにをやってるんですか‥‥?」
 マキナの口から、知らず声が漏れていた。



 時間が停止していた。
 銃を向けたまま両者は一歩も動かない。
「人質を取ったつもりか」
「なに、こういう面白いことは軍がしてはいけないだろう」
 UNKNOWNはとぼける。
「死兵は困る。賭けよう、負ければ他を引かせろ。青鳥にそう伝えなさい」
「アトオリだろう」
「そうだったかな?」
 エドガーは動かない。否、動けない。
 万全の状態ならともかく、今のこの機体では勝てないからだ。
 ここで動きが止まったことは、立花にとって千載一遇の機会だった。
 立花は通信を繋ぎ、強引に会話に割って入った。
「エドガーさん、停戦しましょう!」
 ゼダ・アーシュに反応は無い。
「今ならまだ間に合います!」
「停戦など今更だ。もう遅い」
「でも‥‥!」
 立花は引き下がらない。これが最後のチャンスであることは彼女もわかっていた。
「例えデタラメでも自分を信じて対決していけば、世界は必ず変えられる。
 少なくとも貴方はそうだったじゃないですか」
 言い募る立花をヨダカが制しようとするがそれよりも先にエドガーが続く言葉を遮った。
「黙れ小娘」
 今まで以上に明確な拒絶。
 これまでのエドガーならまずは言葉を吟味した。感情を理解し肯定した。
 あるいは努力した。それが彼なりの敵への敬意であり、プライドだったのだろう。
 ここにきて彼は、相手の存在を完全に否定していた。
 言葉をかわすにも値しないと。
「私の首はくれてやる。だが、これ以上俺の部下に手出しをするようなら許さん」
 エドガーは牽制とばかりに言い放つと、銃を突きつけながらも半歩下がった。
「ケヴィン、部下を連れて引け。私の名を使って撤退させろ」
「わかりました」
 ケヴィンは躊躇うことなく機体を反転させ、元居た軍勢の中に飛び込んでいった。
 彼の命令が行き届いたのか、8割方のバグアは彼の後を追って撤退を始める。
 限界突破まで使用していたバグアだけがそれを逃がす為に殿に残ったが、それ以外は鮮やかな引き際であった。
 バグアの軍が撤退したことで、エドガーはUPC軍の只中に残される形となった。
 ゼダ・アーシュの足では、最早逃げ切ることはできない。
「‥‥生きる気はないか?」
 UNKNOWNは重ねて問う。この問いこそが彼が一番求めたものであった。
「断る。自身の行く末とは、見つけるものでも与えらえるものでもない。奪うものだ」
「‥‥そうか」
 バグアと人は分かり合えない。
 いや、本当は理解するだけなら可能だったのかもしれない。
 どこで道を閉ざしてしまったのか。
 それでも、エドガーの答えは静かだった。
 UNKNOWNの意図を察したのかもしれないが、事実がわかることは永久にないだろう。
「エドガーさん!」
 立花の呼びかけに、返事は無かった。
「貴様らは誰一人、何も為しえていない。他人の手の平の上で踊っているだけだ。
 その貴様らがこの私と対等に口を聞こうなどと、笑止千万」
 問答無用とばかりに機械融合、そして限界突破。
 戻れない道に足を踏み入れたエドガーは、ゼダ・アーシュに新しい力を注いでいく。
 だが悲しいかな。既に壊れた機能を復活させることはできない。
 ゼダ・アーシュのカメラが眼球のように動いたのを見届け、UNKNOWNは帽子を目深に被りなおし、目を細めた。

 最後の灯火は強く輝く。
 数分にも及ぶ激闘の後、穴だらけになったゼダ・アーシュとなったエドガーは、
 燃料を血液のように撒きながら息絶えていた。
 マキナはその様子を呆然と見ていた。
「おかしいと思ったら、人質なんてね」
 赤崎の呟きが風にのって消える。
 勝利した。だがこの勝利は、正しいものだったのだろうか。
 確かに侵略者を一方的に駆逐し、多くの人が助かった。
 ある意味で人を救ったその行為を、マキナは認めることができなかった。
 こんなものは、人の悪意そのものではないか。
「‥‥誰か、私に答えを教えてください」
 マキナは流れる涙を止めることもできず、自分の体を抱きしめた。 



 UPC北中央軍は約束どおりケヴィン率いるバグアの部隊を追撃しなかった。
 追撃する余裕がなかった事も理由の一端ではあったが、あえて言葉にする必要もなく、
 エドガー討伐という金星を既にあげていたため、それ以上を求められることもなかった。
 マルサス准将はこの戦闘を最後に全軍を停止。
 各方面軍の合流を待ち、メトロポリタンX攻略に備えて力を蓄える事となった。